インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
視点:キリト
字数:約一万三千
巨神セブンは倒したけど、まだまだ続くんや。
――ちなみに原作だと、浮遊城って崩落した後、紅いポリゴンで散っていくので残骸とか生じ得ないんですよね()
なら何故本作には残っているのか!
ではどうぞ。
※ゴチャゴチャしてるのでこれだけ認識して下さい。
【カーディナル・システム】:OS
《クラウド・ブレイン》:ウイルス
SAO・ALOのデータ:ソシャゲアプリ
星々の煌めきではない。再現された太陽の光でもない。あの光は、《クラウド・ブレイン》の暴走により巨神へと変貌を遂げた少女セブンを構成していた全て。ALO運営企業《ユーミル》の代表である茅場晶彦、篠ノ之束以下、数多くの技術者達が全力で取り組み、SAOとALOに存在する全てのプログラムを一撃で破壊する剣として新生した《終焉へと誘う剣》の力を以て、巨神を構成していたプログラム群がひとつひとつ別個に解かれ、散っているのだ。
だが――アレらは、ALOには還らない。
【カーディナル・システム】にある程度のフィールド修復機能があるとは言え、それはサーバーを超えて行われるものではない。
あの天災ならやってのけるとも思うが、彼女らが全力で取り組んだ上での十五分だ。流石に今回はそんな仕込みをする余裕など無かっただろう。
気になるのは通信で博士が話し掛けて来ない事だが……それほど集中していたのだろうか、と宙に浮遊しながら首を傾げる。
――その間に、世界は徐々に再構築されていった。
ALOのフィールドや浮遊大陸は流石に無かったが、SAOサーバーに存在していた夕日に照らされる無窮の空と海、そして
キラキラと、空を覆い尽くすほど膨大な蒼白い欠片が彼方へと散っていく。
その中を、色とりどりの人影が落ちていく。
アレらは全てプレイヤー。ALOサーバーに作られていたアカウントのアバターデータ。
空から真っ逆さまに落ちていく人影の中で、その多くが落下の最中に光に呑まれ、消えていく。
俺は元通りになった透明な水晶の浮島でそれを眺めていたが、茜色の陽光に照らされる銀のカタチを見つけたのを契機に風に乗って飛び出した。
銀のカタチ――それは、今回暴走した《セブン》こと七色・アルシャービンである。
七色は暴走していた張本人で、つまりログインプレイヤーの一人なのだが、そのアバターは一向に消える気配が無かった。周囲のアバターが消えていく中でぽつんと取り残されている。
欠片が舞う空を舞い、銀の歌姫を横抱きで回収した俺は浮島へと戻り、その体をゆっくりと横たえた。
【Congratulation、キリト君。お疲れ様】
そこで、視界の左端に薄紫のウィンドウが開き、茅場晶彦が語り掛けてきた。
【途中かなり冷や冷やさせられたが、なんとかなったな。流石だよ】
「称賛は嬉しいが、まだ全部終わった訳じゃない。巻き込まれたプレイヤー達は順次ログアウト出来ているのか? こっちからだとアバターが消えるだけだから分からないんだが」
ログインしていたプレイヤーは脳波を強制的に七色・アルシャービンに合わせられ、昏睡状態に陥っていた。昏睡という事は、つまりは《睡眠状態》に近い。基準となっていた七色が起きていたから彼らの《アミュスフィア》も《覚醒状態》と判断していただけで、解放されれば自然な睡眠状態へ移行し、《アミュスフィア》がそれを感知した事でアバターも自動で消滅していく。そのまま落ちていく影も多数あるが、おそらくログインしていなかった者達のアバターだろう。
しかし、それはシステムのルールと脳の構成を前提にした推察に過ぎず、実際みんなが無事にログアウト出来ているのかは分からない。
だから少し不安だったのだが、それを拭うように茅場は大丈夫だ、と力強く断言した。
【即死剣のプログラムには巨神となった彼女のプログラムを分解するものを含めていてね。それの影響か、取り込まれていたプレイヤー達と七色君の間にあった《クラウド・ブレイン》によるパスも切れたらしい、今は順調にログアウトしているよ】
「……そうか」
この天才、さらりととんでもない事をやってのけている事は自覚出来ているのだろうか。
パスを切るという事は、プログラムと違って絶えず数値が変動する《感情》を核としたシステム《クラウド・ブレイン》のコードと数値を、あの即死剣にインストールしていた事になる。絶えず変動するなら、リアルタイムであの剣に《クラウド・ブレイン》の数値を入れる体勢を整えなければならない。
絶えず変動するプログラムを指定するなど普通出来ない事だと素人の自分でも理解出来る異常な事だ。
――カーディナルがコッソリ手伝ってるな、これは。
そう当たりを付ける。ゼロコンマ単位で変動する《クラウド・ブレイン》の数値に合わせる作業は、このサーバーで巨神を顕現させていたカーディナルなら容易い筈だ。実体化させるなら、サーバーを統括するシステムはそのプログラムを読み込まなければならないのだから。
《終焉へと誘う剣》は、その特性上予め即死対象のコードを入れておかなければならないが、カーディナルがリアルタイムでコードを入れられるとなれば、今後実装されるだろうモンスターやフィールド、新たにALOに来るプレイヤー達すらも対象範囲に入れられる事になる。
何が何でもこの剣は
それはそれとして、と。俺は気になっていた事を口にした。
「リー姉達も、ログアウトしてる……よな?」
【ああ】
「ユイ姉達は……」
【ユイ君、ストレア君、そしてキリカ君の三人は、彼女らのコアプログラムを入れたサーバーに避難している。いまはスリープモードだが心配はないよ。ざっと状態を見たが、異常は見られない】
「――そうか」
口元が、笑みに歪む。
抑えようとしても抑えられない喜色の感情。後遺症があるか分からないが――山は越えたと、言ってもいいだろう。少なくとももう命を落とす危険性は無くなった。
「ああ――よかった」
気が抜けたのか。ずっと張り詰めていた緊張の糸が緩んだか。気を抜くなという自身の思考に反し、体からは力が抜けて、水晶の床に尻もちを付き、へたり込んだ。
ばたりと、背中から倒れ込む。
がらん、と巨剣が床に転がった。
巨剣の事を気にも留めず、大の字に空を振り仰ぐ。
「今度は、護れた――――!」
――視界が滲む。
うっすらと、目尻に雫が溜まり。頬を伝い。耳の上を過ぎり。髪に、染み込んだ。
喜びから浮かべる涙と笑みはいったい何時振りだったか。
少なくとも。脳波を反映している以上、これが自分を騙すものでない事は、確かだった――――
*
しばらく、様子を見ている筈の茅場達は、俺が感涙に咽ぶ様を静観していた。
こちらの思いを汲んでくれたのだろう。博士達には計画に協力してもらう際に自分の気持ちも語っている。そうでなければ瀕死まで自身を追い込んでまでフルダイブする俺を力尽くで止め、フルダイブハードも没収し、なにも出来ないようにしていたに違いない。そうしていないという事は――つまり、そういう事である。
それで訪れた静寂。目元を拭い、鼻を啜る雑音のみが上がる時間。
それが破られたのは、体感にしておよそ二、三分後だった。
【あの、キリト、なぜ【歌姫】のアバターだけ回収したんです?】
珍しい事に、クロエの方から沈黙を破って来た。意外に思いながら上体を起こした俺は、目元を拭った後、《Sound Onry》と表示されているGM通信ウィンドウに顔を向ける。
「珍しいな、他人に興味を持つなんて」
【ええ、まぁ、コメ……んんっ。純粋に、気になりまして】
いま妙な所で咳き込んで言い直した気がした。したが、別に隠す事でも無いので、追及はしない事にする。
「まだやる事が残ってる」
【やる事……? ああ、《クラウド・ブレイン》の後始末ですか】
「そうだ」
――本当は、この場でレインとセブンを二人きりにして、姉妹として仲を取り持つ考えもあった。
しかしレインは既に眠りに落ちてログアウト。七色も、どうやら意識の糸が切れたらしく、眠りの中だ。アバターが消えていないのは《クラウド・ブレイン》の核だからだと推察している。
さっき、茅場はログアウトした面子に対し『パスが切れた』と言った。それは《クラウド・ブレイン》の核ではないからだ。
しかし、何十万もの意思集合である《クラウド・ブレイン》の核となり、彼らに自身の脳波を強制し、演算能力を高めていた七色は、核となったが故に《クラウド・ブレイン》とのパスは切っても切れない状態にある。《クラウド・ブレイン》により脳が覚醒状態に置かれたままだと考えれば、アバターが自動ログアウトしていない事にも説明が付く。
そしてクロエに確認してもらえば、その予想は当たっていた。七色の脳波は未だ覚醒状態にあるという。
ただ、本人の意識は落ちているようだが。
「最後のアレの衝撃に馴れていなかったんだろう。仮想世界特有の重力感覚と被弾時の衝撃に馴れてないとアレは辛い、SAOのベータテストの頃は俺も衝撃で意識が数秒飛んだ事があるからな」
七色だけ何故回収したか語る中で立ち上がっていた俺は視線を七色から夕陽へと映す。
眼を瞑れば鮮明に思い出せる、楽しい日々だった。
――
おかしな事に。
「おそらくいま七色の脳波が覚醒状態で固定されてるのは俺の《クラウド・ブレイン》の影響だな。感情は共鳴し、励起し、ひとつに纏まって強大なものになっていく、それが《クラウド・ブレイン》の骨子だ。七色の意識が落ちても尚保持されている七色の《クラウド・ブレイン》が、俺が心象や最後の一撃の際に用いた《クラウド・ブレイン》に取り込まれ、一つになったんだろう」
しかし――それは、PCに例えるなら、電源を切っているのにCPUは動き続けている、というあべこべなものだ。この場合の『電源』とは核となる『七色の感情』であり、『CPU』とは『《クラウド・ブレイン》』である。
七色の
同じ『CPU』持ちは、この場には俺一人。
俺が《クラウド・ブレイン》に込めた感情が、七色の《クラウド・ブレイン》に干渉して保持し続け、その影響で七色自身の脳は覚醒状態を保っており、従って《アミュスフィア》による自動ログアウト機能は働かない。
【……えーと。つまり、キリトがログアウトすれば、正常に戻ると?】
「――なら良かったんだがな」
クロエが導き出した当然の結論を、空しい気持ちで否定する。
「あそこに、浮遊城の残骸があるだろう?」
【……ありますね】
「おかしいと思わないか? ゲームクリアと同時に完全消去された筈なのに、何故ゲームデータの残骸が残っているのか」
【――!】
息を呑む鋭い音が聞こえた。
理解したのだろう。完全初期化――それは、サーバーのデータをまっさらにする事だ。初期状態に戻すフォーマットとして知られるこの作業は、後から入れられたデータ全てを消し去るシステムアクション。最近のPCだと文書データなどは残し、ダウンロードしたアプリのみ消し去るフォーマットもあるらしいが、今はそれはいい。
重要なのは、このサーバーに於いて、《ソードアート・オンライン》のデータは後付けの代物である点。
理由は明白。【カーディナル・システム】にはMHCPやMobのポップ管理、金銭面のインフレデフレ――NPC商店が売り出す素材価格や個数調整――管理を担う機能が備わっていたが、もしシステムそのものにSAOデータが組み込まれているのだとすれば、ALOのモンスターや金貨のデザイン、アイテム、素材などには相互間が利かなければならない。少なくともリーファやアキトがSAOに乱入した時にステータスが下がっていたり、ALOにソードスキルの仕様が無いなどの差異は認められない筈だった。SAOのデータがそのまま【カーディナル・システム】にあれば、ステータス値の扱いは同じになる筈だからだ。それはシリーズ物のゲームで扱われるステータスとダメージの計算式と同じ理屈。
それの統一が為されていない点から、俺は【カーディナル・システム】は『ゲームアプリそのもの』ではなく、『ゲームアプリを動かす対応CPU』であり、SAOやALOなどのゲームデータは後付けのデータなのだと理解していた。
――つまり、完全初期化した際には、後付けアプリに該当するSAOデータは消去されていなければならない。
『SAOデータ』には当然ながら浮遊城のグラフィックそのものも含まれる。仮令遥か下の水面から顔を出す残骸にフィールド判定が無かろうと、
「SAOをクリアして、アレの崩落を見た時はそこまで気にしなかった。そんな精神状態でもなかったしな……ただ、こっちに映ってすぐに浮遊城跡を見て、異常に気付いたよ。そして、その原因も」
【それは何です?】
「完全初期化を行ったのは【カーディナル・システム】だ。その初期化に抗ってSAOのデータが残っているのだあとすれば……あるのだろうよ、あの残骸に、SAOを生きたプレイヤー達によって作られたもの――残留思念と言うべき《クラウド・ブレイン》がな」
カーディナルの話では、SAO時代に負の感情から《クラウド・ブレイン》を構築した事があるという。それによって引き起こされたバグは《ホロウ・エリア》の修正アップデートで解消したが――それを起こした原因そのものは、取り除けていなかった。
当時は他サーバーからの乱入=原因だと考えていたため、乱入者が現れない限り起こり得ないと思っていた。
だがいまは違うと分かる。恐らく、俺が七十五層で《クラウド・ブレイン》を作り、バグを引き起こした時のものが、ずっと残り続けていたのだ。
俺が作り上げたものだから、俺が生きていれば核となり、SAOサーバーに残り続けるのは自明の理。
「カーディナルによれば、七十五層で【白の剣士】と殺し合った際の殺意、憎しみで、俺は《クラウド・ブレイン》を構築し、多大なバグを引き起こしていたという。そんな俺は《ビーター》として多くのプレイヤーから憎悪と嫌悪を浴びていた。【黒の剣士】としての希望よりも、オレンジ、レッドを殺すPKプレイヤーへの忌避感、元ベータテスターに対する嫌悪と怒り、誅殺隊を中心とした《出来損ない》への殺意を集めていた……あの世界で明るい感情を抱く人の方がよっぽど少なかったらしいしな」
肩を竦め、ややマイルドに言う。
デスゲーム宣言のあの日、中央広場は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。黒幕への殺意、憎悪、憤怒、死への恐怖、現実への郷愁と悲哀――およそ、ありとあらゆる負の感情の展示会。あの日によく《クラウド・ブレイン》が出来なかったと思うが、七十五層時点でMHCPのユイ達にエラーが溜まるほどかなり負荷が掛かっていた。時間を掛けて積もりに積もった影響だったのだろう。
そこに来て、七十五層での兄との死闘で俺が感情を爆発させ――作ってしまったのだ。
条件は揃っていたと言える。人数こそセブン式の十分の一以下だが、およそありとあらゆる負の感情が《ビーター》に付随していたし、PKという形で殺し合いもしていたから殺意という純粋な負の想念も集めていた。誅殺隊による定期的な殺意も同じ。
人数こそ少ないが、そこを質でカバーし、SAO時代に《負のクラウド・ブレイン》とも言うべきものを作り上げてしまっていたのだ。
更に――
「『生きたい』という思考は、解釈次第ではあるが、ことデスゲームだったSAOでは後ろ向きな感情と言える。生きたい、死にたくないと考えるという事は、本人は『現状を辛く思っている』、『苦しく思っている』というネガティブな状態に基づいているからだ」
近い喩えに、『羨望』と『嫉妬』がある。
どちらも特定人物と己を比較した際に生じる感情だが、『羨望』は憧憬や驚きなどの称賛に基づいた
「そもそも『生の願望』は本来意識に上らない思考だ。上った時点で、その人物の状況はかなり危険に晒されている。本能に分類されるコレが思考に上った時点で心にストレスが掛かる。ストレスは現状への不満となり、不満は怒りや悲しみという負の感情へと成長し、果てには殺意や憎悪へと
【カーディナル・システム】を幾度となくバグらせ、七色が支配していた事からも分かるように、《クラウド・ブレイン》の方がシステムの格は上だ。常に変動する値が【カーディナル・システム】のエラー修正機能を出し抜き続けているからだとすれば、一応説明は付く。
――そして。
およそ半年の時を経た今、それを終わらせる機会が訪れた。
あらゆる条件が整っている。
SAOサーバーと繋がっており、且つ世界に現存している唯一のVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》は、全てのリソースを喪っている上にサーバーごとダウンしているから、データ的なやり取りそのものが不可能。
コピー・カーディナルもセブンと共にこちら側に来ている。
常に値が変動するものに対応した武器がこの手にある。
他に核となり得る覚醒状態のプレイヤーが居ない。
その気になれば、サーバーごと破棄できる。
――今しか、無い。
かつて作り上げてしまった《負のクラウド・ブレイン》――デスゲームが遺した負の遺産を、消し去る事は。
「茅場、今から指示する事をやってもらっていいか」
【む? それは構わんが……何をするつもりだね?】
「知れた事。デスゲームの遺産とも言うべき《クラウド・ブレイン》を、七色のも、そしていま俺が保持しているものも、纏めてここで破壊する。この剣で」
そう言って、床に落としたままだった巨剣を持ち上げる。
「コレには感情による変動値をリアルタイムで反映させ、破壊可能にするプログラムがある筈だ。違うか」
【む、むぅ……確かにそうだが、何故それを……?】
「《クラウド・ブレイン》の影響で常にあらゆる数値が変化していた七色を分解出来た。逆説的に、そういうのがあると察しも付く」
【……一つ疑問なのですが、そうまでして《クラウド・ブレイン》を破壊する必要性はあるのですか?】
唸り黙った茅場に変わり、三度クロエが問い掛けてきた。
その疑問はおそらく限りなくヒトに近いAIを見てきた事が無いから出るものだろう。ユイ姉達の事を知ってはいるものの、然して触れ合っていないクロエが分からないのも無理はない。
「あるとも。一般プレイヤーの権限しか持たない七色があんな巨神へと変貌し、俺はこのサーバーに自分のイメージを反映するといった、明らかに権限レベルを逸脱した事をしていた。それが悪用でもされれば目も当てられない事態になる」
それに――と、言葉を続ける。
「俺や七色の場合はあくまで《ゲームプレイヤー》、アカウントでサーバーに紐付けされていたから良かったが……そうではない存在が《クラウド・ブレイン》を吸収したらどうなるか。残骸とは言え、アレはSAOの残留データ、つまりプレイヤーは居ない。居るとすればNPC……プレイヤーの精神的問題を解決する為に【カーディナル・システム】に実装されている《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》――ユイ姉のような存在だ。MHCPは感情の観測・データ収集機能を持っているから、《クラウド・ブレイン》を見つける事は勿論、影響を受けるのも一番だろう」
それを考えればユイとストレアが正気を保っていられたのは奇跡と呼ぶ他ない。しかし試作三号以下が顔を見せていないのは、おそらく……もう手遅れだったのだろう。
「そしてMHCPはAIだ。【カーディナル・システム】もAIであり、オンラインゲームという性質上ネットワークに接続している。俺達プレイヤーと異なり、電子の海に繰り出すのも容易だろう。それこそサーバーに場所を左右されない《クラウド・ブレイン》であれば自由自在とも考えられる」
それは七色がサーバーを移ってからもALOのリソースを使えていた事から分かる事。《プレイヤー》という括りだったからサーバー移動をしなかっただけ。それが無くなり、AIという電子生命を核にし、あらゆるシステムやサーバーに左右されない特性を得れば、ネットの海には何時なにをするか分からない爆弾が放たれたも同然となる。
しかも、SAOサーバーに残っている《クラウド・ブレイン》は、そのほぼ全てが負の想念により構成されたもの。AIを狂わせ、人への憎しみで攻撃的になる事は十分に考えられる。
【で、ですが、それだとカーディナルの存在は? 彼女は特に影響が無かったように見えますが】
「――忘れたか? 【カーディナル・システム】は、どう足掻こうが《クラウド・ブレイン》の支配下だ。七色に最後の一撃を放つ前なぜ俺の周囲にSAOプレイヤーの影が生まれたと思っている」
【……まさか】
息を呑み、潜めた声で畏れを露わにするクロエに、俺は頷いた。
「
如何に負の感情が蔓延していた世界とは言え、その負の根底には『生きたい』というネガティブな想念が必ず存在している。それに共鳴したからカーディナルを経由し、俺の《クラウド・ブレイン》に一時的に力を貸し、出力が増したに過ぎない。
あるいは、かつて俺が核になっていたから、という可能性もあるが――
実際のところ、
確かなのは、あのとき、この世界に残留している《クラウド・ブレイン》が干渉して来たという事実。
「そして、少なくとも上位システムを支配に置き、固有のサーバーやCPUに紐付けされていない《クラウド・ブレイン》は、いま此処で消さなければならない。だがシステムの指示を受け付けないなら……真っ向からコレで干渉しなければならない――――その為に、幾つかやってもらいたい事があるんだ」
そうして、クロエの質問で中断された頼みへと話題を戻す。
茅場にSAOとALOのパスを切ってSAOサーバーを孤立させ、サーバー内で初期値以外の反応があるところへの転移を頼む。その間、SAOとALOのサーバーへの誰かのログインは、絶対にさせないよう指示する。これにより七色もアバターこそ無いが強制ログアウトにより現実へ復帰した。
【――それは、キリトがやる必要、ないのでは……?】
いよいよ転移だけになった時、クロエがなにかを堪えながら言ってきた。
【あなたは、あの会談の日から今日まで、もう三日も戦い続けている。マトモに休めていない。幾ら点滴で糖分を補給しているとは言え……それ以上無理をすれば、過労死してもおかしくない。ただソレで斬ればいいだけならキリトでなくとも――】
「――いいや、俺の仕事だ」
クロエの言葉を、遮る。
【ッ――何故ですか! レインさんから報酬を受け取っていないからですか?!】
「いや、そうじゃない」
たしかに、レインとセブンの二人が幸せに笑い合う未来を、俺は報酬として求めていた。結果それはまだ得られていない。得られる可能性も、こうなっては低いだろう。
しかし俺はそれを諦めている訳でも無い。
そして――《クラウド・ブレイン》排除に動く理由に、それは関係無かった。
「クロエには、《ビーター》について話していたっけ」
【軽くは……元ベータテスターとしての知識と経験を独占する者の悪名。でも実際は、そうする事でビギナーと他の元テスター間の軋轢を減らし、協力しやすく促し、それでいて黒幕に叩き付けられない鬱憤や負の感情を自身に集めていた、と……そうする事で、秩序を保とうとした、と】
「軽くどころか完璧なんだが」
【……気に、なりましたから】
言い淀みもせず言い切った事に呆れ半分関心半分で言えば、声音は変わらないながら、言い方に羞恥が加わった――気がした。
さっきは怒鳴ったり、今は羞恥を言葉の端に感じさせたり、出会ったばかりの頃を考えると感情豊かになったと思う。
その記憶も二年半前のものだからそれだけあれば変化もするかと、自嘲気味に笑う。
「――ともあれ、クロエも分かっているように、俺は《ビーター》として必要悪を演じていた」
【だから、《クラウド・ブレイン》を排除する事も背負う、と……?】
「少し、違う。アレは《ビーター》に集められた負の塊ではあるが、同時にかつて俺自身が抱いた殺意諸々が核となって出来た塊でもある。つまり自分の不始末だ。なら、自分でケリを付けるべきだろう……それに、アレが保たれている原因は、おそらく……」
――おそらく、俺が負を抱いていた、根幹の……
【……おそらく……なんですか?】
「……いや、アレを保っていた存在に見当が付いているというだけだ。それもあるから他人に任せる気は無い。予想が当たっていればいよいよ俺自身の不始末だからな」
【……?】
訝しみ、首を傾げる気配が通信越しにも届く。
それに笑みを零したのを最後に、俺は光に包まれ、転移した。
*
「――他人に任せる気は無い、か。優しい事じゃのぅ」
場面が茜色の空から電子的な回廊へと移った瞬間、横合いから老練な口調の少女の声が聞こえてきた。
「何の事だ」
「常人ならば発狂する事を敢えて背負うその気概を言っとるのよ」
「……そうか」
ふふ、と優しく微笑む幼賢者カーディナル。何を言ってもああして微笑むだろう事を察している俺は、視線を外し――伽藍洞となった歌姫のアバターに目を向けた。
「カーディナル、七色のアバターの中にある《クラウド・ブレイン》を引き摺り出せないか?」
「可能じゃよ。というより、本人が強制ログアウトしたのなら、もうアバターも消してよかろう」
そう言った幼賢者は、右手の指をぱちんと鳴らし、身の丈を超えるスタッフを取り出した。
「ほいっ」
そんな、軽い声掛けと共に軽くスタッフが振るわれ――杖先が少女のアバターに当たった瞬間、糸が解けるように光に散った。
代わりに、様々な色に変化する霧状のものが現れた。
「アレが小娘の《クラウド・ブレイン》じゃ」
それに向け、幼賢者がスタッフを向ける。
「霧状である事に何か意図は?」
「アレはサーバーにこそ存在しておるが、儂の影響を受けぬもの。オブジェクトとしてカタチを与えられんのじゃ。アレを操作出来るのはアレに呑まれぬ強靭な精神と感情を持つ者だけよ……ちなみに儂の躰が奪われると一巻の終わりじゃから注意せよ」
「なるほど……」
ささっと、俺の背中に隠れる幼賢者。
そんな彼女を尻目に俺は変色する霧に手を伸ばした。纏めて《クラウド・ブレイン》を消さなければならないので、どのみちこれは回収しなければならない。
霧に、手が触れる。
瞬間、脳裏にイメージを叩き込まれた。
伽藍とした教室で、ひとり抗議を受ける少女の姿。
広大な大部屋で、ひとり課題に取り組む少女の姿。
歓談していた男性女性たちが離れ、何時しか異質なものを見る眼を向けられる少女の姿。
――男の背を求め、邁進する少女の姿。
「ぐ、ぬ……っ?!」
苦悶の声が漏れる。
霧は彼の手を這い、腕を這い、全身を覆っていく。その間、フラッシュバックのように次々と場面が切り替わり続け、同年齢程度の少女の姿や場面が叩き込まれ続ける。
少しして霧が消え、漸くその苦しみから解放される。
「……無事かの?」
――真上から、声。
気付けば、俺は横にされていた。どうやら倒れそうになったところを抱き留められ、流れで膝枕をされていたらしい。少し前にも同じ事があったなと若干痛む頭で考えながら、ゆっくりと頷く。
「何か視えたのか」
「ああ。あれは、恐らく七色・アルシャービンの過去……今回の事件の根幹、だろうな」
本人に自覚は無いようだったが、言葉の端々や俺に向けて言っていた『愛』という単語の意味を考えれば、七色が何故リスクを被ってまで人心を集めようとしたのかは察しが付く。あの対談の時にもその片鱗は見て取れた。
「ほーう……ちなみに、どんなものじゃった?」
「……一言で言い表すなら、『孤独』だ。俺が《出来損ない》で孤独になっていたなら、七色はその《天才性》が祟ったといったところだ……ホント、人間はなんでも区別し、異端を排他する。排斥される側の気持ちも考えない」
顔を顰めながら吐き捨てる。
それは、紛れも無い俺自身の本心だった。
「……面倒を掛けた。もう大丈夫だ」
「なんの、膝枕くらいお主なら幾らでもしてやろう」
くすりと、同い年くらいの見た目なのに、艶然とした笑みを浮かべるカーディナルに虚を突かれる。一瞬だけだが――ユウキを、幻視した。
「――いま、期待したじゃろ」
にんまりと笑みを深めて顔を近づけて来る幼賢者。
「仲間の事を思い出していただけだ」
「――ほっほーう?
「絶賛保留中だ。今の俺と交際しても、俺の評判に巻き込まれて死ぬのがオチだからな」
そう答えると、カーディナルは額をぺちんと手で叩き、天を仰いだ。
「かーっ、まだそこ止まりか! 全然進展しておらんではないか! 告白されて一年近く経っておるというのになんじゃそれは!」
「一年で俺の風評を全部覆して真っ当に生きられるようになるならこんなに苦労してないわ! 世界規模に広まってる《出来損ない》の風評舐めんな?!」
「お主は律儀というか、なんというか……欲が無さ過ぎるわ! もっとがっつけい! 割とあの娘ら生殺しを味わっとるからな?!」
「死ぬよりはマシだろ!」
――そうして、少しの間怒鳴り合い。
「はぁ……はぁ……くっそ、これから戦うっていうのに、無駄に体力を使ったぞ……」
「ぜぇ……ぜぇ……えぇい、ここまでお主の頭が固いとは……昭和の男か、お主は!」
精神的な疲労で肩を上下させる俺と、疲れない筈なのに何故か同じような状態になっているカーディナルは、互いに睨み合っていた。
大事な戦いの直前にいったい何をやっているのかと思う。
「――まぁ、お主の本音を聞き出せただけ良しとしよう。真剣に、一途に考えておるようで安心したわい」
「お前は俺の保護者か……」
「ユイ達の母じゃから実質保護者も同然じゃが。儂の人格プログラムの参考もIQ値の高い女性を参考にしておるらしいしの……確か、ゲット、とかいう名じゃったか」
「……マジか」
驚愕の事実発覚である。【カーディナル・システム】の疑似人格元が判明してしまった。
ゲット。それは漢字にすると《月兎》となる。その名前で、IQ値が高い女性、それも茅場晶彦と親交があるとなると、一人しか浮かばなかった。しかも桐ヶ谷とは別枠の俺の保護者の一人でもある。
そして納得する。
――ああ、このカーディナルの言動の端々、確かに似通ってるとこ多いな、と。
・《クラウド・ブレイン》
人の感情で構築された高次元の演算システム。
『とある科学の超電磁砲』で言うところの『レベルアッパー』。《核》が能力を得る術者で、集める感情・演算能力が『使用者の能力=脳の演算能力』に相当する。
1)SAO残留版
【カーディナル・システム】の完全消去に抗い、SAOサーバーに消された筈のグラフィックを残し、留まっているモノ。
SAO残留版の経緯上キリトの負を強く備えているが、SAO全体で言うと『生きたい』、『死にたくない』という想いも同程度に強い。前話で巨神セブンにトドメを刺す直前はその感情で共鳴、励起し、キリトに力を貸していた。
有用かと思えば害悪になり得る可能性も高い代物で、危険かそうでないかは正に『使い様による』。
キリト曰く『AIが代わりの核になるとヤバい』らしい。
キリトはこれが残っている原因――というより、遺している存在に当たりを付けている。何故ならかつて《核となった負》を発していたのは、統合してから主体となった《王》ではないためだ。
なのでキリトは鼻から《クラウド・ブレイン》――ひいては、これを残していた存在を消し去るべく、今話は最初から意志を固めていた。
2)セブンによる意志総体版
七色を《核》とし、怒り、哀しみ、憧憬など複雑に過ぎる感情が集まり、最後に七色が抱いていた感情が爆発的に高まったために生じたタイプ。キッカケが必要だった。
つまり強烈な怒りが必要だったスーパーサイヤ人のようなものである()
SAOのモノと異なり負だけではないが、七色の実験が晒された後に完成したものなので、八割型は負。残り二割は残っているクラスタ達のもの。
これも危険なのでキリトが自身の《クラウド・ブレイン》に融合させたところ、七色の記憶らしきイメージが脳裏に叩き込まれた。過去リズベットが夢でキリトの過去を見た事と同様だが、今回のキリトは覚醒状態=七色の脳波と衝突する状態だったので、脳波が乱され、戻されを繰り返し、頭痛を来している。
今話最後では吸収されたので実質消失した。
キリトが苦しんだのは『誰かの背を求め邁進する』姿にデジャブを覚えたから。
3)キリトによる単独顕現版
『みんなを護る』という願い――よりもさらに前、『生きたい』、『死にたくない』という想いを思い出した事で発言したキリトの《クラウド・ブレイン》。
明るいものかと思えば実はネガティブな思考だったので実質負である。
前話で巨神セブンにトドメを刺す直前、SAOプレイヤーの影が現れたのは、実は体に宿したカーディナル本体を経由して、SAO残留《クラウド・ブレイン》の干渉を受けたが故だった。『生きたい』という想いだけでは負に呑まれ暴走していたが、『みんなを護る』という《桐ヶ谷和人》としての強い想いがあって耐え忍んでいた。
――《心意》ってさ、便利技って思うやん?
《アンダーワールド》編はそうでもないけど、《アクセル・ワールド》は心に傷を負っていて、それを克服する形で真意を獲得する事が多いです。そもそもAWのデュエルアバターが『心の傷とその深さ、強さ、人格への影響程度』で決定付けられるからでもあるんですが。
強く
――本作の《
ちなみに《終焉へと誘う剣》こと即死剣は、リアルタイムで変動値に合わせて対応するので、《心意》によるプログラムコードの上書きにも対応します。
――つまり《
強い(確信)
では、次話にてお会いしましょう。