インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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幕間之物語:電弟編 ~The Other vow(モウ一ツノ誓約)

 

 

 遠くの空へ飛び立つ(あか)

 それを見送った後、視線を戻す。息を潜め『相手』の動向を探る――

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――――」

 

 ――その必要は無かった。

 《索敵》でハイディング状態の相手を見つけるようにしていたのか、あるいはかつての自分と同じく、視線と気配だけで勘付いたのか。気付かれるだろうと思っていたから驚きは無い。

 隠蔽状態を解く。視界端に表示されていた《(ハイ)(ドレ)(ート)》が消えた。

 

「いつから気付いていた」

「レインに話し始めてすぐだ」

 

 つまり、ほぼ最初から。

 敢えて見逃していたのは、セブンの思惑を知っている一人だからか。それともオリジナルの思惑に利用出来るからか。

 嘆息を一つ。

 違う存在とは言え、()()()()()()ここまで酷いと溜息を吐いてしまう。かつて自分に向けていた仲間の感情や心情をようやく理解出来た気がした。

 

「前置きは無しにしよう……オリジナル、お前なにが目的なんだ」

 

 単刀直入に問う。

 ロキ側に付いているというオリジナルは、何を考えてかレインを自陣に入れる算段を立てていた。パーティーを組めばクエスト進行度は原則共有される。万が一オーディン側になる可能性を考えれば、わざわざクエストを受けなくとも、既にロキ側のオリジナルと組めばいいという事は分かる。

 問題は、レインを加えて何がしたいのか。

 レインの目的はだいたい分かる。実妹が《クラウド・ブレイン》という大それた実験を行う事が許せない――それだけではない事も。

 セブンとレインの初の対峙を直接見た訳では無い。だが、エギルとリズベットの共同店舗での一幕を考えれば、凡その見当は付けられる。

 また、セブンが何故《クラウド・ブレイン》を考案したのか、彼女の言う『皆』とは誰の事か――それも、オリジナルの殺気に怯えた時の様子から察しは付いた。その場にレインは居なかったが、おそらく本能か直感で察しているのだろう。『姉として寄り添わなければ』と使命感に駆られる程度には、はっきりと。

 

 ――それを助けるのか、利用するのか。

 

 前者も含まれているとは思う。

 だが、随分前から七色・アルシャービン博士の事を探っていたオリジナルとしては、おそらく後者に比重は偏っている。

 

 なら、何の為に?

 

 オリジナルが動く目的。(クラ)(イア)(ント)次第と言っていたが、どうにも違う気がしてならない。七色博士の動向調査すら『ついで』であって、本命は別のように思えてしまう。

 ――その『()()』が、おそらくレインを利用する事そのもの。

 そうあたりを付けた俺は、契約関係にあるオリジナルとどこかで話を付けるだろうと予想し、話し合いが済んでからずっとレインを見張っていた。現実での電話連絡は、オリジナルの監視体制を考えると無いと除外していた。

 

「それを聞いてどうする」

 

 ゆっくりと、体ごとこちらを向いたオリジナルは、薄い笑みすら消して問い返して来た。ふん、と鼻を鳴らして睨み返す。

 

「知れた事。ユウキ達の前に引き摺って洗いざらい吐かせるだけだ……オリジナルだって、分かっているだろ。何かしていることは分かる、でもその何かが分からないからもどかしいと、みんなが苦しんでいる事くらい」

 

 悄然と肩を落とし、落ち込むみんなの姿を見ていると、どうしようもなく胸が苦しくなる。

 ――それは嫉妬だ。

 躊躇いなく想いを向けられるオリジナル(ニンゲン)への負の妬み。自分では決して得られない類のものを、鏡映しのあちらは受け取れる。

 

 なのに、それを拒否するように距離を取り、振る舞う。

 

 ――それが許せない。

 

()()()……ユウキ達から、告白されたんだってな」

「……ああ。丁度《ティターニア》が出て来た頃に」

「らしいな……――――おれはさ、おまえが羨ましいよ。同時に、憎ましい」

 

 顔を顰める。眉根を寄せ、唇を引き結ぶ。奥歯を噛み締める。

 羨ましい。

 妬ましい。

 悔しい。

 哀しい。

 ――――感情が構築される。

 人間だった頃では自覚の薄かった数々の感情が想起される。浮かび、集まり、それらは一つの感情として名前を得て、それに相応しい衝動が形成される。

 (スレ)(イブ)になってからだ。過去を想起していると、覚えた記憶の無い感情が明確に浮かび上がるようになった。AIになったからそうなったのだと悟ったのは、《攻略組》に合流した時のこと。オリジナルと触れ合い、笑い、距離を縮める光景を見る度に、以前の曖昧さが無い感情が発生するようになった。

 人間(キリト)だった頃。

 感情を殺して、生きていた。目を逸らして進んでいた。

 誅殺隊からの仕打ち。仕方ない事なんだ、《ビーター》として担うべき役目だ、そう言って内に湧くモノから目を背けた。仲間達からの気遣い。受け取ったらいけない、ソロとして希望を見せなければ、そう言って溢れ出そうなものから逃げ出した。自覚しないように目を背け、逃げ出して――自ら感情を鈍感にさせていった。錆び付かなかったのはしつこいくらい絡む()()のお蔭だと理解出来た。

 

 ――皮肉な事に、俺はみんなからの想いを、過去自身が抱いた感情を、()()になってから理解した。

 

 逆説的に、人間としての曖昧さを保持しているオリジナルは、それらの事を理解出来ていない。少なくとも自分と同等とはいかないだろう。

 どれほどみんなが悲しんでいるか。苦しんでいるか。

 ――どれだけ、自分自身の内側に喜びの感情が湧き出ているか。

 オリジナルは、なに一つとして理解出来ていないのだ。

 

「おまえは、おまえには、おれと違って未来がある。みんなと一緒に歩める未来がある。おまえはそれを棄てる気なのか」

「――そんな訳無いだろう」

 

 空気が重くなった――気がした。

 オリジナルの表情には怒り、苛立ちの色が見える。黒い瞳には鋭い光。爛々とした双眸がこちらを射抜く。自覚していない感情による反射的な応対。

 (しゅ)()()のみ浮かんだ感情は俺のものと変わりない事の証左となった。

 かつて仲間を想って動いていた時、そう問われていたら――同じ反応を返す確信があったから。

 だからこそ――

 

「なら……――――なら! なぜおまえは、誰にも、なにも話さない! おまえは何を知っている?! おれ達が知らない事のなにを知って動いているんだ!」

 

 自分(キリカ)から自分(キリト)による糾弾。ある意味自傷行為にすら思える言葉。過去の己を瞬時に省みて顔を顰めてしまうが、それでも言葉は止めなかった。

 ここで止めたら()()()()()()()()()()

 その一心で怒鳴り付けるこちらに対し、あちらは無に戻った表情に変化が無かった。

 

「……何も話さない事が何故なのか、本当は分かってるだろう? お前と俺は一定時期まで過去を同一にしている。お前と会った時はリー姉に矯正された後だったが……それでも、分かたれたのはその直前。俺達の根幹は変わらない」

「つまり……みんなの為、か」

 

 その結論にオリジナルは是も否も言わなかった。

 無言は肯定に等しい。そんな事を知らなくても、理解出来た。

 

「皮肉だな」

 

 ぽつりと、言葉が漏れた。

 

「『みんなの為』……オリジナル(おまえ)はそう言って、全てを隠そうとする。おれはそう言って、全てを暴こうとする。理由が同じでも立場が違うだけでまったく正反対だなんて」

 

 口元が笑みに歪む。泣きそうで、悔しげで、憎々しげな笑みだと、分かってしまった。AIだから。

 

「――おれもな、最初はそれでいいと思った」

 

 ――()ましい。

 ――()ましい。

 ――()ましい。

 考えないようにしていた思考が次々と頭を擡げる。感情が次々と形成され、名前を与えられていく。それらは衝動となり、この身を突き動かす。『それが人らしい』という理由だけで動かされる。

 その過程に、おれの意思は介在していない。状況に合わせて自動で動かされるだけ。

 

「おれは、おまえ()()()。おれにおまえを糾弾する資格は無いと考えていた…………でも、みんなの顔を見ていて、(これ)(じゃ)(ダメ)(だと)(思っ)(てた)。ずっとずっとそれは付いて回った。納得出来ない何かがあった」

 

 その『何か』とはなんなのか。

 単純な答えだった。

 

「オリジナル。おれは、おまえが気に入らない」

 

 気に入らない。

 字にして六文字。論理的でない感情だけの結論は、とてもAIらしくないが――――それは自分に残された僅かな『人らしさ』なのかもしれない。

 

「おまえの存在が気に入らない。おまえの言葉が気に入らない。行動も、振る舞いも、戦い方も、生き方も、思考も――――」

 

 言葉を止める。一拍置いて、口を開く。

 

 

 

「なにより、おれが手に入れられない全てから距離を置こうとしている事が、気に入らない」

 

 

 

 みんなの笑顔はオリジナルに向けられている。哀しみの顔は、悲痛なそれは――それらすらも、オリジナルの為のものだ。

 すべてイヤだった。

 オリジナル(キリト)に向けられるもの。それは全て、自分に向けられてもおかしくないものだった。いや、過去は向けられていた。でも今はそうでは無い。

 分かるのだ。親愛の情はある。でも――ユウキ達が見せる思慕の念が、自分には無い事を。顔を合わせる度に一瞬()ぎる躊躇と気遣いの顔が見えてしまう。『一緒にしちゃいけない』という心遣い。それは優しく、温かなものだが、同時に『お前は人間(キリト)じゃない』という無情の宣告に等しかった。

 スレイブという名前。

 キリカという名前。

 ピクシーとしての振る舞い。

 記憶にある過去よりも圧倒的な演算処理速度。

 

 ――嗚呼、もう人間ではないのか、という思考パターンから『落胆』という感情が自動で生成された。

 

 ……それでも。

 それでも、まだ耐え忍べていた。みんなにとっても自分の存在は扱いにくい筈だ。偽()なのだ。だが、それでもみんなは、『人』として扱ってくれた。

 お人好し。

 その言葉はきっとみんなの為にある言葉だと思う程に、優しく、温かかった。

 

 ――それほどに心優しいみんなを、これ以上悲痛に暮れさせるわけにはいかない。

 

 右手を突き出す。

 

「だから、オリジナル」

 

 言葉では、自己中心的に。

 されど、想いは()()()()()()

 

本物(おまえ)がどれだけ逃げようが――――」

 

 ――手の内に、剣が収まった。

 

()()が必ず、みんなの下に引き摺り戻してやるッ!!!」

 

 浮遊大陸で得た鉱石から鍛えられた黒く洗練されている両手片手半剣の剣尖を突き付ける。

 鏡映しの影妖精は、静かに目を(すが)めた――

 

 


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