インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:キリト(現在)、アルゴ(現在)

字数:約六千。

 ではどうぞ。

 ――お試しで、フォントで状態を描写してみました。




番外5 ~A lemnant of the Death Game~

 

 

 ――去来したのは遠い思い出。

 

 自身が在り方を定めるキッカケ。忘れ得ない、残酷な記憶だった。

 恐怖と狂気の衝突。片や逃げ、片や狂ったその一幕は、戦いとも、剣舞とも決して言えないものだ。()()が見れば呆れかえるだろうその光景。

 たった一合で、それは幕を閉じた。

 

 ――あり得てはならない一合だった。

 

 少年には、そのつもりは無かった。恐怖に駆られ、死ぬと、明確に感じ取った時、体は勝手に動いていた。それが結果的に己を襲う狂気を破っただけの事。

 無自覚にして無意識。

 反射による、殺人の剣。

 

 ――義姉により矯正され、封じられた剣の発露。

 

 生半な鍛錬では無かった。

 才能が無かった。経験が無かった。年数が足りなかった。およそ強者となり得る土台全てを持っていない己を、それでも義姉は根気強く、ひとつひとつを仔細に教授した。それが生半なものになろう筈がない。

 一撃で人を殺す技を、人と剣を競い合う技へと矯正する事は、決して容易い事ではない。

 それは、無意識領野の変革だ。

 意識しても難しかった技のクセを、彼女は意識から無意識まで洗いざらい矯正していった。

 

 ――だが。

 

 ()()()()()に意識を割かれた少年は、ただその状況から脱却する事を望み、剣を突き出した。

 剣尖は、心の臓を貫き、穿つ。

 無我夢中。我武者羅。故に、無自覚であり、無意識、反射レベルの殺しの剣。

 己が強くなるには誰かを殺す事が効率的。ゲームとしては普遍的だが、デスゲームとしては異常なその在り方。

 多くの死を見て、他者に死を与えてきた少年は、己が生きる為だけに剣を振るって来た側だ。決して、己を強くする為だけに殺しをした訳ではない。

 

 ――……だが。

 

 その日、初めて。

 少年は『己を強くする殺し』に手を染めた。青年が得ていた経験の累計の一割を得て――レベルが、上がった。

 

『――――』

 

 (織斑)(千冬)に追い付かんと心の奥底で望んで己の強化に余念が無かった人間の心は、その時、砕けた。

 

 

 

 ――見ろ、これがお前の原罪だ。

 

 

 

 自分ではない、自分の怨嗟の声が、脳裏に響いた。

 

   ***

 

 血を吐くような絶叫を迸らせた少年は、放心をほんの数瞬挟んだ後、すぐに動き出すという驚くべき思考の切り替えを行った。

 彼の眼前――コペルが消滅した場所には、彼の片手直剣(スモールソード)円形盾(バックラー)が落ちていた。両方ともかなり消耗したようで端々の(こぼ)れが激しい。

 少年は、落ちている剣を拾うと、背中に吊る替え用の鞘に納めた。盾は、《部位欠損》を受けても朧に赤いポリゴンで縁どられた右手で呼び出したストレージに格納され、その場から消えた。

 ――盾を格納した時、その影にあった物体が露わになった。

 それはこぶし大の仄かに光る球。クエストのキーアイテムである《リトルネペントの胚珠》だった。少年が落としたものではないため、必然、コペルが倒した個体の中に《花付き》が居て、それを倒した時にドロップした胚珠を彼は左手で握っていたかポーチに収めていたのだろう。

 つまり、あそこで《実付き》を割らずとも、少し移動していれば二体目の《花付き》と遭遇し、二人ともが胚珠を入手できたという事だ。

 

『――ごめんなさい』

 

 まだ一桁の幼子とは思えないほど掠れ、しゃがれた声。表情は茫洋としている。いまの少年の思考は()()に乱れ、判然と纏まっていないに違いない。

 少年は一言謝って、いま拾った胚珠と、ポーチに入れていた分とを、丁度開いていたストレージへと格納した。

 代わりに、赤色の液体が詰まった小瓶を取り出し、呷る。数ドットだった体力が三割ほどまでグンと回復し、自然回復のアイコンが追加された。これがある間はポーションの自然回復の重ね掛けが利かない。とは言え初期のものは一割程度なので、自然回復を待つくらいなら二本飲んだ方が安全である。

 

『……もう無くなったか』

 

 しかし――少年は、それでメニューを閉じた。どうやら買い貯めていた回復薬が底を尽いたらしい。

 少な過ぎでは、と思うが、よくよく考えれば彼は初期で最も重量のあるスモールソードをもう一本購入していた。それでストレージを圧迫していたと考えれば回復薬の個数が他のプレイヤーより少ないのも頷ける。替えの武器を用意しておくには筋力値に余裕が必要だが、初日はレベルアップもままなっていないから、余裕などある筈がない。それは彼とて同じなのだ。

 盾を装備していなかったのは、それだけ敵の攻撃を回避出来る自信の表れでもあっただろうが――おそらく、切実な筋力値不足による回復薬の個数制限という背景もあった筈だ。

 コメント欄にその推測を投下しておく。そうなのか、と割と余裕そうに見えた少年のプレイスタイルの実態を知り、意外に思う趣旨のものが返って来る。

 ふと、文字に起こすのはいいな、と思った。混乱し、纏まりのない思考を文字に起こす事で、いま自分が何を軸に考えているかの整理が出来る。()(ねん)、事態の根幹も把握しやすくなる。

 どう足掻いても物書きが()には向いているらしい。

 流れていくコメント欄が、()が投下した内容への反応で流れていくのを見ると、ひしひしとそう思う。

 

 

 ――おい、コイツ逃げる気が無いみたいなんだが。

 

 

 その中で、(残影)の動きに対するものが流れた。

 視線を戻せば、地響きを立てて追い付いて来た十数体のネペントに対し、少年は左手に剣を握り直し、構えていた。

 

「まさか――!」

 

 死ぬ気か、と思考が過ぎる。

 この後に()と会う事になっているから実際死にはしないのだが、『死ぬ気であった』という事実が生じるのであれば――()は、当時の自分を殴りたい気持ちになる。

 ――そうでなくとも、こんな事が起きていたのに察せなかった時点で、殴りたくなるのだが。

 

『――――っ』

 

 少年が駆けた。声は無い。聞こえて来るのは中継カメラが仔細に拾った鋭い吸気、それを止めて走り出す音だけだ。

 体力はギリギリ三割を超えて黄色に戻ったが、依然として危険な状態には変わりない。更に回復手段を喪っている。武器はまだ使えるだろうが片腕を喪っている。敵の数は十体を超えている。

 

 だが――彼は、相対する敵を瞬く間に(じん)(さつ)していった。

 

 迫る群れの最前列に並ぶ七匹のうち、右側の二匹が腐食液噴射のモーションに入っていたのを見咎め、彼はチャージ中で停止している二体に全力ダッシュ。次いで、剣に蒼い光を迸らせ、弱点であるウツボ部分と茎の接合部を横斬りで切断した。ウツボ部分が上に飛び、一撃で二匹が即死する。

 

『シャアアアッ』

『ギュグァッ』

『――――』

 

 同胞を殺され、怒りに吼える(きっ)(かい)な植物に、彼は無色の睨みをくれる。ツタが振るわれた瞬間、技後硬直から解放され、動き出した。

 ――あとは、もう流れ作業であった。

 三十体以上の群れを一人で相手し、体力の半分を喪いながらも二十体は屠った少年だ。

 十数体を残り四割ほどの体力で倒し切ったのは、およそ一分後の事だった。

 

   *

 

 ネペントが粗方狩り尽され、静けさを取り戻した森に、ひとりになった少年が立ち尽くしていた。

 茫洋とした眼で、焦点を定める事無く、()()()()()に再現された夜景を仰いでいた。少しして踵を返し、彼は村に戻るべく東へと進み始めた。

 ――場面が飛ぶ。

 少年はホルンカに戻っていた。体力と剣の消耗具合が変わらない辺り、二人がかりの乱獲から《実付き》の引き寄せで多少ポップが枯渇したようで、モンスターとエンカウントせず帰ったようだった。

 時刻は――夜十時。デスゲーム・オープニングセレモニーからおよそ四時間が経過していた。

 

 ――記憶にある時間だ。

 

『ナァ、そこのキミ、キリトじゃないカ?』

 

 そう思ったのと、覚えのある――――あり過ぎる声が動画から聞こえてきたのは、同時だった。

 それは少年の背後からの声。

 村の西側から戻って来た少年にそう声を掛けたのは、一人の女だった。語尾に特徴的な鼻声がかぶさる甲高い声の人物は、彼より頭一つ半ほど背の高い、すばしっこそうな装いのプレイヤーだった。防具は彼と同じく全身布と革。武器は左腰に小型のクロー、右腰の投げ針、そして後ろ腰の短剣。ホルンカへの道中でもやや不安が残る装備だが――そも、このプレイヤーはマトモな戦闘を避けるスタイルを取る。

 敏捷値極振りによる逃走だ。

 それでは筋力値補正が低くなり、高威力、高耐久値の装備は使えない。そのため最前線で戦う事はほぼ無かった。

 そうまでしても《圏外》で活動していた、稀有なプレイヤーは――――

 

『――その独特のイントネーション……アルゴ、か?』

『大せーかいだよ、キー坊』

 

 振り向いた少年に、にひっ、と。自分で声を出しながらはにかむ()

 かわいい、というコメントが流れる。

 ――それに返す事も出来ない心境だった。

 

『……アルゴも、攻略に?』

 

 か細く、覇気のない声。

 ――当時は、疲れてるんダナ、という思考で流した覚えがある。

 なにしろデスゲーム初日だ。こんなに幼いなら、むしろ圏外に出ていただけでも驚きである、と。そう真っ当な思考で流していた。

 ……誰も、見抜けなかったに違いない。

 見抜けなかった()()()が、首を振った。

 

『まさカ。オレっちの生業は、キー坊も知ってるダロ?』

『情報屋か……以前と違う姿になってるのに気付けたのも、誰かから聞いたのか』

『そーサ。クラインってバンダナ男、キー坊の知り合いダロ? アイツ、セレモニーから一時間ちょっとしてから、急に人を集め出してサ。聞けばホルンカまでの情報データっていうからたまげたヨ……そんな事するの、ベータでオレっちの手伝いやってたキー坊しかあり得ないダロ?』

 

 人が多かったから名前は訊かなかったし、クラインもその辺は――別れ際の言葉で《ニュービー》と《ベータテスター》の軋轢を察して――明かさなかったから、その時点では確信は持てていなかったのだが――最前線で自分より背丈の低い子供を見た瞬間、理解したのだ。

 あの子供はキー坊だ、そしてあの情報を渡したのも彼だ、と。

 そう、にやけながら言うアルゴに、彼はそう、と薄い反応を返した。

 過去の()が怪訝な表情を浮かべる。

 

『……なにかあったのカ?』

 

 訝しげに問うアルゴ。それに対し、彼は夜の空を振り仰ぎ――

 

『デスゲームの洗礼を受けた……それだけ、だよ』

 

 ――虚ろな目と声で、そう言った。

 

『ふーン……やっぱ、ベータと違いがあったのカ?』

『そりゃあ、もちろん』

 

 当時。()は『デスゲームの洗礼』という言葉を、ベータと違う挙動や仕掛けがあって、それに痛い目に遭わされたという意味で取った。ベータ時代であらゆる情報を探っていた自分達では未知に苦しむ事が茶飯事だったからだ。

 だが――彼の過去を見た今なら、それは誤謬であった事がよく分かる。

 『デスゲームの洗礼』。

 『ベータとの違い』。

 あって当然だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐らく誰よりも速い洗礼だった。命を懸けた人対人の殺し合いを、彼は誰よりも速く、人の狂気と共に受けていた。その末に――誰よりも早く、人をその手に掛けた。

 だが、()はそれを見抜けなかった。

 ――少年は、嘘が下手だ。

 だが誤魔化しは途轍もなく上手い。それこそ、こちらが違和感に気付かなければ、まったく気にならない程に整合性が取れている。言葉選びが上手い。彼の身に起きた『洗礼』は人との事だったのに、()にMobの挙動についてと思われる言葉の選び方がそれを証左している。

 それを後押しするように、これがデータ、と。羊皮紙の束になった情報の山をストレージから取り出した。

 ()の注意はそちらに向けられる。

 ――少年が、微笑んだ。

 

『アルゴ。それを、出来るだけ早く、ここに来る人達に渡して欲しい。実付きの事、クエストキーのドロップの仕方、弱点――それと、オレンジカーソルとMPKの可能性について』

 

 最後に。彼は、自身の身に起きた事を告げていた。

 

『ン、任せロ。そいつはオレっちの仕事だからナ』

 

 だが、当時の()は、彼がソロであった事を疑わなかったし、時間的に他のプレイヤーが帯同していたなど考えていなかったから、まったく疑問に思わなかった。

 ああ、そういう事もベータにあったからナ、という程度の思考。

 言うべき事、渡すべきものを渡したからか、彼が移動を始めた。村に帰って来たばかりだからクエスト報酬を貰いにいくのだろう。

 

『――なぁ、キー坊』

 

 そんな少年を、アルゴは呼び留めた。視線は変わらず羊皮紙に注がれている。少年は、足を止めた。

 背中を見ないでいる女と背中を見せたまま足を止める少年の間にある微妙な距離が――いまは、どうしようもなく遠く思える。

 

『なに?』

『デスゲームって……ホント、だと思う?』

『――――』

 

 そう、()の知らない青年と、同じ問いを向け。

 

 

 

『――全部終わったら真実は分かる。今は、事実だと思って動くしかないよ』

 

 

 

 彼は、違う答えを返した。

 ――まるで、青年を殺した事が、嘘になって欲しいと。

 そう願っているような言葉選び。

 

『……死ぬなヨ』

『アルゴこそ。情報屋として動くなら、人との付き合い方には注意しないと』

『ニャハハ、そうだナ。オネーサン恨まれてたもんナー』

 

 カタカタと、体を震わせながらも陽気に笑う。少年の前で弱い所を見せないようにと必死に取り繕う。

 ――それを、少年が横目で見ていた。

 ()は、それに気付かない。デスゲームの恐怖に囚われている()にそんな余裕は無かった。

 

『――フレンド登録、しておこう。助け(手伝い)が必要なら呼んで()()

 

 そんな()に、彼は登録の誘いを送った。

 ――当時の感情は、今でも鮮明に残っている。

 右も左も分からない、誰も信用できない闇の中で――一条の光を見た瞬間のような、安堵と幸福。

 

『そーだナ! 偶然会うなんてコト、もう起きないかもだしナ!』

 

 一も二も無く飛びついた。震える手で受諾の〇ボタンをタップし、正式版(デスゲーム)初のフレンドが出来た事に喜んだ。

 それを見て――少年も、笑みを深くした。

 

『――アルゴ』

『ン?』

 

 

 

()()()()()

 

 

 

『――ああ、またナ!』

 

 別れは短く、唐突に。

 再会を約し、道を分かった。

 

 


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