インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話はオールアスナ視点(ぶっちゃけ誰でもいい)

 文字数は約一万。

 ではどうぞ。

※今話はかなりややこしいので、以下を再認識して下さい。

・キリトが受けている依頼
束・茅場:ALOのプレイテスト、バグ報告
菊岡:七色博士の調査
元帥:IS操縦者としての第四回世界大会(モンド・グロッソ)優勝
楯無:???
 簪:一緒にアニメを観よう
レイン:七色博士関連

 ――瀕死に陥った原因とは?




第三十二章 ~Contract(契約)

 

 

 待ち人の片割れ――黒尽くめのスプリガンが店にやって来たのは、集合予定時間の三十分前になった頃だった。予定時刻を考えればかなり早い行動なのだが、その彼を上回る早さでセブン達以外の面々が集っていたのを見た彼は、目をぱちくりとさせた。

 

「……かなり早く来るよう心掛けたんだが、もう居たのか。ずいぶん早いな」

「そりゃボク達の攻略拠点みたいなものだし」

「いちおう言っておきますけど、アンタ達の貸し切りっていう訳じゃないからねー」

「分かってるってば」

「……なるほど」

 

 半目のリズにツッコミを入れられ、ユウキはそう返した。

 そのやり取りを視て、早く集まっていたのは攻略の準備があったからと納得した頷きをした彼は、誰も居ない店内の壁際に近寄った。壁に背中を預けた後、なにかのテキストを複数のタスクで表示していく。りりりりりん、と軽やかな鈴の音が連続した。

 

「キリト君、なにを見てる……読んでる? 書いてる? の?」

「なんで複数回言い直したんだ……」

 

 期せずして一番近かったので質問を投げる。内容があやふやなのは、ホロウィンドウを無表情で()()彼の手元にはキーボードがあるものの、それに彼は手を伸ばしておらず、どちらなのか判別付かなかったせいだ。

 どこか脱力したような目で見返して来た彼は、報告書、と端的に答えた。

 そこでユウキが、え? と声を上げた。

 

「報告書って……キリト、なにか仕事やってるの?」

「仕事……まぁ、仕事、なのかな……やってる事はベータテストのそれと変わらないから仕事と言えないような……」

「アー、つまりキー坊はALOのテスターやってんのカ。で、そのテキストはバグとかの定期報告って訳ダ」

 

 世間的に明言こそしていないが、暗黙の了解として知られている元SAOベータテスター仲間のアルゴが言葉を挟んだ。その推測は当たっていたらしく、キリトはこくりと頷く。

 

「でもサービス中のALOでテスターっておかしくない? 普通テスターって今回のスヴァルトみたいに追加されるエリアやシステムの確認のために、専用のエリアで働くものなんじゃないの?」

「それとは別枠のテスターだよ。ユウキが言ってるのは実装前の準備用テスター、俺は実装後のバグやバランス調整を図る調整用テスター。役割はおろか持ち場が違う」

「アルゴが言ってたバグ報告が仕事なの? でも【カーディナル・システム】の構成上、メインとサブで差異を修正するんだから人力は必要ないんじゃ?」

「……悪いが、その辺の事を話す権限が俺には無い。守秘義務圏内だ」

「えー……まぁ、いいけど……」

 

 まったく良くないと言わんばかりの憮然とした表情で答えるユウキ。流石に分かりやすいからか、彼も苦笑を浮かべた。

 

「……もしかしてさ、キリトがセブンや《三刃騎士団》の事を警戒してたのってその『仕事』が原因なの?」

 

 そこで、ユウキが爆弾――恐らく誰もが気になっていた事――を切り出した。絶妙な緊張感を孕んでいた空気が張り詰める。一言一句聞き逃さないよう誰もが息を潜めるほど皆の意識が一人の少年へと集中した。

 

「無関係とは言えないが、直接的な原因でもない」

 

 圧すら伴った空気の中、彼は手つかずのホロウィンドウを消し、難しい面持ちで答えた。判然としない返答に、面々の眼に疑念が宿る。

 紫紺の剣姫は鼻梁に皺を寄せる。

 

「どういう意味なの? 具体的には?」

「……悪いが、今はまだ言えない」

「今は……?」

「そういう()()なんだ」

 

 アッサリと情報が洩れた。言外に、テスター以外にも仕事を請け負っていると言っているも同然の内容。

 

「契約、ね……それを教える事は守秘義務圏外なんだ?」

「ああ」

「でも仕事の内容、教えられない条件、そもそもその仕事を受けた理由については教えてくれないんだね」

「そういう契約だ」

「……また契約、か」

 

 ユウキの苛立ち混じりのしかめっ面が、哀しみを帯びたものになる。泣きそうな怒りの顔。その形容がしっくりくる表情。

 

「――いい加減にしてよ……!」

 

 その顔で、呻くように言った。

 

「頼ってよ、信じてよ、ボク達を! もう指を咥えて待つだけなんて嫌なんだよ! 知らない間柄じゃないんだ、一人で背負って死ぬほど頑張るよりもよっぽど簡単でしょ!」

 

 涙ながらの()()。滲み出た雫は溢れ、頬を伝っていた。

 

「それとも、なに、ボク達が信じられない?! ボク達じゃ力になれないの?! リーファの剣の腕、ユイちゃん達の演算能力と情報処理能力、ボク達の連携能力、個々の実力、ぜんぶが通用しない敵と戦うつもり?!」

「――――」

 

 テーブルを殴り、重い音を立てた彼女は、少年を睨み怒声を放った。

 少年の目元が一瞬ひくついた――が、変化はそれだけ。苦しげに僅かに顰められた表情に怖れも焦りも見られない。

 キリトという少年は、身内――こと『仲間』として受け入れた面々からの負の感情に、酷く怖れを抱いている。それはサチへの罪悪感をはじめ度々見られていた事なのでSAOからのメンバーは誰もが知るところ。動揺が見られないという事は、この事態を前提に動いていたと言外に証明しているも同然。

 そして、ユウキの言葉を否定しておらず、この事態になる事を予期していたという事は、つまり――――

 ――私と違い、ユウキは彼に想いを向けており、更に須郷による技術的な洗脳を自力で解く程に強い感情を抱いているため、彼に対する理解度も高い。

 私に察せた事だ。彼女が察せない筈もなく、怒りの泣き顔が凄絶に歪んだ。

 

「ふ、ざけるな……!」

 

 ――怨嗟の声が上がった。

 その声を発した者はユウキ。

 そうと気付くのに数瞬要した。話の流れから察せる筈なのに、それが、快活、爛漫の体現と言うべき少女が上げた声と最初は気付けなかった。

 それほど、彼女の言葉には、負の想念が込められていた。

 

「ふざけるな、ふざけるなぁッ!」

 

 爛々と輝くアメジスト色の瞳。大粒の雫を滲ませ、頬を伝わせる彼女は、一瞬の間を挟んで激昂した。今にも殴り掛かりそうな怒気。ともすれば、斬り掛かりそうな剣幕。

 双子()の姉()が落ち着かせようとしなければ、本当に斬り掛かっていたかもしれない。

 普段の彼女を考えればあり得ないと断じる考えも、激情に駆られた様を思えば現実味を帯びてしまっていた。

 

「SAO最終戦では確かに役に立てなかったけど、でも確かめもしないで戦力外通告なんて、ふざけるなァッ!!!」

「ちょっ、ユウキ、落ち着きなさい!」

「落ち着け?! 落ち着ける訳ないよ! 死ぬかもしれない事に関わってるキリトを止める機会を逃す訳にはいかないでしょ! ボクは、キリトに死んで欲しくないんだ!」

「それはここに居るみんな同じよ!」

「――だったら!」

 

 肩を強く持って留めるランへと泣き腫らした紅の瞳が向けられた。

 直に向けられた訳でもないのに感じる強い感情。生を渇望する強い()()に当てられ、知らず、息を呑む。

 

「いまここでみんなの気持ちをぶつけるべきだよ! 余裕なんて無い限界まで何もかも出し切って漸くキリトには響くんだ! あの世界に居たみんななら、分かるでしょ?! ――全力でぶつからないと伝わらないんだ!」

 

 切実な慟哭。

 彼女が言わんとする事は分かっていた。義姉リーファの言葉すらも跳ね除け続けた自己犠牲の在り方は、結局全てを賭した勝負で漸く変わり始めたほどで、彼の頑迷さを如実に表している。最初期の頃から見て来た身として酷く覚えがある。

 

 

 

「――待って!」

 

 

 

 ――そのとき、店内の一角から諫める声が上がった。

 その声を上げたのは赤髪の鍛冶剣士レインだった。彼女は思い詰めたような顔でゆっくり前に出て、彼を庇うように前に立った。

 

「レイン……なんのつもり?」

「キリト君は……悪くない。悪いのは、わたしなの」

「……どういうこと?」

 

 いきなりの言葉に困惑しながらも、怒りを滲ませたユウキの鋭い視線がレインに注がれる。

 

「……話すのか、レイン。知られたくない事なんだろう」

 

 そんな中、キリトが口を開いた。レインは少し振り返り、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「わたしの事情でみんなの仲を悪くしたくないから……気遣って黙っててくれて、ありがとう」

「……レインが良いなら、俺は構わない」

 

 申し訳なさそうに微笑んだ彼女を見て、黒尽くめの少年は苦笑気味に微笑んだ。レインは彼になにか頼み事をしていて、その内容が先の『仕事』、つまりセブン達への警戒心に繋がっていたという事だろうか。

 固唾を飲んでいると、くるりとレインがこちらに向き直った。表情は決意を秘めたもの。

 

「キリト君が裏で色々してた原因はわたしなの。セブンの事を探ってって、わたしがお願いしてたからなんだよ」

「……どういう事? なんでレインがそんなお願いをする必要が……?」

 

 最も付き合いの長いフィリアが首を傾げて問う。レインは、そんなスプリガンに、哀しげな笑みを浮かべた。

 

「それは、セブンが……七色が――――わたしの、実の妹だから」

 

 なっ、と愕然とした声がフィリアから漏れる。声が漏れなくとも、その話を聞いていただろう少年を除いて全員が目を瞠り固まってしまう。

 暴露すると決意したからか、彼女は堰を切ったように七色博士との関係性と過去について語り始める。

 七色博士が日本人の母とロシア人の父を持つハーフの子というのは知れ渡っている。同時に、彼女には母親が居ない事も有名だ。

 居ない理由は離婚したから。

 

「原因はね、七色にあったの」

 

 えへへ、と哀しげに笑いながら、彼女は言った。

 その原因とは、七色博士が幼い頃に萌芽してみせた天才性によるもの。父親は彼女の才能を伸ばす為に、後にマサチューセッツ工科大学への入学に至る教育方針を主張し、反対に母親は才能を伸ばす生き方ではなく、静かに普通の人生を歩んで欲しいという教育方針を主張。毎晩毎晩、二人は平行線を辿る喧嘩を続けた。

 ――最終的に、父親が無理矢理親権を奪い取る形で決着が着いたという。

 レイン――枳殻(からたち)虹架(にじか)は、両親が離婚した際に母親に引き取られて日本の実家へと戻った帰国子女だったのだ。

 

「お母さんとわたしは、半ば追い出されるようにして日本へと帰国したの。お父さんからすればわたしは妹に劣るダメな姉っていう認識だったのかもね」

「ダメって……そんな…………」

 

 思わず言葉を挟んでしまうが、彼女には届かない。返される笑みがそう悟らせる。

 ――後ろに立つ少年が、苦い顔で瞑目した。

 

「そんなわたしはお母さんを少しでも楽にさせたいと思って、バイトしたり、歌を歌ったりしてたんだ。ただやってるバイトがアレだったからちょっと友達が少なくて、現実での人付き合いに疲れてた私は、ネットゲームにのめり込んだの」

「それで、SAOに……」

「うん……そして現実に復帰してから七色の事を知った。博士なんて呼ばれてると知った時は驚いたけど、納得してる自分もいて……そこからは知っての通り。【スヴァルト・アールヴヘイム】実装の告知の後、セブンが何かを目的として《三刃騎士団》の旗印になって攻略を目指す話が出たのを知ったわたしは、みんなに黙って《三刃騎士団》に加入してたんだ」

「レインさんそんな事してたの?!」

 

 『用事があるから』とスヴァルトが実装されてから自分達と合流するまでの四日間は、なんと《三刃騎士団》に所属し、セブンと接触する機会を窺っていた事に驚く。

 私の驚きの声に、レインはバツが悪そうな顔をした。

 

「そうしてセブンに近付こうとしたの……まぁ、七色は自分に姉が居た事、()()()()()()()けどね」

「な……」

 

 その驚きは、続く絶句で上書きされた。

 

「あの子はさ、『私にお姉ちゃんなんて居ない』って言って……それで《三刃騎士団》のメンバーからウソつき呼ばわりされて、そのまま脱退させられちゃったの。それがフィリアちゃん達と合流したあの日の事だったんだよ」

「……レイン、あんた……」

 

 うっすらと、目尻に光るものを滲ませながらの言葉に、フィリアは眉根を寄せ言葉を詰まらせた。哀しい筈なのに、笑おうとする彼女の顔を見て言いたい事も言えなくなる。

 

「フィリアちゃん、皆も、そんな顔しないで。七色が憶えてないのは予想出来たことなんだよ。両親が離婚した時、あの子はすごく幼かったから」

「っ……でも、レインは、あんたはそれでいいの?! 実の妹なんでしょ?!」

「……よくないよ……いいわけ、ないよ」

 

 涙を滲ませ、我が事のように激昂するフィリアに、力ない答えが返される。取り繕っていた笑みが崩れ、半ば泣いている顔が露わになった。

 

「でも、仕方ないじゃん。あっちは憶えてないんだよ。七色は天才科学者にして大人気アイドル、対してこっちは平々凡々な一般人。記憶に残ってないなら戸籍謄本を突き付けたとしても赤の他人も同然だよ。そんな人にいきなり『お姉ちゃんです』って言われても認められる訳が無い」

 

 その顔は、彼女が口にしている事が本心では無いと語っている。

 それでも紡がれる諦観の言葉。

 ――まるで、自分を納得させる為に連ねているようにも思えた。

 

「――結局、レインさんは何をしたかったんですか?」

 

 レインの諦観に当てられ死んだ雰囲気の中、切り捨てるような鋭さで新たに口火を切ったのは、薄翠の長刀を帯びた緑衣の風妖精族リーファだった。

 険しい面持ちの彼女の眼に非難の色は無い。ただ、純粋に疑問を覚えているだけのようだ。

 

「七色博士に近付いて、どうしたかったんです」

「それは……その……」

 

 答えようとして、しかし言い淀む様子に、リーファの双眸が眇められた。剣呑な雰囲気は無い。ただ判然としない理由について探っているように見える。

 見て、分かるものなのだろうか……?

 

「言えない事情があるんですか?」

「……ごめん」

「――なら訊きません。あたしが知りたい核心はレインさんの動機じゃないので」

「え……」

 

 レインがきょとんとする。

 気持ちは分かる。あっさり追及を止めた事は意外だった。リーファなら、キリトに協力を求めた根幹だから詳しく知りたがると思っていただけに、困惑は一際強い。

 

「い、いいの……訊かないの……?」

「人間誰しも人に話したくない事くらいあります。それに、あたしが今気になっている事はキリトにしたお願いについてです。元々この話もそこが発端ですからね」

「あ、うん……」

 

 安堵しつつ、しかしどこか釈然としないものを感じているような顔で、レインが頷く。あまりにドライな対応になんと言っていいか分からないようだ。

 『()()()()()()()()()()()()()()』という前々から思っていた人物評が更に強まった。元々その傾向はあると思っていたが、仮令義弟が関わっている案件でも細かく分類して関係していない内容になるとまったく無関心になる辺り、筋金入りだ。極端な話、彼が依頼から降りた以上、もうレインとセブンの問題に意識を割いていないだろう。せいぜい『関わっていた案件』という認識程度ではないだろうか。

 あるいは、他の事に意識を割く余裕を奪うほどの何かを、彼女が知っているかだが……

 ――そこで、約一週間前の出来事が脳裏に浮かぶ。

 脳裏に映し出された情景は、斬り結ぶ黒と翠の内、黒だけが力なく膝を突き、消え去る光景。低血糖症状で自動ログアウトさせられた彼の姿。

 あの時の事が引っ掛かり、無茶をしている原因かと予想しているなら、彼女の余裕の名さ――もとい真剣味にも納得がいく。

 結局()()()()という評価に帰結する辺りが彼女らしいと思える辺り、自分もそれなりに毒されているかもしれない。

 

「えっと、キリト君へのお願いだよね……でもそこまで大したものじゃないよ。というか、事情を話して協力をお願いした時に、『じゃあついでに』って軽く引き受けられただけで、具体的に指示した訳じゃなかったから」

 

 せいぜい情報提供くらいかなぁ、と頤に指を当て思い出すように言うレイン。

 そんな彼女の言葉に、ついでぇ? とフィリアが声を上げ、じろりとキリトを睨んだ。視線の集中を感じてレインも輪の一員に加わり、彼は一身に注目を浴びる事になる。

 

「レインの大事なお願いをついで扱いって、どういうこと」

「元々俺は()()()()と《三刃騎士団》の動向を探っていた。情報を集め、内容を精査し、立てた推測を話すだけで良かったから『ついで』と言った」

「なんでキリトが七色博士の事を調べる必要があったの?」

 

 そこで、真紅の魔槍を担いだサチがむすっとした顔で聞く。

 

「セブンとはスヴァルト実装の日に知り合ったんだよね。でもキリトの口ぶりと、レインが《三刃騎士団》に入ってた期間を考えると、ずっと前から調べ回ってたように聞こえるんだけど」

「実際そうだったからな」

「なんで?」

 

 あどけなくも聞こえる、端的な問い。槍使いのそれは決して怒りのそれではない。非難めいてはいるが、諦観も色濃いそれは、ずっと隠していた事も『彼だから』と納得している心境を思わせる。

 それだけ理解している彼女からの、敢えての問い掛け。

 ――空気が軋んだ。

 

「――」

 

 キリトは――視線を、店の入り口へと向けた。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 ほぼ間を置かず、カラン、カラン、と扉を開けた時にようになっている乾いた鐘の音が響くと同時に耳朶を打った声は、鈴のように軽やかで高い女子特有のものだった。というか聞き覚えが少しある。

 丸テーブルの椅子から扉の方を見ればすぐに分かった。大きな七色の羽根を突けた青が基調のベレットを斜めに被っている女子は、光を反射する銀髪を腰よりも更に下へ伸ばしていて、紅い瞳は溌剌とした性格を如実に表している。服装は小さな女子が着るサイズのものだが、ミニスカートはフリフリのフリルがあるし全体的に派手で、特徴的だった。いっそアイドル衣装と言った方が分かりやすく、性能よりも見た目重視なのだと分かる。

 恐らく余程の世間知らずでさえ無ければ誰でも分かり、思わず全体的にかわいいと有名人という二重の意味で二度見してしまう人物――ギルド《三刃騎士団》のリーダー、【歌姫】《セブン》。本名《七色・アルシャービン》。仮想ネットワーク社会を専攻して研究している幼き天才科学者。

 

「失礼する」

 

 続けて聞こえた声は威圧感のある男のもの。

 白と水色を基調とした服を纏う、水色の短髪と鋭い双眸が特徴的な水妖精族の男。左腕は素肌を晒しており、手首の部分には籠手もあって防御しやすい格好だ。左腰には蒼い革が巻かれた柄を持つ刀、恐らくは元々ALOにあった業物の一つ。金色の鍔や肉厚ながらも緩く湾曲していると分かる鞘からそれが推し量れた。つまりは強者。

 セブンの近くにほぼ必ず居る従者のような男――スメラギ。

 今日集まった理由であり残る主役達が到着した。

 ――到着、してしまった。

 

「――って、あれ? みんな、キリト君を取り囲むように何やってるの? 尋問?」

 

 店に入った直後、視界に入って来た光景を見たセブンが、首を傾げながらそう言った。

 

「仲間内である事を知っていながら最初にその予想を出す思考回路が俺は恐ろしいよ」

「だってキリト君っていっぱい隠し事してそうだし」

 

 ――事実なので誰も擁護しなかった。

 あまりにあけすけな物言いに、彼も憮然としながら不満を口にはしなかった。

 その不満ありありな表情が、不敵な笑みへと変わる。

 

「……ちょうどその隠し事を話すところだったんだ。七色博士の事について、な」

「――へぇ……」

 

 挑発するような言葉に、少女の表情もまた挑発的なものへと変わる。おもしろい、と言わんばかりの笑み。視線が交わり火花が散る錯覚を覚えた。

 ――それをよそに、すぐ近くでは別の睨み合いが勃発していた。

 

「貴様は……レイン――――【嘘つき】レインじゃないか!」

「あぅ……」

 

 とは言え、それはほぼ一方的なもの。

 赤髪の鍛冶妖精族レインを見咎めたスメラギが声を上げたのをきっかけに、男は鋭い視線を向け、女が泣き掛けの顔で顔を歪めるだけの光景。

 傍から見れば嘘を吐いたレインの方が悪い。

 だが、彼女の事情を聴いて、それが真実だとするなら――酷く、残酷な話だと思う。

 

「えっ? あなたも居たの? なんで?

 

 更に残酷な事に、スメラギの声によりレインの存在に気付いた天才少女が、どうしてお前が此処に居るんだ、と純粋な疑問をぶつける。それに悪意は無い。無いからこそ、余計に痛烈なものとなる。

 真実を虚言と言われた経緯からか、レインの表情が更に歪む。

 

「キリト君、どうしてこの人が此処に居るの?」

「レインは俺達と同じSAO生還者、それも前線組の一人だった」

「……でもボス戦放映で見た覚えは無いんだけど」

「鍛冶屋を営んでいたからな。鍛冶師がデスゲームの最前線で戦う訳無いだろう? レインはバックアップ要員だったんだ」

「あー、そういう事なのね」

 

 納得したと頷くセブン。

 須郷の手に掛かった事でレベルカンストにあった彼女は、リズベット武具店の一店員、且つ武器を鍛える鍛冶師として働く傍ら、フィリアやアルゴと共にボス戦の情報収集や素材収集など、主にバックアップの方面で働いていた。最前線で戦うメンバーだけ充実したところでバックアップが不足していれば全力は出せない。キリトをはじめ数人がそれの代役を担えたが、長期的に見れば非効率的なので、レインとフィリアは敢えてボス戦から外されていた経緯がある。二刀OSSを受け継いでいた彼女の力は、ボス戦にではなく、ボスの情報を集めつ過程で生じる戦闘の為に用いられていたのだ。

 

「うーん……でも、いくらキリト君の仲間でも、この人()()話したくないんだけど」

 

 信用を得ていた事は分かっているが、それでも彼女にとっては『嘘』である事を口にしたレインを受け容れ難いらしく、難色を示すセブン。スメラギも厳しい顔で腕を組み、頷いた。

 

「……じゃあわたし、今日実装された大型イベントの情報でも集めてるね」

 

 どれだけ言葉を重ねたところで意味を為さないと思ったのだろう。(諦観)を滲ませながら、レインは店から足取り重く――しかし素早く――出て行った。

 その後ろ姿を見送った後、セブンは店内にいる面々の顔をひとりひとり確認し、一つ頷いた。

 

「うん、もう()()()は居なさそうね!」

「……無知が罪とは言い得て妙だな」

「え、いま何て言ったの?」

「――『自由、平等、平和を謳う【歌姫】らしからぬ発言』と言ったんだよ」

「そう? でも嘘を吐くのって悪い事だし、別におかしくないでしょ? いくら私でも嘘を吐かれたら普通に怒るわよ」

 

 不思議そうに首を傾げ応えたセブンは、そんな事より話をしましょう、と言ってテーブル席の方に歩き始めた。

 

「……無自覚な上に、皮肉も通じないか。最高にタチが悪い」

 

 重い溜息と共に小さめに呟かれたキリトの言葉が、どうしてか耳にこびり付いた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 今話ではちょくちょく認識のすれ違いが起きています。そのせいでメッチャややこしいというか、めんどくさい事に(自業自得)


・キリト
 環境に歪められた子供。
 今話で黙っている『契約』=菊岡の契約(七色博士の調査)
 菊岡の契約≒死にかけた(低血糖も辞さない)原因
 死にかけた(低血糖も辞さない)原因=???
 つまりキリトが命を懸けている事=菊岡の契約ではない。しかし一応間接的に関係あり。
 常に抱いているものは『未来の幸せ』と『仲間の生』であり実は誰よりも純粋。究極的には『みんな』の事を想って行動しており、ユウキに怒鳴られるほど想われて嬉しい半分、ブチ切れられてトラウマを引き起こしかけているが、『ここで崩れると色々な意味で水泡に帰してしまう』という仲間の死のトラウマで我慢している。
 怒鳴られている間無言なのはそのため。
 ――ユウキの怒気に当てられ脳裏はフラッシュバック中。
 自動ログアウト機能は『異常なバイタル値』で働く筈だが……?


・レイン
 レインの『お願い』=セブン周辺の調査、情報収集
 セブンに近付こうとした動機=???(リーファによってガンスルー)
 キリトが黙っている『契約』の事は『お願い』であり、自分の事情を鑑みて黙ってくれていると勘違いし、自白。
 実のところキリトが頑なに口を噤んだものは菊岡の『契約』なのだが、依頼内容が実質同じため、そこまで違わないというおかしな事になっている。
 ――実の妹に邪魔者扱いされて傷心中。
 ある意味和人以上の不憫枠(千冬から『弟じゃない』とは言われてないので)


・ユウキ達(SAO組)
 以前現れた(幻影)キリトを『須郷に協力した黒幕』の手先と思い込んでいるため、それと戦うために何かしていると考えている。
 アレはキリトが操作する幻影と分かってないし、幻影複数操作のために脳を改造した思惑について不明なので、ユウキの怒りそのものは正しいが、矛先が判然としていない。ハッキリしていれば少なくともキリトに怒鳴る事はなかった。
 ――敵が分からず、キリトが何と戦っているかも分からないストレスもあり、怒りが限界を超えてしまった。
 セブンへの警戒心爆上げ中。


・シウネー、レコン達(ALO組)
 よく解らないけど、温厚なユウキがキレてるくらいだし、キリトが何か悪いんだろうな、という認識。黒幕について知らないのでビミョーに付いて行けてないがニュアンスとフィルター(悪)で補完している。
 キリカが見せる純粋さとのギャップに苦しみ中。
 ボス攻略くらいでしか同行してないので是非もなし。


・リーファ
 ユウキ達と同じく偽キリトを幻影と知らないが、瀕死まで自身を追い込む事は『生きる為に必要な手段』であり、そこまでしなければ生きられない=そうまでして生きようとしていると信じている。だから怒りは抱いていない。
 それはそれとして暗躍している思惑と目的については知りたいので、『レインの事に構ってられない』という精神状態。
 ――実はそこまで余裕は無い。
 キリトとセブンの思惑に思索を巡らせているせいで()()が極端に減って来た。


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