インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はサブタイトル通りオールアスナ視点です(白目)

 セブン暴露回ではない!(血反吐) 必要な事なんじゃ!

 ほら、本作のLS編って、原作《フェアリィ・ダンス》編のストーリー、《マザーズ・ロザリオ》編のストーリー+アスナ事情も混ざった《ロスト・ソング》編だから……これでもかなり話数と描写省いてるんやで……?(SAO編と比較して)

 だから、ゆるして。

 文字数は約五千。みじかい。あまり長引かせてもアレなので、キリ良くしたら五千時に。ゆるして。

 ではどうぞ。




第三十一章 ~アスナの懊悩~

 

 

 七色博士(セブン)とスメラギが都合を付けられたのは、【環状氷山フロスヒルデ】にあったスヴァルト全域に渡り高度制限を掛ける装置が解除された日から、ちょうど三日後――ゴールデンウィーク最終日の夕方だった。

 会談場所に選ばれたのは、エギル雑貨喫茶店兼リズベット武具店の一階店舗。『お茶を飲みながら話せる場所』且つ『数十人が同時に入れる場所』としてキリトが提案したらしい。

 キリトを介して話す場と時間を設けた私達は、一足先に会談場所であるエギル雑貨喫茶店兼リズベット武具店の一階スペースに集まり、会談までの時間を思い思いに過ごしていた。既に入り口の札は《Close》にされており、店主の二人が招き入れない限り誰も入って来れなくされている。

 あとは【黒の剣士】キリトと博士たちの三人が来れば役者は全員揃う。

 そもそも今回の会談の発端は彼らにある訳で、自分達はオマケに近いくらい部外者だから、役者ですら無いのだが……と、お気に入りのハーブティーを口に含みながら思う。

 

「アスナさん、同席よろしいでしょうか」

 

 そうして寛いでいると、自分のものとは違う香りを漂わせるティーカップを持った同族――シウネーが、そう聞いて来た。

 

「構いませんよ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 にこやかに促すと、彼女は顔を綻ばせて席に着いた。

 かちゃ、とシウネーが持っていたティーカップとソーサーがテーブルに置かれる。すると先程よりもより鮮明に香りが漂ってきた。

 

「いい香りですね。シウネーさんの紅茶はなんていうアイテムなんです?」

「コレですか? コレは《ヴィクシムティー》と言って、プーカ領で栽培されている茶葉で淹れたものなんですよ。どうも【歌姫】がプーカを有名にした事と、スヴァルトエリアという完全中立の都市が実装された事で、ここぞと売り出しているようでして」

「へぇ……それが……」

 

 聞いた事はあったが、見るのも香りを嗅ぐのも初めての事で、思わずティーカップを眺める。

 マニアという訳ではないが、紅茶は洋菓子のおともとして口にする機会が多いので、それなりに私の舌は肥えている。この世界でなら血糖値などの心配をしなくていいから集められる茶葉は大抵集め、自分で飲んできてもいる。

 今まで口にした事が無かったのは、音楽妖精プーカが中立域にあまり出ていなかったからだ。システムに設定された音程を歌い、バフを発生させる事を専売特許とする反面、全体的に戦闘が苦手なせいで種族間抗争ではシステム面で弱小種族になりやすいせいで、PKされやすい中立域に出るプレイヤーは少なく、選ぶ人も少ない。プーカでありながら前衛と中衛をこなすサチが例外なだけである。

 そんな事情があるため、茶葉はこれまで出回っていなかった。

 ごくりと、思わず喉を鳴らす。

 

「……ひとくち、飲まれます?」

「いいんですか?」

 

 シウネーの提案に、間を置かず反応してしまった。一瞬きょとんとした彼女は仄かに微笑みを浮かべる。

 

「構いませんよ。アスナさんの紅茶もひとくち頂けるなら、ですが」

「え? ……ふふ、なるほどー、交換条件ですか」

 

 澄ました顔でそう付け足した後、いたずらめいた笑みを浮かべたシウネーに一本取られたと笑い、お互い紅茶のカップを交換。香り含めて風味を味わいながら口に含む。柑橘系に近い甘酸っぱさが広がったと思えば、すっぱさはすっと引き、とろりとした甘みだけが残った。

 

「美味しい……酸っぱ過ぎず、甘さもくどくなくて、すごくアッサリしてますね。ダージリンティーとレモンティーを合わせたみたいな……」

「現実には無い味なせいで受けは微妙なんですが、ハマる人にはハマるんです」

 

 にこにこと、シウネーが言う。

 これは確かに大衆受けはしないだろうと思う。現実で近い味は先に挙げた二種類だが、実際はそれらを合わせたような味。ジュースとして馴染まれている味達が混ざり合っているコレは紅茶好きでなければ受け入れがたい筈だ。

 

「……少しは気が紛れましたか?」

 

 ふと、労わるような面持ちで、そう言われた。

 

「え……なんの事です?」

(へい)(ぜい)を装っているようですが……少し、悩んでいるような顔をされていたので。眉間にしわが寄っていましたよ」

 

 こんな風に、と左右の人差し指できゅっと鼻梁に皺を寄せるシウネー。

 不意を打たれたため驚いていた私は、彼女のヘンな顔に小さく噴き出してしまった。美人な彼女がいきなりヘンな顔をすると何故だか可笑しい。

 

「……ヘンな顔ですね」

「む。アスナさんの真似ですよ」

「私はそんなヘンな顔なんてしてませんよ」

「いいえ、していました」

「してません」

「してました」

 

 むっとした風に平行線を辿る言い合い。少しして無言になり、どちらからともなく笑みを浮かべる。

 モヤモヤとした胸中がすっとしていく。

 

「……私、悩んでる風に見えてましたか」

「ええ……差し支えなければ、相談に乗りますよ? 力になれるかは分かりませんが、言葉として吐き出すだけでも楽になると思います」

 

 (おとがい)に指を当て、沈思する。

 

「……そう、ですね…………正直、誰かに聞いて欲しく思ってました。話して解決出来るものでもないんですが……」

 

 そう前置きして、ここ最近の――キリトや《三刃騎士団》関連を除いた――直近の悩みへと思考を回す。

 

「実は、転校になるかもしれないんです」

「「「「「ええ――――っ?!」」」」」

 

 声を潜めて悩みの根幹を最初に言った途端、思い思いに過ごしていた仲間達が驚きの声を上げた。どうやら聞こえていたらしい。

 まぁ、同じ場所に居るのだから、声を潜めたところで無駄ではあった。

 人が居るところで話す事を良しとしたのは……多分、みんなにも聞いて欲しいという、内なる願望があったからだろう。

 

「ちょ、ちょっとアスナ、どういう事よ?! なんで転校?! 何時、どこに、何で?!」

「わ、わぁっ、リズ、落ち着いて?!」

 

 両肩を掴み揺さぶって来る友人を宥めるが、サッサと言いなさい! と言うベビーピンクの鍛冶師には聞こえていなかった。がくがく揺らされる視界のせいでちょっと気分が悪くなってくる。

 

「リズ、放してあげなさい。それを今から話すところなんだから」

 

 呆れ顔でシノンが手を掴み、止めてくれた。漸く揺さぶりが止まった安堵で荒く呼吸を繰り返す。

 

「も、もー……リズったら、自分の筋力値考えてよね……」

「あ、あはは、ごめんごめん……でもあんた、ホントどうして転校なんて事になってるの?」

「はぐらかしたわね……」

 

 謝罪もそこそこにはぐらかした友人にジト目を向けてから、息を吐いて思考を整える。

 

「えっとね……私達はSAOサバイバーでしょ? 同い年の子達と二年の学年、学力差が付いてる訳じゃない? それを母さんは快く思ってなくて、二学期……九月頭からは、母さんの友人が経営してるっていう進学校の高校三年次に編入出来るようにって言ってるの。その編入試験申し込みの期日が今週末までなんだ……」

「はぁ?! 三年次って……え、二年分の勉強を、あと三ヵ月で叩き込めって事?」

「編入試験の日取りもあるからよくて二ヵ月以内ってとこじゃないかしら……アスナが成績良いのは知ってるけど、流石に二ヵ月足らずで二年分は……」

 

 信じられない、という顔で残り日数を概算するリズベットとシノン。現状を鑑みるとあまりにも無茶な要求というのは分かってくれるらしく、誰もが険しい面持ちだ。

 

「アスナ、流石に無理があるよ。せめて一年の準備期間が無いと後で無茶が祟るわ」

「それは分かってるの。でも母さんは、一年の遅れも許すつもりがなくて……」

 

 ゴールデンウィーク初日の夕食以来、顔を合わせても殆ど会話をしないまま今日まで来た。いや、それは正確な表現では無い。こちらとしても掛け合ってはいるが、あちらが聞く耳を持たず、結局平行線を辿るまま時間が過ぎてしまっている。

 

「母さんの気持ちも分からなくはないんだよ。良い学校を出て、安定した職に就いて欲しいって、そう思ってくれてる事はよく解るの……《SAO事件》の間も心配掛けた訳だし……」

 

 兄が言っていたように母は私の命よりも進学などのキャリアを重視していた訳だが、だからと言って全く私の安否を心配していなかったと言えば、それは間違いだ。彼女なりに私の事を案じてくれている事はよく解っている。

 ただこちらの意思を無視している点が困るところなのだ。

 

「なるほどなぁ……オレも実家のお袋達には随分と心配掛けたかんなぁ。特に仕事の事は本人であるオレ以上に気掛かりだったっぺぇな。アスナの親御さんもそら心配にならぁ」

 

 無精髭を撫でながら、納得したふうにクラインが頷く。

 

「でも流石に二ヵ月足らずで二年分の勉強を強いるのはおかしいでしょ!」

「お、オイオイ、オレに怒鳴るなって。オリャあくまで一般論を語っただけでだな……」

 

 リズにカッカされ動揺するクライン。それをよそに、シリカが小さく挙手し、口を開いた。

 

「で、でも、政府主導で新設された生還者学校じゃダメなんですか? 一応あの学校って次世代型カリキュラムと授業スタイルのモデルケースらしいですし、最先端と言えば最先端なんじゃ……」

「あそこは積み重ねが無いからって。新しい学校って、就職率とか進学率が不鮮明だし、今のカリキュラムがどれくらい成果を上げるかも分からないでしょ? ……それに、母さんにとってあの学校は、収容施設の印象みたい」

「そ、そんなのって……」

 

 悲しそうに眉を困らせる猫妖精。悲しんだのは、収容施設と言われた学校に属しているからか、あるいはそう言う親の下にいる私に対してのものか。

 

「アスナ、遠くに行くのか?」

 

 おずおずと、黒髪を一つに括った少年――キリカが、疑問の声を上げた。

 

「もう会えない?」

「……キリカ君……」

 

 寂しげに、短く問われ、喉がひくついた。

 

「……そうだね。多分だけど、編入試験の書類を書いたら《アミュスフィア》は没収されるし、下手したらもう二度とVRMMOは出来ないかも。《SAO事件》の事もあって須郷さんが作った《アミュスフィア》も毛嫌いしてるから」

「……そうか」

 

 しゅん、と見るからに気落ちした様子で俯くキリカ。彼の頭をユイが撫でるも、様子は変わらない。

 それだけ受け容れてもらっていたという事に喜びを覚えるが、もう二度と会えなくなると思うと、哀しくもある。彼は仮想世界で息づくAIだ。現実に居ない以上、《アミュスフィア》を喪ったらもう会う事は無い。母としても、彼女の認識で『犯罪者予備軍』相当のみんなに会えないよう徹底的に情報を遮断する筈だ。

 

「……あたし達でどうにかアスナのお母さんを説得出来ないかな」

「――それはやめとけ」

「エギル?」

 

 リズベットの言葉を、カウンターから話を聞いていた禿頭の巨漢エギルが遮った。彼は腕を組んで難しい顔をする。

 

「最初にアスナも言ってただろ。これは話して解決する問題じゃねぇ。アスナの家、ひいてはアスナの人生を左右する問題だ。親と子の問題に部外者の俺らが介入してもロクな事にならねぇよ」

「で、でも、友達がヤバい方に進もうとしてるのよ?!」

 

 そう訴える彼女に、なら、とエギルが言葉を止めた。

 

「リズ、お前は責任を取れんのか? アスナの母親が望んでいるのは『安定した将来』だ。ただでさえ《SAO事件》で進学が遅れた事を親が気にしてるってのに、そこに『友達だから』って言って介入して、将来安泰な根拠があるか? 俺が親だったら怒鳴って追い返してるぜ?」

「う……そ、それは……」

「だいたいリズだって境遇はアスナと同じなんだ。聞く耳持たれねぇよ」

「……な、ならエギルは、アスナをこのまま放っておくの?!」

「――ンなつもりはねぇよ」

 

 逆ギレしながらのリズの言葉。

 エギルは、しかし首を横に振り、否定した。否定されると思わなかったリズは眉を顰めて口を閉じる。

 

「俺だってアスナの友人だからな。そりゃ、本人が納得してたり、諦めてたら口出しするつもりは無かったが……見るからに不満げなダチを放っておくなんて流石に、な?」

 

 口の端を歪め、苦笑を見せる店主。アンタ性格悪いわ、と鍛冶屋を営む友人が悪態を吐くが、どこ吹く風と()(ゆるぎ)もしていない。

 

「それで、実際のとこ、アスナはどうなんだ?」

「どうって……」

「アスナはその転校は『いい』か『イヤ』か、どっちなんだ?」

「イヤだ」

「なぜだ?」

「……」

 

 簡潔な問い。

 何故イヤなのか、と考えたところで、言葉に詰まった。理由は沢山あるのだ。でも、どれもこれも、なにか違うと思ってしまって、口に出せない。出したら本当の気持ちに気付けなくなってしまうような気がする。

 

()()()。イヤだイヤだと言いはするが、じゃあなんでイヤなのか。どうして今の方がいいと思うのか。そこをしっかり考えて親御さんに伝えるべきだ。じゃねぇと親からすりゃ駄々を捏ねてるようにしか聞こえねぇだろうさ」

「……!」

 

 ――あなたはただ駄々を捏ねているだけよ。

 

 エギルの言葉に呼応して、脳裏に蘇る母の声。あの日の夕食で言われた言葉。

 さぁっと、立ち込めていた霧が晴れ、道が示されたように思えた。思考がクリアになり、気持ちが楽になる。

 

「……エギルさん、ありがとうございます。なにか掴めた気がします」

「おいおい、流石に気が早いぜ。礼はお前さんが掴み取りたいモノを掴んでから改めてしてくれ」

「はい!」

 

 腕を組み不敵に微笑む馴染みの斧使いに、返事をする。

 ここ最近で一番元気のいい声が出た気がした。

 

 






 同年代の主人公や友人が諭すよりも年長者なエギルやシウネーが諭す方が説得力を増す辺り、流石SAOでの常識人枠だと思いました(小並感)


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