インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 二回目の投稿。なので、短めだゾ☆

視点:アルゴ

字数:約六千

 『〇〇幕』編の導入かな?

 ではどうぞ。




二幕 ~それは確かに求めた”しあわせ”~

 

 

 

『人は、決して一人で生きられない生き物だ』

 

 

 

『それは物の流通、社会の在り様というだけじゃない。個人の在り様でも言えるコト。有体に言えば『出る杭は打たれる』だ。集団が持つ《普遍像》から逸脱した時、ヒトはその人を爪弾きにする』

 

『それが須郷のような凶悪な人間だとすればいいんだがな』

 

『仮に、その在り方がその人生来のものであれば。更に言えば、人の為を想ってしている事を、埒外だからという理由で否定されれば、どう思う? ――答えは明快だ。不快になる』

 

『不快は嫌忌を呼び、嫌忌は疑心へと誘わせ、果てに待つのは孤立だ』

 

『誰も信じられない』

 

『誰も、信用してはならない』

 

『信じたいが、信じる事が恐ろしい』

 

『何故ならヒトは――自分の在り方を、否定されたくないからだ』

 

『突き詰めて言えば、それは個性の否定であり、人によっては生の否定にもなる。認めて欲しいと思った相手から否定を受ければ疑心を抱くし、不信を持つだろうさ』

 

『恐怖と不信は、希望と期待の裏返しなんだ』

 

『それに――“肉親”というのはな、あらゆる意味で大きな存在だよ。無条件で信用できるからこそ、あらゆる人は“親”を定規に物事を見る。家でのマナー、生活、性格、将来の夢。そして、人間に対する朧気なイメージ。これら人間性は家族が育てるものだ』

 

『そして社会性は、社会――子供からすれば、学校が育むものだ』

 

『まぁ、俺の記憶にあるマトモな学校生活なんて一年足らずだけど』

 

『……俺は、この十数年の人生で、いろんな人を見てきたよ』

 

 

 

『――この世に『悪』があるとすれば、それはきっと、ヒトのココロだ』

 

 

 

『――これからしばらくの間、《天才》と呼ばれた人間に近しい人達が現れるだろうと俺は予想してる』

 

『その人達が、篠ノ之束のように世界を混迷に陥れるのか、茅場晶彦のように美しいものへと邁進するだけか、須郷のように他者の犠牲を前提にしたものか、七色・アルシャービンのようにありきたりなものかはわからないが、彼ら彼女らという前例が出来た以上人はそれを許容する』

 

『大衆がじゃない、個人の意識が自身の個性の発露を許す。法に縛られ、社会に埋没した『名も無き傑物』が、連鎖的に産声を上げていく』

 

『既に、仮想世界では茅場の後を追った者が二人現れている』

 

『さて、現実世界で篠ノ之博士の後を追う人は、一体誰なのか。俺は興味があるね。なにしろ現代最初の天才だ。あの後を追う人間は中々極まっている筈だ』

 

『その人間が抱く願いがたとえ真っ当なものであっても、その手段を理解せず、ただ《悪》であると叫ぶ人は居るだろう』

 

『そうならない事を、俺はヒトの善性に信じているよ。ヒトのココロに悪はあるだろうが、生まれながらの絶対悪なんて、ヒトには居ないだろうから』

 

『――何故ヒトを信じられるのか、か』

 

『……それも、単純な話だよ』

 

『どれだけ邪悪に塗れていても、その根底は、きっと、とても人間らしい欲求に基づいたものだ』

 

『複雑な理由なんて無い。ただ本能のままに生きている』

 

『それがあまりにも単純過ぎるから、複雑な社会から弾かれる』

 

『それ故の理解不能であり』

 

『それ故の共感不能だ』

 

『だからこそ――ヒトは彼らを、《天才》と呼ぶ』

 

『……俺が《努力家》と言った人物には私情が混じっていて、否定しただけかもな……』

 

『――これが七色とどう繋がるか?』

 

『なに、単純な話だよ。俺はただ……それは寂しいものだから、色眼鏡無しで他者を見れる人が増えて欲しいと思っているだけ』

 

 

 

『自分を救えるのは自分だけだけど、独りじゃあ救ったところで意味が無いからな』

 

 

 

『《織斑一夏(オリムライチカ)》は、そうして救われたんだ』

 

 

 

~帆坂朋著、MMOトゥモローインタビュー記事『彼は人をどう思う』より一部抜粋~

 

 

 

 

 地下世界ヨツンヘイム。

 それは北欧神話に於いて九つ存在する中の一つ、巨人が統べる第二層目の世界だ。一応同じ階層には黒の妖精ないしドヴェルグ(ドワーフ)が住まうスヴァルト・アールヴヘイム、人間が住まうミズガルズも存在しているとされる。

 《アルヴヘイム・オンライン》に於いては、地上の上級ダンジョンに代わる高難易度フィールドとして、運営が《ユーミル》に替わった折に妖精郷アルヴヘイムの地下に広がる極寒フィールドとして実装された場所として有名だ。

 その難易度は途轍もなく高く、まず央都アルンの東西南北に一つずつ位置する高難易度ダンジョン――此処も従来のダンジョンより遥かに高難易度だ――に突入し、最奥に待ち受ける(むつ)()()(わん)の人型邪神ボスを倒す事で漸く突入できるという、正直攻略するには時間も手間も掛かり過ぎる狩場だ。そのクセ吹雪吹き荒ぶ世界を雑魚のように闊歩する個体は全てが門番邪神と同タイプ――つまり、ボスがそのまま雑魚として配置されているという、ぶっ壊れ難易度。

 邪神一体の強さが、かつてALO最強として名を鳴らしたユージンでも十秒持たなかった――と言われれば、ある程度強さの予想は付くだろう。

 比較対象としてスメラギは真っ向勝負で一分半、キリトが一分足らず、他の上級ダンジョンボスで二分余りは持って見せるらしい。攻撃の余波ダメージだけでも致命傷となればフルレイドですら全滅は必至。

 実装されてから数ヵ月、未だに()のフィールドを固定狩場に出来るパーティーは、両手の指で数えられる程度と言われている。

 だというのに、【黒の剣士】、【解放の英雄】、【ブラッキー】などと――最近【黒の覇王】とも――揶揄される少年は、単独で関門扱いのダンジョンと門番を突破し、フィールドを徘徊する邪神Mobを倒し、剰え明らかにボス格の霜の巨人《ヴァフスルーズニル》をも打倒していたらしい。

 七色・アルシャービンが引き起こした事態、計画により台無しになったゲーム進行を巻き戻し、結果的に彼の戦果はゼロへと戻っている。

 

 ――だからか、それを取り戻すように、彼の少年は再び地下へ続く迷宮を訪れていた。

 

 虚空から槍を何本も落とし、焦土と化したフロアの中で、彼は()()()()()()()()と戦っていた。

 巨体の至るところに長槍と短槍を突き立てられる。頭上に表示されている六本の体力ゲージの減少()()が、眼に見えて速くなる。ボスの巨体に応じて太さと大きさを増し比例して膨大な量に思えるそれがガリガリと見た事無い速さで減っていく様は壮観だ。

 

 ――エグい戦法だナ。

 

 ハイディングを解かないよう、心の中だけで呟く。

 ボスフロアを焦土に変えている事と、ボスに突き立てられている武器が全て槍系統である事の理由を悟り、そう思わざるを得なかった。

 ALOの物理属性には《斬撃》、《刺突》、《打撃》、《貫通》の四つが存在している。

 その中でも《貫通属性》は、状態異常の毒や出血のような効果を武器が刺さっている間のみ発生させる、やや特殊な属性だった。

 ゴーレムやスケルトンのようにカチカチの手合いにはそもそも刺さらないし、亜人やスケルトンナイトのように剣技を扱う知能、手足を持つMobは、貫通武器を突き刺されても、恐怖の感情が無いせいでブレイクポイントが発生し次第むんずと掴んで引っこ抜き、遠く離れた場所にポイと捨ててしまう。

 加えて言えば、この属性を持つ武器――大半が槍と投擲武器――は往々にして基礎攻撃力値が低い。かつてSAOで起きた《圏内事件》でも、ミドルゾーンのタンクのHPを一撃で刈り取るには筋力値極振りのレベル100プレイヤーで無ければ不可能だと、あのヒースクリフとキリトの二人が断言し、その武器による直接殺害の可能性が否定された程だ。

 なので使うとなれば、麻痺やスタン、(タン)(ブル)などで身動きが取れない時に突き刺す程度だが、発生する継続ダメージも〇・五パーセントという少なさ。

 使う機会も与ダメージ量も少ないとなれば、()(ねん)、誰もそれを持とうとしない。

 せいぜい麻痺毒をプレイヤー相手に使うレッドくらいしか持たなかったし、ALOに於いてもそれは変わらない。

 

 しかし、同時に数百の武器を操作出来る召喚武器《ⅩⅢ》を持っているなら、話は別だ。

 

 昆虫やドラゴンのように刺さる為の“肉”を持つ敵に《貫通属性》を持つ武器を刺したままにすると、その間は一定間隔でダメージが入る。それは一つの武器ではホントに微々たる(継続)(ダメ)(ージ)しか発生しないが、仮に十本刺さっていれば、同時に発生したダメージは総量の五パーセントになる。

 百本ともなれば、瞬間的なダメージは総量の半分だ。

 ものによって割合ダメージと固定ダメージで分かれているので、全ての槍が前者であるとは限らない。

 しかし――数百本の槍に晒されている姿を見ては、質の事なぞ関係無かった。

 圧倒的な数の暴力を持って、彼は門番ボスを開戦から十秒足らずで撃破した。

 いや、あれは《撃破》というものではない。戦いですらない。殺し合いでもない。駆逐よりも酷い、ただの《掃除》だった。

 彼は、その手に剣を握らなかった。

 ただ腕を組み仁王立ちで君臨しているだけだったのだ。

 

「――――っ」

 

 物陰からじっと様子を窺っていると、小柄な体が、揺れた。

 まるで風に吹かれた柳の如く、前兆の無い揺らぎ方。

 それを見た瞬間、地を蹴っていた。そもそも隠れていたのもバツが悪いからというだけ、顔を見せても特に問題は無い――そんな思考は、駆けている間に浮かび、そして消えた。

 敏捷値極振りの脚を全力で回す。

 およそ二十メートルの距離を一秒で詰め――

 

 (くろ)が閃いた。

 

「うっぉう?!」

 

 スライディングで受け止めようと上体を後ろに倒した直後、眼前を(くろ)が薙いでいく。それが剣光であると認識出来たのはそのまま地面を滑ること三秒してからだ。

 なんで自分攻撃されたんダ?! という驚愕と共に、床に倒れ込んだまま少年を見る。

 逆さに見える少年は、先程の揺らぎ方が嘘であったようにしっかりとした立ち姿で、こちらに数々の武器の切っ先を向けていた。ぎりり、と照準を定めているようにも見えるそれらは、空気を圧倒している。

 たらりと冷や汗が流れた。

 この圧――彼は自分を、アルゴと認識していない!

 

「ちょ、ちょっと待ってキー坊! オレっちだ、アルゴだヨ!」

「――アルゴ……?」

 

 今にも射出されそうな中空の武器群と彼の眼から向けられる冷ややかな殺気が、瞬時に霧散した。

 知らず強張っていた全身から力を抜いて、ごろりとうつ伏せになり、立ち上がる。

 

「いや、驚いたヨ。まさかオレっちって気付いてなかったとハ……」

「驚いたのはこっちの台詞だ。ヨツンヘイムで挟み撃ちされたら敵わないと思って誘き出す為にわざと倒れる演技をしたら、出てきたのがアルゴだったからな。危うく滅多刺しにするところだったぞ」

「……え。アレ、演技だったのカ?」

「ああ」

 

 てっきり復帰したてだから体調が悪くなったのかと、思わず飛び出していたのだが、それが演技と知って少し唖然としてしまう。いやまぁ、それはそれで喜ばしい事なのだが。

 

「い、いや、演技だとしても、そもそもまだ休んでるべきだとは思うゾ……って言っても、キー坊の事だから、どーせ引き下がらないんだろうナ」

「ふふふ、流石はアルゴ。俺の事をよく分かってる」

「少しは悪びれろヨ」

 

 このー、と小さなおでこをびしびし指で(つつ)く。不満をぶつける為のそれを痛痒にも感じていないらしい少年は、はははは、と腕を組んだまま朗らかに笑うばかり。

 なんというか――吹っ切れているように見えた。

 

「おーい!」

 

 そんなやり取りをしていると、ボスフロアの入り口がある回廊から少女の呼び声が聞こえてきた。顔を向ければ、紫紺の少女剣士を筆頭とした集団(“なかま”)が駆け付けたところだった。

 

「やっと来たカ。待ちくたびれたぞユーちゃん!」

「いやいや、これでも全力で追い掛けてきたんだからね?! 一からマッピングして追い付いたんだからむしろ褒めてよ!」

 

 走りながら、こちらの不満にあちらも文句を言ってきた。

 まぁ、破竹の勢いでダンジョン内のMobを数秒で殲滅し、ボスすらも同様に屠る進軍速度を見せた少年に、ほぼ同じ速度で進んできたのは流石と言えた。焦土こそ使えないが、瞬間的な演算能力――つまり一度に操れる装備数が遥かに多いユイ、キリカの二人が召喚武器を振るったからでもあるだろうが。

 そんな彼女らがフロアに辿り着いたのを、キリトはやや困惑の面持ちで見ていたが、ふと思い出したようにこちらに視線を向けてきた。

 その意味するところは、呼んだのアルゴだろ、か。

 ふふん、と腕を組んで笑みを返しておく。

 やられた、とばかりに少年は苦笑を浮かべた。

 

「――キーリートー!!!」

 

 先頭を直走る紫紺の少女――の横を追い抜いて駆ける、黒の女性が声を張り上げた。珍しく渾名呼びをしなかったのは彼の義理の姉の一人ユイだった。

 少女姿の(可愛)(いさ)を残したまま、怜悧な要素も含んだ怒りの顔で、女性が少年に突進した。

 その速度、全力投球そのものである。

 体重で誰にも勝てない少年は抱き留めようと腕を広げ、事実キャッチした瞬間に腰に手を回していたが、彼女が味方につけていた慣性の力に負けて引き倒される。ずざざざざーっと、そのままボスフロアの出口側手前まで滑っていった。

 ……彼のアバターアカウント、SAOの引継ぎだとしたら《ペイン・アブソーバ》は働いているのだろうか。

 ふと、今更な疑問を浮かべながら少年と女性の元まで歩く。傍らに駆け付けたユウキ達が並んだ。若干悔しそうにしている理由は、考えるまでもない。

 怒りを抱いているように見える理由も含めて。

 

「まったく、あなたという人は! ALOが再稼働を果たして一番に来てくれるかと思ってたのにまさかこんなトコに直行するなんて! 私はちょっと怒ってますよ! そもそもですね、四日の徹夜とは言え緊急入院する程の重体だったあなたがたった一週間の療養だけで再ログインする事も到底容認し切れない事なのに、剰え超高難易度ダンジョンに単身突入するとかいったい何を考えているのかと小一時間ほど問い詰めたいくらいです!!!」

 

 と、馬乗り状態でぷんすか怒りを露わに言う女性ユイ。

 跨られている少年は、あはは、と苦笑の笑みを浮かべ降参のポーズを取っていた。見ようによっては犬の服従ポーズに見えなくもない。

 その二人の傍らに、紫色の女性――もう一人のAIの姉ストレアが立った。

 

「そうだよー。事情はいちおう知ってるけどさ、アタシ達、ホントに心配してたんだから」

 

 紫紺の巨剣を地面に突き立て、少年の両手を持ってユイの下から引っこ抜いたストレアは、自分の眼前に彼を吊り下げた。

 むぅ、不満気に頬を膨らませているのは天然なのか素なのか。

 どちらにせよあざといな、というのが自分の所感だった。

 

「――ま、キリトの事だし? 間違いなくヨツンヘイムに何かあるんだろうけど、一人で行こうとするのはちょっと頂けないかなー? おせっきょーは免れないかもよ?」

 

 そう言って少年の手を離した後、着地した少年の肩に手を置いたストレアは、ぐるりとこちらに顔を向けさせた。

 横に並ぶ“なかま”達の顔は、笑顔ながら怒りも湛えたそれ。

 

「お……お手柔らかに」

「――だって。どうする、みんな?」

 

 ストレアがアルカイックスマイルを浮かべながら、水を向ける。

 “みんな”は、獰猛な笑みを満面に浮かべ――

 

 

 

「「「「「不・許・可!!!」」」」」

 

 

 

「だってさ」

「デスヨネー!!!」

 

 声を揃えての断言に、キリトが諦めを悟った笑い声を上げ、ストレアも陽気に笑った。

 

 






 仮令これが、仮想現実にあるものだとしても。

 仮令それが、現実では物理的に得られないものだとしても。

 仮令そこに居る人が、実在の人間でないのだとしても。

 仮令、万人が認めるような、真っ当な在り方でないとしても。



 ――俺のしあわせは、ここに結実している。




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