インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 サブタイトルからお察しの通り、今話で漸く闘技場バトル回です……とは言え、前半は例の如くです。

 そして今話で色々と本作初登場のキャラが出てきます。実は存在自体はずっと前から仄めかしている人物が一人だけ居るんです……さて、誰でしょう?

 ヒントはシリカ編でちらっと出ている存在です。

 ではどうぞ。前半はラン、後半はユウキによる姉妹視点です。




第二十章 ~堕ちし英雄達の凶宴~

 

 

「そんな事があったんですか……」

「うん……今までよりも随分酷くて……キリト君が去り際に挑発しなかったのは初めてだと思う」

 

 午前九時を回った頃、既にその時間になるよりも前に《スリーピング・ナイツ》は闘技場の中にて、早めに来てキリト君を出迎えようと考えていたアルゴさん、ディアベルさん、ヒースクリフさん、エギルさん、クラインさん達と共に待機していた。彼なら多分九時よりも早く来るであろうと予想した結果である。

 アスナさんは彼のホームに泊まっているらしいし、私達も昨日はギルドホームへ帰っていなかったので彼の家には赴かなかった。

 ヒースクリフさんからは彼のホームは色々と賑やかになっていると聞いていて、それが本来この世界に居ない筈の義姉だったり、空から唐突に落ちて来た少女だったり、眠り続けた少女とそれを拾った女性だったりらしい。

 その全員がここに来ると聞いて、特に義姉はどういった人物なのか実際に会ってみたかったから楽しみにしていた。

 その楽しみにしていた気分は、キリト君の姿を見た事で消え去った。

 九時になる前、何やら人が慌ただしく動いているなと思っていた、闘技場の外からは偶に男達の怒号めいた声が聞こえていたようにも思えた。それもキリト君が関わっている事で無いなら大した事ではないと思っていた、実際街開きが行われた最前線は数日間そういった事が絶えず起こっていたのだ。例えば品数の少ないレアアイテムの買い取り競争やレアなクエストだったりだ。

 しかし、私は……私達の考えは甘かったのだと、彼の姿を見た時に気付いた。

 彼の表情は硬く、少し前に見せていた明るさなど微塵も無かった。

 確かにどこから漏れるか分からない以上、私達と一定以上親しくしていると思われないよう《ビーター》として振る舞っているのはおかしくは無い。

 しかし、たとえ《ビーター》として振る舞っていたとしても、同じ戦う仲間として声を掛け合ったり、小さく微笑んだりなどは今までして来ていた。キバオウを初めとした悪罵を投げて来る輩以外、すなわち何時も傍観し続けている者達にも、回数こそ少ないながら笑みを向けていたのだ。

 闘技場に入って来て、私達を見つけた彼は、その笑みすら向けて来なかった。

 

『あの……キリト君、何かあったんですか……?』

『……誅殺隊だよ』

 

 気になって問い掛ければ、その一言だけ返してきた。それは訊かれたくない、言いたくないと言外に拒絶されているような気がして、私はそれ以上踏み込む事が出来なかった。

 それ以上聞いて来ないと判断したらしいキリト君は、《個人戦》で登場してくる敵の情報をより詳しく訊く為にアルゴさんに声を掛けた。何かを堪えるように眉根を寄せていたアルゴさんは、その表情を改めた後、彼を伴って人気の無い場所へと移動。

 その後に闘技場を訪れたアスナさん達の表情が一様に暗いのを見て、これは何かあったのだと思って話を聞いた。

 その話を聞いた後の反応が冒頭の私の言葉である。

 

「私達が思っていた以上にユニークスキルの件が尾を引いているようですね……」

「私の《神聖剣》と同様、恐らくは何かしらの条件を満たした為に発現したのだと思われるが……つまり彼以外の者には持ち得ない程に突出した何かがあったという事なのだが、それを責められる筋合いは無いと思うがな。むしろ最前線にも居ない輩が彼を貶めるなど言語道断だろう」

 

 ヒースクリフさんは恐ろしく硬い防御が売りの攻略組随一のタンクを務めており、恐らく防御力が関係して《神聖剣》を発現したのではと推察しているのを聞いている。

 確かに剣と盾の連携による攻防一体の技は強力だが、スキルをセットしただけで武具の耐久値を減少したり、防御力が上昇したり、パッシブスキルの一つとして盾の中心で防御するとノーダメージになるという特徴からも、その推察が外れているとは思い難い。そのタンクとして優秀と言われているのも、防御力という数値的な意味での事では無く、彼自身の一年半に及ぶ最前線での戦闘で培ってきた経験によるところが大きい。

 そういう意味では、単独でボス撃破を為したキリト君が《二刀流》というユニークスキルを会得するのは、ある意味で当然の流れと言える。

 それを最前線で戦っていない者達が罵倒するというのも確かにおかしな話である。

 

「ボクや姉ちゃん達もそれらしいスキルは出てないし……むしろキリトが習得したっていうのは納得出来る事なんだけどなぁ」

 

 ユウキが顔を顰めながら腕を組んでそう言う。

 【絶剣】という二つ名を与えられているユウキは、純粋な片手剣使いの中では最強格に位置しており、短時間であればキリト君と同様にボスを一人で受け持てる程に強い。

 キリト君とヒースクリフさん曰く、反応速度が反則的に高いため敵の攻撃を見てから避けるという事が可能になっている為に強いらしい。

 

「彼が《二刀流》を習得出来た条件って何だろうか……《片手剣》スキルを完全習得っていう条件なら俺やユウキ君も入るし」

「ボクより速く動けるからとか?」

「……いえ、もしかすると、片手武器系のスキルを多く完全習得しているからではないでしょうか? 数ヵ月前に聞いた時点でも既に数種類は熟練度を極めていたようですから」

「そういえば《二刀流》って、どういった条件でスキルが行使出来るようになってんだ? 俺達が見た時は片手剣を両手に持つスタイルだったけどよ、情報屋で流れている限りでは片手武器ってあったから、ひょっとして曲刀と細剣とか、そういった別の武器の組み合わせでも可能になってるんじゃねぇ?」

「確かにキリトは定期的に複数種類の武器を鍛え直しに来てたし……片手武器系スキルを複数種類コンプリートとか、そういった条件はありそうね。片手剣二本じゃなくても、極論細剣と片手棍の組み合わせでも二刀流とは言える訳だし」

 

 何時の間にか、キリト君が暗かった話から《二刀流》の習得条件へと話題が移っていた。

 まぁ、暗い話を続けるよりは精神衛生的にマシだし、彼もあまり触れて欲しくなさそうだったからこれで良いのだろうと思う。

 その条件について、シリカさん、クラインさん、リズベットさんが信憑性のありそうな予想を口にして、私達は少しばかり考え込んだ。

 確かに、私達は彼が複数種類の武器スキルを会得し、またそれらを使いこなしているのは聞いて知っているし、実際に何度かこの目にした事がある。

 言われてみれば誅殺隊との戦いの際、片手剣以外の何かを使っていたとか、そういった話を小耳に挟んだ事はあったような気もする。その時にどういった武器を使っていたとか具体的な話の内容は出ていなかったし、私自身あまり彼らの近くに寄りたくなかったから、右から左へスルーしてしまっていたが……

 

「……この世界に於いて、メインの他にサブとして武器スキルを鍛えている人が居たとしても精々一つが限度、更に言えば完全習得まではしていないでしょうし……彼みたく、完全習得まで且つ複数種類を成し遂げているのは他に居ないでしょうね……」

 

 このデスゲームでのスキル選択はとてもシビアで、よく考えて取らなければならない。

 勿論セットしたスキルを外す事も可能だが、その際に気を付けなければならないのは完全習得していないものを外すと、熟練度がリセットされてしまうという制限が存在する。一度セットして育てたものを外すのなら、その際にはそれまでに掛けた時間と情熱の全てを一度捨て去る事を覚悟しなければならないのだ。どんなスキルだろうが自分がセットし、育てたスキルなのだから、誰もがそれをしたくないだろう。

 しかし逆に考えれば、一度完全習得してしまえば一度外していようと再セット時はそのままなので、他のスキルを選びやすいという利点が出来る事になる。

 スキルセット欄はログイン直後だと二個あり、レベル4から10までは偶数レベルに達すると一つずつ増えていった、つまりレベル10になった時にはセット欄が合計で六個存在する事になる。それ以降は十の桁が一つあがる度に増えていった。つまりレベル20になればセット欄は七個という訳だ。

 最前線攻略組ともなれば、平均レベルが80、私やユウキ、アスナさんといった精鋭メンバーでその後半、ヒースクリフさんは95、キリト君がまず100以上は確実なので、彼のスキル枠は最低でも十五個以上のセット欄がある事になる。

 なのでしようと思えば武器スキルを複数種類セットする事は可能だが、それをする者は少ない。

 何故なら、武器スキルは《戦闘系》に区分されているスキルで、熟練度上昇は敵を攻撃する事に限られるからだ。勿論数値が高くなる程に一度攻撃した時の上昇幅は小さくなっていく。

 この世界で大量のモンスターに大量の攻撃をしなければならない。それが武器スキル一つずつに対して全て当て嵌められるのなら、誰も複数取って完全習得するまで鍛えようとは思わないだろう。

 《スリーピング・ナイツ》はたった三人の少数精鋭ギルドで、偶にアスナさんやクラインさん達のように仲の良い攻略組メンバーを加えての攻略もあるが、殆どはこの三人で迷宮区に潜る事が殆ど。つまり何時もパーティー人数ギリギリで迷宮区へ行く《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》のような大人数に較べて、一度の戦闘で一人当たりが稼げる攻撃回数が多くなるという事になる。

 私は《細剣》をメインに使っており、副武装として刺突属性耐性の敵と遭遇した時の為に《片手棍》を取っているが、それでも数値は漸く八〇〇といった所だ。

 勿論人数が少ないだけ一人が得る経験値が多くなり、必然的にレベルも上がりやすくなるので、一撃のダメージ量も大きくなるのに比例して倒すのも速くなり、攻撃回数が減る事も考えられる。

 この世界を作った茅場晶彦は、恐らくその辺の塩梅をよく考えて設定したのだろう。本当によく出来た設定だと思う。

 これらの事から考えると、キリト君が複数の武器をセットしている事はスキルセット欄の多さから、完全習得している事はソロである事による攻撃回数の多さ、そして全てのポッピングトラップをわざと踏んでいる事による戦闘回数の多さに起因しているだろう。

 迷宮区のトラップには実は二通り存在する。

 一つは宝箱などで発動する――《月夜の黒猫団》壊滅のきっかけとなった――ものが多く、一度発生源を解除すると二度と復活しないタイプ。

 もう一つがトラップ迷宮区と呼ばれる程に罠が多い迷宮区で出てくる復活型のもので、毒の状態異常になったり、一定の範囲内でポップ済みの敵をその場所に呼び寄せたりするものなどが有名だ。

 後者はそこまで危険度は無い。HPがギリギリの時などで踏んでしまえば一大事には変わりないが、それを常に警戒していればまだ対処にしようがあるからだ。

 誰もが問題視し……そして、キリト君が最も恐れているのは、むしろ宝箱や個室など分かりやすい場所で発生するトラップだ。何も無い場所でいきなりモンスターを無限に近いくらい湧かせるポッピングトラップも、そして閉じ込めるトラップも、どちらもが二度と復活しない前者のタイプでしか存在しないからだ。

 故に、最前線でこれらのトラップに誰かが引っ掛かった事は、一度も無い。それは低層を攻略している間もキリト君がわざと引っ掛かってトラップを解除していたからで……あのギルドが壊滅して以降、他の誰も掛からないよう苦心しているからだ。

 全てのポッピングトラップを踏み続けて来た事を考えれば、彼が複数種類の武器スキルを完全習得しているのは、むしろ必然なのだ。

 

「……あの子が一人で戦っているのは聞いていたし、本人からもして来た事は聞いたけど……ここまでだったなんて……」

 

 仮に《二刀流》の習得条件がこうであったなら、それは今までキリト君が歩んできた軌跡の結実であるとも言える。逆に考えればそれだけ辛い道を歩んできた事でもある……義姉のリーファさんにとってすれば、予想以上の過酷な環境で生きて来た彼の事を想うだけでも辛いだろう。実際に見て来た私達の辛さとは別の辛さを覚えている筈だ。

 彼女の口から、キリト君を始め、この世界を生きるプレイヤー達のアカウントログデータを見て、誰がどの辺を動いているかだけは追える事は教えてもらっているし、現実ではまだ死人が出ていない事から彼がデスゲーム化の犯人は茅場晶彦ではないと信じている事も聞いている。

 ゲームクリアと同時にHPを全損していたプレイヤー達も生還するという予想は否定出来ない。クリスマスイベント当時にも一度流れ、今でこそ下火にはなったが何度か話題として新聞に上がってはいる話題ではあるのだ。

 しかし、やはりHPを全損したプレイヤーが死ぬとしたら、彼が目の前で喪い、あるいはその手で奪ってきた命が彼に業となって降り注ぐ事は免れ得ない。

 ずっと彼の心の傷となっている過去のトラウマ、それによって突き動かされた彼がしてきた事の結実が《二刀流》なのだとしたら、アレは辛い環境に身を置かせてしまっている私達の罪の証でもある。幼い子供に全てを背負わせてしまった事に対する罪が、キリト君が得た《二刀流》なのではないかと思うのだ。

 他の誰でも無い、彼の《二刀流》だからこそ。本来あの歳の子が得るのはあり得ないと思えるユニークスキルを得た彼の《二刀流》だからこそ、その意味を持つのではないかと。

 

「あら? そこに居るのは……ディアベルさんじゃないですか?」

 

 私達が俯き、キリト君と《二刀流》の事を考えていると、ふと横から聞き慣れない女性の声が聞こえて来た。

 そちら顔を向ければ修道女めいた服を纏い、左腰にダガーを差し、深い茶色の髪を三つ編みにして肩に垂らして眼鏡を掛けた女性が、蒼髪白銀鎧姿の騎士ディアベルに顔を向け、小首を傾げていた。

 

「さ、サーシャさん? え、何故あなたがここに?」

「ああ、今日ここで攻略組の戦いが聞けると知った子供達がはしゃいで……夢を抱いている子供達を宥め切れずに。私自身、見て見たくもありましたから」

「そうだったんですか」

「ふむ……ディアベル君、そちらの女性はどちらなのかな?」

「えっと、こちらの女性はサーシャさん。第一層の東七区にある教会で年齢の低い子供を集め、孤児院のような施設として動かしている人なんです」

「初めまして。サーシャです」

 

 そうディアベルさんが紹介した後、サーシャさんは頭を下げて挨拶してきた。

 話を聞けば、どうやらずっと前から孤児院的な施設を教会を使って運営していて、年齢レーティングより下の子供を集めていたらしい。どうやら私達が聞いた事のある低層で子供達が生活しているという話は彼女が集めた子供達の事らしかった。

 ちなみにだが、サーシャさんはシリカさんの事も知っていた。どうやら定期的に各層の街や村を――レベルより上だと転移門のある場所に限られるが――回っていたらしく、そこで出会ったのだとか。

 二人が会ったのは第二十層で、その時にはシリカは使い魔が居たし野良パーティーを組んで戦っても居たので、サーシャさんも来るよう強要はせず、顔見知り程度に留めていたという。

 そこまで聞いて、もしかしてと思った私は、ユイちゃんの事を訊くことにした。

 

「あの、サーシャさん、この子の事を聞いた事や見た事はありませんか? ユイちゃんと言って、第二十二層の杉林の中に昨日倒れていたらしいんですけど……」

「……?」

 

 ユイちゃんの両肩に手を置きながらサーシャさんに問えば、ユイちゃんは小首を傾げながら彼女を見上げた。

 サーシャさんはそんなユイちゃんをまじまじと見たが、暫くしてごめんなさいと謝罪しながら頭を振る。

 

「ここまで幼い子供は一度しか見た事が無いです……見たとしたら忘れないでしょうから。カーソルも無いようですし……」

「そうなんですか……」

「あっ! サーシャ先生、やっと見つけたぜ!」

「サーシャせんせー!」

 

 申し訳なさそうに言うサーシャさんに気にしないで欲しいと言おうとした時、少し離れたところから場違い感のある明るい子供の声が聞こえた。そちらを見やれば、観客席に繋がる通路から十数人ほどの男女混合の子供達が、サーシャさんを見ながら走って来るところだった。

 多分年の頃はユイちゃんと同じかちょっと上くらい……恐らく小学生高学年くらいだろう。キリト君よりは確実に年上である。

 

「あら、もう闘技場の探検は済んだの?」

「おう!」

「すっごく楽しかった!」

「鷲とか鷹の銅像があったんだぜ! 物凄く迫力があってさ!」

「床に敷かれてる絨毯も凄いふわふわだし、まるで王宮みたいだった!」

 

 興奮気味にサーシャさんに報告し、それらに彼女は良かったわねと微笑む。

 

「ちょ、ちょっと待ってよぉ! 速過ぎだってば!」

 

 その時、また聞き慣れない声が聞こえた。トーンは高いが私とそこまで変わらない声のそれは、結構な喧騒に包まれている闘技場ホールの中でも子供達に負けず劣らずしっかり芯があり、私の耳にもハッキリ聞こえた。

 それを聞いて、子供達がしまったというような顔になった。

 

「もー! バラバラに行動するわ、人数が足りなくなるわ、果てには全員合流してホールに戻って来るわ、一回でもいいからメールで何処に行くか連絡しなさいよ! お蔭で闘技場中を探し回る羽目になったじゃない!」

「「「「「ご、ごめんなさい!」」」」」

 

 走って来るや否や子供達を叱った人物は、アスナさんやリズベットさんとそう変わらなさそうな年頃の女性だった。肩甲骨辺りまでの赤い髪、紅い瞳、所々が露出した黒いゴシックドレスを身に纏った女性は、何故か両の腰に先細りになる細剣のような片手直剣を二本差していた。

 離れないようあれほど注意していたでしょ! と叱っている様子、そしてサーシャさんが苦笑してる様子から、どうやら子供達を引率していた別の世話人であるらしい。

 

「またやってしまったのね……レインさん、ごめんなさいね。言い聞かせてはいるのだけど」

「ああ、別にそこまで怒ってはないんです。ただ圏内でも絡まれたら危ないし、ましてやここは最前線だからステータス的に勝てないし……って、サーシャさん、そっちの人達は……」

「あ、こちらの方達は攻略組の方々です」

「……いや、サーシャさん、暢気に言ってるけどそっちの人達って全員攻略組最強クラスのプレイヤーだからね?! 二つ名持ちばっかりじゃない!」

「「「「「ええッ?!」」」」」

 

 サーシャさんに自己紹介した時は、あの攻略組ですか、と驚いただけだったが、新たにやって来たレインと言うらしい女性は私達の恰好を見ただけで誰が誰か分かるらしく、物凄く驚いた様子で叫びを上げた。

 それに子供達が驚き、そして喜びに満ちた大声を発した。

 

「え、じゃあ【絶剣】っていう人もいるのか?!」

「あ、【絶剣】はボクの事だけど……」

「じゃ、じゃあ【穹の騎士】って人は?!」

「それは多分俺の事かな」

「ディアベルさんだったんですか! な、なら、【閃光】っていう人は?!」

「わ、私かなぁ……」

「なら【紅の騎士】っていう人は、そっちの赤い鎧の人?!」

「む……そのような二つ名があったのか」

「うわ! だったら多分【舞姫】っていう人も……?!」

「……恐らく私の事なのでしょうね」

「「「「「おおおおおおおおおッ!!!」」」」」

 

 子供達が口々に出してきた異名に、アルゴさんからちょくちょく教えてもらっていた私達が一人一人反応していく度に子供達が歓喜に沸く。

 いや、まさかここまで喜ばれるとは、予想外だった……

 そういえばヒースクリフさんの二つ名、初めて聞いたような気がする。まぁ、あの人はとても礼儀正しいし、人を護るその様から正に騎士らしいから、その異名はとてもしっくり来るものではある。

 ちなみにだが、クラインさんには【仁義の侍】、エギルさんは【戦闘商人】という二つ名があるらしい。クラインさんの場合は素材集めに下層や中層へ下りた際に困っている人達をギルドで助けたりしていて、エギルさんも殆ど同様だと言う。一部からはトルネコさんと言われているとか……恰幅らしさは欠片も無い。

 

「すっげぇ! 有名人が勢揃いじゃん!」

「じゃああの人も居るんじゃないのか?! ほら、レイン先生と知り合いの【黒の剣士】っていう人!」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 そして、何時か来るだろうと予期していた【黒の剣士】という異名が出て来た際、レインさんと知り合いであるという事に私達は驚き、彼女に目を向けた。誰も知らなかったのだ。

 私達の視線を一気に受けた彼女は、しかしキョトンと首を傾げるだけだった。

 

「あれ? 何も聞いてなかったりする?」

「聞いてませんね……」

「あっれー? エリュシデータとウェイトゥザドーンを融合させた話はしたっていうのは聞いてたんだけど……?」

「……もしかして、それをした鍛冶師ってあんたの事なの?!」

「あ、うん、そうだよ? わたし、これでもマスター鍛冶師ですから!」

 

 ついでに《裁縫》スキルもマスターしてるんだー、とあっけらかんと朗らかに言ったレインさんに、私達は開いた口が塞がらなかった。

 確かに、キリト君が昔から【継承】で使い続けていた愛剣ウェイトゥザドーンと五十層LAであるエリュシデータを融合強化した鍛冶師の事は謎に包まれていたので、誰もが気になっていた。

 リズベットさんに会う前の事だったから尚更だ。リズベットさんの所へ向かったのもダークリパルサーのように強力な片手剣を求めてのこと、つまりナンちゃんの鉤爪を作った彼自身がした事では無い、それだけの熟練度が無かったから。そもそも知り合いの鍛冶師と言っていたから彼以外の誰かであるのは確定だったし。

 だからずっと気になっていたのだ。あれほどの業物を二本を、更に片方がLAボーナスの武器というユニークなレアリティの武器を喪う可能性がある融合強化を引き受けた、その人物を。

 それがまさか子供達の引率で振り回されていたレインさんだとは思わなかった……

 

「えっと……レインさん? あなたが彼と知り合ったのは……?」

「年明けから殆どすぐだったかな?」

 

 アスナさんの問いに、レインさんはそう答えた。もっと詳しく訊けば、レインさんが鍛冶に使う鉱石と子供達のご飯となる素材を集める為に第三十層台で獣系モンスターが出るフィールドをはしごしていたらしいのだが、その際にオレンジプレイヤー達に襲われてしまい、危機に陥ったのだという。

 問題がそのオレンジプレイヤー達で、女尊男卑によって苦しめられた大人の男達によって構成されていた。

 一人で動いていたレインさんを獲物に定め、麻痺毒を塗ったナイフを当てて動けなくした後……子供達が聞くには憚れる事をしようとしていた。

 そこに現れたのがキリト君だったらしい。

 当時の彼はシリカさんの時のように、様々なオレンジギルドやオレンジプレイヤー狩りを行っては監獄へ送り、中にはHPを全損させた者もいるという。

 アルゴさん経由でシリカさんの時の様に監獄へ送って欲しいという依頼を受ける事もあれば、活動が活発になったオレンジを粛正する意味で動く事もあったらしく、それで動いていたキリト君は、正にその頃増えていた女性殺しのオレンジギルドの話を聞きつけて、レインさんが襲われている場面に遭遇した。

 

「もう色々と凄かったよ。私を人質に取ったオレンジの男の人の手を一瞬で斬り落としたと思ったら、何時の間にか周囲に居た仲間数人の武器を一瞬で纏めて破壊してるし、両足を切断して逃げられなくしてるし……気付いたら回廊結晶で監獄へ送られてたから、それが本当にあった出来事だと疑うくらいだったもん」

「「「「「あー……」」」」」

 

 《笑う棺桶》討伐戦の時の暴れ振りを知っている私やユウキ達は、一様にレインさんの話からそれが実際にあった事なのだろう事がすぐに分かった。

 確かにキリト君、人間相手になるとボスを相手した時以上に動きが良くなる。彼の話ではかつて現実でPoHに教えられた時の事が関わっているらしい。

 

「オレンジを一瞬で畳むくらい強いのか……! なぁ、レイン先生、どんな人なんだよ?!」

「どんな、かぁ……そうだなぁ…………一言で言えば、優しい人、かな」

「強い、じゃないの?」

「強いよ、誰よりも。きっとこの世界の誰よりも強くて、多分誰も届かないくらい……その強さの根幹は優しさなんだと思う。色んな人から誤解されてるけどね」

「レイン先生も無理なのか?」

「わたしなんて全然だよ。そもそも、わたしが片手剣の二刀流をしだしたのって、彼を真似たからなんだよ? 案外しっくり来たから前に較べて多少強くはなったけど、そもそもわたし最前線で戦った事なんて無いし」

 

 なんと、彼女が二本の片手剣を差しているのは彼が関わっていたらしい。

 

「……ん? あれ、レインとサーシャと……何で孤児院メンバーが居るんだ?」

 

 その時、どうやらアルゴさんとの情報交換諸々が終わったらしいキリト君が帰って来て、顔見知りらしいレインさん達を見て首を傾げた。

 というか、どうやらサーシャさんとも顔見知りらしい……ユイちゃんを見た時に、一人しかとか言っていたが、どうやら予想通りキリト君の事のようだった。

 

「あら、キリト君。久し振りですね。元気にしてましたか?」

「……まぁ、うん、一応……それで、何でここに?」

「攻略組の誰かが闘技場で今日戦うって聞いたから、この子達が見に行きたいって言い始めて聞かなくてね……それで観戦しようと思ってきたんだよ。キリト君は?」

「俺はもう少ししたら出場する為だけど」

「「……はい?」」

 

 どうやら攻略組が出るというのは聞いていても、《ビーター》だとか【黒の剣士】だとかキリトだとか、そういう個人をある程度限定出来る情報が流れていた訳では無いらしく、サーシャさん達は呆気に取られて固まった。子供達も本当に自分達より背の低い子供が出るのかと疑わし気に見ていた。

 しかし黒尽くめ、背中に背負った二本の片手剣から受ける印象は強者のそれで、更に言えばキリト君の目つきは鋭く昏いものになっていたから、それが嘘だとは思われなかったらしい。それ以前に私達やレインさん達と知り合いらしいと察した時点で、嘘だと断じれないのだろう。

 色々な感情を一斉に浴びた彼は、それでも一切怯む事無く準備をするために出場者控室の方に行った。

 あまり大勢は行かない方が良いだろうとの事で軽く話し合いを持ち、未だにショックから立ち直れていない事もあって何人か辞退した結果、私が彼と共に向かう事になった。ギルドリーダーを務めており、且つその中でも歳が近い為である。

 そういう訳で控室に入った。控室は割と狭く、まるで何かの取調室のように小さな机と二つの椅子が対面に並べられているだけ。まぁ、余計なものが無いのは集中出来る事になるから、こちらの方が良いのだろう。

 椅子に私が座った後、てっきり彼も座るものかと思っていたが、彼は立ったまま目を瞑った。瞑想し始めたのだ。

 

「キリト君、大丈夫そうですか?」

 

 何となく、どこか緊張しているような気がしたし、それに転移門広場での事もあったから私は心配になり、瞑想の邪魔になってしまう事を申し訳なく思いながら問うた。

 彼は目は開かないで、口を開いた。

 

「実際に見てないから何とも言えないけど……全力を尽くすだけだ。それにここで勝たないと攻略がストップするし…………まぁ、最後に出て来る敵の情報が一切無いというのはちょっと気になるけど」

 

 最後の戦いは苦しくなりそうだと、それまで苦笑を浮かべていた彼は難しい表情となった。

 

「『真の強者』……これが何を指しているのか分からないんだよ」

「単純に最後まで戦い抜いた人の事なんじゃ?」

「それならただ戦い抜いたとか、生き抜いたでも良いだろうし……今までボスに関する情報は全て何かしら出て来たのに一切皆無というのも気になる。攻撃の特徴くらいあっても良い筈なんだけどな」

 

 キリト君の言葉を聞いて、私は胸中で確かにと頷いた。

 確かに、言われてみればこの闘技場は色々と設定がおかしい。そもそも制覇する前に挑戦した者が敗北したら、制覇するまで受けられないという制限がある事は、極論囚われているプレイヤー達全てが失敗すると攻略が進まなくなる事を意味する。

 本物かどうかは知らないが、あのがらんどうのローブアバターを操っていた男は『鑑賞するため』と言っていたのだから、これは矛盾する話なのである。

 それに《個人戦》で出て来る敵が、《パーティー戦》の時とは違ってボス、しかもフロアボスに匹敵するHP量を誇るなど明らかに妙な話だ。《パーティー戦》や《レイド戦》ならばいざ知らず、同じ攻略組ではあるキバオウですら一瞬で倒してしまう相手を単独でどう立ち回れというのか。

 そして一切の情報が無いというのもおかしな話だ。『真の強者』というのも何を以てして強者と言うのか。レベルか、装備の上等さか、ユニークスキルホルダーである事か、一定の人数を擁するギルドリーダーである事か……ただ最後の敵まで辿り着いた者を指していないのかと、キリト君の疑問を受けて私も思った。

 この闘技場、本当に茅場晶彦が作ったのかと、そんな事まで思ってしまう程だ。

 

「……この闘技場、何かあるな」

「……何故、そう思うんですか?」

「フェアネスさが感じられない……それ以前に開幕直後に挑戦者を倒すとかも設定としておかしいから。あとは勘だな」

「勘ですか……」

 

 キリト君の勘というのは結構侮れない。実際それを命を救ってきたというのは多くあるらしいし、ボス戦で嫌な予感がしたからと準備をしていたから助けられたという話は枚挙に暇がないくらいだ。かく言う私もそうである。

 その会話を最後に、キリト君は黙り込み、私も同様に黙った。

 コチコチと、室内の壁に掛けられたアンティークな時計が音を響かせ、午前十時を知らせる為に合計十回の低い音が鳴り響いた。

 

「時間か……行って来る」

 

 一言短く言って、腕を組んで瞑想していたキリト君は控室を出た。

 私も後を追い、右に伸びる挑戦者が出る廊下を進む小さな背中を見る。

 

「応援してます……無理しない程度で、頑張って下さい」

 

 私の言葉に、【黒の剣士】は二刀を抜き払う事で応えた。

 

 ***

 

 控室のある廊下から観戦すると言った姉ちゃんを除いたキリト擁護派のメンバーが観戦席に揃い踏みし、更にはディアベルやキリトと知り合いらしかった子供達を引率していたサーシャさんとレイン、そしてシリカとリズベットが転移門広場に駆け付ける際に情報を与えたレインさんの知り合いらしい女性フィリアさんを加えた面子で、ボク達は野球スタジアムの如しコロシアムの観戦席に腰掛けていた。

 フィリアさんはソードブレイカーという峰の方に付けられたギザギザで剣を挟むと、武器破壊確率をブーストするという攻撃性と防御面に富んだ大振りな短剣を主武装とした女性で、基本はソロなのだがレインと同じく稀に孤児院の手伝いにも行くらしい。トレジャーハンターらしく、ダンジョンで見つけたお宝を売ったお金の幾ばくかを孤児院に寄付し、サーシャさん達を手助けして来たという。

 そして驚いた事に、彼女もキリトと顔見知りであるという。

 ただし状況からして恐らくキリトの方は覚えていないらしい。

 というのも、フィリアさんがキリトと出会ったのはただの一度、しかも第五十層が開かれたあの日の迷宮区だったからだ。

 クリスマスイベントを狙って攻略が一時ストップしていたのを狙ってお宝探索に向かった際にキリトと会った。最初は危ないから一緒に帰ろうと言ったのだが、その眼が昏い闇に閉ざされていた事に恐怖を覚え、声を二回も掛けようとは思う前に立ち去ってしまったためそのまま帰り……後日、第五十層攻略を成し遂げた事と《ビーター》の話から、彼が【黒の剣士】キリトである事に気付いたのだと言う。

 確かにあの時のキリトは相当精神を追い詰めて病んでいたから、その間に知り合い以外の人物の顔を見ても記憶には残していないだろう。

 ちなみに、レインとフィリアは以前はタッグで行動していたようで、その頃の馴染みとしてレインがフィリアの短剣を鍛え続けて来たらしい。何度も強化を繰り返し、偶に露店で売りに出してきた事から、よく買いに来たり強化を依頼してくる固定の顧客もゲットしており、リズが店を構えた鍛冶師であるなら彼女は露店を開く隠れた鍛冶師という事になる。

 

「あ! 出て来た!」

 

 色々と情報を交換し合っていると、どうやら時間が来たようでリーファがキリトの登場に気付き、声を上げた。

 それを待ち遠しく思っていた娯楽好きなプレイヤー達が歓声を上げる。一先ず彼の年齢が明らかに幼い事には何も突っ込まない方向らしかった。

 

『これより、第七十五層コリニア市闘技場《個人戦》を開始致します』

 

 魔法的なもので拡声器の役割を持たせているのか、どこかから女性NPCらしき声が聞こえて来た。それに合わせ、闘技場のアリーナ中央に移動したキリトの頭上に、デュエルで表示されるものと同じパネルが表示される。

 パネルには《Kirito VS The OneWing Forginengel》と表示されていた。

 それと同時、闘技場の天に蒼黒い暗雲が渦巻き、風が起こった。その暗雲から一条の雷光がアリーナへと落ちて爆雷が発生する。

 ボク達から見てキリトは丁度左に位置しており、つまり敵は右に位置しているらしかった。

 その右側、爆雷が落ちた場所には、気付けば一人の人影があった。後ろ腰よりも長い銀髪、右の肩甲骨辺りから見える堕天使を思わせる大きな漆黒の翼、体を覆うピッタリとした黒いロングコート。左手には逆手で数メートルの長刀が握られていた。

 その男の頭上には五本のHPゲージと、パネルに表示されたものと同じ英語表記……《片翼の堕天使》の意訳になるものが綴られていた。

 

『お前の力を見せてみろ』

 

 静まり返り、声がよく響くようになった闘技場中に、その男の爽やかな声が響き渡る。

 男は声を発しながら逆手持ちだった長刀を順手に持ち直し、右手を添えながら、刀身を右に来るように、刀身の腹をキリトへ見せるようにして持ち上げて構えた。翳すかのようなあの構えが、あの男の構えなのだ。

 デュエル形式らしい試合開始時間が刻一刻と減っていく中で、キリトもまた二刀を抜いて左右に開き、切っ先が上を向くよう構えた。

 そして開始時間が残り一秒になったその時、男が長刀を右腰に擬するように構えた。アレが、キバオウを一瞬で倒した攻撃の予備動作だ。

 そしてその予備動作を見せ、あの言葉を口にして……

 

 

 

『終わりだ』

 

 

 

 淡々と、明確な死を突き付けるように、男が短く声を発したのと同時、姿が煙った。

 

「はぁああああッ!!!」

 

 直後、キリトの裂帛の大声が響き渡った。

 彼は二刀を刀身がブレる程の速さで縦横無尽に振り回していた、たったの一瞬の出来事だったが光を遮る黒と反射してもしっかり見える翠だったから分かった。

 その剣を振る動作に合うようにして、ギギギギギギギギンッ! と合計で八回の金属のぶつかる音が耳朶を打つ。キリトのHPは、男と同様に一ドットたりとも削れていなかった。

 八回。あの男はあれだけの長さを誇る長刀を一瞬で八回も振るい、その攻撃をキリトは全て二刀で的確に弾いて見せたのだ。

 

「「「「「すっげぇ?!」」」」」

 

 子供達にはきっと残像も見えていなかっただろうが、それでもその凄さは伝わったらしく、男女共にただ称賛の叫びを上げていた。

 

「おおおおおおッ!!!」

 

 男はキリトの背後へ移動していて、長刀を振り抜いたまま固まっていた。恐らくシステムで規定された敵側の硬直を受けているのだ。

 その隙を突くように、キリトは右回りに振り向きながら翡翠剣から深紅の光を迸らせ、数メートルの距離を突進突きで一気に詰めた。男の背後からのソードスキルでクリティカルが入ったようで、ぐはぁっ、と呻く声が響く。HPが以外にも三割削れた。

 どうやら人型であるためか、それとも理不尽な速さのためか、HP量か防御力値はそこまで高くないらしい。

 普通なら《ヴォーパル・ストライク》は単発と言えども高威力を誇る上位ソードスキルであるので一秒以上の硬直が課されるのだが、キリトはそれを無視したように、右の黒い剣に紅く輝く光を宿した。

 肩に担ぐようにして構えられた黒剣は、すぐさま高速で放たれて五回の刺突が堕天使の背中に突き刺さる。すぐさま持ち上げられた剣は袈裟掛けに振り下ろされ、真上に斬り上げられ、そして体を軽く捻りながら唐竹割りに全力で振り下ろされる。八連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》だ。

 

「まだまだぁッ!!!」

 

 《ハウリング・オクターブ》の後、黒剣は右に振り抜かれ、翡翠の剣は左に切っ先を向けたままになっている。その剣を持つ手首を返し、キリトは高速で青白い光を宿した右薙ぎと左薙ぎからなる二連撃を放った。

 剣を持つ手と同じ側から左右に薙ぐアレは二連撃ソードスキル《ホリゾンタル・アーク》というスキルで、腰に構えてから抜刀術のように薙ぐ《スネークバイト》とは逆順序の技だ。《ホリゾンタル》シリーズの二連撃版というだけだが、それでも使い勝手は中々良い。

 八連撃でHPゲージを残り四割まで減らされていた男は、この二連撃で最上段を削り切るギリギリまで減らされた。

 直後、今度はこれまでと違って左右両方から光が迸った。蒼の光を宿した二刀をキリトは振るい、黒の剣で袈裟掛け、翡翠剣の逆袈裟、翡翠の剣で左薙ぎを放ち、強烈な右刺突、最後に左刺突を連続で放った。

 これで衆人環視の中では初めて放つ事になる《二刀流》ソードスキルは、《片手剣》スキルでも中位にならないと習得出来ない五連撃だった。それでもダメージ量は二本目の八割まで、つまり二割弱しか削っていないのでそこまでランクは高くない事になる。

 

『ぐぅ……!』

「スターバースト……ストリームッ!!!」

 

 攻撃を受け続けている男の苦悶の声の直後、キリトは蒼白い光を二刀に宿しながら強烈な攻撃を始めた。その攻撃は青眼の悪魔、紅眼の悪魔達に放っていたあのスキル。

 本人曰く、《二刀流》スキルの中でも多い部類に入る十六連の上位剣技《スターバースト・ストリーム》だ。

 高速で斬撃が叩き込まれていき、最後の左刺突が入ろうとしたその瞬間……男は闇に包まれて姿を消し、刺突が空を切る。

 

『調子に乗るな』

「な……?!」

 

 そして、男は硬直で動けないキリトの背後からいきなり姿を現し、黒い羽を散らしながら長刀を振り上げた。

 無論キリトはそれを諸に受ける事になり、小さな体躯が数メートル宙を浮く。堕天使は再び闇を纏った瞬間移動で、空中に居るキリトの背後へ移動した。

 ここで初めて、相手の片翼の存在の意義に気が付いた。あの男は空を飛べるのだ、少なくとも幾らかの滞空は可能なのだろう。

 つまり空を飛ぶ手段が無いキリトにとってすれば打つ手が無く、このまま格闘ゲームの嵌めコンボのようにやられるしか無い事になる。

 

「舐めるな……ッ!」

『何……?!』

 

 しかし、キリトは諦めていなかった。彼は空中で不安定な姿勢にも関わらずソードスキルを、緑色の攻防を引きながら突進する《ソニックリープ》を放ち、背後へ回った堕天使に斬り掛かった。当然長刀を振りかぶっていた男はシステムに規定された以上の動きが出来ないので対応出来ず、そこで斬り飛ばされ、地面へと叩き落とされる。

 一撃受けたキリトの残りHPは八割強、男のHPは既に半分を割り込んで、三本目が全損しようとしていた。瞬間移動したのは《スターバースト・ストリーム》の威力が半端無かった為に半分以下になったからだろう。

 つまり、この堕天使相手ではここからが正念場になるという事だ。

 

『全ては闇の中に……!』

 

 その言葉を放つと共に、堕天使の周囲に揺蕩う黒い闇が収束し、紅い光を体から放ち始めた。恐らくアレが情報に出て来た状態なのだろう。

 それを見たキリトがぐっと警戒したように力み……

 

 

 

『ぶるあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』

 

 

 

 唐突に響き渡った野太い怒号に、堕天使を除いた全員がびくりと肩を震わせた。

 その発生源は、キリトが出て来た方とは逆の位置にある選手出場口だった。

 そこから一人の大柄な男が出て来たのである。長めのウェーブが掛かった青い髪、焼けた浅黒い肌、青が特徴的なピッチリとした戦闘スーツに浮かぶ筋骨隆々とした大きな体躯、そして身の丈に迫る程のギザギザとした凶悪な両刃の戦斧を持つ男が、空恐ろしい形相で走って出て来たのだ。

 

「な……そんな?! あの堕天使を倒したら二戦目の斧使いが出て来るんじゃないの?!」

「オイオイ……ボスを二体同時に一人で相手とか、ヤバ過ぎだろ!」

 

 ボクとクラインは一番に驚愕から意識が戻って、あってはならない事だと口にした。しかし実際に目の前で起こっている事であるため否定しても意味が無い。

 

『貴様からは英雄の匂いがするゥ……故に、俺は貴様を……ぶち殺ォすッ!!!』

 

 そう宣言した男の頭上には《The Genocide Bersercar》と表記されていて、二戦目と想定されていた斧使いであるのは明白だった。

 

「ア……そうか、そういう事カ!」

 

 そこで唐突にアルゴが何か気付いたような声を発し、ボク達は一斉にそちらへ顔を向けた。

 アルゴの顔は焦燥に満ちていた。

 

「オレッち達は早とちりしてたんダ! 誰もここがご丁寧なトーナメント式だとか、ゲームでよくある勝ち抜き式だとか見てないし、説明を受けた訳でもなイ! この戦いでは、一戦目の相手のHPを半分以下に削ったら二戦目の相手が出て来るように、多分最初からなってたんダ! ボスラッシュなんだヨ!!!」

 

 ボスラッシュ。

 一応、幾らかゲームをしたことがあるから、名称くらいは聞いている。ゲーム中で戦って倒してきたボス達を連続で相手していく特殊な仕様だ。

 しかしHPが半分になったら出て来るなんて、そういうのはありなのかと思った。普通は一体目の敵を倒した時に出て来るだろう。

 ボクの、誰もが驚きに固まる中で発した問いに、アルゴは険しく焦った表情を二体のボスを相手に大立ち回りを始めたキリトへ向けながら、答えた。

 

「一応あるにはあル。二体のボスが一セットの時で片方が矢鱈弱い時、何かしらの条件を満たした時に出て来るんダ……途中からおかしいとは思ってたんだよ、攻撃力や初っ端の技のえげつなさの割にあまりにも堕天使の防御力が低すぎるッテ。それに第二層でもあった事がここデ……こういう事だったのカ……!」

『引き裂いてやろうかァッ!!!』

「ぐ……ぁあッ!!!」

 

 もしかしたらしっかりその情報を集められたのかもしれないと、そう悔やんでいる事がよく分かる表情のアルゴの視線を辿れば、斧を振り抜いて汚泥を思わせる濁った色の衝撃波が地を走り、避けようと横に跳んだキリトの足に掠り、跳躍を狂わせて転ばせる光景が見えた。

 

『闇に落ちろ』

「ッ、セァッ!」

 

 吹き飛び、立ち上がったキリトへ追い打ちをかけるように、彼を囲むようにして周囲に闇色の中に蒼白い雷がバチバチと爆ぜる球が十数個出現した。

 それを見て、キリトは腕を交叉して二刀を構え、腰を落とし……翡翠色の光を迸らせて同時に振り抜いた。

 彼の周囲に翡翠色の剣閃の他に黒色も混じっているのが見える衝撃波を受け、闇色の球が放射状に吹っ飛び、暫くして爆発する。

 

『皆殺しだッ! 微塵に砕けろォッ!!! ジェノサイドブレイバァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 漸く窮地を脱したと思ったのも束の間、狂戦士が斧を突き出して構えたと思いきや、その戦斧の中心にはめ込まれていた紫色の宝石から赤黒くて禍々しいオーラが発生。それから技名らしきものが叫ばれた直後、同じ色をした極太の閃光が斧の先から放たれる。

 彼はそれを見て、二刀を眼前に翳して防御の姿勢を取った。

 

「ダメだキリト、防ぐんじゃなくて躱せェッ!!!」

『縮こまってんじゃねぇぇぇぇええええええええええええええいッ!!!』

「ッ?!」

 

 それを見たクラインが叫んだのとほぼ同時、何と狂戦士がキリトの真横に瞬間移動した。いや、姿がブレるのは見えたから超高速移動なのかもしれないが……とにかく、防御姿勢に入っていたキリトはそれの反応が遅れてしまった。

 防御に対して過剰に反応するという情報を忘れてしまっていたのだ。ボクもクラインが指摘するまではすっかり忘れていた。

 どうにか避けようと狂戦士とは反対側に跳んだキリトは、しかし巨大な斧による振り下ろしを脚に受けてしまい、その強烈な一撃で体勢を崩し、その場で大きくバウンドする。

 そこに、狂戦士が先ほど放った極太の閃光が襲い掛かった。彼の小さな体は当然ながら極太の閃光の中に消えてしまう。

 

 

 

「が……ぁァァぁァぁあああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 

 

 重苦しい轟音の中に響く絶叫、幼い子供が響かせる必要が無いそれが響き渡り、ボク達は余りにも酷い光景に目を瞑ってやり過ごしたかった。

 それでも、ボク達よりも強いからという理由で頑張って戦っているキリトの姿を見逃す訳にもいかなくて、少なくともボクはそのまま目を開けていた。他の皆を気にする事が出来ないくらい、ボクはキリトの戦いを見逃さないよう集中していた。

 

『星々の裁きを受けろ、落ちろ、天の怒り』

 

 極太の閃光が過ぎ去り、アリーナ中にもくもくと粉塵が立ち込める中で、紅い光を放ちながら片翼によって飛び上がった堕天使は空いている右手を天空に挙げていた。

 ちらりと空を見上げれば、堕天使が出現した時にあった暗雲がそのまま立ち込めている事に気付く。

 そこから直系数メートル級の隕石群が姿を現した。

 

「な……これは、ダメでしょ……」

 

 リズが茫然と呟く中でも、隕石群は容赦なくキリトが居た辺りへ執拗に降り注いでいく。

 まるっきり世界観が違う攻撃に呆然とするボク達だったが、目を覆いたくなる猛攻はこれで終わりでは無かった。

 

『余裕構してんじゃねぇぇぇぇぇええええええええええええええいッ!!!』

 

 そして狂戦士もその間黙っている訳も無く、軽く飛び上がった男は持ち上げた斧の宝石から紫色の禍々しい火炎弾を連続して粉塵の中へと叩き込んでいく。

 隕石と火炎弾の数が三十を超えて四十発に届こうかという辺りで、漸くその飛来も終わった。

 

「……ど、どうなったんだ、彼は……?」

「土煙のせいでよく見えん……が、ボスがまだ居るからやられてはいない筈だ」

 

 ディアベルの疑問にヒースクリフが緊張した声音で答えたが、確かに仮にキリトがHPを削り切られて負けていれば、キバオウの時の様に捨て台詞を残してすぐさま帰っていく筈だ。

 それが無いという事は、キリトのHPはまだ削り切れていない。

 どうやって隕石群と火炎弾を凌いだのかとても気になる所なのだが……やられていない事に今は安堵する反面、それともこれ以上苦しませてしまう事から心苦しく思ってしまっても居た。

 数秒もして、漸く粉塵が晴れて見えるようになったコロシアムの地面は隕石の飛来でボコボコに、火炎弾によってチリチリと小さな火が地面を舐めるように燃えている光景が広がっていた。

 

「はぁ……はぁ……ッ」

 

 その大地のほぼ中心地、最も被害が多いその場所で翡翠剣を杖代わりに片膝立ちで荒く呼吸を繰り返すキリトが居るのを見た。

 HPゲージを見れば、その残量は何故かあの猛攻撃の中でも九割強を残していて、堕天使と狂戦士の猛撃によって減少していた分が無かったかのように回復している事に首を傾げた。

 しかし予想は付いた。さっき火炎弾を放っている間に、もしかすると即効性のある結晶アイテム《全快結晶》を使ったのかもしれない。

 攻撃中、更には粉塵で狂戦士の視覚も妨げられていて、結晶が砕ける音も隕石群の音で掻き消されていたから、さっきの防御の時とは違って反応出来なかった事も考えられる。というか、それしか考えられなかった。

 

「お、オイオイ……アレを、粉塵の中で耐え抜いたのか……?」

「あんなの、どんなチート使ったって無理だろ……」

「て事は、アイツ、マジで実力で戦ってたのか……?」

 

 同じく闘技場に観戦に来て、恐らくキリトを罵倒しようと考えていたのだろう中層で活動しているように見える装備をした誅殺隊達が、動揺しながらそんな事を言っていた。

 今更過ぎるだろうと内心で呆れつつ、視線をキリトへ戻す。

 キリトは片膝を突いて呼吸を整えていたが、眼前のボス達が構えを取り直したのを見て再び立ち上がり、二刀を構えた。

 戦いは、また始まろうとしていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 サブタイトルの由来ですが一応。長刀使いは英雄と絶賛されていたけれど復讐に走って主人公達と敵対、狂戦士はあと一歩の所で英雄と呼ばれるという時に裏切ったため敵対という感じに原作ではなっています。堕ちたというのは、そういう意味も含んでいるんですね。

 さて、キリトが第一層から使い出したアニールブレードから作り出されたウェイトゥザドーン、それをエリュシデータをベースにした強化融合させた鍛冶師とは、《ロスト・ソング》に登場したオリジナルキャラクターのレインでした。読み返せば分かりますが、時期的にリズは除かれています、そもそもリズ編で初対面ですし。

 勘付いていた方はおられたでしょうか? 最初から出会わせるつもりでいました、詳しい過去の回想は今後です。

 次にフィリアの登場。彼女が前話で意味深っぽく呟いていたボス単独撃破は、実は第七十四層では無く、第四十九層の事だったのです。伏線らしくも無かったですね。ここはご容赦頂きたい……

 ここでフィリアと後に対話する事が確定したので、勿論《ホロウ・エリア》編のストーリーは変わります。大雑把な大筋は同じ予定なんですがね。彼女の台詞が一つも無かったのはその時に思いっきり関わる為です。

 そして、サーシャさん&孤児院ズ。キリトと顔見知りというのは原作サーシャが各層の街に行っているという話からバッタリ遭遇というので以前から考えていました。

 出すのが遅くなったのは、以前どこかで書いた通りユイの登場時期で左右されたからです。ちなみに考えていた中で一番登場が遅くなっています、一番早いのは休暇場所がホームでは無くて孤児院の子供達と一緒に居るというものでした。

 最後に闘技場バトル。片翼の堕天使のHPが割とアッサリ削れて、本物はここまで弱くないと激昂された方がおられるかも知れません……しかし、本番はここからです。実は狂戦士をさっさと出したくてこうしました。

 一対一なら割と嵌めコンボでどうにかなる相手も、原作やってる方なら分かるとんでもない狂戦士と一緒に来たら強敵になるでしょう……HP半減で出て来るというのはまだ触れないで下さい。

 それでは次話にてお会いしましょう……予定ではオールバトルになります。あくまで予定ですが。

 長々と失礼。では!


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