インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 視点はレコン。ほぼ回想。

 文字数は約九千。

 ではどうぞ。




幕間之物語:密偵(レコン)編 ~桐ヶ谷直葉トイウ少女~

 

 

 長田慎一にとって、桐ヶ谷直葉とは恋慕の対象だった。

 黒の瞳に宿る感情はひどく無機質だった事を覚えている。

 誰とも触れ合わない孤高の存在。事務的なやり取りこそすれ、笑みを浮かべる事の無い少女を周囲は気味悪がり、人との距離は隔絶と開いた。ときに聞こえるようわざと大きくされた声量で悪し様に言っても、冷たく一瞥するのみ。小学生の少女相手に教師すらどこか距離を取っていた。

 一事が万事、それだけだった。

 しかし、視点を変えればそれは、『差別をしない』とも言える。

 ISの登場により女尊男卑風潮が一世を風靡し、下火になるまでの間、風潮に感化された女子が我が物顔で横暴を利かす事が絶えなかった。厄介な事に女権――女性利権団体――の幹部やその配下の家の子女だったので学校も下手に抗議できず、問題は放置される事になる。

 ISを扱える女性である事を傘に威張る女子達。

 ――しかし、彼女らが長らくのさばる事は無かった。

 女尊男卑思想の女性が全てそうと決まった訳では無いだろうが、少なくとも長田慎一が通っていた小学校に居た女尊男卑の少女は、全ての男性を下に見るばかりか、その男性に迎合するような態度を取る、ないし自身の意に従わない者も許せない()()だった。プライドが高いというのだろう。スクールカーストでトップに立つ自身を前に(かしず)かない者を看過出来なかったのだ。

 彼女は誰ともつるまず、群れる事も無く、また誰かの指図を受ける事も無かった。『男子と話すな』と言われても、直葉は落とし物を拾い渡す事もあれば、掃除当番を忘れて帰ろうとする男子を呼び止めるなど、平然と話し掛けていた。

 それが逆鱗に触れ、彼女らは傅かない者筆頭――桐ヶ谷直葉へと、牙を剥いた。

 最初は勧誘。思想の不一致こそ気に入らないと言えど、それでも直葉という少女が持つ武力()は分かりやすいステータスであり、他者を威圧するのに使える。当時大人を寄せ付けない剣道者として知られていたため従えることで己のステータスにしようとした。

 無論、少女はにべもなく誘いを切り捨てる。

 ならばと人数で分からせようと暴力に打って出た。剣道者であれば竹刀が無ければ弱いだろう、と言ったのはリーダーの女子だったか。放課後に出稽古へ向かう為に持参していた竹刀を奪い襲い掛かった。

 兇器を持った複数相手に、それでも少女は臆す事無く返り討ちにした。主犯側に怪我人は居ない。往なし続けて反撃しなかったからだ。

 それでも、主犯側の女尊男卑女子は面白くない。

 だから親を頼り、女権のコネを使い、彼女の家を追い詰めようとしたのだが――――何がどうなったのか、2025年になる現在に至るまで桐ヶ谷家が女権の脅威に晒されたという話は聞いた事がまったくない。それどころか、何時しか女尊派の方が気味悪げに離れていく始末。最終的に女尊一派は(しず)(しず)と転校していった。

 桐ヶ谷直葉(彼女)が何かやったんだ。でも、横暴理不尽の具現とまで言われる女尊一派を一方的に追いやるなんて、一体なにをやったんだ。

 生徒はおろか、教師も、果ては生徒の保護者達すらも疑問と共に、恐怖を抱いた。

 それは母校である小学校にて今でもまことしやかに語られる伝説になっているらしい。『桐ヶ谷には手を出すな』、と。

 それが、小学校三年頃(第一回モンド・グロッソ)の秋の事。

 ――長田慎一にとって、その頃は桐ヶ谷直葉はまだ畏怖の対象であった。

 一年の頃から同じクラスに所属し続けたが、会話した事など記憶に残っていないレベルの無関係さ。五十音順の出席番号も『き』と『な』では大きく離れ、更に性差がある以上、席替えで隣にならない限り関係性など生まれようがない。席も、お察しである。

 

 しかし三年後。その感情に変化を齎す契機が訪れた。

 

 小学校六年生に於ける新年を越し、寒さの厳しい一月(三学期)に、珍しく転入生が来たという情報が入った。

 しかし周囲が最も関心を寄せたのは、その転入生が()()()()()()()()()()()()()()という点だった。

 当然だが三年生相当の転入生も話題性は十分であった。

 少女と見紛う色白さ。同年代(小学三年生)の中でも一際目立つ華奢さ。風になびく射干玉(ぬばたま)色の髪。力を入れればいまにも()()れてしまいそうな儚さ。

 妖精のよう、と。そう言ったのは誰だったか。

 桐ヶ谷家の子供は直葉ひとりだけ。それは周知の事実であった。しかし転入生と思しき子を引き連れた少女は、『(おと)(うと)です』と紹介し、見た目と性別の不一致を含め一時騒然となる。無論、事前通達されていた教師を除いた生徒だけ。

 大っぴらには明かされなかったが、親戚筋の子として桐ヶ谷家が引き取った子であり、従弟にあたるという。事故で両親を亡くしたショックで記憶を喪っている、と学校で広まった。

 この時世、事故で親を亡くす事は少なくない。女権の手で一家離散の憂き目に遭ったニュースも枚挙に暇がない程だった。六年生になった頃は幾らか風潮も下火になったとは言え、残り続ける根強さはかなりのもの。

 学校に於いて、その転入生は微妙な立場に晒された。

 心情的には同情と哀れみ。本人の人格も悪くなく、好意的に接すれば薄いながらも反応を返すなど、純粋さが垣間見えるものとは聞いていた。接しやすさで言えば()()より段違いに上。

 とはいえ()()桐ヶ谷直葉(アンタッチャブル)その人である。女尊一派の事があり、下手な事をしようものならどんな(報復)が起きるか分からないため、別学年の生徒は勿論、少年と同学年の生徒や担任も頭を抱えていたというのはもっぱらの噂だった。集団登校の道中で先輩たちからしつこく言われれば、件の伝説を知らない下級生も警戒するというもの。

 そうしてほぼ義姉が原因で孤立した少年は、やはり義姉により、完全に孤立しなかった。

 授業の合間時間は流石に無かったが、中休みや昼休み、下校時には、かならず顔を見せ、談笑する事が義姉と義弟ふたりの日課になっていた。気を遣ってか廊下や人気のない場所に移動していたふたりを見かけたのは、偶然だった。

 

 ――そのとき、長田慎一は見た。

 

 常に冷徹で、無感情な少女の顔が、綻んでいたところを。

 

『友達は、出来た?』

『……あんまり。なんか、避けられてる気がする』

『あー……それは、あたしが原因かも。ゴメンね』

 

 謝罪し、少年の頭を撫でながら、直葉は小さく笑みを浮かべていた。苦笑か。泣き顔か。やや遠目だったから詳細な判別は付かなかったが、無表情だった少女が相好を崩した事だけはしっかり見た。

 その瞬間が、桐ヶ谷直葉(かのじょ)に抱いていた想いの変化だった。

 冷然への畏怖は時世に抗う者への畏敬へと変わり、同時にひとりの少女として、彼女を見るようになった。

 いま思えば――それは、一目惚れというのだろう。

 彼女の綻ぶ笑顔に目を奪われ、心を動かされたのだ。

 ……とは言え。

 下火になり、彼女自身がそうでないと知ってはいても、やはりこのご時世、男性から女性に声を掛けるというのは勇気を要するものだ。それまで一切関係が無かった相手となれば尚の事。

 学校は小さなコミュニティであり、家での生活と同時に存在するもう一つの生活圏。そこでのカーストを最低に落としてしまえば何をされるか分かったものでは無い。表向き平和で仲良さげでも、裏では険悪という事はザラにある。良くも悪くも平凡だった自分はたまたま白羽の矢を避けていた。

 結果、好きになった少女を遠巻きに見ている事しか出来ず、歯がゆい時間が過ぎた。

 その中で、少女の義弟がデスゲームに巻き込まれ、やや険の取れていた顔に厳めしさが付きもしたが、元々表情を変えない方である。見かければ目で追っていた自分のようによく見ていなければ分からない程度の変化だった。()(ねん)、関係性も距離も小学生の頃と変わらない。

 

 ――転機が訪れたのは、デスゲームから一年が経とうとしていた時だった。

 

 VR技術に批判的な意見が絶えない中でも絶対安全と銘打って《ナーヴギア》の下位互換プラスセキュリティホールを後付けした《アミュスフィア》が発売され、VRMMORPG二作目にあたる《アルヴヘイム・オンライン》の特集や予告PVが流れるゲーム屋にて、彼女と出会った。

 彼女は店舗内のVR技術を用いたゲームソフト――知育やガーデニング系――の棚の一区画を占拠する形でズラリと並ぶ『予約受付中!』とシールが張られた《ALO》のパッケージと、傍らのデモPVをじっと見ていた。

 

『桐ヶ谷さん、ALOに興味あるの?』

 

 思わずそう声を掛けてしまったのは、ゲームの陳列棚から抜けてすぐ横というこれまでにない接近に思考が混乱し、それでもゲーマーの性として仲間を得たい欲求に駆られたからだろう。

 それが盛大に不謹慎な問いだとしても、同様の理由で犯してしまった。

 彼女の弟がデスゲームに囚われている事は、同じ小学校から入学した生徒から広まっており、中学で知らない人は居ない程だった。SAOと言えば一時期ベータテスト、製品版を手に入れた人を妬む意見で爆発していた時期で、もちろんかの少年もそうと知られていたからである。その有名さが災いして虜囚になった事も知られていた。

 それをとやかく咎めなかった彼女も内心忸怩たるものを抱いていたのだろう。じろ、と横目で見て来た彼女の眼には、やや苛立った感情を見て取れた。

 

『ゲームというよりは、VR技術そのものに……かな』

 

 しかしいきなり怒るのは理不尽と思ったのか、目はともかく、言葉や表情から苛立ちは感じられなかった。

 チャンスかも――――と、いま思えばかなり意味不明な思考回路を以て、会話を続けようと決心した自分は、そのまま口を開いた。

 

『VR技術そのものって、どういう意味?』

『……わかんない』

 

 なんだか哲学みたいな問いだなぁと思って疑問を投げると、彼女は視線を画面に戻し――しかし、焦点は虚空に合わせ――言葉を発した。

 

『ただ、あの子がいったい何をあの世界に見出したのか、VR技術はどういうものなのか、あたしはこの目で仮想世界を見た事無いから何とも言えない。デスゲームなんてものに巻き込んだ茅場晶彦と、その技術を憎むべきなんだろうけど……』

『……それが出来ない?』

『少なくとも医療や教育にも幅を利かせられる技術な訳だし、頭ごなしに毛嫌いするのはなって……そう思うだけ』

 

 デスゲームに囚われた人の家族は、こぞって茅場晶彦と、茅場が作り出したVR技術を否定する。それは仕方のない事だ。

 しかし彼女は、それに反するようにそう言った。

 

『ところで……あんた、長田慎一クン、だっけ?』

 

 そこで話題を変えるように名前を呼んできた。

 思わずえっ、と驚きを洩らす。これまでずっと関係を持たなかったのに名前を覚えられていたなんて想定外だった。

 その反応で驚いた理由に察しは付いたのか、彼女はやや呆れ顔を浮かべた。

 

『何時からかずっと視線を向けられてたから記憶に残ってたのよ』

『き、気付いてたんだ……』

『他人の視線に人間は敏感なのよ。女子は特にね……それに、小学校でも中学校でもずっと同じクラスの男子だったから。あたし、これでも人の顔と名前を覚えるのは得意なの』

 

 表情を変えず淡々と言う彼女に、こちらはバツ悪く視線を逸らしてしまう。気付かれないようにと注意を払い距離を取っていたのだが、それでも彼女にはオミトオシだったらしい。恥ずかしいと顔が熱くなる。

 縮こまっていると、それはいいわ、と彼女は言った。

 

『ところで長田クンは何をしに此処に?』

『え? あー……っと』

 

 その日はALOの予約開始日だった。だからゲーマーである自分が店頭に赴いたのも予約する為なのだが、しかし義弟が絶賛デスゲームの虜囚にある彼女に対しそれを馬鹿正直に言っていいものか、さしもの女性馴れしてない自分でも疑問は浮かんだ。普通に考えればアウトだろう、という答えも出た。

 だが、だからと言ってうまくはぐらかす言い訳が思いつく筈も無い。道端で出会ったならまだしも、ゲームの売り買いにだけ訪れる店の、VRソフトを取り扱っている区画で出会ったのだ。

 

『えっと、新作ゲームは何かなーって、確認に来たり……?』

『……ウソを吐くなら、せめて語尾を言い切りにしなさいよ』

『ご、ごもっとも』

 

 疑問形で終えなくても多分見抜かれただろうなぁと思いつつ、頭を掻く。

 

『えっと、実は《ALO》……《アルヴヘイム・オンライン》っていうVRMMOの予約に来たんだ』

『えーえるおー?』

『そのPVのヤツだよ……知ってて見てたんじゃないの?』

『VRMMO物っていう事しか把握してなかったわ。というか、あたしもたったいまここに来たばかりだし』

『そ、そうなんだ……』

 

 まぁ、小学生時代から大会で音に聞く名声を獲得している剣道少女である直葉がゲーム屋に居るなんて誰も思わないだろう。自分とてゲーム屋に彼女が来ると思っていなかったからとても驚いたのだから。

 

『ALO、ね……あたしゲームのことまったく知らないんだけど、SFの中だけの話だったフルダイブ技術のゲームも従来のみたいに一年かそこらで出来るものなの?』

『いや、普通ムリだよ。だってゲーム世界の中に入り込むなんて全ゲーマーの願望だよ? 何十年と掛かって漸く一つ出来上がったのに、ほぼ完全に専売特許だった《アーガス》は潰れて、《アミュスフィア》の開発元である《レクト》が技術者を引き継いだと言っても、流石に一年で作り上げるなんて土台不可能だよ』

 

 《アーガス》と《レクト》が企業同士で同盟を組むなり何なりしていたなら技術協力という形があるので可能と言えたが、事実としては《アーガス》一つでSAO、ひいてはVR技術を作り上げた訳で、それも数年以上のスパンを掛けた研究の末に完成したもの。事によれば十年近いだろう時間を一年に縮小するなんて、茅場以上の天才――それこそ、ISを発明した大天災にしか不可能な所業だった。勿論そんな話は聞かないし、大天災レベルの人間が《レクト》に居るとも聞かないので、おかしな話だとその筋の界隈では話題になっている。

 一人だけ、茅場晶彦と同じ大学、同じ研究室出身、更には《アーガス》のSAO開発部の幹部級だった男が《レクト》に移籍し、ALOの開発責任者に就任しているが、その男も茅場に()()と言われているので、流石に無理がある。

 それを懇々と話していく。直葉は相槌を打ち、こちらの話に耳を傾けていた。

 

『でも実際にALOは出来てるのよね。発売日もかなり近いし』

『うん……まぁ、そうなんだけどね。《アーガス》から移籍した人達がSAO開発時のデータとか流用してるんじゃないかなってネットでは話題になってるよ』

『SAOデータの流用……』

 

 ぽつりと、考え込むように口元に指を当てた彼女は、視線を画面に戻した。

 

『全九つの種族の中から自身の分身を決定し、美しい妖精の大地を、空を、自由に飛び回ろう!』

 

 ノリノリな声優の声が聞こえるPVには、ちょうど色取り取りの種族アバターが展開され、それらが笑いながら妖精郷の空を飛ぶ場面が映し出されていた。背景は朝焼けに照らされる大樹と菫色の大地。その空を飛び、九つの光が彼方へ飛び去るシーンを経て、画面は暗転。提供元や開発元、予約者限定の豪華特典内約の解説に進んだ。

 

『――ねぇ、長田クン』

 

 PVが一から始まった途端、呼ばれた。じっとこちらを見て来る。

 

『ゲームって、楽しいの?』

『え? まぁ……そりゃ、楽しくないと、娯楽として発展してないし……』

『なんで楽しいの?』

『えぇ……?』

 

 なんでそんな事を聞くの、と問い返したいところだが、真剣な顔で――と言ってもほぼいつも無表情だが――問われると答えないわけにはいかないという謎の使命感に駆られてしまう。

 

『僕はだけど……現実には無い経験が出来るから、だからじゃないかな』

 

 やや悩んで、率直な意見を口にする。

 

『現実では勉強が苦手でも、ゲームだと賢者や魔法使いみたいに、凄く頭が良い職業についてそれっぽさを感じられるし、体育が苦手な人もゲームアバターを動かしていく内に『自分はこれくらい動けるんだ』って思えるし……なにより、強いんだって思えるからだと思う』

 

 あくまでゲームの中限定だけど、と付け加える。ちょっとだけ顔を顰めてしまうが、それもゲーマーの因果というものだと表情を取り繕う。

 

『みんなさ、夢を見るんだよ。サーバー内のトップ……(いち)(ばん)になりたいっていう夢。有名になりたい。強さを得たい。もしかしたら、人との触れ合いが欲しいとか……引っ込み思案な人は、溜め込んだストレスをゲームで発散したりもする。リアルで人見知りな人も《インターネット》っていう壁を一枚挟んだら普通に喋れたりする。そうする事で現実でもそう振る舞えてる感覚に浸れるんだ』

『ふぅん……なんか、そう聞いてると社会問題になるのもよく分かるね。麻薬みたい』

『あー……まぁ、個人差あるけどね』

 

 世界ではPCのネットゲームに嵌り、食事もせずゲームを続ける子供を心配し、母親がご飯を介助で食べさせるところもあるらしい。まるで餌やりみたいだ、と一時期話題になった事は過去の記事で読んだ事がある。数年前には世界()保健()機関()により重度のゲーム依存を正式な病名として認める動きがあった程だ。

 ゲームをする事に対するデメリットだけ聞くと、確かに麻薬に近い。社会問題になるのもむべなるかなと言える。

 

『ともかくさ。僕が言ったのはMMO全般だけど、コンシューマーのスタンドアローンゲームでも、やり込んじゃうのってそういう事なんだよ。自分の感性に嵌って堪らない没入感に浸っちゃう。『億万長者になりたい』みたいな到底叶わない事もゲーム内だと所持金カンストみたいに簡単に出来るし、現実の嫌な事とか、鬱屈とした気持ちとかも忘れられるんだ』

『……嫌な事を、忘れられる……』

 

 彼女は小さくそう洩らした。まるで、反芻するように言って、考え込む。

 

『えっと……桐ヶ谷さん、ALO、一緒にやらない?』

 

 なにか嫌な事があったのかな、と疑問に思った自分は、少しの沈黙を破るようにそう提案していた。この時は下心なく、純粋に気を晴らしてもらいたいと思ったからだった。

 いきなりの提案に、珍しく表情を変え、瞠目を向けて来る。

 

『……いきなりなに?』

『えっと、嫌な事を忘れたいのかなぁって思って。それならALOは打って付けだと思うんだ』

『まだ未発売なのによく断言出来るわね……これ、そんなに前評判良いの?』

『PV見れば分かるけど、『飛行』が出来るからね』

『ふぅん……』

 

 それまでのソフトにあった飛行系ゲームは、対戦なんて以ての外だったし、戦闘機などの機体を操る訳でもなく、ただフリーフォールをするだけという代物だった。飛行というよりは落下系である。好きな人は好きだろうが、自由に飛べるゲームは未だひとつとして存在していない。

 しかしALOは、ベータテスター達の話によれば本当に飛べるのだという。慣れは必要だが補助コントローラー無しで自在に飛び回れると知って前評判は鰻登り。

 《SAO事件》の事があるのに不謹慎だ、という反対派の意見も何のその。フルダイブハードに安全対策が施された事もあって発売が認可され、いまや秒読み段階となり、予約は殺到している筈だ。

 予約の札は、あと一枚残っていた。

 

『なんなら僕がレクチャーしてあげるよ。VRMMOはALOが初めてになるけど、MMOに共通する基礎知識は粗方持ってるからね』

『……じゃあお願いしようかしら』

 

 最後の一枚を抜き取った彼女は、そのままカウンターへと向かおうとする。

 

『ちょ、ちょっと待って! ALOやるんだったら《アミュスフィア》も買わないとダメだよ!』

『いや、まず親と話し合う必要があるから、先に予約だけ。予約はキャンセル出来るから』

 

 それにいまそんな大金持ってないし、と予約の紙をぴらぴらさせながら、彼女はそのままカウンターに行ってしまった。

 ――これが、桐ヶ谷直葉と明確に関係を築いた一幕。

 ALOサービス開始までの約二ヵ月間、人目を避けながらネットゲームの常識や戦闘に関する事、モンスターの特性などを話して過ごし、いよいよALOにダイブした。

 彼女は、最初こそニュービーらしくネットゲームのシステムに困惑していたが、一度理解したものは自分の力にし、たった数日で肩を並べる者を皆無にする程の技量を見せていた。流石は全国剣道大会優勝者、と感心したものである。しかしそれが災いしてシルフの領主に選出され、一期で転がり落ちるようにサクヤに引き渡していこう、傭兵のようにソロで過ごしていた。

 自分が一緒にパーティーを組んだのは最初の一ヵ月足らず。彼女がSAOに囚われるまでの数ヵ月――そして、SAO内部のボス戦の様子が見れるようになった後、ALOに戻って来てからも、ずっと遠くから眺め、噂を聞くのが関の山。

 

 しかし完全中立域【スヴァルト・アールヴヘイム】実装を契機に、彼女との合流を果たした。

 

 央都アルンへ行けずに二の足を踏んでいた中、種族領都と央都から転移門で行き来できるようになったためだ。

 漸く彼女の力になれる。そう考え、失敗しながらも認めてもらい、レイドに加わった自分は――最後のエリア【岩塊原野ニーベルハイム】に発生するクエスト《虜囚ロキとの対峙》にて、ロキを脱獄させる一人として挑むべく活き込んだ。

 同じパーティーに、想い慕う(リー)(ファ)が居る事に胸を弾ませた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 幕間挟んでおかないと本編後出しでは薄っぺらくなるからね(元々薄いと言ってはry)

 そういう訳で今話はレコンこと長田慎一と直葉のファーストコンタクト、および直葉が小学校時代どう思われていたのか、プラス和人が友達少なかった理由について。

 女尊男卑風潮の女子が無理矢理従わせようとするのはISの定番。それに抗うのも定番。

 でもよっぽどの後ろ盾がないと大体女性利権団体――女権にやられて、家族を人質に取られ、好き放題にされる展開が基本です。主人公勢は『なぞのちから』で護られていますが、小学校三年時代の直葉は和人、束と関わってないので、素ですね。

 彼女を守った存在は――

 ところで小学校三年生の時に祖父が存命中なんですよね(唐突) 直葉にも『あの人たぶん真っ当な事やってなかったな』と思われてた祖父ですよ(露骨)

 ()()()()が勝てるわけないじゃないですかヤダー!(白々)

 ちなみに和人が友達少なかったのはだいたい直葉が築いた伝説と無表情さで付いて回ったイメージが悪いです。それでも距離を縮めたいと思える長田クンは純朴な少年だなぁ!


長田慎一(レコン)
 原作キャラの一人。スグハちゃん大好き勢。
 小学校から同じクラスだった、という点はオリジナルである。でも原作では『()()()()()同級生』って明言されてないので、イコール『小学校から同級生』という可能性だってある訳です。
 最初は冷たい表情だけだった直葉を恐れていたが、()()に向ける慈愛の笑みを見て一目惚れした。
 チョロイと思うだろうが、女尊男卑風潮に怯える中でずっと冷たい態度を取っていた少女(報復で何をするか分からない上に剣道有段者全国レベル)を恐れるのは当然であり、むしろその表情だけでよく惚れて接点を持とうと思えるなと言えるレベル。直葉から告白されていなければ和人は割と真面目に応援して色々と世話を焼いていた可能性がある――――が、もしレコンと直葉がくっついて直葉の愛情が注がれなくなったら和人のブレーキが外れちゃうので(カースト最上位姉を守る人がレコンになる=自分が護らなくても良い=無茶をし始める)死亡ルート確定にしかならないという誰も幸せにならない未来に進むし、そもそも本作のこの世界線では和人が告白されている上に和人に対し敵意マシマシなのでレコンが報われる瞬間はまず訪れないという、世界と運命にカップリングを拒否されている哀れさを持ち合わせている少年である。
 キリト&キリカに敵意を持っているのは、織斑一夏(出来損ない)と世間的に貶められてる和人に寄り添っていたら惚れている(直葉)の将来がお先真っ暗だから。『恋人になれない』というよりは『直葉の事を想っている』事に比重が占められている。
 その敵意をリーファの前では見せないようにしているが……
 ALOでは風妖精シルフを選択。短刀を主武装とし、中級までの風魔法の他に、最高位の闇魔法や隠蔽魔法を覚えているなど、原作キリトをして『謎ビルド』と言わしめた能力構成は健在。
 ちなみに女性経験絶無なので会話の流れは唐突でコミュ障並みのおかしさ。普通『ALO、一緒にやらない?』といきなり誘ったりしないと思うの(間違ってたら作者がコミュ障という事実発覚)
 そこはかとなく漂う原作新川臭


桐ヶ谷直葉(リーファ)
 無表情娘。人間不信は小学校低学年の頃からなので筋金入り。
 義弟や家族(自分の醜さを悟られない演技)が関わらないとホントに表情筋が仕事しなかった。祖父の剣に魅入られ目指し続ける少女に負けたからとリンチに掛けようとした他流道場門下生達が大体悪い。
 でも落とし物を拾って渡したり、当番忘れを教えてあげたりなど、基本的な会話はするし気遣いもするので、根っこは優しい。人が嫌いというより、最初の一歩目が怖くて踏み出せないタイプ。怖いから周囲を威嚇して人を遠ざけていた。義弟に対する事関連で人間嫌いも含んでいるが、基本的には人間不信――すなわち、恐怖が根底にある。
 和人へ微笑みかける笑顔をキッカケにそうと知らない長田クンから一目惚れされ、以降ずっと視線を向けられ、引っ掛かっていた。ちなみに好意は自覚しているが目で追われていた理由は理解していない。

『……嫌な事を、忘れられる……』
 ――SAOに嵌っていた義弟を思い出して、現実がそれだけ嫌だったのかなぁ、そんなあの子をあれほど夢中にさせるゲームってどういうものなのかなぁ、と考えていた。
 会話中、長田クンに顔を向けていない間はずっと和人とVR技術の事を考えている。
 和人がSAOやVR技術の展望について楽しく語っていたせいで純粋に憎む事が出来ず、ならALOでゲームやVRを経験しようと踏み切り――――『飛行』と仮想世界の美しさに魅入られた。過程はSAO編第十四章にて描写済み。
 時を経ようと人間不信は変わっていない。しかし若干表情が明るい傾向。


・桐ヶ谷和人
 小学校三年生。
 デスゲームに巻き込まれる前の純粋無垢な頃。直葉に手を引いてもらって初登校した。
 友達があんまり出来ない事を嘆いているように見えるが、和人も和人でかなりの人間不信なので、ぶっちゃけ直葉()が構ってくれるだけで満足している。
 避けられていた原因が直葉にある事に気付けていない。そのため桐ヶ谷家が避けられているのも『全て織斑一夏とバレた自分が原因』と思い込んでいる。実際は大目に見ても半分程度。義姉の伝説や過去の所業、基本的に無表情な点をほぼ把握出来ていないので、直葉に対するフィーリングが多大に掛かっている。
 デスゲームをクリアに導いて以降、虜囚になる前と較べて()()()()()()()()()()


・桐ヶ谷(げん)(ぞう)
 オリジナル。原典では和人に剣道を強要し、その代わりと名乗りを上げた直葉を扱き上げた中々の老人。アメリカの証券会社に就職した父・峰孝が剣道をしなかった反動で厳しかったらしいので、血縁は父方の祖父らしい。
 原典での没年は不明。本作では和人が拾われる2021年の一年前、2020年に鬼籍に入っている設定。
 幼い頃の直葉が魅入られた程の『剣』を真剣で放つ腕を持つ。
 桐ヶ谷道場の師範として門戸を開いていたが、ISの登場により同乗の看板を下ろし、唯一となった門下生の直葉を他の道場に出稽古に連れて行っていた。腕が立つ事を妬み集団リンチに掛ける動きに勘付き出稽古をやめたが、その時点で直葉の人間不信は出来上がっていた。この事で祖父は責められない。

 直葉曰く、多分裏では真っ当でない仕事をしてた、と言われている。



 では、次話にてお会いしましょう。


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