インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話は黒ノ剣士編とあるけど、視点は前半
数話に渡る現実での無かった事になる秘密会談もこれで一区切りとなります。
文字数は約一万三千。
今話は以下のクエスチョンを念頭に置いて読んで下さい。『メンドくせェ!』な人は後書きで纏めます。
Q1:原作、本作ともにIS学園は日本の血税で設立され、また維持されています。ではそのために生じる将来的な国際問題は何が考えられるか。安全保障の点に言及して答えなさい。
Q2:唯一の男性操縦者として原作一夏は入学一週間で専用機《白式》を貸与されます。この貸与によって日本政府が得られるアドバンテージは何か、データ収集を含んで一つ挙げなさい。
Q3:原作では男性操縦者のバイタルデータは《白式》の製造元である【倉持技研】が収集し、それを政府に渡していたとされます(事実未確認) しかし男性操縦者は世界的に貴重な存在であり、他国がデータの提供を要求する事は明白です。では本作で和人が男性操縦者として公表された際、どのような返答を以て日本だけがデータを独占する可能性を見出す、あるいは第四回《モンド・グロッソ》までの三年という時間を稼げるか。その返答内容の例を、国際社会の問題を含み、人権に触れないで答えなさい。
ちなみに後書きは長いです。
ではどうぞ。
更識楯無と桐ヶ谷和人が互いに二次移行を果たしてからの戦いは熾烈なものとなった。
空気中の水分子を操作して相手を捕え、
その気になれば彼は攻撃の全てを原子分解で無効化出来た筈だが、二次移行した自身と彼女の能力を見せ付ける為か、敢えて行わず、戦いを長引かせた。とは言え傍から見ればどちらも全力で戦っていたので長引かせたようには見えなかったが。
水に囲われ、逃げ道を塞がれても、彼も原子を操作して穴を作る。
槍と交わる剣、あるいは風の槍、あるいは水の細剣、あるいはそれ以外の武器。
飛来する水の刃は彼女の支配下にあるためどこまでも彼を追う。武器を振るうアクションを無駄と感じたか、途中からは矛先を突き付け、三つの先端部から断続的に水弾を発射するようになった。かなりの弾速で思考と演算が追い付かないのか水弾は追尾しなかったが、槍から四門ガトリングが実質的に無くなっても出来る事が増える事はあっても減る事は無いらしかった。
そんな彼女の激しい攻撃に圧倒される
見た目は派手。端から見れば、魔法のようにも見えるそれらは美しくもあるが、破壊を齎す故に素直にそうとは思えなかった。
――そうして、色取り取りの爆撃が日本IS競技場のアリーナを揺るがせる。
加速し、激化する応酬。なまじハイパーセンサーと各々の反応速度が世界トップクラス故か、モニター越しでどうにか目で追えるレベルの戦闘は、徐々にボルテージを上げていく。そのレベルは既に《モンド・グロッソ》の決勝戦級。
大会部門のIS委員会役員が見れば仰天するレベルの戦いが非公式で行われていた。
『あははっ! やるわね和人君、ここまでやっても押し切れないなんて流石よ!』
傍仕えとして長らく付き合ってきた身なので彼女が笑う場面は幾度も見て来た。しかし笑みの種類が少し異なっている。妹である簪に教えている時とは、また別種の笑み。嬉しい事があった時の余裕も無い。喩えるなら、良い遊び相手を見つけた時のような――
――――その時、不快な警告音が鳴った。
びーっ、びーっ、と一定の感覚で響くそれは、天災の白衣のポケットからだった。
『――はい、試合中止、そこまで!』
その瞬間、驚くほどの速さで天災が試合中止をアナウンスする。
無論観戦していた側も対戦者側も驚きで動きが止まる。今から盛り上がるところ、というか二次移行から互いにノーダメージで決着も着いていないのに何故こんな半端で、と疑問が鎌首を擡げる。納得させなければ試合続行は確実な空気だった。
管制塔に居ない者達から抗議の無線が入る。管制塔内部では視線が集中。アリーナに居る二人は、上がそんな状態だからどうするべきか戸惑っている様子だ。とは言え、それは楯無だけだったが。
――……桐ヶ谷君、少し息が荒い……?
そこで、ふと気付く。
モニターに映る両者の顔。楯無のそれは不満と困惑、期待でいっぱいなのに対し、和人のそれはやや苦しげであり、呼吸も荒い。スタミナ不足だろうか、と首を傾げる。
『何やってるのさ和君、早くピットに戻って! そのままだと死んじゃうよ!』
中止を宣言したのに動かないせいか、天災が焦り出した。
しかしその内容は青天の霹靂に等しい。
『な、死ぬとはどういう事かね?!』
『話は後! 和君、早くBピットに! ――それとBピットに待機してる連中は、和君が戻り次第左手首に黒い腕輪を装着するように!』
矢継ぎ早に飛ぶ指示。一通り指示を出し、それに和人が従い出したのを見て、彼女は慌ただしく管制塔を後にした。当然事態を呑み込めない私達もその後を追う。
どたどたと整った廊下を走り、電光掲示板を頼りにBピットへ。
私が着いた時、彼は備え付けの長椅子に横たわって眠っていた。傍らでは博士がどこからか――恐らく彼女自身のISから――取り出した機材で何かを測定している。それをすぐ近くで見る涙目の簪、彼女を落ち着かせようとする楯無と本音、やや遠巻きに事態を見守る自分や政府、自衛官、企業の幹部達。
『前より脈も血圧も安定してる。体が学習した? それともコアの保護機能が働いた? いやでも……』
ぶつぶつと呟きながら注射器で液体を注入し、彼のバイタルや呼吸を確認していく博士。医療資格を持っていない筈だが手慣れたそれに、発現も相俟ってこれが初めてではないのだな、と悟る。
彼女は暫くして処置が一通り済んだのか機材はそのままに立ち上がり、ふぅ、と額に浮かんでいた汗を拭った。
それを見て、楯無が一歩近づく。
『博士、彼にいったい何が起きたのかしら?』
『――端的に言えば、低血糖症状だよ。集中は脳の活性化を意味してる。それを長時間続けていたから脳のエネルギー源であるブドウ糖が足りなくなったんだ』
『え……それだけ、なの?』
『うん、それだけ。強いて言えばスタミナ不足もあるけど、和君が現実に復帰したのは二ヵ月半前だから、むしろスタミナは十分ある。だから低血糖の方が比重が大きいかな』
『……でもさっきの私との試合、幾ら集中してたからって、SAOの時の方が長時間集中してたんだしおかしくないかしら』
扇子を顎に当てながら楯無が疑問を呈する。
『仮に負の二次形態になったせいだとしても、なら研究所を壊して脱走する時にもなってる筈よね?』
それもそうか、と彼女に同意する。
二次形態の維持諸々を含めてスタミナ不足かと考えていたが、実際は血糖不足。しかしSAOでのボス戦が一時間以上であり、彼は最前線で戦っていた剣士、集中していたから血糖不足とは辻褄が合わない話だ。
『普通ならね。でも和君は二年三ヵ月もフルダイブ状態で
『……つまりフルダイブが長時間に渡ったから、エネルギー消費が大きくなったという事?』
『元々この生体コアと直結してるせいで脳への負担が大きいのもあると思うけどね』
とは言え、と彼女は周囲を見た。
『現実に復帰した期間に比例してか、倒れるまでの時間がちょっと長くなってるのは確か。束さんにもよく分からないけど、現実と仮想じゃ、脳の使い方が違うんだろうね……彼は、仮想世界に長く居過ぎたんだ』
そう言って、彼女は眠る少年の頭を撫でる。
――天災というイメージとはかけ離れた、慈愛に満ちた顔だ。
とても大切に思っているんだなと、そう理解させられる。かつての腹黒い役員が居れば博士をコントロール出来る人物として誘拐を企てられそうだ。
『……つまり彼は現実で訓練をすればするほど倒れるまでの時間が長くなる、という認識で良いのかね?』
『多分、ね。実は今朝にも一回同じ症状で死にかけてたんだけど――』
ざわっ、と周囲がざわめく。しかし彼女はそれを無視した。
『今朝はフルダイブ中の事、対戦相手は彼の義理の義姉、戦闘時間は十五分。でも今回は二十分も耐えた。ISの操縦者保護機能によるものなのか、それとも某格闘漫画の金字塔みたく瀕死強化したのかは分からないけど、事実として言えるのは時間が伸びてる事と全力戦闘が二十分可能である事』
『……でも、ALOでは最近長時間の戦闘をやってる動画がありましたけど……一時間、くらいの』
そこで、簪が声を上げた。SAOの後遺症なら、ALOでの長時間戦闘の動画はどういう事なのか、と。そういえば闘技場とやらで数百人を纏めて相手取り優勝しているものが連日投稿されていたと、本音から興奮気味に聞いた覚えがある。
確かにそれだと博士が語る理屈と矛盾する。
そう理解した面々から、どういう事か、と鋭い眼が集中した。流石に分が悪いと悟ったか、あー、それはー……と言いあぐねる様子の博士。
『――博士、もういいよ』
――そこで、横たわっていた彼が目を開けて、制止の声を発した。
『和君?!』
『今後同じ事をしないとも言えないんだ。契約内容に関係している以上、言っておくべきだろう……その気持ちだけで十分だよ』
どこか、諦観混じりの微笑を湛えて言った彼は、ゆっくりと上体を起こし、椅子に腰かけた。ゆら、とふらつく体を博士が咄嗟に支える。まだ起き上がっちゃダメ、と叱る声も馬耳東風のよう。
『――自分が全力戦闘で倒れるようになったのは、今日の朝が初回です』
そして、彼はどうして倒れるようになったのかを語り始めた。
一部、
『君は……そんな事を、していたのか。その依頼の為だけに』
『依頼だけじゃないです。今回の交渉で自分のIS戦闘技能を試されるとは思ってました。そして【無銘】は装備の他に原子操作や負の二次形態などSAOの時よりも脳の負担が大きい、戦闘中という平行作業になれば尚の事。それこそ、SAOに入る以前に全機能を発揮したら二、三分でダウンしてましたからね、その時は負荷が大き過ぎで頭痛に耐えられないからでした。改造移行は負荷に耐えられてもエネルギーが足りなくなりましたが、これでも伸びた方なんですよ』
『……要するに、我々が君の実力を認めやすいよう手を打ったという事か』
苦い顔で、元帥が言う。
恐らく二次形態も含んでいるだろう全機能を使って二、三分となれば、仮令実力や経歴で認められたとしても、なにせ試合時間の一割程度だ、全力を出せるのが某アニメーションヒーロー程度では元帥達も認めがたいに違いない。
それを予期したからこその脳の改造。
確かに、彼がした事は効率が良いだろう。仮想世界での戦闘に反応速度が必要なら、彼の脳では無く、VRハード自体を改造すればいい。違法だが、天災の手に掛かれば容易いだろう。
しかし彼には現実でのIS戦闘が控えていた。仮想世界でだけ早くなっても、全力二、三分という根本的な問題が解決していない限り、今回のこの交渉は水泡に帰した。他の事情もあったようだが、主にそうならない為に脳を改造し、演算処理限界と負荷耐用限界を拡張した。するとそれの維持に必要なエネルギー不足が発覚。今はその段階にある、と。
――倫理的では無い。
それは、軍人として時に非情な判断を下す元帥が表情を歪めている事からも明らかだ。暗部に携わっている当主や自分も顔を顰めている。
自分自身を対象にしているだけで、
『
『自覚はあります。でも、
そこで、彼は笑った。快活な笑みだ。
『
彼の瞳に、光はある。眩しいくらい輝いている光だ。
『生きる為に、みんなと居たいから、出来るだけの事をしただけなんですから』
――笑い、瞳の光を絶やさない彼の
*
思わぬ事実が発覚したが、元帥達は結局彼との契約を継続する事にした。
倫理的には間違いなくアウトだろう。しかし脳の改造に関しては彼自身が行った事であり、本人も今後訓練の繰り返しで全力戦闘時間を伸ばしていく方針のため、政府側からすればメリットしか無い。死にかけたとしても低血糖症状。それの対応策を既に博士と話し合っているため、備えもほぼ必要ない。
仮にその場に集った者以外に知られ、追及されたとしても、政府側は知らぬ存ぜぬを貫けばいい――そう、本人が言ったのも後押ししたのかもしれない。
今日この場であった事は無かった事になる。
なら元帥達も、この事実を知らなかった事になる。
そもそも、脳の改造なんて話を信じる者は少ないだろうし、仮に信じたとしても『長時間のフルダイブが反応速度を引き上げた』と言ってしまえば終わりだ。なにしろ手術したログが無い。原子操作でしたと考えられても、とても現実的では無い。
人は、理解できない思考を『狂気』と呼ぶのだ。
そして政府側も誰かに漏らす事は許されない。他国に知られれば、ドーピングの類で出場禁止を喰らいかねないからだ。元帥達はただ日本の優勝を目指しているのではない。仮にブリュンヒルデ、あるいは更識楯無が第四回で優勝すれば、ISの権威はさらに強まり、それを傘にした女尊男卑の者達が勢力を強めかねない。最早たかが知れるとは言え、思わぬ相乗効果で爆発的ななにかが起きる事も考えられる。第三回優勝を前提にしているのは、男性の底辺と言われている彼がISを扱える事を知らしめて女性優位の勢いを崩せるからに過ぎない。四回目は、防げない。防げると考えたのは、男性の代表として――彼を底辺とした場合、他の男性はより優れている事になるので――復権出来る可能が高いから。
それを阻止、且つ《モンド・グロッソ》を優勝できる男性操縦者の候補が、
その実力は二度の試合で発揮されている。汎用機を用いた素の操作技術、【無銘】を用いた戦闘能力は他者を隔絶している。批評として次期ブリュンヒルデと目されている更識楯無が二次移行してなおノーダメージ。お互い無傷で単一仕様能力も発揮していないとは言え、原子レベルの操作能力は彼の方が
彼のおぞましい事実を知ってなお捨て切れない価値が彼にはあった。
篠ノ之束もそれに一枚も二枚も噛んでいて、吹聴すれば消す、とドスの利いた声音で脅していたから、誰もバラそうとはしないだろう。そも、じゃあ何故それを知った、何時知る機会があったという流れになる立場の人間ばかりなので、立場的にも脅し的にも流布出来ない状況である。
最悪今日この場に集った人間全員を殺す事も、天災には可能なのだから――――
***
時は過ぎ、空は茜色に染まっていた。
試合以後は腫物を触るような雰囲気で話し合いが進んだが、会議自体はやはり順調に進んだ。下手に突っ込まなければ
そして、決まった事がある。専用機を貸与される事が決定したのだ。
理由は二つ。
後ろ盾は博士の名を借り、実質的に無所属を維持する方向に決まった訳だが、日本政府からのサポートやコネクションを作っておく為にも、国内のIS研究所のどこかが製作した事にしなければならない。生まれた国だから、と言うには理由が弱いし、日本は自分に対する風当たりが酷い。そこを突かれれば黙認してきた政府も黙らざるを得ず、結果不利になる。そうなる前の布石として専用機を貸与する。加えて博士は既に日本IS委員会の最高責任者だ、仮に篠ノ之博士が主導したとバレても、やはり所属は日本となる。サポートにも金が掛かり、IS委員会や学園の設立から分かるように、他国はIS関係で金を使うのは渋る傾向にある、他国の為に血税を使うのは、と。それを逆手に取るのだ。
元を正せば日本国籍の人間がISを発表して世界を混乱させた訳で、その責任を取れ、という意味で学園などの設立を日本にさせた。それは分かるが、以降の運営費まで日本持ちというのはちょっとおかしい。多国籍学校なのだから日本単体で維持するのは道理に合わない。その後の事には他国も金を払う事が平等と言うもの。それが為されていない現状でIS学園に在籍する『日本製のIS操縦者』のデータを提供しろというのはフェアではない、と言って時間を稼ぐつもりだそうだ。
外交カードの一枚にしかならないとは言えそれを上手く使うのは政府がする事だから君は気にするな、と役人が言っていたのはちょっと印象深い。
二つ目は男性適合者のデータ収集のため。男女兼用のIS開発、あるいは現行のISの改良を博士が主導するとは言え、一人ではやはり限界がある。そのためのデータ採取だ。無論、これも日本が他国を引き離す必要がある。よって無所属になる【無銘】をメインとするより、国内の研究所が製作したISをメインに据えて日本に近付ける事で、データを独り占めするという寸法だ。当然他国からデータの提供を求められるが、これは一つ目の理由と同じ文句で封殺するつもりだという。
ゆくゆくは日本代表生、あるいは日本の企業所属の操縦者に据える予定だとか。
「――昔と較べれば、随分な立場になったな」
『更識』が近場に借りていたホテルの一室。その整ったベッドに寝ながら、言う。
「ホント、初めて君の事を調べた時より凄く出世してるわよねぇ。出世払いとか出来ちゃいそうね?」
それに、隣のベッドに腰掛けていた楯無が応じた。
――最初は、男性だから、という理由で個別に部屋分けされていたのだ。
二人部屋を三つ。楯無と虚、簪と本音、そして自分。
なんでもこのホテルは『更識』の中枢に食い込んでいる男が経営し、従業員も『更識』の息が掛かっているため、事前に盗聴や監視カメラの類は検閲されており、警戒度はかなり高いという。だから君を連れ出しても大丈夫なのだ、と楯無は語った。
楯無と同室なのは、本気で暴れられた時に対応出来るのが楯無だけだから、という批評の下の判断らしい。表向きだけでもそうしておかないと後が面倒なの、と彼女はやや疲れた顔で言っていた。
「そんな事が出来るほど信用ないだろ、俺の立場じゃ。というかツケなんて出来る店は絶滅したんじゃないか?」
「馴染みの
そう言って、扇子をぴっと立てる楯無。
「ここのホテルの警備も厳重だけど、ISを扱える事がばれればこれくらいじゃ足りないと思うわ。女尊男卑風潮が廃れ始めてから賢い女はそれをひた隠しにして生きてる。それが爆発したら何をしでかすか分からないわ。もしIS関係者なら、人目を盗んでISを奪って、あなたを殺しに来るかもしれない。それくらいの執念があるからね」
「……世話を掛ける」
ゆっくり頭を下げる。
楯無には『更識』の当主として色々と面倒を掛けている。世話にもなっているし、将来的に強力が不可欠な事態で世話になる事も決定している。
契約の間柄から始まったが、今は私人としても頭の上がらない相手になっていた。
幸いなのは、それを傘に威張り散らすような性格では無い事か。からかいこそすれ、強制させようとしてこないのは、正直助かっていた。
「気にしないで。こっちも君を利用してる身、君の話に釣られてやって来た人達とコネクションを持てたのは『更識』としても渡りに船だったのよ。暗部として気取られないようにしつつコネクションを築く第一歩が難しいから」
お蔭で情報収集がしやすくなった、と楯無は笑い、扇子をぱんっと開く。扇部分には『利害一致』。
「敵対組織に知られず関係性の第一歩を築く、か……SAOに俺はゼロから参加したが、現実だとずっと昔から連綿と続いてるんだもんな。そりゃあ難しいか」
自分は最初から攻略隊に在籍していて、七十六層時に抜けた時以外はずっと最前線に居た。ギルド間抗争にも巻き込まれ、それに対処もした。各ギルドの幹部と顔合わせをして一応の信用を得ていた。
けれど途中からだったら話は違う。
信用と年季が無いままでは幹部組からの信用は得られないし、仮に得られても、終盤の《攻略組》の如く朝議に顔出しするような立場にはなれていなかっただろう。《笑う棺桶》の件もあって信用を得るのも難しかったに違いない。
その状況でコネクションを築く事がどれだけ難しいか。
SAOはクリアすれば終わりの関係だった。命が懸かっていたから本気だっただけで、本質的な関係はそこで終わる。
だが楯無はそうではない。『更識』の当主として一生付き合っていく関係と立場、一つの過ちで全てを喪う重責を思えば、慎重になるのも当然と言えた。
「……ねぇ、和人君」
――そう納得していると、名前を呼ばれた。
楯無は、意味深に微笑んでいた。視線で何を言いたいのかと促す。
「君さ、『更識』に来ない?」
きっぱりと、勧誘される。
何れ来るかもしれない、とは思っていた。SAOに居た頃も評判のせいでギルドの勧誘は知り合いのものばかりだったが、例外としてはPoHが居る。あの男はこちらの能力と
PoHと楯無は本質も性格も違う。しかし、人の命を扱う立場としては、かなり近しい位置にいる。
「いきなりだな」
「……そう、ね。いきなりかもしれないけど、実は私、結構前から考えてはいたの。SAO内部でモニタリングを始めた頃からね」
つまりほぼ最初から。廃棄孔との死闘からアルベリヒを捕えるまでの過程でそう思わせる何かがあって、それで楯無はそう考えるようになったと。
「あなたは『裏』で生きていける能力がある。今日の会談は表向きの立場を決めてたけど、ISの代表に何時までも居られる訳じゃない。その先の地盤固めに『更識』は都合がいいと思うわ。勿論こちらにとってもね」
だろうな、と返す。あのPoHが認めていたのだ、それなりに『裏』でも通用するポテンシャルがあるとは思う。
それに現存する機材に感知されない無所属のISを俺は持っている、傍目にはとてもそうは思えないものを。戦闘や移動、支援などでも使え、更にトラップや鍵など知った事では無いと言わんばかりに原子分解で圧し通れる力技は、時に戦闘を要される暗部の任務には最適だろう。
生憎と情報処理系は苦手なのでそちらには向いていないが、現場で動く人間の能力としては相応だと思う。
経験が無いからまだ拙い所はあるが、そこは楯無も已む無しと見て享受してくれる筈。そこを差し引いても、ISを扱える一点が強力なカードになり得る。
無論、こちらにもメリットはある。
このホテルにいる従業員は、全員が『更識』の『裏』に関わっている訳では無い。『裏』を知らない人間も当然居る。その人達のように、自分が『更識』に所属する事で義理の家族はその庇護下に入り、平時も護ってくれるようになる。幾ら篠ノ之博士とは言え今は真っ当な意味で多忙な身、常に気を回している事なんて不可能だから、今後の事を考えればかなり良い取引と言えるだろう。
「勘違いされたら困るから言っておくけど、ウチだって常に危ない仕事をやってる訳じゃないからね? 何時もは書類仕事ばっかりよ」
「……そうなのか?」
「そうよ。そもそも私がISの操縦者になったのも、先代……私の父が前触れなく病死して、『更識』の安泰が脅かされたから。時代も女尊男卑真っ只中でISを扱える女性になっておくべきだってなったの。で、日本代表候補生になった訳。本来なら暗部の当主が表に出るなんてしちゃいけないんだけどね」
「……なるほどな」
古くからの名家や企業の頭が男性というだけで理不尽な取り潰しを受けていた時代を凌ぐために楯無が当主として顔出ししたのだとすれば、他の年配が代理をしていないのも納得もいく。暗部の『更識』として考えると頭を露出した状態なので好ましくないが、表向きの名家としてなら取り潰されずに済む。何しろ相手は代表候補生、ISの権威を傘に着ている者からすれば、まさにお上そのものである。当時腐っていた委員会と言えど容易に手出しは出来なかったに違いない。
しかし、疑問が一つ。
「なぁ、今思った事があるんだけど」
「ん? 何かしら?」
「当主は楯無で、顔出ししちゃいけないなら、なんで簪にだけ代表候補生をさせず自分もなったんだ?」
「……え?」
素朴な疑問に、楯無は凍った。
どうしたんだろうと疑問に思うも、取り敢えず言い切る事にする。
「多分当主としては楯無の方が推されてたんだろうけど、何も代表候補生が当主になる必要は無いよな。極論だけど候補生が居る家というだけで取り潰すのは難しくなる。だから簪が代表候補生として顔出しして、表向きの更識を護り、楯無が裏の『更識』の当主になっておけば良かったんじゃないかなって。普通に当主として名乗ったとしても、代表候補生と兼任してる時に較べれば、今のご時勢だ、注目は簪に集まって忘れられるだろう」
脳裏に浮かぶのはALOにいるサラマンダーの領主と将軍。領主モーティマーと将軍ユージーンはリアルでも兄弟らしく、知の兄、武の弟として君臨していた。それと同じように、
まぁ、当主イコール優れた者というイメージで、本人も代表候補生になっていてもおかしくないと思う――実際英国候補生にそんな人物が居た――が、更識には暗部としての役目がある。当主本人が目立つ事はしない方が政府としても良かったのではないだろうか。
楯無本人も、簪には裏に関わって欲しくないからあんなドギツイ発言をしたのだ。簪は裏の存在を知ってはいるが、ほぼ関わっていない状態な訳で、つまり楯無が代表候補生になっていなくても実質的な変化はないに等しかったのではないか。
――そう言うと、楯無は俯いた。
「まぁ、俺は更識の事情と過去を殆ど知らないから、楯無と簪の関係性だけの話になるけ――」
「――――どうして思いつかなかったんだろう」
「――ど……ぉ? ん?」
「そうよ、そうだわ。冷静に考えればそうじゃない。私が当主になるのは内部の推薦状況的に確定だったけど、何も候補生にまでなる必要は無かった。むしろ暗部として考えれば悪手よ。候補生として表の顔の印象が強すぎるから裏での活動に支障が出てたのよ。だから就任の挨拶回りの時に役人達から物凄く変な顔されて、かんちゃんの事に触れられたのね」
何で気付かなかったんだろう、とどこか茫洋とした顔で言う楯無。
ぶっちゃけ怖い。
「つまり、
「ええ、まったく。そんな話、微塵も出なかった」
「……そうか」
ずーん、と漫画ならそういうオノマトペが出て、頭に縦の傍線を書き加えられるだろう沈み様は、本当に思い付かなかったのだなと察するに余りある様相だ。陰気な空気が生産されているようである。
まぁ、それも仕方ないだろう、と俺は思った。
現在高校一年生の楯無は今年十六歳。三年前に就任したと聞いたから、当時
――最悪、更識も信用できないかもな。
考えられるとすれば、四つ。
一つ目は『更識』を疎ましく思う人間の内部工作。つまりは外敵によるスパイの侵入だ。先代が存命中では難しかっただろうが、今はトップが未成年の少女、観察眼を鍛えている間に入って来てもおかしくはない。『更識』に庇護されている裏を知らない人間が、実は……なんて事もあり得なくはない。SAOでもグリーンカーソルの
二つ目は楯無を推していた一派による情報操作。この場合は、簪を排斥しようとした人間と言ってもいいか。劣っている人間を不要と断じて追い詰める者はごまんと居る。その人間が更識内部に居て、楯無を推していたなら、簪に役目を与えないよう追い込む事も考えられる。
三つ目は簪の勢力による情報操作、二つ目とは逆のパターン。簪の身の安全だけを考え敢えて排斥する方向になったなら、二つ目の楯無勢力と迎合していたかもしれない。確かに身の安全はあるだろうが、『裏』を知らないと備えられないし、何より本人が役に立てていない事を悔しく思っている。本人の意思は無碍にされていると言えよう。
四つ目は野心溢れる内部犯の可能性。楯無にだけ重責を与え潰れた所に簪を据えて傀儡にし、実質的なトップに別の人間が座ろうと画策した人間がいるのかもしれない。現状を憂い、先代から当代の当主を較べ、自分の方がもっと上手く動かせると暗部として考える人間は少なくない筈だ。そこで行動出来る人間が率いる複数犯の可能性は捨て切れない。
「……まぁ、話を戻すけど、暫くは保留にさせてくれ。暗部となれば危険が伴う。そもそも今の俺は桐ヶ谷だ、義母さんと義父さんにも話を通しておかないと仕事で困る」
それは冗談の話では無い。自分が男性操縦者と判明すれば、間違いなく義理の家族に詰め寄るし、それを快く思わない連中によって義姉のように就職不可になってしまうかもしれない。その時にどうするか、今後どんなリスクがあるかを知って選んで欲しいと思う。
ほぼ選択肢は無いに等しいが、だからと言って勝手に決めて良い問題でないのは確かだ。
「そっか……そうね、ご家族も知っておくべきだから、ここで聞くべきでは無かったわ。でも憶えてて、和人君の先行きを心配しているのは本心だからね。それだけは忘れないで」
「ん、ありがとう。『裏』で動く事も伝えておくよ」
「ええ」
俺が更識に預けられる過程で、義理の家族は全員『更識』の実態をある程度は知っている。今更『裏』の事を伝えても動揺はしないだろう。実働部隊として危険な目に遭うと言ったら反対するかもだが、それを説き伏せるのは自分の役目だ。
――暫く様子見と観察、ついで
並行して、やるべき事も心のメモ帳に記しておく。
虎穴に入らざれば虎子を得ず。
二、三番目は完全に更識の問題だから知った事では無いが、一番と四番目は安全性に不安が生まれる。内部犯やスパイを炙り出すならこちらから行動しなければ始まらない。家族を護る人間が敵でした、なんて笑い話では済まされない。安全を得るならこちらも待っているだけではダメなのだ。
出来れば杞憂であってほしい。
そう願いながら、夜は更けていった。
はい、如何だったでしょうか。
では今話の纏めです。
Q1:原作、本作ともにIS学園は日本の血税で設立され、また維持されています。ではそのために生じる将来的な国際問題は何が考えられるか。安全保障の点に言及して答えなさい。
A:学園の維持費に日本だけ参加しているため、万全な安全保障は日本国籍の人間にのみ発生し得る。多国籍の人間は、今後自国の国防を担う生徒を含めて国からの信任を受けていない(維持に金を払わない=どうでもいい生徒ばかり入学させている)と
Q2:唯一の男性操縦者として原作一夏は入学一週間で専用機《白式》を貸与されます。この貸与によって日本政府が得られるアドバンテージは何か、データ収集を含んで一つ挙げなさい。
A:《白式》ISの製造元【倉持技研】は日本所属の機関であり、そのデータは自国にのみ還元される権利がある。すなわちデータのやり取りが発生する企業、国家とのコネクションが形成される。
(事実原作一夏は【倉持技研】とのコネクションを築いている)
(本作和人は専用機開発に政府役人、企業トップ、自衛隊、IS委員会が絡んでいるため、貸与される事でこの全ての組織とのやり取りは不自然では無くなる)
Q3:原作では男性操縦者のバイタルデータは《白式》の製造元である【倉持技研】が収集し、それを政府に渡していたとされます(事実未確認) しかし男性操縦者は世界的に貴重な存在であり、他国がデータの提供を要求する事は明白です。では本作で和人が男性操縦者として公表された際、どのような返答を以て日本だけがデータを独占する可能性を見出す、あるいは第四回《モンド・グロッソ》までの三年という時間を稼げるか。その返答内容の例を、国際社会の問題を含み、人権に触れないで答えなさい。
A:IS学園の維持費を日本政府が払っていながら、他国は払っておらず、その状況で日本国籍・所属の人間のデータを提供するのはフェアな取引では無く、認められない状況にある。搾取だけの関係を対等とは言えず、また専用機の貸与元は日本であるため、機密事項を明かさない事はなんらおかしな事ではない。
以上、クエスチョンと今話の纏め(半分)終わり。
【無銘】を使っても良いけど、専用機貸与するから男女兼用ISの研究の為に『日本にだけ』バイタル提出してね、というのが総括。日本にだけ、というのがミソ。
原作でもあるように、IS学園の設立とその維持には日本の血税が使われています。設立は、白騎士事件を起こした束が日本国籍だからと、責任を取らされたとなれば分かります。
でもその後の維持と学生への保障を日本だけが行うのは国際的に不平等だと作者は考えています。というより、他国が納得しかねると思うんですよね。
学費というのは、何も『学籍を置く事』にだけ払われるものではありません。その中には保険や諸々の保障など、在籍中に不慮の事故があった際の保障が含まれているのです。
これを全て日本が払っていて、学費もゼロで『全員入学』というのは国際的に成り立ちません。
だって『自国の代表候補生含んだ生徒の安全の全権を日本に渡している』も同然なのです。ただの生徒だけならまだしも、現実的に考えて『今後自国の国防を担う生徒の安全と育成』を全て投げ出している訳です。
日本が全て面倒を見る? 如何に無法に近い学園とは言え、法を犯せば国籍がある以上領事裁判権に縛られますし、保険なども各国で組まれたものが適用されます。つまり『生徒は国に守られている』。なのに在籍中は『国籍そのままに無料で面倒を見る』というのは関係が成り立ちませんね。
学園は慈善事業団体ではありません。お金を払ってもらう、その分だけ安全と確かな成長を保証する。国家単位だろうとそれは変わりません。
極論、日本の生徒だけ優遇とかも出来る訳です。ましてや教師にはブリュンヒルデという鬼に金棒な人物がいる。幾らでも不正しようと思えば出来るでしょう。政府不干渉で教師だけするとかで
あるいは、ブリュンヒルデの強さに強い憧れを持っているせいで、横暴や不正をそうと認識していないかもしれません(アンチSSに多い)
――なので、その問題そのままに寄越すだけ寄越せとは罷り通らんなぁ、と日本は強気。
対外折衝も国交も基本は同じ。『毟れる時に毟り取れ』です。
話は変わって。
実は《亡国企業》の手先かもしれない人間の前でキリトの
逆説的にバラす=和人だけでなくバラした本人も死ぬという流れになります。
鷹崎元帥は凄いなぁ……(自画自賛)
そうでなくとも天災が脅してるのをスルーする胆力は、マトモに企業を運営してたら難しいと思います(全財産捨てて命も捨てるに等しい行い) その気になれば束は全員殺す(迫真)
ISの世界って、人の命が軽いですよね……(白目)
更識姉妹に関しては、語っている事が全て。
……ホント、なんで分担しなかったんだろうね、と思わずにはいられない。原作だとロシア代表、他国に行く時点で当主権限を譲ってもおかしくないんですが。
そんな個人的な疑問が噴出しました。
――やっぱ更識邸に預けられたら内部犯とかの『問題』が無いと面白くないよネ!
作者の趣味にこれからも長らくお付き合い下さい(平身低頭)
では、次話にてお会いしましょう。
――光と闇の衣を纏う和人は、復活時二刀無敵モードの彼が参考。
『ロクサスが光を纏っている間は怯みません。ロクサスに任せましょう』