インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はサブタイ通りオールサチ視点。

 文字数は約九千文字。場繋ぎというか、伏線というか。ゆるして()

 ではどうぞ。




第二十八章 ~雪下の黒猫~

 

 

 さくさくと、石畳にうっすら立つ霜柱を踏みしめる。

 ほう、と息を吐けば、白い靄が口から吐き出された。逆に吸えば仮想の肺いっぱいに冷気が浸透する。

 

「……遺跡の中も結構底冷えしてるね……」

 

 耐寒装備の新調とアイテムの補充を終えた私達は、七人パーティー+ピクシーユイの八人で【環状氷山フロスヒルデ】へと繰り出した。凍結耐性バフの支援魔法、装飾品、パッシブスキルの三重掛けに加えて厚手のコートを着ても寒かった雪原を歩き、キリカとアスナがマークした中の最後の遺跡へと足を踏み入れる。

 入った感想は、底冷えするというものだ。外のように吹き荒れる風が無いのは幸いだが、遺跡内外での空気のやり取りがあるので微風はあり、床や壁からは冷たい空気が発せられているようにも思えてしまう。

 器用な作業が出来るよう薄手だがしっかり寒さを防ぐ手袋をしていても、指先はかじかみそうな冷たさを帯びている。ここまで対策してもまだ寒いとなると攻略を投げ出す人が多く出るだろうな、と思った。

 

「あはは、でも戦ってると何時の間にか気にならなくなるよ。私も外で戦ってたら何時の間にか寒くなくなったからね」

「そっか……」

 

 流石はバーサクヒーラー、と心の中だけで呟いておく。

 殆どの人は戦闘に熱中して寒さを忘れるような事は無いと思う。比較的常識人な彼女(アスナ)だが、やはり最初期から攻略組に居ただけある人物だ。

 

「……ちょっと待った」

 

 その時、先頭に立っていたキリカが、訝しげに声を上げた。(ほう)(ぼう)を見ていたメンバーが視線を少年へと向ける。

 少年の視線は真っ直ぐ最奥へ続く遺跡の回廊に向けられていた。人工物である遺跡内部は底冷えする寒冷にやられ、そこら中に霜柱を作っているが、それは奥に進むほど少なくなっているように見える。そして入り口から見える範囲内では、回廊の両脇に一定間隔で立っている円柱の影を含め、モンスターの姿は無い。

 ならプレイヤーキラーの待ち伏せか――と考えていると、彼が行動を始めた。

 きょろきょろと視線を迷わせた彼は、ふと円柱の一本に視線を止めた。右手に提げていた黒の両手剣を正眼に構える。同時に、早口で少し長めのスペルワードが組み立てられ、剣の切っ先から黒色の蝙蝠が五匹出現した。隠蔽呪文やスキルによるハイディングを看破するべく《サーチャー》である蝙蝠たちを召喚したのだ。

 微かな剣の振るいを受け、五匹の蝙蝠は僅かな角度を付けて放射状に宙を進み、うち一匹が、キリカが正面に捉えていた円柱の影に突入した。

 ぱっ、と灰色の光が広がる。

 サーチャーが消滅し、その奥に出現した鋼色の空気の膜が、たちまち溶け崩れるように消えた。

 

「あ……」

 

 そこで、隠蔽を剥がされたプレイヤーの、か細い声が聞こえた。

 さっと視線を隠れていたプレイヤーに走らせる。長い赤髪には光沢が見える事から種族はレプラコーン。ヘッドドレスとワインレッド色のコート、両の腰には同じ装飾の片手直剣が吊られている。装備のグレードはかなり高い。カーソル横にゲージが表示されているが、ギルドタグは無い。

 というより、彼女は――

 

「れ、レイン?!」

 

 ――最初に反応を示したのは、ソードブレイカーを逆手に警戒していたフィリアだった。彼女は仲間の中でレインと最も長い付き合いだった。即座に反応を返したのはある意味当然だろう。

 

「あ、あははー、見付かっちゃったかぁ。話には聞いてたけど、ハイディングが効かないってこういう事なんだねぇ」

「見付かっちゃったかぁ、じゃないよ?! 用事があるからログイン出来ないって言ってたのになんで居るの?!」

「いやぁ、流石に四日も経てば、その用事も終わるというものですよ」

「……じゃあなんでフレンドリストの名前はずっとログアウト状態のままなのよ」

「追跡不可設定にしたままだったからかなー」

「……あんたってやつは、もう……」

「えへへ、ごめんね、フィリアちゃん」

 

 拳を握りながら苦笑いするフィリア。

 そんな彼女に、レインはぽわぽわ笑いながら謝罪した。

 

「レインは何で隠れてたの?」

 

 頃合いと見たか、剣を下げたユウキがレインに問い掛けた。

 

「この遺跡にプレイヤーが近付いてるって気付いたからだよ。みんなだと分かってたら隠れなかったけどね」

「なるほどねぇ」

 

 レインの言い分に、ユウキは納得の声を上げた。

 ダンジョンにソロで潜っていたらその帰り道に執拗にPKを狙われたという話は、枚挙に暇が無い。《三刃騎士団》とて一枚岩では無い事はシウネー達の一件でも分かっている。警戒してハイディングしてもおかしな話では無い。

 これが見知らぬ相手ならPK――その場合隠れていた方は囮――を警戒するが、レインは顔見知りなので、その必要は無い。

 空気が僅かに弛緩した。

 

「ねぇ、レインさんはもうこの遺跡を探索したの?」

 

 そこで問いを発したのはアスナだった。

 

「まだぜんぜんだよ。そこの回廊をうろついてた騎士型のMobを倒したところなの」

「あ、だからモンスターが居ないんだ」

 

 納得を抱き、再度奥に続く回廊を見遣る。それなりに幅がある回廊に一体もモンスターの影が無い事は気掛かりだったが、先に来ていた彼女が倒していたなら説明がつく。

 

「じゃあさ、私達と一緒に行かない?」

「えっ……いいの?」

「ダメな理由があるの?」

「うーん、気持ちは嬉しいけど……」

 

 そう言って、レインは周囲の顔ぶれを見渡していく。

 

「でもアスナちゃん達、もう七人パーティーだよ?」

 

 あ、と声を漏らしたのは誰だったか。数えれば確かに七人のフルパーティーなのでレインが入るスペースが無い。

 

「なら俺がピクシーになろうか? それなら七人パーティーになる」

 

 そこでキリカがそう提案した。

 しかし周囲の顔ぶれの反応は芳しくない。ナビゲーションピクシー二人態勢ともなれば索敵と戦況報告の分担は出来るが、彼は両手剣使いにして回避優先のライトタンクの役割を担っている。タンクはヘイトを一心に集めて敵を翻弄し、味方の術師が詠唱できる時間を稼いだり、他の前衛のサポートをしたりと、遊撃の次に大変な役割だ。即席の代打が難しいポジションである。

 

「それならいっそユイちゃんも妖精型アバターになって、四人と五人パーティーで分ければいいと思うのだけど」

 

 そう代案を出したのはリーファだった。興味無さげに会話の輪から外れていた彼女は、それでもしっかりと話を聞いていたらしい。

 その案はすぐに採用された。

 他に人が来ても面倒なので、キリカの一存で班割りも決められた。

 Aパーティーにはキリカ、アスナ、フィリア、レイン。

 Bパーティーにはリーファ、ユイ、ユウキ、シノン、そしてサチ()

 

 ――あ、これわざと分けたな。

 

 班割りを発表された瞬間そう悟ったのは私だけではなく、あまりにあからさまな分け方に微妙な視線がキリカに集まったが、彼は集まる視線を黙殺し、さっさと三人を連れて去って行った。

 取り残されたのは、何時ぞやの着せ替え会に居たラン以外の四人と、浮遊城より消滅してからずっと義弟の事を視ていたAIの少女という、()()()()()()()()()になり得る組み合わせ。

 

「――(てい)よく追い払われたわね」

 

 額に手を当て、溜息と共にリーファは皮肉気に苦笑した。

 

「《キリト》にとって親しい関係。本来は自分のものの筈なのに、《他人》としてそれを見せられるから、よね」

 

 何とも言えない面持ちで言うシノン。ユウキとユイも、後ろ姿で顔が見えないリーファも――――そして、私も、同じ面持ちをしているだろう。

 

「遣る瀬無いね。みんな、(キリカ)が《キリト》の時からの関係だから、どんなに声を掛けても届かない。大切に思う気持ちも、《キリカ》自身に届かない」

 

 ふぅ、と息を吐き、ユウキが黒曜の切っ先を石畳に掠らせた。

 

「――いいえ、届いていますよ。でなければこんな班分けになりません」

 

 私とリー姉が同時に離されたんですよ、と。黒のフードコートを纏うユイが哀しげに言った。

 

「届いているからこそ苦しいんです。かつて人だった頃と変わらないものを向けられて……思い出して、けれど、もう戻れなくて。解決策も無いから苦しんでいるんです。だからこちらへの対応が出来ない」

 

 《キリト》だった頃と変わらない関係。でも、彼はAIになり、現実での生を剥奪されてしまった。《キリト》としての己も居る。自身は《キリト》からすれば第三者に該当し、これまでと同じ関係になる事はあり得ない。あり得ない筈なのに――キリカは《キリト》の過去全てを受け継いでいるせいであり得てしまった。

 キリカの過去は、在り方は、概念的に矛盾している。

 まったく同じ人間などあり得ない。それを破壊した存在がAIであり、キリカだった。

 

「……本来なら、その苦しみで自我崩壊を起こしてもおかしくないんですよ。『同一存在』をプログラムは許容できないものですから」

 

 同じ名前のフォルダを一つのファイルに入れられない事と同じで、同じ存在の人間が一つの世界に生きている事態は、本来あり得ないもの。

 《ホロウ・エリア》のルール。

 プログラムにとっての絶対制約。

 ――彼はそれを自らの意思で突破した存在だ、とユイは言った。

 

「データは同位数を認めない。もし私がコピーされれば、互いを削除対象と認定し、殺し合うでしょう。キリカの場合はオリジナルが人間なのでより複雑ですが、根本は『唯一性』を順守する事です。一位が二人居る事を、許容しないのです」

 

 人間の意思が介在しないなら、同着同位で、同順位が複数存在する事は容認されない。

 それに照らせば、キリカがキリト(オリジナル)の存在を曲がりなりにも許容し、それどころか一度たりともキリトへ刃を向けていない事は、いっそ異常だと続ける。

 

「葛藤してるんです、あの子は」

「……何に?」

「全てにですよ、サチさん」

 

 彼女は流し目を向けてきながら、そう答えた。

 

「あなたとの関係を保ちたい。けれどそれは人間であるオリジナルのものだ、新たに《キリカ》として築くべきだ。でも自分とて同じ《キリト》だ……そういう葛藤が、あらゆるものに適用される」

 

 プログラムは判断を迷わない。イエスかノー。一かゼロ。一事が万事そうなるよう設計されている。

 AIである筈のキリカはそうならず、思考のオーバーフローも来さず、迷い、惑い、苦しんでいる。彼には、己の根幹に刻まれたコードより優先すべき、人間だった頃の()()がある。優先するべきものがあるからオリジナルと邂逅しても自己を保っていられる。だが、しかし――それで全てを流せるかとなると、『人として』彼は許容出来なかった。

 一かゼロか。百かゼロか。そんな両極端で整然としたものではない、判然としない(あい)(なか)の状態――葛藤しているからこそ、彼は苦しんでいると言う。

 

「けれど、彼にはどうしようもない。どれだけ叫んでも《桐ヶ谷和人》にはなれない。なるのは、《桐ヶ谷和人》に()()()()()存在……――――それは、キリカが求めるモノでは無いんです。彼が求めるモノは、記憶にある《桐ヶ谷和人》そのものなのだから」

 

 求めている光がある。しかし、目の前にあるのに、掴む為の『手』は他人が持っている。自分では手に入れられない。『手』を持っていないからだ。『手』を得る機会が無いからだ。手段が無いからだ。

 己に出来るのは、光が喪われないよう護る事ばかり。

 『手』に取る機会は訪れない。

 ただ、目の前にある光を、永遠に眺めているしかない。

 護るべき温かな関係は、それそのものが己を『偽物』と訴える事象に他ならない。求めれば求めるほど、強く思うほど、己が本物になる事は出来ないのだと、痛感させられるのだ。

 ――嗚呼、それは、それはなんて……

 

「……(むご)い……」

 

 思わず、口に出た。

 誰も、それを咎めなかった。

 

 *

 

 感傷的な気分に浸るのもいいが、ぼうっと突っ立っている訳にもいかず、暫くしてからダンジョンアタックに私達も動き出した。

 遺跡の回廊は左右で道が分かれていて、彼らは右側に行った。言外に左側に行けという事だろうからそれに従い左側の道を進んでいる。

 基本的な戦い方はユイとリーファでライトタンクとしてヘイト集めと攻撃誘導、ユウキと私はアタッカーとして攻撃、シノンが遊撃として援護である。

 今、私達が相対している敵は、三体の骸骨型モンスター。名前は《デモニッシュ・サーバント・ランサー》。

 三体の中で最も手前にいたランサーにユウキが肉薄した。左右二回の薙ぎ払いを、深く腰を落として体全体を沈めて回避し、すれ違い様に蒼光を纏った剣劇を一つ叩き込んだ。空きの胴へ入った一撃はそのまま脊椎を斬り裂き、大きく怯む。

 そこに蒼い光の斬撃が四つ叩き込まれた。

 先頭の骸骨型モンスターは結晶片へと散った。

 

『ぐるあッ』

『ふぐるぅっ』

 

 一人突出したユウキに、左右からランサー二体が槍で穿たんと迫る。

 ――通常ならリーファとユイが来るところだが、あの二人は背中を合わせるように、真反対の方向にいる敵と相対している。

 援護は期待できない――!

 

「ユウキ、左を!」

「オーケー!」

 

 駆けながら指示を出す。初級だからこその短時間硬直が解けた直後、彼女はくるりと反時計回りに回り、剣を振るい、槍を止めた。

 その反対側――右側の槍は、私が割り込み、止める。

 ぎぎ、と錆の浮いた穂先と、蒼黒い片手直剣の刃が鬩ぎ合う。

 

「サチ、《片手剣》スキルっていまどの辺?」

「昨日一五〇を突破したばかりだよ」

 

 SAOから引き継いでいたとは言え、メインで使っていたのは長槍だ。本土での熟練度もそこまで高かった訳ではないのでそろそろ熟練度ブースト頭打ちになる頃合い。

 とは言え、《片手剣》スキルに関して言えば――少なくとも私にとっては――一五〇もあれば十分だ。

 習得するソードスキルは何十何百に及ぶが、プレイヤーはその中から気に入ったものをいくつか選び、あとはひたすら反復練習を繰り返す。引き出しが幾ら多かろうと使いこなせなければ意味が無い。そんな私が愛用した剣技は、凡そ熟練度一五〇ほどで揃うものばかり。戦況をひっくり返すような(上位)(剣技)は限られるが、堅実さを求めていた私には丁度良かった。

 その意思を汲み取ったように、ユウキが、なら十分だね、と笑った。

 うん、と私は頷き――槍の穂先を滑らせ、弾く。

 

「――や、ァッ!」

 

 そこから剣を振りかぶり、蒼光を宿して一気に解放。

 眼前の敵目掛けて袈裟掛け、(斬り)(上げ)、時計回りに回った勢いで逆袈裟、そして全力の(斬り)(下ろし)を放つ。熟練度一五〇で習得する四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。ぱっと青い四角形が浮かび、空間に溶けて消える。

 ぐぐっと、骸骨のHPが四割ほど削れた。

 目を眇め、気を引き締める。意識は錆びた槍に絞られている。

 技後硬直が解けると同時、あちらも被弾時仰け反りから解放される。大ダメージのヘイト故に、プログラムに忠実に突っ込んできた。

 刺突の軌道――

 

「く――っ」

 

 剣を翳し、逸らす。ぎゃりっと火花を散らしながら穂先が耳の横を過ぎった。ごおっと空を裂く音が生々しい。

 ぶわっと嫌な汗が流れるも、それを無視して剣を振り上げ、大きく槍を跳ね上げる。

 隙が生まれた。

 

「――ッ!」

 

 上に振り上げた剣を下ろし、構える。青い光が宿り、腕を僅かに動かしたと同時に()()()()()

 すれ違い様に左薙ぎで一閃。

 振り返りつつ、敵の背後を跳びながらの斬り上げで二閃。

 骸骨の前へ回りながら、右肩を斬り付けるような斬り下ろしで三閃。

 敵に対して背中を見せて着地し、振り返りながら右へと薙いで四閃。

 敵を三次元的に動きながら四方形を形作るようにして斬り裂く、《片手剣》四連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。四方へ蒼光がパッと散って消えた。

 これで五割削った。

 残りは一割。

 

『ふぐるるあッ』

 

 また同時に硬直から復帰した後、《デモニッシュ・サーバント・ランサー》は咆吼を上げながら槍の左右二連薙ぎを放ってきた。

 こちらから見て右から左へ、左から右へ薙ぐ二連撃のうち、二撃目でこちらも左から右へ剣を走らせ、槍を滑らせるよう剣身に乗せてから思い切り上に弾く。

 槍は長物であるが故にリーチという強みを持つが、遠心力が大いに働くので取り回りがしにくい代物。よく懐に入られると負けるなどという事を聞くが、それだけでなく柄の先端を持っている時に思い切り先端を弾かれると、遠心力の関係で大きな隙を晒す事となる。弾くだけでも相当な集中力を要するが、慣れてしまえば単調な攻撃だから難しくは無い。長槍は自分の得物でもあるから余計に見切りやすかった。

 紫がかった髑髏の眼窩に宿る蒼白い焔が驚いたように揺れたのを見つつ、剣を振るった勢いに逆らわず右回転しながら剣を構える。三度宿る蒼光を認めた直後、体を動かす見えない手に逆らわずに剣を振るう。

 回転しつつ放つ横一閃(ホリゾンタル)

 ばきりと嫌な音を立てて骨が断たれ、骸骨は蒼い欠片となって散った。

 視界の左端にあるバトルログに『種族熟練度が350に上がりました』という表記が出た。このバトルログは表示と非表示する内容を細かく設定可能で、自分の場合は『熟練度アップ』、『死亡と蘇生』、『取得アイテムとコル』の三つを表示するようにしている。経験値はメニューを開けばゲージが現れるので非表示にしている、何だか気が遠くなりそうだし嫌気も差しそうだったから。

 それを一瞥して、仲間の戦況に目をやる。

 ユイとリーファは全撃弾いて反撃を叩き込んでいる。まったく被弾していないようなので、彼女らが敗れる事は無いだろう。シノンも見事な射を以て牽制している。

 ユウキは――丁度、倒したところだった。

 ユウキと共に加勢し、一分ほどでモンスターを全滅させる。

 小さく勝利を祝い、労い合った後、戦闘を何回か挟みつつ進んでいると、遺跡の最奥でよく見る紋章が彫り込まれた扉を発見した。どうやら遺跡のボス部屋に到着したらしい。部屋の前には誰も居ない。

 私達が来た回廊の反対側にも道はある。キリカ達も遠からず来る筈なので、彼らが来るまでの間は小休止を取る事になった。

 

「ふぅ……」

 

 私は壁に背中を預け、《ホット・ポーション》なる寒冷地帯での寒さを和らげる飲み物を手に、なんとなく重厚な扉を眺める。

 いったいどんな敵が出て来るのだろう。

 《彼》はここを攻略したのだろうか。

 二つの思考が脳裏に浮かぶ。

 フロスヒルデに出没するMobは《アイス・ゴーレム》、青銀色の甲冑を纏った《ガーディアン・ナイト》と《ガーディアン・シューター》、懐かしい骸骨モンスター《デモニッシュ・サーバント》シリーズが主だった。後は丸い体に一つ目、カマキリのような上半身で飛ぶ虫、目が肥大化した空飛ぶトカゲなど、一歩劣るものばかり。種族がてんでバラバラなため、弱点とする武器、耐性のある物理属性も勿論バラバラ。それらに合わせて武器を取り換える事は、ストレージ容量を考えると原則不可能に近い。

 それを可能にする《ⅩⅢ》の存在は、自然属性や召喚武器の一斉攻撃が無くても十分反則的である。相手に刺突耐性があった時を考慮し、長槍の控えとして片手剣と両手棍のスキルも鍛えているから、余計そう感じる。

 無論、《ⅩⅢ》の強みは、使い手によって大きく左右される。

 同じものをユイとシノンも持っているが、彼女らの間でも使い方に歴然たる差が生じている。反応速度で言えば人間より勝るユイの方が換装は上手。対して、遠距離での射撃命中率はシノンの方が上。そして全ての武器を扱う練度はキリカが彼女らを上回っている。だからほぼ同位体である《彼》もまた、あらゆる局面への強みを持っていると言える。

 SAOアカウントを引き継ぎ《ⅩⅢ》を手にしていればの話だが。

 新規アカウント勢の彼は、SAOアカウントの引き継ぎを『命を賭ける時にする』と言っていた。彼が()()()()()事があれば、文字通り現実での命を賭した戦いという事になる。

 そこで浮かぶ、瀕死の彼の姿。

 ――彼は、本当に引き継いでいないのか。

 低血糖に陥って死の縁に陥っていたが、彼はあれを予期しなかったのだろうか。いや、していた筈だ、自ら原因に当たりを付けていたのだから。

 もし死の縁に立つ程の事が裏で起きていて、それが結果的にみんなの命を危ぶめているものだとすれば、彼が全力を出さない理由は無い。ALOはデスゲームでは無いからどのような手口で複数の人間を纏めて危険に晒すかは不明だ。しかし可能性が一片でもあるなら、彼は躊躇う事なくアカウントを引き継ぎ、再び仮想世界で命を懸ける。引き継がない理由も『もう役目は終わったから』というごく個人的なもの。必要と判断すれば、前言を翻して引っ張り出してくる筈だ。

 『()()()を護る』という(誓い)は、どんな理由・経緯があっても、彼自身では破り得ない楔なのだから。

 

「きりと……」

 

 ほう、と息を吐く。

 温かい飲み物を含んでいたせいか、靄の白は先程よりも濃い気がした。

 

 


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