インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 今話は前半アスナ、後半スメラギ。

 文字数は約八千。

 今話は《コード・レジスタ》のサービス終了直前までやっていた人には分かるキャラが顔を見せます。尚、特に何もなく退場します()

 ではどうぞ。




第三十九章 ~力の摂理~

 

 

 二〇二五年五月七日午後九時半。

 ニーベルハイムでの《ラグナロク・クエスト》に集まったものの、たった一人の《魔術》により全滅し、何も出来ず失敗に終わった。

 私達は敗北を半ば予感していた。何故なら、自身を《一》とした時の対一、対多の戦闘に全VRMMOプレイヤーの中で最も得意なのは彼だからだ。無論それだけでは無い。敗北の予感だけでなく、それを受け容れられたのは、彼がそれだけ本気であると理解していたからに他ならない。

 蘇生待機時間も味方が居ないと意味無い以上、彼が踵を返してから次々と即時蘇生地点での復活を選択。

 お蔭で空都ラインの蘇生エリアは歩行者天国も斯くやの大渋滞となり、酷い目にあったが、それは割愛する。

 ――中央塔へと去った少年への対応については、それはもう色々とあった。

 結論から言えば。

 セブン率いる勢力はまだスヴァルト攻略の芽が潰えた訳でも無いのでキリトの下へ突撃する方針だ。街に戻ってから気付いた事だが、先の戦いでオーディンが死んで敗北したものの、クエストそのものは終わっていなかった。北欧神話に強いリーファとシノン曰く、オーディンは戦時中に魔狼フェンリルに噛み殺され死ぬが、その後も戦いは続くので、今はその辺なのではとの事。神話と違い世界崩壊するとは思えないので、恐らくロキかロキに相当する邪神を討伐する事で《ラグナロク・クエスト》は終わりを告げる。

 ではロキルートは何のために用意されているのかと思わなくもないが、SAO時代の《エルフ・クエスト》でもちょっと予想外のルート展開を彼はしていたらしいし、あまり気にしないようにしている。

 精神的にキリト寄りの私達と言えば、一先ず様子見。

 彼の目的は《クラウド・ブレイン》研究の阻止()()()()。おそらくセブンを止めようとするレインの手伝いだから、彼女(セブン)にだけ退くよう言ったのだろう。研究自体はクラスタとスメラギが居れば問題無いと言えるから、セブンが下がるだけでも目的達成にならなくもない。

 また、彼が躍起になって止めないのも命の危険性が低いと判断したから。私達の事を想っている事は対峙した時の視線で分かった。もしも命が危ぶまれる可能性が高い、ないし関わっている多くのプレイヤーをも救おうとするならもっと徹底的にしている確信があった。しかし仮令危険性が低いと言えど私達が関わらない事を彼は願っている筈だ。セブンへの高い信心と集団での感情一致――それが起きた時に《クラウド・ブレイン》は完成すると知っているが、そう簡単に感情を制御するなんて出来る筈が無いし、仮にしていても対象になってしまうかもしれない。機械を使わなければ分からない脳波が鍵なのだから。

 ――なら何故オーディンルートを強制したか。

 《ビーター》時代の振る舞いをしていたからよく分かる。勢力を決定する手がPKだったからしたのだ、そしてセブンと敵対する事で私達が責められるのを防ぐ為だろう。

 SAO()ALO()で違うのは、彼だけでなく、私達もほぼリアルバレしている事だ。

 現実とほぼ立場や自身を取り巻く状況が変わらなかった彼は大きなダメージを受けないが、私達やその家族は違う。かと言って、そう説明してもユウキやリーファ達が素直に聞くとも思えず、故に力尽くでロキルートのドロップアウトを敢行したのだ。

 故に、彼としては私達が抱く信心がセブンより彼寄り――彼としてはクラスタにならない程度――且つ自身の味方になる立場でない事がベター。ベストは私達がそもそもALOにログインしていない事だろう。《アミュスフィア》を使ってさえいなければ対象者になり得ない。

 クラスタ達はしつこく一緒に来るよう言ってきたが、こちらを想って尽力した少年の想いを無碍にする事は流石に出来ず、誘いは全て断った。内心忸怩たるものを抱いているのも事実だがそれとこれとは別なのである。

 よって、キリトに対する関心は私達の中で四割ほどとなった。

 残り六割は、依然として姿を見せないレインだった。彼女の性格を考えるとまるっきりキリトに丸投げしているとは思えないが、それにしては不自然なほど姿を見せておらず、どうしたのかと首を傾げるばかり。翌日の学校も私達に隠し事をしていた後ろめたさ故か休んでいた。

 

 私達が異常を感じたのは、八日の夕方。

 

 二〇二五年五月八日午後五時過ぎ。

 授業が一通り終わり、友人達との下校中に掛かって来たエギルの電話がキッカケだった。

 ――昨夜九時過ぎから今までキリトが戦い続けている。

 キリトは通信教育制度を利用している一人なので登下校こそしなくていいが、平日は他の生徒と同様にネットワークを介して送られてくる課題をこなさなければならず、レスポンスの有無で出欠確認もあるれっきとした生徒だ。学業を疎かにしていい立場では当然無い。

 欠席する場合は学校に連絡を入れなければならないが――彼の場合、もう一つ手順が必要になる。親元への連絡だ。

 直葉は電車通学生なので、自身が家を出る時点では連絡を受けていなかっただけかもしれないと言い、母親に確認すると言って帰宅した。

 ――後から分かった事だが。

 政府主導で新設されたSAO生還者の為の学校は、その経緯の関係で政府直轄の管理体制になるため、IS学園と同じく政府からの通達などがあるとそれに逆らえない側面を持っているらしい。全生徒に課された定期的なカウンセリングや反社会的思想の有無や程度を測るための検査など、一般の学校には無い――ともすれば拷問と取られかねない――対応が許されているのも政府直轄故だ。

 桐ヶ谷和人(キリト)が通信教育を休んでいた事も、ズル休みではなく、政府から一週間の休学が通達されていた事によるもの。桐ヶ谷翠がその連絡を受けたのは予想通り直葉が家を出た後の事だった。しかも休学期間中は一時的に政府直轄の機関に場所を移転するらしい。

 この事実は、逆説的にキリトと『契約』を結んでいる相手は日本政府、ひいては役人という事になる。

 

『――ははっ』

 

 夕食を済ませて合流したリーファが(契約)(相手)まで話したところで漏らした笑みは非常に恐ろしく、『粗方終わったら和人ともども全部吐かせます』とにこやかに続けていたが、まったく場は和んでいなかった。

 ……SAO組の殆ども似たり寄ったりだったが。

 そういう意味では、レコンやシウネー達には申し訳ない事をした。彼らはキリトと面識こそあれそこまで深い関係ではなく、当然ながら現実の彼がどんな状況に置かれているかも把握出来ていないため、事態に追い付けないでいるのだ。

 

 そんな中、事態の渦中に立つ少年だが。

 

 彼はいまもニーベルハイム中央塔ダンジョン【闇のイグドラシル】内部にて、セブン率いる《三刃騎士団》やクラスタ達を相手に、大立ち回りを演じている。

 初回突入時にセブンを不意打ちでPKして以来、怒り心頭のクラスタ達の人海戦術によって奇襲封じを敢行しているものの、依然として彼の隠形を見破れた事はなく、発覚した時はレイド単位の犠牲が出た時ばかり。攻撃されてから気付いたのでは一発で一千人余りを屠れる彼に対抗するにはあまりに無力。しかし彼らは(いっ)(とき)はトッププレイヤーになる夢を捨て切れず燻り続けた『強さ』への執念、成り上がっていくプレイヤーへの『嫉妬』、そして自分達が担ぎ上げる【歌姫】への信心を原動力に、いまも尚食い下がり続けている。

 初回突入時に『ディスチャージ』と唱えて放った光と闇の魔砲はセブン達が突入するまでの約二十分間をチャージに回したからだろうと考察され、ではその隙を与えないように止め処なく戦力を投入する方針になった。その間、セブンは待機し、安全が確保されたら突入という流れになっている――――が、未だ一度も突入は出来ていない。

 クラスタ達は黒尽くめの少年を探し、見つければ攻撃しているが、当のキリト本人は、セブンさえレイドに居なければ彼らを素通りさせる事も良しとしている。ただクラスタ達がセブンを突入させる為にキリトを排除しようとしているので敵対しているだけ。

 この動きにより、ネットでは二つの意見に分かれた。

 七色・アルシャービン博士を信じ【黒の剣士】を詰る勢力と、【黒の剣士】の須郷捕縛の実績を信じ七色博士を疑う勢力だ。後者は彼個人の信用というよりは、むしろ《天才》や《科学者》というものに近年付きまとっている悪いイメージが先行している部分が大きいかもしれない。とは言え『火のない所に煙は立たず』とも言う。幼いながら《攻略組》の中心人物になった経歴は伊達ではないため彼が動いている事から何かあるのではと勘繰る人は一定数存在していた。

 ――とは言え、それで信心が薄れるようではクラスタなどと呼ばれていない。

 彼らはALOで得られる全てを【歌姫】に捧げている。アイドルとしてのセブンだけでなく、研究者としての七色・アルシャービンという少女の事も、彼らは思想を共有している。《三刃騎士団》入団条件には彼女が出している歌の歌詞やその意味、論文の概要の理解まで及んでいるという。そこまでこなして入るほど、彼らは一人の幼き天才科学者に心酔しているのだ。

 だから彼らの辞書に撤退の文字は無い。

 そして、自身が倒れればラストダンジョンへのセブンの侵入を許す事になるため、キリトも付き合い続けるしかない。

 クラスタ達は死に戻れる中、彼だけは一度も死ねないというある意味のデスゲーム。

 

 七色・アルシャービンの心が折れない限り、彼の戦いは終わらないのだ――――

 

 *

 

 二〇二五年五月八日午後十時。

 エギルとリズベットが共有している店舗の一階に、数日前天才少女と対談した時のようにスヴァルト攻略メンバーは集まっていた。夜が稼ぎ時のエギルはおらず、諸般の事情でテッチ、タルケン、ジュン、ノリが居ないが、それ以外は居る。当然、キリトとレインは居ない。

 そこに集まっている理由としては、現在もっとも世間を賑わせているネット放送局《MMOストリーム》の生中継映像を見る為だ。

 《MMOストリーム》は、日本のゲーム総合情報サイト《MMOトゥデイ》が新生した《MMOトゥモロー》が大本なので、ネットに繋がりさえすれば誰でも視聴できるものではあるが、現実にPCが無かったり、通信制限の関係で視聴できない人もいる。ALOをプレイするにあたって月額払いの料金は掛かるが、課金アイテムは特になく、オプションなども特にないため、ゲーム内での動画視聴もそこまで制限されている訳ではない。アカウント登録と連結などの煩雑な作業は必要ではあるが、それさえ済ませてしまえば現実でPCを開かなくても良くなるのは多大な利点と言えよう。なにせ眼精疲労や肩こりなどを生じず、脳の疲労や時間の許す限りネットサーフィンを続けられるのだから。

 まぁ、仲間と話しながら視聴できるという現実では中々難しい点をクリア出来るからなのだが。

 そうして集まった私達は、店舗入り口とウィンドウに映し出されたスクリーンを凝視していた。元々仲間内で見る為に備えていたオプションをリズベットが設定していたものらしい。外側からはブラックアウトで遮断されているので内部は一切見えないらしい。

 スクリーンにはおどろおどろしいダンジョンの内装が映し出されている。赤紫色に茶色を混ぜたような色と言えばいいのか、そんな色味が床や壁、天井に至るまで塗りたくられており、火の灯っていない燭台や石膏像も禍々しい風にカリチュアライズされていた。ホラーとは別の恐怖を抱かせるそれらのコンセプトは、《魔王城》に違いない。

 そのスクリーンは左右に大きく分割されている。

 一方は種族所属関係無しの混成パーティー。数が多いためか、上方から観察するような位置取りだ。

 もう一方は、黒尽くめの少年をやや後方から眺める視点。場合によっては上方に位置取る事もあり、それが頻回且つ少年の移動速度が速いためか、後方斜め上方という位置で安定してきていた。

 

『見つけたぞぉッ!!!』

 

 戦闘を走る幾人かの誰かが声を張り上げ、回廊の中途に立つ少年を睨み付けた。標的を見つけた途端全力で走り出したプレイヤー達。

 それを見て、ふぅ、と少年が息を吐く。

 コートのポケットに入れられた両手の内、左手が抜かれ、正面に突き出された。掌には、黒と白のオーラ。

 

『――ディスチャージ』

 

 短い文言の後、ズアッ、と二色が入り混じった極太のレーザーが放たれた。地を走っていた男達はそれに為す術もなく呑まれ――

 

『『『『『おお―――――――ッ!!!』』』』』

 

 ――呑まれていない者もいた。

 前日苦い思いをしたのか、それとも黒と白のオーラを見た時点で予想していたのか、影妖精族や闇妖精族、風妖精族といった軽量タイプのプレイヤーは、《壁走り(ウォールラン)》でレーザーの範囲圏外に逃れ、距離を詰めていた。ある程度近付いたところで壁を蹴り、空中から襲い掛かる。

 一拍の間に、キリトの左手に悪魔の曲剣が握られる。

 上からの襲撃を捌き続け、着地したプレイヤー達に囲まれるが、彼はそれを往なし続けた。時に互いが邪魔し合うよう位置取りを誘導する。

 当然フレンドリィファイアが起きるが、彼らは罵りもせず、標的を定め直して果敢に攻め続けていく。

 全ては彼を斃す為に。

 全ては、セブンの為に――そんな声が聞こえてきそうな程の鬼気迫った様子はある種の恐怖を覚えさせる。

 

「――とんでもねぇ連中だな。普通味方に攻撃が当たるのは躊躇するモンだろうに、その素振りがまったくねぇぞ」

 

 テーブルに酒のボトルを置き、思い出したようにグラスを傾けていたクラインが顔を顰めて言った。

 

「味方って思ってないんじゃないかな、敵の敵は味方みたいな感じでさ。キリトを斃したらセブンに感謝されると思って遠慮が無くなってるんだと思う」

 

 そう応じたのはユウキだった。シルフ領の木の実から絞り出されたというジュースが注がれたジョッキをぐいっと傾け、それに、と言葉を続けた。

 

「SAOのラスボスを倒した事とスヴァルトの闘技場での無双ぶりでVRMMOプレイヤー最強みたいな視方もされてるからね……まぁ、表向きは、って付くけど」

 

 そう言って、同じテーブルに座る風妖精族プレイヤーに意味深な目を向ける。向けられた方は微妙な表情になった。

 

「これでもHP全損デュエルだと削り切った事は無いんですがね」

「完封してたんだから実質勝ちも同じじゃん……」

 

 呆れたようにユウキが返した。

 

「――それで、リーファ、どうするの?」

 

 そこで割り込んだのはシノンだった。

 昨日の心ここにあらずという状態から幾らか持ち直しているが、それでも(はや)る気持ちはあるのか、その表情に普段の余裕は見られない。

 

「丸一日ぶっ続けで戦っても倒れてないから低血糖対策はされてるんでしょうけど、このままいくとどのみち危険よ。私達も離れてるんだし……キリトの《(クラ)(イア)(ント)》に連絡して止めてもらう事は出来ないの? 《(クラ)(イア)(ント)》が誰なのか分かってるんでしょう?」

「コンタクトは取りましたよ。でも、出来なかったんです」

「どうしてよ」

 

 その答えに不服げなシノンに、リーファはスクリーンを見詰めたまま物憂げな面持ちになった。

 

「たった今シノンさんが言った『低血糖対策』、それが《(クラ)(イア)(ント)》との契約でキリトが求めた報酬だったんだそうです。他にも休学手続きとか、移送中の護衛の手配も含まれているらしく……日本政府が絡んでるんですよ、これ」

「な……っ」

 

 思った以上にスケールの大きい話に鼻白むシノン。それから視線がスクリーンに映る少年に戻され、悔しげに眉根を寄せ、俯いた。

 学園の休学手続きや移送中の護衛手配も政府が認めている事なのであれば、それはつまり国家権力が協力しているという訳で、一個人の判断で止められる事態では無い事になる。いや、彼が言っていた『契約』からしておそらく政府は七色博士の思惑を知りたかっただけだ。ただその報酬として今の彼の行動――低血糖症状による行動不能制限が無い――と考えれば、おかしな点は殆ど無い。

 

「でも……政府がキリト君との約束を守るのかな……?」

 

 ただ一つ――――かつて彼を見限った政府が、律儀に彼との契約を順守するのか、という疑問に目を瞑れば。

 

「――()()()()()()()()()

「……誰が?」

 

 確信めいた物言いをするリーファに問うが、彼女はひょいと肩を竦めるだけだった。それが言葉にする必要も無いほど明らかだからだというのは分かる。彼の現実での人間関係を知らないシウネー達は、自分にもわからない、というニュアンスで取っているだろう。沈黙を上手く利用した形だ。

 日本政府相手に強制させられる人なんてそうはいない。

 ましてや、彼と親交のある人となれば……

 ――沈黙が場を満たす。

 蜘蛛の糸に絡めとられたような。

 地に足が付いていないような。

 明確に言語化できない何かが蟠っていた。

 

 ***

 

 五月八日午後十一時。

 度重なる全滅を引き起こしながらも人海戦術と『【歌姫】への信心』という気合だけで【闇のイグドラシル】の攻略を押し進めた《三刃騎士団》は、度重なるデスペナルティにより初回突入時に較べて個々のパラメータは低くなっているが、元々ある程度のマージンを設けていた事もあり、まだどうにか攻略可能水準は保てていた。

 そして突入から丸々二十四時間を経て、漸く最初の広間に辿り着く事が出来た。

 その広間で待っていたのはキリト――では無く。

 

「ああ、なんだい、漸く来たんだ」

 

 美麗な少年だった。

 ただし、巨大――などというものではない。画像でのみ見た事がある地底世界をうろつく人型邪神やこれまでの攻略で戦って来たボスと較べても、明らかに倍以上の巨体。遥か高見に見える頭は何メートルの高さにあるのか定かではない。全力で跳んだところで巨木のような脚のヒザまでも届くまい。

 肌の色は抜けるような白。纏う衣服は裾をなびかせる巫女服のそれに近く、肩口を覗かせており、体の巨大さに反して儚さも同居させる不思議な印象を抱かせる。

 その傍らには、一太刀でプレイヤーを数十人も纏めて両断できるだろう刃渡りの白銀の大刀。最低限の装飾のみ施されたそれは実戦を想定して作られていると分かる無骨な印象を抱かせるが、やはりそれも儚さを同居させている。

 総体で言えば華奢。

 しかしそう思わせない圧力が少年にはあった。胡乱ながら、こちらを睥睨している双眸だ。氷を思わせる蒼の瞳は、どこか黒も混じっており、禍々しさを感じさせる美しさを内包している。

 その巨人がロキ側に付いた勢力の一員であるのは確実だったが、意外な事にその少年の頭上に表示されているカーソルの色は《イエロー》。つまり、NPCである。

 表示されている名前は《Vaffs luznil(ヴァフスルーズニル)》。

 体力ゲージは――五本。

 

「何者だ、貴様は」

 

 対するヴァフスという少年は、胡乱な挙措で口を開いた。

 

「僕はヴァフスルーズニル、ヴァフスとでも呼んでもらえればいい。ニブルヘイムから来た霜の巨人さ」

「霜の巨人って……ヨツンヘイムをうろついてる骸骨邪神の親玉って事かよ?!」

 

 ヴァフスと名乗った巨人の言葉に、レイドメンバーの誰かが声を上げた。それに、そうさ、と軽く頷くヴァフス。

 

「まあアレを放ったのは他の霜の巨人なんだけどそれは今はどうでもいい事かな。重要なのは、僕が門番を任されているという事……なんだけど――」

 

 そこで霜の巨人ヴァフスは言葉を止め、じっとこちらを見下ろしてくる。視線が彷徨うのを見るにレイドの編成を見ているらしい。

 

「――どうやら僕はお役御免らしい」

「「「「「は……?」」」」」

 

 てっきりボスとして立ちはだかると思いきや、そんな事を言い始めた巨人に、自分以外からも困惑の声が漏れた。

 

「どういう事だ? 貴様はここの門番のボスなのだろう?」

「厳密には違うよ。僕はあくまでキリトが()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎない。君達の編成の中には、彼から聞いていた特徴の妖精が居ないからね」

 

 もし居たら分断するよう言われていたけど――と続けるヴァフスの体は、うっすら透け始めていた。それを見て、慌てたようにクラスタの一人が声を上げる。

 

「お、おい、戦わなくていいのかよ?!」

「たった今言ったばかりだろう? それに――君達と纏めて戦っても、キリト一人と戦った時より愉しくなさそうだ」

 

 つまらなそうに言い捨てたのを最後に、ヴァフスは完全に消え去った。恐らくボス級NPCにだけ与えられている転移魔法辺りを使ったのだろう。

 もぬけの殻となった広間には、嫌な沈黙が漂った。

 

 






 今話の目的。

前半:死に戻りしまくってる連合軍の成長を描写+キリトの現状描写

後半:キリトが仕掛けてた『保険』=リーファ達の不参加の影響描写+キリトの戦力を情報だけで描写


・ヴァフスルーズニル
出典:《コード・レジスタ》
 霜の巨人の一人。
 本文では『少年』と書かれているが《コード・レジスタ》のキャラデータによると『女性』である。ユウキと同じ僕ッ娘だが、こちらは漢字の『僕』である。
 アルヴヘイムの地下に広がる世界《ヨツンヘイム》の更に下層に存在する《ニブルヘイム》よりやってきた巨人族。
 神話上に於いては《オーディン》と命懸けで知恵比べをし、オーディンの『バルドルが死んだ時、私は何と息子の亡骸に声を掛けるか』という問いに答えられず、命を落とした巨人。つまり神話に照らすとラグナロクが起きている本作現時点(バルドル死亡済)で存命しているのは知恵比べの内容的におかしいのだが《コード・レジスタ》では生きていたのでキニシテハイケナイ。
 《コード・レジスタ》に於いては、聖剣エクスキャリバー入手の際にキリト達が戦った《スリュム》を打倒した妖精と戦うべく、泉の守り手ウルズと交渉。妖精達を呼ばないウルズに対し妹二人を誘拐――とは名ばかりの賓客対応しつつ、戦うよう仕向けていた、やや過激ながら正々堂々を好む戦闘狂。ウルズに呼ばれたアスナ+《スリーピング・ナイツ》の中で、ユウキに目を付けていた。しかしユウキが病没してしまい、クエスト期間も過ぎてしまったため、未達成となる。
 そこにSAO、ALO、GGOの三つの世界を一部融合させたVRMMORPG《SGP》のALO版にて、世界を超えたAIの意志とも言うべき物語が展開。
 ユウキと戦えなかった悔いは受け継がれ、オーディンの死を知り燻っていたところを、《スリュムの怨念》に取りつかれ、三世界融合版では《元のヴァフスクエスト》と《スリュム討伐》の両方に関わったアスナを基点に事態が進んでいく。
 ――《リコレクション・オブ・ヨツンヘイム》終盤は、ユウキの姿を借りた《オーディン》が降臨し、間接的ながらユウキ(オーディン)とヴァフスの決戦が二重の意味で叶う。
 以上の事から分かるように、過酷な環境を生きていたため『力』の優劣に固執する部分があり、それは霜の巨人全体に共通している。ただしそれは生きる為というよりは純粋に強さを求めてであり、そこがユウキと共鳴する理由になったと、アスナ達からは予測されている。

 本作に於いては保険として【闇のイグドラシル】最初の広間にて待機し、スメラギ達が辿り着くのを待っていた。しかしスメラギ達の中に言われていた妖精の顔が見えなかったため闘う事無く転移魔法で立ち去る。
 《三刃騎士団》・クラスタ連合軍と闘うより、キリト一人と闘う方がよっぽど愉しいらしい。
 言う事を聞く代わりにまた今度闘う約束を取り付けており、何だかんだ期待している。オーディンを瞬殺したので尚更昂っている。お義姉さん達こっちです。
 ちなみにその気になれば通常の妖精サイズにもなれる。


・闘神ユウキ(NPC)
 サービス終了までの間で唯一火・水・風の全属性に実装された超高性能キャラ。神々しい上にスキル含めて矢鱈高性能で後発の《戦神》シリーズに引けを取っておらず、その性能に合わせてか排出確率は全キャラの中でも最低値を誇る。そのため限界突破を前提としたステータス調整故に真に最強になるには多大な課金を要していた(最低確率に加えて属性でも割れるため他のキャラより尚更突破し辛かった)
 属性により『○○の闘気』と表示が変わる。オーディンとしてストーリーに出る前はキャラ貝瀬値は虫食い。ストーリー実装に合わせて補完された。
 作者は風属性のみゲット。
『SGPの基幹システム《デメテル》の深淵より現れた、翡翠の闘気を纏いし闘いの神。その身は嘗て仮想世界で【絶剣】と呼び称えられ、数多の人々のみならず、NPCの記憶にさえも強く刻まれたとある少女の姿そのものである。かけがえのない仲間を助けるため、そして宿敵との決着をつけるため……遥かなる彼女の想いは、奇跡を起こす』


・キリト
 裏で色々とやってた事がちょっと暴かれた主人公。
 『保険』と称して巨人族ボスを引っ張って来ていた。
 まる一日ずっと《三刃騎士団》・クラスタ連合軍とやり合っている。《ⅩⅢ》の登録装備耐久値がHPと連動、そのほかリアルでの待遇整備が無ければ過労死している事間違いない。
 本人は戦いの合間に一息入れているので十分と思っている(SAO脳)
『休める時に休む。()は過労死なぞせん』
 =仕事の合間が休息なのであって休息メインに取る事は無い。
 ヴァフス(女巨人戦闘狂)にお気に入り判定を受けた。


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