インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今日は二本立て。そのせいで、本話は約五千文字。前話がまだの人はバックしよう(提案)
やはりオールリーファ視点。
ではどうぞ。
裁判の後。
空席となった将軍の地位について保留とし、関係各所に情報を伝え終えたサクヤは、三階応接間のソファにあたしと対面になるように座っていた。挟むようにしてあるテーブルにはシルフ領特産の茶葉で淹れられた紅茶と木の実のクッキーが茶請けとして置かれている。
一仕事終えた後のささやかな茶会を彼女が開いてくれたのだ。
「今回は助かった。危うく内ゲバで空中分解するところだったよ」
「それは良かったけど……ねぇ、サクヤが出した証拠写真って、誰が撮ったの?」
幾つか気になっている事があったが、まず聞いておきたいのがそれだった。サクヤ自身『証拠を集めてみよう』と言っていたから、引き込んだプレイヤー達の復讐映像は予想していたが、まさかシグルドが怒鳴り付けるシーンまで撮っているとは思わなかった。加えてあの数。
その疑問に、ああ、あれか、と彼女は思い出したような声を上げた。
「アレはレコン君に頼んだものさ。丁度記録結晶の調達に考えあぐねていたようだったからね、君が持って来てくれた映像を撮った人物と知ってからすぐコンタクトを取り、結晶を渡す代わりに協力を取り付けた。ちなみにリーファが持ってきた結晶も元を正せば私が出したユルドで購入されたものだよ」
どうやらレコンは秘密裏にサクヤから依頼されていたらしい。記録結晶を調達してくると言って毎回別れていた事には買い溜めしないのかと疑問に思っていたが、まあ高価だから難しいんだろうと納得していた。
まさか戦闘後、シグルドが怒鳴るシーンを撮る為に別行動をしていたとは、夢にも思わなかった。
「というか、彼から何か聞いていないのかい?」
「いやまったく。なんで買い溜めしないのかなぁとは思ってたけど、まさかそんな事をしてるなんて思わなかった」
「そうか……レコン君、結構張り切っていたぞ? リーファちゃんに頼りにされたからには応えなきゃーと言って、私の頼みの見返りとして記録結晶を用意するよう言う物怖じしない様は、中々肝が据わっていた。ふふ、リーファも案外隅に置けないな」
「……そう」
張り切る様が目に浮かぶようだ。
しかし勘違いしているようだから、しっかり訂正しておかなければならない。
「でもサクヤ、アイツ、誕生日のサプライズプレゼントだからって宿部屋に忍び込んでくるヤツなんだけど」
「……あー…………まぁ、それだけ想われているという事じゃないか」
一瞬、同じ女性として流石に不快に思ったらしいが、情念の矛先が自身ではないからかそう無責任な事を言われた。他人に言わせれば『想われているじゃないか』という感想になるのは分かるが……
「しかし、あれだな、彼の想いには気付いているんだな? てっきり分かっていないものかと思っていた」
「あたしは難聴系でも鈍感系でも無いわよ」
関心が薄いだけだから向けられればまず気付く。ましてやレコンレベルのあけすけなものなら気付かない方がおかしい。
「レコンは言動がおかしいだけで気持ちは真っ直ぐだと思ってる。そのまま告白してこないからヘンな方向にズレてるだけよ」
「ほぅ……仮に告白されたとして、それに応える気は?」
「無いよ」
「微塵も?」
「ええ」
やけに食い付いて来るなと思うも、まあサクヤも女性だし恋愛トークは好きなんだろうと自己完結して、紅茶を口に含む。
「もしかして、誰かに告白されているか、したとかか?」
「それ
「他には、どんな?」
踏み込んだ部分に入られた。
自然と立ち上がり、踵を返す。半ば無意識の拒否反応。踏み込まれたくないという思いが、サクヤに対する距離を明確に表している。
彼女はそこまで受け容れてはいない、という事実。
「――あたしね、リアルでも『けんき』なんて呼ばれてるのよ。鬼の方でもね」
しかし口は語っていた。
……何故かは、分からない。
話したい、訳では無かった。しかし話しても良い、とは思っていたのだろう。サクヤの事はそれだけ信用していた。
これは、つまり――――受け容れる為の行動なのだろう。
背中を向けているのは、顔を見られたくないから……か。
「祖父が開き、女尊男卑の煽りで閉じた道場の一人娘。あらゆる武道を叩き込んだ祖父は、孫しかいない道場の外、他流道場への出稽古にあたしを連れ出した。経験を積ませる為だったんだと思う。あたしの事を思って、良かれと思ってしてくれた」
「……なにが、あったんだ?」
声を潜め、聞いて来る。
僅かに振り返り、彼女の瞳を見る。深緑の瞳に揺蕩う暖かな光。
――その光が、裏切る光景を幻視した。
咄嗟に正面へと視線を戻す。
「現実だろうと仮想だろうとどこも同じよ。女だから、生意気だから……気に入らないなら叩き潰す。出る杭を打つ。人間なんて争うばかりの生き物。子供も大人も関係無い」
あまりに幼い少女に敗れた事が許せなかったのだろう。実力で敵わないなら数で、それでも無理なら質で、そして環境を責め始めた。
「襲い来る人達を返り討ちにし続けた。そして、何時しか『けんき』なんて呼ばれるようになった」
祖父は、途中で察したのだと思う。出稽古を止めて一対一の鍛錬に戻してくれた。
――それは、些か遅かったのかもしれない。
大の大人を何十人と相手取って息一つ切らさない。それを知られたら、怯えられるんじゃないか。祖父と違い武を持たない両親に対し、その懸念は恐怖となって幼いあたしを襲った。
両親に気付かれたくない一心で純朴な少女を演じていた。多分気付かれてはいたが、それでも続けた。
素を出せない。あたしは祖父が振るう
しかし出稽古先の事態にはなりたくなかった。身体的に跳ね返せるが、家と両親に迷惑が掛かる。精神的にも辛い。隠さざるを得なかった。人間関係は希薄になり、憧れた『剣』を求める余り、友達は無く、何時しか独り。
気付けばあたしは、立派な人間不信に陥っていた。
剣の鬼。
その呼び名は、忌み名に等しい。
「誰にも素を出せない。誰も、信用出来ない……――――そんなあたしを、あの子が変えてくれた」
彼があたしの武を知ったのは、何がキッカケだったか。たしか朝の鍛錬をしていた時だったように思う。
余人に知られたくないと思っていたし、引き取ったばかりの和人も例外では無かったが、だからと言って日課の鍛錬を怠るつもりは無かった。本当に隠すつもりあるのかと思いたくなる行動だが……親にも明かせず、友はおらず、在るのはただ自分自身。残っていたのは友情でも親愛でも家族愛でも無く、祖父が遺した武一つ。
あの時のあたしは、姉としての自負と、祖父への憧れの二つだけで、『自分』を保っていた。
自分を保つため。憧れはあるが、尊敬する祖父を亡くしたあたしは、ただそれだけの為に惰性のまま鍛錬を続けていた。
それを『すごい』と言い、師事してきた義弟。
「日課の鍛錬をしてる時に凄いと言って、和人は師事を頼んできた」
「……指南したのか」
「――最初は酷いものだったわ」
ふふ、と笑いが漏れる。
今思えば、多分いちばん人間らしいやり取りをしていた頃だった。惰性に堕ちた鍛錬は再び魅入った
「最初の一ヵ月は
それからもう二ヵ月、デスゲーム開始当日の朝まで彼は喰らい付いて来た。結局一本も取る事無く囚われの身となり、それはデスゲームで邂逅してからも変わらない。
彼も成長していた。
けれどあたしもまた、成長していた。心境の変化がそうさせた。弟子に負けてなるものかと、新たな目的が出来たから、燻った熱すらも熾火にして前に進んだ。
「でもね、あの子は、決して
――悔しい。辛い。痛い。でもまだだ、まだやれる。お願いします。続けさせてください
――和人、それ以上は……
――おれはまだやれる!!!
そう、丁寧語も日常語も無茶苦茶に向かって来る様は、出稽古で勝負した人達とは違っていて、その姿勢は剣の世界に囚われてからも変わる事無く、彼は今も現実で戦っている。
かつては、認められる為に。
今は、生きる為に。
その為だけに、命を燃やす。死にかける。でも、死なない。なら安い。
その思考は恐ろしく、けれどあたしは、それを認めた。
「あたしはさ、あの子の生き様に惹かれたの」
――以前、あたしは仲間に、ただ過ごしている内に惹かれたと言った事がある。
嘘だ。あんなの、まったくの嘘だ。みんなと同じだった。恥ずかしいくらい、同じだった。彼の在り様に惹かれた。彼の必死な姿を焼き付けられた。初見で惚れた木綿季達と何ら変わらない。
そして、あたしの素を知っても恐怖しない事に、救われた。
十九層での内心の吐露。醜い己を晒した。続いて管理区での粛正、想いを自覚していたからこそ怒っていて、和人を想って思想を正した。明確に恐怖された事は辛かった。けれどその後、こちらの想いを汲んで笑い、怖れを見せなかった事は、救いに等しく――もう、ダメだった。
「もう、和人以外に考えられない。それくらい惹かれてる。レコンが真っ直ぐ想ってくれてる事は分かってる。でもあたしの素を知って、そのまま真っ直ぐ見てくれるのか……――――そんな『もしも』の疑問に時間を費やすなら、『今』の和人を
自分を受け容れてくれるか分からない有象無象なんてどうでもいい。結果が分からない相手よりも受け容れてくれた和人を振り向かせる努力の方が、あたしにとっては何倍も、何よりも、意味があった。
――なんでライバルでもないサクヤにここまで語ってるんだろう。
複雑な事なんて考えられないくらい白熱している思考の隅でふと疑問が浮かんだが、それもすぐに押し流された。浮ついた幸福感に満たされる。
「……重いな」
キッパリと、端的にサクヤが言った。
その感想に、笑みが漏れる。
「それくらいじゃないと、あの子はこっちを見てくれないわ」
――生きようと思ってくれなかった。
続けようとした言葉を飲み込む。彼の真の経歴を知らない彼女には、するべきではない話だ。
「告白したのに、か?」
「……ええ、そうよ。告白しても、見向きもされない」
「フられたのでは?」
「まさか。猶予をあげただけ、今のあの子が人の人生を背負うなんて辛すぎるから……恋愛事に現を抜かす余裕が微塵も無いだけ」
そう、猶予をあげただけ。あの子が未来を生きられるようになったその時、改めて返事を貰う事を決めている。彼も分かっている。木綿季も、詩乃も、同じ条件だ。
彼には、恋愛などに構うほどの余裕が無い。
「ライバルは多そうだが」
「ええ、そうね」
告白しているだけでも木綿季と詩乃。ほぼ確定で藍子と幸。怪しいのが明日奈とアルゴ。最悪七人での争いが起きる訳だ。血も涙もない争いが。
「でも、だからと言って引けないわよ。引く気も無い。あたしの想いは、ライバルが多いからだとか、敗北を前に怖気づくほど軽くない」
見向きもされないなら振り向かせる。余裕が無いなら、あたしも手伝って余裕を作り出す。
それくらいの気概が無くて何が『恋してる』か。
あたしに口先だけの想いにするつもりは無い。
「――そうか」
ふと、事務的に確認していたようなサクヤの声音が柔和なものへと変わった。空気も弛緩する。
「なるほど。彼に対して相当熱を上げているらしい。これはレコン君の勝ち目も薄そうだ」
「――さっきから気になってたけど、まさかレコンから何か頼まれてたの?」
「……ああ、その通りだ。彼の密やかな活躍と仕事ぶりを私から話した後、どんな反応をしたかと、彼氏が居るかなどを聞いて欲しいと頼まれてな……彼は相当肝が据わっているなと心底思ったよ。まあシグルドみたく自己顕示欲に溢れていないだけまだマトモな神経ではあるだろう。他者を介してどうかを訊くのも別におかしな話では無い」
確かに他者を通じて自身の評判を聞くのはおかしくないし、その点については思う事も無い。自慢げに語ってこないだけ非常にまともだ。そういうのは神童やシグルドくらいで間に合っている。
「……あたしの人間不信関連は良いけど、和人関連の話はしないでよ」
「私も人の秘密を吹聴する気はないが……しかしそれではレコン君は納得しないと思うぞ?」
「ふん、教えても納得なんてしないわよ、絶対にね」
今度こそ、応接室から立ち去るために歩を進める。
「何故、そう思うんだ?」
あたしの背に、そう問いが投げられた。扉を開けて立ち去るところだったあたしは、首を巡らせ、彼女を見据え――笑う。
「恋っていうのは、理屈でどうこう出来るものじゃないからよ」
そう言い残し、あたしは領主館を後にした。
はい、如何だったでしょうか。
――アンチって、色々ありますよね。
メインキャラからの不遇系。環境的に見捨てられる系。敵キャラとして高い地位にあるんだけどメインキャラに踏み倒される踏み台系。色々です。
本作のレコンは『
それなんて菊岡?()
今回彼を裏で(端折ったけど)活躍させたのは、リーファ達からの待遇が悪いだけで、客観的に結構凄い立ち位置にいる事を強調したかったから。サクヤの辣腕ぶりもだけど、あまりレコンを貶めてると何かイヤだった。
あと彼って割と動かしやすい(本音) 原作でもリーファ達と別行動で動いてますからね。
原作では失敗した隠密行動もサーチャーを使えば割と解決では? という疑問を実現させる機会が今回。という訳でレコンくんマジMVP。リーファほどの腕の人物に気付かれないハイディングを上手く運用すればあんな事も可能になってしまう。それを見抜いたサクヤさんは名采配ですネ!
とは言え動機はマトモで不純な模様。
真っ向からリーファに拒否られますけどネ! やっぱり不遇ダ!
では、次話にてお会いしましょう。