インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

229 / 446


 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

視点:千冬

字数:約一万

 ではどうぞ。




番外9 ~A lemnant of the Death Game~

 

 

 聖夜を越した後、明くる朝に《攻略組》という集団の中心と言える者達と歓談する光景が映し出された。声は無くすぐ転換した場面ではあったが――なるほど、と納得を抱く。あのサチという少女の赦しがあったから()()は《ビーター》という必要悪でありながら交友を持てたのだ。

 フレンドリストには《Klein》、《Argo》、そして《Sachi》の三人の名前しかなかった。

 必要最低限の交友関係しか持たなかった事は、()()自身の人間不信や、《ビーター》としての必要悪や風評の表れかもしれないが――

 

「罪の意識、か」

 

 彼の過去を見てきた限り、(ケイ)(タ達)を守れず、()()を一人にしてしまった少女事に対する後ろめたさが、いま以上の交友を持つ事に抑制を掛けていた……と、そう考える方が自然だろう。

 既に通話は切っていたので、山田麻耶からの(いら)えは無い。

 

 

 ――場面が変わる。

 

 

 内部時間《二〇二三年 一月一日 午前七時三〇分》

 

『レッドギルド……《(わら)(かん)(おけ)》……?』

『ラフィン・コフィンって読むみたいダゾ。大晦日の夜、中層をウロウロしてた中堅ギルドのプレイヤー……およそ二十人弱を殺して、リーダーの男だけ逃がして、旗揚げを宣言したんダ。SAO初の殺人ギルドとしてナ』

『……殺しを目的にした集団、か。オレンジが活発になるな』

『だろうナ。このゲームの禁忌である《殺人》を目的にした集団が居るんだ、『自分達はまだマシ』、『殺さなければ良い』って考えて突っ走るヤツは沢山出ル』

『――――』

『……何を考えてるか当ててやろうカ。キー坊、オマエ――抑止力になるために、オレンジを殺して回るつもりダロ』

 

 静かに、同時に強い光を宿した金髪の少女の言葉に、黙り込んでいた少年が苦笑に唇を歪ませた。

 

『お見通しか』

『当たり前ダ……キー坊の事だ、それをすればどうなるかは分かってると思ウ…………それでも――本当に、やるのカ』

『ああ。《殺人》を目的……いや、娯楽、快楽の為に殺しをする集団を野放しにしていれば、遠からず攻略組か、攻略ギルドの構成員を狙う筈だ。その道に走った経緯は知らんが、多分誰もが似通った感じだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――とな』

『……えらく具体的ダナ?』

『――最期を迎える前にとあるプレイヤーが遺した言葉だ』

 

 数瞬、物憂げな表情を浮かべた。

 その『とあるプレイヤー』というのは、おそらく――初日に()()を殺そうとして、逆に殺された、デスゲームに絶望していた青年(コペル)の事だろう。

 

『攻略……いや、デスゲームで進む為に生きるのは、かなりのエネルギーが要る。『死にたくない』という後ろ向きな考えでは続かない。『生きたい』、『還りたい』――そんな、明るい未来への願望こそが、攻略を続ける為に必要な根幹。それを鈍らせる存在が居ると、本当に攻略が先行かなくなる』

『だから……だから、排除する、ト。でもそれはキー坊がやる必要ハ……』

 

 くしゃりと顔を歪め、諭すように少女が言う――が、少年は(かぶり)を振った。

 

『ミイラ取りがミイラになると困る。この《笑う棺桶》の構成員は殺しに対する躊躇が無い――が、攻略組は違う。人の命を奪う覚悟が無い。あるのはただ、未知の領域に踏み込み、未知のモンスターと戦う覚悟――この世界で、最も必要とされてる覚悟。それを鈍らせるわけにいかないから俺が出る必要がある』

 

 半ば、自身に言い聞かせるように少年が言う。

 

『憶えているだろう。何の為に、俺は《ビーター》になったのか』

『……元テスターとビギナーの間で生まれるだろう軋轢を、キー坊とその他のプレイヤーの構図にして、団結しやすくするため……』

『そうだ。そしてそれは、前提に《前線攻略》を据えている。ヒースクリフやディアベルのような最前線攻略組が意識を割いていいのは最前線に対してだけ。人の醜いところなんて見なくて良い。見る必要が無い……』

 

 そこまで言って、少年が突如口を閉ざし――

 

『――いや、違うな……皆には、見て欲しくないんだ』

 

 ――笑って、訂正するようにそう言った。

 それまで《ビーター》として生きていた少年にとっては、『見なくて良い』という判断を優先していた。彼ら彼女らの目的は対人戦ではなく攻略だから。それから外れる事に、意識を()く必要なんて無い――と。

 しかし、少女から赦しを貰い、自身を案じていた者達に心を許し始めた事で、彼の判断には《私情》が混じるようになっていた。

 見る必要は無いという客観的判断から――見て欲しくない、という個人の感情へと、優先順位が入れ替わったのだ。

 

『見て欲しく、ない、カ……』

『ああ。この一年接して来て、まぁ、ヒースクリフやアスナ達の性根がどうかは知ってる。みんな優しいよ。俺に対する態度が変わらなかった点だけでもそれは確実だ……だからこそ、知って欲しくない。命を懸けてるとは言え、みんなには誰も殺して欲しくないし、人が人を殺すところを見て欲しくもない。叶わない願いだろうけど……このデスゲームを、みんなには《ただのゲーム》として終えて欲しいんだ』

 

 ただのゲーム。

 きっと、それは幾ら死んでも現実では死なないものだ。しかし体力を全損すれば死ぬデスゲームと宣言されている以上――少なくともこの映像の時点では――不可能と考えている少年は、『相手にしたのはシステムが用意したモンスターだけ』という経歴で終わって欲しいと、そう願っているのだと思う。それを妨げる『対人での命のやり取り』をするのは自分だけでいい、と。

 少年は、そう願うようになっていた。

 ――優しい子だ。

 (いびつ)ではある。他人の為に、自分が辛い思いをする事になっても構わないと、そう思考する思想は現代社会に於いては受け容れ難い、あるいは自身が潰れる要因となるものだ。

 しかし、だからこそ――彼は、後に人を束ね、率い、デスゲームを終わらせる者へと成長したのかもしれない。

 

「……私とは、違うな」

 

 噛み締めるように呟く。

 父と母に捨てられ、(マドカ)もその二人に連れ去られた私は、他人への拭い切れない不信を抱いて生きてきた。《親》だからこそ盲目的に信じていて、それを裏切られたが故の反動だ。

 親友と言えた束の一家《篠ノ之家》にお世話になる時も、それは蟠っていた。

 日本代表のIS操縦者として身を立てた時もそう。

 ――誰も信用できない。

 ――誰も、信用してはならない。

 故に、出来る限り、人との交流を最小限にしてきた。必要に駆られて関係を持つ事はあった。慣れない携帯端末の電話帳に名前と番号、住所や職務場所を登録する事も多かった。

 ――登録して、一度も使っていない番号は多かった。

 顔を合わせたのが番号と名刺を交換する時だけなんてザラだ。そもそも、自分を慕って、会えたから交換しただけという人間の方が多い。本当に必要な人間とのやり取りに絞れば片手で足りていた。

 無論立場もある。

 国の顔として広く知られるために国家代表は多くの雑誌などに顔を出す。一種の芸能活動で名と顔を売っていく訳だが、その過程でファンと言える一個人と親しくする事は、芸能人と同じように禁則事項となっている。身近な存在と思える行動は全ての人間に平等に出来る訳ではない。こちらの体は一つなのだから。それが反感を呼び、あるいは炎上へと直結する事もある。

 だからこそ、連絡を取る相手を選ぶ必要はあった。

 途中から煩わしくなって必要に駆られる相手としか連絡を取らなくなったが――その根底に、やはり拭い切れない《不信感》があったと言われれば、否定は出来ない。

 

 しかし――()()は、一歩踏み出した。

 

 それが彼と私の差。

 思考の差。

 私は不信感を言い訳に、人間関係の縮小を図り、自己を防衛する事を優先した。

 だが()()は違う。彼は不信感を抱きつつも、他者や隣人との交流は欠かしていない。《ビーター》として嫌悪される身ではある。だが攻略には必要な事だ――と、幾つかの線引きをしながら交流を続けていた。

 キバオウのように、敵意を向けて来るなら《ビーター》の顔を。

 以前のヒースクリフ達のように、敵意でないなら比較的軟化した態度を。

 アルゴのように、全幅の信頼を寄せている者には心からの本音を。

 彼と私とでは同じ《人間不信》でもレベルが違う。同様に、他者への考え方も違う。()()は、おそらく――人の中には信じれる者もいる、と。そう考えていたのだ。

 不思議だ。

 

「どうしてだろうな」

 

 本気で、不思議だった。

 合間合間に見られるキバオウやその取り巻きの態度から察するに、《織斑一夏》への風評は本当に酷いものなのだと察せる。リアルのそれを引っ張り出されて集団から爪弾きにされるとなれば不信は強くなる筈だ。それこそ、自身を殺す事も厭わない人間が居ると知れれば、歩み寄る思考も浮かんだところで立ち消える。

 なのに、なぜその思考が消えなかったのか。

 なぜ、他者の為にそこまで《ビーター》という必要悪を張れるのか。

 

 本当に、なぜなのか。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()と気付くのは、殆どすぐだった。

 

 場面が飛び、内部時間は《二〇二三年 一月四日 午前一〇時二〇分》になった。

 舞台は草原。役者は黒の少年、紅の少女、頭上にオレンジカーソルを付けた八人の男達の合計十人。

 構図は善と悪。グリーンカーソルの少女を後ろ手に拘束し、その首筋にギラリと光る剣を突き付け、下卑た笑みを浮かべる悪の男達。その男達に無表情ながら鋭い眼光を向ける善の少年。

 少年が、背中に吊る剣の柄に、手を伸ばす。

 

『おっと、動くんじゃねぇぞ!』

 

 それを見咎めた男が怒鳴り、手に持つ剣をこれ見よがしに揺らした。そしてその刀身を少女の首筋に向ける。

 

『ヘタに動いたらコイツがどうなるか……分かってるよな?』

『犯すか殺すか、だろ』

『お、おぅ……よ、よく分かってんじゃねぇか』

 

 躊躇も無く、淡々と答えた少年に対し、脅す側の男が若干怯んだように言葉を発した。やる事は分かっているとは言え何の感慨や感情もなく言われるとそれはそれで対応に困るらしい。

 感情に任せるタイプか、と分析する。

 おそらく――《女》になんらかの怨みがあって、爆発したのだろう。少し前の《笑う棺桶》という存在が現れた事で(タガ)を外した者達の一人だ。

 

『だ、誰だか知らないけど、早く逃げて!』

 

 その男達に囚われている紅の少女――《Rain(レイン)》が、半泣きになりながらもそう叫ぶ。気丈さ故か、あるいは他人を心配出来る優しさ故か、自身の身より見ず知らずの少年の身を心配していた。

 

『――断る』

『な……っ?!』

 

 それを少年はにべもなく拒絶。少女の方が絶句した。

 

『チッ……《ビーター》のクセに。なんだ? 今度は(ヒー)(ロー)って二つ名で呼ばれたくなったのかよ、えぇ?』

 

 何かが琴線に触れたか、武器を構えていた男――集団の中でも上等と言える装備をしている――が忌々しそうに言った。

 少年は、そちらを一瞥し――

 

(ヒー)(ロー)、ね……――――言い得て妙』

 

 ――皮肉げに、片頬を釣り上げた。

 

『――舐めやがって、テメェ!』

 

 馬鹿にされたと思ったのか、矢鱈沸点が低いらしい男が斬り掛かった。集団の中でも上位に位置するのだろう男――実際レベルは殆どが《44》の集団で最高の《68》――が駆け出したからか、()()達も、少女を拘束している男を除いた六人が追い掛ける。

 総計七人の男達が、刃をギラつかせながら走り寄った。

 

『囲め! コイツがどんだけバグ野郎でも、全方位から攻撃されりゃ助かりっこねぇ!』

 

 低い沸点で激情に駆られながらも、リーダー格の男はそう指示を出した。

 たしかに空を飛べない白兵戦に於いて、全方位から同時に攻撃されれば打つ手は無い。この時期の少年はまだ召喚武器や空を飛ぶ事も出来ないようだから確かに効果的である。

 周囲から同時に剣が振るわれ、華奢な体の至るところに赤い斬閃が生まれる。幾度となくそれが繰り返される。黒の革コートや衣服、僅かに露出した肌は、元の色が分からなくなるほどに赤に染め上げられた。現実であれば初撃、ないし次撃で即死しているほど深く刃が食い込んでいる。反対側から剣尖が突き出る攻撃もあった。胴体を両断する軌道もあった。

 だが――コメント欄を見なくとも、それが無駄であるとゲームに疎い私でも察せた。

 彼の頭上に表示される緑色のゲージは、一画素しか減っておらず、しかも一瞬後には一画素分の空白すらも緑で埋め直していたのだ。

 

『な……なんだ、コイツ……?』

『なんで死なねぇんだよ……?』

『い、いや、それ以前に、なんで部位欠損も起きてねぇんだ……』

 

 十数秒以上も斬り付けていながら一向に死ぬ気配――それどころか、まったく体力ゲージが減っていない事に気付いてか、体を満たしていた激情は沈静化したらしく、困惑と畏れを等分に見せながら男達が距離を置き始めた。

 そこで少年が右手を振り、二つのモノを取り出す。

 右手には、背中に吊る特徴的な鍔をした黒剣より遥かにグレードダウンした素朴な剣。

 左手には、濃紺色の大きな直方体のクリスタル。それが転移門でなくセーブした地点へ即時転移可能とする超高額な転移アイテムであると、コメント欄の補足が流れた。

 ――瞬間、少年の足が、大地を蹴り抜く。

 《123》という、文字通り桁違いのレベル(ステータス)差を見せつけるような速さで、少年は草原を疾駆した。後ろ手に拘束された少女と拘束し剣を突き付ける男との約十五メートルの距離は、コンマ数秒でゼロになる。

 

『な、ん――?!』

 

 ぎょっと、呆けているところに狙われ、一瞬で距離を詰められた事に男が愕然とした。

 背中に吊る黒剣を抜きざまの下段左薙ぎ。男の両足首が切断され、足部だけがポリゴンへと散り、当の男だけが地に倒れた。

 ぐぎゃぁっ、と間の抜けた叫びが上がる。

 

『……へ……?』

 

 助けられた当の少女は、背後の芝生で悲鳴を上げて転がった男に、茫然と顔を向けた。それからゆっくりと傍らに立った少年に目を向ける。

 約十五メートル離れたところで困惑のまま取り残された男達も、少女を捕えていた男が上げた悲鳴に振り向き、そこに姿を消した少年が立っているのを見てぎょっと目を剥く。

 

『な……い、何時の間に後ろに?!』

 

 リーダー格の男が驚愕の声を上げた後、ゆらりと剣と結晶をそれぞれの手に持つ少年が、倒れ伏した男の両手首を斬り飛ばす。

 やり過ぎでは、グロいな、という批判が飛ぶ。

 

 

 ――いや、アレで正解ダ。

 

 

 そこで、彼を擁護する内容があった。そちらに神経を集中させる。

 

 

 ――SAOのメニューウィンドウは右手で呼び出すし、ポーチに入れた転移アイテムを使うなら片手が無事ならいイ。終盤ボス戦の結晶無効化エリアじゃないトコなら転移結晶をポーチに入れとくのは基本だからナ。

 

 ――それに左手を飛ばしたのは、麻痺毒を塗られたピックや投げナイフを使われたら困るからダ。

 

 ――それを知ってるから、キー坊は斬り飛ばしたんダ。

 

 ――逃げられたら困るからナ。

 

 

「……なるほどな……」

 

 次々流れるコメント欄からどうにか主要な内容だけトピックし、意味を咀嚼する。そして()()の周到さに感嘆を洩らした。

 逃げ場、逃走手段を断つのは、警察官を主役としたドラマなどでも常套手段。

 SAOはゲームで、瞬間転移を可能とするアイテムがある以上、それを使えなくする事が必要となる。転移に必要なファクターは大別して『結晶アイテムを手に持つ事』と『転移対象・場所を口にする事』の二つ。口は恐らく部位欠損出来ない。そもそも判別し辛い発声でもランダム転移で逃げさえすれば勝ちな以上、もう片方の手を斬り落として持てなくしてしまう方がより確実なのは明らか。欠損状態も回復するとなれば、殺す訳でもないから躊躇う必要も無い。

 それなりに躊躇する事ではあるが――極限まで状況が切羽詰まっているなら、多少のモラルは踏み越えるだろう。

 

『お前達に選ばせてやる』

 

 両手足首を斬り飛ばし、ほぼ無力化した男に背を向け、少年はオレンジの集団へと体ごと向き直った。そして左手に持つ濃紺色の直方体クリスタルを掲げる。

 

『コレは《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》、セーブした場所に複数対象を転移させられる特別な転移結晶だ。監獄にセーブしたコレでお前達には牢に入ってもらう』

『……断る、と言えば?』

 

 冷や汗を掻きながら、にやりと笑って反抗心を見せるリーダー。

 その男を、少年は冷ややかに見詰め――

 

『殺す』

 

 ――と、決定的な言葉を、躊躇も無く言ってのけた。

 その躊躇の無さと無感動さに、傍らの少女も含めた九人がぎょっと目を剥き、足を退いた。

 

『て、テメェ……何を言ってるのか、分かってンのか……?!』

『ああ。この結晶で繋げた牢獄に入らないなら、お前達のHPを全部削り切り、この世界からも――そして、現実世界からも永久退場させると、理解した上でそう言っている。どうせ見逃したところで同じ事を繰り返すだろう?』

『い、いや……そんな事しない! 約束する! だから殺さないでくれ!』

 

 恐れ故か、オレンジの一人が顔を歪ませ、膝を突いて懇願した。周囲の男達は驚いて懇願する男を見るが、心が揺らいでいるのが目に見えて分かる。

 ――死にたくない、と。

 そう思っているのが、よく分かる。

 

『なら監獄に入るんだな』

 

 そう、少年は突き付けた。

 

『監獄は圏内だ、俺も手が出せなくなる。人の出入りもほぼ無い。圏内PKを恐れる必要もあまり無い……それはお前達が本当に信頼し合っているならの話だが、まあ無理だろう。男なら奪って殺す。女なら奪い、犯した上で口封じに殺すか、性処理道具にするか……お前達がしていた事くらいこちらも把握している。先に進む覚悟は無く、死ぬつもりもなく、ただ今を過ごせればいいお前達にとって自分の自由にならない状況は何よりも苦痛の筈だ』

『……()()()殺すってのか』

『そうだ。発散するのは勝手だが、その方法が悪かったんだよ、お前達は』

 

 冷たい表情で言った彼は、そこで、ふぅ、と息を吐いた。

 

『だがな、お前達の命を、俺の一存で左右出来る訳じゃない。俺は司法機関の裁判官じゃないからな。だから選んでもらう。自分達の命をどうするかは、お前達次第だ』

『――そうやって……そうやって選ばせてる時点で、お前の一存じゃねぇか……!』

 

 そこで、やや俯いたリーダーの男が口を開いた。剣を握る手はかなりの力が込められているのかぶるぶると震えている。

 声は、怨嗟に塗れていた。

 俯けられていた顔が上げられる。怒りと憎しみに歪んだ顔は、まっすぐ少年に向けられていた。

 

『コレで俺達に選ばせてるつもりか?! 実質一択なら、それはもう選択じゃねぇんだよ!』

 

 怒鳴り、喚く男。

 言葉()を叩き付けられる少年の眼は、それでも冷ややかだ。

 

『――お前達も同じだろう』

『あぁ?!』

『お前は今まで、『助けて』や『殺さないで』という言葉を聞いて来た筈だ。その上で、お前はどれだけのその言葉を無視し、どれだけの人間を殺してきた』

 

 冷ややかに――しかし、どこか()()の籠った言葉が、オレンジのリーダーに叩き付けられる。

 

『よしんば聞いたとして、お前はどれだけ逃げる人間を見逃した。少なくとも、俺にこの結晶を託した男は、圏内に入るまで追い掛けられたと言っていたがな』

『――あの時取り逃がしたヤツか……!』

 

 一夏(キリト)が持っている回廊結晶は、オレンジ達に襲われながらも命からがら生き延びたものだった事が判明する。そして、それをした者に、オレンジのリーダーは心当たりがあったらしい。

 忌々しげに、あの時殺しておけばという思考を顔に浮かべる。

 

『復讐の代行かよ……暇人か、テメェ』

『最前線の街中で涙ながらに叫ばれれば注意は引く。俺以外、誰も話を聞こうとせず、遠巻きに見ているだけだったがな』

『だろうな……けど、それで話を聞いて一人でここまで来たってのかよ? ヒーローごっことか莫迦みてぇ。偽善だな。そんな事したって、テメェの得にはならねぇよ』

『――かもな』

 

 リーダーの言葉、ふ、と幾度目かの笑み。

 それは、今までのものと違い、皮肉げではなく――

 

『だがな、仲間の仇、殺された――――()()()と、そう叫んでいた姿が、俺には演技には見えなかった。本当に求めてる助けを乞う声を、無視できなかった』

 

 ――どこか、壊れそうで、儚い微笑み。

 ズキリと、胸の奥が(いた)んだ。

 

『……正義の味方ヅラしたとこで便利屋扱いが関の山だ。搾れるだけ搾り取られて、用済みになったらポイ捨てされる。世の中じゃ理想なんか意味ねぇんだ』

 

 忌々しげに――しかし、当初と異なる別種の怒りとやるせなさで顔を歪めながら、絞り出すような声でリーダーのオレンジが言う。

 それは、まるで見てきたかのような――そんな重みのある言葉。

 

『――知ってるさ、それくらい』

 

 それに、同種の重みを載せた言葉が返された。

 

『この世は所詮、弱肉強食。(正義)が白と言えば、黒だろうと白になる。そういう時代だ』

『――――』

 

 少年の言葉を、男は歪めていた表情を茫然としたものに変え――――

 

『く、は、はははッ! はっはっはっはっはっはっは!』

 

 我慢ならないとばかりに笑い出した。

 リーダーの男が唐突に笑い始めた事に、取り巻きの男達も、部位欠損から回復した男も茫然とする。少女も立ち去る事すら忘れて棒立ちだ。

 少年は、目を(すが)めた。

 

『テメェ、そうか、そうかよ! 正義の味方じゃなくて、()()()! 毒で毒を制すつもりか!』

 

 剣を下げ、左手で額をバシンと叩いて、呵々大笑する男。

 

『なるほど、考えてみりゃそりゃそうだ! お(かみ)は正義側だもんなぁ!』

『り、リーダー? なにを笑って……?』

『んー? お前ぇらには分からねぇか?』

『え、ええ……』

 

 おずおずと、困惑を露わにする若い――恐らく高校生や大学生程度――のオレンジが問い掛ける。それに対し、リーダー格の三十代後半らしき男は、苦笑を浮かべた。

 

『あー、アレだ……俺とお前ぇとじゃ、人生経験ってヤツが(ちげ)ぇからな。その差だろ……――――おい、《ビーター》』

『ん?』

『テメェ、俺達が監獄に行かなないなら殺すって話……マジか?』

『ハッタリをしても意味が無いからな』

『そうか……』

 

 ハッタリの可能性も潰した事でリーダーが吟味するように唸り――最終的に、投降する事が決まった。途中若い青年達の反対もあったが、死ぬよりマシという言葉に黙り込んだのは、犯罪集団とは言えリーダーの統率力があったからか、青年達も自分が死にたくないと思ったからか。

 それを見届けた少年が、結晶体を掲げた。

 

『コリドー・オープン』

 

 そう文言を口にした途端、結晶体が割れた。彼の横に蒼く揺らめく光る渦が発生する。

 そこを通った先は二度と出られないのだろう監獄とやらに繋がっているのだ。

 実力差的に逃げられないと分かっているため、唯々諾々と――しかしながら、少年に対し憎しみの籠った睨みを向けながら、光の渦に来ていく青年達。

 そして、リーダーの男が潜る手前で止まり、少年を見下ろした。

 

『――《ビーター》。テメェは、若い頃の俺にそっくりだ』

 

 唐突の言葉。一夏(キリト)は、黙ってそれを聞く。

 

『ISさえ無けりゃ俺も真っ当に警官やってたんだがな。順当に就職して、真っ当にやってたとこに来て、女尊男卑なんてモンが出来て、家内には息子共々逃げられ散々だった。地位を上げたところで、『男だから』って理由で左遷されて、『女だから』って理由で部下の女が上に上がる。可愛がってた部下も傲慢なヤツに変わった……一つの地方の警察署内でそれだ。理不尽な理由で頭を押さえられて、上に上がれねぇ。むしろ上がろうとすればするほど押さえ付けられる。裁判も平等じゃねぇ。世の中たった数年でそこまで様変わりした……俺は、もう諦めた。こんな世の中、生きてる価値はねぇってな』

『……なら、何故監獄に入る? 殺して欲しければ俺が殺すが』

『バカ野郎。俺はもう人として道を踏み外したし、アイツらもそうだが……アイツらの中にはまだ中学生のヤツも居る。踏み外したなら、踏み外したなりに更生させとくのも警官の務めだ。踏み外させた元警官の俺が言ったところで説得力()ぇがな……』

 

 はぁ、と疲れた息を吐いて、それから少年に顔を向ける。

 

『そう考えりゃいいキッカケだったかもしれねぇ。テメェのストップが無けりゃ、テメェ以外の誰かか、同じオレンジに問答無用で殺されて、昔を思い出さなかった』

 

 そう言って、コイツはくれてやる、と腰から吊るし直していた剣を少年に投げ渡した。

 

『攻略組のテメェにゃ物足りないかもしれんが、スペック的には最前線でも通用する。予備武器としてならまだ使える筈だ。使わなんのなら売って(コル)に変えちまっても構わねぇ』

『……なんのつもりだ』

『――――ハッ』

 

 そこで、皮肉げで、嘲笑する笑みが浮かぶ。

 ――男にとっては、かつての己に向けた自虐の笑みだ。

 そのまま、光の渦へと進む。答える気は無いらしい。

 

 

 

『――テメェがそれをどこまで貫けるか見物だぜ。精々気張りな、悪の敵(ビーター)

 

 

 

 そう残し――元警官だったらしい男は、光の渦を潜り、監獄に消えた。

 

 






・オレンジ・リーダー
 現実では元警官と名乗った男。
 かつて『正義の味方』を目指し、志半ばで折れた人間。
 見た目で言えば三十代後半。かなりやさぐれており、口調が警察官と思えないほど荒い。
 『元』と付いているが、SAOに囚われる前に辞職したのか、囚われている間に無断欠勤からの退職扱いされていると考えての発言かは定かではない。
 ある意味女尊男卑風潮の煽りを思いっきり受けた人間。なにせ『女が暴れている』という通報を受けて押さえに行けば、『男だから』と訴えられ、『男だから』と敗訴する風潮である。警官はその煽りを受けやすいと言える。更に可愛がっていた後輩に見下され、『男だから』と性差別を理由に左遷されれば、現実はクソという思考になっても仕方ない。
 ――そんな抑圧された不満が、デスゲームに囚われ、抑圧する理由をほぼ喪った事で爆発した一人。
 PoHの『殺したのはプレイヤーじゃなくて、デスゲームを始めた茅場だ』、『PKはプレイヤーに許された権利だ、何が悪い』という趣旨の内容で《笑う棺桶》を立ち上げ、それに感化されオレンジが活発化した。
 少し遅かったら、この男はPoHに唆され、現実に戻っても狂人に入る《笑う棺桶》メンバーになっていた可能性がある。
 オレンジリーダーの中では最年長で、中学生、高校生を中心とした集団の頭目。集団と言っても十人に満たないが、少数を主流とした行動は警官にとって基本。抑圧されていた不満が爆発した事で道を踏み誤った。
 ある意味、キリトに阻まれた事で精神的に救済されたと言えなくもない。
 最後には、かつての己を重ねた事で初心を思い出し、でもやった事は消えないからと、後悔を抱きながらも前向きに監獄に入った。
 この男は、不幸にも(女尊)(男卑)に左右され、道を踏み誤ってしまった。

 ――憎しみに駆られながらも、心のどこかで若者を救おうとする願望を併せ持っていた元警察官。

 世が世なら(ISが無ければ)、きっと大成していたに違いない――――


 ちなみに。
 描写上、重要でないので触れていないが、プレイヤーネームは設定上《Sin》という。
 《Sin》は日本語での『罪』。
 厨二感溢れる名前なのは、ネットゲーム内でしか己を表現できない事の現れか、あるいは現実を皮肉ってのものなのか……



・織斑千冬
 《女尊男卑風潮》、ひいてはIS操縦者として《モンド・グロッソ》を優勝した事で、確実に一人の人間の人生を狂わせていた人物。
 数々の二次創作に於いてアンチされがちな点はここにある(と作者は考える)
 千冬自身、IS操縦者になる事で一夏を含め一家を復興、まともに過ごせる状態まで稼ぎを得たが、その影では何万、何十万単位の不幸や犠牲があった。それについて言及がない点が千冬の欠点。
 その《不幸》の中に、()()が入っているか、いないか――それが原作とアンチ二次の分水嶺。
 原作では、(大切)(な弟)が真っ当に幸福だから言及がない。
 しかし本作では、(大切)(な弟)は《不幸》の中。非常に遅く、また後輩の激怒を受けて漸く目を向け、そして知った。

 ――織斑千冬は、己の(シン)を目の当たりにしたのだ。


・レイン
 絶賛空気の女の子。
 いちおうオレンジに囚われ、あわや純潔を散らすところだったお姫様。
 今話に於いてヒロインであり、《ラグナロク・パストラル》に於けるヒロインなのだが、今話は元警察官の男に殆ど掻っ攫われている。

 ――後に、五十層LA《エリュシデータ》と、その前身である《ウェイトゥザボーン》とを(強化)(融合)させるマスター鍛冶師。

 この時点でキリトの命、己の全て、コペルの魂を含んだ剣の継承を頼まれる信頼を得た稀有な人間。


・キリト
 《笑う棺桶》の立ち上げの影響で活発化したオレンジが、攻略組――特にサチ達――とぶつかって欲しくないため、先んじて対処に動いていた()()()
 最初は殺すつもりだったが、依頼人から『監獄送りに』と超高額の回廊結晶まで用意されたので、筋を通すべく対話に応じている。これが無くただ『敵を討って欲しい』と言われれば問答無用で殺していた。
 ――その甘さが、後にレインとの関係を築くキッカケとなる。
 正義の味方では無く、しかし同時に悪の敵でもあるため、己を『正義の味方』とは言わないし、《ヒーロー》とも自称しない。殺しに手を染めた時点で自分が讃えられるべきではないと考えている。
 後に【解放の英雄】と呼ばれるようになるのは、ある意味皮肉である。

 ――英雄の道程には、数百もの屍が築かれているのだから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。