インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
お仕事によりやる気が……という訳で今後も不定期。
今話の視点は約一万一千。
視点はクロエ、楯無、第三者。
ではどうぞ。
東京都六本木ヒルズ。
そのとある一角に構えられた高層ビルの一つに、現在隆盛を誇るベンチャー企業――《ユーミル》の本部が構えられている。飛行を謳い文句としたPK上等のハードなゲーム《アルヴヘイム・オンライン》のサーバーがあるのもここ。日々膨大な量のデバック作業とバランス調整、今後実装されるアイテムやスキルの検証、イベントの生成、最終調整なども、全てこのビルの中で行われている。
「おーい、8番のデバックの調子はどうだー?」
「難航してますね、目立ちにくいものだから余計修正が難しいんですよ。いっそこれ放置でもいいんじゃないです? カーディナル・コピーが自動修正してくれそうな気がするんですけど」
「仕方ないだろ、スヴァルト実装の負荷がでかくて暫くは人力対応って上からのお達しなんだから。放置した事で余計でかいバグが出ても困るし、そもそも五つもエリアを増やしてこれくらいで済んでる事が奇跡なんだよ」
「うっへぇ……昔のディレクターやプログラマー、とんでもないですねぇ……」
「その昔の連中もこの修羅場を経験してたんだ。ほれほれ、余裕がある今の内に経験しとけ」
「へーい」
談笑しながらも真面目にPCと向き合って打鍵を続ける男達の会話が聞こえて来る。耳を澄ませばそこかしこから似たような声がする。仕事に集中しながらも余裕が保てている証拠だ。
――《ユーミル》は、究極的には桐ヶ谷和人が経験を積む環境の維持組織である。
飛行を交えた対人戦闘経験を積めるのは、世界広しと言えどALOだけ。ISを用いた戦闘訓練は篠ノ之束謹製のラボで好きなだけ行えるが、現在の彼は更識家に預けられ、厳重監視のもと軟禁状態になっている。そんな彼が一時と言えど密かに姿を消せば厄介な事になりかねない。故にラボでのIS訓練は自重せざるを得なくなっていた。そこで
そうして出来上がった企業な訳だが、勿論何も問題が無かった訳では無い。
如何に篠ノ之束が天才でも全てを一人でこなし続けられはしない。短期的には可能だが、長期的には無理があった。VRMMORPG――それの製作は可能だが、維持に無理があったのだ。それこそ彼女が終ぞ破れなかったファイアーウォールを有する完全自律システム【カーディナル・システム】でもなければ土台不可能。
幸いと言っていいのか、須郷が作り出したALOはSAOのコピーサーバーであり、ややスペックダウンするものの【カーディナル・システム】のコピーも存在していた。本家ほどでないにせよある程度クエストの自動生成やバグの自動修復を行ってくれる訳だ。
これで『存続』という一点はクリアされる。
しかし――あの少年が求めたのは、『ALOでの対人戦闘経験』。
ALOはあらゆる人が集うオープンワールド型なので存続するには大衆を楽しませるイベントや要素を盛り込み追加していく必要がある。何しろ《SAO事件》や須郷の計画のせいでVR技術そのものが批判対象になっていたのだ。ハッキリ言って、天災をして至難の業と言わざるを得ない。
常人から理解されず、また常人の感覚を理解出来ないからこそ、彼女は天災と言われている。突飛な発想や思考を持つ彼女が幾ら知恵を絞っても大衆の心を掴むのは難しいと言わざるを得ない。
よって彼女は
――当然だが、弱小企業である《ユーミル》への圧力はそれなりに存在した。
VRMMO。それを取り扱う事そのものへの嫌悪、忌避により、家族がALOをプレイしている事に良い顔をしない者がクレームの電話をしたり、悪質な悪戯をしたり、一時期は政府からも業務停止の催促があったという。
普通なら業務停止催促があった時点で潰れているが、《ユーミル》は強かだった。
ペーパーカンパニーには無い日進月歩を求められて出来上がった《ユーミル》は、例えるなら受け皿だった。《アーガス》に入り茅場晶彦の下でSAOを製作し、デスゲーム開始からは須郷の下に流れてALOを製作し、須郷の非道な研究が発覚してから路頭に迷いそうになった技術者達の最後の揺り籠――それがこの企業の一側面。
北欧神話に登場する大樹にあやかって付けられた企業名は、あるいは母なる樹のように彼らを庇護する事を意味しているのかもしれない。
――その企業に、私は給仕として働いていた。
「束様、お茶が入りました」
複数枚のホロウィンドウから目を離さす事無くIS技術を応用したホロキーボードを高速打鍵し、流れるようにプログラムコードを形成していく女性のデスクに、音も立てずカップを載せたソーサーを置く。
すると、ぽふ、と頭を軽く撫でられた。
彼女は何時の間にかホロウィンドウから目を離し、頭を撫でて来ていた。顔を上げたところで目がぱっちりと合う。
「ありがとクーちゃん」
「……いえ」
にこりと満面の笑みを向けられ、やや気恥ずかしくなり、視線を逸らす。
「ああ、クーちゃんったら何時まで経っても初々しいなぁもー! ぎゅーってハグしてあげよっか!」
「結構です。あとまだ
「ものすごい早口! それに真顔! 束さん地味にショックだよ!」
ずがーん、と口でSEを出しつつ仰け反って見せる天災。そんな動きをしていながらデスク上の書類やカップは全く揺れないのだから無駄に体幹が鍛えられている。
そんな変な所で使われる才能に呆れつつ、同じ室内で仕事をしているもう一人の下へと近付く。
「やぁ、何時もありがとう、クロエ君」
あれだけ騒げば流石に分かるというもので、件の人物は私が近付いた時にはカップを受け取る体制を取っていた。直接ソーサーごと手渡しする。
カップを受け取った人物――茅場晶彦は、流れるように紅茶を口に含んだ。この人、案外熱いものには強いらしい。
「うむ……茶葉の風味とスッキリとした味わいがよく出ている、中々出来る事ではない。素晴らしいな」
「いえ、これが仕事なので……」
べた褒めしてくる男性に、どうしても尻すぼみに答えてしまう。
原因は、この給仕としての仕事に私自身があまり納得出来ていないから。出生経緯からしてISや軍用PCのプログラミング、ハッキングなどには特化している私は、本来であればプログラマーの一人として働く方がよっぽど力になれると思うのだが、何故か主が頑として認めなかったため給仕に落ち着いている。なんでも日本には『義務教育期間の青少年に賃金が発生する労働をさせてはならない』法律があるらしい。要するに十五歳以下の子供のアルバイト、就職は禁じられているのだ。自分は今年で十五歳になるから、まだ就職禁則範囲内。だからダメなのだろうと納得している。
……絶賛役人の下で
彼は一体どこを目指しているのだろう……
「……そういえば、和人から何か連絡はなかったのですか?」
ふと思考に混じって気になった事を問う。
「ん~? クーちゃん、和君の事が気になってるのかな~?」
だからそんなに深い意図は無かったのだけど、何故か保護者である女性はニマニマとした笑みで問い返してくる。彼の話題を出すと何時もこれだ。
「お二人が気に掛けられていたので、どうなったのかと思いまして」
流石に何度もされると対処法も覚えるもので、ペースを維持したまま冷静に返す。こちらの対応に女性はややつまらなそうに唇を尖らせた。
「ちぇ、そこはもうちょっと初々しくてもいいのになぁ……それで、和君の事だっけ? なんか【歌姫】とか言われてるプレイヤーと接触してたよ」
「定期報告によれば彼女がALOでアイドル業をしているのは何かしらの研究と関わりがあると見て間違いない。流石にその内容までは精査し切れていないようだが、彼は歌と感情、そして集団的無意識が関連していると見ているそうだよ」
総務省の役人兼陸上自衛隊二等陸佐の階級を持つ菊岡誠二郎から七色・アルシャービン女史及び彼女に追随する者達の動向を監視するよう依頼されている彼は、VRとISそれぞれの権威に協力を求めていた。どちらもALOの運営に大きく関わっている事も協力依頼の理由の一つだろう。
彼が依頼を受けたのはおよそ一月前。そして篠ノ之束と茅場晶彦の両名に協力を仰いだのもほぼ同時期。
それからリアルでの情報、ALOでの行動、アイドルとしての活動、《三刃騎士団》の動向と、プレイヤーとGM双方による多角的な視点を以て監視し続け、そして【歌姫】と会って多少言葉を交わした彼はある推論を立てていた。
曰く、七色博士は歌を通して民衆の感情を煽り、目的指向を持った集団的無意識を形成しようとしているのではないか。平たく言えば、彼女は感情の研究をしているのではないかという事らしい。三つある論文にも感情や集団的無意識、目的指向を持った集団の効率などを説いている事から、その可能性は否定出来ないものだった。
しかし、まず感情なんて計測出来るのか。
――それは決して不可能な話では無い。
理由はアバターの感情表現。これをよりリアル、精密に、そして迅速に行えるよう、フルダイブハードは常にダイブ者の脳波を計測している。感情の振れ幅などリアルタイムで記録されていたのだ。更にSAOに存在したMHCPは観測された脳波と脳の活性状態から精神状態を診断し、事態の対処に当たるよう設計されていた。彼女らの存在が逆説的にフルダイブハードがリアルタイムでプレイヤーの感情を読み取れる事を証明しているのである。
次に挙げられる疑問としては、どうやって計測するのか、という手段について。プレイヤーデータが送られてくるサーバーを有した運営ならいざ知らず、七色女史は運営に一切関わりのない部外者だ。それでどうやって感情の集団的無意識化を計測するというのか。
和人はそこが引っ掛かっており、今後その辺の情報収集を進めていく予定だそうだ。
「――っていうのが和君の報告なんだけど……ちょっとばかり、怪しいよねぇ」
休憩ついでに和人の報告について語った女性は、締め括りつつもやや納得いかなそうな発言をする。
「それは、どういう……?」
「んー……これはただの勘なんだけどさ、実際のとこ和君はどうやって計測するかなんてあまり気にしてない気がするんだよね。現状出来る環境じゃないだけで、今後整えていくつもりで準備中なだけかもしれないじゃん? だったら考えるだけ無駄とか言いそうなんだよねぇ」
「ああ……そうだな、彼なら方法を探るよりも対策の方に注力するだろう。彼は皆を助けたいと想うロマンチストだが、同時に冷酷に現状を把握出来るリアリストでもある。基本的により被害が少なくなる方を選択するのが彼だ」
「相手が毒を使うなら、どうして毒を手に入れたかより、まず解毒方法と回避手段を検討する方が先みたいな感じだよね」
「毒を使わせないよう出鼻を挫いたり逆に毒で自滅させたりの方が彼らしいと思うが」
「あー……」
二人がそう補足してくれた。生まれながらの軍人として造り出された身だからゲームにあまり詳しくなくても毒物に例えられるととても理解しやすい。言われてみればなるほど、和人はどちらかと言えば後手になるとしても対策を練ってジリ貧にならないように動くタイプだ。
そう理解すれば、確かに彼の報告内容には違和感を覚える。
「彼はいったい何を考えているのでしょう」
「分からない。二年間肩を並べて戦ったが、彼の思慮を測り切れた事は終ぞ無かったよ」
「あっくんに悟らせないって、ホントに和君はSAOで成長したんだねぇ……」
感慨深げに――同時に、どこか寂しげに微笑んで、篠ノ之束は窓の外へと視線を向ける。
窓から見える景色は凹凸の激しい無味乾燥な高層ビルばかり。遥か先にあるだろう更識邸など欠片も見えはしなかった。
***
己の
ガァンッ、と硬質な撃音が上がる。眼前から放射された強烈な衝撃が直下の青草を倒す。交差点では火花を断続的に散らす鎬の削り合いが続いていた。
「ふ……っ」
軽く槍を引いて鬩ぎ合っていた剣を滑らせた後、一呼吸挟んでくるりと手元を回し、石突で足払いを掛ける。見切られていたかすぐに距離を取られ、払いは空振りに終わった。
それを戸惑う事無く俯瞰しつつ、再度穂先を突き付けるように槍を構え直し――間髪を入れず距離を詰める。
「ッ……!」
鋭く息を吸い、まず横一閃に払う。大振りだったから剣で上に弾かれた。
その上方への勢いを利用し、手元を回して下段から石突の突きを放つ。素早く迫る刺突を半身を反らして躱される。
追跡するように横に薙ぐと、剣を盾に翳して防がれる。
衝突の衝撃で僅かに後退しつつ槍の穂先を前方に戻した後、再度距離を詰め、今度は怒涛の勢いで刺突を連発する。秒間三度放つそれは槍で戦う際の奥の手の一つ。息も吐かせぬ連打を延々と浴びせる事で何れは致命傷を負わせる極悪技。疲労は酷いが、成果は大きい。
――それを、剣使いは弾き続ける。
五秒。十秒。二十秒――一分が経過しても、こちらの刺突は掠りもしない。見事なまでに全ての突きを見切り、剣で払い除けている。千日手だ。
こうなれば、あとは体力と根気の勝負。
僅かに鈍り始める刺突。同期するように剣閃も揺らぎ始めた。
「――――っ!」
腰も肩も腕も痛くなる程に疲労したが、それでも刺突は止めない。そう簡単に負けてなるものか、ここで諦めてなるものかと、安い意地がそうさせる。
何が何でも勝利をもぎ取る。
そう強く思うと同時、連打を止め、一拍の溜めを作る。勿論半ば惰性で振るわれていた斬撃に当たらないよう後退も忘れない。
――鼻先を切っ先が掠り、焦げ臭さを感じた。
瞬間、全身のばねを使い、全力で槍を突き出した。
*
「そこまで!」
――張り詰めた空気の中で上がる鋭い声。
極限まで高まっていた集中が一瞬で緩み、全身から力が抜けた。
「勝者、更識楯無様!」
板張りの道場に響く
一拍遅れ、がららぁんっ! と木製の武器が床に落ちる音が響く。それは最後に放った渾身の突きで弾き飛ばした勝負相手の木剣が立てた音。使用者の要請により西洋剣を模したそれは柄と刀身で見事に真っ二つに折れてしまっていた。
その有り様を見て、勝負を眺めていた
それも無理はない。更識家の訓練に用いられる木製武具は全てかなりの硬度を誇る黒樫、更にはIS技術を用いて原子操作し、硬度を通常よりも跳ね上げた代物を起用している。
勿論、その木剣が木刀や槍などより構造上脆かったとか、そういう訳では無い。ただ日頃から訓練に使う頻度が高過ぎて、劣化が早かったというだけの事。普通なら十年は余裕で持つそれが一ヵ月足らずで折れたからどよめきが起きたのだ。
「くぅっ……勝負を焦ったか……」
西洋剣型木剣の持ち主は疲労困憊の様子で片膝を突いた状態で悔しげに言葉を漏らしていた。訓練用の武具の事情なんて知る筈も無いから周囲の反応についても気に掛けてはいないのだろう。
「ふふっ、初戦はおねーさんの勝ちね」
笑みを浮かべて言う。彼は息を整えて立ち上がった後、苦笑と共にこちらを見上げて来た。
「むぅ……楯無は本当に強い」
「ありがと。でも最後は危なかったわ、もう腰は痛いし肩も腕も力入らないわよ。次は負けるかも」
「思ってもない事を」
「やーねぇ、こればかりは本当にそう思ってるんだからね。おねーさんをここまで追い詰める人なんて肉親以外だと世界最強と和人君くらいなのよ?」
乳酸でぱんぱんに張ってそうな腕をぷらぷら振りながら言う。
実際、今回は最後の最後でひっくり返せただけで、それまではほぼ互角だった。回数を重ねる毎に対策を立てられているから次は負ける可能性の方が高いと言える。机仕事が多くて実戦鍛錬を怠っていた影響もあって流石に追い抜かれそうだ。
――なんて、そんな事を言えたらどれだけ楽か。
そう胸中で嘆息する。これで相手が桐ヶ谷直葉や最愛の妹であればまだしも、この少年に限ってこの言い訳はまず通用しない。
そもそもこの少年、SAOから解放されてまだ二ヵ月である。リハビリを一ヵ月で終え、退院してから日常生活を一ヵ月ほど過ごしているくらいで、普通ここまで動ける訳が無い。よしんば木剣を振れても健常な自分と互角にやり合うなんて身体能力的に無理がある。
なのにスタミナ面で互角にもつれ込みどうにか勝ちを拾えた。衰弱がまだ残っている彼との摸擬戦でこの結果では誇れるものも誇れない。というより、むしろ彼の方が誇って良い。
なんだかなぁ、とのほほんとした少女に汗を拭かれている少年を見ながら思う。この少年、過程と結果のどちらを重視しているのか未だに分からない。
敗北という結果にしても自分を肯定的に見る事を覚えた方がいいと私は思う。職業柄、色んな人間を過去見て来たが、その中でも鬱になって夢を諦めたり、代表候補から降りたりする人が彼のような完璧主義のきらいがあった。目標を定めて邁進するのはいいが、まだ若い――というか幼い――身空なのだからもうちょっと気楽にやってもいいのではないだろうか。
彼の場合目標未達成=死なのだし、そのぶん気を張り詰めさせるのも理解出来るのだが……
「ま、だから応援したくなっちゃうんだけどね……」
呟いてその場を後にする。シャワー浴と着替えを済ませ、当主に与えられる執務室へ赴く。
IS学園に入学して一月が過ぎようとしている現在、当主が不在という何時にない状況のせいで書類仕事が溜まりに溜まっている。来週に控えているゴールデンウィークで少しでも自由な時間を得られるよう今日中に片付けてしまう算段だった。
「お疲れ様です、お嬢様」
部屋に入ると瀟洒な給仕服に身を包んだ虚が挨拶をしてきた。傍らに置かれたワゴンには給仕用のティーポットとカップ、軽食用のサンドイッチが揃っている。
軽く挨拶を返しながら執務椅子に腰を掛けると、デスクに音も無くカップとサンドイッチが置かれる。代々更識家本家筋に仕える布仏の長女である彼女は幼い頃から給仕の訓練もする。何事も卒なくこなす彼女にとって、音も無く行動するなど児戯に等しい訳だ。
「ありがと、虚ちゃん。いつも助かるわ」
「恐縮です」
こちらの賛辞にぺこりと軽く頭を下げた彼女は室内にある自分の仕事机の方に足を向けた。
その机の上にも、こちらと同等に近い量の紙の束がある。
椅子に座った彼女は、束の中から一枚を取り上げて嘆息する。
「それにしても……仕事とは言えやる気を削がれますね、こういう類のものは」
虚がひらりと翻した用紙には印刷により細かな文字がびっしりと刷られている。無論、机の上にある書類も殆ど同様。
「ホントねぇ。普段動くの遅いクセに、こういうのだけは過敏なんだから」
書類の大半は
流石にそれが罷り通ってしまえばどれだけの人間が最高裁判所まで赴く事になるのか予想出来ない。そう判断したから、日本政府の方も彼を初めとした元
そもそもの話、仮想世界での犯罪行為を取り締まり、罪と認定する為の法律が未だ出来ていない。現実世界では罪になる窃盗、殺人なども、仮想世界では一つの『プレイ』として成り立っている。SAOに於いては《オレンジカーソル》というペナルティを課されていたが、他のVRMMOではほぼ御咎めなしの行為なのだ。その状況下で取り締まってしまえばゲームプレイの自由を侵害する事になり、炎上する事は間違いないだろう。
……
「というか毎週毎週よくもまぁ飽きもせず送って来るわよね、何度送られてきてもこっちは日本政府から依頼されたから動いただけだから返答はどれも同じになるのに。クレームを付けないと落ち着かない病にでも罹っているのかしら」
「これを機に更識の信用を貶めたいだけでは?」
「あー……ウチ以外の暗部を贔屓にしてる連中からすれば正に目の上のたん瘤だものねぇ。大体そういうパターンって汚職塗れだし」
「要職は依然変わらず男性が多いので、お嬢様が女性であり且つ代表候補である事が拍車を掛けてそうです」
「そういう意味では女性利権団体も敵が多いわよねぇ。いや、敵しかいないの間違いかしら?」
「あと
「やーん、流石に私なにも悪くないのにー、人気者は辛いわー。泣けるわー。よよよよ」
半ば流れ作業的に『見ましたよー』という事を示す名前入りのハンコをぺったんぺったんと押しながら会話をしていく。サインペンだと文字のクセで見抜かれるけど、ハンコなら誰でも押せるから分担作業が出来るから、虚の手は流れるように上下していた。彼女の机に置く書類は全て文句の類にするよう言ってあるからまったく迷いが無い。
当主である自分はそうもいかないが、文句の類とそれ以外のものとで分けるよう頼んでいたから、今のところは自分も迷いなくぺったんぺったんと押していく。
流石に内容を見なければならない書類で流れ作業は許されない。
「――ところで、お嬢様に一つお訊きしたい事があるのですが」
他愛のない会話をしつつ機械的に書類を捌き、一先ず文句書だけ片付け一休み淹れた時、ふと真面目なトーンで彼女が切り出してきた。
「なにかしら?」
「将来の相手は桐ヶ谷君で考えているのですか?」
「ぶっ?!」
啜っていた紅茶を噴き出してしまった。寸でで横を向いたので書類は汚れなかったが、あと一瞬遅かったらヤバかった。それくらい度肝を抜かれる内容だったのだ。
顔が朱く、熱くなっていくのが分かる。
「い、いきなりどうしたのよ?!」
口元とハンカチで拭きながら悲鳴気味に問い返す。憎たらしい事に、虚は小首を傾げ、違うのか? と言わんばかりに不思議そうな顔をしていた。
「更識家で保護しただけならともかく、部下に見せ付けるように摸擬戦をしていましたし……放映された映像やSAO内部の『裏』を知っている我々からすればもう更識家への婿入りは確定事項なのかとばかり」
「発想が突飛過ぎ! というかそもそも彼をそういう眼で見るには幼過ぎるでしょ!」
「結婚した男女の平均年齢差は3前後とされていますし、お嬢様と彼は四歳差、そこまで離れている訳では無いと思います」
「それでも今そういう話が出る年齢じゃないでしょ……」
「それくらい更識家の中もお嬢様の縁談について重要視されているという事です。先代が亡くなられ、一時期騒然としましたからね。正式な籍入りは無いにせよそろそろ婚約を結ぶくらいの話は上がって来てもおかしくありません。お嬢様も結婚出来る年齢になろうとしてますからね」
「ぐぅ……」
淡々と話される内容にぐったりと体をデスクに投げ出す。
結婚に対して女子として憧れを持つ時期もあったが、暗部の当主となってから後ろ暗い事ばかり知ってしまったからユメなんてもう無くて、メリットを感じられないというのが本音。先代当主であった父が急逝してしまった件から跡継ぎの目途を付けておきたいのだろう。
あわよくば分家筋から婿養子にだし、当主の座を女である自分から奪い取り、本家とのコネクションを築いて成り上がろう――そう考えている者も居る筈だ。具体的には分家筋やご意見番を気取ってる老害あたり。
「まぁ、お嬢様が一切その辺を考慮していない事は察していましたから、驚きはありませんが」
「ホントいい性格してきたわね……虚ちゃんだって、彼氏が出来た事無いクセに」
そう反抗すると、途端に彼女の取り澄ました顔がぼっと朱くなった。
「なっ、なっ……い、今は私の事は関係無いでしょう!」
「えー? 次代の布仏当主候補というのを考えるとまったく関係無い訳は無いと思うんだけどなー? というか、実際虚ちゃんは桐ヶ谷君の事、狙ってないの? 人格と能力的に割かし理想的じゃない? 彼の周囲を探った感じ結構競争率高そうよ? 聞いた話だと家事万能みたいだし、料理が苦手な虚ちゃんにはなおの事理想的な旦那様じゃない?」
「くっ……人が気にしている事をズケズケと……!」
生まれてこの方、彼氏など出来た事が無い主従で互いに詮索し合う仁義なき戦い。端から見ればまるっきりガールズトークである。
暫くそうやって昔からのお互いの欠点で軽く言い合った後、休憩時間も終わりを迎えたため、改めて書類へと向き直る。
「――ともあれ、そろそろ婚約締結関連の話が来ることは覚悟しておいた方がいいかと」
「はーい……」
引き際にしっかりと釘を刺してくる辺り、やはりこの
***
「――くしゅっ」
「……大丈夫? かぜ?」
「ん、どうだろう。いきなり鼻がむずむずして……ちなみに、ISコアの《操縦者保護機能》で免疫が活性化されるお蔭でならない筈だから、かぜではないと思う……」
「んー……誰かが噂話、してたり?」
「それでくしゃみが出たと? ……迷信だろ、それ」
「うん、私も本気では言ってないよ。ただなんとなく言ってみたかった」
「漫画やアニメの定番台詞だから、か?」
「……これ、知ってたんだね。意外」
「木綿季……【絶剣】から昔に教えてもらった事がある」
「そう……――あ、ここ違う。イタリアの汎用機は《テンペスタ》だよ。《メイルシュトローム》はイギリスの汎用機。上下逆。ここが合ってたら満点だった」
「む。という事は……」
「――採点結果、100問中正答は98だよ」
「……むぅ」
「満点逃しちゃったけど、でもこれでも十分過ぎるよ。虚さんから教えてもらったカリキュラムも一学期後半に入ってる。暫くは、五教科を中心にしよっか。特に数学と世界史と英語のスピーキング。この三つは積み重ねしかないから……ね?」
「……んむ」
はい、如何だったでしょうか。
クロエ視点は『
ついでに二人が何をやっているかを描写。スヴァルト実装による調整で今も忙しい忙しいをリアルでしている。この二人に休みはあるのか……?
一番は『キリトの真意は天才&天災にも分からない』という説得力を付けるため。それらしい理屈を展開しているのも重みを持たせる為。キリトの脳内では何が展開されているのだろうか!(白々しい)
――個人的に束とクロエのやり取りは書いててとても楽しいです。
次に楯無視点。
対暗部用暗部の当主としての書類仕事を外部に持ち出す訳にいく筈も無いので、定期的に戻っているという描写。さり気に時期を『4月末』に戻している(来週にGWを控えている=まだ5月に入ってない) 少し前の話で『5月』に入っている感じにしてましたが、リアルでゴールデンウィークを経験して『ああ、この長期連休にアプデ重ねたら本編の日数とか時間とか計算楽になるな!』と思い立ってので戻します()
長期休暇なんて中学時代に吹奏楽やり始めてから無いも同然だったからさ……(カナシミ)
何気に万全な楯無と復帰二ヵ月足らずの和人が拮抗しているというね。
それだけコアを体に宿していたり肉体改造を受けて生体兵器化された影響が強いという描写でもある。忘れてるかもですが、和人は肉体的にも対人戦特化型なので。ケガや病気もISコアの『搭乗者保護機能』という原作にもある設定でへっちゃらですから。
……元は《白式》だけ顕著な効能を表していましたが、そこはスルーで。多分リミッター外したら全部のコアはそうなる。
ましてや肉体に埋め込んでるから(ry
まぁ、それでも木剣を刺突で叩き折れる楯無もヤバいですが(分かり辛いけど)
設定上、どっちも『殺して良い』ルールならどっちももっと強くなれるから、まだこれは限界では無い!
――虚との会話は、ね、ほら、フラグとか下拵えって重要じゃないですか。
格式張った家柄だとその辺結構大変そうだなぁと思いながら描写したので実はそこまで深い考えがあって書いた訳では(はくしん)
――次こそはスヴァルト攻略(ユウキ勢)を描写したいなぁ!
では、次話にてお会いしましょう。