インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話は最初三人称、あとはリーファ視点です。バトルあります。
文字数は約一万三千。
ではどうぞ。
「モニタリング、正常。バイタル安定値クリア。ブレインマニピュレータ、オールグリーン。ブレインネットワーク正常段階に安定……準備オーケー」
「――ね、最後にもう一度
「束さんと逃げようよ。二度と光は浴びれないけれど……不自由は、無い。不自由にさせない。縛り付けて来る連中は全部追い払ってあげる。束さんにはそれだけの技術力がある」
「君を付け狙う組織だって、ちょっと頑張れば消す事だって出来ると思う」
「わざわざ雁字搦めになる必要は無いんだ。その憎しみを抑えるのだって、辛いでしょ?」
「直ちゃん達は良い子だよ。でも、彼女達を優先して、それで君が苦しむ事は望んでないんだ。束さんも、クーちゃんも、あっくんも……ちーちゃんも、ね」
「君が選ぼうとしているのは茨以上の修羅の道。平常心と復讐心を天秤に掛けた上で、憎しみを刺激する舞台に立つ事になるんだ」
「でも、今なら、まだ引き返せる。君が自分の事だけを考えて出した答えなら、直ちゃん達も理解して、送り出してくれる。君は何時でも逃げ出せる」
「だから――逃げよう」
「地の果てまで。地獄の底まで。誰の手も届かないところまで。死ぬ時まで、ずっと逃げようよ」
「――――」
「
「そのために……そのためだけに、苦しむ道であっても止まらないんだね」
「……これは、束さんの
「……うん、分かってた。言っても無駄なことくらい」
「和君は一度決めたら梃子でも変えないからね。君は嫌がるかもだけどさ、そーいうとこ、ちーちゃんに
「だから、分かっていたけど……やっぱり残念だよ。まったく、苦しんでる姿を見せられる側の身にもなって欲しいなぁ」
「……」
「…………」
「……ちゃんと、止めたからね」
「束さんも、直ちゃん達と同じで心配してるんだって事、覚えててよ?」
「……ばか」
「――さぁ、始めようか。体を楽にして」
***
すぅ、と、咥えている棒状のものを吸う。口内に清涼なハッカの風味が広がった。ひんやりと冷えたそれを、肺へと取り込む。再現された仮想の肺の中も冷えた空気に満たされた。
一頻り吸った後、棒を口から放し、ふぅと息を吐く。
つん、とハッカの風味が鼻につく。
「……リー姉、好きですね、それ」
ハッカの風味を楽しんでいると、右隣に座る義妹にそう言われる。こちらを見る眼はじとっとしたものだ。
自分が吸っているのは現実で言うところの電子タバコに近い。ハッカ風味の空気を吸う嗜好品であるこれはALOの中でもシルフ領と領主に認められた商売人プレイヤーしか扱えない特産品。それゆえ中立域でお目にかかる事はあまりないのだが、シルフ以外のリピーターは案外多く、扱っている商売人は繁盛しているという。
たった今吸っている最中の自分もリピーターの一人。飴と違いすぐ中断し、あとで再開するという使い方も出来るので、時間潰しにはうってつけだった。自分でも意外に思うくらい嵌っているからでもある。ログインしたら必ず一本吸う習慣が気付いたら付いていた。
そんな自分を見たせいかALOに来たばかりの頃に興味深げに見てきたので譲ったところ、一吸いして咳き込んだ事があり、それ以来彼女はこのハッカ棒に忌避感を抱いていた。人が吸うのもあまり好かないところを見るに忌避感の半分は世間体辺りにあるのかもしれない。
「――はぁ……何時からウチの娘は不良になっちゃったのかしらねぇ、もう」
義妹がハッカ棒を嫌がっている理由を考えていると、義妹の
肩口で揃えられたやや黄緑に近い金髪、翡翠の瞳、初心者用装備の軽装緑衣を纏った彼女は、発言から察せられるように自分の母――《桐ヶ谷翠》その人である。
普段情報誌の編集部で忙しく働き、時にはカンヅメになっている彼女がゲームに興じられている理由は簡単。世間が今、ゴールデンウィーク真っ只中にあるからだ。
天皇の代替わりが起きた数年前は合計10日という超大型連休になっていたというが、それは特別に祭日が追加されたからで、翌年からは元に戻っている。しかし土日と祝祭日が上手く噛み合うと、七連休くらいは成立してしまうもので、今年は奇跡的に平日に全て祝日が入っていた。大型連休ということでサービス業や医療従事者以外の職に就く者は貴重な休みを何らかに費やそうと動いている。
ある人は旅行に。
ある人はエステに。
そして我が母はVRMMOに手を出した。
働き出してからめっきり減ってしまったが、彼女は子供の頃から生粋のゲーマーだったらしく、暇さえあればゲームに手を出そうと考えていた。今回の大型連休を契機にいよいよもってそれを実行に移した訳だ。
――それがまさか、VRMMOとは自分も予想外だった。
桐ヶ谷翠は世間と違いまだ理解のある方だが、それでもやや否定気味のスタンスを維持していた。何故なら、自分が進めたもののせいで、
デスゲームから生還した後、自分がALOに復帰した時期は、実は義弟が生還した時と一致する。安全と銘打たれた《アミュスフィア》でデスゲームに巻き込まれた以上、疑心暗鬼になってダイブを禁じるのは当然の反応と言えた。
それを覆したのは、義弟の目的と計画――そして、覚悟を知ったから。
サポートとして篠ノ之束と茅場晶彦の両名が名乗り出ている事も大きいだろう。事前に防げず、また事件中もあまり役に立てなかったと自虐していたが、それでも二人の技術力は世界トップレベル。彼らの助力でも防ぎようがないなら諦めるしかない。どれだけ警邏をしても犯罪発生を防げないのと理屈は同じ。
だから母は、信じる
――無論、家族会議で喧々諤々の言い争いにはなった。
和人の覚醒の報を聞き、アメリカの証券会社で働いている――滅多に連絡を寄越さない
それすらも跳ね除け、父と母を真っ向から納得させた事で和人はフルダイブが許可された。
自分や紺野姉妹がフルダイブ出来るようになったのは、彼が無茶しないよう見守り、時に助け、時には止めるよう言われているからでもある。その事は本人や他の仲間達にも伝えていた。
それからは速かった。彼が生還した日から暫くして同意を貰った後、すぐさま姉妹の分の《アミュスフィア》を購入し、ALOにログイン。色々なしがらみを全部擲って他の仲間達と合流し、ALOの事を教え――四月に入った辺りでキリトとも再会を果たした。
彼が帰還したのは二月半ば。それから喧々諤々言い争い、三月頭に同意を得て、三月末までリハビリで入院。四月に入ろうかという頃に更識家へ移転し、引っ越しが終わった頃からALOを始めた。
そうして一ヵ月程が経った今、彼女は満を持してALOにログインを果たしたのである。もちろんメインの目的は退院からずっと顔を見ていない義息に会うため。その他としては、SAO時代からの仲間や新たに出来た義妹達――つまりは彼女にとっての義理の娘――であるユイとストレアとの顔合わせがあった。
第一エリアボスが討伐された昨夜遅くに帰って来た割に翌朝早くからログインしているのも仲間達と会うのが楽しみだったから。
ただ幾分か早く気過ぎたようで、仲間はまだ来ていない。
そのせいで待ち合わせ場所にて現在時間を潰している真っ最中という訳である。
「
「別にタバコじゃないんだからいいでしょー。というか、これで不良扱い受けるんだったらPK専門のプレイヤーはどうなるの」
「……チンピラ?」
「不良とチンピラにどんな差があるのでしょうか……?」
「どっちも似たようなものだけど……大雑把に言えば、不良にはルールがあって、チンピラには無い感じ?」
まぁ、厳密に言えば『不良』は縄張り意識があって、その縄張りの中で顔を利かせる連中の事が広義の意味として扱われている。ヤクザの下位互換と言えば良いのか、自分達のシマを荒らす余所者には厳しい対応を取り、そうでない人には滅多に手を出さない印象。不良には不良なりのルールがある。
チンピラは所構わず噛み付く見境いの無い連中。金を巻き上げる為なら特に非の無い弱めの人を狙って、ターゲットとして捕捉し続ける非行少年達。チンピラにはルールなんて存在していないから、バレなければ何でもありとばかりにやり過ぎる。
不良は警戒心を持って組織を作るから対抗しにくい。
チンピラは所構わず噛み付く上に限度を知らないから止めにくい。
そんなところだろう、と語っておく。
「ねぇねぇ、リーファってばなんか矢鱈そういうのに詳しいね? 何で?」
すると、それまで静観を保っていた左隣に座るストレアが聞いて来た。右側からも物言いたげな視線をぶつけられる。
「……昔、色々あったから」
「色々って?」
「色々は色々よ。現実でも、ALOでもね」
祖父の友人が運営していた道場への出稽古の時とか、ALOで風妖精初代領主に選ばれた頃とか、あまり思い出したくない事例ばかりなので詳細は伏せておいた。
それを察してくれたのか、ストレアも、母達もそれ以上詮索する素振りは無く、また黙って風景を眺め始める。
――自分達が居る場所は、世界樹の根元。
世界樹は内部が上に広がった空洞になっており、そこがグランド・クエストの最終決戦地点として設定されている。ウチがフルダイブの事で揉めている間にユージーン率いるサラマンダー軍が突撃して返り討ちにあった事があり、単体種族では攻略不可能ではないかと言われる程の難度を誇る。
そんなクエスト開始地点の前には、《アインクラッド》のボス部屋の前にあった広間よりも更に広い石畳が広がっている。
今日はここに集まる事になっていた。
理由はただ一つ。キリトと自分が手合わせするからだ。
――空都の闘技場でないのには理由がある。
空都はスヴァルトルールによって弱体化を受けるが、こちらに来れば元の能力値に戻る。キリトはそこまで大きく戻らないが、元々ほぼ素のステータスだけで立ち会う彼からすれば、その僅かな数値でさえ感覚的には大きなものになるだろう。全力で戦うなら最も自然に慣れ親しんだ能力値の方がいいと判断し、本土中立域且つ圏内コードがあるここを選択した。
また、世界樹の根元はグランド・クエストに挑む事が無い限り来るだけ無駄なので人通りも殆ど無く、立ち合いの邪魔をされる事はまずあり得ない。定期的にしていればそうもいかないだろうが、不定期の立ち合いには持って来いのスポットだった。
ちなみに央都はALO最大規模の都市故か《中立域》の中で圏内コードが働いている唯一の街。わざわざHP回復の手間を挟む事なく、ある程度の条件――コード発生回数など――で切り替えていけば、立ち合いの数はかなり稼げる打って付けの場所だった。
「――お待たせ」
そこに空から新たな来訪者が現れる。黒尽くめのスプリガンが一人。腰まで伸びた黒髪をはらりと揺らす小柄なプレイヤーはキリトだった。驚く事に、数日前まで左手に握られていたコントローラーは無く、随意飛行で飛んできたようだった。完全習得したのか、それとも徐行飛行で飛んできただけなのか。
ゆっくりと降り立ち、着地した後、彼の背中から生えていた二枚四対の翅はすぅっと薄くなり、消えた。
それから彼はこちらを見て――見慣れないプレイヤーに視線が一瞬止まり、またこちらに戻さり、小首を傾げた。
彼には今日母が来ると教えていなかったので分からないのも無理は無かった。
尚、ログインすると言われたのは昨日寝る前だが、教えなかったのは故意である。母曰く『飾らない和人を見たい』とか。思惑はよく分かるので敢えてそれに乗っている形だ。
「その人、だれ?」
「この人はエメラさん。シルフのプレイヤーでね、あたしの知り合いなの」
ちなみに名前の由来は『翠』→『エメラルド』→『エメラ』である。
母である事を隠したエメラは、にっこりと人好きのしそうな笑みを浮かべ、初めまして、と言った。
「リーファの紹介にあったようにエメラと言うの。武器は片手剣、中衛をやってるわ。まだまだニュービーだけどよろしくね」
そう締め括ったエメラは、握手を求めるように手を出した。困惑気味に返される視線を黙殺し手を出し続けている。
「……よろしく」
やや気圧されながら警戒気味に返し、キリトは握手を返し――再度、小首を傾げる。それからじぃっとエメラの顔を見詰め始めた。
「な、なにかしら」
「……どこかで会った事あるような気がして」
「……そ、そうかしら、初対面の筈よ?」
いきなり見抜かれそうになったからか困惑気味に返すエメラに、内心で『それは悪手だよっ』と頭を抱える。少しでも違和感を覚える事があったらそこから逆説的に核心に辿り着く聡明さを持っているのだ。そこは涼しい顔をしてスルーしておくべきだった。
「……だよなぁ……」
しかし幸いな事に、キリトは引っ掛かりは拭えずとも答えには辿り着かなったようで、ややうんうんと唸った後に思い出すのを諦めたようだった。
彼が翠と顔を合わせたのは一か月半も前の事。電話で会話こそすれ、対面した上での雰囲気を感じるのはそれくらいぶりになる訳で、その空いた期間に助けられたようなものだった。
そもそも別居状態でなければ母がログインしてくる事は無かったというのは横に置いておく。
「ちなみに、エメラ、さん……は、リーファとどんな風に知り合ったんだ?」
「え? え、えっと……」
「――ニュービーだから色々と教えて欲しいってお願いされたのがきっかけよ、キリト」
「ふぅん……」
聞いて来るだろうなぁと予想していた内容だったので、どもりかけの母に覆い被せるように言う。ALO初心者なので分からない事が多いからテレビで見た事があるプレイヤーに声を掛けて指示を仰いだ、というのが大まかな筋書きとなっている。
キリトの義姉に対する偏見はないのか、とか。
キリトとの戦闘風景を見ず知らずの相手に見せるのはどうなのか、とか。
正直その辺を考えるとかなり苦しい――普段の自分から考えればあり得ないくらい酷い――言い訳なのだが、今はこれで押し通すしかない。どうせこの戦闘訓練が終われば自分から暴露すると言っているからこの場限りの言い逃れでいい。
「おーい、お待たせー!」
――と、そこでユウキの声が聞こえて来た。
声がした方を見れば、階段方向の空から紫紺の妖精が飛んできている。その後ろにはアスナやクラインといった他の仲間達も揃っていた。戦闘訓練の後には第二エリアの攻略を控えているので、皆が集まるまでの時間でアイテム類の補充をジャンケンで負けた姉妹に任せていたのだが、どうやらその道中で合流したらしい。
彼女らの登場により戦闘訓練をせざるを得なくなったキリトは、やや不満気な顔のまま石舞台の中心へ向かい始めた。
これは後でジト目を貰うなぁ、と遠い眼をした自分もその後を追う。
――数分後。
エメラと初顔合わせとなったため挨拶に時間を割いてから、あたしとキリトは石舞台の中央で斬り結んでいた。
まだ始めたばかりなので互いに全力ではない。極限の集中まで持って行くためのスパーリングとして剣を交えていた。
唐竹に長刀を振るう。黒剣で往なされるが、すぐさま手首を返し、右へと薙ぐ。きゃりりっ、と刃が擦れて振り抜く。
「「ふ――っ」」
同時に息を吸い。
「「はぁっ!」」
直後、同時に剣を振るう。
一拍。その間に、硬い音が八つ上がる。
――傷を負ってしまった。
対して彼の躰に切り傷は無い。
これは必然と言えた。SAOに自分が巻き込まれた時点で彼は一拍で八度の斬撃を相殺し、経験してからは九度放つ事すら出来ていた。多少衰えはあるかもしれないが、それでも限界を六つまで増やした自分よりは二つ分速い。背水の陣に等しい状況でなくとも最低限一瞬八閃は放てるポテンシャルを保っているらしい。
つまり自分が勝つなら、彼の剣を止めるのではなく、いなすのでもなく、隙を突いて崩さなければならない。
管理区での
そう思考する間にも、すぐ目の前にいる少年が剣を振るいだす。
「ちぃ――ッ!」
迅い一閃。長刀を押し出し競り合わせる事で、無理矢理連撃を食い止める。
速さで劣るなら連撃をさせないようにするだけだ――が。
そうは問屋を下ろせない。
彼の左手には
振るわれる緑の刃を、柄で受け止める。
すると黒剣が引かれ、剣尖を向けられた。直後に突き出される。咄嗟に頭を低くしながら足を突き出す。咄嗟の蹴撃は彼の鳩尾に入った。距離が開く。
「二刀流、か」
態勢を戻し、構え直した自分が見たのは、黒と緑の剣を左右に持った剣士の姿。
二刀流。
かつて浮遊城で幾度となく見て来た姿がそこにあった。
出来る事なら一刀で戦って欲しかったが、どうやらそれは叶いそうにない。今日はエリア攻略を控えている。この戦いが終わった後、再度一刀でといきたいが、あまり長々とするのは時間を取ってくれている仲間に失礼だろう。
内心で舌を打つ。
――正直に言うと、あたしは彼に疑念を抱いていた。
昨日現れた偽キリトに彼が関わっていないとは微塵も信じていない。偽物の剣に違和感を覚えたのは事実、状況や予想とは裏腹にやり方がどうにも中途半端に感じたのも事実。
だが、それは『彼が関わっていない』という証左にならない。
あまり疑いたくはない。この疑心を、あるいは彼も感じているかもしれないが、この状態を長く続けるつもりはなかった。あの偽物が仮に《魔法》で作られたもので、彼によって操作されていたとすれば、すなわち剣筋が同じになる筈だ。余裕があればそれは隠せる。追い詰めれば地金を晒す。
しかしそれも、彼が一刀であったらの話。
二刀で戦っている今、当然ながらスタイルは別物になる。一刀は攻撃と防御両方を切り替えて行うから一定のリズムが存在する。しかし二刀である彼はそれらを両立して同時に行える……というより、攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの猛攻で敵に防御一択を強いる。
防御のために動かず迎撃する――そんな状態を、《二刀流》で行うのはあり得ないと断言出来た。そんな状態にさせられるのは一瞬八閃を素で出来る神童か、闘技場の堕天使くらいか。
出来れば二本目を抜かせる前に押し切りたかったが、力及ばなかったようだ。惜しくも思惑は外れてしまった。
「お、ぉおおッ!」
「っ!」
僅かな様子見に見切りを付けたか、二刀の少年が突っ込んできた。悔やむ思考を放り捨てて戦闘訓練の本来の目的に従事する事にする。
――彼が二本目の剣を取れたのは、一時的にユイから《ⅩⅢ》を借りているからだ。
元々ALOでの対人戦闘は現実でのIS戦闘を基軸に考えている。純粋に剣の腕を磨くだけならともかく、ISを用いた戦闘での勝利を考えるなら、かなりの有利不利を生じるとしても使う方がいい。この訓練では勝敗よりも経験を得る事をこそ一番に考えている。
だから一刀限定と言えなかった。偽キリトとの共通点を探し出そうとした自分の思惑は目的に乗じただけ余剰分。その上、彼の特性を殺す事になる。
――キリトは『これ』と定めたものを極める事に特化している一面がある。
それは《片手剣》などの戦闘系スキル然り、《料理》や《鍛冶》といった生産職スキル然り、最前線の情報収集然り、一つに絞らず多方面にて発揮される特異な性質だ。そして彼の境遇に照らせばこれ以上ないアドバンテージとなる。物理的な身長差、身体的な能力差、また生きた年数による経験の少なさを、引き出しの多さで補えるからだ。あらゆる状況に対応出来たからこそ彼はSAOで生き抜ける強者足り得た。対人の場合は『戦う前に勝つ』なんて事も可能だったと聞く。
純粋な剣の技量で言えば自分よりは劣っている。しかしルール無用の『戦い』に於いて、彼の方が幾段も勝っている。技量を取った自分に対し、彼は速さを取って攻防の切り替えで応じたように。
彼は
「ぜ、ぁあッ!」
幾度目かの剣撃。勢いを乗せた二刀の攻撃を往なそうとして、失敗。真っ向から防ぐ形になってしまった。
瞬間、彼の双眸に熱意が迸る。
「これで――!」
後退した自分を追ってきた。彼が持つ二刀、その双方に蒼い光が宿っている。慣性によって咄嗟に動けない自分に強力な連撃でトドメを指す腹積もりだ。
ぎっ、と歯を食いしばる。
「な――めんなァッ!」
怒号と共に、ずだん、と剣道の時のように石畳を強く踏み抜き、後退する慣性を殺す。
体を止めてから構えを取る。柄を両手で持ち、青眼に構える、十年以上に渡って続けて来た型の雛形。睨め付ける先には光る二刀。振るい手の少年は、意識から外れた。
ソードスキルはシステムによって動かされる。
であるなら、剣が光っている間はプレイヤーに注意を向けても無駄が生じる。まったく見ないのも問題だが――
――自分の反応速度じゃ、そこまでは回せない!
今は猛攻を耐え抜くのが肝要故に、背水の陣を敷くしかなかった。
――黒の剣が振るわれる。
こちらから見て、右下の軌跡。それに沿うように刃を合わせ、流す。
二撃目。黒の刃は反転し、左薙ぎへと振るわれる。同じように往なす。
三撃目。黒を追うように、緑の刃を左へと振るう。同様に捌く。
四撃目と五撃目は共に来た。黒剣を振るった慣性に乗り、大胆にもくるりと一回転し、二刀で薙いできたのだ。
この時点で、ん? と内心首を傾げる。どこか覚えのある軌跡だ、と。予想と記憶が当たっていれば、次の六撃目は七撃目と共に、上下から斜め下に振り抜く交叉斬りになる。
――果たして、六、七撃目は上段からの交叉斬りだった。
続く連撃も記憶にある。記憶からは十六連撃《スターバースト・ストリーム》だと判じられていた。
――いったい、何を狙って……?
警戒心が募る。
自分との戦いでソードスキルを使ってきたのはこれが初。彼の反応速度には負けているが、それでも相手の剣劇を見切る程度の経験はある事を彼も分かっているからだ。システムに動かされる自由の利かない技は初見殺しそのものだが、初見でなければ対処可能。そして放った後には技後硬直という隙が生まれる。
彼は技後硬直をキャンセルするシステム外スキルを体得しているが、それでも意味はあまり無い。続けるスキルも初見でないなら対処可能だからだ。
つまり彼には二刀スキルを組み込んだ上で自分にも初見のOSSがあるのだろう。
わざわざ自分に使って来たのは、通用するかの確認故か、他に何か意図があるのか。
――どちらにせよ、付き合うしかない、か。
スキル中に反撃するのは難しい。一度往なしを失敗するとそれ以降を諸に喰らうか、防御判定で削りダメージとノックバックを受けるからだ。だから狙うとすればスキルとスキルの間だけ。幸い自由に連撃を組める通常攻撃と違い、スキルには一定のリズムが存在している。暫く防御に徹してスキル光の変化と攻撃のパターンを覚え、対処する事に専念すれば、血路を開くのも不可能では無い。極めて困難であるのは間違いないが。
七撃目から十撃目の二秒間で、そう方針を固める。
「おおおッ!!!」
「なん……ッ?!」
――その方針は、十一撃目で揺るがされる。
答えは簡単。自分の想定外の攻撃をされたからだ。
十一撃目。予想していた《スターバースト・ストリーム》に於いては乱舞に相当しており、左の剣を逆袈裟に振るう軌道である。
しかし、記憶に反し、キリトは真っ向から突撃を仕掛けて来ていた。てっきり《スターバースト・ストリーム》かと思っていたせいで反応が遅れ、往なしに失敗。直撃はしなかったが刃を大きく弾かれ、体勢を崩されてしまう。
キリトはそのまま後方に抜けた。
体幹が揺らぎ、倒れそうになるのを堪えつつ、後方に回った相手を見る。あの子がこれで終わる筈が無い――そう思っていた通り、反転してまた突撃を仕掛ける体勢を取っていた。
「く、ふ……!」
――ふと、笑みが漏れた。
《オリジナル・ソードスキル》はシステムの補助を受けず、しかし補助を受けた時と同等の速度を以て、無理のない動作を行い、初めて完成する。単発技はほぼ揃っている以上は必然的に連撃技にならざるを得ず、加えて『無理のない動作』という条件のせいで突進も一度が限度。
――しかし、どうだ、彼は。
彼の攻撃はまだ終わっていない。本来慣性を殺す動作を挟むせいで一度しか入れられない突進を、彼はスキル中に二度も起こそうとしている。別のソードスキルでないことはスキル立ち上げの音が無かったことからも明らかだ。反転してから別のスキルを立ち上げたにしては切り替えが速過ぎる。
必然的に同一スキルの中で、二度以上の突進を行うものとなる。
きっと十以上に及ぶ連撃数の技を作るより難しかっただろう。ともすれば、《剣技連携》の体得よりも。それでも彼はそれを作り上げた。
何故か。
今の自分がその答え。護りの堅い格上を確実に殺す為に、スキル発動と技後硬直というデメリットを考慮した上でも、システムスキルの補助を受けた攻撃の強力さを取ったのだ。そして見事あたしの体勢を崩してみせた。一度目の突進で無理矢理体勢を崩し、二度目で仕留める技なのだろう。
そんな、OSSを作る上で無茶苦茶な事をやってのけた彼を心で称え。
そんな技を使う値すると思われた事に歓喜し。
型破りな技を破る事の困難さに、あたしは胸を躍らせ。
彼の成長を垣間見て、
――
背後から迫る刃。やや無理な姿勢ではあったが、長刀を動かし、真っ向から剣撃を防ぐ。システムの補助を受けた一撃に体は吹っ飛び、石畳を転がった。瞬時に武器を杖替わりにし、制動を掛ける。
――その横を、彼は通り過ぎる。
勿論、追撃の斬撃がこちらを襲う。奇跡的に杖替わりに突き立てた長刀に攻撃が当たり、無傷に終わる。
それからも三度、四度と同じように防ぐ。
その速さはかなりのもの。こちらの動きを制限するように周囲を突進しながら攻撃している。円の内側に居る敵はじわじわと追い詰め、逆に外側に居る敵は助けられないよう突き放すような、そんな動き。
そして四度の突進の後、
体幹を戻し、腰を落とし、左半身を前に立つ。両手で握った長刀は天を衝くように担いで構える。あちらが全力で振り下ろしてくるなら、こちらも全力で剣を振るう必要があった。
その筋の者が見れば、きっとあたしを見てこう言うだろう。
アレは、蜻蛉の構えだ、と。
鬼島津が使っていたとされる『二ノ大刀要らず』で知られた示現流の。一撃に全力を込め、相手を死に至らしめる脅威で知られ、そう言われ始めた奧伝の一つ。
あたしは示現流を習った訳では無い。
――だが、剣術の一つなら。
別の流派が同じ結論に至ったとしても、おかしくはないだろう。
「――ぁぁぁぁああああああああああああッ!!!」
怒号と共に、二刀が大振りに振るわれる。全力のそれは生半な剣撃では相殺出来ない。往なす事は土台不可能。であれば、真っ向からそれを破るより他は無い。
「――つぇああああああああああああああッ!!!」
腹の底から全力で声を出す。
試合でも出さない猿叫と共に、上段から全力で長刀を振るった。
がぁんっ!!! と硬い音が響き渡る。
ギシギシ、ガチガチと刃が噛み合い、鬩いだ後。先に弾かれたのは、二刀。空中に居て踏ん張りも利かず、スキルの補助だけになった後は地にいるこちらの方が有利だった。
二刀を弾いた後、長刀は勢いそのままに石畳を叩く。鋭く裂いた風の音が耳朶を叩く。
「ま、じかっ! これでも当たらないのか!」
吹っ飛び、地を蹴って宙に跳んだ彼は、苦笑交じりに驚きを露わにした。システムアシストも受けた全力の二刀、それも初見でもトドメにならなかった事がややショックだったらしい。
それでも笑っているのは、あたしが目標になれている証拠だろうか。
「突進からはかなり危うかったわよ」
それは事実だ。もう少し突進回数が多かったり、攻撃頻度が多かったり、最後の跳躍が速かったなら、あるいはやられていただろう。惜しいところまでいっていた。
――だが、これでは最強には届かない。
まだ無駄がある。
まだ改善点がある。
ならあたしは、まだやられてあげられない。彼の成長を促すためにまだ負けられないのだ。
「……ん」
そこで、ふと昨夜の偽キリトを思い出す。偽物が彼本人だったら、彼はとっくにあたしより強くなっている訳で、もう師匠然としていても意味は無い。
でも、まぁ。
アレが本人と関わりがあるものなのか分かっていない以上、まだそう振る舞ってもいいだろう。彼の力になれるかもしれないからこの立場は維持していたい。
「――ふ、ふ……」
なんて皮肉だろうか、と自身を嗤う。
彼にはあたし程度超えて欲しいと願っている。けれど今は、超えていて欲しくないとも思ってしまっている。強くなる糧となる事を自分は許容した。しかし自分が弱くなると、彼に頼ってもらえなくなり――より一層一人で進もうとするではと、そう考えている。
自分はいずれ足を引っ張る事になる。IS学園に通う気が無く、またその方向の勉強をしていなかったから当然だ。
そうなった時、彼は己を律する事が出来るのか。眼の届かないところでまた無茶をしないか。
管理区で自己を改めさせた時に別れを告げた不安は、彼だけが取り残された三ヵ月間でまた抱いてしまっていた。
「……? なんで笑って……?」
こちらの気持ちなんて知る由も無い少年は、警戒も露わに、訝しげに問うてきた。それに何でもないと返し、あたしも翅で空に舞う。
同じ高さまで飛び上がって、長刀を青眼に構え直した。
「さぁ、次は空中戦闘よ。さっきから使わないでいる《ⅩⅢ》も使ってきなさい」
「……わかった」
引っ掛かりが残ったからか、やや間を開けて返事をした彼は、表情を改めて構え直す。
それから懸命に翅を震わせ距離を詰めて来た――――
*
最終的に《ⅩⅢ》を交えた空中戦闘でも互いに有効打を与えられず、予め定めていた刻限を迎えて結果はドロー。
師としてまだ居られる事に安堵を抱く傍ら、たった数日で体得していた随意飛行とスヴァルト実装以前より格段に上がっているポテンシャルを見て、疑念を深める事になった。
本土に居た頃を上回る急激な成長。
それは彼が新たに本気で取り組むべき何かを背負った証左。
偽物の件抜きに、本格的にキリト本人にも探りを入れるべきかもしれないと真剣に思案し始める事になった。
はい、如何だったでしょうか。
最初は和人が脳を改造する時に立ち会う束さんの描写。原作や本作初期の束さんと比較すると、やっぱマイルドになったなぁって思うこの頃。
別の言い方をすればこれぞっk(殴)
次にリーファ視点。
最初に彼女が吸っていたのは、原作三巻のキリトが吸っていたスイルベーン特産らしいハッカのタバコ(?)です。煙管っぽいやつ。原作の彼女が『ぶはぁっ』と咳を出してたのは『タバコがそもそもダメだった』『ハッカの鋭い風味がダメだった』『火が付いてるトコを口にしていた』と諸説あるそうで。
取り敢えず本作リーファはどれもクリアして普通に吸える人に。
姉が不良気味になってる姿を見た義妹達の心境は如何に(笑)
新キャラ《エメラ》は描写した通り桐ヶ谷母こと翠さん。見た目は小説・アニメ《マザーズ・ロザリオ》で出て来たアスナのサブアカウント《エリカ》と同じでOK。名前は安直に決めました(憶えやすさ的に)
原作でも三巻と十八巻でしか登場しない上に台詞もダントツで少ない彼女ですが、義息のことやっぱ相当心配してるだろうなーと考えてたら出て来た。エリカに引っ張られた感があるのは否めないけど割と違和感はない気がしてる。
彼女が出るだけで作中トンデモ枠のリーファが子供に思えるのは流石の母の貫禄です(笑)
やっぱ立場(戦闘・非戦闘)が異なると、キリト達への印象もガラリと変わるんだよなぁ……
――そんな諸々を吹っ飛ばす戦闘。
キリトが繰り出した新十六連撃のモチーフは、『白猫プロジェクト』でのコラボキリトが繰り出す《スターバースト・ストリーム》です。最後は縦に斬撃を飛ばしますが、それを変えただけ。
本作では連撃で押さえ込んだ敵を突進で崩し、更に突進で追撃し、完全に体勢を崩した敵に大上段からトドメを指すエグい技に。『敵を囲うように突進繰り返し』は原典ゲームの《ホリゾンタル・スクエア》に近いです。アレは『敵の周囲を回りながら四回斬り裂く』技。今回はそれが突進になって無理矢理敵を追い詰める力技な感じ。
ゲームやアニメを見て、小説を読みながら何時も思ってたんですよね。ソードスキル中って基本的にその場で止まって剣を振るうか、突進技で一回進むだけで、スキルで吹っ飛ばした敵への追撃をするスキルがほぼ無いなって(連携ではなく、一つのスキルの中で)
SAO時代は《剣技連携》で連撃技→吹き飛ばし技→突進技→連撃技というサイクルだったのを、一つに纏めたのが今回のOSSです。
技名はまだ秘密()
あとリーファはOSS中に突進を複数回行う事をヤバいレベルと見ていますが、そもそれを初見でギリギリ対応するリーファの方がまずおかしいから。最後の競り合いとかキリト(筋力値優位)はシステムアシストを受けた全力なのに対し、リーファ(敏捷値優位)は完全デフォルトですからね。互角に持ち込めた事がそもそもオカシイ()
そんな無茶苦茶な技を作り、使ってみせたキリトに、リーファは内心成長を喜びながらも、
――分身キリトの『初見の敵との経験を積む』という発言。
アレはキリト本人が言った事と変わらない訳で、逆説的に『初見じゃない敵との経験は粗方積んだ』とも言えます(粗方は言い過ぎかもですが)
そしてALOに来た目的は、仲間や家族に会う為と、戦闘経験を積む為。
必然的に最低でもリーファとある程度刃を交えているのは、今話の場所の説明をしている事からも明らか。不定期に世界樹の根元でやっているから『定期的でなければギャラリーは来ない』と言える。
つまりリーファはALOキリトの成長具合をある程度把握している。
そんな彼女が、スヴァルト前に較べて成長が著し過ぎると違和感を覚えている。
キリトの成長は『何らかの追い詰められた事情』で促されるとSAO時代に把握済み。なのでスヴァルト実装後からまた何か背負い込んでいるのでは、という疑念に対し、ほぼ確信を得るに至った。
もう休んでいいだろう、もう背負わないでくれと過去思っていたが、予想通り何か背負って強くなろうとしているので、素直に喜べずにいる。
最後辺りのリーファの心境はそんな感じです。目的を考えれば強くなれている事は『師匠として』嬉しい、でも『義姉・惹かれた者』としては哀しいという。
では、次話にてお会いしましょう。