インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話もオールリーファ視点。

 文字数は約一万三千。

 ではどうぞ。

 ――色々ありますけど、私はレコン、好きですよ。




第二十三章 ~神話クエスト~

 

 

 仲間が戦っていたボス部屋まで戻れば、予想通り二十に上る()()()()()()リメインライトが散見され、奥に見えるボス部屋の入り口には魔法障壁を展開するリズベットとシリカが警戒態勢にあった。彼女らの向こう側には、やはり杖を構えたままのアスナや短剣を構えたフィリアらの姿。

 ボス部屋に近付く反応が味方のものと分かっていても、レコンのように《索敵》をすり抜けるレベルのハイディングをしている可能性もある訳で、デスゲームを生き抜いた彼女らの警戒心はやはり特別高い。

 ……アスナのHPが微妙に減っている事が気になったが、今は気にしない事にした。大方後衛のヒーラー職なのに血が騒いで細剣を手に突貫をかましたとか、そんなところだろう。上位に位置するスキルは軒並み使えないが、それで彼女の剣捌きが鈍る筈もなく、如何にALOでの対人スペシャリスト揃いと言えど凌ぐのは難しい。前衛のタンク職や回復を担っていたであろう後衛職は軒並み壊滅させておいたから防御も補給もままならない。撤退する側に自分が居たのもあり、前門後門なんとやら、である。

 

「あ、リーファさん! よかった、無事だったんですね」

『キュァ!』

 

 こちらの姿を認めた途端、きりっと引き締められていたシリカの顔が綻び、同調するように傍らを滞空していたピナが啼く。

 

「リーファってば、前から思ってたけどやっぱとんでもないわね。普通あの集団の中に単騎で突っ込む?」

 

 やっぱキリトの姉って事なのかしらねぇ、とメイスを肩に担ぎながら苦笑を見せるレプラコーンの鍛冶師。自分にとっては褒め言葉なのでにこやかに笑っておく。

 

「それで、追撃はどうだったのよ?」

「情報は得ました。尋問したプレイヤー以外は即死させてます」

「……さらっと尋問って出て来るのが怖いわ」

 

 そう、やや引き気味に言われる。

 思えばリズベットは最前線御用達の鍛冶師として前線拠点に居ただけで、攻略には一切出ていなかったし、オレンジに捕まる事態はあったがそれ以降は至って平穏に過ごしていた。彼女にとって法や倫理スレスレのグレーな行為は『怖い』と思う対象なのだろう。

 

「まあいいわ。で、なにが分かったの?」

 

 ボス部屋の中に迎えられた後、囲うようにしてそうリズベットが問うてくる。

 

「端的に言えば、あたしが原因でした」

「……はぁ?」

 

 経緯を端折って結論から言うと、何言ってんだコイツ、という顔をレコン以外から向けられる。

 レコンはシルフ領に居たし、なんだかんだシグルドのパーティーの一人として活動していたから、否が応でも政治相手や軍部の者とは顔を合わせる。先の戦いでその一部が入っていたのを見て察していたらしい。

 加えて、ユウキ以外には自分がかつてシルフの初代領主である事を語っておらず、必然的にシグルドとの関係性も分かる訳が無い。彼女らもログインしてほぼすぐ中立域まで進出したせいで各種族の軍部との関係性は絶無。そんな状態で先の集団を見ても顔から判別出来る筈が無い。

 今回の襲撃はシグルドの誘いを断ったあたしが引き金になったと見て間違いない。

 経緯を説明する上で領主だった事実もシグルドとの因縁をパーティー参加の時の事にすれば隠蔽は可能だったが、あたしはそうせず、ありのまま伝えた。

 下手に隠して信頼関係に罅を入れたくない事が一つ。

 今回の引き金が自分だったから説明義務がある事が一つ。

 スヴァルト攻略が佳境に差し掛かるにつれて、先の集団はこれまで以上に強く、また規模も膨れ上がるだろうという予測が一つ。

 そして、これの打開案を口にする前提条件として必要だったからだ。

 

「うーん……リーファちゃん、私達に手伝える事ってある?」

「実は一つ。今後その集団が襲って来た時のために、記録結晶を用意していて欲しいんです」

 

 理由は単純明快。シグルド配下の軍部のプレイヤーが他種族と連携を取っている光景を証拠として残す為。

 あのシグルドはシルフの軍部という重要なポストに位置するプレイヤーであり、その立場と地位はシルフに帰依し、且つ多大な貢献をしているからこそ確立されたもの。それは逆説的に『シルフ以外のプレイヤーとは敵対関係』という位置を保っている事に他ならない。これを信用されているのは、偏にシルフ以外への徹底的な敵意をむき出しにしているからだ。

 サクヤとアリシャ・ルーのように他種族ながら仲のいい関係も存在するが、そもそも二人はあたしが領主の地位に就く前の『平穏な一月』の頃から交流を続けている例外だ。加えて領主となって以降は互いに種族の事を優先し、私人としての顔はひた隠しにしている。

 種族に帰依し、且つそれなりのポストにあるなら、種族に貢献する言動を最も心掛けるべきだ。しかしシグルドの行動はそれから外れている。待ったなしのギルティ判決である。

 ちなみにあたしが用意しないのはその集団と敵対している者として映る必要があるから。なにせ他種族軍部の協力は暫定キリト戦で起きた事だ、それで言い逃れされては困る。

 あのようなイレギュラー以外で一般プレイヤーと敵対する場合、他種族の軍部混同という事態は起き得ない。種族で攻略を進めるなら他種族の軍部は真っ先に潰すべき競争相手。中立域へ飛び出たプレイヤーを《脱領者(レネゲイド)》と蔑む者も居るが、大半の領主――少なくともサクヤ、アリシャ・ルーら――は気にしていない。遊び方は千差万別。種族に帰依するプレイもあれば、自由に中立域や各地のダンジョンに挑むプレイも許容範囲。率先して被害を出すならともかく、たまたま遭遇して、たまたま攻略地点も同じだっただけで大軍を率いる事態にはなり得ない。そのような事をすれば種族の評判は地に堕ちる。だからサクヤを始め多くの領主は中立域プレイヤーへの過度な攻撃は全面的に禁じている。

 そもそもあんなレイドを集める事自体が異常であり、予め報告、予定として周知徹底されていて然るべき事だ。

 職権乱用。中立域プレイヤーへの過度な攻撃。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。シルフの軍部を私物化していると見られても文句は言えない。

 

 ――つまり、あたし達に対し、他種族を含んだ軍部の集団をぶつけた事実は、シグルドの政治人生に於いて致命的な汚点になる。

 

「容赦ないわね」

 

 それを説明すれば、シノンが苦笑気味に言った。彼女の表情に避難や呆れの色はない。むしろ、もっとヒドい事を考えてるんじゃないの、という無言の期待が目に込められているようにも思う。

 ふとした時に思うのだが、彼女って弱っている相手を更に追い詰める事に関してノリノリな事が多くないだろうか。容赦ないのはどっちなのか、と言いたくなるが、喉元まで出かかったそれを堪え、なんとか飲み下す。いちいち反応していては話が先に進まない。

 

「ともあれ、証拠映像さえあれば、あとはあたしが領主館に持って行けば済む話です」

 

 シグルドへの最大の嫌がらせとして他の種族との合議まで持っていきたいところだが、そうなると問題を起こしたシルフが他種族に大きな借りを作る事になるので、サクヤも良い顔をしない筈だ。内輪揉めのドサクサに紛れて揉み消すだろう。

 しかしシグルドの排斥は免れない。

 内外の情勢を考え、内輪揉めの形で対処する事が最善だった。

 

「はいはーい! リーファちゃん、僕さっきの集団の映像を撮ってるよ!」

「――何ですって?」

 

 元気よく挙手しながらの発言に、眉根を寄せる。

 小柄なシルフの少年は挙手していない手の方に一つの物体を握っていた。四角錐の底面同士を重ねた八角錐型のそれは、SAOでも幾度か見た覚えのある記録結晶そのもの。映像データでしか見た事は無かったそれは魔法道具として位置しているアイテムであり存外値が張る高級品。

 インテリアやレア物に目が無いコレクターは比較的所持しているだろうが、日々ダンジョンアタックや他の趣味にユルドを費やすプレイヤーからすれば、実用性の無い記録結晶など無用の長物。それをストレージに入れるくらいなら回復アイテムの一つや二つ足した方がマシなレベル。攻略班や解析班などはブログ更新用に複数持ち歩いていると聞くが、レコンがそのような趣味をしていたとは聞いていない。

 

「あんた、何でそんなの持ってるのよ」

「そりゃあ……何時チャンスが訪れるか分からないし、念のため?」

「……あんたってヤツは……」

 

 いったい何のチャンスを狙っていたのか。

 思わず頭を抱える。

 具体的に言わなかったから、それが盗撮の為のものなのか、あるいはこの攻略メンバーに加わった事で念願の『初回クリア記念』としてネットに上げるためのものなのか、判断しかねる。

 タチが悪いのはレコンならあたしの盗撮なんてしかねない一面を持っている点だ。サプライズの為とか言ってうら若い女子の宿に黙って侵入し、事あるごとにハグ紛いに突進してくる彼の事、一度火が入れば盗撮なんて容易く行ってしまうだろう。

 間違いなく()()()は一度痛い目を見ないと言動を改めない。

 仮想世界にも法律が欲しい。切実に。

 でも本当に法律が介入して来たらそれはそれでメンドくさい事になるのだが。

 

「……もういいわ。それで、どこからどこまで撮ってるの?」

「んと、リーファちゃんが突撃したとこから、此処に帰って来るまでだよ。あ、ちゃんと尋問のシーンも撮ってるから安心してね!」

 

 付け加えられた内容に眩暈がした。《索敵》の熟練度こそ低いが、足音を聞き逃すようなヘマをした覚えはないし、術師のもの以外は人の気配も感じなかった。なのにあの尋問をどうやって撮影したのか。

 

「……どうやって撮ったのよ」

「トカゲ型サーチャーでハイディングさせながら」

「……」

 

 どうしてレコンはそうしたのか。交渉で役立つと分かっていたにしても、尋問するかどうかすら伝えていなかったのにその行動を取ったかを考え、ぞわわ、と背筋をいやなものが伝った。

 用意周到と言うべきなのに、普段の言動のせいでまったく称賛出来ない。

 ――こいつホント一遍捕まればいい。

 

「……苦労してるね、リーファ。ホントに」

 

 同情しかないフィリアの視線と言葉に、あたしは涙を零しそうになった。

 

 *

 

「あ~……あっつい~……」

 

 ジリジリと、灼ける熱さの中でリズベットがそう零した。

 攻略に関係してそうな土鍋を回収しダンジョンから脱出したあたし達を出迎えたのは、熱砂の砂漠とギラギラと照り付ける太陽。リアルでは未だ春の時期に真夏も斯くやとばかりの灼熱感を味わう。リアルの砂漠を模しているからか風もそれなりに吹き砂埃が舞い上がる。視界が遮られる事は無いが、ただでさえ不快感で気力を削がれる中でより集中を要する状態に陥るのは流石に辟易させられる。

 洞窟内部の涼しさが恋しいと思う程に【砂丘峡谷ヴェルグンデ】は諸々厳しい環境のエリアだった。対炎、地属性持ちのサラマンダーとノームであれば多少軽減されるというが、クラインとエギルの様子を思い出した限り、正直それも疑わしい。

 

「ねぇ、一回戻りましょうよ~。闇雲に探し回ったって見つかりっこないわよ~」

『ならん。漸くあの老婆を追い詰めたというのに、ここで引き下がっては絶好の機会を逃してしまうのだ。何としても今日この時に追い詰めなければならない。気を引き締めろ、下界の妖精よ』

「んな事言ったって、手掛かりも無いんじゃどうしようもないじゃない。これじゃ先にこっちが干上がっちゃうわよ」

『ええい、ごちゃごちゃと。文句を言う元気があるなら探す方に力を入れろ』

 

 そう、リズベットと言い合っているのは、男性NPCだ。一目見ただけで高レア装備と分かる武具に身を包む男性NPCの頭上には《Asgald Soldier》と表示されている。直訳して《アスガルド兵》。

 『アスガルド』とは北欧神話に於ける九つの世界の内の一つ。

 

 北欧神話に於いて、世界は三つの層にそれぞれ三つずつ別れて存在している。

 

 全ての世界に根を張る中心地、世界樹ユグドラシル。ここにはアースガルズへ向かう根の直下に存在するウルズの泉、ヨツンヘイムに向かう根の直下に存在する智慧の巨人ミーミルの泉、邪竜ニーズヘッグが住んでいるとされる泉フヴェルゲルミルの三つが存在する。

 第一層。

 アース神族の国アスガルド。

 妖精の国アルヴヘイム。

 ヴァン神族の国ヴァナヘイム。

 第二層。

 黒い妖精の国スヴァルト・アルヴヘイム。

 人間の国ミッドガルド。

 巨人の国ヨツンヘイム。

 第三層。

 氷の国ニヴルヘイム。

 死者の国ヘルヘイム。

 炎の国ムスペルヘイム。

 以上九つからなる世界が北欧神話の世界であり、ALOの本土アルヴヘイムはその一つに過ぎない。実は地下にニヴルヘイムが存在しているのは確認済みで、このスヴァルトエリアの実装は、第一層と第三層の合い中を飛ばしていた為に急遽実装されたものであり、つまり最終的に残る六つの世界も実装される予定なのではと、まことしやかに噂されているほど。

 あながち無いとは言えなかったその推察は、このNPCの登場で確実なものへと置き換わった。

 イベント時限定か、あるいは何れニヴルヘイムのようにフィールドとして実装されるかは不明だが、まず間違いなくアスガルドは設定上存在しており、今後スヴァルトに於いて神々の台頭は激しいものとなる。

 

 そう確信させたのは、アスガルド兵が語った内容にある。

 

 この兵士が言った『老婆』は名をセックと言った。この老婆は、光の神バルドルが殺害され、『バルドルの為に全生物が涙を流す事』を頼む使者に対し、涙を流す事を拒否したとされる巨人の女性である。

 ちなみに北欧神話に於けるセックは、悪神ロキの変身した姿とされている。ロキと聞けば、神をも殺す魔狼フェンリル、ミズガルドオウムという巨大な三つ首の蛇の親であり、ラグナロクを引き起こした悪神として想い起されるだろうネームバリューのある存在だろう。

 実はバルドルが死亡した原因はロキにある。

 バルドルは北欧の神々の中で最も懸命、かつ美しく光り輝く美貌と白いまつげを持ち、雄弁で優しいとされる男神。神々の中で最も美しいとされた彼は、ある時から悪夢に苛まれるようになり、それを案じたフリッグと呼ばれる神により世界中の生物・無機物達にバルドルを傷付けないよう約束させ、如何なる方法を以ても傷付ける事が敵わなくなる。

 ただしこの契約の際、ヤドリギの新芽だけはあまりに非力だったため、契約を見逃されていた。これを知ったロキは、バルドルに物を投げて傷付かない事で娯楽にしていた神々の輪の中に、ヤドリギの新芽を付けた矢をバルドルの異母弟である盲目のヘズに投げさせ、兄弟殺しを行わせた。

 ――つまりセックが涙を流さなかったのは、変身したロキがバルドルを殺した黒幕だったから。

 そして今、アスガルド兵はスヴァルトを逃げ回る老婆セックを誘導し、千載一遇のチャンスを目の前にしている。そこに偶然通りがかったところ、半ば無理矢理同行させられているという訳だ。

 最初は渋ったのだが、なにせ相手は神でないにせよ神に仕える兵士。力で訴えられてはどうしようもなかった。というかどう足掻いてもダメージが通らなかったので負けイベント確定である。

 おそらく土鍋を手に入れたパーティーに無理矢理導入されるイベントなんだろう、とあたしは考えていた。『神々が住まう伝説の浮遊大陸』がこのALO版スヴァルトのキャッチコピー。明らかに神々が関わる臭いがする中で確定負けイベントによる進行が起きたなら、それはスヴァルト攻略に必須という事になる。

 ただかなりアスガルド兵の態度が傲慢なのでリズベットを含め、全員が苛立ちを露わにしているのは仕方ない事だろう。頼まれたならともかく、上から命令され、服従させられたも同然の態度を取って来てはいい気はしない。

 ――一刻も早くサクヤの下へ向かいたいのに……

 内心でそう愚痴を漏らす。

 なにしろシグルドに時間を与えればそれだけ余裕を与えてしまう事になる。すぐにでもふんぞりかえったいけ好かない男へ映像記録を叩き付け、言い逃れできないようにして、軍部の椅子から引きずり降ろしてやりたいのに、非常に感じの悪いイベントに強制連行されているのだから愚痴の一つや二つ出るというもの。以前再会した折にフレンド登録をし直さなかった事が心底悔やまれる。

 しかも面倒なのは、飛べないアスガルド兵と速度を合わせながら、広大な砂漠のどこかに潜んでいるという老婆セックを見つけ出さなければならない事だ。世界の崩壊ラグナロクの折には大地なんて無くなる筈なのに、空や地下との行き来をする兵が何故飛べないのか、そう問えば、飛ぶには魔法を使うせいでセックに感知されるからだとか。妖精に一切関係無い話には流石に失笑させられた。どこまでも自分達本位なのは如何にも神話の神側らしい価値観だ。

 

「フィリアさん、《索敵》でも見つからないですか……?」

「うん、反応は敵Mobだけだね……」

『キュァ……』

 

 覚悟していたならともかく、予期せぬ形での強制的な砂漠横断に精神的疲労とストレスは計り知れず。シリカとフィリアのやり取りも陰りがある。同い年の彼女の傍らを飛ぶピナも元気がない。

 士気がだだ下がりの中、時折アスガルド兵から怒鳴られるも懸命に足を動かし続けること三十分。

 恐ろしく巨大な竜の頭骨や胸郭が砂に沈みかけている岩山の麓で、血を流して倒れているアスガルド兵――グラフィック使い回し――が倒れているのを発見する。

 

『お、おい、大丈夫か!』

 

 それを視認した途端、慌てた様子で駆け寄るアスガルド兵だったが、倒れている兵を揺さぶっても応答が無い点から事切れていると察したらしく、かぶりを振って立ち上がった。

 ちなみに『セック』イコール『ロキ』なせいでバルドルが死者の国ヘルヘイムに留まる事が確定しているため、北欧世界から光が喪われてラグナロクが起きる事も確定しており、ロキを捕えたところで事態が好転する事は何一つなかったりする。何しろラグナロクが起きれば、全ての封印や束縛が意味を為さなくなり、つまり捕えたロキも同時に解放される事を意味するからだ。

 その前に風の冬、剣の冬、狼の冬からなるフィンブルヴェトが訪れ、人々を三度苦しめる。それから太陽と月がそれぞれフェンリルの子スコルとハティに落とされ、それからラグナロクが始まる。

 つまりバルドルが死んだ時点でラグナロクは秒読み段階にあるのである。

 北欧神話の『エッダ』を読み込んでいる身からすれば色々と冷めた眼で見てしまうが、仲間には教えていない。だから彼女らはセックやロキ、バルドルの死の意味について把握し切れていない筈だが、ゲームプレイとしてはそれくらいが丁度いいだろうと判断している。先を知って楽をしたら、相応の楽しみも喪ってしまう。SAOと違ってここでは楽しむ為に攻略しているのだ。

 そこに義弟が問題をチラ付かせている事は問題だが、彼の言動から察するにセブンと《三刃騎士団》関連の筈だから攻略を進めるのであれば現状問題無いと判断している。

 

『おのれセックめ……必ずや、貴様を捕えてくれる! 妖精達よ、我が同胞を殺めたセックは、間違いなくこの近辺に居る筈だ。急ぎ探し出すぞ!』

 

 立ち上がり、抱負を口にしたアスガルド兵は、険しい面持ちのまま足早に歩き出した。

 どうやらシステム側が勝手に道案内してくれるようだと、先の見えない放浪に嫌気がしていたあたし達は一様にほっと息を吐く。

 その安堵が途切れる事なく、事切れた兵をそのままに歩き出して数分と経たず、あたし達は老婆セックと相対していた。蜃気楼のように身を隠していた老婆を見つけ出したのはアスガルド兵で、『この辺が怪しい』といきなり魔法を撃ち始め、老婆に被弾したから透明化の魔法が解け、その身を晒すという流れだった。

 あまりにも杜撰な流れに『おいストーリー草案者』と突っ込みたくなる衝動を覚える。

 折角RPGなのだから、もうちょっと、こう、手掛かりを探して見つけ出すとか、そういったプレイヤーの自主性に委ねた展開に出来なかったのかと文句を言いたくなった。

 ――万人が認める導入なんてある訳無いし序章なんてサクッと終わらせた方がいいでしょ? と脳裏でウサ耳エプロンドレスの天災博士がウィンク混じりに宣う幻覚を覚えた。

 そんな仮想世界のストーリーを蔑ろにするに等しい暴挙を整合性とフェアネスに重きを置く茅場晶彦が許すかとも思うが、SAOのクエストのストーリーや展開もそれなりに無茶な部分はあり、その殆どを何らかの神話や童話を基に【カーディナル・システム】が自動でアレンジしたものだというから、ひょっとすると殆どカーディナル・コピー任せにしていたのかもしれない。何しろ独創性もへったくれも無い神話のままの展開だ。元々スヴァルトの実装も《ユーミル》へ運営が変わってからの期間を考えれば無茶に近いくらいの短さ。五つもの広大なエリアと施設、ダンジョン、スヴァルト攻略の流れ、そのほかスヴァルト特有のシステムの整合性を取るにあたって、過程のクエストの手を抜くのはなんらおかしなことでは無い。というより、それくらいしないと過労死する人が出ていたに違いない。導入部分をAI任せにしないとは言い切れなかった。

 ――昔はもうちょっと純粋に楽しんでた気がするんだけどなぁ、と遠い眼になる。

 SAOに乱入という大問題をシステム面から理詰めで解釈していく流れを見たせいか、その思考は自分も受け継いでいるらしい。杜撰だと不平を口にしないだけマシだろうと自嘲気味に笑う。

 

「リーファちゃん……? どうかしたの?」

 

 敵を前に笑っていたからか、レコンに訝しがられた。何でもないと軽く返して意識から外す。

 眼前に広がる老婆セックとアスガルド兵の緊迫感は最高潮に達そうとしていた。

 

『おのれ、セック! バルドル様蘇生の願いも拒絶し、剰え我らが同胞をも殺めた罪、決して許されんぞ!』

『ふぇふぇふぇふぇ、おまえたちに許される謂われも筋合いもないよ。おまえの同胞とやらも、『涙を流さないなら殺して除外するだけ』と言い、突然襲い掛かって来たのを返り討ちにしただけさ。こうして逃げ惑っているのもおまえたちが強硬手段に出たからだろう? そもそも、わたしを憎むなら……まず、妖精達に頼らなければならない、おまえたち自身の非力さを憎むべきだと思うがね?』

『ぐっ、貴様……!』

 

 ――実際、アスガルド兵の能力自体は然して高くない。

 イベントによる不死属性付与のせいで太刀打ち出来なかっただけであり、剣の技量を含め能力全般は決して高くなく、敵対したなら一対一且つ魔法・アイテムともに無しのルールでも余裕で下せる程度。一対七ともなれば尚の事。

 それを分かっているのだろうセックは、目深に被った黒いケープから覗く口を愉悦に歪め、アスガルド兵の後ろに控えるあたし達七人をじろりと値踏みしてきた。

 言動は侮っているようだが、その実かなりの警戒心を見せている。立ち姿も老婆のそれに近くしているが体幹と腰は深く据えられており、ほんの少し跳躍して距離を稼げる程度には膝も曲げられている。見た目こそ年老いた老婆だが実態は若々しい悪神ロキだ。見た目相応の身体能力と見るのは流石に危険である。

 

『どうだい、妖精達。このアスガルド兵……ひいてはオーディンの下から手を引いて、あたしの側に付かないかい。世界の姿ってやつを見せてやるよ』

 

 ふと、何か琴線に触れるようなものでもあったのか、セックはいきなり勧誘してきた。

 まさかNPCから勧誘話が出るとは思わず困惑するあたし達をよそに、アスガルド兵も狼狽える様子を見せた。

 

『な、き、貴様、何を世迷言を?!』

『世迷言なもんか。どのみち光の神バルドルが死んだ以上、ラグナロクが訪れる事は確定事項さ。最後の時くらい好き勝手に生きてみるのも悪くないと思うがねぇ』

『貴様が今すぐに涙を流せば光の神バルドル様は死者の国ヘルヘイムから復活され、再び光の恩恵をお与え下さる! ラグナロクの訪れなど無くなるのだ! 貴様の口車に乗るほど妖精達は愚かでは無い!』

『それを決めるのはそこの妖精達さ……さぁ、どうする。私に付いても、アスガルドに付いても、神々に目を付けられたお前達はラグナロクに駆り出される定め。戦う運命は避けられない。なら私に付いて、好きに暴れて、最後を華やかにしてみたいと思わないかい。世界が滅ぶその瞬間まで、気に入ったモノを奪い取り、美味いものを食い、美味い酒に酔う、そんな贅沢な生活をしてみたくないかい。きっと愉しいよ……?』

 

 どろりとした悪意の勧誘。

 意識を侵食するようなその言葉は、本当にユイ達よりも低性能な劣化AIないしカーディナル・コピーが動かしているものなのかと思う程、情緒に溢れていた。生きた人間が喋っていると思う程に滑らかな悪意。理性の箍を容易に外せる魔力が、言の葉に宿っている。

 まるで生きている人間のように、老婆の言葉には確かな『心』を感じ取った。

 ――それに引き換え、とアスガルド兵を見る

 

『おい、妖精達、分かっているのだろうな! セックに味方するようであればアスガルドにおわす神々も黙ってはいないぞ! お前達もまだ死にたくないだろう!』

 

 焦ったように思い留まるよう言葉を募る兵士には、老婆に較べて情緒に乏しく、どこか機械的だ。テンプレ化された横暴な人間というガワを使っているような、そんな使い回しのNPCの印象。台詞こそ真に迫っているが、哀しいかな、切迫感が足りない。

 感嘆符を始め、語調を強くすれば切迫感や悲壮感が出るものではない。むしろ静かに、諭すように舌を回し、『警戒されない』自然な語調で語られるものこそ、真に迫った言葉と言える。

 それを言動で補おうとしているのか、兵士がこちらを向いた。

 

 ――セックに、背を見せた。

 

『ばぁぁぁぁああかっ!』

 

 瞬間、空気が振動。ノーモーションで放たれた不可視の刃が兵士の背を切り裂き、深手を負わせた。

 そう認識したのも、アスガルド兵が前のめりに砂の上に倒れたから。

 老婆は邪悪さを増大させた笑みに口元を歪めていた。にぃぃぃ、と漫画ならオノマトペが付きそうな程に邪悪な、三日月の笑み。

 

『ひっひっひ! 敵に背を見せるなんて『殺して下さい』と言ってるようなもんさ、敵を見縊り過ぎなのがおまえさんの敗因さね! バカ丸出しだよおまえは!』

『ぐ……お、のれ……セック……!』

『さぁ、これでおまえたちの邪魔をするヤツは動けなくなった。もし私に付くというなら、そいつを殺す事だね』

 

 そう、まるで江戸時代にあった踏み絵のような台詞に、地に伏す兵士が不安と焦燥の表情になる。

 

 ――なるほど、つまりここがクエストの分岐路なのか。

 

 かつてSAOでは、第三層から第九層という六階層に跨る大型キャンペーンクエストがあったという。そのクエストはフォレストエルフとダークエルフ間による『秘鍵』を巡った戦争が主題。プレイヤーは片方の種族に肩入れし、敵対種族と鎬を削る事になったという。

 今回はそれと同じで、ここでアスガルド側に付くか、セック――――つまり、ラグナロクを引き起こす張本神ロキ側に付くかを決め、以降のクエストを進める訳だ。ここで勢力を明らかにする事でスヴァルト攻略に於ける立場が変わる。

 どうする、と仲間と視線を交える。

 オーディンを初めとするアスガルドの神々に付いたなら、敵はロキと魔狼フェンリル、三つ首の蛇ミズガルドオウムなど、質は高いが寡兵となる。ひょっとすると炎の巨人スルトやら霜の巨人スィアチやらが乱入するかもしれず、そうなると寡兵とは言えなくなるが、それはオーディンと敵対した場合とて同じ事。

 神話に於いて、オーディンは『ブリュンヒルデ』という存在をはじめ多くの戦乙女ワルキューレを作り出し、戦いの中で死した勇士の魂をエインヘリヤルとして召し抱え、主神によってグラズヘイムに作られたヴァルハラにて日々ラグナロクに備えた演習を繰り返しているという。日中死んだ者も夜には復活。朝と昼は死も含んだ訓練の日々、夜は毎日繰り返される大宴会という、死後の楽園と称されるのがヴァルハラだ。

 つまりオーディンと敵対した場合、オーディンに付いている神々――トール、ブラギ、ヴィーザル、ヴァーリなど――だけでなく、集められたエインヘリヤル達をも纏めて相手どらなくてはならないという、ごった煮も斯くやという様相を呈する。アスガルド兵のパラメータは高くないが、低くも無い。これを上回るレベルの存在が数十数百と襲い来ると流石に勝ち目は薄い。

 勝ち目の薄さはロキと敵対した場合も同じだが、こちらはスルト辺りが乱入してこないなら、勝算もある。

 

 ――と、考えたプレイヤーは他にも居ると見越したあたし達は、アスガルド兵を庇うように動いた。

 

 背後で呻く兵士。その兵士を癒すべくスペルを詠唱するアスナの声。

 あたし達はセックの誘惑を拒絶していた。代表するように、先頭に立つあたしは何時でも斬り掛かれるよう青眼に長刀を構えている。

 

「悪いけど、神々と事を構えるつもりはこっちにも無いの。道連れには他の荒くれ者を選ぶ事ね」

 

 恐らく複数ある条件の内の一つを満たせばこのイベントは他のパーティーでも発生し、同じように勢力選択を迫られる。

 その際、やはり考えるのは戦力差。つまりクエスト達成可能な現実性。こうして選択出来る場合、人間はより確実な方を取る。今回はそれがアスガルド側に付くだけだった。

 恐らくだが、セック側に付けばラグナロクでの総力戦が起きるまでに戦闘を幾度か挟む。その時に敗れれば、捕虜か奴隷かでアスガルド側に捕まり、従う事になる。その場合一連のクエストが終わっても達成報酬は少ないか、最悪無いだろう。オーディンが勝ってもロキが勝っても、最後までどちらかに付いていたプレイヤーよりは確実に少ない筈だ。

 ドラマを求めるなら悪役であるセックに付いて行くのもアリだが、何やら幾つもの思惑が絡み合っているらしいスヴァルト攻略は、興味を抜きにしても推し進めるべき事項になっている。失敗を許容できるほどあたし達も余裕は無かった。

 セックが生理的に嫌いとか、セックが宣った内容を魅力に思わなかったとか、単純な理由もあるだろうけど。

 

『……へぇ。私と敵対する気かい。まぁ、それならいいさ』

 

 拒絶されたセックは、それもまた良しと邪悪な笑みを深め、頷いた。

 

『それじゃあ多勢に無勢だし、私は逃げるとしようかねぇ』

「逃がすとでも?」

『ひひっ』

 

 じり、と距離を詰め始める。威嚇と牽制を兼ねたそれに、しかしセックは動じない。そうプログラムされているからか、あるいはまだあたしが敵うレベルではないからか。

 

『随分と威勢がいいようだけど、老いぼれとは言え私だって巨人族の端くれ。あんまり見縊るんじゃないよぉ、小娘ぇぇぇえええっ!』

 

 ヒキガエルのような語調と共にセックが手を振った。すると、セックを庇う位置に一つ、そのほかバラバラな位置に複数の禍々しい魔法陣が浮かび上がり、光る。

 光が収まった後には、一時間近く前に散々レコンを追い回したゴーレムが召喚されていた。

 その数、ざっと十。

 さっとレコンの顔色が悪くなり、仲間の面持ちも緊迫のそれに変わった。アスガルド兵は驚きで息を呑む。

 

『ひひっ、こいつらの相手でもしてるんだね! そこらの雑魚のゴーレムとは二味は違うよ!』

 

 精々足掻きな! とせせら笑って、セックは飛翔の魔法で急速に離れていく。

 

『くっ、セックめ、追撃防止用に結界まで……!』

 

 こちらも飛ぼうとするが、セックと入れ替わるように周囲数十メートルを区切る半透明の障壁が展開された。システム的に破壊不能な壁はセックが起こした設定らしい。

 要するにここではどう足掻いてもセックは倒せなかった訳だ。

 導入という予想の通り、今回のイベントは勢力関係と主要人物の顔合わせという展開だったらしい。

 そう確認しながら、アスガルド兵を庇いつつ十体の強化ゴーレムと交戦を開始した。

 戦闘後、アスガルド兵から『今回は助かった』と幾許かのユルドと素材を渡され、突発的なクエストは完了。後の展開は追って通達するとの事で名前のスペルを羊皮紙に書いた後、別れた。

 最後の杜撰な終わり方もヒドいと、仲間の間では暫く話題になったのは、また別の話だろう。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 まずレコンについて。

 私はレコン、好きですよ(二度目)

 ただ原作からして行動(宿屋忍び込みや学校前で朝から待ち伏せ)とか言葉(リーファの悪口言ったシグルドの毒殺を目論む)が過激で、割とこのへんしててもおかしくないというか、現実の法が届かない仮想世界だからこそはっちゃけてもおかしくないというか。

 リーファ限定で折角上がった評価を自ら落としてしまう辺りがレコンらしいかなって思うんです(非道)

 キリトやユイならファインプレーとして称賛される事も、レコンだと『行き過ぎというか変態的』と捉えられちゃうのは、普段の言動によるものですね……

 レコンって、年相応に煩悩塗れですよね。

 セクハラ紛い(疑)を受けてるリーファからすれば堪ったもんじゃないですが()

 次にシグルドについて。

 彼は原作でもシルフの運営側に深く食い込んでいるプレイヤーです。将軍の地位はオリジナルですが、これは本作リーファの変化、ひいては主人公の変化によるバタフライエフェクト。原作だと領主を狙うべく、自身を下した強者リーファをパーティーに加えて高難易度クエストに挑み、名声を手に入れようとしていた男。本作に較べると原作の方が割とフリーダムな地位っぽい。

 原作だと『装備のレア度』により長丁場の戦いとなるため、リーファも『しんどい』と称していたそうな。月一の大会で決勝戦にもつれこむ実力者らしいです。

 まぁ、ウチのリーファはISの登場、主人公の境遇で修羅ってるので、眼中にないのですが……

 むしろ邪魔でしかないため、前話で手紙で釘を刺したのも自分でスルーして初手で政治生命を絶とうとするほど。自分を嫌い、自分も嫌ってる相手だから、冷淡且つ淡白な対応です。容赦が無い。

 シノンさんがSなのは原作同様()

 そして後半の北欧神話。

 ウィキペディアに九つの世界構成を初めとした神話語りは頼っていますが、ALOに於けるストーリーは、《ロスト・ソング》のイベントに沿ったものです。

 今話はレインのキャライベントのものを流用しております。

 ちなみに《ロスト・ソング》でセック・ロキ関連のイベントが出るのは、レインとシノンの二人です。

 シノンの方はボリューミーで、今話の『勢力選択』と『ラグナロク戦』の二つが別々の時期に発生。レインはクリア後のセブンとのイベントがあるためかセック編で終了です。

 ――ラグナロクって、北欧神話的に一大決戦なのに、あんな小さなお話で扱っていいものではないと思うんです。

 そんな個人的感想を基に展開される北欧神話イベントに、お付き合い下されば幸いです。

 では、次話にてお会いしましょう。


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