インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:キリト(現在)、直葉(ぶっちゃけ誰でもry)

字数:約一万四千

 SAO編第四章《孤独の剣士》でのイルファング・ザ・コボルドロード戦の加筆修正版――の、ようなモノ!

 ではどうぞ。




番外7 ~A lemnant of the Death Game~

 

 

 

『人には、希望が必要だ。目に見える明確な希望が』

 

 ――()()が変わる。

 

『――しかし、希望があっても、ヒトは独りでは生きられない。《(むれ)》を作らなければならない』

 

 ――()()が変わる。

 

『人には、《悪》が必要だ。眼前に敵意をぶつけられる《悪》が』

 

 ――()()が変わる。

 

『――しかし、ただの《悪》ではダメだ。全てのヒトが団結し得る理由がなければならない』

 

 ――――()()が変わる。

 

 《黒》を纏い、両刃の直剣片手に少年が駆け、何人、何十人と、人々が怪物の魔の手から救われていく光景がぶつ切りの繋がりで移されていく。

 時に子供。

 時に大人。

 時に老人。

 文字通り、老若男女問わずの救出劇が繰り返される。

 その場所も場面場面で変化する。

 時に草原。

 時に森林。

 時に迷宮。

 場所を問わず、相手を問わず、只管に繰り返される人々の救出劇。

 

『死にたくない、死にたく――――』

 

 ――それも、全てが成功という訳ではない。

 ばしゃぁっ、と。

 《黒》の目の前で力尽き、(たお)れ、五体を四散させる者もいた。たった一歩間に合わなかった。たった一手、足りなかった。それだけでどこかの誰かは死んでいく。

 

『お前が、もっと早くに来ていれば――!』

 

 間に合わなかった救いの手を、怒りの眼で見返す人が居た。

 

『ジブン、どう落とし前付けんねや――!』

 

 利己に走った人間を、憎悪の眼で睨むヒトが居た。

 

 

 

『――剣士さん。助けてくれて、ありがとう』

 

 

 

 筋書き通りに、感謝を述べる()()が居た。

 

「――――」

 

 かつて経験した事象の追想にして追体験。サーバーにログとして記された電子の再現世界。

 只々、眺める。

 目に焼き付けるように。

 己を顧みるように。

 己の眼、己の記憶よりも鮮明な客観の(かん)を以て――

 

「――――チッ」

 

 ()()()()舌を打つ。

 受け容れ、飲み干した筈だが、未だ完全では無かった事が明らかになる。動揺、苛立ちは、翻せば自分自身受け容れ切れていないモノがあるという事実に他ならない。

 この場合――そして、これを見せられているのも、同じ理由。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 廃棄孔は関わっている。

 だが、《核》ではないと、そう確信を抱く。

 アレは()()すべてに対する絶望、憎悪を募らせ、凝縮して生み出された獣。『世界を滅ぼせ』と、そう自身に制約を掛けた存在。何もかもを殺し尽さなければ気が済まない殺意の化身。

 もしそれが《核》であれば――あの少女はおろか、こうして人を救う場面など映されていないだろう。

 

 ――ならば、浮遊城を狂わせるに至った廃棄孔という名の《織斑一夏》の憎悪そのものとおよそ一万人の負の想念、七色・アルシャービンが集めた数十万人の想念の集合体《クラウド・ブレイン》の二つを纏う《核》とは一体何か。

 

 廃棄孔をも取り込んだ、廃棄孔でない別の存在は――――

 

「――どうあれ自分と戦う事に変わりはない」

 

 そう、呟く。

 口の端が歪む自覚。嘆息する心境だが、嗤わずにはいられない。それは己を客観視した事で得た心境。己の意地汚いまでの執着を見せられればそうもなる。

 最初に一万の負の残影との死闘。

 それでも物量差では()()()()と知って、方針を転換した結果、今の追想に至っている。

 ヤツは、こちらを心から殺す腹積もりだ。

 

 

 

 キリト(織斑一夏)の言葉は、誰よりもキリト(桐ヶ谷和人)を傷付け得る――――

 

 

 

「……長く、なりそうだ」

 

 嘆息と共に、手に提げていた巨剣を眼前に突き立て、完全な静観の構えを取る。剣の柄先に右の手、左の手と重ねて置く。

 

『――――こん中にワビィ入れなあかん奴らがおるはずやで。いままでに死んでいった三百人に詫びを入れなあかん奴ら――βテスターが』

 

 視線の先では、片手剣にしてはやや大型のものを背負ったサボテンのように尖った髪型の男が、その名の通りに《黒》へ噛み付く光景が広がっていた。

 

   ***

 

 現在日時、二〇二五年五月九日午前二時半

 

 ――再現日時、二〇二二年十二月二日午後十時三〇分。

 

 ベータテスターである事を特定し、個人の装備性能を晒し、弾劾する場から六時間半が経過した夜半の情景が映し出されている。どこの街かは不明だが、屋内が再現されていた。

 最低でも二十畳はあろう屋内。東の壁にあるドアには【Bed room】の掛札があり、反対の西の壁のドアには【Bath room】の掛札が掛けられている事から、並みの宿屋ではない広さを持っている事が窺える。丁度も素朴ながら牧歌風の雰囲気抜群だ。

 その屋内に再現された人影は二つ。

 片方は丁度の一つである柔らかそうなソファに深く腰掛けていた。こちらは茶色のローブを纏っている小柄なプレイヤー、頭上には《Argo》の名前がある彼女は、珍しくフードを外して素顔を晒していた。コップになみなみと注がれた乳白色の飲み物を時折傾ける。

 そんな彼女と同席する、ベッドに腰掛けた人物――《黒》。

 彼はベッドの傍らに置かれているサイドチェストに無骨な片手直剣を立て掛け、代わりに数十枚もの羊皮紙を手に取り、めくって検分していた。

 

『――なぁ、キー坊。本気でいくのカ?』

 

 両者の間に満ちていた沈黙に耐えかねたかのように、少女の方が口火を切った。

 一瞬、少年の眼が羊皮紙から外れ――すぐに戻る。

 

『それは、ボス戦の事?』

 

 端的な問い。

 アルゴも、小さく頷く事で応じた。

 

『キー坊の実力はベータの頃から知ってル。単独で十一、十二、十三層のボスをぶっ倒したのを見たからナ……でも、キー坊だって分かってるダロ? SAOはもう遊びじゃなイ。何が落とし穴になるか分からないんダ』

『それは、多分ベータ経験者の中でも俺が一番理解してるよ』

 

 ぺらりと、羊皮紙が(めく)られる。

 ――少女が持つ木製のコップが、僅かに震えた。

 

『――ベータ出身者の死者はおよそ三〇〇人、だったか』

『……アア』

 

 確認するような少年の声に、少女は力なく返し、項垂れる。彼女に浮かんでいるのは苦渋と哀しみ。助けられなかった、という優しき悔恨の情だ。

 少年は、手元から顔を上げ――数瞬、眇めた眼で彼女を見た。

 それから手元の羊皮紙へと顔を戻す。

 

『ベータ終盤のログイン率からするに正式版に入ったのはいいとこ九〇〇に届く程度。推定死者数一〇〇〇人の内、外部要因で亡くなった二四三人を除いた約七五〇人の内の約三〇〇。死者の割合で言えばほぼ四割ジャスト。この一ヵ月でベータ経験者がそれだけ死んだんだ。俺達がどれだけ情報を集め、拡散しても、それほどヒトは死んだ。俺やアルゴと違ってパーティーを組み、俺達と違って情報を晒された既知のものであってもだ』

 

 やや力の籠った声音で少年が言う。まるで、吐き捨てるように。

 しかし、表情に変わりはなく、穏やかな眼は手元の紙面に記された文面を追うばかり。

 

『ヒトと組んだところで何れは死ぬ。敵が強いか、自分が弱いか、あるいは――ヒトの裏切りでかは、分からないが』

 

 一瞬、何かに耐えるような間を入れ、吐き出された言葉は初日の体験があったからか。あるいは心底からヒトを信用していないが故の言葉なのか。

 武を教える頃に彼の事を知った自分は、後者だろうと悟っていた。

 

『どのみち、俺は出なければならない。レベル24は紛れもなく現時点での最高戦力だ。これを腐らせれば、それこそ人から命を狙われる』

 

 ふ、と皮肉げな笑みで片頬を歪ませた少年は、数十枚の羊皮紙の束――《アルゴの攻略本:第一層ボス編》をストレージに仕舞い、剣を肩に担いだ。

 ばっと、少女が顔を上げる。

 表情は複雑。止めるに止められない――でも、本心では止めたい。そんな顔。

 

『――こんな時間から、狩りカ。明日はボス戦なのニ』

『だからこそだ。命懸けのボス戦を前に、どれだけ自己強化を重ねても無駄じゃない筈だ』

 

 剣を背に吊り、出口に繋がっているだろう扉へ向かう少年。

 

『……キー坊のレベルじゃ、どれだけ雑魚Mobを倒したところで、ギリ二桁貰えるくらいダロ』

『零じゃないだけ遥かにマシだ。一でも貰えるなら、レベルアップに文字通り一歩近づく……生きる為ならそれくらいして当然だ』

 

 背を向けたままの答え。少女は、明らかに表情を歪めた。

 

()()()()()()

 

 ――その言葉が放たれた途端、少年がドアの前で歩みを止めた。

 

『一時間、二時間どんだけ頑張っても、千には届かなイ。レベルアップなんて見込めない。それならもう休んだ方が身のためダ。疲労を取って、集中できるコンディションを整えるのも、戦いの準備ってモンダロ』

 

 特に今日は気絶してエギルの旦那に担がれたんだからナ、と。少女は付け加えた。

 

『……非効率、か』

 

 ドアを目の前にして動きを止めた少年が、そう呟き、くるりと振り返った。それに同期して少女が立ち上がる。

 ――二人の視線が交錯した。

 髪色と同じ色の眼が互いを見据える。

 

『――生憎と、俺は非効率な人間でね』

 

 先に口を開いたのは少年だった。

 浮かべられたのは苦笑。肩を竦め、小さく笑っていた。

 

『生まれつき、下に観られていたせいかな。()()()()()()()()()()()()――と。そう考えるようになってるんだ』

 

 己を皮肉り、嘲る自虐の言葉。

 ――それは同時に、己を縛る自戒の言葉だ。

 思い上がるな、と。己を上と考える思考全てを否定し、己を最底辺に置く、生まれながらの弱者の精神。それでいて、上を見上げて吼える叛逆の心に満ちた弱者の雄叫び。

 たかが一の成長だ。

 ――だが、それでも一つ、成長している。

 生まれながらの弱者の彼は、万人が落胆するだろう《一の成長》すらも重要視していた。

 

 

 

 故に――足りない、と。

 

 

 

 彼は、どこまでも貪欲に求める。《強さ》を求める。《強さ》を手にする為の全てを求める。たかが一、それでも一。僅かでも近付くのであれば――彼は、自身に許された限界ギリギリを、()()()()()()求めて歩む。

 それほどに、強い呪いが掛けられている。

 生まれながらの弱者。ずっと見上げ続けた頂点の輝き――(世界)(最強)に追い付かんと求める願望が、歩みを止める事を許さない。

 それを補強するように塗りたくられた『コペルの死』。

 ――世界の全てが終わった日の時点で、彼の歩みは止められないものとなってしまった。

 もし、仮に歩みを止めるのは――彼が死ぬ時だ。

 

「和人……」

 

 ぎゅっと、液晶に照らされた己の手を強く握る。

 ――今から十一か月前の事を思い出す。

 彼の全てを否定し、彼の在り様を拒絶して、《織斑一夏》の芯を砕く殺しの(言葉)を吐いた日の事を――あたしは、よく憶えている。

 あたしの刃が彼を斬る事は無かった。それを阻む圏内領域での戦いだったからだ。

 もし圏外でやり合っていれば――あたしは、為す術も無く命の数字をゼロにされ、死んでいただろう。

 それほどに彼は強者だった。

 ……強者でなければ、ならなかった。

 それが彼の在り方であり、《織斑一夏》足らんとしていた少年を縛っていた呪い。

 死んでしまえば奪った命を無意味にしてしまう。

 生きなければ人々の希望となれない。

 ――根幹にあった《実姉》への憧憬は、何時しかそれらを支える柱となり、楔となっていた。

 それこそが《織斑一夏(キリト)》の源泉であり、根幹。故に、生まれながらの弱者としての根幹が全ての原動力であり、彼の言動の根底に根付いている。

 

 ――正気ではない。

 

 生まれながらの強迫観念とデスゲームという環境による責務感、故意でないにしても人を殺めた罪悪感が、彼の呪いと化し、最前線から逃げられないよう縛り上げている。

 自由意志を、自らの意志で押し殺す。

 選択の自由を、自ら否定し、捨てる。

 無意識でも恨み、憎み、絶望した末に信じない事を決めた()()を、自らの意思で救わんとするその矛盾――己の憎悪を自覚、理解し、飲み込んだ果てに今がある少年は、何を想って見ているのか。

 剣を突き立て、柄頭に両手を重ねて静観の構えを取る彼の表情は、無だ。全てを悟ったような顔で――同時に、判決を待つ罪人のような眼で、己を顧みさせられている。

 義姉(あたし)に否定され捨てたかつての在り方の原点を強制的に回顧されているというのに――無。

 

「――――っ……和人……」

 

 ザワリと。あたしの胸中が、ざわついた。

 

『キー坊……』

 

 同期したように、愕然とした面持ちでアルゴが少年を見つめる。およそ一ヵ月間、普段は別行動ながら裏で共謀していた間柄にある筈だが、それでも彼の思考を知ったのはこれが初めてらしい。

 そこまで少女の方が踏み込む余裕を持てなかったか。

 あるいは、少年が少女をそこまで信用していなかったか。

 ――両者の間に、また沈黙が流れた。

 

『――日を跨ぐ頃には戻る。ここに泊まるなら好きにしてくれ』

 

 フ、と苦笑を浮かべた少年が踵を返し、ドアに手を掛けた。

 そこで、少女が口を開く。

 

『泊まル。日を跨いでも帰って来なかったら、無言メールを送り続けてやるからナ。あんまりオネーサンを待たせるなヨ?』

『――おねーさん、か』

『なんだヨ』

『いや……少し、懐かしくなっただけだよ』

 

 ――少し眉尻を下げて、少年がそう言った。

 そして、扉が閉じられた。

 

 

 

  ――場面が変わる。

 

 

 

 内部時間、二〇二二年十二月四日。

 夜の屋内での密談から、四十人以上の集団が連れ立って白亜の塔内を進んでいく二日後の光景に変わった。

 その最中に二足歩行の獣《コボルド》や第一層最強格の《リーフェン・ウォルフ》をはじめとした敵Mobを、たった一人で駆逐していく《黒》の少年が際立っている。何故なら、集団はその後ろを付いていくだけだからだ。集団の近くに敵が現れる時には後退して倒しており、ポップは流石に不意を突かれるも、罵倒を浴びながらも迅速に首を飛ばして即死、処理していく。

 レイドでソロという、あまりにもあまりな扱いではあるが、少年自身はそれを受け容れている。

 僅かではあるが、経験値や時にポーションを手に入れる可能性があるドロップアイテムを独り占め出来るから――と、キバオウというプレイヤーが暴れた会議時の問答で返し、周囲を説き伏せていたが、アルゴとの密談を見ていればそれが真実であると分かるものの、彼の初日からの行動を考えればそれだけではない事も瞭然の事実。

 欠員を来す僅かな可能性を排し、レイド全体の戦力を疲弊、損なうような事態を避けようとしている――だけではない。

 そうやって己の強化を優先する利己的な行動、言い分を取る事で、後の《ビーター》の由来、思想の印象を強くさせようとしている事が分かる。

 まぁ、命懸けのレイドボス戦を前にする行動である事を考慮するとほぼ利他的としか思えないのだが、この時点ではまだ経験も覚醒もしていないデスゲーム一ヵ月目のプレイヤーだ。拙いのは当然である。

 

 ――その拙さは、経験の無さに根ざしたものでない事も、当然だ。

 

 少年は人の温かみを求めている子供に過ぎない。

 映し出されている光景は、もう後戻り出来なくなる――その、最後の一手を打つ前段階。無自覚だろうと迷いが生まれ綻びを作るのは当然なのだ。

 しかし、止まらない。

 残影だから、ではない。干渉できないからではない。

 そこで止まる事を、少年自身が拒絶しなければならないからだ。

 ――戦いの火蓋が、切って落とされる。

 玉座に座っていた巨大なシルエット――獣人の王《イルファング・ザ・コボルドロード》が、石扉を開いて侵入した四十数人の人間を目にした途端、玉座に立て掛けていた無骨な白骨の斧と円盾を手に取り、(アギト)をいっぱいに開き、吼えた。

 玉座の前で長棍棒を立てて敬礼を取っていた取り巻き――《ルインコボルド・センチネル》達も、立ち上がり、武器を構える。

 

 ――瞬間、《黒》が(はし)った

 

 《12》《13》が多い集団の中で《24》と突出した数字を持つ《黒》は、ボスまでの二十メートルほどの直線距離を直走った。応じるように取り巻きのセンチネル達が駆け出し――一秒後、二体が纏めて首を飛ばされ、即死した。残る一体も間を置かず四散する。

 

『グオォォォ―――――ッ!!!』

 

 開戦の咆哮を上げてすぐに部下を殺された事に怒ったか、王たる獣が跳び上がり、《黒》に斬り掛かった。

 彼が避ければ後方で固まったままの攻略隊に突っ込むだろうその軌道。

 

『ァ、ア――――ッ!』

 

 対する《黒》は左腰に回して構えた剣に蒼い光を宿らせ、一閃。振り下ろされた巨大な刃と真っ向から衝突させ、重量さをものともしない力強さで腰を落とし、踏ん張り――弾き飛ばした。ダメージはない。筋力値で大きく負けていない、という事だ。

 チラ、と少年は後方を()()り――獣が着地した音で正面に向き直った。

 

『――そ、総員、攻撃開始ィ――――ッ!』

 

 呆気に取られていた集団の中で、少年の視線で我に返った蒼髪の騎士ディアベルが声を張り上げる。応じるように集団が声を上げて進軍した。

 

 ――()()が変わる。

 

 内部時間で三十分後。

 コボルドロードの体力は、四段ある中の最後の一本に割り込み、体毛と同じ赤色に染めたところからだった。キリトの表示レベルが《25》になっているのは、取り巻きコボルドを一人で殲滅していたからか。それも飛ばされたのは、あまり大きな変化ではなかったからだ。

 逆に言えば――そこから、大きな変化が現れるという事だ。

 

『ウグルォォオオオオオオオオオ―――――ッ!!!』

 

 まず、コボルド王が大きく吼えたと同時、右手に持っていた(こつ)()、左手に構えていた円盾を同時に投げ捨て、後ろ腰に刺していた巨大な武器の柄を右手で掴んだ。ぼろ布が粗雑に巻かれたそれを一息に引き抜く。

 ――引き抜かれたソレは、反りの浅い無骨な刀剣。

 粗雑な鋳鉄――西洋に由来する曲刀や直剣などの製造方法――のテクスチャと異なる、鍛えられ、砥ぎ挙げられた鋼鉄の色合いがギラリと光を反射している。

 野太刀だ。

 ボス用に改造されているのか、一目ではそう見えないほど巨大化され、超重量級の刀剣・斬馬刀に匹敵するレベルになっている。見るからに威力の高そうな武器だ。

 アレを、あの子は単独で、この状態になるまで攻め込んでいたのか――

 

「――――っ」

 

 そう思考した瞬間、ある予想が構築された。

 攻略会議で提供出来るレベルまでデスゲーム版の情報を集めていた彼は、常に戦闘をソロで行っていた。その際に得た情報をアルゴに渡し、《攻略本》にして、一般プレイヤーに流布していた訳だが――彼がその気になれば、一人でコボルドロードを討てたのではないか。

 取り巻き二匹を一秒未満の内に殺せるのだ。取り巻きなど、ほぼ居ないに等しい。

 加えてボスの力技を真っ向から返せる地力(ステータス)。ベータ、偵察戦での経験。それらがあるのだ、彼はソロでもコボルドロードを倒し、第二層への道を開けた筈だ。

 だが――そうしなかった。

 攻略集団の決起をも狙っていたからだ。

 自身一人では攻略できない、という卑屈ながら当然の思考が己一人の先走りを良しとしなかった。集団を決起させ、それの瓦解を封じる為に――彼は、後に至るまでソロで偵察戦を行って戦力の欠損を回避する術を探し、人知れず入り込んでいた異常者達と裏でやり合った。

 ――恐ろしい、と。

 そう素直に思った。

 出来る事はする、というのが彼であると理解しているが――よもや、そこまで、だったとは。

 

『――カタナスキルの中に、全範囲のスタンスキルがある! 一旦距離を!』

 

 そう驚愕する中で、更なる違和感を齎す少年の声が耳朶を打った。

 ――《攻略本》というボス対策本を出している張本人が、敢えて言葉で忠告した。

 それだけならただ思い出させ、注意を喚起しただけの一幕だが――違和感は、ディアベルの反応だった。まるで初めて知ったように瞠目し、集団に声を投げたのだ。加えて()()()()()に反発するように前進するキバオウ達。

 もし《攻略本》情報であれば、命惜しさに後退したか、ディアベルが事前に指示していた筈だ。

 で、あれば――

 

「わざと、情報を抜いていた――?」

 

 声が震える。

 ――そこまで……そこまで、囚われていたのか。

 ある意味での自作自演。《攻略本》に載っていない情報を、元ベータテスターとして反感を抱かれている彼が口にした。それはベータテスター達によって作られているとされる《攻略本》に情報提供していない――と、そう取られてもおかしくない行動だ。情報を独占していたのだ、と。

 それは、《利己的な元ベータテスター》という誹りと風評を受けるに十分過ぎる事実。

 なまじボス攻略――ひいてはデスゲーム攻略は、囚われた全プレイヤーにとっての悲願。ボスの情報となれば攻略に積極的でないプレイヤーも情報提供を惜しまないだろうし、実際当時のSAOは《攻略本》を通して生産職などで力になる選択を取ったプレイヤーが多く存在し、アルゴも一部の協力を得てボスの情報収集を行っていたという。希望の架け橋となり得る最初の一戦、異常者達があまりいなかった頃であれば協力するプレイヤーは多かった筈だ。

 その流れに反するような情報の秘匿。

 知っていたなら何故会議で話さなかった――と、そう詰問される未来は見えている。

 ――それをするだけの敵意を見せている人が、既に居る。

 後は、詰問させ、敵意を集める演技を講じる機会を作り出すだけ。

 

「――狂ってる……」

 

 (おそ)れを抱き、そう洩らす。

 だが――嫌悪は、湧かない。そうまでして人を護りたかった――護らなければと、自身を追い詰めていた事をあたしはよく知っている。義姉に殺意を向けてまで己の道程を護ろうとした姿は記憶に焼き付いている。

 ――畏れに震えるあたしを他所に、戦闘は進む。

 刃を向ける人間に、獣の王が刃を振るった。血色の光を纏わせながらの連撃。唐竹の一の大刀でキバオウを、逆風の二の大刀で後続の曲刀使いリンドを斬り裂き、纏めて拘束。

 トドメとなる刺突を放つ――その瞬間、野太刀の鋭利な切っ先と纏めて宙に浮かされた男二人の間に《黒》が割り込んだ。ガギャァッ、とけたたましい金属の衝突音が響き、三人が纏めて後方へ吹っ飛ぶ。貫かれはしなかった。

 体力を大きく減らしながらも間一髪助かった男二人は、傍らの少年に何か言い募ろうとした。

 その時、ばきりと音を立てて少年の剣――アニールブレードが折れるが、大の男二人は気にも留めない。ボス戦の中で主武装を喪う意味、そして、そのボスに背を向ける愚行を考えるより、元ベータテスター憎しという感情の方が勝っているのだ。役立たず、邪魔だと言っている二人の方が余程邪魔だろうに。

 しかし、獲物を殺せなかったと不満気に息を漏らす獣の王が距離を詰めたのを見て、二人も動きを止めた。

 宙に跳ね上げられるスキルの衝撃を受けながらも手にしたままだった武器を構えようとするが、隙だらけだ。間に合わないだろうし、間に合ったとしても碌な体勢では無い。防御を食い破られ絶命するだろう。

 二度、振るわれる血色の刃。

 ――二度、阻む鈍色の直剣。

 刃折れ、膝を突いていた少年が剣を片手に立ち上がっていた。

 彼の眼前には広げられたメインメニューがある。武器系スキルのModの一つ《クイックチェンジ》を用い、左手にセットしていたもう一つのアニールブレード――コペルのスモールソードと融合させた剣――を取り出し、キバオウとリンド、そして己を纏めて殺さんとする三連撃スキルの初撃を弾いたのだ。

 モーションから大きく外された事で、コボルド王はシステムから硬直を課される。

 

『こっちに――!』

 

 その隙にと、キリトは立ち尽くす二人の襟首を右手で纏めて掴み、引き摺りながら後退。集団がいるラインまで下がったところでポーチから小瓶を取り出し、一息に飲み干す。ぐぐっと緑のゲージが七割まで戻り、自然回復のアイコンも付与される。

 

『グルル――』

 

 そこで、コボルド王の硬直が終わった。カタナを片手で持ち突進の構えを取る。

 対するキリトも、剣を右手に持ち直し、同じように突進の構えを取った。

 ――剣を片手に、後ろに引き、半身で構える獣と人間。

 残る体力、互いに七割。

 彼我の距離、およそ十メートル。

 人間の間合い、およそ一メートル。獣の間合いはその倍以上。

 ハッキリ言って、一対一では人間の分が悪い。しかし――勇気ある人間は、そこには居なかった。だが敵意に滾り背中を刺す輩も今は止まっている。

 ――画面越しにも、獣と人間の間に漂う緊迫感は伝わって来る。

 

『『――――』』

 

 初動は、同時。

 コボルド王が左の腰だめに構えた野太刀から緑の光が迸った瞬間、キリトが握る直剣には青い輝きが宿り――半秒後、激突。横薙ぎに振るわれる重量武器に対し、矮小な鈍色の長剣が縦斬りで阻んだ。

 甲高く響く金属音。

 弾け、宙に溶ける大量の火花。

 ――互いに刃は弾かれ、体は圧に負け、後退した。

 

『グルァア――――ッ!!!』

『うおァあ――――ッ!!!』

 

 しかし、眼前の敵を屠る――その目的が合致している獣と剣士は後退を拒絶した。ずだん、と強く大地を踏み抜き、後ろに下がろうとする体に制動を掛ける。

 そして、生じた反発力を用い、発条仕掛けのように飛び出した。

 次はスキル無しの通常攻撃。システムに規定された動きでは無く、固有のAIと状況に応じて繰り出される千変万化の攻撃を、瞬時に腕の振り方、姿勢――そして、獣王の眼から読み取り、刃を合わせ、剣士は攻撃を捌いていく。

 ――カタナとは、頑丈さを捨て、鋭さを極めた刀剣だ。

 湾刀(タルワール)は《曲刀》カテゴリの刀剣の中でも肉厚の刀身を持っており、鋳造武器ながら非常に頑丈、かつ頑強な武器。それ故に重く、動きは鈍くなるのがALOでのタルワールとされる。

 世界が異なれどほぼ同一のSAOに於いても同じ性質だとすれば――カタナを振るうボスの攻撃速度は、尋常ではないものだ。スキルは当然だが、通常攻撃とて見切りに半秒も掛けられない。なにせ相手は動く敵。自身の体勢も含めて毎回備えるのは至難の業である。

 こうして見ていても、かなりの綱渡りである事は理解出来た。

 (こと)危うげなのはスキルの相殺。ボスがスキル発動の構えを取り、光を放った直後には武器が動いている。光を見てからでは遅い。構えを見た瞬間から彼も対応するスキルの構えを取らなければ話にならない。それを型のない通常攻撃と織り交ぜながら使って来る。並大抵の者では、ほぼ偶然に頼るしかない防御行動。

 しかも、ソードスキルを扱っていた身だから分かるが――ボスのスキルを相殺するには、ただスキルを発動するだけではダメだ。ボスの攻撃は基本ダメージ、筋力値からして高いため、発動時に体を意図的に動かして技の速度と威力をブーストするシステム外スキルをフルに活用しなければ、筋力値極振りのヘヴィアタッカーでもない限り弾かれる。更にその手のシステム外スキルはハマれば強力なだけにリスクも大きい。少しでも動作の軌道や重心移動を失敗すると、逆にアシストを阻害し、最悪の場合スキルが中断される。

 ――そんな、失敗する要因と綱渡りの要素が多過ぎる応酬を、彼はただの一度も失敗せず繰り広げていた。

 コボルド王が持つ野太刀。青い光に包まれたそれは、上段から振り下ろされると見せかけ、肘を真下に急落下させる事で軌道を変更。刃はくるりと半円を描き、下段からの斬り上げになる。同じモーションから、使用者の任意で上下に軌道を変更させられる稀有なソードスキル《(ゲン)(ゲツ)》。

 ALOでも刀使いが対人戦に於いて猛威を振るう理由の一つ。あたしが愛用する技であり、読みのミスリードであればコレと言われる程、人によっては嫌悪され、人によっては愛用されるソードスキル。

 

『は、ぁ――!』

 

 それを、少年は、(ホリ)(ゾン)(タル)で破った。

 ――ただ横薙ぎを選択したのではない。

 あの構え方なら、横薙ぎの《辻風》を放ってくると警戒し、()()()()を選択してもおかしくない。

 ただしその場合《幻月》上段モーションと軌道が同じなので諸に攻撃を受けかねない。

 たった一撃で即死しかねないボス相手には、()()()()()()という可能性すら恐怖に値する。

 そんな中、《幻月》に有効な《ホリゾンタル》で対応する判断を下した。

 ――上段から下段へ変える前から、発動するのが《幻月》だと確信していなければ出来ない反応。

 構えの速さ、光ってからの速さを考慮して、思考できる時間は一秒未満。その間に対応出来るスキルを選出し、構え、発動する――それを出来る人が果たしてどれだけ居る事か。

 少なくとも、通常攻撃こそ強みとするあたしには無理な技術である。

 ――それが反応速度の差だ。

 

『――グルァッ!』

 

 《幻月》を弾かれた獣の王が驚愕を滲ませた声を洩らす。

 しかし、すぐ体勢を立て直したと思えば、ぐっと巨体が沈んだ。それから全身の発条を使って高く垂直ジャンプ。その軌道上で、野太刀と己の肉体を、ひとつのゼンマイであるかのようにギリギリと巻き絞っていく。

 全方位攻撃。

 《刀》単発スキル《(ツムジ)(グルマ)》――

 

『は――ぁあああッ!!!』

 

 瞬間、キリトが短く吼えた。

 剣を右肩に担ぐように構え、左足で思い切り床を蹴り――跳ぶ。如何にレベル《25》とは言え、その敏捷力ではあり得ない加速度が彼を付きう動かした。右斜めから襲い掛かろうとするコボルド王に対し、左斜め下から右斜め上へ一直線に()ける翠の輝き。

 《片手剣》単発突進技《ソニックリープ》――

 

『ル――ァアアアッ!!!』

 

 対抗するようにコボルド王も吼え、刀身に真紅の輝きを生み出した。

 ――衝突。

 ()()の如く時計回りに回転するコボルド王の野太刀。それに真っ向からぶつかるように振るわれる直剣。真紅と翡翠が衝突し、鎬を削り――止まった。

 空中で見合うように浮遊する一人と一体。

 ニィ、と獰猛な笑みが獣の口に描かれ――

 

『舐めるな――ッ!』

 

 くわ、と一際見開かれた瞳で剣士が言い――瞬間、翠を喪った鈍色の直剣に、()()()()()宿()()()

 ぎょっと獣が目を剥いたのも束の間。一瞬後には、右薙ぎに剣が振るわれ、弾かれたように玉座へ獣の王が()()戻される。

 ――空中ソードスキル。

 ALOでは至って普遍的。ニュービーには難しいが、飛行や空中戦闘(エアレイド)に馴れてきたなら、今のALOに実装されているソードスキルの習得と空中発動に目を向ける。

 しかし、SAOは飛べない世界だ。

 人として在り、人として剣を振るい、地を歩く中世ファンタジーを舞台とした浮遊城。

 後にワイバーンや空中に留まるボスなどの存在を前に習得する身軽なプレイヤーが居ると言えど、第一層時点ではその思考すら無いだろう。突進剣技が初期技に含まれている武器スキルは多くない。まず時期的に発動以前に戦闘すらままならない者が大半を占める。

 幾らベータテスト経験者と言えど、それを発動させられる人間がどれほどいた事か――――

 

『はぁああ――ッ!!!』

 

 幾度目か知れない瞠目と畏れを抱く中で、宙に残された少年が、剣を突き出し、斜め下へと特攻。その先には地面に叩き落とされて《(タン)(ブル)》状態にあった獣の王の腹。ズブリといやにリアルな音を立てて鈍色の刃が腹をかっ裂いた。

 硬直が解かれた少年は、そのまま光を宿さない剣で猛攻を仕掛けていく。

 ――スキルを使わない、と言っても並みの攻撃では無い。

 まず、速い。速ければ速いほど威力が増す仕様だ。システム的なダメージ倍率が無いとは言えその速さで連撃を加えればボスと言えどタダでは済まない。

 応酬の中で減りの少なかったボスの体力が、目に見えて、かなりの速度で底を見せていく。

 数秒後、少年を蹴り飛ばしながらコボルド王が起き上がった。

 互いの命は、残り僅か。

 ――焼き直しのように、カタナは腰だめに、剣は後ろ手に構えられる。

 (しゅ)()の間、訪れる静寂。

 それを破ったのは――《黒》の剣士だった。

 

『――グルァアッ!!!』

 

 姿勢を低く走る《黒》目掛け、兇刃(カタナ)が振るわれた。居合技《辻風》による攻撃は、ボスが残り体力を大幅に削られたせいか強化されていた。翠の斬閃が飛んだのだ。

 それは呆けていた栗色の女性剣士を筆頭とする集団の眼前まで届き――消えた。

 ――瞬間、《黒》の中から、《白》が現れた。

 幼い痩躯を覆っていた黒のフーデッドローブが、いまの一閃で破かれたのだ。しかし流石と言うべきか斬閃そのものは避けている。当たったのは、たなびいていたローブの裾。斬閃に巻き込まれた瞬間耐久値を喪い、光に散った。圧力で命が削れたが――一画素、残る。

 四散する光が、少年の美貌を照らす。

 ――キラリと、剣が青の輝きを解き放った。

 青い光芒を纏った直剣が、コボルド王の右肩口から腹まで切り裂き――――

 

『う――おああああああああああああああッ!!!』

 

 一画素分残った命を、全身全霊の気勢と共に跳ね上がった剣が消し飛ばした。先の斬撃と合わせてV字を描く軌跡で獣の左肩口から刃が抜ける。

 《片手剣》スキル熟練度一〇〇で習得する二連撃技《バーチカル・アーク》。

 間違いなく、その時点で彼一人だけが到達しているであろう熟練度が為した連続技が、コボルド王の巨躯を切り裂き、宙へと放った。オオカミに似た奧は顔を天井へと向け、細く吼えた。その体にびしっと音を立てて無数のヒビが入る。

 遠くで、吹き飛んだ野太刀が床に突き立ち、ばきりと音を立てて折れた。

 

 

 

 ――それと同時、《アインクラッド》第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は、その五体を幾千幾万もの硝子片へと盛大に爆散させた。

 

 

 

 カチカチと、歯車が動き始めた――――

 

   *

 

 

 

「――――嗚呼」

 

 思わず、感嘆を洩らす。

 どうしようもなく魅入ってしまった。

 剣筋は荒く拙さが目立つ彼の剣は――(想い)に、燃えていた。ただただ必死。ただただ懸命。故に――故に、無双(双つと無い)

 ぶるりと、手が、背筋が、全身が――魂が震えた。

 この時ばかりは、きっと。彼の頭からはしがらみや呪いは一切消えていた筈だ。絶対勝つ、と。彼の口から聞いた事が無い想いが、脳裏を占拠していた筈だ。負けてはならない、なんて()()に縛られた思考なんて欠片も無かった筈だ。

 そうでなければ――嘘だ、あんなの。

 

「叶っちゃいけない、不謹慎な、事だけど――」

 

 

 

 あの剣を、あたしもその場で見たかった――――

 

 

 

 胸に仕舞った願い。

 それを叶えている(ライ)(バル)達が――彼の予定通りに動かされる者達への想い以上に、(ねた)ましく思えた。

 

 

 






桐ヶ谷和人(キリト)(現在)
 己の過去を洗いざらい全世界配信されちゃっている事に気付かずいま見せられている映像が己へのダメージとするものだと察した主人公。
 ハッキリ言って後で死にたくなる事態である()
 思考や心の声だだ漏れの独り言が少ない点が僅かな救いか。でも過去の幻影が割と喋っちゃってる辺り、台無し感もある。


織斑一夏(キリト)(過去)
 『経験値が一でも入るなら、無駄では無い』を素で言っちゃった過去の頭オカシイ主人公。
 でも夜中の経験値稼ぎが無ければボスの取り巻き退治でレベル上がらず、一画素分残ったHPも全損していたので、事実としてそれで命を救った人物。まず一対一の戦いになっても撤退しない時点で頭オカシイ事には変わりない。
 ――色々画策していたが、いざボス戦になるとその辺全て考えていなかった。
 そもそも計画自体が『ボスに生きて勝つ事』であり、今後の事、デスゲーム生還の事も考えると『生きて勝つ』のは大前提なので、ギリギリの殺し合いになると変な責務や呪いに囚われる事が無い。神童や最強、義姉相手ならともかく、相手はボスというシステム的存在なので考える必要が無いため。
 そう言う意味では、仮想世界はキリトがキリトらしく在れる理想の世界かもしれない。
 ――ヒトが存在しない世界は生きやすいが、キリトの幸福はヒトが居る世界だからこそ実現し得るもの。
 現実は矛盾し、地獄しかないと悟っているが、捨て切れないモノの為に剣を取っている。その『捨て切れないモノ』への強い()()がコボルド王との一対一の戦いで互角以上に戦えた理由――かもしれない。


・桐ヶ谷直葉
 一夏/和人に剣を授けた師匠にして溺愛している(ブラ)(コン)
 SAOには途中参加だったので、話を聞いていてもよく分からない部分があったが――最初期特有の『何も背負っていない状態』での必死なキリトの戦いぶりに魅入られた。ユウキ、ラン、アスナ達も実は同じ理由。ただ『勝つため』という立場や責任感抜きの純粋さに当てられ、惚れ直している。
 ――ミソは、戦いたい、という想いが浮かんでいない点。
 延々と剣に没頭していた直葉には持ち得ない剣故に、激しい羨望を抱かせた。コメント欄を一切見ていない事からもボスとの戦いに見入っていない事は明らか。
 戦闘狂のきらいがある直葉、木綿季すら、魅入るだけに終わった要因――単純な(強さ)とは言えないモノこそ、人を引き寄せる根幹なのかもしれない。
 ――要するに、()()に足りないモノを、少年は持っていたという事である。

 孤独・孤高とは、『人との距離』を見ていなければ名乗れないものである。


・アルゴ(過去)
 キリトに依存している女性。
 幼いながら戦おうとする子供をサポート――する筈だったが、逆に超絶支援されている状況に困惑、焦燥に駆られている頃。そのせいか『全範囲スタン攻撃《辻風》』の情報が《攻略本》から抜かれている事に気付かなかった。気付いたのは《ビーター》宣言の後。ボスの攻撃パターンで囲んだ時、全範囲攻撃が無い事に気付かなかった辺り、かなり余裕が無かった模様。
 本人もかなり後悔しており、それにさえ気付き防げていれば《ビーター》として悪名を背負わせなかったのでは――と、SAO時代からかなり気に病んでいる。とは言え集団行動中の言動の端々で反感を抱かせる事をキバオウ相手に行っていたのでどう足掻こうが《ビーター》宣言は避け得ないものだった。そも、キバオウがリアルの織斑一家が通った小学校の体育教師、女尊男卑風潮を作った原因として《織斑一夏》を敵視、キリトが前線にトッププレイヤーとして立つという三点が満たされている時点で、キリトにヘイトは向かざるを得なかった。キリトもそれが分かっていたので、キバオウの敵意を敢えて利用し、《ビーター》宣言の骨子にしている。
 序盤で怯えてはいたが、それは実際に向けられる負の感情でぶり返したトラウマと将来への不安故。
 それで方針転換するつもりはサラサラ無かった。
 予想外だったのは、やはりリーファ、シノンという闖入者の存在。彼女らの事(前線に来られないレベル30台の身内)を想定していなかったので、捕縛&レイプを許してしまっていた。
 ――そんなイレギュラーでも起こり得ないほど《ビーター》宣言は綿密に計画されていた事なのだ。
 元ベータテスターという経歴、《織斑一夏(出来損ない)》、女尊男卑風潮の戦犯という偏見は、キリトの計画を盤石なものにしていたのだから。

 なのでアルゴ、現在に至るまで割と素で病み続けている()


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