インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
今話はオールアスナ視点。
原作《フェアリー・ダンス》エピローグと《マザーズ・ロザリオ》導入、《ロスト・ソング》の展開を織り交ぜたカオス展開であります。
尚、会話だけ。平和だよ!
文字数は約九千。
ではどうぞ。
「――それでは、今日はここまで。課題ファイル25と26を転送するので、来週までにアップロードしておくこと」
鐘の音を模したチャイムが午前中の授業の終わりを告げた後、教師が大型パネルモニタの電源を落としてからそう言った。
広い教室に弛緩した空気が漂う。立ち上がって近場の友人と話す人が続出し、教室内は一気に賑やかさを取り戻した。
その空気の中、私は端末に刺しているマウスを操り、ダウンロードされた課題ファイルを開き、中身を一瞥。たっぷりと歯ごたえのありそうな長文の設問が複数あるのを見て、うへぇ、と内心思いながらバツ印をクリックし、閉じた後、端末の電源を落とし、マウスを端末から引き抜いてデイパックに放り込む。
代わりに、バックから携帯端末を取り出し、電源を入れる。メールチェックだ。
――が、目的の相手からの返事は無し。
やっぱりね、と心の中で呟く。予想していたが落胆は抱いてしまう。
小さく息を吐いた私は携帯端末を戻し、デイパックのジッパーを引く。周囲と同じように肩に掛けて立ち上がる。
「明日奈、食堂に行くなら一緒に行かない?」
片付けを終えたのを察したのか、近場の席に居た女子生徒が声を掛けて来た。
頬や鼻の辺りにそばかすがあるクラスメイトは、SAO初期からの長い付き合いになったマスター鍛冶師リズベットこと、篠崎里香。同い年だった事もそうだが、生還者学校のクラス分けでも同じクラスになる辺り、中々の偶然だと思う。
「いいよ。一緒に行こう、リズ」
そう返事をすると、彼女はぷくっと片頬を膨らませ、指を突き付けて来た。
「こーら。こっちではプレイヤーネームはマナー違反よ」
「あっと、ごめん。同じ顔だからついクセで……」
SAOに囚われてから数ヵ月して、彼女は自分の強い勧めもあってベビーピンク色に髪色を染めた。最初はあまり気に入っていなかった様子だが、自分がコーディネイトして以降の客足が増えたためかクリアまでずっと続けており、ALOでも同じ髪色にしている。ALOは厳密にはランダムアバターなので色もあまり決められないが、SAOアカウントを引き継いだ影響で種族特有の色が特にないレプラコーンやプーカ等は以前の髪色をそのまま引き継いでいる。なのでリズベットやサチはあまり変化が見られない。
かなり違うと言えばシノンか。彼女はリアルもSAOアバターも黒髪黒目だったが、ALOに来てからは何故か水色蒼瞳になっている。同じケットシーのシリカはそのままなのに対し彼女だけ色が大きく異なる原因はよく分かっていない。
ともあれ、彼女を『リズ』と呼んでしまうのは、ベビーピンクだけでなく、元の色調の印象も強いせいだろう。
――と、そこまで考え、あれ、と首を傾げる。
「……でもそれ、本名と同じ私はどうすればいいの?」
「本名と一緒にするあんたが悪いわよ……まぁ、あんたらに限っては、そこら辺はもう関係無さげだけどさ」
この特殊な《学校》に通う生徒は全て、中学、高校時代に巻き込まれた旧SAOプレイヤーである。
積極的殺人歴のある本格的なオレンジプレイヤーこそカウンセリングの要有りという事で一年以上の治療と経過観察を義務付けられたものの、自衛の為に他のプレイヤーを手に掛けた者は少なくないし、盗みや恐喝といった犯罪行為は記録に残らぬ故にチェックのしようもない。その手のプレイヤーを相手取り、多くを監獄送り、あるいはPKによって《ホロウ・エリア》送りにした主犯の少年の協力により、能動的オレンジの殆どが監視体制を敷かれていても、それでその人物の安全性が立証される訳でも無い。
そのため基本的に《アインクラッド》での名前を出すのは普通のMMO以上に忌避されているのだが、なにせ顔がSAO時代とほぼ同一のため、有名人であれば即バレも必至。
特にボス戦に参加していた《攻略組》はほぼ全員顔バレ+リアルバレもしている現状であり、緘口令を敷かれている類の情報――セブンが知っていた須郷打倒の主要人物など――の漏洩も散見されている。『人の口に戸は立てられぬ』とはよく言ったものだ。
――もっとも、あの世界での出来事を全て無かった事にしようというのは、土台無理な話である。
母・京子が言うように『二年の時間』を自分達は確かにあの世界で過ごした。あの世界での体験は現実なのだ。その記憶にはそれぞれのやり方で折り合いを付けていくしかない。
「……ほら、行きましょ。早く行かないと席が無くなっちゃうわ」
頭に浮かんだ事に気を取られていた私に痺れを切らしたか、里香は私の手を引き、歩き出した。
薄いグリーンのパネル張りの廊下を早足で歩いたところで、中庭に面した壁が一面大きな彩光ガラスになっているカフェテリアに辿り着く。『カフェ』と名が付くように基本的に軽食の類が殆どなのだが、ピラフやうどんなどしっかりした食事も出て来るためか、生徒や教職員たちからは『食堂』と通称されている。
昼食どきのため、カウンターは人でごったがえしていた。
「さて、それじゃあたしは戦場に赴いて来るから、席取りよろー」
あっさり離した手をひらひらさせ、人でごったがえすところに行き、列に並ぶ友人を見送った私は、カフェテリアの内装を見回した。体育館クラスの広さに一定間隔で設置されたテーブルの半分ほど空いているのは、ここに来る人間はほぼ券売機でご飯を頼む、所謂『弁当作らない派』だからか。
ちょうど西側の窓際、南の壁際という隅の一角の四角テーブルが開いていたので、そこに座る。膝上に置いたバッグから弁当箱と魔法瓶を出してテーブルに置いた。
ちら、とカウンターの列を窺う。里香の順番はまだまだのようだった。
友人もまだ来そうにないので、もう一度と携帯端末をチェックする。しかし、やはり返事は無い。既読スルーか、未読スルーか、気付いてすらいないのか。
はぁ、と息が出た。
「明日奈さん、ご一緒していいですか?」
そこで、少女が声を掛けて来た。後ろに数人の同性も居る。
「あ、スグちゃん。木綿季達も一緒なのね」
「まーね。今日はボクが弁当を作って来たから、アスナ大先生に採点して欲しくてさ!」
どやっと自信顔の友人の発言に、こちらはにやりと笑みを浮かべる。
「ほっほーう。それはまた、大層自信がおありのようで――――冗談はともかく、いいよ。一緒に食べよ。あ、リズも来るから、私の横は空けてね」
「さらりと隣を確保する里香さん、けっこうやり手ですね」
「いや、私がてきとーに選んだだけだけどね。木綿季のお弁当を採点するなら正面に座ってもらった方がいいかなって」
そうですか、とこちらの言葉に応じた少女――桐ヶ谷直葉は、先に後ろの四人を座らせた。
私の正面に紺野木綿季。その右隣に双子の姉・藍子。テーブルが足りなかったので寄せ、藍子の右隣にツインテールの少女・綾野珪子が座った。直葉はその対面――里香の左隣――の位置に
「お! 明日奈ちゃん達はっけーん!」
そこで、年上メンバーである
また席が足りなくなったので、テーブルを寄せ、詩乃と虹架の隣にそれぞれ琴音と幸が座る。
約束していた訳でも無いのに大所帯になった有り様に、BLTサンドとパックのオレンジジュースをトレイに載せて来た里香が、なんじゃこりゃ?! と声を上げたのは、致し方ない事だろう。
――里香がやって来た事で食事が始まる。
最初は木綿季手製の弁当の採点とか、あの先生の授業は眠いとか、数学が苦手だとか、そんな他愛のない――けれど記憶にほとんどない――話に花を咲かせていたが、ふと思い出したように、はぐはぐとエビピラフを食べていた珪子が口を開いた。
「そーいえば、ALOに流れてるウワサって皆さん知ってますか?」
「ウワサ?」
「はい。幾つかあるんですけど……昨夜、世界樹の根元から光が吹き上がったじゃないですか。アレ、キリトくんとキリカくんの戦いの余波なんじゃないかってウワサになってるんです」
「……そっか」
昨夜の事だ。
セブンの話が保留となり、取り敢えずクエストに行こうと決めた私達は、メンバーを選出して少数精鋭で挑む事になった。
少数なのは、全員参加せずとも、クエスト進行している人と同じパーティーになれば、仮令進行していないクエストでも途中参加出来るからである。全員突撃で失敗し、オーディン側に付く可能性を考慮すれば、裏技を使う事にも躊躇は無かった。
肝は『ロキ脱獄後』に捕まる要素がある事。キリトが言っていたように、スニーキングクエストになるというなら、隠蔽に長けたプレイヤーが行くべきなのは自明の理。
パーティー人数分のプレイヤーが赴く必要があるため、最低でも四人必要になる。
――本当は、すぐに出発する予定だった。
しかし、精鋭として名が挙がった面子の一人――キリカの姿が見当たらない事に一時騒然となる。
『光の柱』が吹き上がったのは、その時だ。夜もこれからという時なので人気も多く、自分達を含め発生場所である世界樹の根元に押し掛けるが、そこには誰もいなかった。
ただ、私達は何となく察していた。
『光の柱』。聖属性最上位の魔法よりも巨大だったそれを立てられるのはキリトくらいなもの。SAOで同等の事をした経験を持つ彼のことだ。暫定偽キリトがどのように《三刃騎士団》や種族連合軍を退けたかを知ったなら、ならばと《魔術》として造り出してもおかしくない。
――しかし彼は、力をひけらかさない。
強い敵には強い技。弱い敵には弱い技。一事が万事そうではないが、大概はそのルールに無意識にか従っているため、彼がどれくらい本気だったかは技の強弱を見極めれば分かってしまう。
そして、ユージーン将軍をもデフォルト技で倒したキリトに大技を使わせる程の強者はかなり限られる。リーファ以外で該当しそうな人物――私達の目が届く場所に居なかった面子は、キリカだけだ。
どちらが勝ったかは不明だが、私達にはなんとなく予想がついていた。
「珪子ちゃん、他のウワサってどんなのがあるの?」
「えっとですね……キリトくんがほぼ同じ時間にまったく違う場所に複数いるという話が」
「……キリカくんと区別が付いてないんじゃなくて?」
「はい」
須郷打倒時やボス戦の放映により存在を知られているAIの一人・キリカは、記憶や精神を引き継いだもう一人の《キリト》。ALOでは種族も同じ、衣装もところどころ差異があるとは言え黒尽くめである点も同じであり、遠目では私達も間違える事もしばしば。
だから見間違えなのでは――と問うが、どうやらそうでは無いらしい。
「キリカくんと間違えたなら二か所に絞られる筈なんですけど、目撃証言を合わせると五、六か所に同時に存在していたらしいんですよ」
「それも偽キリト、なのかな」
食後のお茶を飲んでいた幸が呟く。珪子は、わかりません、と首を振った。
「あとは……ヨツンヘイムに関する事なんですけど」
ヨツンヘイム。
北欧神話に語られる九つの世界の一つで、霜の巨人が住まう極寒の世界とされているように、ALOにも同様の世界として再現されている。東西南北にひとつずつ点在するダンジョンから繋がっており、行くには最奥の門番を務める邪神ボスを倒す必要があるので、そこへ行くだけでも超高難易度を誇るほど。かつてユージーン将軍が一人で挑んだ時は数秒で、レイドでも数分と保たなかったと言われるほどだ。
サラマンダー軍が敗走した原因は回復・支援を得意とする術師プレイヤーの不足が原因。
種族やビルドが程よいバランスを取る中立域の野良レイドが行く事はあるが、それでも入念な準備と連携確認、進軍と撤退の見極めにこなれたリーダーでなければ、壊滅は必至。ミソなのは『撤退』の経験が必要な点だ。
そのため並みのプレイヤーは訪れる事すら出来ないと言われる程の高難易度ワールドとして知られている。高難易度だけあって手に入るユルドと素材も莫大だが、壊滅した時のリスクを考慮すると、二の足を踏んでしまうところである。
ちなみに私達はまだ行った事が無い。
「ALO攻略サイトの雑談掲示板に、ヨツンヘイムをソロで潜ってるプレイヤーが居たって書き込みがあったんです」
「仲間がやられたとかでソロになったんじゃないの?」
琴音がそう言うも、これにも彼女は首を横に振った。
「わたしも最初はそう思ったんですけど……それが、キリトくんだったらしくて」
まぁ、キリカくんかもしれないんですが、と続けた珪子は、あとは、とまだ続けた。
「そのヨツンヘイムに見た事無いタイプの邪神Mobが現れたらしいんです。四つ腕骸骨と
「環境関係無しのオンパレードね。やっぱりラグナロクが起きようとしてるのかしら」
そう言って、里香はパックの底に残ったオレンジドリンクをストローで力任せに吸い上げた。乙女が立てるには相応しくない騒音が盛大に発生し、話していた珪子が顔を顰める。
「もう、里香さん、もうちょっと静かに飲んでくださいよ」
「やー、底の方に残ってるのをそのままにするなんて、なんか勿体ないじゃん?」
「あはは、わかるわかる。思わずやっちゃうよねぇ」
にこにこと笑いながら虹架が合いの手を入れた。それに、珪子がもう、と
「気持ちはわかりますけど、ここではやめましょうよ……」
「そんな事言ってー、どうせあんたも家ではやってるんでしょ」
「人目が無いならいいんですー」
里香に間延びした反論を返した珪子は、あとですね、と話を戻した。
「多分《セブン・クラスタ》の人だと思うんですけど……セブンちゃんに、OSSを渡す呼び掛けがあったんです」
「はぁ?」
その話に、真っ先に声を上げたのは木綿季だった。
「OSSを渡すって……なんでそんなことを」
「分かりません。ただ、クラスタの人達は賛同的で、いま必死にOSS作成に熱を入れてるらしいです」
「ちなみに代価は?」
「いえ、それらしい書き込みは、特には……」
「つまり無報酬で差し出せって事? ……ばからしい」
珍しく、木綿季は口悪く言い捨てた。その表情には苛立ちよりも不快感の方が大きく見える。
それもその筈。OSSは作成に恐ろしく苦労を要するもので、《二刀流》保有者の少年に匹敵する反応速度を持つ彼女をして『もうイヤ』と言わしめる厄介さなのだ。あまりにも厳しい条件を課されているからである。
斬撃と刺突の単発技はほぼ全てのバリエーションが既存の剣技として登録されているので、OSSを編み出すには必然的に連続技にならざるを得ない。しかし、一連の動きに於いて、重心移動や攻撃軌道その他もろもろに無理がわずかでもあってはならず、また全体のスピードは、完成版ソードスキルに迫るものでなくてはならない。
つまり、本来システムアシスト無しには実現不可能な速度の連続技を、アシスト無しに実行しなくてはならないという、矛盾とさえ言っていい程の厳しい条件が製作に当たって課せられているのだ。
そのハードルをクリアする方法は
ほとんどのプレイヤー達はその地味な作業に耐えられず、あっけなく《我流必殺技》の夢を放棄した。それでも、一部の努力家達がOSSの開発・登録に成功し、中世の剣術流派開祖にも似た栄誉を手にする事になった。実際その中には《○○流》という冠の付いたギルドを
それを可能にしたのが、OSSシステムに付随する《剣技伝承》システム。かつて《二刀流》スキルをOSSとして再現したものをレインが授かったように、OSSを編み出す事に成功した者は、一代コピーに限り、技の《秘伝書》を他者に伝授できるのである。
OSSは対人はもちろん対Mob戦にも絶大な効果を発揮する。それゆえ誰もが欲する。いきおい技の伝承は非常に高額な代償を必要とするようになり、五連撃を越える《必殺技》の秘伝書は、ALO世界でも最も高価なアイテムにランク入りしている。
現在最も知られているOSSは不機嫌顔の少女がSAO時代に編み出していた《マザーズ・ロザリオ》十一連撃であるが、他にはユイが再現した二刀剣技の《スターバースト・ストリーム》十六連撃、キリトの突進型十六連撃など、連撃数だけで言えば上も居る。視点を変えれば、《両手剣》を主武装とするユージーン将軍が編み出した《ヴォルカニック・ブレイザー》も、八連撃と他に手数こそ一歩劣ってこそいるが、重量級の一撃を息も吐かぬ八連続で放つ特性を鑑み、他と遜色ない強力さとして有名だ。そしてそれらを編み出した誰もが金に困っておらず――将軍は立場、他は倹約家――誰にも伝承させていない。栄誉に関してもまた然り。
逆に言えば、金や栄誉のどちらかを欲する者は、五連撃を越えるOSSを編み出し、誰かに伝承させると宣言すれば容易くそれらが手に入る時世。
――そんな状況で、OSSを授けても無報酬というのは、道理の通らない話だった。
しかし木綿季が不機嫌顔なのはきっとそれだけではない。彼女が編み出した十一連撃は、ただの攻撃技とは思えない美麗さが備わっており、彼女が如何に強い想いで作り上げたかを一目で瞭然とさせるほど。
《マザーズ・ロザリオ》。
それは、別の訳し方では母の――
「それで、問題なのはここからなんですよ」
思考がシフトした。少女の声に耳を傾ける。
「通常、OSSを伝授しても、伝授した側の剣技は熟練度含めて残ってるじゃないですか。でも書き込みを見た感じ、どうも残らないみたいな風に取れる文章があって」
「伝授したら、残らない……? そっくりそのまま渡すって事?」
「そういう意味かと。気になって調べたんですけど……これ、見て下さい」
そう言って携帯端末になにかを表示した珪子が、テーブルの中央にそれを置く。私達は各々身を乗り出し、順番に表示された画像を見ていく。
画面には白を基調とした種々様々な色の羽飾りが映し出されていた。
「これって……クラスタの人達が付けてる、羽飾りじゃない?」
「はい。厳密には、スヴァルトが実装された時に合わせて追加された装飾品アイテムです。ちなみにプーカ領に実装されたものですね」
『へー』
それは知らなかった、と幾人かが感嘆の声を重ねる。
アルゴのように様々な情報を話すのはどこか接点があったからなのだろうか。そういえば彼女はアルゴさんに助けられたんだったか、と一年半ほど前の事を思い出す。尊敬しているのかもしれない。
「で、これがどうしたの」
「これ、実は親機と子機があるみたいなんです。クラスタの人達がしてるのは子機です」
「……子機? 通信か何かに使うの?」
親機、子機、という表現の仕方から携帯端末、サイズ的に耳に掛けるタイプの小型通信機を想像しながら言う。
「正に通信の為です。リアルタイム通信が出来る便利アイテムで……親機は、大きな羽飾りタイプ、わたし達が見たものだとセブンちゃんがしてたやつですね」
「ふぅん……今回のイベント、すごく大きいやつみたいだし、戦略シミュレーションみたいな合戦タイプなのかもね」
実は意外にゲーマーだった事が発覚した琴音が言う。
合戦と聞くと、室町から安土桃山時代に掛けて行われていた
ALOでは飛べるとは言え、やはり即時連絡が可能な連絡手段が出来たのは大きい。となればそれを利用するイベントが起きるのは必然と言えた。
「でもそれとOSSに何の関係が?」
「子機の羽飾りを介して、親機を持つ相手に、OSSを
顔を顰める。
「……ガセ、じゃないんだよね?」
「追加アイテムの詳細を確認しましたけど、その効果は明記されてました」
調べないと分からないですけど、と言う珪子。本当の事かと理解するには十分だった。
「――気に入らない」
がやがやと騒然とした食堂内で、不気味な程に静かになった一角で、木綿季が言った。
「頑張って作り上げたOSSを、努力の結実を、研究の為だけに奪われるなんて気に入らない。それを止めないセブンも……それを促す、クラスタも」
淡々と、心情を吐露する少女。胸まで持ち上げられ、ぎゅっと強く握られた拳は、あまりに力が込められ過ぎて白くなっている。
そんな少女の肩に、藍子が手を置いた。
「木綿季、落ち着いて」
「姉ちゃん……ボク、嫌だよ。頑張って作り上げた技を一方的に奪われるの。これを継承して良いって思ってるのは……」
「まだ決まった訳じゃないわ。ロキ側に付けばいい話だし、もしオーディン側について渡すようセブンさんかクラスタが言って来ても、それに応じる必要は無いのよ。最悪もう継がせたって言ってしまえば良い。継がせて良い相手はもう決めてるのでしょう?」
「……うん」
一瞬、顰め顔から蕩けたものになったが、見なかった事にした。
《学校》の有名人が勢ぞろいしているせいか目聡くその顔を見つけ顔をだらしなくしている男子に横目で牽制しておく事も忘れない。
それを協力してやった里香が、ともかくよ、と注意を集めるように声を発する。
「今日学校が終わったら全力でクエストに当たって、ロキ側になれば万事事も無しって訳よ。気合入れて行きましょ!」
「「「「「おー!」」」」」
迷惑にならない程度に声を揃えて拳を突き上げた。
・ラグナロク
北欧神話に於ける《神々の黄昏》。神話、世界の終焉を描く物語の総称。悪神ロキが意図的に引き起した戦争であり、神々と言ってはいるが、霜の巨人族や魔獣、魔物などが入り混じる大戦争そのもの。
発端は光の神バルドルが、ミストルティンの芽が括られた矢で殺された事。光の恩恵が喪われた事がラグナロクの根本的な原因。
ラグナロクが本格的に起こるのも時間の問題であり、ロキを討伐しても止められないのだが、その辺りの事はキニシテハイケナイ()
・ヨツンヘイム
ALO本土の地下深くに存在する極寒の世界。霜の巨人の眷属と動物型邪神が住まい、互いに相争う弱肉強食の思想が渦巻いている。
辿り着くにはALO本土東西南北に一つずつ存在する高難易度ダンジョンに潜り、最奥を守る邪神ボスを倒さなければならないが、レイドで行っても余裕で壊滅するほどに難易度が高い。
最近そこに狼型やタツノオトシゴなど、元々そこに居ない筈の種族の邪神が出没している。一体一体がレイド一つ分に匹敵するので二体以上に同時遭遇した時点で全滅は必至。
原作では第三巻《フェアリー・ダンス》で描写されるが、アニメでは《キャリバー》編で描写。
「シノンさんマジかっけー!」
・
ボス戦に参加して戦えるよう歴戦のプレイヤー達が持つOSSを欲している。そのため《三刃騎士団》に声を掛けたが、クラスタにも話が届き、そのクラスタがネットで呼び掛けを行ったところを、偶然
ほぼクラスタの暴走に近いが、木綿季が抱いたように無報酬な点はかなり不平等のため、明日奈達からあまり良く思われていない。
『
自分の計画を完璧に見抜いた少年の評価を爆上げ中。敵対勢力に居るので、最大限の警戒をしているが……
・キリト
現在暗躍中。複数個所に同時存在している目撃証言多数のため、幻影をまいてなにかやってる事が明らかに(アスナ達は幻影魔法の事を知らないので気付いていない)
問題は珪子がその事実を確認した時間だが、果たして……?
加えて昨夜『光の柱』を世界樹の麓におっ立てた戦犯。チートギリギリを攻める辺りは正にシステム外システムの権化と言えよう。頑張れば誰でも再現できる辺りがタチ悪い。《魔術》のシステムの幅が広い事を
アスナ達の下に引きずられていないので、キリカでは止められなかったようだ。同位体ではもう止められない。
ヒロイン勢の誰かでなければ止められないが、『嫌われても良い』覚悟で動いているせいで爆進中。暴走じゃないせいでタチが悪い。
ちなみに《三刃騎士団》とアスナ達しか攻略出来ていないスヴァルト最前線のダンジョン最奥の中ボスの悉くをソロで倒せてしまっている。
更にレイドでも壊滅余裕なヨツンヘイムに単独で潜っている目撃証言がある。
・キリカ
オリジナルとぶつかり、勝敗不明の後、行方不明に。少なくともセブンの話し合い後からアスナ達がログアウトするまで見た話は無い。明日奈たちからは『負けたのかな……?』とほぼ敗北で捉えられている。
他の面子と違いOSSを
――元々はキリトと同一存在であった事を忘れてはならない。
行方不明になった場合、大抵は自分を追い込んでいるのが《キリト》である。
・
原作から大きく乖離を続けている少女。恋をしてたり、他者に嫌悪感を示したり、『個』に固執したりなど、本作特有の成長を見せている一番のキャラクター。
明確にセブン、《三刃騎士団》、クラスタ達に嫌悪感を示した。研究もそうだが、何も与えないのに奪うだけする行為に嫌悪感が大きいようだ。何故なら《マザーズ・ロザリオ》はとある意訳で『母の想い』だからである。SAO初期の頃からスキル登録できないオリジナル技にその名を付けた辺りに嫌悪感の理由がある。
内心沸々とキリトに対し怒りと悲しみが募っている。
――明日奈大先生からの評価は『たいへん良く出来ました』だった。
・結城明日奈
原作メインヒロイン。細剣使い。二つ名は【閃光】。リアルバレしている筆頭。
里香を親友と言うが、木綿季や詩乃の方が仲良しなところを見せるのは、やはり前線で戦う組の連帯感によるものか。ぐぬぬと里香がハンカチを噛んでいる事を彼女は知らない。
なおヒロイン枠を今作では大体ユウキかリーファに掻っ攫われてる。まだ堕とされ切ってないからね、仕方ないネ。
最近母と折り合いが悪いのが悩みのタネ。
編入試験申し込み期限が刻一刻と近付いていて今週中になった事に内心焦っている。
――日中、誰かにメッセージを送り、その返事待ちらしい。
落胆が小さい事からあまり返事を期待できない相手、あるいは状況のようだ。
・枳殻虹架《レイン》
今話の発言回数二回だけというキャラ。
アスナ達からは未だ中立勢力扱いされているがキリトと結託しているので実はロキ側。なのでレインとパーティーを組めばいい話だが――その話を出す素振りが無い辺り、お察しである。
セブンとは実の姉妹関係なので『姉を名乗る不審者』では無い。
でも姉ビーム(物理)は出せる。
・
発言回数最初の二、三回だけ。
会話に混じらない無言の圧が凄まじい。剣の腕に変化はないが、やや攻撃的な気がするともっぱらのウワサ。
――最近目元が昏い、とは母・翠の談。
・
発言一切無し。
何を考えているのだろう。
最近射撃の精密性が上がってきているらしく、敵の喉元を一発だとか。本人曰く『SAOの頃の勘が戻って来た』との事。
――最近瞳の光が消える時がある、とは