インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話の視点はオールアスナ。

 文字数は約一万。

 ではどうぞ。

 ※今話は後書きありません。






第二十七章 ~自然の洗礼~

 

 

 【環状氷山フロスヒルデ】は、極めて厳しい高度制限により、フィールドの殆どを徒歩で移動する羽目になった。

 それでも行ける範囲内でマッピングし終わった私達は、手近なダンジョンに二人で向かっていた。みんなと合流しようと促すも、彼は頑として聞こうとせず、一人にする訳にもいかないので自分が同行した形だ。

 いちおう位置表示と共にメッセージを送っているが、みんながすぐに来られるかは分からない。

 ただ、もしかしたらすぐに終わるかも、という淡い予想が私にはあった。初めて訪れるエリアで、最初から行けるダンジョンは、大抵一階層ないし二階層構造かつ広くなかったからだ。

 ――全部で四つの攻略エリアの内、三つ目に入るここでもそう考えるのは、入れるダンジョンの数にある。

 妖精郷アルヴヘイムの遥か上空に実装された【スヴァルト・アールヴヘイム】は本土に於ける高度制限領域を優に突破している。しかし各浮遊大陸で飛べたように、実は高度制限領域にもスヴァルトルールが存在していた。

 スヴァルトの高度制限は大陸ごとに異なっているが、凡そ共通している点は、現段階では全てのダンジョンを巡れない事。高度制限を利用したギミックは【浮島草原ヴォークリンデ】のボスダンジョンへ挑む際に立ちはだかったが、他のダンジョンへ行く際の障害としても未だ機能し続けている。恐らく攻略中のどこかで高度制限を撤廃するギミックがあるだろう、というのが攻略勢の見解だ。

 そしてこのフロスヒルデの中央部には、ヴォークリンデで見たものと同じギミックが存在していた。

 低空飛行すらも難しいレベルの高度制限を課されているフロスヒルデで、これ見よがしに設置されているギミックとなれば、間違いなく高度制限解除の為のものだろう。それを起動する為のキーアイテムもこれまでと同様にダンジョン最奥の中ボスを倒す事で手に入る筈。

 ――多分それを狙ってるんだろうなぁ、キリカ君は。

 件の少年は、吹雪が吹き荒ぶ凍原の只中を、プレイヤーの待ち伏せに注意を払いながらも堂々と進んでいる。手に提げられているのは黒塗りの両手剣。厳密には『両手片手半剣』。かつての聖剣と魔剣にのみ許されていた片手持ちと両手持ちのどちらでもソードスキルを発動出来る特殊なカテゴリの武器。どうやらSAOほど珍しい訳でもないらしく、その特性を備えてリズベットにより鍛え上げられた。

 半ば二刀を棄てているとは言え、それでも片手剣で戦った期間は圧倒的だから、彼も片手剣として扱える両手剣を求めたのだろう。

 その後ろ姿と、どこか張り詰めている余裕の無さは、SAO時代(過去)の姿を思い返させる。

 

「――そういえばさ、数日以内に大規模攻略イベントが開催される事、知ってる?」

 

 ふと重なった(過去)を思考から追いやり、そう話し掛ける。

 無駄話はあまり好まれたものではないが、それはあくまで命が懸かったSAOやガチ勢が挑む高難易度ダンジョンでの話であり、今はそのどれでもない。あまり気を張り詰めさせていると昔に戻った様で嫌だった。

 

「ユイ姉から概要だけは。詳細は未発表のやつだったか」

 

 その意図を察したのかは不明だが、彼は歩きながらも応じてくれた。

 ALO運営企業《ユーミル》がネットに掲載している公式サイトでは、スヴァルトエリア攻略によって解放される大規模攻略イベントが告知されている。しかしその詳細は未定で、発生条件はおろか開始時間すらも未定という、一切不明のイベントだ。多くのプレイヤーがそれに関心を寄せている。

 攻略エリアも三つ目に入っている。そろそろ告知されてもいいのではないか、というのがプレイヤーの総意だった。

 

「うん。いったいどんなイベントなんだろうねー」

「北欧神話を基にしてる上、スヴァルトには明確にアース神族関係が出て来てるんだ。ラグナロクでも起きるんじゃないか?」

「……あり得そう……」

 

 事実老婆セックが登場している。ミストルティンの新芽を括り付けられた矢を()たせ、光の神バルドルが死ぬ原因となったロキは、老婆セックに化けて蘇生を阻止しようと暗躍する。登場している以上まったくないとも言い切れない。

 気になるのは、これまでのクエストで神々の名を冠した存在は登場していなかった事。何故なら神々に関係する存在はクエストNPCとして使者が登場する程度で神々が直に出て来た話を聞いた事は無い。

 ――しかし、【スヴァルト・アールヴヘイム】は違う。

 三つの層に三つずつ世界が点在する北欧神話に於いて、人間が住まうミッドガルド、妖精が住まうアルヴヘイム、アース神族が住まうアスガルドは第一層に位置するが、【スヴァルト・アールヴヘイム】は第二層に位置する世界。更に言えば『神々が住まう伝説の浮島大陸』というのがスヴァルト実装アップデートの謳い文句。むしろ出ない方がおかしい話になる。

 

「ラグナロクかぁ……でもその場合、妖精ってどっちに付く事になるんだろう?」

「……む」

 

 思わず飛び出た素朴な疑問。

 ゲームなどで語られるらしいラグナロクは、『そういう事があった』という事実の列挙の事が殆どらしい。その場合はゲームの世界観にアレンジされているが、大抵は《神々の黄昏》と言われるように神と霜の巨人、魔物たちとの戦いを描かれているだけ。人や妖精といった存在はそれらからすれば矮小故か世界の崩壊に巻き込まれる形でしか描写されない。

 しかしALOは妖精であるプレイヤーが主軸のゲーム。クエストとてプレイヤーを中心に展開されるのだ、バックボーンとして語られるとしても、どっちつかずという事はあり得ないだろう。

 彼も興味を刺激されたらしく、肩越しに視線を向けて来た。

 

「妖精全体というよりは個人、ないしパーティーやレイド単位での所属になるんだろうな。じゃないとパーティー毎に発生してた事に説明が付かない」

「だよねぇ……となると、いまの私達はアース神族寄りなのかな?」

「明確にセックの誘いを断ってたからそうだと思う」

 

 とあるポンチョ男を彷彿とさせる邪悪な話術に怖気が立ち、半ば反射的にきっぱり断った時、傍らにはぐぬぬと歯噛みするアース神族の兵士が居た。クエストNPCとしてプレイヤーの言葉に反応する彼は、こちらが断った事を契機に味方を遇する言動を取っていた。

 それを鑑みれば、現在アース神族寄りになっている事は明らかである。

 アース神族寄りという事は、つまり主神オーディン側。

 

「うーん……正直、どっちに付いても同じ事だよね、ラグナロクって」

 

 主神側だから強い……という訳では決してない。例えば悪神ロキが女巨人アングルボザとの間にもうけた第一子の魔狼フェンリルは、その牙の強靭さを以てオーディンを食い殺すとされる。

 そもそもラグナロクが起きると世界は破滅するため、起きた時点でオーディン側の負けと言える。

 しかも元を正せば光の神バルドルが死んだ事で光の恩恵を喪った事に端を発する。もう老婆セックが出ている時点で終わっているに等しい。

 だからどちらに付こうが正直あまり変わらない。

 というか――――

 

「今思ったんだけど、ラグナロクって世界滅亡のお話だよね?」

「そうらしいな」

「……ALOのフィールド、破壊されるんじゃない?」

 

 霜の巨人そのものを見た事は無いが、その眷属は本土の地下に広がる極寒世界ニブルヘイムに存在している。全長十数メートルの骸骨型や動物型は今も底冷えする薄暗い世界でウヨウヨ彷徨っている。

 世界全体で見ればそれほどではないが、神々がどれほどの力を持っているかは不明だ。

 その気になればエリアの一つや二つ、容易に崩壊してしまうのでは……

 

「な、なーんて、そんな事ある訳無いよね! 今までのクエストだってそこまで大規模な破壊は起きなかったもんね!」

「――いや、あり得るぞ、それ」

 

 わざとらしく笑って誤魔化そうとする私に、考え込む素振りをしていた少年が冷や水を掛けた。

 

「最終戦の動画の最後の方に、編集で追加された浮遊城崩壊シーンがあっただろう」

 

 彼が言っているのは、最終戦で最後まで戦い抜いた少年周辺の視点だった画面が、彼の姿が消えた途端移り変わったシーンの事。概要欄の方でモニター出来たサーバー初期化のビジュアルシーンが浮遊城の崩壊。

 とある名作の天空の城を想起するシーンは鮮明に記憶に残っている。

 あの城で二年もの間戦い続けたんだ、と。そう感慨深く思ったのはきっと私だけではない。

 

「アレは第百層クリア時点で起きるよう茅場の手で設定されたものだったらしい」

「そうなの? あそこまで団長が熱を上げてた浮遊城をああもアッサリと崩壊させるなんて、ちょっと意外……」

「浮遊城を制覇した後は大地を舞台にするつもりだったらしいからな。ほら、エルフクエストであった、『大地切断』の伝承だよ」

「あぁ……」

 

 『大地切断』というのは、浮遊城アインクラッド創世を記した伝承の事。

 大地を生きる人間、エルフ、ドワーフなど様々な種族、多くの国は、絶えず戦争を繰り返していた。それを憂いた双子の巫女は二つの聖大樹にそれぞれ祈りを身を捧げ、大地を切り離し、百層からなる城へと変貌させる事で、争いを止めたという伝説。

 それが《アインクラッド》に存在するバックボーンだった。

 つまり茅場晶彦は、浮遊城の役目を終えたなら、次は大地を舞台に別のMMOを展開するつもりだったらしい。

 

「――あ、まさか、《ホロウ・エリア》も?」

「多分そうだ。試験エリアとして運用されていたあそこは、同時に《アインクラッド》の次に用いられるモデルフィールドだったんだ。構想段階の情報を基にカーディナルが自動生成したんだろうな」

 

 まぁ、俺はあまり探索してないから知らないけど、とキリカは話を区切った。

 

「ともあれ、カーディナルにはフィールドの自動生成と、浮遊城にしたような崩壊シークエンスを行う権限がある。()()()()()()()()()フィールド崩壊は仕方ない出費として行うと思う」

 

 でも問題はそこからだな、と先に進みながら彼は言う。もう予想を上回り過ぎてこちらとしては聴き手に回るばかりだ。

 

「カーディナルにはエラーや不具合を修正する機能としてメインとサブのコアが存在する。通貨や物流の調整、Mobの湧きの調整をするシステムだ」

「ああ、それは知ってるよ。リーファちゃん達が来た時に話してた事だよね」

「そう。その時は、『メインとサブは互いに錯誤を修正し合う』と話したけど、厳密には違う。メインは人の影響を反映した計算を、サブはAIのみの計算が行われてる」

「……どう違うの?」

「メインは最大値から最小値の振れ幅を許容し、そのまま進行する。サブは、必ず平均値を叩き出す。サブの平均値を見て、メインも平均値に近付けようと修正する。ポップの偏りを均そうとする働きを考えればいい。自浄作用というやつだ」

「……あー、なるほど……」

 

 フィールド全体に満遍なく配置されたMob。数ではなく、プレイヤーに配分される経験値量がエリアごとに同程度になるように計算された配置のされ方。しかし街に近い方が必然的に経験値供給がされやすく、遠い方がされにくくなるため、あまり狩りがされないエリアだけ限局的に湧きが速くなることがある。それは、メインコアがサブコアの『経験値供給の平均』を参考に追い付こうとしているからだと、彼は言っているのだ。

 

「今思うと、カーディナルのメインが《アインクラッド》、サブが《ホロウ・エリア》を担当していたのかもしれないな。アップデートの操作は管理区でするものだった訳だから」

「そう言われれば、そうかも」

「ともあれ、機械的な演算や処理だけが行われるサブが居るからこそ、破壊されたフィールドは元に戻らない。カーディナル・コピー自体がゴーサインを出したクエストなら尚更だ。自身で修正をすれば、矛盾を引き起こす。矛盾を起こせば自己崩壊を(きた)す。プログラムに忠実なサブコアが動いてる限り、破壊は起き得て、破壊後の修正はされない。当然データのバックアップも出来ない筈だ」

「……ヤバいじゃない!」

「ああ、ヤバい」

 

 新規クエストの展開によってALO全てが崩壊して、しかも戻せないとなれば、《ユーミル》は大きなバッシングを喰らうに違いない。濡れ衣と分かったと言っても茅場晶彦へのヘイトが全て消えたわけでもない。このまま放置しては大変な事になるだろうと、思わず慌ててしまう。

 

「早くはか……GMに連絡しないと!」

「既に俺がしてる。『大丈夫』の一点張りだった」

 

 しかし、彼は冷静にそう言った。どこかむすっとしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「まぁ、俺が気付いたんだ、『俺』(オリジナル)の方も勘付いているんじゃないかな」

「……そうなのかな」

「少なくとも今は俺より博士や茅場と親しいし、《ホロウ・エリア》での活動期間もあっちの方が上。コンソールを動かしていたからこそ見える視点もある。ヴェルグンデに入った辺りから想定している可能性はあると思うぞ。一度須郷を捕えた《フィンブルヴェト》はラグナロクの前に三度訪れる冬を意味してる古ノルド語、ラグナロクがどういうものなのかは俺同様知ってる筈だ」

「ふぅん……ちなみにキリカ君、どうやって北欧神話の事を?」

「リー姉は神話マニアだからその本を昔借りた事がある……今は、ネットに直通だし、な」

 

 ふ、と哀しげに笑んで、彼は前に向き直った。

 流石に無神経過ぎたかと反省する。彼の場合どんな話が地雷になるか、範囲が分からない。リーファとの話は大抵地雷になる事は分かっているが……

 ――そういえば、二人ってあれからなにか話をしてるのかな。

 少年の後を追っているとそう思考が飛んだ。人間とAIという種族の部分を考慮してか、キリカの近くにはユイやストレアが居る事が多く、リーファは少ない。しかし義弟想いな彼女の事だ、時間が出来たらすかさず対話の機会を持つ筈。具体的にどうという話を聞いていないだけかもしれない。それくらいデリケートな話題だ、キリカの事は。

 少なくとも私がおいそれと触れていい話では無い。

 ――そう考えて後を追おうとした直後、曇天と雪の白さを合わせた空から蒼白く丸い何かが飛来した。

 見れば一つ目玉の空飛ぶモンスター。彼目掛けて一直線に飛んできている。

 

「キリカ君、上ッ!」

「ッ!」

 

 考え事をしていて気付くのが遅れた彼は、しかし流石の反応速度を以て拳打を叩き込み、頭からがっぷりと噛まれるのを阻止した。キキャ?! と呻いて怯んだモンスターを後ろに後退しながら黒の両手剣で斬り付け、更にダメージを与えてから距離を取る。

 

『キキッ!』

『キキャーッ!』

 

 気付けば頭上一面に蠢く蒼白い一つ目玉のモンスター達。今は二人だがステータス的にもマージンはキチンと取っているから問題無いだろう。

 問題は、思った以上に高度制限が厳しく設定されていて、現在飛べない状況にある点だ。

 

「上手く、足場に出来れば――!」

「…………うっそぉ……」

 

 しかし、彼にとっては大した問題では無かったようで、攻めあぐねている私を置いて一人、剣と拳と蹴撃を武器に飛び回る丸いモンスター達を足蹴にしては空中を跳び回り、殲滅して行っている。《ⅩⅢ》で呼び出した武器や盾を足場に距離を取る個体に追い縋る様は味方と言えど恐ろしい。

 正直私の出る幕が無い。というかあんなアクロバティックな動きは出来ない、いくら敏捷値優先でも無理だ。

 次々に敵を斬り裂いては残るモンスターを足蹴に跳び、斬っては跳びを繰り返していくキリカ。

 だが私だって何もしていない訳では無い。流石に無傷とはいかないらしく、時折噛み付き攻撃が掠った事でHPが微量減っており、それが積み重なると無視出来ないダメージ量となるので、回復に専念していた。

 そんな、敵からすれば折角与えたダメージを無かった事にされる行為を無視される筈も無く、残っている敵の幾ばくかが私の方にのろのろとやって来た。

 それを見て、ふふん、と口元に笑みを浮かべながら銀の細剣レイグレイスの柄に手を掛け、じゃりぃぃぃんっ! と音高く抜き払う。右手だけで地面と水平に構え、左手は体の横で寝かせる。《アルゴの攻略本》で知ったこの構えは見る人によってはフェンシングのそれに見えるだろう。

 

 ――――なぁ、アスナ。右利きの人のフェンシングの構えが、どうして右半身を前にしてるのにわざわざ手首を返す構えをしてると思う?

 

 脳裏で響く、彼との会話。

 攻略も八十層台に上った頃、たまたま早起きして、早朝の鍛錬を一緒にした時の話だ。

 安物の細剣を構える黒衣黒髪の少年は不敵に微笑みを浮かべながらそう問うてきて、私はその時、突きやすいからではないのかと言った。事実、捩じった肩や腕の捻転力を利用すれば、腕だけの突きより速く、突き易かった。リニアーの構えと攻撃がそれだった。

 ――その通りだ、と彼は笑った。

 

「掛かってきなさい……ウンディーネのヒーラーだからって舐めてると……」

『キキャーッ!』

 

 口をぐぱぁと開けて、真っ赤な口内を晒しつつ飛びかかってきた一匹の中心を穿つように、教えられた通りの……そして、私自身が鍛えてきた神速の刺突を放った。

 口内がクリティカルだったようで、細剣による一撃ながらもHPは全損。蒼い結晶へと散った。

 

「一瞬で終わるわよ」

 

 こっちだって数々の強敵を相手に指揮を執り、時には自らの細剣で敵を屠ってきた剣士。二つ名を頂戴している一人。この程度で負けてやるほど、アスナ()は弱くない。

 鋭い呼気と共に、私は閃光となって敵へと斬り進んだ。

 繰り出す攻撃は突き。くぱりと開かれた口内の中心点を穿ちながら突き進む。次々に一撃、あるいは二撃でモンスターを仕留めていき、数分後には空中に漂っていたモンスターの群れも完全にいなくなっていた。どうやら倒しきったらしい。

 

「――あーっ、疲れた!」

「お疲れ様、アスナ」

「あ、うん、キリカ君もお疲れ!」

 

 近寄って来た少年に向けて右手を掲げると、きょとんとした表情で小首を傾げられてしまった。その後に同じように左手を上げてきて、掌を合わせる。

 

「……あはは!」

「ん?」

 

 ハイタッチのつもりで手を向けたのだけど、どうやら彼には伝わらなかったようだ。それがちょっとだけ面白くて笑うと更に首を傾げて、それがまた笑いを誘う。

 何だか本当に昔と較べて幼くなった感じがした。

 

「……それにしても、アスナ、何だか剣捌きが異様に鋭くなってたな。まさか細剣で一撃が殆どとは……」

「あー……うん、流石に私もビックリした。まさか一撃とはねー」

「流石はバーサクヒーラーだ」

「な――何ですってぇ?! というか、それってウンディーネなのに前衛ビルドだから付いた二つ名でしょ?! だったらランちゃんだって同じだよ!」

「指揮を執る事が多いアスナだからこそ前衛に出るのはおかしいみたいな認識らしいぞ」

 

 何それぇ?! と驚きの声を上げると、あはははとキリカは笑った。

 ちょっと二つ名の付け方が理不尽ではないかと不満に思うが……まぁ、彼が笑ったのだから、今は良しとしよう。決して認めた訳ではない。

 

「さぁ、そろそろ行こう。今回の探索でダンジョンの生息モンスターと特徴、トラップの種類くらいは押さえておきたい」

「ああ、そうだね……うん、了解」

 

 やっぱり集めたい情報多いね、とちょっとだけ苦笑を浮かべ、彼を追って探索を再開した。

 

 *

 

 ごくごく、と両手で包むようにして持っているカップの中身、淹れ立てほかほかのミルクティーを口に含み、こくりと飲み下す。

 

「はひゅるほひー……」

 

 温かい液体が体を芯から温めてくれるのを感じ、漸くリラックス出来ると思ってか無意識にふにゃふにゃな声と共にぐでーんと机に突っ伏す。

 およそ二時間ほど掛けてフィールド全体を、翅がギリギリ使える所は翅で飛び、無理なところは歩き回ってマップに怪しい場所のマークをし、敵と戦って取得アイテムやら経験値やら攻撃方法やらのデータを採取し、もうどうせならダンジョンを一つクリアしようと転移門から見て南西にあった手近な遺跡へとアタックを仕掛け、多数のMobが湧く中ボス戦を突破した果てに何かの鍵を成果に空都へと帰って来た私は、ヘトヘトになってエギルさん経営の喫茶店で落ち着いていた。

我ながら無茶をしたなぁ、あの時のテンションは多分ワークホリックハイだったんだろうなぁと思いながら、ミルクティーのカップを傾ける。

 成果の報告はキリカが行っていた。二時間もぶっ続けて歩いた上にデータ採取も殆ど彼がしていて疲れを見せていないのは、AIだから疲れ知らず、という部分以外のものも関係しているだろう。

 

「もう遺跡を一つクリア、しちゃったんだね……」

「勢いに引っ張られて、つい……」

「まぁ、情報屋を営んでるオレっちとしては新鮮な情報を大量に入手出来るから嬉しいんだけどサ……よくまぁ、あんな寒い所で動き回れたナ」

 

 ユウキとアルゴを始め全員から呆れの目を向けられてしまい、私はカップに口を付けつつ縮こまってしまう。

 

「……まぁ、それはいいとして……島の中央に巨大な装置、か。いかにもな感じだな」

「今までの流れだと、恐らく遺跡を巡った果てに装置を動かす鍵があるのですよね?」

「あ、それなんだけど――」

 

 エギルとシリカの二人の会話にキリカが割り込み、これを見てくれと全員にマップ情報を共有した。

 マップには怪しい装置に蒼いサークル。入ってはいないが怪しい入り口がある場所に紅いマーカーを付けており、探索済みの所には蒼いマーカーが付いていた。

 

「この中央のサークルが装置なんだけど、この装置、三方向にそれぞれラインが走ってた。事実俺とアスナで攻略した方角のラインは攻略後は光ってたから、あと二つは遺跡を攻略しなきゃいけない」

「ふむふむ……つまり、今後も遺跡を攻略すれば、今回はあの装置が動力を得て動くんじゃないかって事だナ?」

「おそらく。とは言え三つ全部攻略しても、ヴォークリンデの時と同様、門番ボスを倒さないといけないだろうけど、飛べないからなぁ……地上戦且つ寒さに耐えられるメンバーじゃないとかなりキツい。雑魚Mobも結構飛んでたし、南西の方には強そうなドラゴンもいたし」

「「「「「うへぇ……」」」」」

 

 あの寒さの中で雑魚Mobに注意しながら二つの遺跡を攻略し、且つ門番ボスと戦わなくてはならない事に辟易し、他の皆も予想出来たようで嫌そうな声を上げる。凍結耐性バフの支援魔法と装備、種族による耐性の三重掛けに加えて私自身も寒さに強い方であれだけ寒く感じて嫌だと思ったのだから、即座に撤退した皆はもっと嫌だろうなと思う。

 

「悪ぃけどよ、俺はパスさせてもらうぜ。俺はサラマンダーだから凍結系の耐性がマイナス値なんだ。余計に寒く感じちまう場所だと足手纏いになっちまう」

「僕もサラマンダーだからパスするよ……」

「すみません、私もパスさせて下さい。私もピナも、あの寒さと風の中では動けそうにありません」

 

 クライン、ジュン、シリカの三人が辞退する事を皮切りに、寒さに弱いから動けなさそうと言って辞退するメンバーが続出。

 【環状氷山フロスヒルデ】の探索に当たるメンバーは、最終的にキリカ、アスナ()、ユイ、リーファ、ユウキ、シノン、サチ、フィリアの八人になった。パーティー最大人数より一人多いが、そこはユイがピクシーになる事で解決させる。

 ちなみにウンディーネであるシウネーはダイブ時間が残り少なくなっていたので除外。

 ランはジャンケンでトレジャーハンターに敗れたため、街で情報収集をする側に入った。その『情報』の中にはキリトについても含まれている。

 

「にしても半分以上が辞退するって、中々だよね……」

 

 加えて、暑い所から寒い所にいきなり移動した事を考慮しても、初手でほぼ全員撤退を選ぶほどの寒さは、いよいよ尋常では無い事が窺い知れる。

 もしかすると浮島中央にあるあの装置は、高度制限だけでなく、あの島の環境をも左右しているものなのかもしれない。

 よくよく考えれば妙なのだ。エリアを攻略するのに際してある程度の属性耐性や状態異常耐性バフの装備をしておくと楽な事はあるが、ここまで攻略に支障をきたす程に必要に迫られる事は今まで無かった。仮に環境があのままの場合、ボス戦には一パーティーで挑まなければならない。しかもあの島は高度制限が低い位置で発生するため碌に飛べず、つまりエリアボス戦もまともに出来ない状態だ。風も強いので射手としてもかなり辛い筈。

 だからあの島にある装置は、もしかすると環境を更に劣悪なものにしているのではないか、という考えを推察と共に仲間に話す。

 他の皆は各々攻略が出来ない間に出来る事をしようと決めたようで、情報収集やお店の経営、クエストの消化などをするため出払っており、現在エギルさんの喫茶店には攻略へ迎えるメンバーしか残っていない。

 その喫茶店の丸テーブルに着き、私の予想を黙って聞いていたキリカは私が話し終えると同時に腕を組み、頤に手を当てて考え込み始めた。彼が黙考する時のクセだ。どうやら私の考えは一考に値するものと判断されたらしい。

 

「……確かに、遺跡の攻略で動力を切るという意味で考えれば辻褄が合う。あそこの風は異様に強かったし、風向きも装置を中心にして吹いていた気がするからな」

「風向きなんて調べてたんだ」

「風に関係してる装置と踏んでたからな。それに攻略に必要な情報は自然環境の時もあれば、時には神話や伝承の時もある。実際スヴァルトエリアだって古い伝承が基になってるからな」

 

 ユウキの疑問にそう返した彼は、二人以外には不人気な風味のお茶に口を付けた。

 

 


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