インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
何とか時間が出来たんで一応書き上げました……でもバトルはまだ折り返しにすら入っていなかったり。実は例の如くそんなに進んでないんです。でも狂戦士の理不尽さと堕天使のえげつなさは一部だけでも再現出来たかなと思っております。
途中までは思いっきり追い詰められるんですが……後は読んでのお楽しみという事で、後書きにて語ります。
ちなみに、後書きでは前話と今話でボス達が放った技とセリフを解説付きで載せています。興味があればどうぞ、無茶苦茶長いですが元ネタもありますので一回読むとちょっと楽しめるかも?
視点はサチ、キリト、最後の少しだけ初ディアベル視点です。
文字数は約一万六千。
ではどうぞ。
まだ十歳になったばかりの幼い子供、けれど【黒の剣士】という二つ名を付けられる強さを持つ攻略組最強の剣士として一部からは認められているキリトは、片翼の堕天使と殺戮の狂戦士が放った無数の隕石群と紫炎色の火焔弾をどうやってかやり過ごして、未だ古代ローマを彷彿とさせる闘技場のアリーナに挑戦者として立っていた。
この《ソードアート・オンライン》というゲームは魔法的な要素の殆どを排されているが、それでも一応はファンタジーな世界に近い。と言うよりは、童話などの舞台となる世界と言った方が良いか。
だから現実には居ない空想上の存在がモンスターとして出て来るなんていうのはむしろ当然で、恐竜や翼竜なんかも普通に居た。中にはブレス攻撃をする存在もおり、私が知る中では第五十五層南端、リズベットとキリト、ユウキ、ラン、そして私の五人で向かった先にいた白銀の竜、またキリトとシリカちゃんの使い魔である《フェザーリドラ》などがそれに当たる。
攻略組はこの世界を進む中でそれらを相手に戦い、そして勝利してきた。
しかし苦戦も勿論した。その苦戦した要因の一つがブレス攻撃だ。
ブレス、もといモンスターが吐き出す吐息そのものが攻撃であるアレは、私の槍や他の皆の武器攻撃、モンスター達の爪や牙などとは違って非定型の攻撃である。つまり実態が無く、アレを防ぐにはヒースクリフさんやディアベルさんのように盾を装備したり、エギルさんの大きなバトルアックスのような面積の広い両手武器で身を隠すしか方法が無い。体の端に掠っただけでもブレスに何かしらの状態異常付与効果があれば発揮されてしまうからだ。
なのでブレス攻撃が定番となるドラゴン型のボス、また酸性の液体を吐き出してくる植物型モンスターを相手にする際、基本は両手武器や盾持ちのプレイヤーが受けるか回避が基本となる。
しかしブレス攻撃には抜け道が存在した。それが空気の遮断である。ブレス攻撃は謂わば空気の流れに攻撃的な粒子を撒き散らすものだから、空気の流れでそれを押し止めてしまえば無効化できるという理屈だ。嫌な臭いを遠ざけようと手をパタパタ仰ぐ動作と原理は同じである。
勿論空気の遮断なんて至難の業でしか無い、そもそもブレス攻撃の規模は体全体を覆う程に広いのだからタワーシールドくらいでしか完全にはやり過ごせない。
しかし、それを可能とした人物が居た。あらゆるシステム、システム外スキルに精通しているキリトだ。
最初からセットできるスキルの中には《武器防御》という名称のスキルがある。これは単体では効果を発揮せず、必ず《片手剣》や《細剣》のような武器系スキルも同時にセットしなければ意味が無い。名称からしてそれは当然だろう。
《武器防御》とあるのだから、それは本当に多岐に渡っている。全ての武器に共通して攻撃に低確率スタンを付与するパッシブスキル《イグザクトオンスロート》、片手武器限定で相手に大ダメージを与えたら怯ませて行動をキャンセルさせるパッシブスキル《ウェポンバッシュ》、両手武器限定で重攻撃によって相手のスキルを無理矢理中断させるパッシブスキル《ウェポンブレイク》……分かるとは思うが、《武器防御》スキルはパッシブスキルが付与された攻撃行動によって身を護るのを主とした、一風変わったスキルである。
とは言えアクティブスキルが無い訳でも無い。それは武器系スキルとの組み合わせで出現するソードスキルがあるからだ。
理屈で考えれば簡単だがあまり知られていない事実の一つとしては、《体術》スキルとの組み合わせで出現するソードスキルがある。
《片手剣》と組み合わせれば《メテオ・ブレイク》と呼ばれる体当たりのソードスキルが出現する。
ただの体当たりと思うことなかれ、何とこれはソードスキル発動後の技後硬直をシステム的にキャンセルして放つ打撃系のソードスキルなのだ。予め何から繋げるか登録しておく必要があるらしいが、斬撃系が基本で稀に刺突系ソードスキルがある程度の《片手剣》スキルに出現する打撃系は《体術》と組み合わせで無ければ存在しないので、使いこなせばとても有用なスキルになるのである。
ちなみに、何故槍使いである私がこれを知っているかとなれば、それは勿論《月夜の黒猫団》時代で片手剣使いへの転向という事態があったからである。
今でこそ槍使いの攻略組プレイヤーとして知られているが一応刺突属性に耐性のある骸骨モンスターが出たら厄介なので、あの頃からキリトの手解きを受けていたのもあって、ランの《片手棍》のようにサブとして鍛えているのである。
閑話休題。
話を戻して、武器系スキルと他のスキルの組み合わせでソードスキルやパッシブスキルが出現すると判明してから時間が経った現在、《武器防御》スキルと《片手剣》スキルの組み合わせのスキルがある事も分かっている。
それが、かつて第五十五層南端の山で遭遇した白銀の竜《クリスタライト・ドラゴン》の氷雪ブレスを防いだキリトの行動だ。
刃の腹を相手へ見せるように剣を立て、そして五指の複雑な動きによって高速旋回による疾風の盾を形成する片手剣による防御スキル《スピニング・シールド》だ。当然だが回旋する方向に刃が来ているので攻撃判定はある、ソードスキルなのであるにはある。超高速で回旋する分、攻撃回数は恐らく純粋な《片手剣》スキルの中でもトップに位置する程だろう。
だが、剣を振る動作では無くその場で回旋させるだけなので……ぶっちゃけて言えば、リーチが無い。故に誰もがそのスキルの存在に首を傾げ、誰もが存在を忘れる程に影が薄いスキルだった。
しかし、何時しかブレス攻撃を放つ敵に対して使われない方が少ない程に脚光を浴びる事になった。それをしたのがキリトである。
私が参入する前の事なので伝聞でしか知らないのだが、四十層台の翼竜型フロアボスのブレス攻撃からHPがレッドゾーンまで落ち込んでいたレイドメンバー――キリトに対抗して執拗に攻撃したせいでヘイトを稼いでしまった前衛――を護る為に、彼が使用したのがきっかけらしい。その出来事があって、《スピニング・シールド》がブレス攻撃を防ぐための防御スキルなのだと判明したのである。
とは言え、幾ら疾風の盾を作り出すと言ってもタイミングはシビア、且つ防御面積は刀身の長さなので素直に盾で防ぐか移動するかした方が確実だ。あのスキルで完璧に防御出来るのは、むしろキリトのあの年齢とは不釣り合いなほどの小柄さに起因している所が大きい。
それを知っている私やユウキ達は、あの容赦の無い猛攻撃には流石に世界観がおかしいと思った上にやられたかと冷や汗を流したものの、しっかり生き抜いている辺りにはさして疑問を感じなかった。
隕石群に関しては流石に分からないが、飛来する際の音が多分回避の視標になったのだろうと予想している。幾ら砂塵で視界が不明瞭だとしても、隕石群を空気を切り裂きながら落下していた……つまりキリトに当たる前に砂塵を引き裂いてその姿を見せるのだから、ステータス的に超高速移動が可能なキリトが警戒さえしていれば、回避は十分可能であると理解している部分も大きい。
弾速と連射速度がかなりのものだったので微妙な所だが、狙いそのものは見た限りではそこまで正確では無かった、砂塵が立ち込めてキリトの姿を視認出来なかったため直撃コースの数は少なかったのではとも思っている。
禍々しい戦斧を左手一本で頭の上に持ち上げている、狂戦士が斧に嵌め込まれた紫色の宝玉から放たれた火炎弾に関しては、非定型の攻撃なのだろうが、だからこそ《スピニング・シールド》で対処したのではないかと予測している。
面攻撃で圧が分散しているブレスと異なり、アレは一点に圧が掛かる攻撃ではあるが、非定型の火焔弾という事はすなわち空気の遮断で散らせるのが道理だ。弾速も連射速度も弾数も隕石群より圧倒的ではあったが、対処さえ分かれば凌げるのも分からなくはない。
まぁ、同じ事をやれと言われても絶対無理なのは確実だが。
とは言え、ここまで私は予想出来たが、全て私が知っている情報から推察しただけであって正しいとは限らない。キリトがまだ隠している、あるいは即席で編み出した技術で生き残ったという可能性があるのだから。
圧倒的な幼さで今まで戦ってきたキリトは、全てに於いて私達が浮かべる想像の埒外にある行動を取って来た。さっきの猛攻撃にも、まさかという予想を良い意味で裏切った。
そして、その結果は、今まで何も知らないのにキリトを、《織斑一夏》を貶め、見下してきた大衆にすら波及を生んだ。
今までキリトはその幼さに反比例した強さ、同時に元ベータテスターとして最強と言われていた経歴から、このデスゲームに於いても何らかの方法でチート行為を行っている存在として見られていた。出来損ないと貶めているのにチート行為を行える技術を持つというその矛盾をスルーした評価が付いて回っていたのだ。
だが、それはキリトの戦いぶりを見て来ていない、キリトの必死さをしっかりと見ていない者達の勝手な言い分だ。根も葉もない噂というのは正にこの事であろう。
そしてこの闘技場では幾らかの制限こそされているが、フィールドや迷宮区攻略と違ってルールが規定されている。そのルールに則った上でキリトは戦っている。
しかも誰かと一緒に戦っているのでは無い、彼が一人で戦っている所を大衆が見ているという状況下でだ。そんな中でチート行為を行える者がいる筈も無く、だからこそキリトの強さがチートに由来するものでは無いという波及が生まれた。
それは前例があったからだ。
キリトの前にキバオウが挑み、そして負けた。その前例があったからこそ、キリトの強さは本物であるという考えが生まれた。
何故なら、キリトはキバオウを一瞬で倒した堕天使の開幕直後の突進攻撃を、全て二刀だけで弾き、単独でスキルを連携させ、HPを半分以上削ったから。同時に凶悪な攻撃を持つボス二体を相手に刃を交え、アイテムを――砂塵で隠れていたので推測ではあるが――使ったとは言えど生き抜いたから。
同じ条件の中でキリトはキバオウでは見られなかった戦いを、初見で戦い抜けているからこそ、大衆はもしや、という思考に陥った。
『もしや【黒の剣士】は、《ビーター》は、《織斑一夏》は、本当はチートなど使っていないのでは、実力で強いのでは』という思考に。
『余裕構してんじゃねぇぇぇぇぇええええええええええええええいッ!!!!!!』
「……ッ!」
大衆が今までの考えを全面否定する思考に陥り、真実を知る私達が固唾を飲んで、二人と一人が武器を構えて見据え合う空間が沈黙に満ちていた中で、最初に動いたのは狂戦士だった。
狂戦士は軽く飛び上がり、自然法則を無視した緩やかな浮遊上昇と落下をしながら、持ち上げた戦斧の宝石からさっきも繰り出した紫炎の火焔弾を数十発ほど連射した。ボボボボボボボボボッ、といやに大きく聞こえる発射音と共に火炎弾が尾を引いてキリトへと群を為して迫った。
それに対し、キリトは何と前へとーーーー迫り来る火焔弾へと駆け出した。
勿論ただ走り出した訳では無い、リズベット謹製のダークリパルサーを走りながら眼前に掲げたかと思えば、刃から翡翠色の光を迸らせて高速旋回させた。それに火焔弾が当たると同時、次々と斬り散らされ、小さな火の粉となって消えていった。
話では防御行為は禁止項目の一つだったが、どうやら一応攻撃行為も可能であるためか、《スピニング・シールド》はその項目に抵触しないらしい。恐らく相殺行動だからだろう。
「喰らえ……ッ!」
キリトは全ての火焔弾を疾風の盾で防ぎ切り、隙だらけのまま地面へ降り立つ狂戦士に真っ向から斬り掛かった。
およそ二倍位ほども体格差がある筋骨隆々の巨漢に対して、彼はエリュシデータを振りかぶり、蒼の光芒を引きながら袈裟掛け、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟からなる四連撃《ホリゾンタル・スクエア》を放つ。
ーーーー直後、硬いものを叩く音が耳朶を打った。
『ぬぅ……何だ、今のはァ……?』
「ーーーーな……っ」
エリュシデータの刃は、確かに四連撃全てが的確に狂戦士の胸の中央に吸い込まれていったし、しっかり四回分の斬閃の痕が刻まれ、出血エフェクトを示す赤い光が漏れているのも見た。
それなのに、聞こえたサウンドエフェクトは肉感のある生々しい音でも、硬いものを無理矢理に斬り裂く鈍い音でも無く、何かに弾かれながら斬り付けた時に酷似した音だった。
男は蒼と黒が中心の全身タイツのような恰好、鎧めいたものなど一切ない辺りはキリトと同じだ。
その辺は堕天使も同じで、事実さっきキリトに斬られていた時は生々しい音が聞こえていた。まだRPGというタイトルで、更には中学生もプレイ可能なレーティングのゲームであるためか、その音はコンシューマーゲームや対戦格闘ゲームの効果音と大差無い。
次に違和感を覚えたのは、狂戦士がソードスキルをまともに受けていながら、一切痛痒にも感じていないという事だった。
たとえボスとは言え、痛烈な攻撃を受ければ絶叫を響かせたり、呻いたりするのは当然の事である。さっきの堕天使への猛攻が良い例だ。どれだけ硬い相手で、どれだけの強者であろうと、強烈な攻撃には呻きもするし仰け反りもする。
しかしこの狂戦士には、それらが一切見られない。
キリトも違和感を覚え、そして自身の攻撃力を誰よりも知っているからこそ固まってしまっていた。
一応狂戦士のHPを見てみれば、十本もあるゲージの最上は一割ほどが削れていた。見た目通りのタフさで、仰け反らないというのは恐ろしいが、一応無意味では無かったらしい。
『そのような攻撃、俺には通用せん!』
「仰け反らないって、嘘だろ……ッ!」
『どらあああああああああああああああああああああッ!!!!!!』
「ガ、ァッ?!」
まさかセリフがプログラミングされているとは思わなかったが、仰け反りが無効化される事に驚いているキリトにそう言ってのけた狂戦士は、直後に腰を落として右肩や腕を前にした恐ろしい突進攻撃を繰り出した。
それを顔面や体全体で諸に受けてしまった彼は、HPを一割弱減らしながら吹っ飛ばされる。
しかし、狂戦士の突進は吹っ飛ぶキリトとほぼ同等故に、攻撃はまだ終わらなかった。
『死ぬかァッ! 消えるかァッ!!! 土下座してでも、生き、延びるかァッ!!!!!! これぞ、我が奥義・三連殺ッ!!!!!!』
「ッ……!!!」
狂戦士は戦斧を大きく薙ぎ払って怯ませ、真下からかち上げて浮かせ、そして落ちて来たキリトの首を掴んで地面に全体重を掛けて顔面からめり込ませた。無音の悲鳴が、木霊する。
受けたダメージはおよそ三割。
《Kirito》のHPは、残り五割弱。
敗北までの折り返し地点を再び切ろうとするグリーン色。
『何時まで寝てやがるッ!!!!!!』
理不尽な事に、狂戦士は自分で地面へ叩き落としたにも関わらず、それを責めるかのような口調で巨大な脚を持ち上げ、踏み下ろす動作を二連続で行った。足がキリトの小さな背中へ踏み下ろれる度に、闘技場の上空に渦を巻いて立ち込めている暗雲から薄紫の雷が雷鳴と共に落ち、黒衣を貫く。
残りの命は、あと三割弱。
もう少しで危険の赤へと変わる、イエロー色までゲージが短くなる。
『引き裂いてやろうかァッ?!』
地面へめり込ませられ、更に二連続の足踏みと雷がその身を打ったキリトへ更なる追い打ちを狂戦士は放った。狂戦士は左手に握る戦斧を大きく振りかぶり、左に薙ぎ、血も涙もない汚泥色の衝撃波を地面に走らせ、直線状に倒れていたキリトの身を更に穿つ。
重苦しく、何かを引き裂く斬撃音と共に転ばされ、キリトのHPは一割を切るまでに減少した。
更に余りの衝撃にか、キリトが左手に持っていたダークリパルサーは甲高い音と共に弾かれ、遠くへと飛んでいき、地面に突き立ってしまう。
『来たれ、心無い天使ーーーー』
そこで、狂戦士が戦っている間ずっと静かだった堕天使の男の声が響く。
堕天使は赤い光を纏いながら片翼で宙を浮遊していた……その身に、毒々しい翡翠色の光を天から降らせながら、何かを抱くかのように右手を胸の前へ持って行っていた。
そして何かを掴むかのように胸の前で手を握った直後、翡翠の光が強まり、同時にキリトまでもが同じ光に包まれる。
「こ、れは……?」
『時は満ちた』
攻撃を終えて構えを戻した狂戦士も警戒し、何か行動を起こしている堕天使にも警戒しつつ、エリュシデータを杖代わりに膝立ちになりながら訝しげな表情で自身を包む翡翠の光を見て首を傾げるキリトに、堕天使は無慈悲な宣告を放った。
「ガ、ア゛ア゛……ッ?!」
直後、キリトを包んでいた翡翠の光は爆発し、彼の小さな体は宙へと吹っ飛び、そして絶叫が響き渡った。
「な、何でHPが、一ドットまで減っったんダッ?!」
唐突な事に絶句した私達だったが、更に驚愕する事実に目を剥く事になった。
その情報を得て彼に伝えていたアルゴさんが、一番驚くべき事だった。キリトのHPがどう見てもゼロに限りなく近い一まで減っていたからだ。
アルゴさんが事前にNPCや幾つかのクエストをこなして得た情報では、堕天使はHPが半分を切ると瞬間移動を、四分の一以下になると《リユニオン》という強化状態に入ると共にHPを一にする攻撃をするとなっていた。
しかし、今の堕天使はまだ半分を割る程までしかHPは減っていない。
つまり情報と違う。
狂戦士が同時に出て来るボスラッシュであったという事実、私達の早とちりなどでは済まされない厳然としたその事実に、私達は思考が真っ白になった。
『終わりだ』
翡翠の光を爆発させ、キリトのHPを一へと強制的に減らした堕天使は、更なる無慈悲の敗北を与えるべく、開幕直後と同様の構えを取った。
「「「「「キリトォッ!!!」」」」」
「「「「「キリト君ッ!!!」」」」」
「キリトくんッ!!!」
「キー坊ッ!!!」
それを見て、私達は外聞も知らないで彼の名前を叫んでいた。
ディアベルさんが、クラインさんが、ヒースクリフさん、アスナさんにラン、サーシャさん、レインさん、シリカちゃん、アルゴさんまでもが、彼の事を知る誰もが必死の形相で危機を彼へ伝える。
「和人ォッ!!!」
「きーッ!!!」
彼の義姉である二人もまた、新たな名とあどけない名を叫んでいた。
***
――――もう……無理、か……
戦斧を振るう狂戦士の巨漢から強烈な攻撃を受けた俺は、その凄まじい衝撃と目まぐるしい連続攻撃で思い切り視界を揺さぶられ、更には唐突によく分からない爆発で吹っ飛ばされて、意識が朦朧としていた。
ただただ体全体を貫く衝撃による不快感で気分が悪くなって、身を捩りそうで、意識を手放してしまいそうだった。
今まで戦ってきたどの敵よりも、堕天使も狂戦士も強い。
まだ堕天使はやりようがあると思っていたが……HPを一にする攻撃が間接攻撃だろうとは予測していたものの、狂戦士とタッグで出て来られては対応など取れる筈も無く、俺はその攻撃を許してしまい、追い詰められた。
アルゴから貰っていた情報とは異なっていたが、それで彼女を責められはしない。
何時もならアルゴはしっかりとそれが事実であるか裏を取ってから商品にするが、今回は再戦不可の闘技場という事もあって裏付けは取れなかったから、信憑性は普段より低かった。
それを失念していたのは俺自身の責任でもある。
『終わりだ』
爆発で宙に跳び、幸運なのか悪運が強いのか落下ダメージを受けずに地面へ落ちた俺の耳朶を、堕天使の宣告が打った。
顔を声がした方へ向ければ、堕天使は左手に持つ長刀を右腰へ擬するように構えを取ろうとしていた……開幕直後のあの突進攻撃だとは速攻で見当が付いた。
しかし、それを防ぐのは無理だと、すぐに判断を下す。
今は狂戦士の地を這う汚泥色の衝撃波によって弾き飛ばされてしまっていて、生憎とエリュシデータしか持っていないからだ。流石に一刀であの速度は捌けないだろう。
今から他の武器を左手に持とうとしてもメニューを出す動作はおろか、そもそも予めセットしておいた別の装備へ変えるMod《クイックチェンジ》をタップする事すら間に合いそうに無かった。
――――ここまでか……
本当は勝ちたかった。
これくらい強くなったんだと、たとえ仮想世界でも最強なんだぞと、俺を受け容れてくれた上の義姉と今日新たに出来た下の義姉に伝えたかった。伝えて、安心させたかった、褒めてもらいたかった。少しでも攻略を進めたい思いもあった、俺だって肉体の限界で死ぬなんて嫌だったから。
けれど、もうHPが一ではどう足掻いた所でボス二体を相手するのは無理だろう。
それ以前に俺は狂戦士には《ホリゾンタル・スクエア》しか放てていない。怯ませられない敵を、更にはもう一体のボスを一人で纏めて相手するというのは、どうやら俺では役不足だったようだ。
直姉やユイ姉の他、アスナやユウキ、ディアベル達は無いとは思うが、ただの一度も敗北を許されない俺が敗北を喫してしまった後の事を考えると、恐ろしい。
今までキバオウやリンド達の悪感情を受けながらもどうにか攻略組の一人で居られたのは、他のプレイヤーには為せない事をしてきたからだ。
《最強》はただの一度も敗北してはならない。
敗北を喫した時、その者は《最強》では無くなるからだ。
例えるなら、誰にも一度もISの試合で負けた事が無い《織斑千冬》のように。世界最強と尊ばれ、強者と崇められ、信奉する者すら居るあの気高い実姉のように、ただの一度も敗北していない者だからこそ、《最強》として、優秀な者として認められる。
それ以外は、有象無象。
それ以外は、全て無意味で無価値。
ベータテスト、デスゲームと化したSAOの両方で攻略組最強と言われた《Kirito》は、戦いの上では一度も負けた事が無い。敗北は即ち死だったから。敗北は即ち《Kirito》無価値化と同義だったから。《最強》であるべきだと自ら課していたから。
そうでもないと、俺が戦えそうに無かった。
見捨てたのに案じてくれるクライン、《織斑一夏》だと知っても変わらず接してくれたアスナやユウキとランの姉妹、サチやディアベル達は本当に強くなった。
クライン達に明かした通り、強く無ければ俺は必要とされないと思っていた。それは今でも思っている。それはクライン達に対してだけでは無い、他の俺に悪感情を抱いているが最強だから生存率が上がるからと不平不満を飲み込んでいる攻略組メンバーの者達に対してもだ。むしろそちらの方が大きいだろう。
仮想世界は、ある意味で人の願いを具象化する一手段。だからこそ俺は、この仮想の世界では《最強》を求めた。現実世界の最強《ブリュンヒルデ》のように、あの事件から姿を消して所在不明の《白騎士》のように。
光を浴びる舞台の現実最強が《白》ならば、この世界は、デスゲームという事もあって闇の舞台と言える。故に、人を拒絶して一人で進む道を選んだ俺には、正に《黒》が闇の舞台最強として相応しかった。
それなのに、敗北してしまう。《黒》の意味を喪ってしまう、《Kirito》に籠めて求めたものが得られなくなってしまう。
最強でなくなったら、周囲の人間にここぞとばかりに狙われて、殺されてしまう。
嫌だった。けれどもう無理だと悟って、最後の一撃をこの眼に刻むべく、俺は堕天使をしっかりと見据えた。
「「「「「キリトォッ!!!」」」」」
「「「「「キリト君ッ!!!」」」」」
その俺の耳朶を強烈に打つ、この世界での名を呼ぶ皆。
視線だけそちらへ向ければ、アスナ達はおろか、あの物静かなヒースクリフですら焦りの表情で名を叫んでいたのが視界に映った。
応援してくれていたのに、申し訳ないという思いで一杯になる。
「キリトくんッ!!!」
俺と一番歳が近い“ともだち”のシリカ――ユイ姉は家族なので除外――が、涙すら浮かべて叫んでいた。シリカの腕に抱かれているナン、肩に留まっているピナまでもが、必死に鳴き声を届かせようとしていた。
涙を浮かべる必死さ、そしてシステムで動かされている使い魔達の行動を見て、胸が詰まる思いがした。
「キー坊ッ!!!」
殆ど間を置かずに、というかほぼ同時にアルゴの声が聞こえた。
茶色のフードの奥に見える表情は悔しそうに、申し訳なさそうに歪められていて、情報の食い違いがあった事に対して罪悪感を感じているのが分かった。
それ以外にも、純粋に俺の勝利を応援してくれていた事が分かって、喉まで何かが出掛かった。鼻の奥がツンとして、半ば無意識に歯を食い縛っていた。
「和人ォッ!!!」
「きーッ!!!」
そして、皆の叫び声に紛れて、本当に集中しなければ、聞き慣れていなければ、恐らく自分の名前でなければ気付かない程度でしか無かったが、しっかり耳に届いた声があった。
その声は、大切な二人の義姉だった。
全然現実とは違う容姿なのに直姉と何となく分かる直姉、自分とどこか似ている気がするユイ姉。
二人の眼は、二人の内心を如実に表していた。
負けるな、頑張れ、と。
《織斑一夏》だからでも最強を求めた《Kirito》だからでも無く、ただただ家族として応援してくれる姿が、そこにはあった。
それを見て、まだ負けたくない、勝って応えたいと叫ぶ声が、諦めようという思念を一気に押し潰した。
「ッ……!!!」
瞬間、力を喪っていた俺の全身に活力が満ちて、ゆっくりだった世界が更に遅く感じられるようになった。
堕天使が腰に構えた長刀を振り抜こうとしている動作を見てからおよそ一秒。
その間に劇的な変化があったと感じるのは、意識の加速が起こっていたからだろう。
だが、その加速はまだ上がある。俺はそれを、身を以て知っている。
現実で様々な人体実験をされた俺は、男ながらISが明確な反応を示す程の適性を有し、更には制限こそ掛けているがポテンシャルそのものは埋め込まれたコアのIS設計の構想からして、相当に高くなっている。無論、動作をする為に必要な思考も、そして反応速度も、少なくとも攫われる以前と較べれば天地の差がある。
《ナーヴギア》のレスポンス速度にアバターは依存するので流石に完全再現とはいかないし、俺の脳に掛かる負担も尋常では無いので頻繁に使えはしないが、それでも、まだ足掻けるのに諦めるのは嫌だった。
ボス二体を同時相手が何だ、HP一が何だ。
俺は攻略組最強だ、回復アイテムも使えない事は無いしそもそも使い果たしてもいない。俺が負けてしまったら、この《個人戦》は誰が突破する、死なせてしまったプレイヤーや《月夜の黒猫団》のダッカー達にした誓いをどう守ると言うのだ。俺が居なくなったらこのデスゲームで誰が皆のヘイトを受けるのだ。
それに、《織斑千冬》は絶対に最後まで諦めないに違いないのだから、最強を目指すのであれば諦める訳にはいかない。剣道でどれだけ格上が相手でも諦めなかった《桐ヶ谷直葉》の義弟なのだから、安心させて、そして応援に応える為にも、俺がここで敗北するとしても、諦める事だけはする訳にはいかない。
それは、何よりも皆を裏切る行為だから。
裏切るのは、嫌だから。
「ッ……まだッ! 負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
怒号を響かせながら、俺はエリュシデータを引き抜いて両手持ちで青眼に構えたその瞬間、超速で突貫してきた堕天使に応じるように、俺もまた地を蹴って突貫した。
堕天使の攻撃は開幕直後の時に全て見切った。
だから俺は二刀を長刀の軌道上に滑らせて全撃弾けた。故にこの八連撃の軌道は、全て脳裏に焼き付いている。
堕天使は左手で長刀を持っていて、右腰に構えている為に初撃は必ず堕天使から見て袈裟掛けに振り下ろしてくる。
初撃が袈裟、次から逆袈裟、袈裟、逆袈裟……と交互に繰り返していく。奇数撃が袈裟、偶数撃が逆袈裟だが、最後の八撃目だけは七撃目の袈裟掛けから一回転してまた袈裟掛けになっている、だから最初の突進斬りの後、堕天使は左に長刀を振り抜いていたのだ。
全ての剣劇の軌道が分かっていて、それに反応出来た以上、例え一刀だとしても捌けないという道理は無い。二刀の時以上の意識の加速が起こっているなら、むしろ出来るのは当然だ。
八撃。それが相殺に必要な最低攻撃数であり、反撃を含めるなら、突進速度も考慮に入れると一撃が限界なので、全部で九撃放つ計算になる。
一瞬で九連撃を放つなど現実ではかなり無理がある。
けれど、ここはレベルとステータス、そして本人の反応速度がものをいう仮想世界だ。条件を満たしていれば、出来ない事は殆ど無い。
剣術に於ける基本の九つの型を、俺は篠ノ之龍韻さんと直姉から徹底的に教わっていた。今は諸々の理由で幾らか型を崩しているものの、基本だけは共通しているから、動作そのものは相当に滑らかだ。
だからこそ、俺は一瞬でその九つの攻撃を放てた。
斬り落としの唐竹、袈裟掛け、左薙ぎ、左斬り上げ、真上に斬り上げる逆風、右斬り上げ、右薙ぎ、逆袈裟、そして中心を貫く刺突。斬撃の型が八つ、そして刺突からなる九つの攻撃。
斬撃は堕天使の八連撃と完全相殺し、最後にこちらの強烈な刺突が男の胸の中心を貫いた。
『が、は、ぁ……ッ?!』
意識の加速が起こっている為に、堕天使の苦しげな声がスローに聞こえた。
それを聞き流しながらエリュシデータから左手を離し、右手首を返して右薙ぎに振るいつつ、堕天使の体から抜く。
現実だったら男の左腹の臓物が飛び出ていただろうが、ここは仮想世界なので出血エフェクトが溢れ出すだけだった。
『ぶるあああああああああああああああああああああッ!!!』
堕天使へ更なる追撃を仕掛け、せめて狂戦士との一対一へ持ち込もうと考えたものの、それは横合いから聞こえて来た強烈な咆哮で却下した。一気に勝負を掛けようにも、絶対にそれまでに一撃貰って敗北するのは目に見えていたからだ。
狂戦士は、俺の右横から右半身を前にして突進してきていた。
それを見た俺は、左へと一歩移動した。
ギラリと、狂戦士の双眸が鋭くなり、突進が唐突に中断したと思えば戦斧が眼前に突き出された。
『漢に後退の二文字はねぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええいッ!!!!!!』
それは《ジェノサイドブレイバー》という極太の光線を放ってきた技と酷似していた。違いを上げるとすれば、溜めの時間が一瞬しか無いというくらいだろう。
戦斧が眼前に突き出された事で恐らくアレが来るだろうと思っていた俺は、流石に溜め時間の短さには驚愕したものの、即座に左横では無く真後ろへ跳んだのでノーダメージで回避できた。狂戦士から見れば俺は横に跳んだので、後退では無い筈だ。
そして懐からピンク色に輝く結晶体――さっき砂塵の中でも使った《全快結晶》――を取り出し、素早く掲げる。
「ヒール!」
その文言の直後、結晶はカシャンと音を立てて割れ、内包されていた暖かな桃色の光が俺を包み込んだ。
それから間を置かずHPゲージが一瞬で左端から右端へとフル回復した。
『貴様ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!』
直後、俺の眼前には極太の光線を放ち終えた狂戦士が、また一瞬で移動してきていた。
右腕を振りかぶって、唸りを上げて突き出されてきたため、俺は狂戦士の左側へとしゃがみながら素早くターンし、正面から退避した。
『アイテムなんぞォッ、使ってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええいッ!!!!!!』
初撃を空振った狂戦士は、しかしシステムに規定された動きをそのまま忠実に行っていった。
腰のポーチから最高性能のグランポーションと呼ばれるHPの一定値の回復とリジェネ効果を付与する飲料系アイテムを取り出し、キュポッと小瓶の線を開けて中身の苦いレモンジュースを飲みながら、それを見た。
狂戦士は本来なら相手を掴み上げたのだろう右手を地面へ振り下ろした後、二度右足の踏み抜きと共に凄まじい岩砕を発生させ、斧をかち上げ、そして大きく後ろ手に戦斧を引いた後に飛び上がりながら真上に振り上げた。
途轍もなく巨大で禍々しい衝撃波が斧から発せられているのを見て、掴まれていたら絶対負けていたと確信する。
『畜生にも劣る下劣な行為、見逃す程の腑抜けでは無いわ……』
地面へ戻った狂戦士は戦斧を構え直しながらそう言い切った。
今正に、真横でポーションを飲んでいたのだが、それはスルーなのだろうかと思いつつ、俺はエリュシデータを後ろ手に構えて狂戦士と少し離れた位置にいる堕天使の残りHPを見やる。
堕天使のHPはさっきの刺突と右薙ぎがクリティカルになったのか、もうHPは四段目に突入している、あと少しで最大HPの四分の一に届くから今後も注意は必要だろう。今度は本当に何をしてくるか予想が付かない。
狂戦士のHPは相変わらず減っていなかった。
しかし、ここでさっきは気付かなかった事に気付いた。
HPバーの横の方に一つのマークを見つけたのだ。そこには何か障壁のようなものが矢印を弾き返しているようなマークが出現しており、マークの下には何かの小さなゲージが見えた。
更に至近でフォーカスされた真っ黒なカーソルの上には『PENETRATE REST16』とあった。
カーソルが真っ黒というのは恐ろしく格上という証拠なので、そりゃあ強いのも頷ける話だと納得がいった。チラリと視線を堕天使に移せばそちらのカーソルも真っ黒だった。
カーソルの色はともかく、英字の《ぺネトレイト》とは貫通するという意味を持つ。数字の半端さを考えればさっきの攻撃で四回分減ったという事になる。
となると《レスト》は、何かが切れるまでの意味を有するのかと予想した。
直訳すれば、何かが貫通するまであと十六回攻撃して、更に一回入れたらそれまでに比べて変化が出る、という事になる。
つまり十七回攻撃を加えれば、この狂戦士には何かしら変化が現れるという事。堕天使はともかく、このままではジリ貧なのは確実であるため、吉と凶と出るかは運任せにして全てを賭けるより他は無い。
「となれば……!」
『晒せぃッ!!!』
真横に居る俺へ向き直り、後ろ手に振りかぶった戦斧を全力で振り上げて来た狂戦士の一撃を半歩また横に動くだけで躱した後、俺は狂戦士のすぐ横を走り抜けると共に剣を振るって一撃叩き込んで、移動を開始した。
俺の視線の先には、地面に突き立つ翡翠の剣があった。
***
「おおっ、キリトのやつ、持ち直したぞッ?!」
「HP1にされてからの堕天使の突進攻撃を、まさか二刀の時みたいに全撃防ぐどころか一刀で反撃を入れるなんテ……ちゃっかりアイテム使用の反撃も躱してるシ……」
「凄いな、彼は……本当に……」
HPを完全回復した後、キリト君は狂戦士の振り向きざまの一撃を軽やかに紙一重で回避し、すぐに反撃を入れながら横を通り過ぎ、地を這う衝撃波によって弾き飛ばされたダークリパルサーの方へと走り出した。
それを見て、クラインは驚きと喜びと安堵が混ざり合った声を上げ、アルゴさんも呆れ口調ではあるが安堵の笑みを浮かべた。
恐らくだがあのタイミングで持ち直した事から、少なくとも俺達の名前を呼ぶだけではあったが精一杯の声援が功を奏したのだと思う。ずっと虐げられ続けて、表立っては俺達でも応援してこなかったからこそ、恐らくここまでの大人数で声援を受けた経験は皆無に近い筈だ、SAOでは初に違いない。
更には自身を拾い受け入れた義姉と新たに出来たユイという義姉の声援もあった、恐らく家族からの声が最も響いただろう。
経験が無かったが故に純粋に喜びを覚えたのだろう事は若干思う所はあるが、それを素直に受け取れるだけ彼も余裕を持てたと考えれば喜ばしい事ではある。
俺はそう考えると共に、さっきの堕天使との攻防を思い出して、安堵と共に凄いという素直な賞賛を胸中に浮かべていた。
あの状況下、あのタイミングで持ち直し、速攻で堕天使の突進攻撃を捌き、あまつさえ反撃を入れたという事の凄さは、恐らく攻略組の中でも一握りの実力者しか理解出来ていないだろう。あの一瞬の攻防が見えた者など恐らく皆無に近いに違いない。俺だって見えなかった。
俺はそこまで突出した能力がある訳では無い。平均的に能力は高いが、オールラウンダー故に特化は出来ないのが俺なのだ。多くの部分で他の人達より優れている事は多いだろうが、それでも一点は絶対的に負けるというのが俺なのである。
逆に言えば必ず何か能力的に勝る部分があるとも言えるのだが、そんな俺でも、キリト君にだけは絶対に勝てるものが無いと思っている。
それは覚悟、心の強さという意味でも、剣の腕っぷしという意味でも。
『ぶるあああああああああああああああああああああッ!!!』
『闇に落ちろ』
「キリト! ここが踏ん張りどころよ!!!」
「頑張れぇッ!!!」
そして人望という意味でも勝てないだろうと、俺はキリト君へ声援を送るリズベットとシリカの二人を見ながら思った。
リズベットは攻略組なら知らない物が居ない程に有名なマスタースミス、攻略組を相手にする鍛冶師の中で唯一武具店を営んで中立の立場を保っているプレイヤーだ。彼女は武器の目端はおろか、そのプレイヤーがどれだけの強さかも武器に対する扱いを見れば何となく把握出来るようになったらしい。基本的に大切に扱えばそのプレイヤーは強いのだとか。
彼女は中立を保つ、何事もだ。流石にプライベート関連ではそうもいかないが、鍛冶屋という立場では絶対的に中立な立場だ。
だからキリト君を虐げるリンドが率いる《聖竜連合》、キバオウが所属する俺が率いる《アインクラッド解放軍》の武器製造や強化の依頼は、一度たりとも断られた事が無い。生産ラインを止めてしまえば攻略が遅れるからだ。更に言えば女尊男卑へのアンチ傾向があるため、女性である自身が横柄な態度を取ってしまうと危険だと自覚しているからである。
中立だからこそ信頼を寄せられ、信用される。
だが彼女自身が一定以上踏み込む事は無い、下手に首を突っ込めば厄介事になると理解しているからだ……この世界では人を信じる事が難しいし、アスナさんから紹介されて以降はそうでもないが、割と彼女に認められるのは難しいと聞いているため、初日から親しくなったキリト君は人望溢れているのだろうと思う。俺でも何回か彼女の露店に立ち寄った所で漸く信用されたのだから。まぁ、彼の年齢の低さもあるのだろうけど。
そしてシリカ、彼女の場合は実は意外にリズベットよりもガードが堅かったりする。普段から野良パーティーを組んで中層から上層を行き来している彼女は、《アインクラッド》中で二人しかいない《フェザーリドラ》をテイムしたビーストテイマーであると同時、その幼さからアイドル扱いされている稀有なプレイヤーだ。故に男性プレイヤーから迫られ、女性プレイヤーから妬まれる事もしょちゅうだったらしい。
そんな彼女に頼られる事は滅多に無いというのがシリカのファン達の共通見解だと、アルゴさんから教えてもらった。アルゴさんに依頼をした時の事情は仕方なかったにせよ、そもそもあまり人を頼るなどの弱みを見せないようにしているらしい。
それでもキリト君と会い、偏見も無く親しくなり、以降も交友がある。幾つかの共通点があるとは言え、やはりキリト君の人となりが為せる業だろう。
幾ら凄くても、人格が破綻していたり、あまりにも外れていれば人は離れて行くのだから。
「よし! キリトがダークリパルサーを取り戻した!」
「凄いですよキリト君! そのまま押し切れば勝ちも同然です!」
「頑張れキリトッ!!!」
ユウキ君達が喜びに沸いた視線の先では、体力減少によって攻撃が苛烈になった堕天使の妨害と狂戦士の追撃を振り切り、漸く翡翠の剣を左手に取り戻し、二刀を持ったキリト君がボス達に向き直る光景があった。
ベータ時代から凄まじい強さを見せつけた彼の、二刀の姿。
その得も言われぬ力強さに、俺はぐっと拳を握る。
「まだ負けられない、まだ諦める訳にはいかない……! 全力で行くぞッ!!!」
『ふ……お前の力を見せてみろ』
『さぁ、足掻いて見せろ、歴史を変えてやるとな!』
二度、二人と一人は各々己の得物を構えて、対峙した。
はい、如何だったでしょうか。
実はお話的には殆ど進んでいないという……でも結構フラグと伏線を乱立させております。目立つものだけでもキリト覚醒フラグ、待遇改善フラグ、ボス二体倒せるフラグがありますね。
でも途中ハラハラされたのではないかと思います、思われれば嬉しいです。幾つか不自然な点があった事から情報が違う事に気付いていた方は、更に読み返せばおや? と思う点が出てくるかも知れません……一応伏線を張っておりますので。
実はボス個体の攻撃パターンには一定の法則性を付けております、狂戦士に関しては一部例外もありますが大体決まってます。
それが見抜ければ、倒せるフラグは分かるんですね。実はキリトが既に答えに近いの出してますし。
ただし、あらかじめ言っておきましょう……フラグが立っても、必ずしもそれを良い方で回収するとは限らないという事を。そしてたとえ回収したとしても、それ以降は分からないという事を。
何故こんなことを言ったのか……それは、今後の予定が未定だから。どう転ぶのか分からないから念のためというだけです(笑) そこまで他意はありません。
当初、今話はもっとキリトが苦しむ予定だったんですが……先延ばしになっていますからね。あくまで省いていない辺りでお察しです。
ちなみに、狂戦士は《TODリメイクDC》と《MUGEN》から、堕天使は《FFDD》と《CCFF7》と《FF7AC》と例の心と闇と光と鍵のゲームⅡを参考にしております。前者は特に技を放つ際に特徴的な台詞を出すので、動画などで見れば、こういう技なのだなとイメージが付くかと。
……逆に言えば、これらを全てやった事がある方なら、今後どうなるかある程度予想付くかも? 出せる要素は出し尽くす予定ですからね。
一応前話と今話で出た狂戦士と堕天使の台詞と技名は出しておきましょうか。暫くしたら設定集に気が向けば……という感じで。
実は全部はまだ出てません……まだまだ悪夢を見せるゼ(笑)
全ての原作技を網羅出来るかはちょっと分かりませんが……頑張ります!
・《The Genocide Bersercar》
『アイテムなぞ――――』《同名》:狂戦士を語る上では外せないセリフと技。リメイク作から秘奥義扱い、放たれればまず死亡。今話でキリトはギリギリ躱したが原作では回避不可。でもオールスター作品だと稀に全撃回避というバグがあったりする。
『皆殺しだ、微塵に砕けろ――――』《ジェノサイドブレイバー》:初出の頃からある極太光線。狂戦士でも割と有名且つ絶対防御不能の技。戦闘難易度が半端ないと即全滅もあり得る。
ちなみに、本作のローマ字表記の《Genocide》の部分はここから取っている。
『俺の背後に――――』《バック・スナイパー》:狂戦士の中で結構有名な台詞、リメイクDCでは登場回数は少ないが初出ではバリバリ登場。リメイクでは背後に回る瞬間、狂戦士も同じ方向を向くので、そもそもターゲットされている間に背後に回ることそのものが少ないからあんまり見られなかったり。一対一では十中八九出ないと言える。
攻撃方法は掴んで地面に落とすだけ。ただし防御不可、当たればまず即死。
『縮こまってんじゃねぇ!』《漢の叩き付け》:ガードすると使用する。初出が原点だが、技名はオリジナル(見たまんま)。一撃で本当にガードブレイクしてくるので、仮にヒースクリフが戦ったら涙目確定である。
『漢に後退の二文字はねぇ!』《同名》:溜め無しジェノサイドブレイバー。本作では一歩でも後退(狂戦士から見て距離を取る方向に移動)すると発動する設定。
初出では魔法攻撃だったが、《MUGEN》ではガチで一歩でも後退した瞬間放つレーザー砲に。漢の字は初出では男だった。
『死ぬか、消えるか、土下座――――』《これぞ我が奥義・三連殺》:リメイク作品では無く、初出の《テイルズ・オブ・デスティニー2》というゲームで、HPが四分の一を割る度に使用する凶悪技。薙ぎ払い《轟炎斬》、かち上げ《斬空断》、掴み落とす《烈砕断》からなる奥義。当たればHP1&強制ダウン。
ちなみに、リメイクでは別の攻撃方法で同名の技があるが、台詞が異なる。そちらは本作では登場していない。主な参考は《MUGEN》。
『晒せぃ!』《漢の振り上げ》:《テイルズ・オブ・ヴェスペリア》闘技場出場の《英雄を殺めし者》及び《MUGEN》から。下段から片手持ちの斧を大振りに振り上げる強烈な攻撃。
かち上げとは違う。
『余裕構してんじゃねぇ!』《ヘルヒート》:リメイクで追加された追尾性能付き火焔弾。文中では数えられていないが、正確な数は32発。元では超追尾性能及び弾速を誇り、五分の一の確率で一発ごとに最高レベルの封印効果を喰らう上に、防御しても回数で破られるという超鬼畜技。
でも本作キリトには実力で無効化される。
『引き裂いてやろうか?!』《殺・魔神剣》:無限射程かつ高高度まで攻撃判定がある凶悪な地を這う衝撃波。テイルズシリーズでも中々無い凶悪な技であるが、リメイクDCではこれを超える魔神剣系秘奥義があったりする。
基礎を極めればこその強さなのかもしれない……殺意ありありなのもどうかと思うが。
『何時まで寝てやがる!』《トランプル》:雷を呼ぶ二連続足踏み。リメイクにて追加された技で、ダウンしたら絶対放ってくる酷い技。HPが一定以下になる度に攻撃回数が増加し、最大で七回まで増える。ダウンさせたのにこのセリフは理不尽だ。
ちなみに、ある技を使用すると自動で二回増加。更にある攻撃からは絶対に追撃してくる。
・《The OneWing Forginengel》
『終わりだ』《縮地》:開幕直後に放たれる技。技名はFFDD参考。ダメージ回数を数えれば斬り抜け攻撃は実はどのゲームもしっかり八回だったりする。
『闇に落ちろ』《シャドウフレア》:相手を取り巻くように黒い球が複数個出現する。技名はFFDD参考、台詞と内容は例のゲーム参考。
『来たれ、心無い天使――――』《心無い天使》:技名はDDFFから。ご存知相手のHPを強制1にする鬼畜技。
実は例のゲームのリメイクでは妨害出来るが、ただのⅡでは受けるしか無い。この後に絶対《縮地》が来るが、回復に焦らなければ対応可能。
『全ては闇の中に』《リユニオン》:セリフと性能は例のゲームⅡ、技名はFFDD参考。実はアルゴの情報が既に崩れていたという事実。知っていた方は気付いていただろう。
こうなると全ての攻撃パターンが強化、若干の変更が出る。
『星々の裁きを受けろ、落ちろ、天の怒り』《メテオレイン》:セリフ、技名共にオリジナル。内容は例のゲームⅡ。正直ノーダメージはあり得ない。また、妨害不可。隕石群が数十発飛来する。
……こんな感じですかね。こう見ると堕天使のインパクトがなぁ……狂戦士のキャラの濃さに圧倒されてますね。スピードで考えると圧倒的な筈なのですが……
まぁ、まだまだ本領発揮してないので、大丈夫でしょう★(嗤)
狂戦士なんて、少し調べたら全然まだあるっていうのが分かりますしね。
長々と失礼……では、次話にてお会いしましょう。