インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話は楯無編――と言いつつも、前半に本音視点があります。本音、楯無の順です。

 文字数は約一万八千。

 戦闘回ですが、主に心情描写中心です。ご了承下さい。

 ではどうぞ。




幕間之物語:楯無編 ~対【無銘】キリト~

 

 

「凄かったね~」

「うん……ほんとに、凄かった……」

 

 持ち前の暢気な自分に応じる簪は、どこか茫然としている様子だった。

 それも無理からぬ事かと思う。いくら彼が実力者だとしても、今までの情報だけだとVRMMOと生身の事しか分からず、ISを扱った場合の実力は未知数。彼ならあるいは、という期待はあった。ただその期待を大幅にぶっちぎる技量を見せただけ。

 最近は固い表情ばかりの簪が瞠目し、こちらのピットへ戻って来る【打鉄】を食い入るように見つめる姿に、内心複雑な思いに駆られる。

 それを飲み下し、自分も【打鉄】を駆る少年を出迎えた。

 発着手順に則り【打鉄】を着陸させた彼は、次に機体の動力を落とした。

 立ったまま動力を落とすと搭乗席から床まで優に二メートルほどの高さが生まれるのだが、彼はそれが無いかのように軽やかに降り立つ。入院から脱して約一ヵ月だと考えれば恐ろしい身体能力だ。

 ……あとで片付ける人からすれば堪ったものでは無いだろうが。

 

「き、桐ヶ谷君、お疲れ様。これタオ――」

「きりきり~、立ったまま動力を落とすと、片付ける人が困っちゃうよ~」

「……」

 

 マネージャーの如くタオルとペットボトルを渡そうと駆け寄る簪が動きを止め、若干こちらに恨みがましい視線を向けて来る。それでも文句を口にしないのは立ったままのISの後片付けが面倒だと知っているからだ。自分は整備課を目指しているが、彼女は操縦者を目指してい()から分かる。

 反面、少年はそれを知らなかったので、こちらの指摘を受けてから再度【打鉄】に乗り、今度はしっかり膝を突いた状態で動力を落とした。

 乗り込む時は脚部装甲に足を掛け、勢いのままするりするりと昇って行く様は、どこか猿の木登りに近かった。

 そんな出来事を挟みつつ、今度こそと簪は用意していた品を渡し、彼を労った。従者としてはそんな彼女を立てるべくやや後ろで控えるのみ――

 

「いや~、まさかやまやんに勝っちゃうなんてね~。きりきりは凄いな~」

 

 ――が普通なのだが、自分にそれを護る気は無い。

 勿論公の場などではしっかりする。勘違いされやすいが、更識家と布仏家の主従関係はあくまで『更識』という対暗部用暗部の場合にのみ適用されている。つまり自分達の関係は世間一般には伏せられるべき情報だ。勿論姉のように従者として隠し通せない部分――お茶を組む、お嬢様呼びなど――はあるから、古めかしい伝統ある家という批評を隠れ蓑として表世界を生きていた。

 自分が簪の従者などと言っても信じる者は居る筈がない。それは、普段の自分の態度がそう思わせている。ともすれば簪の方がよっぽど(世話)(焼き)だ。

 ――姉が聞いたら、それはあなたがサボりたい理由を正当化しようとしているだけでしょう、と叱責される事間違いなしである。

 そう言われても、分かってないなぁ、と自分は思うだろう。

 確かに。主の違いこそあれ、姉と自分は一人の主に仕える従者だ。

 しかし楯無と簪とでは立場が違う。それも、当主本人が『裏』から遠ざけたせいで、根本的に異なっている。仮に簪が『裏』に少しでも関わっているならこっちも相応の対応をしていた。だが、簪は『裏』から遠ざけられ、ごく一般の女子学生と変わらない生活を送っている。

 主従関係は『裏』があるからこそ成り立っており、『裏』を悟られないよう隠すべき関係だ。

 けれど簪は『裏』から離れている。なら、こっちだって主従抜きの友人関係にあってもおかしくない。

 姉は言う。あなたのそれは、従者らしくは無いと。

 なら自分は言う。主従じゃなくて、友人として接しているだけだから当然だと。今の簪に必要なのは『従者』ではない。対等な立場と関係にある『友人』なのだ。

 ――それを知ってか知らずか、蒼髪の幼馴染は『すごい』という内心を何度も頷く事で表していた。

 まったく。この幼馴染はどこか意地っ張りなクセに素直だ。

 

「ありがとう……しかし大人に渾名はどうなんだ……? まぁ、いいか……それにしても、やっぱり元ヴァルキリーだな。負けそうだった」

「……結構、余裕そうに見えたけど……?」

 

 ふぅ、と疲れたような息を吐く彼に、簪が首を傾げる。彼女の言葉にまさか、と彼は返した。

 

「初手を躱せたのは全力で集中してたから。その後の射撃の応酬も、気を抜いたら一気に押し切られてた。専用機を駆る全盛期のあの人と戦ってたらと思うとゾッとする」

「そんな風には、見えなかったけど……?」

「ん~……要するに、対戦者同士にしか分からない感覚ってコト~?」

「そんな感じだ」

 

 外野から見たら余裕そうでも、本人達にとっては一手一手が趨勢を決めかねない訳で、その意識の差が和人にそう思わせているのだと思う。

 実際山田麻耶は昔から巻き返すのが上手い戦略の人だった。初手で追い詰める事もあれば、じわじわと戦いを進めるので、対戦者からすればどちらの洗礼を受けるか戦々恐々もの。これまで彼女の初手を破れた人はブリュンヒルデだけと聞くし、じわじわ戦法も破れた人は極少数。それだけ堅実な戦運びをするから彼女はヴァルキリーに輝いた。

 そんな彼女のペースを初手、銃撃、最後の個別連装瞬時加速で崩し切った彼は、異例の存在と言えるだろう。

 

「――広いな、世界は」

 

 ふと、彼がそう言った。どこか感慨深げな面持ちで虚空を見上げている。

 

「あの人と同格の人が世界には数人、世界最強はその人達以上に強いんだよな」

「うん」

「そして、楯無は、()()()()()()()()()と目されてるんだよな」

「……うん」

 

 ほんの少し。簪の顔が、不快げに歪んだ。

 それを知ってか知らずか、彼は虚空からアリーナのフィールドへと向き直る。こちらに背を向けた彼は、僅かに肩を震わせた。

 

 

 

「――鷹崎元帥も人が悪い」

 

 

 

 彼は、笑っていた。

 ()しそうに笑っていた。

 

「世界レベルの()()を無かった事にする機会で教えてくれる。それも、俺が出るだろう大会の、決勝戦まで来る可能性の高い相手の事を。徹底的に出来レースにしたいらしい」

 

 ――織斑千冬と山田麻耶が同一国なのに出場出来たように、一国につき出場者は一人と定められてはいない。

 参加資格は『代表候補以上且つ専用機所持者、あるいは企業所属の専用機所持者』と定められている。その枠内であれば、一国の出場者は多くなり、国にとっての優勝確率はアップする。

 

「……油断は禁物、だよ」

 

 簪が、警告を発する。

 さっきよりも歪んでいて、険しい表情の彼女は、反対側のピットから飛び立った機体を睨み据えていた。

 

更識楯無(あの人)は、天才だから」

 

 心底嫌いと言わんばかりに吐き捨てる簪。

 そんな彼女を、和人は肩越しに見詰めていた。その金の瞳に浮かんでいるものはなんだろうか。侮蔑ではない、嘲弄でもない。あるのは――

 

「……天才、ね」

 

 ――呆れに近い、失望の色だった。

 

「……? 何か、言った?」

「厳しそうだなと言っただけだ」

 

 簪の問いを誤魔化し、彼はカタパルトへ近づく。

 その最中、彼の体に変化が起きた。篠ノ之博士が特注で作ったというISスーツ――女性ものは競泳水着風だが、彼のそれはまるでダイバースーツ――を覆うように、黒い靄が発生し、瞬き一つした後には黒いコートに変化していた。彼の小柄さ故か、コートは足首まで届いている。前面には銀色の大きなジッパーがあり、首元には銀色のチェーンがゆらゆらと揺れる。首の後ろに垂れ下がる部分は顔を隠すためのフードか。

 恐らくそれが彼のISの恰好なのだろうが――――装甲が無い。

 防御を棄てて、完全に速度に特化したとすら思える装い。

 四肢を覆い、IS用の武装を使いこなす為の四肢型装甲すら着けていない事に、思わず眉を顰める。隣に立つ簪も難しい表情だった。

 

「それが、桐ヶ谷君のISなの……? 装甲が全くないけど……?」

「人を殺す為の生体兵器用に調整されていたからな。それにISの装甲は、防御用というよりはむしろIS用の強大な武装を扱う為という手段の意味合いが大きい。対人特化になるとISは小型化していくんだ」

 

 確かにIS用の武装は、生身で扱う事を想定されておらず、高威力を叩き出す為に大きなものへとなりがちだ。内部の機構を複雑化且つ巨大にする事しか耐久性は上がらないのでそれも当然の事。

 

「ん~……理屈は分かったけど、大丈夫なの~?」

「どちらにせよ俺のスタイルに反する。俺は回避型なんだ、装甲を付けるとそれを殺す事になる。そもそも当たらなければどうという事はない」

「当たったらどうするの?」

「その時はその時だよ」

 

 きっぱりと言い切られ、二人して押し黙る。彼もエネルギーを消費していたが、それは全部瞬時加速によるものばかり。彼には自分達より強い元ヴァルキリーの女性をノーダメージで下した結果があった。

 だが、装甲は何も被弾ダメージを抑える為だけにあるのではない。

 腕部、脚部装甲にはシールドバリア()()()()()が埋め込まれている。シールドバリアも無敵では無く、被弾部位のバリアは削られるため、極めて短時間で同じ部位を攻撃されるとバリアが破れ、絶対防御が発動するラインに到達する。《零落白夜》はエネルギーの対消滅でバリアを消滅させる攻撃能力。それを意図的に引き起す事も、出来ないでは無い。

 如何に競技用として性能にリミッターが掛けられているとしても、兵装はともかく、純粋な物理攻撃能力に掛かっている訳では無い。四肢の装甲があれば基本的に操縦者が死ぬ事は無いが――もし四肢型装甲が無いとすれば、バリアは発生しても、修復速度の遅延は免れず、すぐさま絶対防御を発動する事になるだろう。

 しかも恐ろしいのは、絶対防御とシールドバリアは、名前と役割こそ異なるが本質は同じバリアである事だ。生命に直結する前者は重点的にエネルギーを使って搭乗者を無理矢理護る機構というだけ。その気になれば――不幸な事故によっても、それを貫通する事は理論上可能である。

 競技用に抑えられてなければ、《零落白夜》は絶対防御という名のバリアすら切り裂き、搭乗者を殺す。だから第一世代の【暮桜】は軍事ISの筆頭として名を挙げられている。

 ――それを知らないわけがない。

 何故なら、簪がしつこいくらいその辺の知識と認識を叩き込んだからだ。篠ノ之博士からはISの武装やシステムの原理について教えられていたが、反面社会的なものや一般知識に欠けていて、そこを彼女は補った。

 SAO時代、システムの穴を突くようにシステム外スキルを幾つも編み出した彼であれば、シールドバリアと絶対防御の抜け穴に勘付く事も訳ない筈。

 その上で装甲を纏っていないとすれば――――

 

「……きりきり、何か対策があるんだよね~?」

 

 一瞬、彼は足を止め――またすぐに歩き始めた。

 結局、彼は応えてくれず、そのままアリーナの空へと()び立った。

 

 ***

 

 アリーナは騒然としていた。

 【解放の英雄】が強い事は周知の事実だった。デスゲームを生き抜いた技量を見込み、企業や自衛隊の上層部は彼を抱き込む事を決定した。経歴から疑いようは無かった。

 だが――誰が、予想出来ただろう。

 彼はデスゲームから覚醒して以降ずっと病院と更識邸での軟禁生活を余儀なくされていた。篠ノ之博士が入る余地こそあれ、ISの訓練を行う機会は皆無。

 つまり彼のIS操作技術は、デスゲームに囚われた二年半前のものに衰えが生まれたものである筈。

 天災による訓練の賜物か、あるいは、彼自身にセンスがあったのか、世界的に習得者の少ない超上級技術をいきなり使って見せた途端、アリーナ内はざわめいた。それは対戦者――――射撃部門ヴァルキリーの称号を与えられた実力者をジリ貧に追い込み、実質ノーダメージで勝利した事で最高潮になる。

 元日本代表候補《山田麻耶》。彼女は普段おっとりしているが、やる時はやる人物だ、専用機を貸与される代表候補筆頭になった自分でも彼女には敵わない。シールドエネルギーを幾らかは削れる。しかし、彼女の戦略と流れを上手く抜けられず、最後にはジリ貧で敗れてしまう。互角にギリギリ届かない実力差、というのが現状の自分と彼女の関係だった。

 相手が悪かったとは言える。なにしろ二年半前、しかも篠ノ之博士本人が認めるくらい世間一般のISと異なるものの訓練をしていて、いきなり【打鉄】に搭乗した初心者同然の少年が、よもや最高難易度の技術を使い、突貫してくるとは思わないだろう。終始ペースを乱されていた。

 

 ――彼は、それを分かって……?

 

 遠くのピット。こちらから反対側に口を開いているそこに降り立つ【打鉄】を眺めながら、疑念を浮かべる。観察眼の高い彼の事だ。彼女と相対し、銃弾を交わした時に察したのかもしれない。

 だとしてもこんな狭いフィールドでやっていい技法では無い。

 ISには搭乗者保護システムがあり、その一つである絶対防御は撃墜時の衝撃とダメージ緩和にも働いている。だから誤って壁へ全速力で激突しても痛みは無い。いいとこ、打ち消されない衝撃で脳震盪を起こし、気絶するくらいか。それもこの大舞台にぶっつけ本番でやるのは正直信じがたい話だ。

 仮に個別連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)を使った理由が、彼女の意表を突き、ペースを乱す為だったとすれば、私は彼の正気を真剣に疑う。

 ……とはいえ、仮に彼女がイレギュラーに弱いと分かったとしても、そのためでは使ったのではないと私は確信に近い予感を抱いていた。

 

 理由は、件の個別連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション)のエネルギー消費にある。

 

 瞬時加速を含め、機体制御などに使われるシールドエネルギーの消費効率は、ISの世代で大きく分けられている。現在量産型として各国に正式配備されている【打鉄】、【ラファール・リヴァイヴ】などは、新品の同系機であればスペック上の差は生じ得ない。世代が同じである以上平均スペックもほぼ同等なためだ。

 今回の試合の場合、【打鉄】は防御汎用型の機体なので装甲が多く、護りの堅さに定評がある。

 【ラファール・リヴァイヴ】は万能型の機体を目指しているからか武器の多さを、また『再誕の風』と直訳されるように、速さも売りだ。反面やや防御性能は低く、シールド武装を付けなければ被弾ダメージは大きいものとなる。

 そのように細かな差異があるので通常運用すれば当然差が生じるのだが――――

 

 瞬時加速に於いて、同世代の訓練機を用いているなら、それが機種違いだとしても、エネルギー消費に差が生じる事は原則あり得ない。

 

 何故なら、機体性能ではなく、操縦者の技量で鎬を削る方がスポーツらしいからだ。

 ISの基本スペックは、PICなどの機体制御で使われるエネルギーと操縦者の負担、各装甲と機関部の負荷を計算し、提示される。だからと言って『最大出力』が本当に機体が出せる限界スペックかと言われれば、そうではない。それ以上出すと機体が壊れる、操縦者に悪影響を生じると判断された為に掛けられたリミッター、それが『最大出力』のスペックだ。つまりそこが運用するにあたっての限界値と推定されたものである。これが高い値で揃っているものが所謂『専用機』というもの。

 近い仮令で言えば、自動車か。軽自動車(汎用機)普通自動車(専用機)でも中身が違うから出せる加速度が異なるし、限界速度も差がある。普通自動車同士でも車種によって差が生まれる。当然乗り手の性格も出る。限界速度は時速200km、しかし通常は時速80kmしか出さないのに限界速度がそこまで高いのは、遊びを作っておかなければ長持ちしないから。

 ISはそもそも開発された初期段階であらゆる現代科学の結集を凌駕したものであり、競技限定にするには限界まで出力を上げる技法を使っても差が生じないようフラットな制限を掛ける事が一番である。

 つまり差が生じるのは、()()の耐久性以外ではスポーツらしい操縦者の技量に原因がある。

 現実として彼は山田麻耶より遥かに少ない消費量で瞬時加速を六度も連続発動させた。

 恐らく彼は一度の瞬時加速でタメるエネルギー量を敢えて少なくしたのだ。一言で言えば、節約である。

 ――瞬時加速に於いて付きまとう問題がある。

 それは、あまりの加速に反応が追い付かず、壁に自爆特攻してしまう事。更に対戦者の脇を通り過ぎたり、真っ向から衝突したりという事故も後を絶たない。そして、多量のシールドエネルギーを消費してしまう。この三つだ。

 瞬時加速という技術の概念が生まれてから、開発する者達はスラスターの改良にも力を入れており、今では一秒もあれば加速分のエネルギーを充填、再吸収も終了する程になってしまった。それだけエネルギーを回す速度が速いと、少なめにしようにも難しい。戦闘中であればなおさらだ。だから瞬時加速時のエネルギー消費は大きいまま。瞬時加速が出来る十分なエネルギーが溜まり、けれど完全に溜め切る前に止めるというコンマ一秒刻みのリズムゲームを、戦闘中に出来る訳が無い。

 出来る条件を挙げるとすれば、コンマ一秒単位に反応可能な反応速度と、体と頭を別々に動かす高度な並列思考。タメるエネルギーを少なくすれば、加速力は本来より衰え、衝突事故の危険性は減り、消費の多さというデメリットもある程度補える。

 それが偶然彼女の意表を突き、ペースを乱す形になっただけ。初心者では使えない筈の個別連装瞬時加速、更に想定以下の速度とエネルギー消費。それだけ疑問や差異があれば困惑するのも仕方ない。

 

 

 

 そして、次は私が彼の相手をする番。

 

 

 

 アリーナに沈んだ緑の機体が撤去され、操縦者の女性がトボトボと退場したのを見送った私は、にぃ、と口の端を歪める。視線は反対側のピット、その中で【打鉄】から降り、妹や従者、政府高官達と話している少年に定めている。

 彼のISはどんな機体なのか。

 いったいどんな手で戦うのか。

 ――願わくば、彼の全力と刃を交えたい。

 そう胸を躍らせる。

 場違いにも、私は強者と戦える事に歓喜していた。勝敗を気にせず、ただ彼の実力を引き出す事が私の任務。つまり、出し惜しみしなくていいのだから。

 

『――更識中尉、時間です。発進して下さい』

「了解――――【ミステリアス・レイディ】発進します!」

『御武運を』

 

 愛機【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】を纏った私は、カタパルトで射出された。

 

 *

 

 Gを感じないまま風に乗ってアリーナの指定位置に着く。

 数拍遅れて、あちらも出て来た。百メートル開けて滞空する。

 彼の姿を見て、先程の歓喜も吹っ飛んで、疑念が頭を擡げた。

 彼の装いは平時と変わりない。

 いや、装いは確かに違う。此処に来るときに着ていた生還者学校の制服とも、先の試合で着ていたダイバー風のISスーツとも違い、今は【黒の剣士】を彷彿とさせる黒いフードコートに身を包んでいる。

 ――それだけだ。

 四肢の装甲は無い。ISにあるべき武装装備用の腕部装甲が無く、バーニアを持つ脚部装甲も、それどころかPICを内蔵したスラスターすら存在しない。

 

『……なにそれ?』

 

 思わずオープン・チャンネルで話し掛けてしまう。観客席や管制塔にいる権威者達も困惑している為だ。博士をして『従来のISと違う』と言わしめるものを、何の説明もなしにISに携わってない人達が理解出来る筈も無い。

 というより、彼の方が常軌を逸し過ぎているのだ。端目には何も纏っていない生身そのもの。まるで魔法で浮いているような錯覚すら覚える。

 

 

 

『これが埋め込まれたコアのIS。世代は零落、名は【無銘】、並び称して零落無銘』

 

 

 

 随分語呂良く答えたわねと内心苦笑しながら、頭を回転させる。

 世代は第一、第二、第三の三つしか聞いた事が無い。第零世代ならまだ分かる。だが、零落世代というのが何かは全く不明だ。何を以てそう定義しているかが分からない。

 ただ、何となくイヤな感じがした。

 

『零落、世代……? いったい何を以てそう定義されてるのかしら?』

『無銘のデータベースに記載されてる内容をそのまま読み上げただけだから分からない』

『そう……』

 

 必ず意味はある。が、それが何なのかは不明。なんというか胸のつっかえの取れないISだ。

 いや、そもそもISと呼んでいいのだろうか、彼のそれは。

 

『……まぁ、世代に関してはともかく、まず和人君はどうやって浮いてるの?』

 

 疑問は絶えない。

 彼がどうやって滞空しているか分からない。ISの《慣性制御システム(PIC)》は飛行などの補助に働くが、浮力や揚力、推進力などはスラスターとバーニアで得ている。それが無い彼がどうして空を飛んでいるのか。下手して墜落死にでもなったら困るから問う事にした。

 上下にゆらゆら揺れてないし、コートもあまりたなびいていないから、SAOの映像で見たような風で飛んでいる訳でもなさそうだが……

 

『足元の()()を固めて立ってる』

『……どういう事よぉ……』

 

 そもそも無銘にスラスターとかPICとかは無いからな、と付け加える彼に思わず頭を抱えそうになる。

 理屈は分かる。彼の足元は真空――空気が無い状態――の真逆、密封状態にあるのだろう。空気を押し固めれば壁になると聞いた事はある。それを彼はしているというのだ。

 でも、どうやって?

 

 そう問うと、ハイパーセンサーで見える彼が、僅かに微笑んだ。

 

 ――ぞく、と背筋を悪寒が走る。

 

 反射的に大型ランスを取り出し構えてしまう。

 ――【ミステリアス・レイディ】は、日本が開発中の第三世代型試験機。

 積載されている特殊武装は《アクア・ナノマシン》。ナノマシンによって水を操る事を最大の特徴としているこれは、攻撃と防御両方に働く万能兵装。

 取り出したランスの名は蒼流旋。四門ガトリングを内蔵したコレは、ナノマシンによる水を螺旋状に纏わせ、超高周波状態に置かれる。ランスは本来刺突で使う事を想定された構造だが、超高周波の水を纏う事で斬撃攻撃も可能となっている。SAOのボス戦放映以降に機体が改修された際、彼の水の螺旋剣から発想を得た研究者が作成した武器だ。攻撃力がえげつないくらい上がっている槍のため、ガトリングガンを備えている事もあり、これを持つだけでかなりの安心感を得られる。

 ――けれど、何故だろうか。

 今は。この蒼流旋を見詰められる今は、何故かまったく安心出来ない自分が居る。

 

『――ISの拡張領域の機能は、原子と量子の変換が中心だ』

 

 理解出来ていない事が表情に出ていたのか、彼は語り始めた。

 けれど何故今更そんな内容なのかが分からない。拡張領域に武装を格納したり、取り出したりする際に、原子と量子の変換が行われていることは、ISに携わる人間なら誰もが知っていることだ。その理屈は不明でも事実だけは分かっている。

 何故今更それを、と訝しみながら、大型ランスを構える。

 

『つまりISは、原子を意図的に操作出来るんだ。原子で構成された物質を分解し、取り出す時には設計図通りに再構築する……――――じゃあ、()()()()()()()()()()()、どうなると思う』

『制限が無い……何でも分解、再構築出来るってこと……?』

 

 理解の追い付かない思考で、どうにか答えを口にする。

 彼は、口の端を釣り上げた。

 

 彼の右手に、光が揺蕩う。

 

 一瞬後に、形が生まれた。色が生まれた。

 全てが露わとなった。

 

『――うそ。それ、蒼流旋……?!』

 

 馬上槍の如き大きなランス。四方に展開された四門のガトリングガン。大きさこそややスケールダウンしているが、その形状は間違いなく私が握る蒼流旋そのものだった。

 それに止まらず、彼の手足を大きな光が包み、一瞬後にはIS特有の装甲が現れる。

 まるで鏡移しのように【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】が出現した。

 頬が明らかに引き攣るのが分かる。どんな機体だろう、と思ってはいたが――――まさか、自分の機体そのものが出て来るなんて。

 ――いや、違う、そんな生易しいものじゃない!

 驚愕の思考を押し殺し、言外に告げられた事実に理解の手を伸ばす。

 ISは原始と量子の変換機能を元から有している。しかしそれは、あくまで設計データを入れた武装に限る話で、無作為に出来る訳では無いし、ましてや手足の装甲を作り出す事なんて不可能。

 しかし彼のコアにはその制限が無く、事実として【ミステリアス・レイディ】の装甲と蒼流旋を作り出してみせた。まだ性能は不明だが、原子レベルからコピーしているのだとすれば、間違いなくアレは同じ動きをする。

 原子レベルのコピーだとすれば、恐らくテレビや雑誌で見たのではなく直に観察する必要があるのだろう。そうして原子の構造から設計データを瞬時に作り上げ、自身の兵装として流用する。それが彼のIS【無銘】の特異な部分なのだろう。

 

『……それをあなたに埋め込んだ組織、あなたにやった事もそうだけど、そのISの設計思想も相当イカレてるわね。仮にあなたが世界の敵になって専用機持ちが送られたら、その時点であなたの武力になるって事じゃないの』

『だからこそ【無銘】なんだろうな。何ものでも無く、何にでもなれる。零落世代の意味は……多分、通常のISと違って自己進化をしないからじゃないかな』

『ジョーダンきついわ……っ!』

 

 どれだけ強力な武装を積んだとしても、それを彼に見せた時点で同じものを作られ、返される。

 加えて見せないで使う方法は無い。ハイパーセンサーは本来宇宙空間で何万キロも離れたところから先を見るためのもの。制限を受けているとしても数千キロ先を見通すなど容易い事だ。

 本当に、ジョーダンきつい。

 ――どうする、どうやって戦う……!

 彼の手札がそっくりそのまま対戦()相手()のものでも面倒なのに、自分のもの以外の武装も扱えるという。しかも原子単位での分解、構築が可能という事は、物理攻撃は一切無効なのではないか。可能性があるのはエネルギー兵器か。

 しかし……と、私は【ミステリアス・レイディ】に積んでいる武装を思い返す。

 この機体はアクア・ナノマシンを基軸に据えられた物理一辺倒の兵装ばかり。エネルギー兵装は、将来的には予定されていたが、今はまだ未積載。つまり彼に有効打となり得る攻撃手段が無い。

 可能性があるとすれば、彼が反応出来ない速度や展開で攻撃を畳みかける事くらいか。

 ――ちら、と視界端に映るSE値を見る。

 自機のエネルギー値は1000。これは専用機含めてトップクラスの量である。

 対する敵機のエネルギー値は300。目を疑う少なさだが、敵機の兵装や装甲をコピーするISだ。それこそ四面楚歌の中での継戦能力に特化させるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 理由は二つ。

 まず、敵機からコピーした兵装がエネルギー系の場合、自分のエネルギーを使わなければならない。だがそれ専用のエネルギータンクが無いなら宝の持ち腐れ。その問題を捨て置く組織には最早思えなかった。

 次に彼のISにもシールドエネルギーがあるが、従来のそれと異なるように、補給口が無い。外部からの補給経路が無いなら、逆説的に内部からエネルギーを発生させる自己回復型と考える方がまだ辻褄が合う。

 なるほど、と内心で笑う。

 博士があれほどいう訳だ。こうして目で見なければ到底信じられないくらい一般的なISから離れた性質ばかり。常軌を逸していると言っても良い。

 

『開始五秒前』

 

 ――ともあれ、今は目の前に控えた戦いに集中すべきだ。

 アナウンスのカウントを耳にして、気を引き締める。疑問や混乱はまだ残っているが今はいい。どちらにせよ大会で出て来る他国の機体は未知な部分が多い。第四回《モンド・グロッソ》で対峙した時に混乱で実力を発揮出来なかった、なんてならない為の予行演習と思う事にした。

 

『――0』

 

 カウントがゼロになる。

 

「――沈みなさいッ!!!」

 

 直後、全力で機体性能を発揮。【ミステリアス・レイディ】の単一仕様能力《沈む床(セックヴァベック)》を発動し、宙に浮く彼を無理矢理地面へ叩き落とし、身動きを封じる。

 ――機体を、武装を真似られると言えど、流石に単一仕様能力までは難しいでしょう!

 単一仕様能力は元々コアと操縦者間の長いやり取りの末に形成されるものであり、完璧にそれと同一のものを作れはしない。

 しかし【無銘】であれば必ず再現出来る。

 単一仕様能力は、コア固有の特性では無い。コアを動力とした()()()使用可能な性能が解放される。コンピューターの本気、と言えばいいのだろうか。

 《沈む床》は高出力ナノマシンによって敵機を囲い、沈めるようにして拘束するものであり、つまりアクア・ナノマシンが根幹に存在する。水分子を意図的に集め身動きを取れないようにする――それがこの能力の原理だ。さっき空中に原子を固めて立っていた彼とやっている事はほぼ同じである。

 その気になれば彼はすぐに同じものを使ってくるだろう。その時は水分子か、空気を固めた牢獄か、あるいは摂氏3000度を上回る太陽の如き灼熱地獄か。考えるだに恐ろしい。

 

 ――レイディ、悪いけどちょっと無茶するわよ!

 

「水よ、赤く逆巻けッ!!!」

 

 そう言い、別の能力を発動する。アクア・ナノマシンの搭載により追加された機能。真紅のエネルギー光を放つ翼状ユニットが背部に追加され、全機能の出力アップが確認される。次いでスカートの如く展開していたアクア・ヴェールが水色から赤へと変わった。

 アクア・ナノマシンの機能を限定解放する事で発動する高出力モード《麗しきクリースナヤ》。通常時の七割増しの性能を発揮する反面、制限時間を超えた後は出力ダウンしてしまう諸刃の剣。

 ――大地から視線を感じる。

 視られている。情報を、抜き取られている。

 時間を、情報を与えれば与えるほど、こちらの優勢は無くなっていく。

 

 ――その前に、全力で潰すッ!!!

 

 その決意を感じたか、レイディは装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを動かし、蒼流旋の螺旋水へと収束させた。赤かった水が真紅へと代わる程の膨大な攻性エネルギー。【霧纏の淑女】が持ち得る最大の攻撃準備が完了した。

 名を、《ミストルティンの槍》。

 ――ぎり、と歯を食いしばる。

 無理をしているのは愛機だけでは無い、搭乗者である自分の方にも負荷が掛かっている。装甲の節々が軋みを上げている。あまりの圧力にエネルギーが僅かずつ削れていく。

 元々、単一仕様能力との併用は想定されていない。

 それ以前に《麗しきクリースナヤ》と《ミストルティンの槍》の併用もした事が無く、想定もされていない。

 ――だが、これくらいでなければ届かないだろう。

 原子分解で物理攻撃を無力化する相手には、分解し切れない密度と速度の攻撃を与えるしかない。水の螺旋は瞬間的な攻撃速度を、《ミストルティンの槍》は密度を持ち、それらを《麗しきクリースナヤ》で底上げする。これが自分が持ち得る最大威力の攻撃手段だった。

 

「最初から出し惜しみ無しの全力よ! 受けてみなさいッ!!!」

 

 そう宣言する。嘘も偽りも無い事実を告げる。

 

 ――返答は、目視出来る程のエネルギーの奔流だった。

 

 ごうっ、と唐突に吹き上がる光の柱。それは彼から解き放たれていた。

 その圧力で《沈む床》に回していたアクア・ナノマシンが吹き飛ばされる。

 それを尻目に、眼下から吹き上がる奔流は強さを増す。

 大地には、腰を落とし、巨槍(蒼流旋)を構える少年の姿。ばたばたとコートと白髪が奔流にあおられている。その彼の胸部から激しく光が出ており、全身と巨槍を走り、あるいは覆い、放射状に放たれていた。本来なら水が逆巻く巨槍には、代わりに光が渦巻いている。

 びー、びー、とレイディが警告してくる。アレは危険だ、と。

 その危険度レベル、脅威の《測定不能(EX)》。《麗しきクリースナヤ》と《ミストルティンの槍・フルブースト》と同等の危険度レベル。

 くっ、と声が漏れた。唇が歪む。

 口の端が、つり上がる。

 

「――ミストルティンッ!!!」

 

 槍を構え、瞬時加速で突貫。原子分解がどれほどの範囲か不明だが、流石に人間の()()はしないだろうと希望的観測を含め、距離を詰め――突き出す。

 

「お、ォおッ!!!」

 

 意外にも、彼はこちらの攻撃を真っ向から迎え撃ってきた。原子分解で幾らか相殺するかと思っていたが、予想が外れた。

 極光纏う巨槍と真紅渦巻く巨槍が衝突する。

 白と赤の奔流が生まれ、爆発。バリア越しでもその圧は凄まじい。

 大地が割れる。

 割れた大地が浮き上がり、奔流に触れて散っていく。

 ――また、口が歪んだ。

 

「――――ぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!!」

 

 胸中に湧く情念のままに槍を強く強く突き出す。

 ぎし、みし、と装甲が悲鳴を上げる。だが、無視する。今僅かでもどこかから力を抜けば、その瞬間極光がこちらを食い破る確信があった。

 負けたくない、と思った。

 

「ちぃ……ッ!」

 

 鋭い舌打ちが聞こえた。

 刹那、極光の流れが僅かに変わり、真紅の螺旋を滑らせ、弾く。全力でスラスターを吹かせていた私は勢いそのままに大地に激突した。

 勝負はお預けか。

 ――けど、まだ戦える。

 視界端のSE残量を確認し、まだいけると判断した私は、無様に転がるのも気にせず距離を取り、大地を叩いた反動で宙へと戻る。その間もハイパーセンサーに表示される彼の姿からは意識を逸らさない。受け身や態勢の立て直しは体に染みついていた。

 

 ――《麗しきクリースナヤ》、活動臨界残り1分30秒。

 

 ――《ミストルティンの槍》攻性エネルギー出力低下。

 

 モニターに表示される二つのメッセージ。一つは実質的なタイムリミット、もう一つが攻撃力の減少を意味している。

 上等、と()う。

 元より長期戦など度外視している。彼と【無銘】の相性は抜群だ、【無銘】と敵機の相性は最悪だ。原子を分解する相手にどう対抗しろと言う。時間と情報を与えれば与えるほど脅威度を増す事を示すように、奔流という無駄に放出されていたエネルギーは、今完全に彼の肢体と槍を覆っている。無駄のない立ち姿は静謐にも等しい。

 今の一撃で仕留められなかった私に、最早勝機は無い。

 

 ――ただ一つを除いては。

 

 

 

「――爆ぜなさい(ばーん)

 

 

 

 左手でぱちんと指を慣らす。

 途端、大爆発。

 《清き情熱(クリア・パッション)》。ナノマシンで構成された水を霧状に対象周囲に散布し、ナノマシンを発熱させる事で、水を瞬時に聞かさせ、水蒸気爆発を引き起こす爆発技。

 起動するにはナノマシンを散布しておく必要があるが、そこは先程の奔流で吹き飛ばされたナノマシンを無理矢理彼の周囲に集める事でクリアした。

 《麗しきクリースナヤ》と《ミストルティンの槍》を併用した攻撃は、自身が持ち得る()()()()の攻撃手段。《清き情熱》は先の二つと較べて威力に劣るし物理攻撃系でもあるが、爆発による衝撃波がある。衝撃と熱を瞬時に与える特性故に、仮令彼が原子を操ろうと、衝撃でダメージが入る。

 その威力は、エネルギー総量に換算して小型気化爆弾4個分。1個で無数の人間の内臓を容易に破裂させ、且つ目立った外傷も無く圧死させられる威力のそれを、四つ纏めて放ったに等しい攻撃。使えば即勝利と言っても過言ではないせいで普段は使用を控えていたが、それ故彼も把握していなかったに違いない。なにせ原理はアクア・ナノマシンにある。《ミストルティンの槍》を始め、基本的に自分が分かりやすいよう名前を付けているだけなので、システム的に認められたものではないこれらを知る術は無いのだ。

 つまりまず防がれないだろう《清き情熱》こそが大本命だった。インパクトとしても視覚的に分かりやすいクロースナヤとミストルティンの方があっただろう。

 機体に無理させる程の大技を布石として、確実に敵を倒し得る小技を使う。

 出し惜しみ無しとはこういう事である。

 

 ――それでも、ダメなんてね。

 

 普通ここまでやれば勝利のアナウンスが掛かる筈だが、爆発から三秒経っても掛かる様子は無い。加えて視界端に表示される彼のSE残量がまだゼロになっていない。

 彼の残量は――()()()

 ――粉塵の中から、光纏う黒が突っ込んできた。

 やはり無傷。煤はおろか、粉塵すら付いてない。言うなれば『光の衣』が彼を爆発と粉塵から守ったのだろう。あるいは圧縮した空気を四方に展開し、爆発から身を護ったのか。

 あはっ、と乾いた笑いが漏れた。

 気化爆弾4個分のエネルギーをぶつけて無傷とか、ふざけてるにも程がある。明らかに競技用から逸脱しているから使わなかった大技の連発――元々《清き情熱》しか通用しないと思っていた――を受けておいて無傷。ノーダメージ。

 嗤うしかない。

 ――振るわれる白の槍を、赤の槍で受け止める。

 再び渦巻く二色が競り合った。

 

「まさか、《清き情熱(クリア・パッション)》ですら傷を負わせられないなんて思わなかったわ。おねーさん自信無くしちゃいそう」

「単純に相性が悪かっただけ……というか、普通に死にそうだったんだが。明らかに殺しに来てただろ。オーバーキルにも程があるぞ」

 

 む、と不満気な顔を向けて来る少年。ぐぐっと僅かに槍を押される。

 

「涼しい顔で流しておいて、オーバーキルも何も無い――でしょっ」

 

 こちらも負けじと槍を押し返す。なにせ切り札にしていた大技の併用、更に完璧な不意打ち技を完全無効化されたのだ。女尊男卑の人間に較べればまだマシな私のプライドも傷付く。

 

「結果的にはな!」

 

 強く、槍を弾かれる。

 僅かに生まれた隙を見て、彼は槍を薙ぐ構えを取った。すぐにスラスターで後退――するも、薙いだ時に蒼流旋の四門ガトリングが火を噴き、数発被弾した。ぐぐっとSE残量が減っていく。

 ダメージは自分の蒼流旋よりやや小さい。彼の体格に合うよう一回り小さくなったせいで弾も小さくなり、結果威力が低くなったようだ。

 だからと言って、安心は出来ない。

 《ミストルティンの槍》は自分への被害も度外視した大技。当然、発動している間はSEを微量ながら削っていく諸刃の剣。《零落白夜》に近しい性能を持つこれを発動し続けているせいでSEは既に半分を切っている。数値としては500ほどなので彼よりまだあるが、割合で言えば10割対5割なので負けている。

 悔しい。

 

「こ、のぉッ!」

 

 上昇、下降を駆使し、距離を詰め、赤い槍を振るう。渦巻く赤い水を纏った螺旋槍は、やはり光渦巻く螺旋槍に阻まれ、エネルギーの奔流を生じさせる。

 ――悔しい。

 

「は、ぁ!」

 

 弾かれた槍。その慣性に逆らう事無く全身で駒の様に回り、一回転してから薙ぎ払う。これも極光の渦に阻まれた。

 ――――悔しい。

 

「これでも、喰らいなさいッ!」

 

 槍を引き、四門ガトリングの砲口を突き付け、引き金を引く――寸前、槍を弾かれ、射線が明後日の方を向いた。

 

「舐、めんなぁッ!!!」

 

 強引に槍の向きを戻し、照準。四門ガトリングから延々と弾が射出される。しかし当たらない。それどころか、前の戦いの焼き直しかのように、距離を開けて逃げる彼は避けながらも後ろ手に槍を向け、撃ち返してくる。

 数発、被弾。

 悔しい。

 悔しい。

 悔しい。

 

 ――――悔しいッ!

 

 ぎりぃっ、と奥歯を噛み締める。視界にはもう彼の姿しか映っていない。彼が纏う、【霧纏の淑女】しか。

 私より上手く扱えている。

 【霧纏の淑女(あの子)】との付き合いは私の方が長いのに、オリジナルのこちらには無様な姿を晒させている。

 それが悔しい。レイディに申し訳が無い。ずっと支えてくれて、今も健気に《麗しきクリースナヤ》を保ってくれているのに、一矢すら報えていないこの状況がどうしようもなく悔しい。

 これほどか、と感嘆を抱く。あのデスゲームで武芸百般を見せた彼の実力を見誤っていた。初めて扱う筈のレイディをああまで使いこなす技量は本物だ。武器を選ばない特徴は、その道の一流に敵わないと思っていたが――――とんでもない。とんだ思い違いをしていた。もう彼はその域を超えている。

 どうやら私は、驕っていたらしい。

 山田麻耶がノーダメージで敗れた時、もっと警戒しておくべきだった。なにが『次は私の番だ』だ。愉しもうとするなら、相応の対策を練ってからすべきだった。過去の私を殴ってやりたい。

 その衝動のまま戦いを続ける。

 ――だが、嗚呼、何という事か。

 機体を覆う赤い水は、その色を徐々に鎮め始めた。槍の色も青へと戻る。機体の出力が徐々に低下していく。

 

 ――《麗しきクリースナヤ》、活動臨界残り0秒。

 

 時間切れだった。

 

「ふ、ふふ……出し惜しみ無しの全力を、凌がれるなんてね」

 

 《清き情熱》を無効化された時点である程度予想はしていたが――よもや、ここまでとは。

 【無銘】との相性だけではない。彼は、【無銘】の性能と【霧纏の淑女】の性能を上手く使いこなし、蒼流旋も使いこなした。ただの模倣ならこちらの銃撃や槍捌きで一撃くらい入れられていた。模倣如きを破れないほど、こちらも温い鍛錬をしていない。

 これが、彼の実力か。

 

「完敗よ、和人君。ノーダメージで私をここまで追い詰めたのはあなたが初めて」

 

 ブリュンヒルデとの試合で《清き情熱》を使った事はあるが、その時は直撃こそ免れたものの衝撃でダメージは与えられていた。一般公開されるのは公開試合だけで、訓練に関しては他国に選手のデータを与え過ぎないよう秘匿されているため、彼は知らないだろう。

 《清き情熱》まで使わせたのが彼女と彼の二人だけなのもあるが。

 

「でも、ね。私にもね、意地があるの。当然【霧纏の淑女(この子)】にも。だから――――」

 

 全ての攻撃手段を無傷で乗り越えられ、クリースナヤの解除で出力ダウンしている状態で、一矢報いる事は土台不可能な話だ。

 ――だが、それは諦める理由にはならない。

 理屈の上では不可能だ。だが、理論上、一矢報いる可能性はゼロではない。

 

 観戦者達に彼の実力を見せる目的(更識として)

 次期ブリュンヒルデと目されている立場(代表候補生筆頭として)

 何よりも、【霧纏の淑女(レイディ)】の搭乗者として。

 

「簡単に勝ちを譲るつもりは無いわッ!!!」

 

 蒼流旋を構える。ガトリングは既に弾切れのため、そこだけ格納。純粋な槍術のみで戦う意思を剥き出しにする。

 タダで勝ちを譲る気はない。一矢報い、あわよくば噛み千切り、勝利を手にする覚悟だ。

 

 ――――Yes,my Master.

 

 その瞬間、脳裏に声が響いた。

 今のはなに、と思う最中、レイディが息を吹き返した。鎮まっていた水が赤へと戻り、螺旋槍の勢いが増す。水のヴェールも赤へと代わる。

 低下していた機体の出力が戻り――否、さっきよりも、更に上がっていく。

 一体何がと驚く中、表示されていくメッセージ。

 

 ――《麗しきクリースナヤ》、再発動。

 

 ――活動限界残り10分。

 

 ――アクア・ナノマシン活動性能復帰。

 

 ――攻性エネルギー形成、《ミストルティンの槍》準備。

 

 ――学習、敵機のエネルギー流用の解析完了。

 

 ――余剰エネルギー再吸収……完了。

 

 ――《ミストルティンの槍》進化。

 

 ――《グングニルの槍》発動。

 

 最後の一文が流れた直後、荒々しく渦巻いていた赤の水が収束、収斂されていき、両刃を形成した。丸みを帯びたランスの部分が通常の槍の穂先へと変化したのだ。しかも超高周波の状態はそのまま。

 更に、自傷紛いのSE()りも改善されている。

 SEを削る程の余波という事は、それだけ無駄があり、余剰エネルギーが出ていたという事。それを再吸収して進化した《グングニルの槍》を発動しているのだ。《ミストルティンの槍》にあったデメリットが全て解消されていると言ってもいい。

 

「――どうも、レイディも簡単に負けたくないみたい」

 

 呆気に取られて槍を見ていた私は、少年へと視線を戻す。

 終わったと思った強化モードが搭乗者の意思に関係無く再発動した事実、更に槍の状態が先程より改善されていることに驚いているようで、瞠目を向けて来ていた。

 ふふ、と微笑み――次いで、獰猛に笑む。

 

「さぁ――――行きましょう、レイディッ!!!」

 

 ブースターから、一際強い炎が出る。

 

 脳裏には、『Yes,my Master』と聞こえていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 気付いたら楯無さんが主人公してたでござる(サブタイ的には順当)

 本作主人公がラスボス的なポジションになりかねないんじゃが……(震え)

 今更か()

 和人のISが今話で一応判明。『零落世代【無銘】』です。ほぼ生身、敵機のISを原子レベルで構造を解析し、完全コピーし、自分のものとして扱うのが基本スタイル。勿論一回解析したらずっとデータに残る。

 最初に『圧縮した空気を足場にする』は『とある魔術』の窒素を鎧にする子の能力を思い浮かべて、『物質にならない程度に集めて原子を固定すれば見えない足場に出来るのでは』と考え、採用。原理はとある、見た目はBLEACH。原子を霊子と考えればおけ。

 そして【無銘】の恐ろしいところは、『戦闘を積めば積むほど敵機のデータが集まる』ので手に負えなくなる点。

 更に和人自身、SAOで多くの武器をMobとプレイヤー相手に心得たので、【無銘】の特性を十全に活かせてしまう。人間相手に積んだからIS操縦者にもある程度通用する。

 ちなみに単一仕様能力をも模倣出来るだろう、と楯無が考えていますが、私なりに考えた末の単一仕様能力模倣可能です。

 単一仕様能力は、コアが発現させるとイメージで原作では書かれていますが、実際は二次移行時に『単一仕様能力に必要な兵装を作り出す』と考えています。だから『同じ装置を作ったら同じ事が出来る』という今話の理屈。今話で楯無が《沈む床(セックヴァベック)》を『すぐ使うだろう』と言っているのも原理が水分子で溺れさせるものだから。装置を模倣出来る上に素で原子を操れるとなれば完コピされるのも当然。

 機械が行う以上、同じモノを用意すれば同じ事が出来る。それが機械の特徴です。

 そこまで理解した楯無は、初手で和人を殺しに掛かるレベルの全力攻撃――を囮にした、不意打ちの《清き情熱(水蒸気爆発)》。摸擬戦なのに完璧殺しに来てる手札の切り様ですね……数多の二次創作を読み漁り、()()()()()()()()()()()()()の併用を見た事が無かったので採用しました。

 多分マトモな機体でも直撃すると即死します。

 まぁ、和人も同じなんですが。


和人「いきなり全力で殺され掛けた。訴訟」
楯無「原子分解能力で生殺与奪の権利を常に握られていた。訴訟」


 やろうと思えばどこぞの『お兄様』の如く原子レベルで分解しちゃえる和人は敵に回したら絶対アカン奴。その気になったら怪我も『怪我を負う前のデータ』を参考に修復するから(代償に保存していた原子を喪うがほぼノーダメージ)

 殺し合いならともかく、試合なら使う気がゼロだったせいで、《麗しきクリースナヤ》と《ミストルティンの槍》の併用攻撃を原子分解しなかった。

 ――そんな頭おかしい和人に対し、【霧纏の淑女】をコピーされて使われている楯無さんは怒髪天。

 実際は『自分がレイディを上手く扱えていない』という自虐から来るものなので、純粋な怒りではないですが、それでもパートナーという考えを持っている彼女ならそう思うのではないかなぁと。なまじ長い付き合いの専用機なら思うのではと。

 その想いに感化され、レイディが覚醒。形態移行(フォーム・シフト)こそしてませんがそれに近い覚醒。

 楯無さんが個人的に付けていた名前もログに残されました(微笑)

 簪がこのログを見ればきっと親近感を抱く事でしょう、そして楯無は赤面して転げ回るでしょう(微笑)

 ――まぁ、その描写の前に姉妹の仲という壁があるんですがね!(血涙)

 では、次話にてお会いしましょう。


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