インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 前回に続いて全然進まない。説明回だから、ゆるして……喩えるなら、原作9巻(UWアニメ2話)のアンダーワールドの説明回、菊岡によるラースの解説のようなものだから。


 ――つまり長い上にややこしいんだ()


 今話の視点はオールアスナ(ぶっちゃけry)

 視点は約一万八千文字。

 ではどうぞ。


※セブンの『きみ』はキリト、『あなた達』や『みんな』はキリト以外を指しております。




第三十三章 ~《クラウド・ブレイン》前編~

 

 

「知ってると思うけど、改めて自己紹介させてもらうわね。ギルド《三刃騎士団》のリーダーであるセブンよ、リアルでは《七色・アルシャービン》として仮想ネットワーク社会の研究を専攻してる研究者。こっちの彼はスメラギ君、リアルでも研究チームの右腕として動いてくれてるの。あと【歌姫】としてのアイドル活動全般のスケジュール管理もしてくれてるわ……――――さて、私達の話をする前に、まず言っておく事があるの」

 

 そう、肩甲骨辺りまでの銀髪をなびかせる音楽妖精族(プーカ)の少女――ギルド《三刃騎士団》のリーダーにして【歌姫】として知られる天才科学者のセブンが、円卓に着いて間を置かず言った。

 

「まずは謝罪を。スメラギ君から事の経緯は聴いてるわ。メンバーでないとは言え、クラスタの人達を制御出来ていなかった事は私達の落ち度。迷惑を掛けてしまったようでごめんなさい」

 

 そう言って、頭を下げるセブンに続き、斜め後方で護衛の如く仁王立ちしていた男スメラギも軽く頭を下げた。

 

「ただ、あまり彼らを責めないであげて欲しいの。私からもキツく注意しておいたからもうハイエナプレイはしないと思う」

「だが、それも確実とは言えん、クラスタも肥大化し過ぎているからな。《三刃騎士団》以上の勢いで攻略を進めている者……つまり、このスヴァルトで覇権を争えるのは、もうお前達だけだ。それ故に別の迷惑行為が行われるやもしれん。もしまた同じ被害があれば俺に直接言ってくれ。クラスタには攻略不参加を言い渡す措置を取る」

 

 キッパリと言い切る二人。

 

「……《三刃騎士団》に入れる、という選択肢は無いのか?」

 

 彼女らの対面に座る、()()()黒尽くめスプリガン《キリト》は、無表情のまま言った。平坦な声音だが、隠し切れない――隠そうともしていないのか――呆れを感じ取れる。

 その感情を読み取ったか、セブンがムッ、と憮然とした表情を浮かべる。

 

「それはダメよ。《三刃騎士団》に入って来たみんな、それ相応の努力をしてきたんだもの。私のファン……クラスタだからって誰も彼も入れてたらみんなの頑張りを否定する事になっちゃうわ」

「そうやってギルドメンバーとクラスタで分けているから今回のハイエナプレイが起きたんじゃないのか」

「彼らは《三刃騎士団(ウチ)》のメンバーに嫉妬して動いたんじゃないわ。純粋に、私をスヴァルトの勝者にしたくて独自に動いていただけ。【歌姫】の下に集った彼らに貴賤は勿論、所属の別は無いよ」

「……そうか」

 

 小さく息が吐き出された。

 諦観、だろうか。ただの呼吸と紛うほどの小ささ故に見逃しそうになったが、一瞬だけ、色濃い諦観の念が凝縮していたような気がする。瞬きの内にそれは霧散していたから確かめようは無いが。

 ――そこで話の流れが途切れる。

 区切りが付いたと判断したのだろう。キリトが沈黙したのを見たセブンが、さて、と口火を切った。

 

「今日はクラスタの人達の迷惑行為の謝罪、そして誠意も含めて、私達の話を聞いてもらいたいの……でも、その前に――」

 

 くす、と微笑を浮かべた【歌姫】が、【黒の剣士】に視線を向ける。

 

「ねぇ、キリト君。きみ、スメラギ君に凄い剣幕で迫ったらしいわね。今まで私達はキリト君やユウキちゃん達に危害を加えるような事はしてなかったわ。むしろきみとはフレンドとして良好な関係を築けたとも思ってる……なのに怒ってるって聞いて、不思議に思ったの。どうして怒ったの? きみが考える、私の『疚しい事』って、いったいどんなものなの?」

 

 教えてくれないかな、と微笑みながら言うセブン。

 

「……それはいま必要な事か?」

「だってきみの隠し事って私が関係してるんでしょ? つまりきみは、何か考えがあって動いてて、ある予測に基づいて『怒り』という感情を私に持ったという事。そこにはきみなりの論理がある筈……私はきみと仲違いしたくは無い。だからきみの『怒り』の経緯を知って、その上できみの誤解を解きたいって思ってる」

「誤解、か」

「ええ。私の話を聞いてくれたら、きっと『怒り』を解消してくれると思うわ」

 

 自信の籠った笑みを見て、少年は胡散臭そうに目を眇めるが、引く気は無いと思ったか溜息を吐いた。

 

「……俺は、ある契約を、とある存在と交わしている」

「とある存在? 人物じゃないの? 組織?」

「極秘事項だ。あといきなり話の腰を折るな」

 

 出鼻を挫かれるように質問され、律儀に答えつつも眉間に皺を寄せた彼は、左手を振ってメニューを呼び出した。少しの操作の後、三つのホロウィンドウが表示される。

 三つのウィンドウには、A4サイズの用紙を用いられたPDFデータがそれぞれ表示されている。大きく書かれている表題のような文は、日本語では無く、ローマ字で表記されていた。

 テーブルの上に浮かんだそれらはセブン側へと向けられる。

 見えるように示された三枚のパネルに視線を向けたセブンの表情に、困惑と疑念が浮かぶ。

 

「……これ、私の論文データじゃない」

 

 ホロウィンドウに表示されている文書データは、どうやら七色博士が現実で発表した論文だったようだ。マサチューセッツ工科大学に在学中に二つ、卒業して一つの論文を発表しているとテレビで知っているが、何故それらを彼が持っているかは分からない。

 論文データというのは、それを取り扱うサイトの有料会員として登録し、且つダウンロードの際にも個別でお金を払わなければならない事が多い。その道を目指す人でなければまずそのサイトを探す事もしない筈だ。

 お金に関しては《SAO事件》に巻き込まれる前、篠ノ之博士に協力した見返りとしてある程度の賃金(バイト代)を得ていて、専用の口座も篠ノ之博士が作り、桐ヶ谷翠が管理している事も聞いている。篠ノ之博士や茅場()晶彦()の口添えで口座引き落としにする事も可能だろう。

 問題は、何故その論文データを彼が必要としたのか。

 研究者を目指している訳ではない事は知っている。茨の道ではあるが、遠からずIS学園に入学する事は彼の口から語られた将来設計だ。故に研究者を志す事はあり得ない。齧る程度はあるかもしれないが、論文まで読み込むとなれば、まだ時期尚早と言える。

 

「なんできみがこれを?」

「さっき言ったが、俺は契約を結んでいた。その内容は『七色博士の動向調査』……二人に多少語ったが、天才科学者である七色博士が、どうして無関係に等しいアイドル活動なんてものをしているのか。その動機を推察する為の情報が論文しかなかったんだ、なにせ博士としての活動が一年未満、功績も何も無い状態だったから」

「……事実なんだけど、()()から言われるとそこはかとなくむっと来るわね」

 

 威張るわけでも威圧するわけでもなく、淡々と語られる内容は、きっと頑なに口を噤んでユウキを激昂させた『契約』とやらなのだろうと、自ずと悟る。

 守秘義務の筈なのに何故語るかが謎だが、いまはそれを指摘するべきでは無いと判断し、口を噤んだ。

 視線の先では、博士としての活動期間の短さを指摘されたセブンが、唇を尖らせ、ムクれていた。それを見ても彼の表情は無のまま。何を考えているか分からないせいで却って恐ろしい。

 

「俺は三つの論文を読んだ事で一つの推論を立てた」

 

 ぴっと、右手の人差し指が立てられた。興味の光が少女の眼に宿る。

 

「へぇ……どんな推論かしら」

「――その推論を語る前に、みんなに論文の概要を前提知識として説明しておくべきだろう」

 

 そう言って、彼は椅子から立ち、こちらに向き直った。

 

「七色博士の一つ目の論文は『現実世界と仮想世界の区分定義と意味性の主張』だ。ALOのようなエンターテインメントだけでなく、バーチャルホスピスをはじめとした医療や教育面に多大な恩恵を齎す事を、昨今のネットワークを利用した遠隔手術技術、通信教育などを例に訴えるものだった。VR技術に否定的な世論を覆す意見だったコレの正当性と可能性が、今の七色博士の知名度と注目度の由来だ……ちなみに、この一つ目の論文は俺の推論にほぼ関係無い。そういう経緯で彼女が有名になったという認識でいい」

 

 VR技術が医療面で大いに貢献する事は、ユウキとランの姉妹、シノンが用いた《メディキュボイド》の例を見ればよく分かる。世間に公表されていない実験機故にデータに組まれてはいない筈だが、遠隔手術に用いる機器の操作をフルダイブで操作するとなれば精度はより向上する事を鑑みれば、彼女の主張が決して大言壮語ではないと素人でも分かるというもの。

 《SAO事件》により世の中がVR技術に否定的だった中で出された統計を基にした論文は、感情論で一蹴出来るものではない。

 だからこそ、元々天才として名を馳せていた彼女は、一躍時の人(天才科学者)として人に知れ渡った。

 ――その論文をあっさりと隅へ追いやった彼は別のホロウィンドウを正面に出した。

 しかも二つ目と三つ目の論文を一緒に出して来た。

 

「俺が注目したのは、この二つ目と三つ目の論文だ。二つ目の題名は『仮想ネットワークによる多人数コミュニケーションに於いて生じる特殊相対性感情同調理論とその可能性について』」

 

 スラスラと、長い表題を読み上げるキリト。

 対して、それを聞く側である自分達の反応はとても鈍い。

 

「とくしゅそうたい……なんて?」

「特殊相対性感情同調理論」

「……悪ィ、キリの字。俺達そっち方面は明るくねェんだわ。噛み砕いて教えてくれ」

「一つの何かと対峙、あるいは取り組むにあたって連帯感が生じる原理だよ。誅殺隊とか、ゲームクリアを目指してた《攻略組》とか、ああいう一定の纏まりがある組織が生まれるのは何故か、という点に着目してる論文だ」

「あー、共通の目的に対するモチベとか、そーいうのだな?」

「ん、そんな感じ」

 

 ぽん、と右拳を受け皿である左掌に落とし、納得の声を上げるクライン。私達も彼のかみ砕いた説明で漸く理解が追い付いた。

 

「この論文を一言で言い表せば『集団的無意識』だ。感情を主軸にしているから心理学に近い気もするが、不特定多数の関係によって築かれるコミュニティ真理を追究しているようだから、社会学に該当してるんだろう」

 

 へぇ、と間の抜けた声がそこかしこから上がる。

 社会学、心理学とか、その辺の勉強は高校になってもその道を選ばない限り習わない。そしてまだ復学して一ヵ月ほどの私達はまだ選択科目の中に入っていないもの。

 何故年下の彼がそれを理解しているかは、もう考えない事にしていた。彼の知識量が年齢不相応な事は二年以上もの付き合いでイヤというほど理解している。

 

「三つ目の表題は『仮想ネットワーク社会に於ける共産的思考が齎す利便性と効率性向上理論の実際』という」

「するってぇと……つまり?」

「クライン、いま理解を投げ出したな……つまり、集団の最終目的を明確にして、道筋を立てる事で上がる効率について、特に思想と感情面からアプローチした内容だ」

「ほー。つまり二つ目はモチベアップの方法、三つ目がそれでどんくれぇ効率的になるかって内容か」

「……そんな感じ」

「いや全然違うからね?! 三つ目のは、物事への意識を高める事で得られる能率向上と質の高さについての理論を、仮想世界社会に当て嵌めた場合の効果と有用性の方向を取り扱ったもの! 論点が違うわよ!」

「いまは概要を把握できればいいから詳細はいいんだよ」

「私が良くないのー!」

 

 うがーっ、とがなる天才少女を、はいはいと適当にあしらいながら、彼は虚空に映し出していた論文データを全て消した。

 

「――さて、今の二つの論文で書かれていた内容を纏めると、七色博士が次の研究をするなら、『仮想世界』で、『大人数あるいは一つの組織』で、『何か大きな目標の達成』を目指し、活動する必要が出て来る」

 

 でも問題があるよな、と彼は話を区切った。

 

「七色博士はプレイヤーとして強くない。名前での認知度は高いだろうが、ただでさえここ数年は『天才』と言われる科学者のせいで世界が引っ掻き回され、あるいはデスゲームなんてものが起きていたんだ。ただ天才性を持っているだけじゃ人は付いてこない。剰え『科学者』なんて役職だ、警戒心も募らせるだろう。そんな状態だと仮想世界の活動は難しいよな」

 

 ――そこで、天啓に近い形で、ある予想が浮かんできた。

 

「――もしかして、研究職から掛け離れた立場だからアイドルを……?」

 

 篠ノ之束、茅場晶彦、須郷伸之の三人はそれぞれ天才と言われる才能を持ち、相応の功績を叩き出して来た者達だが、総じて研究職にあり、世界を混乱に陥れた――茅場は冤罪だが――ので、同じ科学者というだけで警戒される事は自明の理。如何にネットワーク社会を専攻していると言えど、人々は『天才』と聞いただけである程度は警戒心を持つ筈だ。

 だが、アイドルとなればどうか。

 科学者とアイドル。その二つの立場の間に、何らかの因果関係を見出す事は難しいだろう。

 ましてやVRMMORPGは別の自分を演じる事を目的とした仮想世界。現実ではまったく社交的でない人が、ゲーム内ではとても社交的な、ある意味での内弁慶になっていてもおかしくない。現実では立派な職に就いている人が怪しい商人としてプレイしている事もあり得る話。

 確かに、彼女がアイドルとして活動を始めた頃、それを疑問視する話はよく見た。

 だがそれも彼女の優れた容姿、歌声、高いレベルのパフォーマンスにより打ち消され、瞬く間にファンを作り出し、今ではALOプレイヤーだけで数千人に上るクラスタを抱える程。動画配信でファンになっている非ALOプレイヤーも含めれば優に万を超え、百万に届くかもしれない。それほど天才科学者としての顔を持つ彼女は受け入れられている。

 ――しかし、それはあくまで()()()()()()()だ。

 

「科学者としての研究に直結しにくいアイドルとして人気を集めて、組織を作って、目的を作って、行動する……アイドルとしての活動そのものが研究に……?」

 

 何時もよりも掠れ気味で、密やかな声音。

 ばくばくと、心臓が煩く感じる。なぜかは分からない。恐怖なのか。不安なのか。怒りなのか。それ以外か。それすらも分からない。

 確かなのは、認められたくない予想である事だけ。

 ――その願いは、脆くも崩れ去った。

 彼は神妙に、小さく頷いた。

 

「俺はそう考えた……なら、ゴールは何か。研究の対象は、達成条件は、成否は、なにを基準にしているかが気になった」

「……そういえば、そんな事も言ってたね……」

 

 【環状氷山フロスヒルデ】中央の装置のところでスメラギに対し口にしていた彼の言葉が蘇る。

 思えばいま語られた内容は、人を集め組織とする為の行動であり、集団的無意識を作り出す準備でしかない。それそのものが研究では無いのだ。

 

「共産的思考は組織の構造を指す。一つの課題を複数人で分担すれば作業速度は上がる。全体的な作業は進行、つまり『効率的』になる。これが三つ目の論文の言いたい事であり、現在の七色博士をリーダーとした《三刃騎士団》、そしてクラスタ達による別々の組織からなるスヴァルト攻略だと俺は当て嵌めた」

 

 ――なら、二つ目はどうか。

 

 彼は敢えて問題提起した。こちらに思考させ、理解を得られやすいように。

 

「――そこで俺が引っ掛かったのは、表題の『特殊相対性感情同調理論』だ」

 

 無だった彼の表情が、僅かに難しいものになった。

 

「そもそもの話、大人数が協力して攻略するにあたり、わざわざギルドリーダーが求心力を得る必要は無い」

 

 旗印があれば確かに効果的だろう、と彼は教授のような口調で語る。

 

「正に千差万別の人間の意識を一つに集約するなんて、ことプレイヤーは簡単だ。新規実装されるエリア攻略を掲げれば野良でもレイドは集まる。リーダーが有名プレイヤーであれば尚の事。敢えてリアルをバラす必要性は無い。というより、メリットは()()無い」

「……それは、そうだね」

 

 落ち着いたらしいユウキが、神妙な面持ちで同意を返した。

 キリトやSAO生還者である私達はボス戦放映で不可抗力ながらリアルバレをしている訳だが、それは『デスゲームクリアの希望』という意味で政府が取った方針であり、自分達の意思でした訳では無い。自分達の意思では無い、という点が抑止力となり、ネットで心無い中傷、拡散などがされないようになっている。自分でネットに流したなら自己責任だが、《攻略組》の場合はそうではない。

 しかし、セブンは違う。

 彼女は自らの意思で容姿をリアルと同一にしているし、あまつさえ自らリアルを晒している。自身が《七色・アルシャービン》という事を明かした上でアイドル活動を行い、《三刃騎士団》のリーダーとして多くのプレイヤーを率いている。

 ――確かに妙だ、と疑念を抱く。

 アイドル活動を始めたのは、科学者という肩書への警戒心、ほぼ無名による信用度の低さを補うためだ。しかしそこにリアルバレは必要ない。

 組織を率い、多くのプレイヤーの意思が一つになる様を観測するだけなら、むしろリアルを晒さなかった方がスムーズに事を運べた筈だ。論文に扱うデータにするためにリアルを晒しているのだとしても、その研究に使う事を周知していない以上、論文発表に起用出来るかは怪しいところ。

 

「――だから俺は、発想を反転させてみた」

「……どういう風に?」

「普通メリットが無い。なのに行動しているとなれば、逆説的にメリットがある何かをリアルを晒す事に見出した。無駄な事、不要な要素を良しとしない研究者がそんな事をしたなら必ず意味がある……」

 

 そして、と彼は続けた。

 

「以前のテレビで自身を『研究者でもあり、歌い手でもあり、それはどちらも表現者という意味では変わらない』と語った。研究者としての七色博士、アイドルとしてのセブンは、現実と仮想の境界線を敷いていないと言ったも同然なんだよ」

 

 つまり……と、一拍の間が生まれる。

 

仮想世界(セブン)の功績・名声は、そっくりそのまま()()()()の功績・名声になり、人々の信頼を半自動的に得られる事になる」

 

 ――絶句。

 リアルバレ最大のデメリットを逆手に取り、自らの信用を勝ち取るメリットへと変えたその発想は、SAOで決してリアルを洩らさない事を意識していた私にとって青天の霹靂だった。いや、SAOプレイヤーでなくとも、ネットゲームをしているプレイヤーであれば誰もが理解している暗黙の了解、不文律だろう。

 しかし、おそらく七色博士は、その不文律を敢えて破った。

 現実では偏見により得られない研究者としての信用を、まったく無関係に思えるアイドルとしての活動で稼ぎ、そのまま還元する為に。

 そう考えれば、リアルバレをした事にも納得がいく。彼女はスヴァルト攻略や研究を終えた後も信用を得続ける為にしたという事だ。

 ――彼の背後にいる二人の顔を見る。

 どちらも瞠目し、言葉を喪っていた。あまりに突飛な予想故の驚きか、それとも的中している事への驚愕かは、表情からでは分からない。

 

「『特殊相対性感情同調理論』についても今の予想を前提にすれば答えが出る。ギルドとして纏めたプレイヤーの目的意識を、『新エリア攻略達成』ではなく、『覇者』となる人物……旗印の人物の栄光に据えた。そう考えれば辻褄も合う」

 

 敵に向ける戦意ではなく、旗印とした人への誠意と想いを燃料にした連帯感。なるほど、リアルバレにより継続する信用を鑑みれば、あり得ない話でも無い。一体となった感情は信用に基づくもの。彼女が【歌姫】として人気を集めれば集めるほどにリアルの彼女の事も信用する。

 研究者とアイドルの結び付きは薄い。

 だから看過してしまう。

 注目をアイドルとしての自身に集め、人気を集める。そのせいで()()()()研究者としての彼女の注目は続いても警戒心が下がる。警戒心が下がればより人気と信用を集めやすくなる。

 

 

 

「――さて、ここまで話したところで、研究の成否やゴール地点、達成条件は何か、という問題に話を戻そう」

 

 

 

 そこで一度拍手が上がり、これまでの話は前提だったんだと、意識を切り替えるように言って来た。

 

「ちょっと待って、これで終わりじゃないの?!」

 

 そこで声を上げたのは――意外にも、話に挙がっているセブンだった。少し前まであった余裕の笑みなど欠片も無い、焦りと困惑の表情が、彼の推察に信憑性を帯びさせる。まさか当たっているのでは、と思わせる反応だ。

 キリトは肩越しに振り返った。

 

「流れの予測は話したが、まだ具体的な内容や判断基準を話してないだろう」

「いったいどこまで推察してるのよ……?!」

 

 彼の言葉に頭を抱えるセブンと険しい面持ちで睨み付けるスメラギだが、二人のそっちのけで、視線をこちらに戻した彼は話を再開した。

 

「再確認だが、七色博士の研究は仮想ネットワーク社会、見ているものは不特定多数のコミュニティ、最重要視しているものは『特殊相対性感情同調理論』という単語から分かるように『感情』だ。だからこそ『感情』が研究の鍵を握ると俺は予想した。厳密に言えば大人数の感情が一つに纏まったもの、か」

 

 人の感情は侮れないからな、とこちらを見る少年の表情は、苦い笑み。想い一つで洗脳を解いたり、生への執着を生み出した過去があるからこその言葉だろう。

 

「とは言え人の感情なんて観測出来ない。アンケートを取っても、同じものが出るとは限らない。パターンも少ない。資料としては非常に弱いと言わざるを得ない――――が、仮想世界では話は別だ」

 

 この世界だからこそ出来る事もある、と彼は言った。

 

「アバターは、泣かないようどれだけ取り繕っても泣いてしまう。つまり《ナーヴギア》や《アミュスフィア》には脳の感情を司る部分を読み取る機能があり、即時出力出来ている事になる。それもオーダーメイドじゃなく民生品。多くの人間を対象にする中で同一の()()が自動的に揃う。逆説的に、人間の大脳の構造や機能に大きな個人差は無い事を意味している」

 

 何時だったか、SAOでも聞いた事がある話だ。

 たしか須郷にみんなが囚われた時だっただろうか。民生品として売り出されているのだから、人間の脳に大きな個人差が無いと彼が語っていた事を思い出す。だから感情操作、記憶、認識の改竄データが他人へも流用できると聞いた。

 

「――つまり、『一つの目的』に対する連帯感を持つ感情を持っていれば、大多数の人間の脳はほぼ同じ部分が活性化し、高低差はあっても同じ特徴の波形を描く。それを統計に掛けてグラフ化すれば、如何に高い効率の仕事が出来るかは一目瞭然。現実では時間と仕事量での計算だが、仮想世界では感情グラフも入るから精確性は増すだろう……」

 

 ――そこで、ふと彼が口ごもった。

 どうしたのだろう、とこれまでの流れるような弁舌が途切れた事に首を傾げていると、もしかしたら……と彼は自信無さげに口を開く――――が、すぐに閉じた。

 

「……いや、やっぱり何でもない」

「お、おいおい、ここまで喋ってそれは流石に無しだろ」

 

 不満げに苦言を呈したクラインが、どうせ予想なんだからここで言っちまえよ、と促す。やや渋るも、予想だからと後押しされたからか、ゆっくりと彼は話を続けた。

 

「感情の一致は脳波の波形が近付く事を意味する。つまり脳波的に、自己と他人の境界線が曖昧になっているとも言える。それが《アミュスフィア》という感情双方向デバイスを介している事で促され、波形が同一の人数分……喩えるなら分散されたコンピューターの演算処理能力をメインコンピューターに集めるような事が、ネットワークを介し、人の脳で起きるんじゃないかと思って」

「……それは、流石に人間では起きないんじゃねぇか……?」

 

 自信無さげな予想は、つまりそれが脳波の波形がまるで同一社製の型番のように一致する事で、脳の演算能力が共有化されるのではないか、というものだ。彼自身が喩えで出したように、とても膨大な演算を要される案件を素早くこなすために余力のあるPCコアの演算能力を一時的に借り受け、単体のスペック以上の性能を発揮する事と同じ理論。

 だがそれは人間で起こり得るのかと、流石の本人も懐疑的な様子。

 ――だが、理論上は不可能ではないのだろう。

 個人差を生じさせて他と区別する――そもそも脳波の交信などあり得ないのだが――波形が同一の形を描く事で連帯感を得る事は、自己と他者の境界線が薄くなるという事。それはまるで、戦争中なのに一対一の大勝負に見入ってしまう取り巻きのようなもの。

 加えて《レクト》謹製の《アミュスフィア》という同一型番PCのようなものを全員装着している。ゲームも同じ。脳波も同形。使う製品も同一。ここまで来れば、PCと同じ演算能力の間借りが絶対起きないとは言えないのではないだろうか。

 無論、自分達は専門家ではないから、それが起き得るかどうかはまったく分からないのだが……

 

「……まさか……」

 

 ――密やかに、リズベットが声を洩らす。

 視線を向ける。難しい顔で、信じられないと言いたげな表情――だが、何かに気付いたような、そんな顔。どうしたのだろう、と問い掛けようとして――

 

 

 

「――クラウド・ブレイン」

 

 

 

 ――困惑の空気が、その一言で破かれた。

 その一言は、席に座る天才科学者の少女が口にしたもの。彼女はテーブルの上で手を組み俯いていた。

 

「ほんと……ほんとに、驚いたわ。まさか私の論文と行動だけでそこまで想定する人が居るなんて思ってもみなかった。それも、完全な部外者で、研究職でもない人に想定されるなんて」

 

 席に座り、俯いた状態で、セブンが言葉を続ける。

 

「キリト君の予想は、全て当たりよ。私がアイドルになった理由も、リアルバレした理由も、メリットも、仮想世界での名声を現実世界に反映させる事も、感情の波形をグラフ化する事も……そして、感情を同一にした人からPCのように演算能力を借り受け、大きな演算能力を得るという予想もね」

「最後の、予想すらもか……」

 

 流石に最後の予想すらセブンの計画の内だった事は想定外だったようで、彼の表情は背中を向ける寸前に見えた横顔でも分かる驚愕のものだった。

 

「ええ。最後の予想で言ってたものが、クラウド・ブレインと私が名付けた、いま私達のチームが掲げている研究テーマ……まさか、完全な部外者の人にここまで読まれるなんてね。ふ、ふふ……」

 

 俯けていた顔が上げられる。少女の表情は苦笑のそれ。どこか疲れているように見えるのは、次々と当たっている予想が息つく間もなく襲って来て、驚き疲れたといったところか。

 軽く頭を振った彼女は、恐れ入ったわ、と言った。

 

「もうほぼキリト君に言われちゃったけど……私の方からも、話させてもらうわね」

 

 そう言った少女は、最初に見られた余裕が少しだけ戻って来ていた。少女らしからぬ空気を纏い、天才科学者としての顔になった彼女が己の計画について語り始める。

 

「これまであたしはプレイヤー達に呼びかけ、《シャムロック》、そしてクラスタというコミュニティを確立してきた。それは心と魂の繋がり。一つの目的のために邁進しようとする人だけが放つとても崇高な意志の輝き。社会性を保ち、協力し合うことで生まれる高次元の意志は、ネットワークを介して新たな『力』を造り出せると私は考えたの」

 

 方法は彼の推察通りよ、と彼女は続ける。

 

「連帯感という名の『感情の統一』を経て、個人差の脳波による相互の境界を薄くする事で、人の脳が保つ演算処理能力をクラウド化し、ネットワークを介する事で共有し、そしてコンピュータのCPUには作り出せないハイスペックかつ情緒的な演算処置システムを構築する……それが、《クラウド・ブレイン》の定義。これが実現したら並みのスパコンなんてメじゃない性能を発揮するわ」

 

 人間の脳のフルスペックはスパコン二、三基分に相当するからね、と言うセブン。

 

「このテーマを考え付いたのは……キリト君、ボス戦放映できみを見た時がきっかけだったの」

「なに……?」

 

 幾度となくセブンの計画、果てはその手段についてまで言い当ててみせた彼も、流石に計画の発端となった事に自身が関与しているとは思わなかったらしい。

 考える筈も無い、と私は思った。

 彼は自身の価値を未だ低く見る傾向にある。殺意や敵意を向ける原因について思考を巡らせる事はあっても、『天才』と呼ばれる科学者が考案した計画の切っ掛けになるとは、夢にも思わない。そもそも彼と彼女の間には接点が皆無だった。人伝て、画面越しに見聞きしただけでそうなると、誰が思うだろうか。

 

「きみの事はMITに居る間も聞いていたわ。Mrs(ミセス).オリムラの弟、という評判だったけど」

 

 一瞬、彼の表情に苦いものが走ったが、すぐ無へと取り繕われた。無意識の事だったのか、彼は動揺する事なく『それで』と先を促す。

 

「私はネットゲームにあまり詳しくないけど、こうしてALOをプレイしてきてレイドボスの脅威を少しは知ったつもり。やり直しが出来ず、即時回復の手段に乏しかった中で、あれほどの人が一団となり、ボスに立ち向かえたあなた達には敬意を表したわ」

 

 そしてガラにもなく興奮した、とセブンは言う。

 

「立体的に映し出される激戦。手に汗握る戦い。その裏にある、現実の死の恐怖。戦いの果てに得る勝利の歓び……私はその場に居ない筈なのに、ひとつひとつ、目を奪われた」

 

 瞑目し、穏やかな笑みを浮かべながら言う彼女には、いつの日かに見たSAOでの死闘の映像が浮かんでいるのだろう。

 

「数々の戦いを制していく中、最も注意を引かれた存在……それがきみだったの。《出来損ない》と蔑まれているキリト君が強者として君臨し、人々の先頭に立っていた。他の人達はきみの指示に従っていた」

 

 最初は目を疑ったわ、と悩むような表情へと変わる。

 

「日本に流れている評判は嘘だったのか。少しの間、研究や論文そっちのけで探る程度には、きみに興味を引かれた。評判が嘘でなかった事を知ってから、私はボス戦の映像が流れる度に、きみときみの周辺に注意を凝らし……キリト君を信頼するあなた達の様子に関心を寄せたの」

 

 そこで、少女が笑みを浮かべた。

 我が意を得たり、と言わんばかりの自信に溢れた表情。その時の想いが《クラウド・ブレイン》というテーマの発端だった事が察せた。

 

「人は感情と理性を容易に割り切れる生き物じゃないわ。頭でわかっていても感情が許さないなんて事はザラ。キリト君ほど幼い子供相手であっても、『男代表だから』と、子供を平気で虐げる女尊男卑風潮のようにね」

 

 一世を風靡し、今となっては下火となっている女尊男卑風潮。女を織斑千冬(ブリュンヒルデ)とした中で、男は織斑秋十と織斑一夏にされたが――彼は、期待されている程の成果を出せなかった。幼かったせいだ。

 ――だが、世界最強の性別をこそ至高としたい輩、あるいはISを扱える事を絶対視する者にとって、それは関係無い。

 『求める結果』に満たないのであれば、どんな事情があろうと徹底的に叩く。

 誰が言い出したかは分からない。しかしその匿名性は、『自分が言い出した事ではない』、『他の人も言っているから』と自己保身の理由となり、麻薬として理性を崩す。その末に生み出されたものが《獣》。

 

「その筈なのに、同じ日本人でありながら、悪評を前に信頼を見せる一団が居た。何故、と疑問を抱いた私は多くの考察を立て……そしてひとつの結論を得たの。『キリト君が彼らの救世主だから』という答えをね」

「……俺は救世主なんて大層なものじゃない」

「きみの意見は関係無いの。きみ以外の第三者、客観的視点を持った時の評価が他人の全てなのよ」

 

 どこまで真実かは知らないけど、と前置きが挟まれた。

 

「ネットで調べた限り、キリト君はSAOでもPKをしていたらしいわね。極悪非道って叩く意見があったわ」

「待った! それは……!」

「――でも、あなたが斬っていたプレイヤーは、その多くが犯罪者カラーで、人を食いものにする人達だった」

 

 ユウキが擁護しようとしたが、正に言わんとした事がセブンの口から語られ、勢いを失った。

 

「結果的に『殺人』をした訳だから法に照らせばきみは犯罪者なのでしょうね。でも、経緯を聞けば、きみがしている事は警察のようなもの。ちょっと過激ではあるけど、あの世界に司法機関が無かった以上仕方なかった……いえ、キリト君自身が法律の如く抑止力だったのかしら?」

 

 いま思い至ったかのような言葉に、内心驚く。

 彼女が口にした事は真実だ。《ビーター》として動いていた彼は、《笑う棺桶》の台頭でオレンジが活性化する前に過激なオレンジ達を捕縛、ないし殺害し、《笑う棺桶》も結成から程なく壊滅させた事で、対犯罪者という()()()になっていた。

 内部事情など嘘か真か知れないネット情報だけだろうに、すぐそこに至るとは、やはり彼女も天才と言われるだけある。

 

「ともあれ、きみは無辜のプレイヤーを脅かす犯罪者達への抑止力になっていた……なんて、そんなこと、きみに敵意を持ってる人には関係のない話よね。だから『誅殺隊』なんてものが存在し続けていたわけだし」

「……お前、どこまでSAO内部の事を知ってる?」

「ネットに上がってるものは粗方、と言っておくわ。《三刃騎士団》の団員にも生還者の人は居るからまったく関係無い人よりは少し詳しいと思うけど」

「なるほど。だとすると、《聖竜連合》か《アインクラッド解放軍》の誅殺隊メンバーか、俺に敵意を抱いていた《血盟騎士団》メンバー……ヴォークリンデの事を考えれば、あの集団の一員がSAOでの事を話してもおかしくないな」

「そういう事よ……そして、きみが須郷伸之の魔の手から解放した人である事も聞いているわ」

 

 倒す時じゃないわよ、とセブンが付け加えた時、キリトの表情が無から険しいものへと変わった。

 

「囚われていたみんなを解放したのは、世間的にはヒースクリフ(茅場晶彦)と広まっている。なぜ俺が……いや、そうか……《三刃騎士団》に入れる実力を持つ生還者は、《攻略組》の一員だったのか」

「多分ね。私がキリト君がどんな人だったのか聞いたら、物凄く複雑そうな顔で話してくれたわよ」

「……緘口令違反なんだがな、それ」

 

 須郷伸之を捕える時に活躍したのはキリトとして映像に残っている。

 だがみんなを解放する時の立役者はヒースクリフ、つまり冤罪だった茅場晶彦として、世間体を考慮するというのが当時の彼の思惑だった。政府としても世紀の大発明をした天才ながら真っ当な人間を擁していたいからか、彼と連絡を取っていた《SAO事件対策チーム》のリーダーを介し、政府上層に伝えられ、そのように報道されている。デスゲームにされた茅場晶彦が、義憤に駆られ、真の黒幕に誅罰を下したというストーリーとして。

 そのため、須郷に囚われたSAO生還者には、緘口令の契約書に署名を求められた。

 ――それが真の意味で必要なのは、実際に捕えられた中のさらに一握りだ。

 《攻略組》が捕えられた時、一般プレイヤーは全員実験として意識を喪っていた。気付いた時、彼はリーファ、私と共にシノンの救出のため彼女の夢を具象化した空間にダイブしていたので姿は見えず、街に送った者はディアベルやヒースクリフといった有名なギルドリーダーだった。事情を知らなければ救出してくれた人は彼らと思う筈だ。

 そうでないと知っているとすれば、須郷を無力化出来る存在を正確に把握していた《攻略組》メンバーくらい。

 だから高い実力を持つプレイヤーしか所属出来ない《三刃騎士団》に居るSAO生還者が、情報操作した事件の真実を知っている一人だと分かった。キリトが気付けたのは、情報操作をするにあたりストーリーを組んだ張本人だからだろう。

 

「ともあれ、その話をしてくれた生還者の人はきみに敵意を抱いていた。でも……明確に救われた事実があるからか、その気勢はとても弱いものだった……」

 

 彼女は、会心の笑みを浮かべた。

 

()()()、と思ったわ。ボス戦の映像を見た時に疑問に思ったキリト君に対する皆の信頼。それは認めがたくても否定は出来ない、『救世主』としての側面がきみにある事を認めていた彼らの()()よ。ゲームクリア……つまり、幾度とこなす必要があるボス戦に於いて必要なのは、それに参加する人達の目的意識の統合化。それは『救世主』であるきみが居る事で完成されていた。きみに対する信頼こそ、《攻略組》という集団の力だった」

 

 そう信じて止まないとばかりに語気を強めるセブンに対し、キリトが訝しむ表情を露わにした。

 

「それはどうだろうな。《攻略組》には俺より優れた者が多く居た。そも、指揮官はヒースクリフかアスナのどちらかが担っていた。二人への信頼あってこその力だろう。事実、七十六層のボス戦は、俺が居なくても危なげなく突破出来ていた。七色博士の言う事とは矛盾した事が起きているぞ」

 

 第一層から第百層までのフロアボス戦の中で唯一彼が参加していなかった第七十六層ボス戦。《ホロウ・エリア》から脱せずにいた間に突破したあの戦いを取り上げ、彼は反論するが、セブンは笑みを浮かべたまま首を横に振った。

 

「いいえ、矛盾なんてしていない。きみが『救世主』として見られるようになった須郷事件は、七十七層ボスを倒す前の事でしょう? 七十六層ボス戦までは認められていなかった。相対的に、アスナちゃんや茅場博士に対する信頼が強かっただけ」

 

 彼への信頼が増した事件以前の事だから矛盾していない、と言うセブンの笑みに、曇りは無かった。

 

「確かに、きみへの評判を聞く限り、きみが居なくてもボスを倒す事は可能だったと思う。製作者だからこそ知り得る情報を駆使し盤石の態勢を整える茅場博士と、それを上手く指揮するアスナちゃんの二人が揃っていたから屈強なボスにも抗し切れていた……ボス戦だけを考えれば、ね」

「……何が言いたい?」

「――ヒトは、理性と感情を容易に割り切れない生き物よ」

 

 二度目に発せられる言葉。

 先程とはどこか印象の異なる言い方のように思ったが、それが何なのか分かる前に、天才少女が言葉を続けた。

 

「もしキリト君が居なかったら……厳密に言えば、きみが担った抑止力が存在しなかったら……攻略に向けて動いていた人達の中からも、幾らかは刹那的に生きようとする人間が出ていたんじゃないかしら」

 

 思い浮かぶのは、《笑う棺桶》の人間。

 《攻略組》に最初期の頃から潜り込んでいた《血盟騎士団》のクラディールのような人間が、他のギルドにも複数存在していた。彼らは大規模なバグを来す前に、彼の手によって浮遊城から葬られていた。

 ――もし、彼が居なかったら。

 私は、クラディールに犯された末に、殺されていたかもしれない。

 リズとシリカも、モルテ達に犯され、殺されていたかもしれない。

 リーファとシノンもキバオウ達の手で殺されていたかもしれない。

 ぶるりと体が震えた。()()()()()()()()――――それ一つで、瓦解する未来ばかり浮かび上がって来る。

 彼女が言うように、彼が居なかった時のボス戦は団長の盤石な態勢があり、自分がみんなの力を把握し、指揮出来ていたからこそ。しかし彼が居なければ、七十五層のボス部屋に突撃して来た神童とオレンジ達により、最低でも団長は殺されていた。()()()()()()茅場黒幕説に待ったを掛けられたからだ。加えて当時の神童を真っ向から止められたのは彼だけだった。万が一にも、全滅しない可能性は無かっただろう。

 だから、彼が居なかったら、彼女が認める『ゲームクリア』の条件は全て喪われ、事実上の全滅になっていた可能性がある。

 抑止力()が居なくなって好転する未来が見えない事に愕然とした。

 

「でも、きみの存在がそれを止めた。きみへの対抗心、敵意……認めがたい感謝の念が、みんなを攻略へと駆り立てた。生還への希望を、()()()()()()()()。それはデスゲームを終わらせる剣としてきみが在り続けたからなのよ」

 

 ――分かっていた事の筈だ。

 だから絶大な信用を向けていた。他の人の眼や考えなんて気にしないくらい、寄り添おうと思うほどに。分かっていたからその行動を取っていた。

 しかし――――理解は、出来ていなかった。

 感覚で分かっていただけ。理屈の面では分かっていなくて、ただ私は、彼の在り方を朧気に捉えていた。彼の存在がどれほど重大なものになっているかまで思考を回していなかった。

 

「ねぇ、アスナちゃんに一つ教えて欲しい事があるの」

 

 ――笑みを浮かべ、眼前の少年から視線を外し、言葉を掛けて来る少女。

 

「な、なにかな」

「彼が居なかったボス戦と居たボス戦、どちらが()()()()()()()()()()?」

「それは……」

 

 七十六層ボス戦とそれ以外の差異。

 彼が居なかった唯一の戦い。

 彼が居た、常の戦い。

 どちらが、みんなはより一丸となれていたか――――

 

「ふふ、聞くまでもなかったみたい」

 

 表情から、察したのだろう。彼が居た方が一丸になれていたと。

 外堀を、埋められた――

 

「――そして、第百層のラストバトル」

 

 ぴく、と彼の肩が一瞬震えた。

 ものの一分で彼以外が全滅した第百層真のボス。女巨人と形容すべきアレに、私達は壊滅させられた。その光景を最後まで黒い瞳で見続けたのは彼だ。

 仲間の為に命を賭す彼にとって、何よりも辛い苦痛だったに違いない。

 ――それを知ってか知らずか、天才科学者は言葉を続ける。

 

「時が経つにつれ数を減らす《攻略組》。それでもあなた達は必死に抗い続けた。到底倒し切れないと分かっていても、逃げ惑う事無く、泣き叫びもせず、最期の瞬間まで武器を手に抗い続けた」

 

 例えば、魔槍による回復の阻害。

 例えば、一矢による片目の失明。

 例えば、身を挺しての命の蘇生。

 セブンは、ひとりひとり殺されていく仲間の中で、一際抗った面々の行動を挙げていく。

 

「それは、強い決意によるもの。きみを信じる強い心によるもの。絶望的な敵を前にして心が折れなかったのは、きみの輝きに強く触れていたから。絶対に生きて帰るという強い意志がみんなに波及していたから、みんなは、その時々に不可欠な行動を選択出来た……それこそ、心と魂の繋がり。一つの目的のために邁進しようとする人だけが放つとても崇高な意志の輝き――――《クラウド・ブレイン》なのよ」

 

 話し始めた時の文言を繰り返し、彼女は研究テーマを口にした。それはこの話が漸く終結するという事実を表す。

 

「――ねぇ、()()()、私に協力してくれないかな」

 

 混乱しかけの頭に、その声が入って来た。

 

()()()()ほど強い心を持つ人が居れば、私の研究は、きっと成功する。須郷伸之がしたような人の精神を操作するだなんてSF染みたことは出来ないから危険は無いわ」

「《クラウド・ブレイン》は、謂わば、巨大な集合脳だ。この実験が成功すれば、0か1、全か無の法則に囚われた機械的なコンピュータには出来ない『可能性の選択肢』という柔軟な思考回路を持つ演算技術を、人類は得る事になる。我々はその為に理論を組み上げ、研究を続けて来た。既にそのための準備も整っている」

「あとは今日実装された大型イベントをこなし、【スヴァルト・アールヴヘイム】の完全攻略を成し遂げるだけ……それを盤石なものにするには、()()()()が必要なの。お願い、協力してくれないかな」

 

 ――そう、凛然とした面持ちで、天才科学者は言い切った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 『きみが居なかったら――』という前置きは、数多の小説の中で、『キリト本人』あるいは『キリトに匹敵するキャラクター』が居ない場合、大抵バッドエンドに終わる未来を揶揄しております。

 つまり、ヴァベルが見て来た別世界ですね。

 数多の二次小説で紡がれる物語の多くは、原作キリトと同格、あるいはキリトのIfを基準にされています。では彼らが居なかったら――? モルテやPoH、クラディール達は居るが、メインキャラ達の中心である『主人公』が居なかったら、どうなっていたか。

 本作だとアキトが暴走してヒースクリフやアスナ達を殺しているので間違いなくデスゲームクリア不可ルート直行です。そういう意味では、()()()()()()()()()別世界と異なる訳ですが、アキトが居ようと居なかろうと結局キリトが死ねば結果は変わりません。

 それの逆説『キリトが居たからクリア出来た』という点に焦点を当てたのが、セブンの理論な訳です。

 別の小説の主人公を軸にしても、『ゲームクリアの立役者』という立場の者が居る限り本作セブンの理論は崩れない。そして主人公は大抵ゲームクリアの立役者になる。ならなくても、キリト本人か同格の存在が終わらせる(じゃないとデスゲーム内にいる主人公が死ぬ=物語が続かない=作者が困るので(メメタァ))

 ――VRが存続する限り、どの世界だろうとセブンは《クラウド・ブレイン》を計画するという事ですね。『クリアした人間』がトリガーな訳ですから。


 修正力って、恐ろしいね(白々)


 今話を纏めると――


・セブン
 キリト(織斑一夏)の在り方が周囲に強く影響してる。これは、きっと感情によるもの。
 仮想世界なら感情をグラフ化出来るし、論文に加えられるのでは?
 天才科学者の肩書きのせいで警戒されてては実験以前の問題。ALOには中々居ないアイドルとして警戒心を下げよう。リアルバレもすれば、色々箍の外れてた面々とは違う『真人間』と思ってもらえる筈だ。
 ギルド作って、人集めて、自分がみんなの『希望の旗印』になる事で、自分を覇者とする統合意志を観測しよう。
 ――全部見透かされてた事に驚きつつ、キリトの評価を天井無しで爆上げ中。
 研究チームに凄く欲しいと思っているが、今回の()()に参加はしないで欲しいと思っている
(『みんな』、『あなた達』を勧誘の中で纏めて使っている=キリトが含まれていない)
(凄くキリトを褒めていたのに、それに反して『キリトへの直接勧誘が無い』)


・キリト
 ――という思考を、ALO編第二章の論文概要読み込みでほぼ全部、セブンとフレンドになった時点でリアルバレの目的と『感情』関連の事に勘付いていた。
 感情関連は、義姉にユイやヴァベルが居て、須郷の件に深く関わっていたから気付けた。切っ掛けはセブンとフレンドになった後、ヴァベルを見た時。『MHCPって感情を読めるから《ナーヴギア》や《アミュスフィア》は……』と考えて気付いた。『クライアント達に伝えておくか……』という内容に含まれている。
 セブンにラストバトルの話をされて発症中のトラウマが一つ増えたが、『今までの苦労が水の泡になった時』のトラウマを思い出し、トラウマを捻じ伏せている。

『アバターは、泣かないようどれだけ取り繕っても泣いてしまう』

 ユウキにキレられて、トラウマの原因であるラストバトルを想起させるような話をされていながら、表情を取り繕えている人が申しております。説得力が無いネ()




『感情の一致は脳波の波形が近付く事を意味する。つまり脳波的に、自己と他人の境界線が曖昧になっているとも言える。それが《アミュスフィア》という感情双方向デバイスを介している事で促され、波形が同一の人数分……喩えるなら分散されたコンピューターの演算処理能力をメインコンピューターに集めるような事が、ネットワークを介し、人の脳で起きるんじゃないかと思って』

・リズベット
 ……まさか、竜の巣で夜を明かした日、キリトの過去を夢に見たのって……


・その他の面子
 もう研究職になれば?(ドン引き)


・スメラギ
 コイツ(研究的に)危険だな(ドン引き)


・リーファ
 ……調べて、探って、結局キリトは何が目的なのか分からない。


・ヴァベル
 ……キーはいったい何をするつもりなのか。


・キリカ
 ……

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