インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はサブタイ通りキリト回。

 文字数は約一万。

 今話はルビ振りが多いです。口に出てる言葉として上のルビ、意味合いを下の本文として書いているので、そう読んで下さればと思います。

 ――お気に入り減少覚悟の上の内容です。

 ではどうぞ。




幕間之物語:黒ノ剣士編 ~()()()()

 

 

 ヴゥン、と鈍い電子音を聴きながら、意識は現実へと復帰した。役目を果たしたフルダイブハードが徐々に休眠していき、それに反比例して肉体の感覚が戻って来るのを知覚する。

 数秒経って、バイザー型ディスプレイに映るUIが消失した。

 被っていたそれを外し、傍に置く。

 

「ふぅ……」

 

 自ずと息が漏れた。きっと張り詰めさせていた気が幾分か抜けたからだ。

 現実に居ても、仮想に居ても、自分は気を抜けない身の上にある。だが――今この時だけは、気を抜ける。

 自分が今いる場所は更識邸の一角。元は物置として使われていた空き部屋を、やや無理を言って頼み込み、自分と束博士の為に使えるよう手配してくれた部屋だ。

 

 束博士の研究所を使っていない理由は、俺の事情が関係している。

 

 ISコアは元々人体に埋め込むと被験者を即死させるレベルの有害な異物、しかも自分の場合は心臓直上に位置しており、心臓や脳との直接的な繋がりも構築されてしまっている。何が起きるか不明なので定期的なメディカルチェックとメンテナンスが必要だった。

 デスゲームに囚われる以前は、ステルス機能を持つ束博士の愛機に同乗し、彼女の隠された研究所へ赴く事で諸々をこなしていたが、今はそう出来ない事情がある。

 それはチョーカーとして普段から首に巻いている代物――『首輪』のせい。

 居場所を探知するためのGPS装置のほか、少しでも法に触れる行いをしたと判断された場合、無力化するための電流、そして爆発機能が搭載されている。楯無によれば極悪犯罪者に適用される()()の代物だという。その試験運用として使われているらしい。

 ……政府の方も、ある程度こちらの裏事情(過去)を把握していたようだ。

 結果的に生還したとはいえ、当時本当に死ぬと思われていた状況で人殺しを率先して行い、SAOで一番人殺しをした人間に対し過度な対応とは言えないだろう。須郷伸之への仕打ちも警戒心を掻き立てた。

 あるいは帰国するまでの方を警戒しているのか。

 故に生還直後、俺を裁判に掛けて極刑に処すよう働きかける過激派がいたのだが、それに反するように穏当な方針を主張する一派もいた。

 それが菊岡誠二郎の属する勢力である。

 菊岡誠二郎の話によると、穏健派はデスゲームの最終的なクリアに貢献した人物である自分の事をある程度買っているらしく、将来的にサイバーテロへのカウンターアタック役か、あるいは黎明期にあるVRMMOの調査役に抜擢したいと考えているという。実際菊岡を通して後者の真似事はしているので事実だろう。この依頼の動き方で俺の今後を測っているのだ。

 そんな訳で過激派と穏健派の争いの渦中にある俺は滅多な事が出来ない状態にある。下手な事をすれば、それをネタに自分の身や命を危ぶめる事に繋がりかねない。

 だから楯無に頼み込み、更識邸に部屋を一つ用意してもらった。

 

「おかえり」

「……あぁ」

 

 傍らから掛けられた声に、短く応じる。

 自分が寝ている寝台。それは一般用のベッドでも、更識家にあったやや高級感のある寝具でも無く、例えるなら入院患者が使うような――そんな、業務用のベッドだった。

 体を起こせば、ぎぃ、とパイプの軋む音がする。

 寝心地よりも、横になる事を優先したもののため、表面はやはり硬い。それに長時間寝ていたせいか体を起こした時に節々がギシギシと軋む。

 痛みは、なかったが。

 

「――ねぇ、和君」

 

 ベッド端に座り、体を解していると、また声を掛けられた。

 ――薄暗い部屋だ。

 この部屋を照らす光源は、LEDライトを用いた照明器具では無く、何枚も連結されたモニターの電子光だった。そのモニターの前に座っている人物が声を掛けてきている。

 

 自分をそう呼ぶ人物は、この世で一人――《インフィニット・ストラトス》を製作した《篠ノ之束(天災)》だけだ。

 

 見慣れた水色のドレスに白いエプロンと機械で作られているウサ耳が特徴的な大人の女性。端から見ればコスプレ感溢れるファンシーな装いのそれは、知り合いからすれば、ある意味天災と認識する為の一指標になっている。とは言えこの装いを自分が見たのは実に二年半ぶりになる訳だが。

 そんなファンタジーチックな装いの博士に顔を向け、視線で先を促す。

 博士の表情は複雑なものになっていた。

 

「もっとさ、他にやりようはなかったの?」

「もっと良い方法があったらそっちを選んでたよ」

 

 バッサリ答えると、くしゃりと博士の表情が歪んだ。

 話題になっているのは、各種族の長が率いる連合軍や《三刃騎士団》、果てにはリーファ達とも刃を交えた偽キリトの件。知らぬ存ぜぬを貫いた俺だが、それは真っ赤な嘘である。

 なにしろ、あの偽キリトは《Kirito()》の魔法によって作られた実体のある幻影。ALOの《闇魔法》と《幻影魔法》を完全習得まで極める事で会得する融合魔法によるものだ。

 当然操作していたのは俺自身。

 見聞きするどころか、アレの存在そのものが自分そのものとすら言えた。

 

「それより活性化はどうだった?」

 

 ――博士が物言いたげにしている事がそこではないと分かっている。

 理解した上で、敢えて無視した。

 この問答に意味は無い。

 それを分かっているのか、眉根を寄せた博士は十パーセント、と小さく答えた。

 その数字はオリジナルキリトと幻影キリトの同時操作時の脳の活性化率。

 この『活性化率』も脳全体のものではない。特定の行動を取った時の運動野、感覚野の、更に限局した部分での脳波発生部位がどれくらいあったかを計測したものだ。

 人間の脳には使われていない部分が数多く存在している。とある高名な研究者によれば、人間の脳をフル稼働させた場合、そのスペックはスーパーコンピューター二台分に匹敵するという。それが真実かは定かでないが――ISコアとの送受信を常に行っている俺は、それが事実だと体感している。

 だからか自分はマルチタスク能力に秀でている。コアの武器やSAOでの《剣技連携》、《ⅩⅢ》などを十全に扱うにあたり、必然的に求められた能力だ。

 過去俺は人格が分裂した影響で脳波を三つ出すという特異な状態に陥っていた。それも深層心理世界という自分の脳と心象が作り出した世界で、自分、シロ、そして廃棄孔とが痛みや五感を別々に知覚し、戦うという事も経験している。

 そして。

 菊岡の依頼を受け、情報収集しつつ自己強化にも励んでいる中で《闇魔法》と《幻影魔法》を完全習得し、覚えた実体のある幻影を見て思い付いたのだ。

 

 その気になれば人格分裂などせずに、マルチタスクと同じ要領で幻影を何人も動かせるのでは、と。

 

 その試みは既にスプリガン領主がしていた。幻影魔法を得意とする種族の長だけあり、その手の手段や戦い方には慣れていたが、しかし実体のある幻影を使うのは流石に困難だったのだ。何故なら、幻影にも実態があるという事は、すなわち五感があり、脳にその情報が叩き込まれるから。単純計算で二倍の情報量。しかも、まるでピアノを弾く奏者の手の如く別の生き物のように動かすには、脳からの命令を二倍以上にしなければならない。

 それが会得した分身魔法の実態。戦力が増えるどころか、脳の処理量が増えすぎて混乱してしまい、逆に弱体化しかねない魔法という事で嫌煙されている。そもそも《闇魔法》も《幻影魔法》も不人気なせいでそこまで極めたプレイヤーはスプリガン領主と自分くらいしか把握出来ていないほど。

 普通なら本物と幻影、どちらの視界、聴覚、触覚か分からなくなり、困惑し、動けなくなってしまう。しかし同時に複数の脳波を発生させる人格分裂を起こしていた自分であれば、あるいは。

 そう思って使用し――マトモに運用出来たのが、およそ一週間前の事。

 それまで産廃魔法だった分身魔法のデータ取りに協力するよう頼まれたのが、スヴァルトアップデートの日の夜の事。

 それから三日経つ今日、丁度体のメディカルチェックをする日だったので、《三刃騎士団》達と全面的に戦う時にデータ取りも一緒にしたという訳だ。

 

「……となると、一体につき二・五%、本体含めて最大二十五体同時に操作できる訳か」

 

 計算し、呟く。

 無論その数字はあくまで理論値。今回本体の方は街でノンビリと過ごしていたので、本体も戦っていれば、活性化率はもっと高くなっていた筈。攻防の応酬が激しくなれば、より精密な動作と感覚知覚、個体ごとの判断をしなければならないため、余計少なくなる筈だ。

 最低本体()()()()()()|は操作出来るようにしたい。それも、十二体同時に操作した状態で、最低ユウキと互角に戦える精度を保って。

 本体含めて()()の同時操作ならリーファ、ユイ、クラインの三人を圧倒出来た。

 しかし『戦闘』の一点に限って言えば、実質一体しか精密な操作を要していなかった。

 

「……厳しいな」

 

 思わず目を眇め、言葉が漏れる。

 並列演算による複数戦闘処理は現段階だと三つで限界が訪れる。激しさを増せば二つ、義姉レベルの手合いが居れば一つまで減る。

 いっそ自爆特攻をかます方に変えようか、と思考が飛んだ。幻影が倒されたとしても本体への悪影響は無い。幻影が獲得した経験値は本体に入るが、自爆魔法や死んだりしても本体の経験値には影響しないので、実質デメリットの無い爆弾兵として運用する事も出来てしまう。

 というより多分()()が想定していた運用は幻影による自爆魔法だろう。

 そう考えると、幻影をそう使うのも悪くない気がしてきた。下手に刃を交えると幻影を操作しているのが本人だと見破られるリスクがある。見破られると計画が水泡に帰すし、幻影が披露したスキル群は本体では使えなくなるため、手の内を明かさない意味でも断然そちらの方が都合がいい。

 問題はスヴァルトルールによって本体の《闇魔法》スキルの熟練度が初期値に戻されている事だが――抜け道を使えば、そこもクリア出来る。

 最終段階だとどうしても刃を交えなければならないが、それを本体がするよう変更すれば、幻影を爆弾にする方向にしても問題は無い。

 一番いいのはやはり幻影十二体も本体と同レベルの技量を発揮出来るくらい演算処理能力を高められる事だが、流石に高望みが過ぎるだろう。

 

「――もっと脳の処理速度を上げたいって、そう考えてるでしょ」

 

 突然、博士はそう言ってきた。

 殆ど喋っていないのに思考を当てられ、瞠目を向ければ、ふふ、と哀しげな笑みを浮かべた。

 

「束さんは和君の()()()だから分からない訳がないよ」

「そう、か」

「うん……いちおう言っておくけどね、SAO終盤やボス戦の()()()を除いた意識的処理速度で言えばほぼ人が出せる限界値。和君のISは生体コアでもあるから、補助を受ければもっと上がるけど、ALOへのフルダイブに限定すると今以上はまず望めないと思って」

「……仮想世界への適合率を上げれば、あるいは……」

 

 仮想世界への適合率――所謂、親和性を上げれば、更に速くなるのではと思った。それは《メディキュボイド》、《ナーヴギア》、《アミュスフィア》の三種類のハード使用者が揃っていたSAO時代の仲間の戦いぶりから推察した事だ。自分自身、仮想世界へのダイブ時間が長くなればなるほど、より自然にアバターを動かせる自覚があった。

 しかし、博士は違うとハッキリ言い、首を横に振る。

 

「二年以上もフルダイブを続けた和君は親和性で言えば誰よりも高い。感覚遮断率が最高の《メディキュボイド》使用者だったあの姉妹より、和君はシステム的な反応速度で上回ってると判断されて、《二刀流》を与えられたんだ」

 

 システム的な反応速度。

 それは脳の処理速度とハードのレスポンスラグを考慮した演算速度の二つを考慮した上でのもの。ハードで言えば自分はユウキ達に劣っていたが、脳の処理速度で上回っていたから、《二刀流》を与えられた。博士はそう言っていた。

 人の脳は環境に適応するよう作り替えられる。所謂『慣れ』というもの。

 算数をしていれば計算に強くなる。そこへ咄嗟に長文読解を与えられると、難しい漢字に躓いてしまう事がある。ようやく漢字になれたところで計算問題を出すと、少し前まですいすい解けていた問題ですら手古摺ってしまう。しかしこの変化を幾度も繰り返すと、その変化すらも脳は適応しようとし、戸惑いやミスが徐々に減少していく。

 フルダイブも同じ。最初はフルダイブ特有の感覚に慣れず『重力酔い』を起こしてしまうが、ダイブ時間が長期になるとそれを起こさなくなり、現実と仮想での重力や感覚の差異すらも自覚が薄くなっていく。

 ――つまり『慣れ』とはラグの頻度減少であり、脳の演算処理速度の向上を意味している。

 そういう意味では、《二刀流》を持っている事が証明しているように、俺は誰よりもフルダイブ環境での処理速度は最速なのだろう。

 

「それに、和君の反応速度に、もうハードの方が追い付かなくなってる。幻影を出せば出すほどハードの演算処理も指数関数的に膨れ上がるんだ。脳の処理限界は最大スペックを考えればまだ余裕があるけど、ハードは追い付いてないんだよ」

 

 そもそも幻影を複数同時に人間と遜色ないレベルで操作するなんて尋常じゃないんだけど、と博士は続けた。

 仮想世界への親和性が最高峰だから処理速度は最速。並列演算を含めた処理限界は、全細胞を励起させるとスパコンに匹敵するレベルなので、余裕はある。しかしそれらにハードが耐えられない訳だ。

 

「ハードの方は束さんが改造すればスペックを上げられる、違法だけどね。でも脳の処理速度はもう向上を見込めない――」

「いや、方法はある」

「――とおも……えぇっ?」

 

 遮ると、困惑の顔を向けられた。

 天災と揶揄される頭脳を以て『不可能』と断じた事に異を唱えられ、それが何か分からないからこその珍しい感情と表情に、新鮮さを覚える。

 

「一応確認するけど、ISコアへの電脳ダイブとか、生体コアからの補助は受けられないのは分かってるよね? それ以外で処理速度を上げる方法があるって言うの?」

「ああ。単純な考え方だ、()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――な……っ」

 

 言葉を返せば、愕然とされた。

 博士のその顔を見るのは人体実験を受けていたと告白した時以来のような気がする。

 数秒、口を鯉のように開け閉めさせていた博士は、それから険しい表情で睨んできた。

 

「な、何を言ってるのさ! 人の脳がブラックボックスだっていうのは和君も理解してるよね?! 実行しても死ぬだけだよ! そんな事出来る筈が……!」

「――量子分解」

「な……それが、どうしたの……?」

拡張領域(パススロット)に装備を格納する際の工程は、武装の構造体――『原子、分子配列を解析』し、それを『量子へと変換』し、『分解』し、『圧縮』し、そして『格納』する事の合計五つに分けられてる。出す際はその逆――原子から並べ直し、構造体へと構成し直している」

 

 IS学園で使用されている参考書には触りすら書かれていない武装格納の工程を列挙する。

 珍しい事に、察しの良い束博士は、何故これを言い並べたのか分かっていないらしく、訝しげな面持ちを苛立ちを交えながら浮かべていた。

 そんな女性に、苦笑を返す。

 

「俺の貌、腕や脚も、どうして綺麗なんだろうって疑問に思った事はないか?」

 

 ――女性の険しさが増した。

 

「ま、さか……和君、過去に、既に……」

「――ISは、全ての物質を解析し、原子レベルで分解、再構築出来る機能を持ってる」

 

 人間の体は水35L、炭素20Kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、鈴800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他15種類の元素少量、そしてその個人の遺伝子情報で構成される。遺伝子情報も『アデニン』、『グアシン』、『シトシン』、『チミン』で構成されており、原子として扱える以上、ゲノムを解析すれば再現出来てしまう。毛髪一本あればゲノムなんて簡単に手に入る。

 仮令材料の実物が手に入らなくとも、原子配列を弄ってしまえば、材料を変換出来る。

 

「古傷以外の皮膚はその機能で直した。左腕は喪った事もある、両利きになったのはその名残だよ」

 

 人に蹴られ、殴られ、斬られ――それは服で隠せる胴体の話だった。

 だから隠し通せた。

 だが。連れ去られた先の研究所では、そんな世間体を気にするような事は無く、相手はこちらを殺しに掛かって来る者ばかり。機動力を削ぐ為に足を狙うヤツも居た。殺し合う中で、腕に怪我をする事もあった。

 それらの怪我は、桐ヶ谷家に拾われた時点で無くなっていた。胴部の古傷しか認知されていない。

 ヒトの怪我なんて、数ヵ月で跡形も無く消えはしない。

 ましてや碌な治療を受けられず、栄養も得られない環境で、治り切る訳が無い。

 それを可能にしたのがISの機能『量子変換』、その応用だった。

 それこそ――

 

「魂や精神を抜きにすれば、人間なんて簡単に作れてしまう事になる。ましてや生体コアの宿主である俺のゲノム情報なんて幾らでも取り放題だし、原子配列も解析し放題。材料である元素さえあれば古傷を再現した上で新しい肉体も作れてしまう。それは当然、大脳も同じ」

 

 原子は、物質全てを構成する絶対構成物。状態が変わったなら、すなわちそれは、原子配列の変化を意味している。

 水分子は化学式で『H2O』と表記される。これは酸素原子『O2』一つに対し、水素原子『H』が四つくっつく事で生成される。これに熱を加えればまた分解される。人とて炎に焼かれればタンパクは焼けて空気中に飛ぶものへと変化するし、マグマのようにあまりに高温になると原子結合を保てず解れ、融けてしまう。

 融けるという事は、つまり人体も元素で構成されているという事。

 否――この世に存在するあらゆる物体は、元素で構成されている。そこに一つの例外は無い。

 原子配列とゲノム情報を登録した状態なら、人の大脳の形や記憶、精神状態の変化すら、原子一つの増減で再現してしまえる。脳波はつまり糖分をエネルギー源とした原子の動きそのものなのだから。

 

 そして、再現出来るという事は、その先――改造も可能であるという事に他ならない。

 

「――無茶だよ!!!」

 

 世界で最もISの機能について理解のある科学者は、そこまで理解が及んだ時点で、絶叫のようにそう言った。

 

「理論上、確かにそれは可能かもしれない。でも、それは……一つ間違ったら、廃人になる! 人間の脳は細胞一つの死で後遺症が残るくらいデリケートなんだ! 和君が死んじゃうよ!」

「まだ死ぬと決まった訳じゃない」

「でも……だけど……!」

 

 歯を食いしばって、どうにか説得しようと思考を高速で回しているのだろう博士の様子に、少しだけ笑みが浮かんだ。まるで駄々をこねる子供のようで、そしてそれだけ心配してくれてるという事実が嬉しかった。

 だから罪悪感を覚える。

 それでも、翻意する気は無かった。

 

「俺だって、ぶっつけでやるつもりはないよ。そのために束博士に脳細胞の活性化率をモニターしてもらってたんだ」

 

 五感全てを共有する幻影は非常に使い勝手が悪く、戦闘中に本体と同時に操作するのは至難の業である。どちらを操作しているのか分からなくなってしまうからだ。それ以前に別々の動作を行う事すら出来ない人が多い。

 束博士や茅場も出来なかったから、脳波を同時に三つも出していた俺に依頼して来た。もともとALOのシステム面の調査やスキル周辺のバランス調査を行っていた流れで来た依頼は、俺の脳の処理限界や速度をモニターするのにうってつけだった。

 ISコアで原子の流れと強さを解析し、同時に博士の精密機器による脳波と活性化部位の比率を把握する。そうする事で改造すべき部位とどれだけすればいいかの指標を得られる。

 そう教えると、じわりと女性の双眸に雫が浮かんだ。

 かたかたと、体を震わせているのは何故なのか。

 

「な……何でモニターするよう言って来たのかと思ったら、そのためだったの?! そんなこと一言も聞いてないよ?!」

「言ったらしてくれなかっただろ。幻影魔法の使い勝手の依頼も、他の人に回していた筈だ」

「当たり前でしょ! まず間違いなく死ぬ人体改造の手伝いなんて知っててやる訳ないよ!」

 

 そう怒鳴り返す姿に、また笑みが浮かんだ。

 

「な、なんで笑うの……っ」

「ん。束博士は、あの研究所にいた研究者とは違う真っ当な人だって分かって、嬉しくて」

 

 研究所で体を改造して来た者達は、みな研究に血道を捧げた狂人だった。研究者は誰もがそうなのかと思いもしたが――束さんはやはり違うのだと、そう分かって嬉しかった。

 すると、彼女は強く頷いた。

 

「そう、そうだよ! 束さんは人体改造なんて望んでない! お願いだからやめて! 考え直して!」

「――ごめん。それは、出来ない」

 

 ハッキリと拒絶する。

 どうして、と悲痛に問い返された。

 

「どうして、か……」

 

 自分の体を、脳を改造しようとするのは何故なのか。そもそも、どうしてこんな事を考えるようになったのか――それを考えると、ふと脳裏に浮かぶ情景があった。

 

 

 

「――()()を見た」

 

 

 

 アインクラッド第百層の、あの光景。一分足らずで一掃された仲間達の姿。

 

 

 

()()を見た」

 

 

 

 独り取り残された三ヵ月。たった一人で戦って、戦って、戦って……『おかえり』と、言ってくれる人のいない寂しい(懐かしい)日々。

 

 

 

()()を見た」

 

 

 

 本当にみんな生還しているか分からず不安で、怖くて――狂いそうだった日々。ホロウと言えど、大切な人達の顔をこの手で殺し続けていた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ヴァベルの話が確かなら。人の記憶や精神を改竄する技術が確立したなら。ともすれば俺は、みんなを殺す事になるのかもしれない。

 

「――そんなのは()()ごめんだ」

 

 デスゲームが始まり、人を救おうと思った。

 ケイタ達を喪い、仲間を護ると誓った。

 義姉が巻き込まれ、大切な人達だけは護ると誓った。

 

 そして、すべてうしなった。

 

 出来る事は全てした。レベルは最大、装備も最高峰、練度も極限、熟練度も全て最大値。仲間との連携、対応、対策、回復手段、ルーチン等々、出来る事は全てした。

 

 そして、全て喪った。

 

 結果的に、それは疑似体験に終わった。

 みんなは生還していた。喪ったものは、また戻って来た。この手に収まった。愛情はまた注がれた。

 

 ――それでも足りない。

 

 世界は残酷だ。現実は非情だ。どれだけ経験を積んだところで、現実世界には反映されていない。強くなったのは数値上での事でしかない。最強になったのは、今は崩れ去った浮遊城に限定される。

 『最強』は既に喪われた。

 そして、現実の自分に皆を護る力は無い。護る手段が無い。立場が無い。

 

 それでも『敵』はこちらの事にお構いなくやってくる。

 

 ――まだ喪い足りていないとやって来る。

 

「だから、強くなるしかない。地獄なんてもう見たくない。打てる手を全て打って、全部ひっくり返してやる。そのためなら何だってしてやる」

 

 人を殺す事も。

 人を裏切る事も。

 嫌われる事も。

 憎しみすらも。

 全部やって回避出来る()()があるなら、俺は喜んでそれをしよう。

 もう苦しいのはいやだ。

 もう哀しいのはいやだ。

 もうこわいのはいやだ。

 

「――もう、みんなが死ぬ瞬間なんて、見たくない」

 

 嫌われても良い。

 疎まれても良い。

 憎まれたっていい。

 ――死にたくは、ないけれど。

 死なないなら、どんな仕打ちをされても構わない。

 

 

 

「俺はただ、皆といっしょに()()()()だけなんだ」

 

 

 

「――あぁ……っ!」

 

 想いを告げる。

 束さんは顔をくしゃくしゃにして、頬に雫を伝わせて、弱々しく抱き締めて来た。ごめんね、ごめんなさい、と嗚咽混じりに耳元で囁かれる。

 その謝罪は、自分に言っているものなのか。

 こうして泣かれ、謝られている反応から察するに、多分俺の思考はまた正しくないのだろう。でも間違っているとは思えなかった。

 どこが悪くて、泣かせてしまっているかは、よく分からなかった。

 

 

キリトの狂気について ※どう思われたか参考程度

  • 会話のすれ違いをもっと露骨に
  • ふとした拍子のすれ違いを増やそう
  • 突っ込んで聞いた時だけ垣間見える感じに
  • 今話くらいが丁度良い
  • これくらいでは狂気と言えないな

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