インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話は幕間。つまり本編の補足的なお話。サブタイトルの通り、
文字数は約一万。
ではどうぞ。
※今話から改めてSAOクリア後にあった『千冬との対談』は無しで以降進みます。理由はダイシーカフェ描写に変更するため。
※原作キャラがケイタ並みに改悪されております。アンケで批判が多ければ修正して原作準拠にします。
たたた、と乾いた音が連続する。
宙に映し出されたウィンドウを左から右へ流れるように文字が映し出されていく。行数は既に数十に上っており、その全てがさっきまで闘技場で行っていたバトルの結果報告である。厳密に言えば調査報告。
七色博士および《三刃騎士団》の監視を依頼してきた菊岡誠二郎は、その手段や過程についてはこちらに一任しており、他の人からの依頼を受けてはいけないとも言っていない。そのため俺は誰かから頼まれ事をされた場合、普段通り請け負う事にしていた。
今回のバトルの件は、ALOを現在運営している《ユーミル》のトップ――茅場晶彦と篠ノ之束の二人から依頼された事。スヴァルト実装にあたって新規参入も狙いつつ古参も見捨てない斬新なルール、それが実際どれだけのバランスを得ているかを調べて欲しいと頼まれたのである。武器やスキル、新規Mobなどの調整が現実的なものか知りたかったらしい。
この三日間、自分は菊岡の依頼をこなす傍ら、茅場と束博士の依頼についても進めていた。Mobやスキル、クエストとダンジョンの難易度については粗方終わっていた。
残るは対人戦での設定だけ。《オリジナル・スペルスキル》実装で戦い方や戦闘全般の流れが変わると予想されていたから、実際OSSのバランス調整が妥当か調べる必要があった。
【魔導士】シウネーのようにOSSを小刻みに放つ事で敵を近づけさせない戦い方もあれば、自分のように接近戦に織り交ぜてアニメやゲームの剣技に近いスタイルを築けるなど、自由度は思ったよりある。それに反し詠唱や挙動で効果限界を決められているのはいい塩梅だった。
強力な効果を齎すなら相応の手間暇が必要になる。逆に微小で良いならすぐに使える。
小手先と言われればそれまでだが、距離を詰められると弱い後衛、遠距離に徹されると弱い前衛も、それなりの選択肢が与えられたと見て良い。何よりコモンスキルに左右されず、個人依存なため新規も古参と同等という点が良かった。
作成にあたってそれなりの美的センスや設計センスを求められるが、それも数をこなせば馴れるもの。『何』を作るか明確なビジョンが出来ていれば然程問題にはなり得ない。
――更に、《オリジナル・スペルスキル》は面白い一面を持っている。
戦闘に於けるバランスばかり
例えば、仮想世界では極めて高い《調合》スキルを持っていなければ作成できない花火も、このシステムで同等の魔法を作ってしまえば材料要らずである。無論豪華であればあるほどMPを喰う訳で、連発するなら作成版の方に軍配が上がる。しかし作成版は細やかで精緻な調整が出来ない。よって色取り取りのものは作成版、綺麗で精緻なものは魔法版に分ける事で、各々の特性を活かした豪華な祭りになる。
そういった別の側面の使い方を提示するのも請け負った側の役目。依頼内容は『各システムの戦闘面に於けるバランスの妥当性の調査』なので厳密には依頼に含まれていないが、あの二人には随分と世話になっている。これくらいのサービスをするのも吝かではなかった。
自力で発見した事を誰かに伝えるのが楽しいという個人的な理由もある。
「――送信、と」
以前から纏めていた分も含めて文書を完成させ、保存。十分ほど掛けて内容を確認し、誤字脱字や報告の抜けが無い事も確認した後、送信ボタンをタップ。何時の間にか小妖精風にカリチュアライズされたマークがどこかへ飛んでいくのを見届け、俺は一息吐いた。
多分あのカリチュアライズはユイ姉の仕業だな、と胸中で一人ごちる。
今居るのは【シュヴェルトシルト闘技場】を出てすぐのとある宿の一室。金冠の雄鶏亭を使ってもよかったが、あそこは転移門やクエスト受注場所の酒場に程近い事もあって人通りが激しく、ほぼ毎日部屋は埋まっている。初日に部屋を取れたのは幸運だったのだ。無論、疎まれている自分が貴重な一室を取っていれば不興を買う。
別にそれくらいの諍いは今更気にしないが、対応が面倒なので、人気の少ない裏通りの宿に入っていた。
とは言え宿を取ったのは報告書の作成に集中する為。完成させ、送信した今、もうこの宿でする事はないので早々にチェックアウトする。
「きゃあ?!」
宿を出ると同時、ちょうど入ろうとしたプレイヤーとぶつかった。ぐらりと相手が揺らいだのを見て咄嗟に手を取り引っ張る。
「大丈夫か――って、セブン?」
「き、キリト君?」
引き寄せた顔を見れば、相手は【歌姫】セブンだった。
ぶつかってきた彼女も驚いているようで目を瞠ってこちらを見て来る。お互いこの再会は意外なものだったようだ。
「えっと、キリト君はどうしてここに? ここで何やってたの?」
「野暮用で知り合いにメッセージを送る為に人気のない路地の宿を取ってた。セブンは……逃げてるのか?」
「――はっ、そうだったわ、急いで隠れないと!」
特にアイドル活動について聞いてなかったので大方そうだろうと見当を付けていたが、どうやらそれは当たりらしく、見るからに焦った様子になった。どうやらこの宿に立て籠もるつもりで入ろうとして、自分と鉢合わせしたらしい。
何というか、今回は運が無かったなと、セブンの背後に迫る男を見て思う。
「――見つけたぞ、セブン」
「ひゃい?! す、スメラギ君、何時の間に……!」
「たった今だ。随分と探したぞ」
猫を掴むようにむんずと襟首を捕まえた男の声に、セブンが動揺を露わにした。インタビューやアイドル活動の姿を見慣れているとその動揺ぶりは新鮮に映る。
保護者と幼い娘のような二人のやり取りを眺めていると、ふとセブンがきっと鋭くこちらを睨んできた。
「もう! キリト君ったら、スメラギ君が迫ってるのを教えてくれても良かったじゃない! 酷いわよ!」
「えっ、俺が悪いのか……? いや、そもそも姿を見られてる時点で教えても意味無いんじゃ……」
「それはそれ、これはこれ!」
「えー……」
スメラギが見えた時点で割と手遅れだったから、ステータス的に劣る筈のセブンはどう足掻いても捕まっただろうけど、彼女にとってはそれでも何もしなかったのが気に入らなかったらしい。ぷくーと頬を膨らませている。
怒りを頬袋で実際に表現する人なんて初めて見た。
……あんまり可愛くない。
「――キリト。貴様、セブンと何時の間に知り合っていた?」
膨れっ面のセブンを見て割と失礼な事を考えていると、スメラギに話し掛けられた。そういえばセブンとフレンドになっていた事は二人だけの秘密。更にセブンは普段アイドルとしてALOで活動しており、スケジューリングはスメラギに一任されているとも聞く。
時間管理をしている自身の目の届かないところで見知らぬ人間と関係を持っていた事がスメラギは気に入らないらしい。
それだけセブンの事を大切にしているのか、あるいは――
――意味の無い思考を苦笑と共に彼方へ放る。
「――二日前、あんたは俺にセブンの行方を尋ねただろう。あの時だよ」
「……そうか。いくら探しても見つからなかったのは、貴様が嘘を吐いたからだったか。匿っていたんだな」
「ご名答」
「あ、あのー、スメラギ君? それは私が頼んだ事だから、あんまりキリト君を責めないであげてほしいかなーって……」
「そうは言うがな……いや、そもそもの話、セブンが姿を晦ませなければ済む話だ。それに下手に他人に関わるなと以前から言っているだろう。今回はキリトだったから良かったが、妙な輩に襲われたり弱みを握られたりしたらどうする」
「う、それは……」
割と正論な説教にセブンはたじたじになっている。
天才科学者として注目され、且つアイドルとして広く人気を集めている彼女の事を知りたい人は多い筈だ。広場に集まって応援や黄色い声を上げるクラスタはまだ良識的。怖いのは自身の欲望を優先して突っ走る輩であり、スメラギはそれについて言及している。
ただまぁ、完全にセブンが悪いかと言えば、無論そうではない。
「そんなに人間関係を管理したいならそう易々と逃げられないようにすればいいんじゃないか? まぁ、本人も望んでいないライブを開こうとしたせいで逃げられるなんて、笑い話にもならないが」
そもそもの話、歌い手が予定していなかったミニライブを強制する事が原因でセブンは逃げていたのだ。セブンを責める前に、まずその事について解決すべきではないだろうか。
皮肉を交えながらそう迂遠的に指摘すると、スメラギの険しい面持ちが更に歪んだ。
「貴様、何故それを……」
「何故も何も、《三刃騎士団》の内情を知れるルートなんて目の前の一つしかあるまいよ」
肩を竦めながらセブンを見遣る。
言わんとする事を理解したようで、彼の顔が苦みしばったものになる。そこまで険しくする必要はあるのかと思わなくも無い。
「……セブン」
「うー……だって、一昨日のも今日のも、元々予定してなかったミニライブじゃない。既出の曲で良いって言ってもリハーサルも無しにぶっつけは嫌よ。私ももう少し自由にスヴァルトエリアを見て回りたいのに……」
「だが忙しくなる事は元々予想出来ていた事だ。こうなる事も承知していただろう」
「そうだけどー……」
唇を尖らせ、拗ねたようにそっぽを向くセブン。どうやら相当鬱憤が溜まっているらしい。
まぁ、リアルでは日がな一日研究三昧、仮想世界では気を抜けないアイドルとしての顔を保ち続けなければならないのだ。娯楽が娯楽の体を為していない時点で限界が訪れるのは時間の問題と言える。よっぽどの見返りが無ければやってられないだろう。
「……セブンの愚痴を聞いた身としては、もう少し自由にさせてもいいと思うんだが。精神的に保たないだろ」
「……これは《三刃騎士団》の問題だ。部外者の貴様に口出しされる謂われはない」
「それはセブンが部外者に関わる前に問題を解決してから言うんだな。本人の意向そっちのけで勝手に決めてるから逃げられる、それは分かっている筈だろ」
「貴様に言われずとも分かっている」
「だったら――」
「だが指図される謂われは――」
「ストップ! 二人とも喧嘩はやめて!」
「「っ!」」
言い争いになりそうなところでセブンが声を上げ、自分とスメラギの間に割って入って来た。その行動に揃って口を噤む。
「わかったわよ、出ればいいんでしょ、出れば。それでいいわよね、スメラギ君」
「あ、ああ……」
諦観とも呆れともつかない表情で言う【歌姫】に、側近のウンディーネは気圧されながら頷く。なんだかんだでこの二人はこれで釣り合いが取れているのかもしれない。
「それにしても……意外だったわ。キリト君も熱くなる事があるんだ」
「……俺だって人間だ。感情的になる事くらいある」
自分も何時になく熱くなった自分を省みて、思わず顔を顰める。スメラギもそうなのかさっきとは別種の苦い表情を浮かべていた。
これはちょっと恥部に値する過去になりそうだ。
それを察したのか、あるいはスメラギへの意趣返しか、セブンは仄かに笑みを浮かべた。
「前話した時は全然表情が変わらなかったから何だか新鮮ね。ふふ、キリト君の新しい顔が見れてちょっと得した気分」
「俺は憂鬱な気分だよ……」
「あは♪」
何が面白いのか、こちらの顔を覗き込んで楽しそうにセブンは笑う。
「あぁ、ごめんなさい。なんか私がイメージしてたキリト君と違う顔が見れたのが嬉しくって……ともあれ、今日はこれでお別れね。さっきは私のために言ってくれてありがとね。素直に嬉しかったわ」
謝罪から、流れるようにお礼まで言われる。
その礼に思わず顔を顰めた。
「そうか。それは、よかった」
「ぜんっぜん良さそうな顔に見えないんだけど」
「こっちの事情だ。気にしないでくれ」
「そう? なら――またね、キリト君。ダスヴィダーニャ!」
ロシア語で『さよなら』の挨拶をし、スメラギを引き連れてセブンは立ち去った。
刀使いの男は何か言いたげに俺を見ていたが【歌姫】を見失う訳にもいかず、そこそこのところで踵を返し、角を曲がって姿が見えなくなる。
二人の姿が見えなくなった後、ゆっくりとチェックアウトした宿の壁に背中を預ける。
「……セブンの為、ね……」
ゆっくりと、言われた事を噛み締めるように復唱する。口論になる手前で止められた自分の発言。あれは確かにセブンを想っての事に聞こえるだろう。
だが――違う。
「まだ、吹っ切れてないだけなんだ……」
スメラギに無自覚のまま食って掛かってしまったのは、無意識の部分であの男の言動が気に入らなかったからだ。
あの表情。
あの思考。
――どれを取っても
そして、セブンに対するあの言動。環境の違いでセブンも自己主張をしているが、そこを除けば多少なりとも過去の自分に似通ったところがある。人の都合で勝手に動かされているところなど正にそう。
自分が『出来損ない』を押し付けられていたならば。
「――クソッ」
壁を横殴りする。ごっ、と鈍い音が立った。じんわりと壁を殴った拳が熱く感じられる。痛みの代わりに違和感が生じる。
あの頃のように際限のない激痛に苛まれるのは御免だが。
今だけは、痛みすら感じない仕様を怨みたくなった――
*
「……そろそろ行くか」
数分掛けて冷静さを取り戻した俺は、メッセージで伝えられた合流場所に向かう事を決めた。
ユウキとランが【魔導士】シウネーと話す関係で現地集合だった予定は変更され、央都アルンに構えられたリズベットとエギルの共同店舗に集まる事になっていた。
大樹イグドラシルの麓にある中立域最大規模の都市《央都アルン》の一角に構えられたエギル雑貨店兼リズベット武具店。SAO時代――四十九層、七十六層――から数えて三つ目となるその店舗は、ALOプレイ開始時点からステータスが高めというアドバンテージを持つ仲間と協力した甲斐もあり、これまでと比して非常に大きなものとなっている。二階建てと高さはそうでもないが、鍛冶場と素材置き場、陳列棚、雑貨店と武具店の兼用店舗スペースなどが仕切りられながらも併設されているためか、造りとしては横に大きい。
一階が鍛冶や店舗に関するスペースであるからか、二階は完全なプライベートスペースになっており、仲間の溜まり場になっていた。武具のメンテナンスも兼ねて合流場所が二階になる事も茶飯事。
今回も例に漏れずその店舗の二階が合流場所だ。
まずは央都へ向かうべく、路地を歩いて転移門へと向かう。
空都ラインにある転移門は【スヴァルト・アールヴヘイム】の各浮遊大陸、空都ラインの他に、本土の央都アルン、各種族の領地に繋がっている。種族領に関しては自身の種族のものにしか行けないが、央都に関しては全種族関係無く迎える。そのお蔭で利便性は非常に高い。
そのため空都にはプレイヤーの雑貨店、鍛冶屋の類はまだ存在していない。仮に転移門が無かったならリズベット達は一時的にでも店舗をこちらに構えていたに違いなかった。
当然ながら、その転移門は絶え間なく人を吸い込み、あるいは吐き出し続け、人の往来が途絶えない。路地を大通りへ進むほどに喧騒はより大きくなっていく。
個人的にあまり人通りの多いところは好かないのだが、この浮島から飛び降りて央都へ行くだけでもかなりの時間を要する。それ以前に本土に掛けられた高度制限の影響で央都周辺を囲む山脈を飛んで超えられず、却って時間を掛けてしまう。背に腹は代えられないのだ。
「――ただ、その前に」
もう少しで大通りに出る手前で足を止め、手に忍ばせていた最安価の投擲用ピックを振り返りざまに一本放つ。闇のように黒い長針は真っ直ぐ狙ったところへ飛び――小さな乾いた音と共に現れた紫色のパネルに阻まれ、落ちた。
傍から見れば、何も無いところにいきなり破壊不能オブジェクト表示が出たように見えるだろう。
実際俺の眼にもそう見えている。
だが――気配と視線は、何も無いように見える空間に人が居る事を如実に教えてくれていた。証明するように、空間が徐々に歪み、プレイヤーが一人現れる。
緑髪のおかっぱの少年。動きやすさを重視したジャケットとズボン、後ろ腰に短剣を差した軽装。背丈はシリカよりやや高いくらいか。体格は華奢、かつ痩躯。そこそこ親近感を覚える体つきだ。
瞳と髪の色から察するに風妖精らしい。
「え、な、な……?!」
見破られると思わなかったのだろう。頭からマントを被ったまま瞠目し、動揺するプレイヤーは、逃げる素振りを見せないでいる。それほど自分のハイディングに自信があったようだ。
「嘘だろ、僕のハイディングを見破れるくらい《索敵》を鍛えてるの……?!」
愕然と呟くシルフ。
確かにソロでダンジョンに潜ったり、フィールドを飛び回っていた関係上、多分パーティーを組んでいる他のプレイヤーに較べれば《索敵》スキルは高い値に戻っているだろうが、それでも先のハイディングを見破れる程ではない。ましてや装備補正まであると思しきシルフのハイディングはそこらのプレイヤーではどれだけスキルを鍛えていても見破れないに違いない。
これはSAO最初期から視線と気配でスキル補正無くハイディングを見破っていた俺だったから出来た事。相手が悪かったと言うしかない。
それを懇切丁寧に教えるつもりも義理も無いが。勿論、現在の《索敵》スキルの性能についても、把握出来るような失言を犯すつもりは無い。
「気付かないとでも思ってたのか。あんた、俺が宿に入る前からずっと尾行してきてたな」
「最初から気付かれてた――ッ?!」
両手を頬に当てムンクの叫びの如きリアクションを見せる少年シルフ。オーバーリアクションにも程があるというか、ノリは軽そうだ。
脳裏に知り合いの中で一番ノリが軽いダッカーを思い浮かべつつ、表向きは溜息を吐き、相手を威圧する。
「三十分も経てば居なくなると思っていたのにまだ居たから強硬手段に出させてもらった……あんた、確か闘技場のバトルにも参加していたな。それに昨日もフィールドの途中まで尾行してきてたな」
「え、昨日も気付いて……?! じゃあ見失ったのは必然?!」
「……あぁ、そうだ」
指摘していてなんだが、こう、ブラフにも簡単に引っ掛かりそうなくらい分かりやすいリアクションをするシルフに、そこはかとなく不安を覚えた。自分だったらここまで口を滑らせやすい相手に秘密を握られたくない。
「流石に《圏内》でもストーカーされると迷惑だ。何か用があるなら面と向かって言ったらどうなんだ」
仮令誹謗中傷や罵倒の類だとしても、真っ向からぶつけられる方が遥かにマシである。裏で何を言われているか分からない方がよっぽど精神的に辛いのだ。
それを分かっているからこそ敢えて裏で言い募る人もいる訳だが。
「――じゃ、じゃあ、言わせてもらうけど!」
その点、このシルフは手段こそ常識外れだが、真っ向から言えるだけの度胸は持っているようだった。マトモな感性が少しは残っている。
やや気弱な雰囲気を感じるシルフと向かい合う。
「その、きみは、何でリーファちゃんと一緒に居るのかな!」
昨日今日とずっと尾行され、視線を感じ続けていて気分も良くなかったところで、更に不快感を覚えた。酷く受け入れがたいナニカを感じる。
原因はハッキリしている。目の前のシルフが口にした義姉の呼び方だ。
別に義姉がどう呼ばれ様と、悪罵や蔑称でさえなければ自分は構わない。干渉しようとも思わない。本人が嫌がっていないなら基本的に不干渉を貫くつもりでいる。
だからこのシルフの呼び方も気にする必要はない。馬鹿にしている訳で無い事は自分でも分かる。
ただ――
それでも。
「……リーファ、
自分を想ってくれている
――ぴしっ、と額の何かが引き攣る。
「そう。きみはリーファちゃん……直葉ちゃんの、義理の弟だよね」
「……ああ」
こちらの心情など察していないのだろう。シルフのプレイヤーは、声音を変えずに言葉を続けた。事実確認だから短い返事を重苦しく返す。
「それで、きみは織斑一夏なんだよね」
「ああ」
「……
――怨嗟めいた声音が問うてくる。
「
――純粋だからこそ突き刺さる疑問。
「直葉ちゃんは優しいからさ、彼女から
――言外に伝えられる、敵意。
「それを放置してALOで遊んでてさ。
――突き付けられる客観。
「――そうか」
それらの集約に、自分はそう答えるしかなかった。
「――これだけ言って、『そうか』の一言だけって……
シルフの顔に、ありありと怒りと怨嗟が浮かび上がった。現実だったら今にも首を絞めてきそうな殺気。《圏内》だから、抑えてるだけ。やろうとしても無駄だからしていないだけ。
――やって意味があったなら、きっとこのシルフは行動していただろう。
それだけこのシルフにとって、《桐ヶ谷直葉》は大切な存在に値しているという事か。今まで《出来損ない》とただ貶して来た連中とは責め方が違うからよく分かる。
惹かれたんだな、と察した。
その気持ちはよく分かる。義姉の優しさと注いでくれる情愛の深さをよく知っているからこそ、惹かれる気持ちが理解出来る。
「――言いたい事はそれだけか」
――――だからこそ、絶対引きたくないと思った。
「え、は……?」
「聞こえなかったか。言いたい事はそれだけかと訊いたんだ」
「っ……あれだけ言って、悪びれもしないの?!」
「少なくともあんたに悪びれる筋合いが無い」
「な……」
絶句するシルフ。二の句も告げないとばかりに口を開いて、こちらを凝視してくる。信じられないもの――化け物を見たような、そんな眼を向けて来る。
それに動じず見据え返す。
先の言葉は本心そのもの。だから動じる必要はおろか、動じる要因も無い。
「俺のせいで直姉が被害を受けてる? ――知ってるよ、それくらい」
俺の素性が原因で、元の学校に復学出来なかった事はおろか、級友はもちろん、地域のご近所からも悪く言われている事くらい知っている。知らない筈が無い。
義姉や義母、木綿季達は気にしないよう言ってくれているが、気にしない筈が無い。
苦しい筈だ。それでも気にしないよう気を遣ってくれている――その気遣いこそが、俺は苦しく感じている。自分が《桐ヶ谷和人》として生きている限り続くからこそ尚の事心苦しい。
「その事で、謝罪する必要はあるだろう。でも――それは罷り間違ってもお前にじゃない、直姉達本人にだ」
これは本心。
でも、謝罪をする訳にはいかない。あの世界で自分は《桐ヶ谷和人》として生きる事を決断した。その未来にある苦しみを覚悟して決めた。それをみんなは理解した上で認めてくれた。事後承諾の形になったが、義母も義父も認めてくれた。
家族ぐるみで《桐ヶ谷和人》で居る事を許されている。
なら――他人の言葉に揺らぎ、前言を撤回する事がどうして許されよう。
もし前言を翻す時が来るならば、それは家族全員から拒絶された時に限られる。そして直後に自ら命を絶つだろう。《織斑一夏》として生きるつもりは毛頭ない。桐ヶ谷を否定されたなら、自分が行き着く先は微睡みの
――しかしその決断を義姉は決して許さないと確信している。
でなければ、かつて自分の自己犠牲的な思想を否定し、生を願い、想いを告げて来なかった筈だ。俺は生きる事を願われている。なら少しでも長く生きるべきだ。俺と生きる事で受ける苦しみを覚悟の上で、直姉は想いを告げてくれたのだから。
今更俺の事情で遠慮などしては、却って直姉に対して失礼になる。
それは勿論、仲間のみんなにも同じ事が言える。
迷惑を率先して掛けるほど厚かましくなるつもりはない。でも、俺が生きる事で発生する迷惑は、みんな受け容れてくれる。それだけは確か。
だから俺は、胸を張れる。
胸を張って《桐ヶ谷和人》として生きる事を宣言出来る。
「俺はこの生き方を選んだ。みんなは、俺の決断を支持してくれた。俺と居る事で被る苦しみも理解した上で認めてくれた――――何も知らない赤の他人が勝手な事をほざくなよ」
絶句し、黙り込んだシルフに言い切って、踵を返す。
背中に敵意が突き刺さるも全て無視。動こうともしないなら、俺をそれだけ見くびっていた訳で、俺を押しのけてでも桐ヶ谷直葉を
仮にこれで覚悟を固めてきても問題無い。
はい、如何だったでしょうか。
名前未出の謎シルフ君。直葉の呼び方で諸バレですが、
何故本作レコンがこうなったか。
――惚れた女が不当な理由でどんどん不幸な状況に陥っていってたら諸悪の根源に憎しみを募らせてもおかしくないやろ?(外道)
尚、諸悪の根源はキリトより、レコンのようにキリトの事情を考えずに貶す人間達である。つまりレコンは盛大なブーメランをケイタの如く放っているという事に……
一昔前のキリトならメンタル崩壊して自殺に走ってもおかしくなかったけど、一緒に生きる際の苦しみも込みで告白した直葉、木綿季、詩乃、そのほか生還を喜んだ仲間や家族のお蔭で克服。
元々本作主人公のキリトは、自身にとって大切なヒエラルキー上位者に自分の生殺与奪を委ねる傾向にありました。ケイタやサチなどに対する罪悪感などが該当していましたね。これは他者の願いを自分の行動理由にしていたせい。その特性により『《桐ヶ谷和人》として生きていいと全面肯定された事実』が上手い具合に働いて『直葉達全員から死ねと言われる』事態でも起きない限り何が何でも生きようと足掻くようになっております。
しかもキリトからすればレコンは全く知らない相手。リーファがALOを始めたキッカケについて聞いていても、リーファ自身がレコンをそこまで重要視しておらず、若干敬遠している事から、名前までは明かしていない(実際同級生に誘われた程度しか本編でも話していない)ので、本当にキリトは少年シルフが誰か分かっていない。
まぁ、勘が良いので『直姉をALOに誘った人か同級生だった人かな』程度には察しているでしょうが、だからと言って自分達の話し合いの結果をとやかく言われる筋合いはない。
レコンとリーファが恋仲だったら流石に一考したでしょうけども、その場合キリトにそれを言った事実を知ったリーファは一方的に三下り半を叩き付けている事間違いなしです(溺愛ぶりから必然)
――つまりレコンは自分から首を締めに行っているという……
有難迷惑って、ありますよね。頼んでもないのに『良かれと思って』と言って行動された事が実に余計な事で余計に面倒な事になるパターン。今回はそのパターンでした。
――順番が逆になりましたが、セブンとスメラギについて。
二人の再会イベントは原典ゲームでも必発で存在しております。若干会話の流れが違いますけど、おおむね同じです。
つまりスメラギも素で同じなんです。
スメラギの喋り方や雰囲気、思考って、原作ISの織斑千冬とホントに同じなんだよなぁ……
尚、公式設定だとスメラギさんは『18歳』らしいです。
マジかよ(本気の驚き)
では、次話にてお会いしましょう。
最新話幕間のレコンについて(6月20日で終了)
-
このままでいこう
-
敵意は向けてもここまで酷くは要らない
-
直葉の心情を考えウジウジ接触(原典準拠)
-
直葉と話し合って説得される(和人未接触)
-
新川君並みの粘着ルートで(絶交ルート)