インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 いきなりWifi繋がらなくなって涙目。仕方なくテザリング投稿。でも少しだけ間が空いたお蔭でイイ感じになったカナ?

 原作小説十五巻冒頭、十八巻冒頭の文章を幾らか引用しつつオリジナルに。

 ではどうぞ。




 ――兇人を中心とした原作ブレイク。


 それは、殺人依頼の為にデスゲームにログインするよりも前から始まっていた。





Interlude Story(幕間之物語):兇人編 ~()()

 

 

 協定世界時、カリフォルニア州サンディエゴ時間《二〇二五年 五月八日 午後十八時〇〇分》

 

 米国カリフォルニア州サンディエゴ市。《グロージェン・ディフェンス・システムズ》本社ビル一階社員食堂。

 

 長らく基地の街として在ったサンディエゴは、二万五千人を超える軍関係者が居住し、巨大な海軍基地を中心に経済が回っていた。

 そこでは近年になって新たな産業分野が急速に成長している。情報、通信、バイオテクノロジーなどのハイテク産業だ。故に軍事とハイテクの双方を武器とする企業もまた存在する。主に軍や大企業から委託されて警護や訓練、戦地での直接戦闘までをも行う民間軍事会社である。

 通称《PMC》と略される民間軍事会社のひとつ《グロージェン・ディフェンス・システムズ》は、サンディエゴのダウンタウンに本社を構えるハイテク産業の急先鋒だった

 

 少なくとも――遠く離れた日本との回線を二年も保持していながら、クリアと同時にそれを捨て、ダイブ場所を逆探知されても自分の身柄を追えないよう雲隠れさせる点に於いては、他の企業を圧倒している。

 

 あの世界を終わらせたプレイヤーのバックに、世界を混迷に陥れた天災が居る可能性は非常に高い。その手から逃れる手腕は決して伊達とは言えない。

 特に自分は、あの天災が肩入れし得る少年を誘拐し、研究所で痛めつけた張本人だ。その経歴がある事を知っている企業が、天災に狙われるリスクを抱える必要性は全くない。通常、民間軍事会社に勤めるスタッフの中で、事務を担う一般職員を除いた面子は軍事活動を行えるよう鍛えられた者達であり、傭兵と言われる事も多い。その仕事柄かあっさりと切り捨てられる事もザラだ。そうやって代わる代わる入っては居なくなっていく――大半が尻尾切り――中で居残り続けている自分はかなり異彩を放っている部類だろう。

 二〇〇八年の巨大投資銀行の破綻を皮切りに起きた世界金融危機。

 二〇一五年のISの発表に際して現代兵器や軍事起業を中心に起きた財政破綻。

 この二つは、軍事も産業分野の一つとして回るアメリカにとっては決して看過し得ないものであり、その波及は民間にも及ぶものになった。

 生粋の米国人ではなく、日本人でもない自分は祖国に対する感情なんて無いので流れ者としては生きやすいが、他の人間はそうはいかない。愛着ある家族、地域、家財――手放したくない“宝物”を持っている。

 持つものが多いほど、それを喪う時の喪失感は多大なものとなる。

 別に富める者が喪っていない訳ではない。喪失感を恐怖しているからこそ、より富を増やそうと躍起になる側面もある。身の丈を超えた願望が身を亡ぼすが――少なくとも、自分が所属するこの民間軍事会社のトップがそうではない事を知っているので、その心配をする事は今のところない。そこは他のスタッフも同様だろう。

 ――あのトップには、“芯”が無い。

 まるで底の見えないブラックホール。飲めるものを飲み干す故に、求めるアクションが無い。

 ある意味悟ってはいるが――トップとのVR戦闘で本質を知っている俺は、トップが悟りを開いた人間でない事も知っている。

 確かに“なにか”は求めている。いまは欲しいものが目に映らないから静かなだけだ。欲しいものが映ったならば――あの男は、それに邁進するだろう。貪欲なまでに、空恐ろしいほどの執念を以て敵を追い詰め、そして喰らう。

 ――なかなか、どうして。

 トップの本質を見た時に、堪らず笑い飛ばした記憶が蘇る。それは脳裏に別の記憶も浮上させ――

 

「気持ちワリーな、にやにや笑ってよー?」

 

 ――横から不躾に投げられた声で、懐古が中断された。

 視線を横に向ければ、そこには輪を掛けてガリガリに痩せた若い男が、カレーと唐揚げを載せた盆を持って立っていた。

 金髪を丸刈りにして、肌は病的なまでに白い。こけた頬の上にごつい金属フレームの眼鏡を掛けた男は、この《グロージェン・ディフェンス・システムズ》の《サイバー・オペレーション》部門――それも、国防総省(ペンタゴン)のサーバーに侵入した(触れ)(込み)で入社した最高峰のハッカーだ。

 その腕を実際に見た事は無いが、この男はこの企業に三年は居続けているらしい。生死の意味で入れ替わりの激しい企業に居続けるとなれば腕は確かにあるという事だ。システムエンジニアだから、前線で顔割れする可能性の高いメンバーより替わりにくいという事情もあるだろう。

 この男の名は《クリッター》。本名ではない。逮捕歴のあるネットワーク犯罪者上がりのため、当然偽名を用いている。それも企業側は分かっているので非正規雇用枠に入れていた。尻尾切りしやすくするためだ。

 対して、俺は――自分でも不思議だが――正規雇用枠に入っている。

 それを妬んでか、事あるごとにこの男はこちらに絡んで来ていた。

 

「ンだよ、俺が笑ってるとオマエに不利益があるのか?」

 

 ジロリと視線を向ける。浮遊城であればそれだけで動きを止める者ばかりだったが、曲がりなりにも命を懸けた職場に身を落としたからか、痩せこけた色白の男は笑みだけで受け流した。

 

「おーおー、あるに決まってるだろ。俺が不快だ」

 

 そして、小憎たらしい文句を付けて応じて来る。

 そのねじ曲がった性根の人間に、こちらも皮肉の笑みを浮かべてやる。

 

「そうか、そりゃ願ったり叶ったりだ、()()()()()()。オマエが不快になればその分だけ俺がシアワセになれる」

 

 フォーアイズ、という存在しない二つ目――本人曰く、俺には見えるシロモノらしい――の事も皮肉を込めて言ってやれば、ぐっと唇を噛み――

 

「ちっ……フェイルのクセに」

 

 そう吐き捨てて、立ち去った。

 

 ――フェイル。

 

 それは、俺に付けられた蔑称だ。文字通り《失敗》という意味が込められている。

 この業界では失敗イコール死なので、任務や依頼に失敗すれば口封じや死体を買い取る業者に売って少しでも元手を回収しようとする連中により殺される。クリッターもなんだかんだ上手いこと仕事を回して生き残っているクチだ。

 デスゲームに入ったのも殺しの依頼のため。しかし結果的に全員生還したなら失敗も同然。

 そりゃあ妬み嫉みの対象となる訳である。

 少し周囲に気を向ける。同じ食堂に来ている他の社員達からは、非好意的な視線諸々を向けられていた。中でも自分も所属する実働部隊員とサイバー・オペレーション隊員の連中はひときわツヨい。

 

「――くだらねぇ」

 

 小さく吐き捨てながら、席を立ち、食堂に食器を返却する。その際にも視線が集まったが、この企業に所属する事になってから早半年経とうとする現在に至るまで苦痛に感じた事は無い。

 誰かから憎まれ、疎まれる事は――生まれつき慣れていた。

 

   *

 

 《ヴァサゴ・カザルス》は、サンフランシスコのスラム街であるテンダーロイン地区で、ヒスパニックの母親と日系の父親の間に生まれた。

 アメリカでは明らかに子供の不利益となる名前は出生届の受付機関に却下される。だから母親は、世間に広く知られているデヴェルやサタンのようなメジャー所の代わりに、ヴァサゴと名付けた。それが《地獄の王子》と称されるマイナーな悪魔の名である事を知らず、役人はそれを受理した。

 母親が子供に悪魔の名前を付けようとする理由は概ね一つしか無い。望んでいないのに生まれたから――もっと言えば、憎んでいたからだ。

 自身の二親がどのように出会ったかは知らないし知りたくもないが、簡潔に表現するなら《金で買われた》という事らしい。つまりは妾、愛妾。母親は娼婦の人間だった。

 娼婦からすれば、妊娠期間は金を稼げなくなるに等しい。だから母親は堕胎を望んだが、父親が命じて産ませた。

 ならば父親だけは赤ん坊を愛した――かといえば、そういう訳でもない。たまに健康状態をチェックするくらいで、土産に玩具のひとつも持ってきた事は無かった。あの男がヴァサゴに与えたのは日本語を話す能力くらいなもの。

 父親が何故ヴァサゴを堕胎させず、最低限の養育費まで与えたのかは、自分が十五歳になった頃に分かった。

 日系の父親は、既に家庭を作っていた。妻を娶り、子を育んでいた。それなのに妾を作ってまで子を産ませるよう命じたのは、本妻の子供は先天性の腎不全を患っていて、その治療のためのドナーになる子供をつくるためだったのだ。

 自分に拒否権は無かった。

 しかし――ひとつ、条件は出した。父の祖国である日本で暮らしたい、と。ドナーの役割を果たせば父親にとってヴァサゴの存在価値は無くなるので、何時までも金を与える筈がない。だからといってこのままスラム街に留まってもドラッグの売人になるくらいの未来しか想像出来ず、ならばいっそ国を出て、全てをやり直す事に全てを懸ける事を決断した。それ故の条件だった。

 父親は――思ったよりあっさり、その条件を呑んだ。

 左の腎臓と引き換えにパスポートとエアチケットを手に入れた。母親に別れの挨拶もせず、日本へと渡り――しかし、待っていたのは一層過酷な運命だった。

 大まかには二つ。日本の法律、そして当時蔓延していた風潮だ。

 日本の法律では国際養子縁組には複雑な手続きと厳格な審査を課せられており、しかも仮に養子縁組が成立したとしても、六歳以上の子供には在留資格が与えられない。故に最初から裏で生きていく道しか存在しなかった。

 渡日してその事を知ってからはとにかく行動し、どうにか犯罪組織の一つに入ったが――それは、男を虐げる事を快楽とする女尊男卑の女がリーダーの小さな組織だった。入ってすぐの新人だった俺にすぐその矛先は向き、先輩にあたる男も助ける事はせず、飛び火しない程度に見ていた。時にはご機嫌取りのために女にアイデアを出そうとする程だ。異性は勿論、同性からも見捨てられ、それでも生きていくにはしがみ付くしかない。

 だが――元々、然して愛してもくれない娼婦の母と、適合する臓器だけを欲していた父、そして己を取り巻いていた環境に嫌気が差して渡日した程だ。

 ある程度我慢強くはあったが、限度はある。ましてや希望を見て渡日したのに待っていたのは地獄に等しい日々。

 日本の法律に関しては諦めている。《法》とは秩序であり、人を集め、束ねる秩序機構。何十年も前からあるものに文句を言ったところでどうにも出来ない。虚しいだけだ。テロ行為をしたところでたった一人で国を傾けるのが土台不可能である事を理解する程度には知能も持っていた。

 

 だが、人間に対しては別だ。

 

 だから殺した。

 ――それが人生初の殺しだった。

 娼婦の子だったが、それでも臓器を得るにも医療機関を頼らざるを得ず、ドナーを解禁される年齢まで育てる必要があった父は、相応の生活環境を用意していた。温かみこそ無いが生きるには十分な衣食住。金融崩壊の影響で老若男女問わず殺しとクスリが横行していたダウンタウンと較べれば、遥かにマトモな生活である。人殺しなどする必要が無かったのだ。

 だから渡日して、日々溜まっていく鬱屈とした感情と、理想と違う現実、矢鱈嬲るリーダーと取り巻き達、それに便乗して覚えを目出度くしようとする男に耐えられず――キレた時が、初めての殺しだった。

 それまで抑制していた感情の発露は、ヴァサゴの人格を変容、あるいは解放させた。自身を虐げ悦ぶ日本人達に抱いていた殺意の深さを自覚する事で、自分がどれほど彼らを――――東アジア人全てを憎んでいるのかを、漸く理解出来たのだ。

 

 それが、《ヴァサゴ・カザルス》の、真の意味での新たな始まり。

 

 まさか殺しに出るとは思っていなかった女や腰巾着の男ども。人を(なぶ)り痛めつける事を悦としている輩の組織の規模が小さかったのは、警察を恐れていたからだ。

 捕まらない程度にワルをして、程々に懐を温かめつつ、あとは趣味に走る典型的な小物。

 そんな輩に、殺意を自覚し、生まれ変わった俺が負ける筈が無い。その時ばかりは死兵と化して十人ほどの犯罪組織を壊滅させ、乗っ取った。

 たった一人になった組織。

 所属するのはスキルも経験も碌にない、犯罪者としては新米の十五の男だけ。しかもヒスパニックと日本人のハーフという人種差別の対象になり得る者。性差別の対象にもなり得た。

 しかし人間、追い詰められれば何でもやれるようになる。拙い日本語も流暢になった方が交渉で有利だ。知らない単語や文字で騙される事も無い。PCを初めとした慣れないハイテク技術も一週間足らずで慣れていた。また、男だからと貶めるヤツが多かったが、逆に言えば女には油断しやすいヤツばかり。

 そうして少しずつ犯罪組織を一人で回していくと、より大きな組織と衝突する事がある。当然敵う筈も無いので戦う事も無く投降。そのまま殺される筈だったが、地元で目障り判定されていたらしい組織を一人でぶっ潰し、以降それなりに裏で活動していた手腕を買われ、韓国系の犯罪組織に拾われた。組織は英語、スペイン語、日本語を話せる俺に偽造IDを与え、暗殺者として教育した。

 戦闘技術は拙かったが、基本的なデスクワークは必死に覚えた事が功を奏していたらしく、訓練は戦闘面ばかり。他の同期に較べて戦闘面に傾けられたからか腕は随一になった。

 結果二十歳になるまでの五年間で十九回の《仕事》――その多くが女尊男卑の犯罪組織リーダーの殺害――を成功させたヴァサゴの二十回目の任務は、それまでとは全く勝手の違うものだった。

 曰く、日本人の子供二人を誘拐せよ、というもの。

 《モンド・グロッソ》で織斑千冬に二連覇を果たされると困る。そう言って依頼してきたのは、決勝戦まで残ったドイツだけでなく、参加したほぼ全ての国だった。日本が連続優勝しては困るのだと一様に言っていた事はよく覚えている。

 だから攫え、その家族を――と、そう(オー)(ダー)が下された。

 当時所属していた韓国系犯罪組織が実行犯になったのは、組織として大き過ぎず小さすぎない規模で、たまたまお鉢が回って来ただけだろう。陽動として似たり寄ったりの規模の同業他社が居たから、恐らくは韓国の事情諸々が絡んでいた。最早知った事ではないが。

 ――そして実行に移った訳だが、予想外だったのは、日本政府の動きだ。

 織斑千冬は出場し、そのまま優勝を収めた。後にそれが、織斑千冬を神聖視する女尊男卑の国際IS委員会の役人の独断と分かったが、当時はそれどころではない。依頼の指令としては満たしているが、各国が求めるものは織斑千冬の不戦敗。依頼を成功させても、クライアントが満足していないのでは報酬が支払われる事はあまりない。国絡み、更には汚れ仕事であれば尚の事。

 その場でチームは解散した。尻尾切りで抹消される事を覚悟していても、死にたい訳ではない。少しでも生きるためには各々がバラけて動く必要があった。

 その連中が今も生きているかは定かではないが――恐らく、死んだだろう。

 俺が生きているのは、失敗を前提に別の依頼も受けていたから。

 ――最終的に依頼の目的は果たされなかったが、クライアントの中心だったドイツはタダでは転ばなかった。

 ドイツは仮に織斑千冬が棄権した場合、誘拐された弟達の捜索に協力する事を考慮していたのだ。協力する事で恩を売り、世界最強の力をIS部隊に取り入れようとした。

 しかも――子供に価値を向けていない訳では無かった。

 神童と呼ばれた兄。出来損ないとされる弟。片や既に姉譲りの才を見せていた。では弟には無いのか――と言うには、あまりに幼過ぎる年齢だ。

 

 育ててみるのも悪くない。人体実験の素体としても、世界最強と同じ血族は有用だ。

 

 そう判断したドイツの裏の組織から、織斑千冬が出場しても不戦敗になっても子供を運送するよう依頼を受けていた俺は、自失状態の織斑一夏を運んだ。顔を見られたからと殺そうとしたヤツも居たが、実際に織斑一夏を運んだのは俺で、指紋や毛髪の始末をすると言えば、付き合う義理も無いのですぐどこかへ行った。

 全員が立ち去った後、裏の組織のサポートを受けて隠れながら研究所へと運び、新たに戦闘技術の訓練依頼を受け渡され、織斑一夏専属の教導官になって――

 

 三か月後、死に目に遭いながらも生還した。

 

 地下含めて崩落の激しい研究所だったが、どうにか怪我の手当てをし、ありったけの金と食糧を得た後、生まれ故郷に等しいアメリカへ渡った。

 脛に傷だらけのため真っ当な職にありつく事は不可能。だが――日本と違い、軍事を民間事業に扱う企業があったため、実のところ技術さえあれば民間軍事会社に籍を置く事は容易だった。初手で日本に渡ったのは過ちだったのかもしれないと思ってしまうほどのスムーズさ。

 経験を積むという意味では良かった辺り、法治国家の日本にもかなり根深い闇があると思ったものだ。

 ともあれ、そんな紆余曲折を経て辿り着いたのがサンディエゴに本社を置く民間軍事会社《グロージェン・ディフェンス・システムズ》である。

 当時は民間軍事会社の中でも政府要人の護衛契約を主とする《グロージェン・セキュリティーズ》から、軍事活動も行う傭兵をも手広く雇う今の形態――法律的に黒寄りのグレー――に変わる頃だったので、入り込むのは至極容易だった。表沙汰にはされない、日本が二連覇を果たした影響の一つだ。

 ――その影響が、呼び水となったのか。

 《グロージェン・ディフェンス・システムズ》――略称グロージェンDSは、裏でNSAやCIA絡みの汚れ仕事を引き受け、どうにか存続し、大きくなった企業だ。依頼の中にはアメリカ政府の役人や政府総意のものが紛れている事も多い。

 そして、俺が雇用された直後、アメリカ政府総意の依頼が舞い込んできた。

 

 現実世界では決して近づけない相手を、仮想世界で殺す。

 

 ――それが、デスゲームに飛び込んだ俺の任務。

 

 事件に巻き込まれたターゲットは警備の厳しい自宅で介護されていて絶対外に出て来ない。デスゲームに任せても何時死ぬかは分からないし、死なずに脱出する可能性もある。しかし同じゲームにダイブし、相手のHPをゼロにすれば、現実世界で《ナーヴギア》が殺してくれる。

 無論、問題も無くはなかった。

 ゲームクリアまでヴァサゴがログアウト出来ない、万が一死ねば任務失敗になりかねない事だけでなく、ヴァサゴ自身がターゲットを攻撃してはいけないという制約があった。誰が誰を攻撃したのかというログが取られていれば暗殺の証拠が残ってしまうからだ。

 事実途中で殺されたので、ターゲットを殺す事は叶わなかった。

 ――最終的に全損者を含め全プレイヤーが救出されたので殺せていても任務は失敗していただろう。

 そうしてデスゲームから解放された自分だったが、民間軍事会社にはそのまま身を寄せる事になった。

 デスゲームに居た頃から疑問だったのだ。一年以上も殺す事に時間を掛けているヴァサゴの身体維持を何故続けているのか、と。クリアと同時に全損者が死ぬかもしれない――ならば、誰が殺したか分からなくすれば、組織が嗅ぎつけられる事は勿論、莫大な報酬を出さなくて済む。

 誰だってそう考え、厄介な人間を切り捨てる。

 しかし――グロージェンDSの最年少役員にして大株主でもある男は、そうしなかった。

 

『あの子供の事を教えろ』

 

 衰弱し切った俺の下をわざわざ訪ね、淡々と――無自覚だろうが、有無を言わさない圧力を掛けながら――言って来たのだ。

 ()()()()――――最初は何の事か不明だったが、現実でSAOのボス戦放映がされていると知って驚愕を挟んだ後に、その男が知ろうと求めているものが理解出来た。【黒の剣士】だ、と。そう察するのは容易だった。

 それを話す条件として、身の安全――つまり、立場の確保を求めた。少なくとも今回の依頼失敗を前提にしても《口封じ》されない後ろ盾を欲した。

 

 ――いいだろう。

 

 割と無理難題に近い要求だった筈だが、その男は二つ返事で頷き、数日と経たず依頼人から無償の契約破棄を言い渡され、唖然とさせられたのは良い思い出だ。

 そして、更に予想外な事に、非正規から正規雇用への契約変更手続きも行う事になった。

 最年少役員の男は俺の事を把握していた。日本の《SAO事件対策チーム》がモニタリングした映像には一般に公開されていないものがあり、その選別は対策チームと日本政府が行っている――が、その政府の中に、グロージェンDSと懇意にしているアメリカ政府役人と繋がった人間が居たらしい。その人間から話が流れて来て、知っていたという事だ。

 まぁ、ヒスパニックと日系のハーフの男はグロージェンDS、更にSAO内部でも自分だけだと思うので、依頼について把握していれば当たりを付けられてもおかしくない。

 そうして(PoH)の事を把握していた男は、グロージェンDSに於ける最高作戦責任者だったので、実質的に直属の部下にしたと言える。

 無論、他の被雇用者達には内密だ。

 情報の与え合い――それも、実利の無いものだが、対外的にあまり良いとは言えない。痛くない腹を探るのは誰だってする事だ。俺だってする。

 そして、痛くない腹を探られるのは、俺だって嫌だ。

 

「ヴァサゴ」

「ンお? ()()じゃねぇか」

「……兄弟呼びはやめろと何度言えば……」

 

 ――しかし、そんな事は知った事では無い。

 大株主の最年少役員が掛けてきた声に、気安いと誰もが思うだろうノリで返す。()()と呼んだ時に役員の男も顔を顰めた。

 だが、顔を顰めた理由が気安さに由来するものではない事を、俺は知っている。

 この男には“芯”が無い。気概が無い訳ではなく、踏ん張れない訳でもない。そもそも気張らなければならない事態に陥る事すら予想出来ないのだが、そういう意味の“芯”ではない。

 こっちがどんな風に接しても、それを不快に思う事は勿論、喜ぶ事も無い。目の前にいる男にとって友人だの仲間だのという単なる感情に基づく曖昧な人間関係は理解不能なシロモノでしかないからだ。

 ある意味四角定規というか、理屈ありきの男だが、どうしてかつまらないと思った事は一度も無い。

 恐らくそれは、共通の話題を持っているからだろう。その話題に対してのみ見せる人間らしさ――いうなれば、貪欲さこそが本質。それ以外はどうでもいいと思っている。

 だから、先程男が顔を顰めたのは、“不可解”という結論故だ。

 

「こんなシケた所で会うなんて思わなかったぜ」

「ここは私が役員を務める仕事場だぞ。此処に居て何がおかしい?」

「いやぁ……兄弟が社員食堂に足を運ぶなんざ、今まで見た事なかったからよぅ」

 

 言いながら、男の姿を眺める。

 金髪を緩めのオールバックに纏めた髪型。瞳の色はブルー。一八五センチの体を包むのは白のドレスシャツにダークグレーのスラックス。靴はコードバンのオーダーメイド。誰がどう見ても白人支配者層(ホワイト・エスタブリッシュメント)然とした出で立ちだ。

 少なくとも日焼けした肌に簡素なシャツとアーミーパンツ、レザーブーツに身を包む無骨な男達の近くにいる人種ではないだろう。

 

「そうか……それより、見てみろ。中々興味深い事になっているぞ」

 

 言わんとする事は分かっているのか、肩を竦めるだけで流した男は、手に持っていたバインダーサイズのタブレットを差し出して来た。

 

「……兄弟がそう言うって事は、マジなんだろうな」

 

 男が興味を持つ程。しかも、普段訪れない社員食堂にまで足を運び、見るよう勧めて来る程だ。十中八九あの子供――キリト絡みだろう。

 そういえばここ数日騒がしくなっていたなと思い出しながら、タブレットを受け取り、視線を落とす。

 

「――ぁあ?」

 

 映っている画面を認めた直後、ヘンな声が出てしまった。

 画面に映っている覚えのあり過ぎる黒衣の剣士と、その剣士に斬り伏せられるオレンジカーソルの男達。そして、それを傍から見守るように眺めている、傷だらけの上半身を晒した巨剣を持つ少年。

 見ただけでは理解が及ばない光景だった。

 俺にタブレットを渡した男に視線を向けると、腕を組んだ男がしたり顔で経緯を語った。

 どうやらデスゲームにあった負の感情がデータデリートに反抗し、バグとして残っていて、それを処理する為に動いている。その一幕として過去の映像が流れているという事らしい。

 未だ、黒衣の剣士を中心とした展開が流れている理由は不明のようだが……

 

「……なるほどねぇ」

 

 納得し、顎を撫でる。

 黒衣の剣士――キリトは、《ビーター》として悪意を集めていた。その一幕が流れるとなれば、おそらく負の核として残っているのはキリトの残滓なのだろう。

 そしてキリトは、AIが核になるとマズいからと処理に動いているらしい。

 これから導き出されるのは――――

 

「なんだ、何か分かったのか?」

「ああ、タブンな。こりゃ面白ぇ事になるぜ……中々どうして、アイツ、現実に戻ってからもスゲェ事になってやがンなぁ」

 

 くくっと喉の奥で笑う。

 これが全世界配信されている事は恐らく知らないだろう。心を許した人間しか秘密を明かさないのが人の本能。ましてやキリトの過去には殺人がある。それをあけっぴろげに明かす人間性でない以上、これは本人に許可を取らず、どこかの誰かが流しているという事になる。

 流している誰かは知らないが――普段のキリトの事はどうなのか、割と気にはなっていた。

 いい機会だから腰を据えて見届けるとしよう。

 

「ふむ……ヴァサゴ、お前の眼から見て、流れている映像は真実過去のものなのか?」

 

 笑っていると男がそう問うてきた。淡々としているように見えるが、真鍮に思えるブルーの瞳は、興味一色で染まっている事に俺は気付いた。

 

「全部見てる訳じゃねェが、多分そうだと思うぜ。ウソ流したところでコイツには意味無いからな」

「……その口ぶりでは、何故そんな事になっているかが分かっているように聞こえるが」

「おおよ、心当たりありまくりだからな」

「なるほど。ではその情報、上物のワインと引き換えにどうだ」

「イイね! 早速酒盛りしようぜ!」

 

 興味津々な兄弟にタブレットを返した俺は、男の後を追うようにして、最高作戦責任者――ガブリエル・ミラーの執務室へと向かった。

 

 






・原作との相違
『十五歳で日本に渡る(2017頃)』までは同じ。

原作
『初手で韓国系の犯罪組織に入る』
『十回目の仕事でSAO潜入依頼受ける』(2022.11.20歳)
『デスゲーム内の解放感で己の欲望や殺意、憎悪に正直になる』
『対象抹殺したけど報酬出し渋った組織のリーダー殺して渡米』(2024.11.22歳)
『グロージェンDSの《サイバー・オペレーション》部門に潜入』
『約一年半後に《A.L.I.C.E》の強奪チームに入る』(アニメ部分)(2026.7.24歳)


本作
『初手で女尊男卑リーダーの小物組織に入ってしまう』(2017.15歳)
『日々のストレスや女尊男卑の扱いでキレて、メンバーぶっころ』
『初めての殺人を契機に憎悪に正直になる』
『暫く一人で犯罪組織を回す傍ら、必死のスキルアップ』
『韓国系の犯罪組織と仕事が被り、合併で参入』(~2021.8.19歳)
『各国の依頼でロシアに飛び、織斑兄弟誘拐』(2021.8)
『千冬出場で口封じ恐れてチーム解散するも、見越して受けた依頼の為に一夏だけ研究所に連れて行き、依頼更新』
『コア埋め込まれて暴走した一夏により深手を負うが生き残る』(2021.10~11.19歳)
『研究所の金と食糧でロシアから渡米、二連覇の影響で経営方針を変えたばかりのグロージェンDSに潜伏』(2021.11~2022.11)
『日本の要人殺害依頼の為にSAOダイブ』(2022.11.20歳)
織斑一夏(キリト)の存在を知って大歓喜』(2022.12.3.第一層突破)
織斑一夏(キリト)と直接対面』(2024.2.23.第四十七層にて)
『《笑う棺桶》掃討戦で最初にキリトに殺される』(2024.3~2024.5.シリカ編~リズベット編)
『《ホロウ・エリア》でキリトと再会する』(2024.6末)
『生還し、ガブリエルと契約変更手続きする』(2024.11.7.22歳)

『ヴァサゴ、まだ頑張ってる』(2025.5.8.22~23歳)



・ヴァサゴ・カザルス(現在22~23歳)
 おそらくSAOで一番イイ空気を吸ってたヤベーやつ。
 仇名は《フェイル》。SAOに潜った殺人依頼を達成出来なかったクセに生き残ってた事から原作キャラ《クリッター》に付けられた。あまり気にしておらず、そこはかとなく気に入っているフシがある。いったい(ダレ)と重ねてるんですかねぇ……?
 二十歳になるまでは色々受難な人生を送っており、悲惨さという意味ではある意味()()とどっこいどっこい。一度も愛されなかったという点に於いてはむしろ勝る。その採算を取るように、いまはかなり幸運に恵まれており、所属する民間軍事会社の大株主と酒を呑み合う仲に。
 VRではキリト、現実ではガブリエルと、破綻者に事欠かない兇人。
 自分の芯をハッキリ持ちつつ、命最優先にしながらも楽しむ事を忘れない辺り、結構強かな一面を持つ。

 ちなみに、雲隠れ出来ているのは、本文にあるように、非正規の頃から企業に対し使っていた名前は偽名で、コードネームを本名にしていたから。
 尻尾切りを当然のようにする企業相手に本名を晒す人はまず居ない。
 そしてコードネームは企業によって業界の中で統一して使うが、本名と思われにくい。《ヴァサゴ》という名前も、中世の魔法書『ゲーティア』に記された七十二人の悪魔の一人、地獄の王子だとされるものが由来。それにあやかってと言えば、殆どの人間が信じ込む。傭兵としてのジョークの一巻にしてしまえる。
 仮に和人から話が出ても企業に登録してる名前と異なるせいで自身の身元まで辿り着けない。それは警察機関、国家機関だろうと同じ事。
 ――という経緯があって、PoHは(ヴァ)(サゴ)のコードネームで知られている。
 キリト勢力とPoHは本名だと認識しており、それ以外はガブリエルを含めて偽名と認識しているという事。
 PoHにとっても《名前》はかなり重要視するべきモノ。そういう意味では、和人との共通点と言えるかもしれない。

 実はクライン(24歳)より年下(小声)


・クリッター(年齢不詳)
 原作キャラ。
 ヒョロがり眼鏡のハッカー君と、《比嘉タケル》と若干キャラ被りしてないでもないが、ハッカーキャラは大体こんな感じ。嘘か真かペンタゴンのセキュリティを突破した経歴があるとの話で、原作では埋もれた天才《比嘉タケル》と互角のサイバー・オペレーションを披露する。アニメでもその片鱗と発想力を見せた。
 ヴァサゴが《四つ目ヤロウ》と呼んでいる理由は特に明かされていないが、おそらくは企業登録名が《クリッター》で、コードネームが《フォーアイズ》なのだと思われる。
 原作だとヴァサゴに対し『ポリゴンでしか銃を撃った事が無い』と言うが、本作ヴァサゴは銃はおろか、和人に対しナイフやCQCの手解きもしているし、なんなら暴走一夏の余波を諸に受けていながら生還しているので、そんな言葉は吐けない。
 でも《フェイル》と侮蔑しているからその辺知らない。
 キリトにとってのリンドのような人物。
 一応原作の強襲メンバーの中では常識人寄り。

 余談だが、原作だと『あのな()』と、『ー』を敢えて文字にしている語尾延ばしキャラなのだが、後半になるとそれが消えたり、『ー』一色になったりと、ちょくちょくブレブレなキャラである。


・ガブリエル・ミラー(現在26~27歳)
 現在アニメで動いてるヤベー(迫真)やつ。
 《グロージェン・ディフェンス・システムズ》の十人いる役員の中で最年少に位置する最高作戦責任者。原作UW編で28歳。
 原作者に『ブラックホールのよう』と喩えられるほど魂、感情の底無しさを窺わせ、それが影響して『他者の《心意》を素で受ける』という心意攻撃の原則を真っ向から無効化出来るようになっている。
 本作現時点ではまだ《A.L.I.C.E》プロジェクトが本格的に動き出していないので、ガブリエルもアリスの存在を知らない。
 そのせいで輝かしい命の輝きを見せたキリトに標的を定めてしまった。
 原作ではGGOの()()()、第四回《バレット・オブ・バレッツ》にて《サトライザー》という名義で出場、日本人プレイヤーを蹂躙した事があった。どちらも『美味しい魂(意訳)』を求め、VR世界での殺しで魂を見たがってのもの。

 ――つまり、そういう事である(フラグ)


桐ヶ谷和人(キリト)(11~12歳)
 未来の()()()に目を付けられちゃった子供。
 ヒト嫌いの天災束に始まり、東アジア人嫌いのヴァサゴ、剣狂いの直葉、生き狂いの紺野姉妹、絶賛トラウマの詩乃、アルゴ、孤独な天才少女セブンに続けて、魂狂いのガブリエルまで魅了しちゃった剣士。
 覚悟強いからね、しょうがないネ。
 感情だけで脳波三つ分の人格分裂起こすとか前代未聞の事やらかしてるからネ。

 将来的にガブリエル、ヴァサゴ両名との対決が運命付けられた。

 きっとガブリエルの《心意》でお姫様のように連れ去られる事でしょう(暴走する光の巫女)


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