インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:織斑千冬(直葉との対比)

字数:約一万一千

 ではどうぞ。




番外8 ~A lemnant of the Death Game~

 

 

 夜の黒い闇の中で微睡む意識を引き上げる音が流れ込む。一定間隔で響く簡素な電子音と振動音からなるそれは携帯電話の着信音だ。

 単発音のメールではない。誰かからの電話。

 

「ぬ、ぅ……?」

 

 眠気に苛まれるのを我慢して頭を起こす。

 頭の近くに設置した安物の時計を見れば、薄暗い中でも見える長針は南を、そして短針は北北西を指そうとしていた。

 時間にすれば一時三十分。

 それも――午前。

 

「誰だ、こんな時間に電話などしてくる馬鹿者は……」

 

 悪態を吐く。土日などあってないような教職の身でなくとも平日の深夜に電話などされれば、頭に来るのも仕方ない事だと思う。

 時計の横で充電していた端末を手に取り、手帳型ケースのフタを開く。

 画面には【山田麻耶】の名前が表示されていた。

 

「山田君……?」

 

 表示を思わず二度見する。

 IS学園の教職に就くにあたって代表候補の座を退いた後輩は純粋に自分を慕ってくれる女性だ。女尊男卑に染まる事無く、むしろ男性に恐怖心を抱いている――その理由は体の一部を見れば分かる――彼女を知る者は、恐らく口を揃えて『平凡』と言うだろう。

 実際のところ射撃部門のヴァルキリー(第二位)に輝いている時点で『非凡』なのだが、『平凡』と言えるのはその性格だ。

 原則相手を立て、謙虚な姿勢を崩さない常識人。

 ――常識を好む余りイレギュラーを苦手とするのが玉に瑕だが、普段であれば現れない欠点だ。

 彼女を前に嫌悪を抱く人間は、女性そのものに怨み骨髄といった非常にスレた人間くらいなものだろう。人好きの激しい自覚がある自分も彼女には特別警戒した事がなかった。

 故に、常識を重んじる彼女が、こんな非常識な時間に電話を掛けて来る事に疑問を覚える。

 マナーを守れと思う前に、何かあったのか、という懸念が先に立った。

 画面に映る緑色の受話器マークをフリック操作し、通話に出る。

 

「私だ。山田君、何かあったのか」

『ああっ、よかった、繋がった!』

 

 端末から聞こえてきた女性の声は、隠す気の無い安堵の他に、どこか焦燥や困惑めいた色があった。

 

『えっと、その、こんな時間にどうかとは思ったんですけど、やっぱり伝えた方がいいと思って!』

「山田君、まずは落ち着け。そうやって慌てるところが君の欠点だぞ」

『ああっ、す、すみません!』

 

 落ち着くよう言うが、謝罪する彼女の困惑は取り除けない。

 何時もの事かと、額に手を当て溜息を吐きながら、ベッドから身を起こし部屋の明かりを付ける。一斉に灯った照明の白が目に刺さり、咄嗟に目を瞑る。

 

「それで……何かあったのか。こんな時間に電話してくるんだ、よっぽどの事だろう」

『は、はい……えっと、ですね。言葉だけだと説明が難しいので……パソコンを立ち上げて、今から言う単語で検索を掛けて頂けますか?』

「む……? ああ、分かった」

 

 妙な事を言うが、彼女に限って悪戯とは思えない。取り乱すと中々落ち着けないが、それ以外は才色兼備と言っても過言ではない麻耶の言葉だと、一旦疑問を飲み込み、言われた通り寮長室のデスクに据え置かれているデスクトップPCの電源を入れる。

 ヴゥン、という電子音と共に立ち上がった真白い画面。

 OSも立ち上がり、ホーム画面に所狭しと設置している学園関連のショートカットやフォルダアイコンが映る。

 それらを無視し、【G】という三原色が特徴的な検索ブラウザアイコンをタップ。検索画面を呼び出した。

 

「ブラウザを立ち上げたぞ。それで、何と打てばいいんだ?」

『MMOストリーム、と』

「ふむ……」

 

 ストリームはカタカナで、と言われながら検索フォームに単語を入れ、検索を掛ける。数瞬のローディングを挟んでトップにデカデカと『ネットゲーム総合情報サイト』という見出しとサイトへのリンクが出た。

 ――その真下に、【生中継】と表示された動画サムネが表示される。

 

『検索画面のところに、生中継とか、ライブ配信中の動画アイコンがありませんか?』

「ああ、あるな、一つ……――――待て。山田君、まさかと思うが、こんな時間に私を叩き起こしたのは、このゲーム配信の中継を一緒に観る為か?」

『半分は。ただ、織斑先生にも関係が……』

「――はぁ……」

 

 まさかと思ったが、本当にゲームの生中継を見る為だったと知り、ため息が漏れる。

 

「あのなぁ……今日も明日も授業があるというのに、きみはこんな時間まで何をやっているんだ」

『わ、私だって寝てましたよ! でも仕事関係の人から電話で叩き起こされて、織斑先生にもって……いえ、それは良いんです、その中継に今、桐ヶ谷君が映ってることが重要なんです! 丁度戦ってるところが映ってます!』

「……あいつが、か」

 

 桐ヶ谷君、と言われ、眉根を寄せる。

 なるほど。確かに無視できない事だし、内部のモニタリングが可能になった日から少しして彼女に泣き言を洩らした事もある。こちらを思い、少しでもと情報を流そうとする辺りは彼女らしいと思えた。

 

「――気持ちは有難いが、遠慮しておくよ」

『な、何でですか?!』

「私はあいつの姉失格だ……怨まれて、いるからな」

 

 ――私の心は、既に決まっていた。

 あいつ――()()はきっと、私の下に戻って来ないだろう。私なんぞの下に居るより桐ヶ谷直葉の下に居る方が断然幸せだからだ。()()自身もそれを望んでいるに違いない。

 あの日、《廃棄孔》と()()が称した憎悪の化身を見た時から――私は、そう思うようになっていた。

 だから決めたのだ。

 もう()()には関わらないでいよう。私が関わると、()()を《織斑一夏》として周囲に示してしまい、彼を不幸にしてしまうから。

 ――その決心を、揺らがせたくなかった。

 

「あいつは私を認めないだろう。私に、それを拒否し、よりを戻す事を求める資格は無い……その決心を揺らがせたくないんだ」

 

 揺らいでしまえば、私は、直葉の下から()()を奪いたくなる衝動に負けてしまいそうだから。

 

「だから、せっかくの連絡申し訳ないが、私は――」

 

 

 

『そんなの――――そんなの、関係無いですッ!』

 

 

 

 見ない、と続けようとしたところで、初めてと言える彼女の大声が耳朶に叩き付けられた。

 

『そんなの、織斑先生の勝手じゃないですか!』

「や、山田君……?」

 

 何時になく激情に染まった声に、呆けた声を返してしまう。

 

『いいから見て下さい! 織斑先生は――少しでも、彼のお姉さんという()()があるなら、織斑先生だけは見なきゃいけません!』

「ちょ、ちょっと落ち着け、きみらしくない――」

『後で幾らでも怒られますから早く見て下さい!』

 

 怒りと、それだけではない熱の籠った声。落ち着かせようとするが、それも効果は無い。

 仕方がないので、まだ閉じていなかったブラウザの中心にある生中継動画のアイコンをタップ。ローディングに入る。

 

「なぁ、山田君。いったい何が君をそんなに駆り立ててるんだ?」

『――見れば、分かります。その動画は……中継は――――』

 

 

 

 数百万という深夜帯でありながら恐るべき視聴者数を記録している中継動画。ローディング画面からそれが映し出されても、中継動画はデータを同期している最中なのか、黒いままだ。

 ――しかし、音は聞こえて来た。

 

『いやだいやだいやだいやだ――――』

『誰か助けてよこんなのって無いわよ――――』

『こんなの嘘だあり得ない夢だそうだよユメにチガいな――――』

 

 何十では利かない人の声。

 負に満ちた、怨嗟の声。

 

「……何だ、これは。有名なパニックゲームか何かか?」

『違います。それは――』

 

 後輩の補足が入る――――前に、画面が映った。

 

 

 

『ぐ、ぶ――ぁ――――ぁ、ぁあああああああああああああああああああああッ!!!』

 

 

 

「――――な」

 

 画面いっぱいに映ったのは、複数の人影――と、その人影達に細長いモノで穿たれながらも、懸命に巨大なモノで足掻き、赤を散らす小さな影。

 赤を吐き、赤を流しながら、手に握る巨大なモノ――剣を振るい、立ちはだかる影達を塵殺する光景。

 怨嗟を口にしながら、空ろな顔の人影達が小さな子供に殺到する。体から生々しい赤を垂らしながらも、少年はその人垣を前に剣を振るい、一瞬の内に数人を斬り飛ばして包囲網を脱した。

 斬り飛ばされた人影は、地面に落ちる前に黒い(もや)へと霧散する。

 だが――少年の体を穿つ剣や槍は、そのままだ。

 

『――それは、ソードアート・オンラインのサーバーで、リアルタイムで繰り広げられている戦いです』

 

 後輩の補足が、漸く入った。

 おそらく今の一幕に目を奪われていたのだろう。無理も無い。凄惨に過ぎる――過ぎるからこそ、目を離す機会を逸してしまったのだ。むしろ嘔吐していないだけ彼女の肝も中々に据わっている。

 私としては、それどころでは無かったが。

 

「……なんだ、それは。なんだこれは」

 

 訳も分からず呻く。

 中継されている映像では、千を超えるだろう人が幼い少年に迫り、それを捌く光景が映っている。数の暴力故か対応し切れず小さなその身を刃が斬り裂き、赤が散る時もある。

 それを克明に映し出す映像を茫然と見つめる。

 

「――誰だ、こんなものを仕向けた輩は」

 

 気付けば、そんな事を口にしていた。

 頭に蟠っていた眠気など吹っ飛んだ。ただただ思考を占めるのは、血の繋がった弟を苦しめる存在に対する怒りだけ。元凶を潰さねばならない、という怒りが内心を燃え立たせた。

 ――それは、傲慢にも資格なしと自ら判じた《姉》としてなのか。

 今はそれすら分からないが――これを看過してはならないと、直感が告げていた。

 

『……これとは別に、数十分前に終わった生放送中継の動画があって、そこで原因が語られてるらしいです』

「どれだ」

『タイトルは――』

 

 どうやら少し前に区切られていたらしく、その一つ前の動画を教えてもらい、中継動画とは違うタブで再生する。ところどころ早送りやスキップしながら、コメントやキリト、茅場晶彦らしい男性の会話を聞いて行き、脳内で纏める。

 ――《クラウド・ブレイン》というものが関わっている。

 SAOに巻き込まれた【白の剣士】とやらと殺し合った時、キリトが抱いていた憎悪の念が最高潮に至り、《ビーター》という必要悪で集めた感情の核となり、当時の【カーディナル・システム】を乱した。それが未だ浮遊城の残骸として残っている。

 それを野放しにして、万が一AIの手に渡ればネットワークを自由自在に、システムを無視し、破壊する存在になりかねない。

 そして――それは、自身の不始末。

 故に壊す。

 その為に、あいつは今、SAOサーバーで戦っているらしい。

 

「……SAOサーバーとやらで戦ってる事は、まあ分かった。いまあいつを襲ってる靄になる者達も負の《クラウド・ブレイン》とやらが再現したデータという事も…………こうまで、SAOというのは酷いものだったのか」

 

 飛ばし飛ばしながら視聴を終えた動画を止め、全画面に戻した生中継動画の方に視線を戻す。

 中継動画では、戦いが終わり、全身から血を流しながらも生き残った少年の姿がある。巨剣を突き立て、ボロボロになった衣服を破いて体を拭く。

 その際、胴体に余すところなく刻み付けられた古傷の数々に、コメント欄が沸いた。

 

「――――っ」

 

 短く、鋭く息を吸う。喉が震えていた。

 あの傷は――正直、どこで付いたものなのか私にも分かっていない。私の目の届かないところで日常的に虐待が起きていたとしても、あれほどの古傷が付くものかと考えてしまう。搭乗中は守られるISだが、それを貸与されるまでの訓練で生傷が絶えないので、傷についてはある程度理解している。アレは生半な事で付く傷ではない。

 当然、虐待程度でも無理だろう。

 あれほどの傷は深く負ってからずっと処置していなかった場合にしか残らない筈だ。頭や手を軽く怪我するところは思い出したが、服を汚すほどの大けがをした覚えはやはり無い。

 となれば、誘拐されてから、桐ヶ谷家に拾われるまでの間に付けられたと見るのが道理だろう。

 

 

 ――そう思考していると、場面が変わった。

 

 

 青年が誘い、少年が断る。《利己的なベータテスター》という言葉を吐き一人で進もうとする一夏(キリト)

 最後に互いの容姿を励ます事で別れとした二人を見て、頭を抱える。

 

「何故そこで手を取らないんだ……!」

 

 理解出来なかった。利己的、ベータテスター――意味は分かる。

 だがそれとこの行動とに繋がりを見出せない。

 ベータテスターだから何が悪いというのか。

 《ビーター》、という言葉の語源について多少触れてはいる。チーターとベーターを掛けたものであるとも知っている。恐らくベータテスターに対する悪意や偏見があったのだろうが――それを、こんな幼い子供に被せるかと考えると、異常にしか感じられなかった。

 とは言え――私は、これまでゲームという娯楽に触れた事が無い。

 対して彼はあった。ウチに居た頃は同じく娯楽に興じた事が無い筈だから、恐らく桐ヶ谷に拾われ――SAOのベータテストに当選してから嵌ったのだろう。

 だからゲーマー特有の思考や、ゲームをした事が無い人間には分からない暗黙の了解的なものを察知し、行動出来たのだ……と、そう予想する事でしか納得できない。

 

 

 

 ――それは甘い考えだった。

 

 

 

 続く夜の森での光景。《森の秘薬》という名のクエストで、強力な片手剣を得る為に、気色の悪い化け物を次々と即死させていく中で出会った《コペル》という青年。

 ――その青年が、少年を裏切った。

 一度は《実付き》という怪物の実を割り、怪物を呼び寄せる事で、少年が先に得た胚珠を手に入れようと。

 二度目は、直接殺しに掛かった。生きる事を――生還を諦め、絶望した事で、思考停止していた。元ベータテスターとして浮遊城の難易度と死に戻り出来ない事の枷がどれほど苦難か知っているからこその絶望。それでも、生きれるなら生きたいという想いが、青年を狂気に陥れた。

 他人を殺してでも生きる。しかし、これから生きる事に望みは抱いていないという、大きな矛盾。生きたいという願いに反するデスゲームの絶望的状況。

 そして、狂った青年を、少年は殺してしまった。

 ()()()は無く、ただ一言の謝罪を残して逝った青年を見送った少年。表情から生気を喪い――それでも、最後は生き残り、村へと帰還した。

 途中知り合いらしき少女と邂逅し、クエストも達成し、宿らしき室内に場面が移り行き――

 

 

 

『――――ははっ』

 

 

 

 そう、生気の薄い顔で少年が嗤った瞬間――ゾッと寒気に襲われた。

 

『ああ、そうだった。現実はこういうものである事を忘れてた』

 

 きしきしと、低く掠れた声で怨嗟が紡がれる。

 

『平和なんて仮初、幸せな理想だけ――――地獄しか、無い事を、忘れていた』

 

 淀んだ黒の眼は虚空に向けられており何も捉えていない。おそらくその眼が捉えているのは――彼が見てきたという、()()だ。

 

『現実がクソゲーとはよく言ったものだ。それに直面して、コペルは死んだ。恐怖と絶望とに負けた……生きる希望を見出せないのは、道理だな』

 

 ――その言葉で、理解する。

 彼にとってデスゲームは現実そのもの。故に、現実も――等しく地獄と見ているのだと。

 だから――アレは、己を嗤っているのだ。

 同時に、その言葉は私を刺すに至る怨嗟だった。

 平和に浸っていた私を嗤っている。

 幸せを信じていた私を嗤っている。

 地獄を知らずにいる私を――蔑んでいる。

 

 ――それが、被害妄想である事は理解していた。

 

 しかし、あまりにも、あまりにも私に当て嵌る言葉だった。私は彼を、それらから守るべきだった。それを知らせてはならなかった。

 それが出来なかっただろうと、過去の彼が言っているように思えてならない。

 

 ――場面が変わる。

 

 幾度も幾度も、場面が変わっていく。

 《出来損ない》という風評、ベータテスターとしての優位を利用する算段を立て、悪意を己に集め、人々の団結を促す算段を立てる傍ら、それを邪魔するような善行を積み重ねていく日々の再現。

 元テスターだからと、謂われなき弾劾を受けて尚揺らがない覚悟の姿。

 単独で道中の敵を全て(ほふ)り、撤退時の殿(しんがり)の片割れも担う決断。

 

『――グルァァアアアアアアアッ!!!』

『――うおぁぁあああああああッ!!!』

 

 ――その果てに到来した、紅き獣の王との一騎打ち。

 

「――――」

 

 私は、言葉を喪って、それを食い入るように見ていた。

 赤と黒が刃を振るう度に、翠と青が(せめ)ぎ合う。何度も何度もそれは繰り返された。一撃が命を刈り取る死の鎌に等しい。それなのに――少年は、臆す事なく果敢に攻め込む。

 

 そして――――勝った。

 

 皮一枚ならぬ、一画素残しての薄氷の勝利。僅かでも備えを怠っていれば死んでいた戦いだった。

 讃えられて然るべきだ。

 称賛されて然るべきだ。

 労われて然るべき事だ。

 

 

 

『――ふざけんなや!!!』

 

 

 

 だが、それを許さないのが、現実だった。

 先進的な髪型と威圧的な態度、訛りの激しい関西弁で弾劾する男は、酷く覚えがある人物だった。かつての学び舎として入学し、後の天災と出会った小学校で体育教師を務め――加えて、自分と天災のクラスを受け持っていた担任教師。

 その男が、怨み骨髄とばかりに少年を睨め付け、ベータテスターである事を理由に(なじ)っていく。

 

『そいつはなぁ……織斑の出来損ない、屑の織斑一夏なんや!』

 

 果てには、ネットで秘匿されて然るべきリアルを晒す行為に出て――周囲の人間は、数人を除いて嫌悪の悪意を少年に向けていく。

 

『――あっは』

 

 ――そして、歯車は回り始める。

 計画の要素はこれで揃った。《出来損ない》という風評が、元ベータテスターの一個人に付与され、他のテスターと差別化されたからだ。

 故に少年は動き出す。

 周囲の悪意を一身に集め、攻略を進める集団の空中分解を阻止する計画を始動する。

 彼は、それでは足りないと言わんばかりの悪罵と嘲笑を口にしていく。他のテスターを《雑魚》と称し、十四層までの情報を知る己を上位を言って憚らない傲岸な態度で、己を睨む者達を(あざけ)っていく。そうする事でより差別化を深め、敵意を己に集めるよう促す。

 結果は上々と言うのだろう。

 キバオウと言うらしい男を中心に、数十人のプレイヤーが怨嗟の声を上げていく。

 利己的な行動故に、自分達を、人を見捨てたと()()()()()()()、彼の計画通りに少年を侮蔑していく。

 ――ビーター、という単語が上がった。

 その時、ボス部屋最奥にあった扉へ歩いていた少年がふっと嗤い、簡素な防具の上に黒衣の皮コートを重ね、集団へと振り向いた。

 

『《ビーター》! いいねそれ、気に入ったよ! LAボーナスと一緒に俺が貰う! 俺の名、その記憶に、魂に刻め! 俺の名は――――《ビーター》のキリトだ!』

 

 青い光に包まれながら振り返る少年は、新たに手に入れた漆黒のコートをはためかせ、黒の瞳に得体の知れない深い闇を宿して、剣を担ぎ、嗤った。

 

『二層の転移門は俺がアクティベートしとくよ、あんたらは街に戻って大人しくしてろ。ベータ時代にもよくいたんだ。折角ボスを倒したのに、上の初見のモンスターにやられる莫迦がなァ! あはははっ、はははは――――!』

『なん、や、と……こン屑が、調子に乗るなァァァあああああああ!!!』

 

 上へ繋がる階段を上りながら少年は更に嘲弄の言葉を吐き、それにキバオウが怒り、翠の光芒を引きながら斬り掛かった。

 しかし振り返りざま、その剣だけを正確に叩き折る。

 ――システム外スキル《武器破壊(アームブレイク)》、という技術らしい。

 それに固まり、何も言わない集団を前にまた嘲弄を捨て置き――少年は、扉を潜り、閉めた。

 

『――――ふ、ぅ――』

 

 途端、少年が壁に(もた)れ、息を吐く。

 剣を握っていない左手が持ち上げられた。その小さな手は――カタカタと、本当に小さく震えていた。その手がぐっと握られる。

 

『……もう、後戻り出来なくなったな』

 

 小さく、そう言う少年。

 浮かんでいる表情は複雑だ。眉根を寄せた苦しみに耐えるような面持ちと、それと同居する苦笑。内心の恐怖や浮かんでいるだろう後悔に耐えるように、また深い息が吐かれた。

 

『……もう、行こう。自分で選んだ道なんだ。後悔しても、遅すぎる――――』

 

 最後にそう言って。

 少年は、何十段もの階段を上り、第二層の草原に足を踏み入れた。

 

 ――絶景が映る。

 

 様々な地形が複合していた第一層の風景と異なり、第二層はテーブル上の岩山が端から端まで繋がっていた。山の上部は柔らかそうな緑の草に覆われ、そこを大型の野牛が闊歩している。

 その連なる岩山の彼方――浮遊城の外周部開口部から、昼の青い空が(のぞ)いていた。

 

『――――』

 

 絶景と空を、何とも言えない表情で眺めたのも数瞬の事。

 少年は何も口にする事なく、急勾配の崖に作られた幅広の石段を下りて行った。

 

 

 ――目まぐるしく、()()が変わる。

 

 

『ふざけるナ……そんナ……そんな事をさせる為に、オレっちハ……【鼠】を、情報屋をやってる訳じゃないんだヨ――!』

 

 第一層ボスの情報を敢えて抜いていた事を知り、更に《ビーター》を名乗った経緯――その真意までも悟ったのだろうアルゴという少女が、少年の左頬を張り飛ばし、冷たい声音で怒りを露わにした。

 

『『Cool』が口癖のポンチョ男と話してる内に、やってもいいかっていう雰囲気に……』

 

 二〇二二年十二月半ば。

 第二層での鍛冶の詐欺を初見で見抜き、この頃から裏で暗躍する者達の存在を把握し、対策に乗り出した。

 

『いいんですかぁ? このままだと、大きな声で歌って、エルフの皆さんとやり合う事になっちゃいますよぉ?』

 

 二〇二二年十二月半ば。

 第三層《エルフ・クエスト》でキバオウとリンドの二人が率いる一団を中心に、攻略隊が割れかねない事態に陥っている中、それを引き起こすべく暗躍している青年モルテとの命懸けのデュエルを行い、撃退し、《ビーター》としてクエストポイントを消す事でこれを阻止した。

 

『《フラッグ・オブ・ヴァラー》の効果は所属ギルドメンバーに対してのみ有効な一定範囲内の複数バフ。これをどのギルドが手に入れても分裂は不可避だ……頼む、手を貸してくれ』

 

 二〇二二年大晦日。

 LAボーナスで攻略集団が分裂する事を危惧し、秘密裏に募った十数人で、第五層ボスを撃破し、幾度目かの内部分裂を阻止する。

 

 

 ――時間が進む。

 

 

『あの、不躾で悪いんだけど……サチの指導を、お願いできないかな』

『……俺も攻略があって忙しい。早朝と深夜それぞれ一時間だけになるが』

『それでいいよ。頼む!』

 

 二〇二三年六月半ば。

 中層で死にかけていた集団(ギルド)《月夜の黒猫団》を助け、紅一点の少女の指導を請われる場面が映った。

 

『あの、圏外に行かないの……?』

『まずは武器の振り方から覚えないと話にならない。デフォルトで振り下ろし、斜め振り、薙ぎ払い、斜め打ち上げ、かち上げ、突きを左右含めて各百回と各ソードスキルの空打ち百回だ』

『ひゃ、ひゃ……っ?!』

『反射的に何かしらの攻撃が出せるようになるまで体に染み込ませるぞ。恐れても良い、逃げるのも良い、でも竦んで固まるのだけはダメだ。ほら!』

 

 二〇二三年六月末。

 基本的な素振りとスキルの発動モーションを反射レベルに叩き込ませるべく、隣で同じ武器を手に素振りをする早朝、深夜の一幕が映る。

 

『キリトは……戦うのは、怖くないの?』

『……怖くないと言えば、嘘になる。俺だって怖いものは沢山あるよ。人の心が、怖い。次に怖いのは、何も出来ない事だ。何も出来ず、ただ泣き叫ぶのは、昔の俺のままだから。また繰り返して……大切な存在を喪うのは、嫌だから』

 

 二〇二三年七月二日。

 指導していた少女が恐怖からか身を隠し、それを下水道で見つけ、互いの本心を語る一幕があった。

 

『て、転移結晶が使えねぇ!』

『う、うわああああああああああ?!』

『し、死にたくない、死にたくないよ!』

『うそ、みんな……?!』

『――守れなかった……』

 

 二〇二三年七月十六日。

 少年とリーダーの青年を除いてトラップダンジョンとまで揶揄された二十七層に赴き、スカウトの青年が罠の宝箱を開き、ギリギリ間に合った少年の助けがあるも少女以外が全滅した。

 

『織斑家の恥さらしの《ビーター》が、僕達と関わる資格なんて無かったんだ』

『――ケイタ、は……?』

『……飛び降りた』

『そんな……?!』

 

 同年、同日。

 幼馴染だったらしい青年三人が死んだ事に絶望し、リーダーの青年は少女と少年を残し、少年に呪詛を残して雲海へと身を投げた。

 

『これから、どうする』

『――戦うよ』

『……そうか』

 

 数日後。

 日帰りで最前線と生き返りする少年の問いに、失意から復帰した少女が強い光を宿して参戦の意思を示した。少年は、哀しげに目を伏せた。

 

『お前さん、知っておるかね? ヒイラギの月、二十四の日、二十四時になると、巨大なモミの木の下に《背教者ニコラス》という怪物が現れる。そやつを倒す事が出来れば、怪物が担いだ大袋の中から収集された財宝を手に入れられる、と。財宝の中にはなんと、過去命を落とした者を蘇生させる宝具があると聞くぞ』

『蘇生させる宝具、だと――――ケ、イタ、ァ――――』

 

 二〇二三年十二月初頭。

 何かのクエストを受けていたのだろう少年に(もたら)された情報に、彼は目を剥き――憑かれたように呟きを洩らした。

 

『君の事情は、サチ君から粗方聞いている。第一層の頃からも君と行動を共にして、君の事を多少なりとも理解しているつもりだ。だからこそ、我々の言葉に耳を傾けてくれ……一人で逝こうなどとするな。我々全員で挑み、蘇生アイテムはドロップした者の物でよかろう』

『――だからって……これは、俺の、罪なんだ……俺一人でやらなきゃ、意味が無いんだ――――!!!』

 

 二〇二三年十二月二十四日。

 少年を案じる少女、青年達の心配を前に、背中の剣を手に葛藤を見せる少年。

 

『――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!』

 

 二〇二三年十二月二十五日。

 《120》のレベルを持つ少年が単独でボスを倒し、手に入れたアイテムは、体力を喪ってから十秒以内でなければ使えないと知り、絶望の叫びが轟いだ。

 

『キリト……アイテム、は……?』

『……そのアイテムは、過去に死んだ人は蘇らせられない……次、サチの目の前で死んだ人に、使ってあげて……』

 

 同年同日。

 自身の求めるものでなかった蘇生アイテムを、槍使いの少女に、少女の仲間を守れなかった贖罪故か投げ渡し、空ろな眼で立ち去った。

 

『――こうりゃく、いこ』

 

 同年同日。

 空ろな眼と幽鬼めいた動きで白亜の塔を目指し、立ちはだかる敵を一閃で殺し尽くしていく姿が映った。その中には五十層へ繋がる扉を護る門番もおり――それすらも、単独で撃破した。

 

『――――ケイタは、まだ生きろって言うんだな……?』

『――――ん……そうだな。ここで死んだら――無意味に、なるもんな』

『おれは――()()()()、ダメだよな』

『死ぬなら、全部やり遂げて、だよな――?』

 

 同年同日。

 爆散したボスの欠片を見上げながら、空ろな眼で、空ろに笑い、そう呟く少年。

 ――この時はこういう事を言っていたのか、と巨剣を突き立て傍観するキリトが言った事から、記憶に残っていないほど追い詰められていた事を思い知らされる。

 

『――ここまで導いてくれて、ありがとう……もう一つがね……怨んでないから……だから……――――もう、自分を許してあげて。もう十分だから。あなたの気持ちは、もう、十分、だから……! だから……もうキリトは、自分を、許していいんだよ……!』

『――サチ……サチ……! ごめんなさい……! ごめんなさい……ごめん、な、さ――――』

 

 ――同年同日。

 聖夜の月明りの下で、少年は赦しを与えられた。

 

 

 

『――ケイタ。サチだけは……ぜったい、まもるから――――』

 

 

 

 その裏で、新たな()()が立てられた。

 

 






・山田麻耶
 桐ヶ谷和人と、ISでとは言え直に刃を交えた事で、その覚悟の強さを思い知った未来の()()
 射撃部門ヴァルキリーなので世界的に上位の銃火器使い。無論、それだけで代表候補になれる訳が無いので、常識人+天然+ドジっこ+慌てん坊の要素があってもスペックは軒並み高い。そんな人物に肩入れされてる時点で和人への評価は推して知るべし。()()()()生きようとしている姿を見せられてるので、一万人と血を流しながら殺し合う映像を見せられても、あまりショックは受けていない。
 彼女を叩き起こした『仕事仲間』とはいったい誰の事か。
 ――山田先生は今回初めてウジウジしてる千冬に叱責の怒号を上げた。
 なまじ《織斑一夏》時代に一度会っており、《桐ヶ谷和人》としても直に会い、在り方を知っている――しかも《負の二次形態》を見てもいる事から、和人が抱いている憎しみの強さも尋常でない事を理解済み。その上で復讐を後回しにしている事から、千冬に対する感情が爆発した。
 大人勢の中ではエギル、クライン、ヒースクリフ、ディアベル、シンカー、ニシダ、サーシャ、桐ヶ谷翠に次ぐ九人目の常識的な大人(保護者)枠。
 ――実は成人してる保護者枠だと男性の方が割合高めなんですよね。


・織斑千冬
 元帥から話を回されていない事から和人の担任になれない事が運命付けられた日本代表IS操縦者。
 今話に於ける直葉との対比は『()()への対応』と『《ビーター》への算段を立てる時の受け取り方』。
 前者は『よりを戻さないという決心を崩したくない』という手前勝手な理由の事を指している。直葉から言われていた『己の名の大きさを知る事』=『《出来損ない》と言われる原因・その範疇』も正確に把握出来ていないばかりか、束から言われていた『一夏を知る事』や、和人本人からどう思われているか聞く事もせず、勝手に結論を出している点。その逃げの姿勢が山田先生の逆鱗(?)に触れた。まぁ、当の子供が命懸けで生きようと足掻いているのに――どうやってもよりは戻せないだろうが――それを知る機会を得ながら逃げようとすれば、その人物に肩入れしている人間は大抵怒鳴る。
 後者は、直葉はあくまで傍観の立場――つまり『和人の想いは和人のもの』という思考に基づいている。
 対して千冬は、和人の現実に対する評価、視方が、そのまま自分に対するものであるように感じている。後ろめたさ全開。
 直葉は常に全力でやれる事をして接していたし、和人の過去を聞いて、更には何故和人が《力》を得ようとするかの根底にある感情も察しているため、後ろめたく思うものが無い。あるとすれば自身が義弟に下す『否定』や『拒絶』くらいなもの(外周部落下時の拒絶や粛正時の言葉など) また和人が自身に対し親愛の情、感謝を抱いている事を知っているため、後ろめたく思う必要も無い事を知っている。
 対して千冬は和人の内心を知らず、経緯・過程もほぼ知らない。《廃棄孔》という結果のみ知っている状態なので、経緯を知る事を恐れている。それが後ろめたさになり、和人の残影が洩らす言葉で『和人が憎むようになった経緯』を勝手に補完していっている。
 実際は秋十に見捨てられた時点で《(廃棄孔)》は生まれたのでデスゲームはほぼ関係無いが、それも千冬には分かっていない。
 直葉:《廃棄孔》の成立がほぼ拾う前の事を原因としているのを知っている
 千冬:《廃棄孔》の成立がデスゲームを含めた全てだと思っている
 ――この差により、同じ光景を見ているのに、考え方・捉え方が異なっているのである。
 ちなみに『キリトが憎悪を最も高め《クラウド・ブレイン》を形成した』原因である【白の剣士】=アキトとはまだ気付いていない。

「――誰だ、こんなものを仕向けた輩は」
A:キリトの《廃棄孔》デス。


・キバオウ
 織斑一家が通っていた小学校の体育教師にして、未来の天災&IS操縦者最強のクラス担任をしていた男。
 女よりも《織斑》――特に《織斑一夏》に対して怨み骨髄。風潮の《男卑》部分は、求められた基準を達せなかった一夏にあり、一夏が出来損ないだから女尊男卑風潮が生まれたと本気で信じ込んでいるため。その思い込みの果てに集団を率い、リーファ・シノンを――キバオウの部下が――レイプする事態に進んだ。
 他ゲームから乱入し、前線に来られない低レベルというイレギュラーさえ無ければ、キバオウはキリトの想定から外れた行動は取らなかった。
 ――つまり《シンカー救出事件》もキリトの預かり知らない事だったので、外部からの《イレギュラー》によるものだった事が分かる。
 SAO編時点で【白の剣士】と交流があった事が明かされている――が、実はキリトは現在に至るまで知らなかったりする。


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