インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
視点:アスナ
字数:約一万
ほぼ回想による解説。全部描写しようと思ったらエンディングが中弛みを起こすので、ネタはキャラ視点の為に取っておこうかなと(七色関連はホロリアで使えるしネ!)
ちなみに今話は、《インフィニティ・モーメント》や《ホロウ・フラグメント》などのように『デスゲームクリア後の顛末解説シーン』であり、エンディングクレジット前に該当します。
《ダイシー・カフェ》での
よってサブタイトルは、ルート確定を知らせる為のもの。
ではどうぞ。
~孤高の剣士・天~
――戦いは終わった。
二〇二五年五月九日金曜日の午前六時を以て、七色博士に端を発する――――あるいは、《ソードアート・オンライン》がデスゲームになった時から運命付けられていたかもしれない戦いは、幕を下ろした。
七色・アルシャービン博士の《クラウド・ブレイン計画》はデスゲームクリアの立役者によって阻止された。女史すらも予期せぬ暴走により、ALOはサーバーごとダウンし、SAOサーバーを復帰させる事になったが、事はそれだけに留まらず、SAO時代の負の遺産ともいうべきものをも巻き込んだ大事件に発展した。なにせ世間が注目していた稀代の最年少天才すら一般人を巻き込む計画を企てていただけでなく、《人の感情》でのみ構成された高次元のシステムが、人類に牙を剥きかけたのだから、世間が注目するのも当然と言えよう。
負の遺産――SAO時代の《クラウド・ブレイン》の核になっていた《ホロウ・キリト》は、オリジナル・キリトとの死闘で敗北した後、潔く散った。
*
ホロウ・キリトの左胸を、翡翠の刃が深く穿った。
防ぐ事も、往なす事も、それどころか躱して反撃を叩き込む事も出来ただろう拙い剣戟を、彼が防がなかった理由は定かではない。しかしその刃を受けた当の本人は、直前まで憤怒に駆られていたとは思えないほど穏やかな面持ちだった。
『――俺の、勝ちだ。ホロウ』
疲労と苦痛に喘ぎながらも、剣を突き立てた少年が強い面持ちで言い。
『……ああ……そして、おれの敗北だ』
胸を穿つ刃を見下ろしていた少年が、深く瞑目すると共に微笑み、そう言った。
その瞬間、満足げに微笑む少年の姿に異変が訪れた。
色の抜けた白髪から、白い泥が落ちていく。落ちていく最中に泥は徐々に赤黒くなり――泥のベールから見えた髪は、黒色に戻っていた。
ボロボロの外套も同じく泥が落ちていく。
瞳の色も、虚無の赤から煌めく黒に戻った。
後のキリトによれば、負の瞋恚の影響を受ける条件から外れたから戻ったらしい。つまるところ――ホロウ本人の裡から未練の感情が消えた瞬間だった。
――元に戻った
『傑作だな。おれの敗因が、おれの捨てたモノだなんて』
胸から抜かれた翡翠の剣を見ながら彼は言った。
表向きでは第七十五層闘技場、およびボス戦でしか使われなかったモノだが、使用期間に反して強い想いが込められたそれは、キリトが
あるいは、《二刀流》という希望の体現の原点か。
一般の目に、攻略組として、そして《二刀流》という新たなユニークスキルホルダーとして自身を晒したのは、漆黒の剣と翡翠の剣を携えた時が初だった。あの世界にいた人々にとって《二刀流》と言われれば、戦線を共にし続けた者以外はその姿を思い浮かべる筈だ。
それは、キリト自身がよく理解している事だ。
二〇二三年末の時点で習得し、周囲にそれを知らせたのが二〇二四年六月頭という、およそ半年のスパンがあったのは、熟練度以上に『第七十五層』というクォーターポイントでの士気向上に、ユニークスキルの希少性を役立てる為だった。闘技場で衆目にある中で彼が戦ったのは、『一度敗北すると再挑戦できない』というルールもあるが、一般プレイヤーによる希望の伝播を狙っていたからでもある。
彼は自己防衛のためか自己評価こそ低いきらいがあるが、周囲から受ける評価に関しては概ねフラットに理解を示している。
あの剣に、リズベットがどれほどの想いを込め、【黒の剣士】という異名に反する異彩の剣――《二刀流》を構成する最大の要素に、どれほどの希望を人々が見出したかも、彼は理解していた。
だから、理由があったとは言え、サチを裏切ったホロウは自ら翡翠の剣を捨てたのだ。
そうして孤独になったから、オリジナル・キリトと違って人を憎む事を良しとし、キリカと違って義姉とすら距離を取った事で、獣へと堕ち、《クラウド・ブレイン》の核となった。
――その推察を、後の
ともあれ、オリジナル・キリトが獣にならなかったのは、人を信じる事を良しとしていたから。その象徴が翡翠の剣。
それでトドメを刺された事は、それを捨てた事で復讐の在り方を良しとしたホロウにとって、これ以上なく痛烈な批判であり、皮肉となった筈だ。
『心底から負かさないと、意味が無い』
それを、オリジナル・キリトは真っ向から肯定した。計算尽くだったのだ。
『――そうか』
その計算高さを、ホロウは皮肉気な笑みで笑った。
――足元から、少しずつ粒子を散らしながら。
SAO時代の消滅エフェクトではない。まるで、データが少しずつ削られていくような消え方だ。
しかし体はまだそこにあるように見える。光が散った後は、《四肢欠損》デバフ状態のように半透明になっていた。足元から消えているのに立ち姿に変化が無いのは半透明でも物理判定が働いているからだろう。
『……消えるのか』
『AIのおれにあるかは知らないが、『心が折れた』。《クラウド・ブレイン》を保つ為のそれが折れた以上消えるしかないさ……もう、未練も無くなった』
そう言って、ホロウはオリジナルの隣を横切った。彼が振り返り、ホロウの背中に顔を向ける。
霧散する粒子が、遂に胸に達したところで、彼はゆっくりと天を振り仰ぐ。その空に浮かぶ泥を垂れ流す太陽に、眼を眇めた。
『……ああ、でも、ひとつだけ。
静かに、体を光に散らしながら――
『――――もう一回くらい、すぐねぇが作ったポトフ、食べたかったな――――』
――そんな、ありふれた願いを口にして、
*
絶対権限者のデリート作業にも抵抗していたからか、またどこかで再起の機会を狙っているという説も一時期あったが、それはオリジナル・キリト本人が否定した事で程なく下火になった。
ホロウ・キリトが《クラウド・ブレイン》の核となっていたのは『解消し切れない思考』、人間風に言うなら『未練があったから』に他ならない。それが深く強いものだったが故に、負で構成された《クラウド・ブレイン》の核に選ばれてしまった。その『核に選ばれる』理由を真っ向から
その《クラウド・ブレイン》も、オリジナル・キリトによって完全消滅を喫した。
――厳密に言えば、それは消滅ではなく、昇華らしい。
そもそも《クラウド・ブレイン》は負の想念の塊であり、数値として『
故に、彼は『有害な数値』を『無害な数値』へと変換させた。それが彼が言う《昇華》。
ホロウが纏っていた《クラウド・ブレイン》に含まれる感情には『生きたい』『死にたくない』という生への執着も存在している。なので核であったホロウ・キリトが消滅した後、負の顕現たる泥はオリジナル・キリトへ殺到した。逆説的に、SAOサーバーからもホロウは完全消滅した事を意味している。
自身に殺到した負を、キリトは全て
想像を絶する苦しみだった筈だ。
そう思えるのは、
AIとは言え、精神の根幹はオリジナルと何ら変わらない。現にキリト、キリカとホロウとを分けたのは《寄り添う人の存在の有無》という外的要因である。強靭な精神を有するホロウが闇堕ちしたのは、元々の個人の感情、経歴にも関与するが、それを克己した二人の存在が、それは決定打ではないという裏付けになる。
あれほどの暴走をしたのは《クラウド・ブレイン》、ひいては一万人の負が最大の要因という結論が出る。
それを全て受け入れたという事は、SAOプレイヤー一万人分とALOプレイヤー数十万人分の感情を一人で受け止めたという事。遊びを前提にしている後者はともかく、前者は命懸けの感情ばかりだから、濃度はとんでもない筈だ。幾万通りの《人の死》を見せられているのと変わらない。
核を喪い殺到した負に負けていれば、彼はその復讐心に押し潰されただろうが、そうはならなかった。
要因は、彼の考え方にある。
SAO最前線組であれば既知の事――――そして、一般に《クラウド・ブレイン事変》と呼ばれる事件の後日
ホロウ・キリトの最終目標は、究極的に言えば『世界への復讐』であり、つまりは破滅な訳だが、なにも世界は全てが電子機器で動いている訳ではない。大国はそうだろうが、どうしてもネットワークの入り込まない部分は出て来る。故に物理的にも復讐すべく、ほぼ同位体と言えるオリジナル・キリトに負を叩き込み、裡に封じられた復讐心を励起、発露させようと企てていた。
情緒的な可能性を許容する《クラウド・ブレイン》は、その特性ゆえに、人からの感情の影響をダイレクトに受け、成長していく。
彼はそれを逆手に取った。
廃棄孔との対決当時、キリトはホロウと同じく抱えている恨みつらみを直接的暴力による復讐で解消するのではなく、正当な手段を以て社会的立場の向上に充て、復権する事での解消――心理学的防衛機制になぞらえた《昇華》――を狙っていると語った。それ故に復讐や憎悪そのものは受け容れており、幸せを求める手段にする事で解消しているのだと。
それは、希望を抱いていなければ出来ない思考である。ある種の善性の発露だ。
核を喪った負の《クラウド・ブレイン》――当時のSAOサーバーを満たしていた泥は、残る核に出来るキリトを狙って殺到したが、彼はその思考と瞋恚を以て相対し、裡にある憎悪を励起しようとするそれらを無力化した。
拒絶するのではなく、無害化。
負の方面に成長していく《クラウド・ブレイン》に、正の感情を与え、負と相殺し、ゼロ――つまり、無害化していったのだ。ホロウ・キリトが構築していた《絶望》のコードとの共鳴があり得るなら、逆に彼の《希望》の感情コードによる相殺もあり得るという理屈らしい。
元々ホロウを獣へ堕としたSAO時代の負の遺産を消滅させるには、拒絶ではなく、受け容れた上で無害なものに変容させなければならなかったという。
とは言えそれは言うは易し、行うは難しだ。存在するだけでネットワークを介して世界を混迷に陥れかねないほど危険なものになっていた負の瞋恚を無力化出来るのは、負の遺産に明確に『世界への悪意』というカタチを形成した《
彼は、それらを理解した上で『自身の不始末』と言い、自分以外の全プレイヤーのログアウトを茅場博士達に指示したのだと思う。
最終的に、彼自身が構築していた《クラウド・ブレイン》と融合させた後、彼は自身の体を二振りの愛剣で穿ち、即死剣から転写していた『《クラウド・ブレイン》にも対応するコード』によりアバターごと諸共消滅させた。
刃に瞋恚は乗せず、『プログラムコードの適用』というプロセスでロジック的に一つになった《クラウド・ブレイン》は消滅し、事件は全て幕を閉じた。
それが二〇二四年五月九日午前六時のこと。
その日から暫くは七色博士の事、《クラウド・ブレイン》と呼ばれる感情が構築したシステムとそれによる博士の暴走、そしてSAOクリアの裏にあった真実について、どこのテレビ局も繰り返し報道しており、エンタメ番組もほぼそれ一色だった。
当然少年の事も数多く取り上げられていた。何しろ唯一リアルバレ
リアルタイムで彼自身の口から語られた推察がほぼ全て当たっていた事で、『桐ヶ谷和人黒幕説』というSAO時代にも似たようなものがあった説がまことしやかに語られた――多くはエンタメ番組だった――が、それを真に受けている人間はそう多くはない。
確かに、彼は四月頭という早い段階で七色博士の計画に勘付き、その大枠を察していた訳で、誰かに協力を求める事は可能だった筈だ。その点で傲慢と言う人もいる。彼ら彼女らに協力を求めていればそもそも今回の事件は起き得なかったのではないか、と。
だが――《ビーター》という在り方を知った世間は、彼が一人で調査に乗り出し、対処しようとした事実の裏を理解した。リーファ達に協力を求めなかったのは、万が一を考慮しての事だろうと。
それは真実だ。
彼は他人を頼らない。信じていないからではない。信じれるほど大切に思っているからこそ、敢えて距離を取る人間だ。罠に嵌めた事を後ろめたく思い自ら距離を取ったホロウとて、根底には『自分が一緒にいたら死なせてしまうかも』という他者を思いやる心がある。ましてや今回の事件は、レッドプレイヤーですらリアル割れを忌避したSAO時代と違い現実世界と密接に結び付いた事であり、ネットリテラシーを無視した中傷の対象として現実側でも被害を被る可能性は否定出来ない。『中傷』の経験があり、それに全面的な恐れを抱いている彼が、自らの意思でこちらを巻き込める筈が無かった。
自分達もそれを理解していたから無理に彼側に付こうとせず静観の構えを取ったのだ。
それは、彼の求める最適解――ALOからのログアウト――ではない事を理解した上での、せめてもの反抗。理解し、共感したからと言って、受け容れられるかはまた別だった。
二〇二五年五月十七日現在、世間がそんな賑わいを見せる中、事の発端と言える女史はと言えば、早々に謝罪会見を行い、研究チームを解散した後、表舞台から姿を消した。
雲隠れした訳ではない。
今回の事件を知った事で、彼女の研究チームのパトロンになっていた財団が軒並み支援中止を申し渡し、研究が先行かなくなったため、表舞台に出る理由を喪ったのだ。既に《稀代の最年少天才》という二つ名も、《仮想世界研究者》の二つ名も既に過去の物――というより、事件終息に動いていた少年のものへと移っていると言っていい。
二つとも未だ世間に認められている天才《茅場晶彦》と対等に言葉を交わし、推察と対策で話し合っていた場面が映っていたからこその名声だろう。今でも彼を悪し様に言う人間は、根っからの女尊男卑論者か、『男代表』として成果を出せなかった事を責め立てる者か、《織斑》に恨みでもある者か、あるいはSAO時代に彼の手でPKされた者の何れかである。
では、立場も名声も喪った七色・アルシャービンが、何をしているかと言えば――
「ん~♪ ここの食堂のお菓子、すっごくおいしいわ!」
「ハイハイ、分かったから食べながら喋らないの」
「はーい」
――《帰還者学校》二階のカフェテラスで紅茶と洋菓子に舌鼓を打っていた。
カウンター席で満面の笑みでスプーンを運ぶ姿は年相応の少女であり、博士としてテレビに出て、アイドルとして振る舞っていた頃にはない砕けた様を振り撒いていた。
彼女の姉レイン曰く、肩の荷が下りたのだろう、との事。
《クラウド・ブレイン計画》も、元を正せば家族から真っ当な愛情を注がれず、ただ《研究者としての七色》を求められ、大成を目指したが故のものだった。
経緯は色々とあったが、本来の計画も法に触れたものではない事、彼女本人も意図しない事態であった事、結果的に犠牲者が出ていない事――なにより、政府と最高裁判所が『内部で起きた事は一切不問とする』としたSAOが関わっていた事で、一先ず今回の事件について不問とされたものの、もはや七色・アルシャービンの研究者生命は断たれたと言っていいだろう。
却ってそれが良かったのか。
研究チームを解散した後、紆余曲折を経て《枳殻七色》へと姓を変えている。
その『紆余曲折』について、枳殻姉妹は多くは語らない。口を揃えているのは『キリト君のお蔭だ』だけだ。凡そそれで察した周囲も、あまりプライベートを根掘り葉掘り聞くのはどうかと思い踏み込まないようにしている。いまは十年近く離れていた姉妹の触れ合いを見守るに留めていた。
《クラウド・ブレイン》の暴走により、結果的にサーバーごとダウンし、リソースはおろかデータ全てがぐちゃぐちゃになったALOは、一週間という異例の長さの――しかし事態を鑑みれば異常に速い――メンテナンス期間を経て、再稼働を果たした。
運営によりロールバックされたALOの時間は、大規模アップデートにより第五の浮遊大陸【岩塊原野ニーベルハイム】が実装された時期まで巻き戻されている。その時期は、クラスタによるハイエナプレイもあってフィールドを総なめし、中央塔のラストダンジョンに踏み込む、七色が率いたギルド《
そこまでロールバックされ、再稼働するという事実が公式サイトに掲載された時、MMOプレイヤーの中でも博識な者を筆頭に驚愕の声が上がった。
《
ALOは、SAOのコピーサーバーという経歴上、全体のシステム運営に【カーディナル・システム】が用いられている。カーディナルは
だから通常、【カーディナル・システム】が適用されているゲームでは、手動で全データのバックアップを取り、物理的に分割されたメディアに保管されていない限り、ロールバックは出来てもプレイヤーデータだけで、フィールドまでは含まれないと思われていた。少なくとも《ロールバック》の対象自体が基本プレイヤーデータだけというのは、経験則による見解も含まれているらしい。
その予想を裏切ったのも実はかの少年が関係していると、あまりにも速い再開をダシに多くのマスコミが募る中で、マスコミ嫌いで知られる茅場晶彦は語った。
【スヴァルト・アールヴヘイム】が実装されるよりも前。大規模なエリア実装が発表された頃に、少年の方から連絡があったのだという。
曰く――【カーディナル・システム】の自動バックアップ機能と、エラー修正機能を切っておくように、と。
幾ら親しい間柄とは言え何の理由も無くそんな事が出来る筈がない。どちらもゲーム運営に不可欠な機能であり、特に後者は人力でのエラー修正の多大さを鑑みれば、容易に受け入れられる話では無かったからだ。
しかし、結果的に茅場晶彦――と、世間から隠れている篠ノ之束博士――は、その話を受け容れた。
当時、既に政府からの依頼を受け調査に乗り出し、三つの論文と大規模アップデートの告知を契機に活発化し始めた《三刃騎士団》の動きから、《クラウド・ブレイン》計画の凡そを察した少年の推察を聞いた結果だ。風聞が良いか悪いか程度だが、それですら致命的になりかねないほどか細い命のVR技術の存続を
当然ながら《クラウド・ブレイン》計画が暴走してあんな事態に発展するとは彼も予想していなかったが、ともあれその備えが怪我の功名となり、ALOは一週間のメンテ期間だけで再開している。
何故、彼がそのような指示をしたのか。
最終的に、《三刃騎士団》ひいては七色博士がALO内での功績を挙げたとしても、それを帳消しにする為だ。
スヴァルト実装当初こそ攻略に消極的だった彼は、おそらく『実装初期までロールバックすればいい』と考えていた筈だ。七色博士の研究を調査、最悪止める為にALOにインして関わる必要こそあれ、攻略する必要性は皆無。
しかし彼は、レインの《お願い》を契機に姿勢を反転させ、全力で攻略に力を入れ始めた。
それにより【浮島草原ヴォークリンデ】、【砂丘峡谷ヴェルグンデ】、【環状氷山フロスヒルデ】の戦いに、《三刃騎士団》を寄せ付けていない。彼自身が取る事はなく、全て自身と共闘関係にある者達に譲っている。
迂遠的ではあるが、《クラウド・ブレイン事変》を巡る戦いそのものから、
無論問題が無かった訳ではない。
【カーディナル・システム】の自律システム性から《ユーミル》はテスターを雇っていなかった。オープンベータなどと同じくバグ報告をする仕事を担うテスターは、ゲームがリリースされてからも少なからず存在するというが、システムが自動でエラーを発見、アップデートに修正案を追加するのだから不要だろうと、人件費削減の為に雇っていなかったのだ。
しかし自動エラー修正機能を停止すれば、大規模アップデートにより少なからず生じるだろう既存システムと新システムの衝突とバグが発生するのは想像に難くない。
その発見の為に雇われた人員――それが、彼だった。
彼が茅場晶彦、篠ノ之束という運営側から受けていた依頼は、その為のものだったのだ。
そんな裏事情があって、およそ十日前後のスヴァルト攻略や観光に費やされた時間、スヴァルト以外での活動時間は、全てが無駄にはなったわけではなかった。
事件を起こした本人が未成年である事、意図したものでない事、本人の社会的立場や研究がほぼ喪われた事が裁判での判決代わりとなり、厳しい眼を向けられながらも厳重注意で彼女は済んだ。
――そんな彼女は現在、枳殻姓を得てから日本に移り住んでいる。
今回の事件を契機に
頼れる引き取り手として、
茅場晶彦のオフレコ情報で、日本政府としても仮想世界研究の最前線を進んでいた少女を手に入れておきたいという意向もあるらしい。どちらにせよ日本に永住する以上、彼女も年齢を鑑みれば就学しなければならず、それには通称《帰還者学校》と言われる政府直轄の教育機関に所属させる事が最適だった。監視という意味でも、伝手という意味でも、本人の身の回りという意味でもだ。
父親の雲隠れはともあれ、うしろ二つの原案はキリトがしたというのだから恐ろしい。
その裏事情が――無論政府関連の事は伏せて――世間に発信され、《クラウド・ブレイン事変》の騒ぎもある程度沈静化し始めた、事件から一週間経った今日。
事件解決――主にSAO時代の負の遺産対処――の為に無理を押した事が
場所は東京都台東区御徒町にあるエギルがリアルで経営する喫茶店兼酒場《ダイシー・カフェ》だ。
何気に意識不明の重体で数日生死の境を
ただ、なんとなく――後者な気がしていた。
・七色・アルシャービン
改め、枳殻七色。
《天才博士》の名をほしいままにしていた《七色・アルシャービン》のガワが見るも無残に砕け散ったため、《ただの少女》としての振る舞いを取り戻し、現在姉・虹架と共に学生生活を満喫している。
日本政府としては『有能な研究者』という七色を逃す手は無いので、和人、菊岡、楯無経由で全力支援の元、本人の環境込みで《生還者学校》に入学するに至った。
無罪になっているのは本文の通り。纏めると『和人、超がんばった』。
・桐ヶ谷和人
SAOから引き続き超がんばった立役者。
彼が心から休める日々は数年先の事である(ヴァベルにより《星の戦い》を知ったせい)
最初はスヴァルト完全初期化を考えていたが、虹架の《お願い》の為に方針を転換し、七色が被る罪や被害諸々を抑えるべく攻略に全力投球した事で、ロールバック地点が『実装直後』から『最後の浮遊大陸実装直後』へと延ばした。合間合間に《三刃騎士団》と交戦して攻略を遅らせたり、分身で立ちはだかったり、ユウキ達の攻略に協力して進行させてたのはそういう事。
その結果無理に無理を重ね、限界を突破し過ぎたせいで裏の暗部当主から《五体満足
本作に於ける『主人公補正』はマイナス部分からの反転現象(致死率高いコア埋め込みを逆に利用するなど)が基本なので、この『回復力オバケ』も元は何らかのマイナス要素が基点にある。つまり一般人が知ると心が苦しくなる。
裏どころか表に引っ張り出されたお蔭で社会的立場の復権は割と出来てしまっている。
七色が得ていた《天才》の異名をそのまま引き継ぎかねない状態。
数十万人の負の記憶、意志を受けるも、それすらも《幸福な未来》を求める原動力へと昇華し、自己を貫いてみせた。
功績だけ考えても生ける伝説待ったなしですねクォレハ……()
――下手すると《白騎士説》を唱えられてる実姉より純粋にファンが生まれるのでは?
・結城明日奈
今話のキャラ視点。
過去、第一層頃の純粋な人助け(犠牲は自分の
五月九日金曜日時点で編入試験申し込み記入期限だった。一週間後の金曜日でも在留している――からと言って、『編入試験を受けてない』と思うのは早計である(尚思考が昏くない時点でお察し)
父と母の意見は覆せたのかが今後を左右する……!
数話前で自身が助かるシーンを見て胸をときめかせている。
・枳殻虹架
描写すっ飛んで幸せを掴み取った七色の姉。
ニーベルハイムでキリト対《三刃騎士団》が繰り広げられる中、準備していた荷物や書類は、戸籍謄本など諸々だったというオチ。和人に助けを求めていなかったらワンチャン損害賠償や裁判などでエラい事になりかねなかったので、弱音を吐いて大勝利に至った人。
――十年近い空白を埋めるように、姉妹の触れ合いに没頭している。
和人に対し深い感謝の念を抱いているが、それ以外は不明。
・
原典に立ち返り、未練も無く、答えだけを得て消滅した可能性の和人。
誓いの剣を捨てた事が、却って己に弱点を作り、トドメを刺す要因になってしまった。
――一度だけ食べたポトフが、《憧れ》の原点。
呪いに呑まれるまで、後ろめたく思いながらも人を思いやる心を意地でも棄てられなかった原因。《
物質的な愛と、感情的な愛の双方を直葉が与えたからこそ――一夏は、獣から立ち返り、最後を迎えられたのだ。