インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話の視点もレコン視点(ぶっちゃけ誰でもry)

 文字数は約一万二千。伏線回である(戒め)

 ではどうぞ。


※レインはキリトと手を結びましたが、それを『作戦会議時』に黙っていたように、知られないよう隠しています。なのでキリトと結託していても、パーティーを組んでクエスト進行度を進めていない状態。




第三十七章 ~脱獄幇助~

 

 

 妖精郷アルヴヘイムの空に出現した五つからなる浮島群【スヴァルト・アールヴヘイム】。一つは攻略拠点《空都》であり、残り四つが攻略エリアとして実装された浮遊大陸の攻略は、最後の一つへと踏み出された。

 ()()エリア――【岩塊原野ニーベルハイム】。

 フィールドの大まかな形状は草原エリア(ヴォークリンデ)と大差ない。

 空都のNPC達は、最後のエリアを『裏世界』と呼んでいたというが――なるほど、と納得せざるを得ない。力、智慧、勇気の三角を求め争う某RPGの光と闇の世界のように、この【スヴァルト・アールヴヘイム】もまた、光と闇の世界で分けられていたようだ。

 闇の世界だからか、草原、砂漠、氷山と続いた大自然の法則に倣い、最後の大陸は『大自然の厳しさ』をこれでもかと主張している。空は紫の曇天模様。ときおり(くも)()から赤光(しゃっこう)がチカチカと光るのは稲光だろうか。周囲を見回せば薄暗さで不気味さを増した岩肌がそこかしこで見て取れる。その不気味さを増すように、フィールドを徘徊するMobは紫肌のオークやスライム、ハー()ピー()、紫の光を眼窩に宿すスケルトン、伽藍洞の騎士甲冑、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)のような頭部と胴体に大鎌の両手という拷問器具めいたモンスターなど、禍々しい様相を呈している。

 一際目がいくのは、フィールド中央――【浮島草原ヴォークリンデ】であれば竜巻発生装置の位置――に存在する巨大な石塔と、そこから北東、南東、北西、南西の四方に散らばる小さな石塔の存在。

 中央の巨塔には下から上に流れる光のランプが色違いで四つ存在し、色一つにつき四方の塔に同色のランプが灯っていた。フロスヒルデでは、中央に存在した高度制限解除装置の動力を入れるため、三箇所に散在したダンジョン最奥のレバーを倒した。その法則と、他のRPG的テンプレとも照らして考えれば、四方の塔に潜りランプを消す事で中央塔のランプも連動して消え、何かしらギミックが発生するのだろう。

 分かりやすいダンジョンの存在。おそらくニーベルハイムのエリアボス、ひいてはスヴァルトのラストボスが待ち受けるラストダンジョンだろう。

 ――しかし、僕達はそれらから視線を外し、フィールド南東に存在するダンジョンへと足を向けた。

 そのダンジョン内には期間限定で出現するクエストNPC《アスガルド兵》がいる。そのNPCから受けられるクエストこそ、今回ニーベルハイムに足を踏み入れた目的。オーディン側に付くか、ロキ側に付くかの勢力決定クエストだ。

 レイドのメンバーで話し合いが持たれ、基本的にはロキ側――キリト所属勢力――にクエストを進行させる方針に決定している。かの少年から齎された情報でロキ側に進むにはロキの脱獄幇助とスニーキングによる脱出が絶対条件だと分かっており、捕まれば問答無用でオーディン側に付くペナルティがある以上、こと隠蔽技術に特化したメンバーは必須。よってクエスト進行のメンバーは原則として《隠蔽》スキルや《隠蔽魔法》の熟練度を上げている者が選ばれた。

 クエストパーティーに選ばれたのは、レコン(自分)、リーファ、シノン、レイン、シウネー、アルゴ、ユイの七人だった。

 自分、レイン、アルゴ、ユイの四人は純粋に《隠蔽》スキル、ないし魔法の熟練度が高かったために選ばれている。レインの場合は自分と同じように装備ボーナス値が非常に高く、アルゴは情報屋として後を付けられないようにと随一の熟練度を誇っている。ユイに関しては、本当は《隠蔽》スキルの高いキリカを加えたかったらしいが、フレンド登録の位置探査も切った状態で昨日から行方知れずのままなので、代わりに参加した経緯がある。彼女も黒一色と洞窟という環境の(ボー)(ナス)効果は同じなので選ばれた。

 では、リーファ、シノン、シウネーの三人は何故居るのか。

 彼女らは万が一《アスガルド兵》に発見され、戦闘が起きた時の足止めだ。捕まってしまえばオーディン側になり、ロキ側に付く事は出来なくなるが、三人はそれを承知の上で壁役になる事を納得している。

 とは言え――彼女らを前に、さすがの《アスガルド兵》も苦戦は必至だろうと僕は睨んでいる。

 【剣姫】と呼ばれる事もあるリーファは自分が知る限り最強に位置する剣豪だ。近接戦闘では他の追随を許さないし、魔法もある程度扱えるレベルであり、中衛としても動けるオールラウンダーである。

 シノンは弓使いではあるが、《ⅩⅢ》という武器召喚兵装の運用により、即座に近接武器への換装を可能としている。近接戦闘はリーファやユウキといった上位プレイヤーと較べて不得手らしいが、それを補うように百発百中の射手の能力がある。自分が合流してからこれまでの戦闘に於いて彼女が急所以外に矢を当てた瞬間は見た事が無いほどだ。

 シウネーはOSS(魔術)を中心に戦闘を行うタイプ。【魔導士】と呼ばれるほど【シュヴェルトシルト闘技場】で名を挙げたように、彼女は【黒の剣士】と拮抗した戦いを繰り広げる実力を持っている。飛行出来ないので仕切り直しが困難ではあるが、シングルアクションで発動する《魔術》で強制的に仕切り直す事が出来る彼女を押し切るのは至難の業だろう。

 三人に共通するのは、何れも距離を取って戦う手段を有している事。特にMP消費無しで攻撃出来るシノンの《ⅩⅢ》は強力な手札だ。

 そのメンバーでクエストに挑むべく、洞窟へと入り、NPCからクエストを受ける。

 

『ロキの様子を見に行くのは構わないが、ヤツは言葉巧みにお前達を欺いてくるだろう。(ゆめ)(ゆめ)心を惑わされぬ事だ。万が一にもヤツの側に付けば……その瞬間、お前達は我々の敵となる。気を付ける事だな』

 

 そう言って、兵士は神代のアーティファクトと称した転送装置を動かした。

 その装置に乗り、クエスト専用マップへと移動する。転移した先は同じ洞窟内。転送装置の位置も同じだが、兵士はおらず、洞窟の出入り口は謎の黒い靄で通れないようにされていた。マップだけコピペされたインスタンスエリアに入ったのだろう。

 ロキが居るという最奥への道中、幾度となくニーベルハイム種のモンスターと戦闘になったが、前衛のキリカ、リーファ、ユイが敵を寄せ付けず、シノンとシウネーの援護攻撃で、ほぼ一方的に排除されていく。アルゴは随一のハイディングスキルを駆使して偵察に向かっていたので戦闘にはあまり参加しなかった。あまり役に立ててないなぁと思いつつ、ちょくちょく背後攻撃(バックアタック)や魔法攻撃を入れていく。

 洞窟を進み続けて十数分。

 本来のマップではボス戦になるだろう広間に辿り着いた僕達は、ボス討伐報酬として宝箱が出現する小部屋に囚われるNPC――《ロキ》を発見した。

 

『あれ? こんなところに妖精のお客さんだなんて、珍しいなぁ。こんにちは~』

 

 首と四肢に鎖の枷を嵌められた道化師風の装いの男が、こちらを見つけて話し掛けて来る。

 

『ここには何をしに? オレの顔を見に来たんだったら、君達、相当な物好きだねぇ。いやぁ、それにしてもこれだけ綺麗所のお嬢さんたちが来てくれてオレ凄く嬉しいなぁ。そこのシルフの少年が羨ましいよ~』

「……なんでNPCがこんなに馴れ馴れしいのよ」

 

 プレイヤーが話すまでもなく喋り出したロキに、青猫の射手が顔を顰めてそう言った。見るからに『チャラいタイプは嫌い』と言わんばかりの表情と雰囲気。

 そこで、黒尽くめの()()がおそらくですが、と言葉を挟んだ。

 

「このNPCには《自動応答言語化モジュールシステム》が積まれているんだと思います。クエストの趣旨もオーディン……アース神族側かロキ側か決めるものですし、臨機応変な会話が出来なければ、ロキ側に流れるプレイヤーは少なくなると予想して積まれているのかと」

「えーと……つまり、ユイちゃんと同じって事?」

「分かりやすい例で言えば。でも稼働年数的にも私の方が絶対的に上ですからね、リー姉!」

 

 むん、とコートを押し上げるほど主張の激しい胸を張って誇らしげに言う黒の女性にリーファは分かってるよと微笑み、頭を撫でた。途端女性の顔が綻ぶ。

 自分はと言えば、微笑んだリーファの顔に見惚れていた。

 

『うんうん、神であるオレにも何を話してるかはサッパリ分からないけど、美しい姉妹愛だねぇ。オレってばらしくもなく涙ちょちょぎれちゃいそう! チョーカンドー!』

「「……」」

 

 割り込んできたロキに、翠と黒の姉妹が目を向ける。絶対零度の視線を受けてもロキは『クールな顔も綺麗だねぇ』とまったく堪えた様子が無い。

 どこか人間離れしているなぁと思ったが、曲がりなりにも『神』という種族設定な訳だし、そういう印象を与えるようプログラムされているのかもしれない。そういう性格だから――というバックボーン関係無しの理由かもしれないが、プレイヤーに知る術は無いので思考から追い出した。

 

「……ナー、こいつホントに助けるのカ? オネーサンちょっとイヤになってきたんだケド。女の敵以前に生理的に無理ってゆーカ」

「う、うーん……でもキリト君側に付くには、助けなきゃだし……」

「そーなんだよナー……」

 

 いやそーな顔をして三本髭ペイントの情報屋と赤毛の鍛冶屋が話す。

 

『あはは、まぁ、それはそれとして……で、実際のところ君達ここに何をしに来たの? 何も用事が無いんだったら、オレのお願いを聞いて欲しいなーって思うんだけどさ~?』

「……ちなみに、そのお願いって?」

『オレを縛る鎖を断ち切って、ここから出して欲しいんだよ☆』

 

 道化風の装いに、ナイトキャップのような帽子を目深に被ったロキは、よく見える口を笑みに歪めて笑った。きらっと白い歯が輝いたように見えるのは錯覚か。

 

『みんなオレを悪者扱いしてるけど、それってアース神族側の一方的な見解なんだよね~』

「でも悪者って言われる事はしたんでしょう?」

『たはー! 痛いトコを突くねぇ、ボインのシルフちゃん!』

「なん……っ!」

 

 男性であれば誰もが目を剥けてしまう胸部を強調した呼び方に、かぁっと、リーファは薄く赤面した。そしてぎろりとこちらを睨んでくる。無頓着そうに思っていたから意外に思ったが、異性が居る前だから赤面したのかもしれない。

 ぶんぶんと、何故か首を横に振る。そうしておかないとなんかマズい気がした。

 

「……ふんっ」

 

 それが功を奏したか、リーファは視線をロキへ戻してくれた。思わず胸を撫で下ろす。

 

『あははっ、なかなかいい反応してくれるねぇ!』

 

 その反応に味を占めたかけらけらと笑うロキは、ともあれだ、と話の流れを戻す。

 

『それは君達の見解であり、アース神族の意見だろう? アース神族側の言い分を鵜呑みにしてなんでも分かった風に思っちゃってるみたいだけどそれはマチガイ。もっと広い視野を持たなくちゃ』

「……なら、アンタはいったい何が目的で動いて、捕まったんダ?」

『真実を知りたい? それならこの鎖を外してくれよ。オレを脱獄させてくれれば、喜んで真実を教えちゃう☆』

 

 キラリと歯を輝かせながら笑うロキに、うっざ、と思ってしまったのは仕方ないだろう。無言ではあったが他のメンバーも似たような感想を持ったらしくイヤそ~な表情を浮かべている。

 ――しかし、リーファだけ反応が違った。

 無言で近付いた彼女は、抜刀一閃。ロキの首と四肢を繋いでいた枷の鎖を一太刀で斬り壊す。あまりに速過ぎて道化の帽子の先に掠った音もチッ、と小さく聞こえた。

 

『お、おぉ……なんかオレのトレードマークである帽子に掠った気もするけど、まぁよしとしようか! 助けてくれてありがとう~☆』

「……」

 

 鎖が切れ、耐久値全損したのか枷も粒子に消えた事で自由の身になったロキは、立ち上がり、礼を口にした。

 しかし無言で視線を切り、踵を返す。

 

『あらら、嫌われちゃったかな~? まぁでもクールビューティーなキミも可愛いからいっか~☆』

 

 胡散臭い笑みを連発するロキ。

 リーファが納刀する音が大きく聞こえた気がした。基本的に真面目なタチの彼女にとっても、シノンと同じくロキはイラつくタイプなのだろう。

 

『さぁて、助けてくれたお礼に早速真実を教えてあげよう。オレ、約束は破らない主義なんだ☆』

「これでロキ側に付くフラグが立ちました。さっさとロキを連れて脱出しましょう」

『あれ、オレのこと無視? まぁ、まず脱出しないといけない訳だし、話を後にしてくれるのはこっちとしても助かるけど』

「ロキの話は無視して機械的に進めましょう」

『あれま。無視される事が決定されたオレってばかわいそ~』

 

 リーファの方新提案に、度々口を挟むロキ。しかし『機械的に』と言ったように彼女には取り付く島もない。反応が返ってこないのでは楽しくないのか、道化風の神も肩を竦めた。

 

『ともあれ、まずは脱出だね~。オレがこの姿だとすぐ見付かっちゃうから猫の姿に変身しておくよ~』

 

 そう言ってくるりと廻り、不思議な光の粒子が舞い散ったと思った時には、道化の男は黒の猫に変化していた。見ただけでただの猫とは思えないニンマリと笑みを浮かべた黒猫は、どう好意的に見ようとしても拭いきれない胡散臭さを全身から醸し出している。

 

『さてさて、この姿だと猫にできる事しか出来ニャいんで、脱出経路の確保は君達にお任せするニャ~』

「腹立つ事しか言わないわねコイツ……!」

 

 歯を噛み締めるシノンに無言の同意を示しながら、僕達は洞窟を逆走し始める。

 道中確認したクエスト内容は更新されており『ロキと共に洞窟を抜けろ』とあり、失敗条件として『洞窟内でのリメインライト化』が表記されていた。『アスガルド兵に捕まる』でないのは戦闘中に手を捕まれた場合などの判定を抜きにするための表現か、インスタンスエリア内での全損を判定基準にした方が楽だからか。

 ロキによればそこら中に隠れているらしいアスガルド兵達だが、未だロキの脱獄に気付いていないのか、潜んだままで鉢合わせはしない。

 自発的にロキが変身してくれたお蔭だろうが、それなら他の人がクエストをしても同じように変身し、洞窟を抜けられる筈だ。なのにどうしてクラスタ達は捕まってオーディン側になったのか。クエスト情報を売る為に敢えてロキ側に進みつつ、セブンに反しないようわざと捕まったのだろうか。

 

『おっと、ちょっと止まって~』

 

 疑問に思いながら逆走する事暫く。丁度出口までの道程の半分まで来たところで、黒猫姿のロキがそう言った。チャラくてイラつくとは言えクエストNPCの一人の制止だ。流石にそれを無視する事は出来ず、リーファを含めて全員が足を止めた。

 

「なによ」

『まぁ、そう怒らないで、オレの話を聞いてって。君達疑問に思わなかったかい? 入り口からオレが捕まってた牢までの道中、見張りを一切見なかったの。潜伏しているアスガルド兵達が未だに動きを見せない理由について』

「……それはまぁ、気になってないと言えば嘘になるけど」

『だよねぇ。実はもうすぐでその理由が明らかになるんだ』

 

 イラつくからか一番に反応したシノンが受け答えをする。ロキ(NPC)としても反応さえもらえれば誰でもいいのか、つっけんどんな応対に文句も言わず、話を続けた。

 

『その名も神探知機! ……正式名称は別にあるけど、用途は神気を感知して警報を鳴らすモノって憶えてくれればいいよ』

「その探知機がこの先にあるって事カ。んでそれに引っ掛かるからここから襲って来るぞ、ト」

『ご明察。丁度そこの角を曲がったところに設置されてる筈さ。つまりそこからはスピード勝負、全力で逃げないと捕まっちゃう。捕まったら君達はアース神族の手で隷属させられちゃう。死んでも死ねない奴隷に、ね……』

 

 意味深に口角を釣り上げる猫の発言に全員が顔を顰める。ゲームの事とは言え、それでもと思ってしまうのはどうしようもない事だ。

 

『オレとしても君達が居ないと兵団を潜り抜ける自信が無いからさ~、そういうわけで頑張ってね☆』

「頑張ってねって……えらく他人事じゃない。探知機でバレるなら変身も意味無いんだし元の姿に戻ってあんたも戦ったらどうなの?」

『そうしたいのは山々だけど、オレってば真正面から戦うのに向いてなくてね~。特にこんな閉鎖空間だと本領発揮出来ない雑魚なもんで。騙したり煽ったりは得意なんだけどさ~』

「こんのクソ猫……っ!」

 

 にまにまと笑ったまま言う黒猫にシノンが気色ばむ。ギリギリと握り絞められた右拳を見て、黒猫は笑みを崩さない。どう反応するのか――たとえ自分に怒りや殺気を向けて来ても、それすら愉しみの内なのだ。

 それを悟ったか、暫く拳を震わせていた射手がはぁ、と重苦しく溜息を吐き、脱力した。

 

「なんか、馬鹿らしくなってきたわ」

『そうそう、人生諦めって肝心だよね~』

「……やっぱムカつく」

 

 シノンは足元をぐるぐる回る()()をじとっと睨め付けた。やはりロキに堪えた様子は無い。ムカつく、とまた言って、彼女は口を噤んだ。

 

『あはは、やっぱりいい反応をしてくれるねぇ……愉しませてくれるお礼と言っちゃなんだけど、アドバイスさせてもらうよ。アスガルド兵はアース神族の恩恵を受けてるから地力はあるけど、それは真っ向からぶつかった場合に限られる。隠れた相手を見つけるなんて出来ない』

「……そうなの?」

『そうだよ。じゃないと老婆(セック)に化けたオレを何度も取り逃がすとか起き得ないさ、オレが捕まったのだって人海戦術で囲いを絞られたからだしさ。神探知機は一定間隔で設置されてるから隠れるのもちょっと難しいけど、不意を打つために一度隠れて背後から襲い掛かって無力化するのは有効だよ。そうやって逃げ続けたオレが言うんだから間違いないさ』

「へぇ……何の役にも立たないクソ神だと思ってたけど、ちゃんと有用な情報を持ってるんじゃない」

 

 続々と出された情報に目を丸くする。機械的にと言ったリーファすら、少しだけ関心を示して黒猫を見る程だ。

 気を良くしたらしい()()は、そりゃあね、と笑った。

 

『なんたってオレは悪戯好きだよ? キチンとした情報が無いと効果的な悪戯を仕掛けられないじゃないか!』

「……訂正。やっぱあんた、クソ神だわ」

『あはは~☆』

 

 上がった評価がまた下がっても、悪戯好きな神は陽気に笑うばかりだった。

 

 *

 

 神探知機に引っ掛かったらしく、びーっ、びーっ、と警戒心を掻き立てる騒音が洞窟内で反響する。それに紛れ、遠くから誰か――間違いなくアスガルド兵――の声が聞こえて来た。

 誰も何も言わず全力で走る。

 黒猫は自分が抱き抱えていた。アルゴやレインの方がハイドは得意だが生理的嫌悪の方が勝ってしまったらしい。大きいなぁと言いながら胸に顔を渦ませる猫の正体が()であると知っていればそうもなるというもの。自分としても胸に抱き抱えるのはイヤだったので小脇に抱えて走っている。

 ロキの下へ向かう最初の時点で出会う度に屠っていたお蔭か、今のところモンスターとの遭遇は一度も無い。

 代わりにどこからともなくやって来たアスガルド兵と出くわすが――

 

「邪魔、だぁ――――ッ!」

 

 神速一閃。一人につき一撃、脇に吹っ飛ばすように調整された一撃をリーファが叩き込む事で、今のところ足を止める事態にはなっていない。転がる兵士の横を全力で走り抜けていく。

 

『ここから先には決して――』

「邪魔よ」

 

 たまに矢を番える兵士も居るが、あちらが番えようとした時には、その額にシノンが放った矢が中っている。額を穿たれた兵士は仰向けに倒れて動かなくなった。HPが残っているのに動かない理由は、麻痺に掛かっていたから。(やじり)に麻痺毒を縫っていたのだろう。

 逃げるのが第一。倒さなくて良い、足止めが必要。そう分かっていれば、それ用の備えをするのがプレイヤーである。

 シノンは麻痺毒の矢を一日で準備していた。

 後ろから追い掛けて来る連中は、【魔導士】のシウネーがシングルアクションで放つ魔法群により大きく遅延させられる。土や氷など物質系の属性を多用しているからか足止めとしても非常に有用だった。それ様にOSSを新たに組んだのかもしれない。

 リーファについては一撃必倒――転()の倒――なので分かり辛いが、(一時)(行動)(不能)付与率が10%もある装飾品を装備しているので、倒れた兵士たちの中にはスタンして動けない者も居た。麻痺毒の矢と違い確率なので役立つ場面は少ないが、それをものともしない勢いで迫る兵士を薙ぎ倒しているので無問題なのは流石と言える。

 

「転移装置まで三〇〇メートルを切りました! 皆さん、あと少しですよ!」

 

 的確に召喚武器とエネルギーボウガンを飛ばしていたユイが、そう知らせた。頑張りましょう、と微笑む彼女に、思わずおおっ! と応じる。

 悲しい事に、応じる声を上げたのは自分だけだったが。

 

『いや~、キミってば案外熱血漢なんだねぇ、シルフの少年。オレはそういうの、キラいじゃないぞ~?』

「う、うぅ……っ」

 

 小脇に抱えた()()が『おもちゃを見つけた!』と言わんばかりの笑みを湛え揶揄ってきて、赤面してしまう。集団の中でひとりだけ違う行動を取ると周知を覚えるのはおかしくないだろう。

 生暖かい視線が周囲から向けられている気がした。

 ――リーファちゃんは変わらず、か。

 長刀を手に(ひた)(はし)る想い人はこちらに目をくれもしなかった。まったく興味を示されていない事に走りながら肩を落とす。

 青春だねぇ、とニマニマ笑う猫が、今は憎らしかった。

 

 

 

 ――変化は、唐突にやって来た。

 

 

 

 視線の先。転移装置の近くの地面で闇が出現。渦を巻いたそれは空間に立ち昇り、大人二人は並べる幅と三メートルほどの高さの楕円のホールを作り上げた。

 

「何だあれ――」

「まさか――」

 

 僕の疑問の声と先頭を走るリーファの確信めいた声が重なった。

 彼女の顔を盗み見れば、シルフの【剣姫】が信じられないと瞠目の表情を浮かべている事を視認する。あまり取り乱さないリーファをして瞠目する事態。余り穏やかではないな、と直感的に思う。

 それを他所に、闇のドームから出て来る人影。

 体格は華奢、かつ小柄。装いは黒一色。足首まで覆い隠すほど丈の長いコート、それと一体化した目深に被ったフード。指先も覆われたグローブ。前面にあるジッパーは上げられていて肌はまったく見えない。洞窟内の水晶の輝きで口元が見えるという程度か。

 左手から提げられているのは片手直剣か、曲刀か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が握られている。

 頭上にはプレイヤーカーソル。

 

「キリト……」

 

 自分はキリトとキリカ両方とフレンド登録していないので名前は見えない。しかし、リーファ達はしている。先頭に立つ彼女は、苦渋を滲ませて名前を読んだ。

 あの黒尽くめはホンモノの方らしい。

 それを理解したからか、全員が転移装置まで残り数十メートルというところで足を止めた。後方から追い掛けて来るアスガルド兵の甲冑が擦れる音と石を踏む鉄の音が聞こえてくるが、リーファやシノン達が進もうとしないので、自分も止まらざるを得なかった。

 

「どうやってインスタンスエリアへ……なんて、訊く必要は無いわね――――()()()()此処へ?」

 

 長刀が青眼に構えられた。

 場合によっては斬り結ぶ事も厭わない……あるいは、そうなる未来を予感しての警戒だろうか。本物の義弟を前にしてリーファは警戒心を露わにしていた。(いち)()の隙も見せないのは一瞬で負ける予想があるからか。シノンやシウネー達もそれに続いて身構える。

 義弟は、敵意を向けられても何も言わない。

 ――フードから見える口元が、緩い弧を描いた。

 

「なんで、笑って……?」

 

 疑問が口から洩れる。

 それを律儀に拾った訳ではないだろうが――フードを目深に被ったキリトは、口を開いた。

 

「皆がロキ側に付くと、困る」

「困る……? だから、邪魔をするっていうの……?」

 

 眉を寄せ、震えながらシノンが問う。頷かないで――――そう聞こえそうな悲壮な表情を見せるシノン。残酷な事に、キリトはしっかりと頷いた。

 

「オイオイ、ジョーダンきついぜ、キー坊。オネーサン達、キー坊を手伝う為にロキ側に付こうとしてるんだけどナ」

「手伝い?」

 

 こてん、とフードが傾く。首を傾げているのだろう。

 ――何で分からないんだよ!

 そう怒鳴りたいところだったが、我慢した。

 

「そうサ。キー坊は誰かとの『契約』に沿って、セブンを止めようとしてるんダロ? だから――」

「別に止めようとしてないが」

「――はぁ?」

 

 顔を顰めて声を上げるアルゴ。

 それはそうだろう。自分達がロキ側に付くと決めたのは、セブンの研究に協力したくないという思い以上に、彼女達がキリトの無茶を見過ごせないという理由があったからだ。あまり認めたくないが……あの少年は、それほど彼女らから想われている。大切にされている。

 だからいま頑張っているというのに、それを前提から覆す事を言われては、疑問の声も上がるというもの。

 

「あれから(クラ)(イア)(ント)に指示を仰いだ結果、静観で良いと言われたんだ。セブンの研究と手段は法に触れていないから止める必要が無い、と。だから、監視のためにクエストに関わるよう言われてはいるが、研究を止める行動に関して指示は受けていない」

「なら、なんでロキ側に付くと困るのさ?」

 

 やや喧嘩腰に問いを投げる。

 キリトがいま『契約』の為に動いていない事は理解した。だが、そうなるとやはり分からなくなる。『契約』が関係無くなったならただALOを遊べるようになる筈なのに、そうではないと言うような言い分は理解出来なかった。

 

「七色博士の研究の全容を暴いて、妨害しなくて良くなったなら、監視こそ続けると言ってもただスヴァルトのクエストをするだけの筈。リーファちゃん達の助力があればロキ側の戦力も整うというのに、なんでそれを拒否するのさ」

「そうね。そこはあたしも気になるわ」

 

 嬉しい事に、リーファも賛同するように言葉を重ねた。

 

「キリト。あなたが動いているいまの『目的』は――――根源は、なんなの」

 

 ぎしりと、空気が軋むような圧を伴った問い。長刀を握る彼女の手に力が籠った――ように思えた。

 その重圧を真っ向から受けている筈だが、黒尽くめの少年は痛痒にも感じていないのか、朧な光に照らされどうにか見える唇を薄く歪ませた。

 

「……何時も核心を突いてくるな、リー姉は。それだけ俺の事を理解してくれてるってよく分かる」

 

 フードから垣間見える唇は、優しい微笑みを象っている。

 ――それが自分には、どうしようもなく酷薄なものに見えてしまっていた。

 口では彼女を褒めている。実際、それは彼の本音なのだろう。だが――――状況に照らすと、その言葉は歓迎されていないものだった。

 

「――だから、先に謝る。ごめん」

 

 下弦の月(微笑み)が、消えた。横一文字に引き結ばれる。

 ゆらりと、禍々しい剣が持ち上げられた。右手も上がる。右掌を下に向けて宙に寝かせ、左半身を引いた少年は、剣の切っ先をこちらに向けながら突き出すように構えた。

 悪魔の羽を模した刀身に、赤と黒の闇が灯った。警戒が募る中、その()()は増していき――

 

 

 

()()()()、此処で一度――――()()()()()

 

 

 

 剣が突き出される。

 赤と黒()が巨大な壁となって押し寄せた。

 咄嗟に防御態勢を取るが――ガリガリと、凄まじい勢いでHPが削られていく。一瞬全損手前の一ドットのところで止まるが、それも数瞬のこと。すぐ体が爆散し、緑色の残り火となった。

 リメインライト時特有の色が喪われた世界で、周囲を見回す――――間も無く、勝手に炎が浮き上がり、視点も同様に動き出した。誰かに抱えられた訳でも、ましてやキリトに拾われた訳でも無い。復活の前兆でも無い。身動きできない筈の炎はプレイヤーの意志に反して独りでに洞窟の奥へと移動していた。

 それは仲間も同じだった。

 同族(シルフ)だと分かる緑――自分のものより明るい翠の炎は、リーファのものか。赤の炎を覆うように水色が滲んでいるのはケットシーだから、シノンとアルゴだろう。赤い炎を黒が覆っているのはスプリガンだからユイの筈だ。赤い炎を水色が覆っているのはウンディーネなのでシウネーの筈。

 ここまで数え、あれ、と首を傾げる。

 レプラコーンのリメインライトが無かった。

 

 つまりレインは、あの闇の波濤を生き残り、今も戦っている――?

 

 確認したいところだったが、勝手に動くリメインライトが角を曲がったせいで見えなくなってしまった。どのみちあんな攻撃が出来る少年を前に長く生きられないだろうと思考を止める。

 ――人間とは不思議なもので、一つの事への思考を止めると、別の事が気になり始めるものだ。

 なぜキリトはリーファ達をPKしたのか。

 そもそもクエストを受けるパーティーに入っていなかったのにどうやってインスタンスエリアに来たのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 次々と浮かぶ疑問。

 それが解消される事は無かった。

 

 






・キリト
「反省はしているが後悔はしてないし、辞めるつもりも全くない」
 今話で義姉や仲間達――告白済み面子含む――に対し『死んでくれ』と明確に言っちゃった主人公。
 《SAO事件》を経て生死に敏感な面子に言っている事から本気度が窺える。また、詰問を避けるように回避不能の即死攻撃を放ち力尽くでロキルートからドロップアウトさせた辺り、真面目に余裕が無くなってきているが、『生きているだけマシ』と本気で考えているので、やり直し不可の事態に行き詰まらない限り止まらない。
 タチが悪いのは、契約者から監視でいいと言われ、『契約』的にセブンを止める理由が無くなっている事。レインの『お願い』へのサービスは続いてるので止める理由も無くはないが、それもあくまで『ついで』であり、キリト自身の『目的』に根ざしたものである事を忘れてはならない。つまりリーファ達をPKしたのは完全にキリトの私情である。
 どう考えても『必要ない裏切りをレインに働かせた』事でクズ扱いは免れないが、そもそもリーファ達の意志を知っていながらロキルート確定済みのキリトが協力していない時点でクズである。
 つまり《クラウド・ブレイン》暴露の場でそそくさと立ち去った時点でリーファ達がロキ側に付く事を望んでいなかった。しかしキリトはセブンや《三刃騎士団》を警戒していた。本来ならオーディン側に付かせない筈だが、敢えて付かせようとしている辺りに、いまのキリトの『動機』がある。
 ちなみに『俺の為』とは和人の将来設計の事を指している。


・リーファ
「キリトが私情で……あの子の願いは、たしか……――――」
 作中で初めて明確に『死んでくれ』と義弟に言われた。
 駆け寄ろうともせず無抵抗でやられたのはショックのため。ただし、キリトの根底を理解しているため、動いている理由――『契約を受けた根本的な理由』について察しがついており、真実に手を伸ばし掛けている。
 皮肉な事に、ロキルートを選び殺す意志を受けた事で、キリトの『真実』を掴みかけている。


・ユイ
「きー、なんで……どうして……っ?」
 とんでもない凶行に走った事に愕然とし、理由を考えるが、まったく分からずショート気味。エラーになってないのはある意味奇跡。そのせいで反応出来ずやられてしまった。
 現在絶賛ハイライト雲隠れ中。


・シノン
 「なんで、どうしてよ、きりと――――っ?」
 受け容れ、救いとした相手から『死んでくれ』と言われ、混乱と絶望に苛まれている。現在絶賛ハイライト休暇中。


・アルゴ
「きーぼー……きーぼー……」
 キー坊から殺気を向けられて愕然としている。現在絶賛ハイライト家出中。


・シウネー
「どうして彼は、あんな事を言って……」
 自分のシングルアクション《魔術》を超越した魔法攻撃に唖然としている。
 キリトの性根をなんとなく把握しているので、こんな事をしたのにも何かしら理由があるのだろうと察している。


・レコン
「訳が分からないけど絶対許しちゃいけない事はわかった」
 色々と訳の分からない事が多すぎて思考がパンク気味。取り敢えずリーファちゃんを悲しませる行動をしたから絶許確定。

 ――敵意を感知したキリトにより、『守護対象』認定を受けていない唯一の味方。
 つまり今回、レコンだけは真の意味でとばっちりを喰らっただけ。


・レイン
「ごめん、みんな――!」
 キリトと結託している事を黙ったままクエストに同行した人物。
 結託していてもロキルート判定を受けていなかったため、クエストに参加出来ていた。
 レコン視点で分かっているようにちゃっかり《ジェノサイドブレイバー》を耐え抜いている。また、ちゃっかりロキを回収し、近くにあった転送装置を使って脱出し、ちゃっかり目的のロキルート入りを果たした。
 この後、普通ならアスナ達と合流し彼女らだけでもロキルート入りさせるだろうが、キリトと結託している時点でお察しである。
 ちなみにキリトがこんな事をするなんて全く知らなかった。


・ロキ
世界の真実を知りたいならオレに協力してよ(僕と契約して魔法少女になってよ)☆」
 悪戯好きで有名な男神。
 ロキが思いつきでバルドルを死なせたせいでラグナロクが起きたので、結構とんでもない輩。北欧神話に於ける戦犯と言えばコイツ。
 神話に於いて動物は勿論異性にも変身できる力を持っており、原典ゲームに於いても『ロキを助ける』選択肢を選ぶと猫に変身してキリト・シノン両名に付いていく描写がある。
 今話で色々助言しているのは、リーファ達の反応がロキ的に面白く感じ、愉しめているから。つまり不愉快な態度を取るロキを会話を弾ませる事がヒントを得るトリガー。これまで捕まっていた者達はそうしなかったので情報が回らなかった。リーファのような態度を全員取っていたら全速力で逃げる事も出来ず、他の二の舞になっていた訳である。『神探知機』の存在もそうして初めて知る事が出来る。
 ちなみに語尾に付く『☆』も原典ゲームで同様に表記されている。


結論:(こじ)らせたキリトがだいたい悪い。


 では、次話にてお会いしましょう。


・キリトが放った《魔術》
技名:《ジェノサイドブレイバー(虐殺を振り撒く者)
詠唱:『俺の為に、ここで一度死んでくれ』
動作:《ヴォーパル・ストライク》の構え。
効果:前方一直線に対し、溜め時間に応じて射程と攻撃範囲を拡張する炎・闇属性の熱線を放つ。
特殊効果:『ダメージ毒レベル1』
     『与ダメージ1%MP吸収』

 ――技名には本人の思考、未来の暗示が反映される一説がある。


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