インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

248 / 300


視点:オールユイ

字数:約九千

 原作四巻冒頭の『トンキー救出劇』+原作八巻《キャリバー編》の展開を混ぜております。《フェアリィ・ダンス》が無いせいでトンキー助けてないからネ!

 ではどうぞ




四幕 ~《女王の請願》~

 

 

 十分ほど掛けて、アインクラッド数階層分の階段トンネルを駆け抜けた私達の視界に、仄白い光が割り込んだ。

 同時、下層の空気がいっそう冷たさを増す。顔の周囲には氷の結晶がきらきらと舞い始めていた。

 

「ジェネレート・サーマル・エレメント、ターゲット・オール・レジスト・アイシクル、バリアシェイプ、ディスチャージ!」

 

 そこでキリトが、()()()も務めるシウネーやラン達より速く、滑らかに詠唱した。英語で構成されたそれは《魔術(OSS)》。ほんの二秒で唱え終えると、三十人に届こうかという人数の体を一瞬青い光が包み、視界左上のHPゲージの下に小さなアイコンが点灯した。たちまち厚手のコートを着込んだかのように肌寒さが遠ざかる。凍結耐性を上昇させる支援魔法だ。

 そして、霜に覆われた洞穴から飛び出し、視界にヨツンヘイムの全景を捉えた。

 

『おお……』

 

 公式サイトやALOプレイヤーのSNSなどで見た事はあっても、直接ヨツンヘイムそのものを見た事があるのはキリトだけ。彼以外は漏れなく感嘆の声を洩らした。

 眼前に広がるのは分厚い雪と氷に覆われた美しくも残酷な常夜の世界。照明となるものは氷の天蓋から何本も突き出す巨大な水晶の柱が導くいた地上からの光のみ。その他にも、遥か彼方の稜線に点在する巨人の眷属の城や砦が、青紫や黄緑色の篝火を焚いている。

 地面から天蓋――アルヴヘイムの地層――までの高さは一キロに達するとまで言われている。天蓋には世界樹の根っこが無数に這い回っている筈だが、遠過ぎて太い根しかロクに見えない。

 地表のアルヴヘイムが直径百キロ以上の広さを誇っている。地下世界ヨツンヘイムはそれより狭いとは言え、どう考えても直径五十キロ以上は確実だ。標高を考慮するとヨツンヘイム一つでサーバー一つ食ってもおかしくない。無論《アインクラッド》全体よりは小さいが、高さと広さは基部の第一層の優に十倍。反対側に行き着くまでに何時間掛かる事か。

 加えて地下世界は篝火が光源になっている時点で推して知るべしレベルで陽光、月光が十分量届かないので、その二つを飛翔力に変換している妖精の翅も当然使えない。種族特性として()()()だけ光が届かないダンジョン内でも短時間だけ飛べるが、せいぜい二、三分が限度だ。ヨツンヘイムを飛んで動くにはあまりに足りない。

 この広さとそれに反する移動手段の制限は、一体一体が倒すのに時間を要する事に定評のある邪神モンスターの強さと相まって、ヨツンヘイムは不人気気味として知られている。

 倒せば見合うだけのユルドとアイテム、経験値を得られるが、そこに至るまでの労力がライトプレイヤーにはキツいものがあるのだ。ネットの書き込みによれば一回の行き来で六時間は最低掛かるとか。ヨツンヘイムに入る為の登竜門に等しい高難度ダンジョンも踏破するにはフルレイドで二時間が平均。

 ここに来るまで三十分程度しか掛けていない彼の方が特殊過ぎる。

 

「……そういえばキリト君、本土崩壊を防ぐ為に倒さないといけない巨人って何処にいるの?」

 

 一番に感動から帰って来たのはレインだった。階段を降りる間に、そういえば以前巨人族の話を聞いたような――と語っていたから、初めて聞く自分達より感動が薄かったのかもしれない。

 彼女の問いで次々と我に戻った私達は、キリトに注意を向けた。

 彼はある一点を指差す事で答えた。指の先は、しかし地平線彼方ではなく、地下世界の天蓋を指し示している。更に言えば天蓋に這い回る巨大な根っこ。

 

「……世界樹、ですか?」

 

 呆気に取られながら問う。彼は、首を横に振った。

 

「よく見ると世界樹の根に抱え込まれたような状態の青白い氷塊が見えないか?」

「――あ、ホントだ!」

 

 一番に声を上げたのはフィリア。トレジャーハントに使うのか、それとも(スカ)(ウト)に使うのか、望遠鏡を取り出していた。最初に見つけられたのはそういう事らしい。

 それを見て、私は短いスペルを唱え、手の中に扁平な結晶を作り出した。遠見に使う為の遠見氷晶(アイススコープ)の魔法だ。大きなレンズを覗き込む。

 レンズで大きく映し出されたそれは、青く透き通った逆円錐形の氷塊だった。それを網のように抱え込む黒いチューブのようなものは、世界樹の根っこ。遠近エフェクトの感じからして全長は軽く二百メートル以上あるだろう。内部は幾つもの層に区切られ、氷のダンジョンを形成しているように見える。氷柱の中にいくつもの光点が閉じ込められゆっくりと周期的に瞬く様は荘厳ですらあった。

 見せて見せて、と来るストレアやシリカ、ジュン達に氷晶レンズを渡した私は、無言を貫くキリカを肩に乗せたままキリトへ近づく。

 

「場所は分かりましたが……あそこまで、どうやって行くんです?」

「空飛ぶ邪神に乗っていく」

「……はい?」

 

 その答えに、強いデジャブを覚える反応を返してから、前回はどんな経緯で世界樹の根に抱えられた氷塊に辿り着いたのかを聞いた。

 

   *

 

 遡ること約十日前。

 霜の巨人族、丘の巨人族を率いる頭目を討伐するべく単身ヨツンヘイムに乗り込んだキリトは、極寒のフィールドを、《ⅩⅢ》の風と光の力を用いた高速移動法を以て駆け回った。

 その道中、偶然にも邪神にターゲットされ、更にキャンプ狩りに訪れていたプレイヤー達が近くに居た事で、モンスターの擦り付け行為《トレイン》を起こしかねない状況に陥った。流石にマナーレス行為をする訳にもいかず、六眼四腕の人型邪神を相手取る事にしたキリトだったが、そこで誤算が起きた。

 

 キャンプ狩りに訪れていたプレイヤー達は、【スヴァルト・アールヴヘイム】の攻略に赴いたものの、ヴォークリンデの頃に分身キリトが阻み、全滅へと追いやった種族帰依の連合軍プレイヤーだったのだ。

 

 当時の攻略速度で言えば自分達の次に種族連合軍、最後に《三刃騎士団》だったので、彼さえ阻まなければスヴァルト最初のエリア攻略者となり、《MMOトゥモロー》の記事に名を連ねていた可能性はあっただろう。それを恨みに思っていた人がキャンプ狩りレイドに多く居て、彼らに襲われたのだと言う。

 その時キャンプ狩りレイドが相手取っていたのは動物型邪神だった。

 動物型邪神のヘイトはレイドに向いたままとは言え、キリトは前門をレイド、後門を人型邪神で挟まれた形となり、激戦となった。

 ――とは言え、既にその時点で数日徹夜で動けるよう手配済みの状況だったため、キリトに戦闘時間の制限は無かった。

 脳を酷使する《ⅩⅢ》を惜しみなく使い、自身を狙う人型邪神とレイドを上手く捌き、時に互いをけしかけさせて共倒れを引き起こした事で、彼は難を逃れた。

 動物型邪神はその時点で生き残っていたが――驚くべき事に、『出会えば即戦闘』で知られる邪神は、キリトに敵意を向けなかったのだと言う。

 

 それどころか、イベントが始まったのだとか。

 

 それこそ彼の“空飛ぶ邪神に乗っていく”という答えに直結していた。

 ――キリトの話を聞きながらフィールドを走り始めて数分足らずで、運よく人型邪神VS動物型邪神で争っている場面に遭遇した。

 ALOに於いてモンスター同士が戦闘している場合、大別して四つの理由が考えられる。

 一つは、どちらかのモンスターが()()()()()スキルに長けたケットシープレイヤーの使役する《ペット》である場合。

 二つ、どちらかがプーカ族の奏でるメロディによって煽動されている場合。

 三つ、幻惑魔法によって惑乱させられている場合。

 四つ、クエスト開始のエンカウントバトルの場合。

 いま目の前で繰り広げられている死闘の内、一つ目から三つ目は全て違う事が客観的事実から証明される。ペットモンスターならターゲットカーソルが黄緑色になるが、どちらの邪神のカーソルも純モンスターを示す黄色のまま。空気を満たすのはぼるぼるひゅるひゅるという雄叫びと地響きばかりで音楽などまるで聞こえない。惑乱《魔法》の発動を示すライトエフェクトも一切見えない。

 四つ目は、クエストを示す《?》マークがある場合と無いレアタイプがあるので、無いからと言ってイコールクエストでは無いと判断する事は出来ない。

 しかしいまはキリトが事前に話してくれているので、ほぼ間違いなく四つ目であると推察できる。

 無論彼が遭遇した状況とは異なっている。そもそもALO再開から一時間経っていない間にヨツンヘイムに到達出来る人の方が少ない。そのため、今のヨツンヘイムに居るプレイヤーは確実に自分達だけと断言出来、従って状況の再現は不可能と言える。

 それでも関係していると言えるのは、彼が経験したイベントのキーが、『動物型邪神を脅威から救う』という味方としての行動を取った事に起因するからだ。

 テイムと同じように同種族を殺し過ぎているとダメかもしれないが、ログ的には彼を含めて初めてヨツンヘイムに来たので検証はできない。

 

「ジェネレート・ルミナス・エレメント、アローシェイプ――ディスチャージ!」

 

 動物型に気を取られている人型邪神に横合いから殴りつけるように光の矢が飛翔した。ひゅん、と空気を引き裂き飛ぶそれは、六眼巨人の一番上の眉間に着弾し、輝く爆発を発生させた。

 巨人のHPゲージがほんの僅かに削れる。

 ――その時点で、虚空に無数の槍が飛翔を開始していた。

 キリトだけではない。自分、キリカ、シノンが登録している貫通属性を持つ武器全てを召喚しているのだ。六眼四腕巨人がこちらにヘイトを向けた直後には、全身を三桁に上る槍、短剣、ピックなどに穿たれる。それらのダメージそのものは微々たるものだが――巨人が一歩足を踏み出す三秒後、HPゲージは一瞬で九割を白色に変えた。

 

『ひゅるるるるる!』

 

 自身から注意を逸らし、更に一瞬で瀕死に陥った巨人の窮地を見て、体力の半分近くを削られ劣勢にあった動物型邪神――見た目は象の頭に水母(くらげ)を合体させたような白い生物――が一際強い啼き声を上げ、突進した。

 大質量の衝突。

 衝撃と振動が地底を揺らした。

 直後、巨人の体力は底を尽き、その巨体は光へと散った。その巨大さ故に爆散したポリゴンの光もまた膨大。強烈な光が視界に突き刺さった。

 一瞬顔を逸らし、戻した時、もう表示されているイエローカーソルは一つだけだった。

 

『ひゅるるるるぅぅぅ――!』

 

 勝利の雄叫びらしきものを上げ、無数の(あし)を高く掲げた象水母は、すぐにそれを戻してこちらに近付いて来た。彼の話の通り敵意は無いが、あまりの巨大さに固唾を飲む。

 ――脳裏に、かつて敗れた女巨人の姿が浮かんだが、構築されそうになった(きょ)(うふ)を押し殺す。

 ずん、ずんと足元を揺るがせて近付き、すぐ目の前で停止した象水母の邪神は、改めて呆れるほどに大きかった。巨人と戦っている時は細い触手にしか見えなかった肢の一本が、両手で抱えきれない程に太い。それが大木のように遥か高みまで伸び、乗っかっている筈の饅頭型胴体は輪郭しか見えない。

 胴の前面に付いている頭は、やはり限りなく象に似ている。耳というよりエラなのだろうヒラヒラが丸っこい顔の両脇に広がり、下部からは肢と同じくらい長い(こう)(ふん)がにょろりと垂れ下がっている。

 眼は真っ黒いレンズ上の物が片側に三つずつ光っているのがやや不気味だが、おむすび型に並んでいるのでただ恐怖心を煽ってきる造形ではない。

 敵ではないと思うと、なかなかに愛嬌のある顔にも見えてくる。

 マジマジと仰ぎ見られ、スクリーンショットに収められる象水母邪神は、そこで動きを見せた。

 二十本の肢をくるくると内側に折り畳み、胴の水平を保ったまま巨体を下していく。数秒で胴体の下端がずしんと雪上に設置。ひゅるる、と小さく啼くと、今度は長い鼻も体の内側に丸め込んでいき――象水母は、そこで完全に動きを止めた。

 肢と頭をすっぽりと体の下に収納し、静かに鎮座する様は、ただの大きなお饅頭にしか見えない。

 ――その背後に、光の粒が音も無く漂い、凝集し、ひとつの人影を造り出した。

 ローブ風の長い衣装。背中から足元まで流れる波打つ金髪。優雅且つ超然としていて――どこか、無機質にも思える美貌を持つ女性。しかしその身の丈はどう少なめに見積もっても三メートル以上はある。

 さらに、巨大美女は完全な人間型ではなかった。足元まである金髪の毛先は半透明の触手に変じてうねり、長いローブから覗く手足には真珠色の鱗らしきものがうっすらと見て取れる。奇怪な形態の巨大生物がかりそめに人の姿を選んでいるような印象だ。

 突如現れた巨大な女性の頭上には、NPCである事を示すイエローカーソルが表示――されていない。

 

 

 

「――我らが眷属が羽化の為に眠りに就く時が来ようとは、思ってもみませんでした」

 

 

 

 巨大な女性は、眼下に羽化の為に休眠に入ったらしい象水母を見て、そう言った。次いで氷色の瞳がこちらを射抜く。

 

「我らが眷属を救いし妖精達よ、そなたらに《湖の女王》である私ウルズと二人の妹から一つの請願があります。どうかこの国を、《霜の巨人族》の攻撃から救って欲しい」

 

 《湖の女王ウルズ》は、真珠色に煌めく右手をふわりと広大な地下世界に向け、話し始めた。

 

「かつてこの《ヨツンヘイム》は、そなたたちの《アルヴヘイム》と同じように、世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣たちが、穏やかに暮らしていたのです」

 

 その言葉と同時に、周囲の雪と氷に覆われたフィールドの光景が、音もなく揺れ、薄れた。

 二重写しのように現れたのはウルズの言葉通りに草木と花々、そして清らかな水に満ち溢れた世界だった。地上のノーム領やサラマンダー領などよりもよっぽど豊かとさえ言えるほど。

 更に驚くべき事に、ヨツンヘイムの中央辺りには極寒世界と異なる様相だった。天蓋からぶら下がっているだけの世界のジュネは、太く寄り集まって湖にまで達し、全方向に広がっている。大地から盛り上がって見える太い根の上には、丸太で組まれた家々――街が存在する。その風景は地上の《央都アルン》ととてもよく似ていた。

 ウルズが右手を下すと、その幻の風景も消え去った。

 元の寒々しい氷の世界に戻ったヨツンヘイムを、超然とした――しかし、どこか悲しげな眼でウルズは見詰める。

 

「――ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国《ニブルヘイム》が存在します。()の地を支配する霜の巨人族の王《スリュム》は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神ヴェルンドが鍛えた《全ての鉄と木を断つ剣》を、世界の中心たる《ウルズの泉》に投げ入れました。剣は世界樹のもっとも大切な根を断ち切り、その瞬間からイグドラシルの恩寵は喪われました」

 

 ウルズが、今度は左手を持ち上げた。再び幻視のスクリーンがジェネレートされ、そこに映し出される圧倒的な光景に、私達は越えも無く見入った。

 稜線できらきら輝く平面――恐らく《ウルズの泉》――に沈んでいた根が、のたうち、浮き上がり、天蓋へと縮小していく。根の上に築かれていた街は全てひとたまりもなく崩壊していく。

 同時に、あらゆる木の葉は落ち、草は彼、光は薄れる。霜が降り、吹雪が荒れ狂う。

 世界樹の根が上空へと引き上げられていく際、根に包み込まれるように、巨大な氷の塊も上がっていくのが見える。おそらく泉を満たしていた膨大な水が凍結したものだ。泉に生息していた無数の大型クリーチャー……《丘の巨人族》たるウルズの眷属達が、氷塊から弾き出され、ばらばらと落下する。その中には象水母タイプも見て取れた。

 世界樹の根はやがてヨツンヘイムの天蓋にしてアルヴヘイムの地殻にまで上昇し、抱え込んでいた巨大な氷塊がその半ばまで天蓋に突き刺さる。その氷塊こそが現在ヨツンヘイムの上空に威容を構える《氷の逆ピラミッド》である事はもう疑いようがない。

 

 ――その氷塊の最下端で、きらきらと黄金の光が瞬いた。

 

 氷柱の先端に封じられているのは、透き通るような黄金の刀身を持つ、恐ろしいまでに壮麗な一振りの長剣だった。両刃を包む燐光、青い柄と金の鍔などの装飾からしても、その剣が超絶レアリティを誇る事は明らかだ。

 

「「うばっ?!」」

 

 幻視の映像がより拡大され、光の形を捉えられるようになった瞬間、リズベットとレインが乙女らしからぬ声を上げた。

 

「あ、アレって、まさか……」

「せ、聖剣だよ。前にALOの公式サイトで写真だけ見たよ」

「それって、最強の伝説級(レジェンダリィ)武器(ウェポン)じゃん……あんなトコに……」

 

 愕然と呟いた鍛冶師二人に続き、ユウキも信じられないとばかりに掠れ声で言った。

 巨人を倒す事とそれまでに踏むべきルートしか聞いていないため、ストーリーや手に入るアイテムに関しては一切知らなかったのだ。そこに来ていきなり最強の伝説級武器が登場すれば驚いたとしてもおかしくない。

 封印された剣の上には細い螺旋階段が伸びているのが見える。階段はそのまま巨大氷柱内部のダンジョンと接続されているようで、つまりあのダンジョンを突破すれば、サーバーに一本だけの究極の剣を手に入れられるという事だ。

 それどころか、それがクエストのクリア条件なのではと思う。

 このヨツンヘイムから世界樹の恩寵が喪われたのは、霜の巨人族の王スリュムがあの剣を泉に投げ入れた事が原因だ。よくよく見れば台座の真下には分厚い樹の根が張っており、それを穿つ形で剣が突き立てられている。

 そこで、ウルズが左手を下した。また幻のスクリーンも消え去る。

 幻を被せた二重風景が元に戻ったが、風景に大きな変化は見られない。

 

「スリュム配下の巨人族は、ニブルヘイムからヨツンヘイムへと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築いて我々《丘の巨人族》を捕らえ、幽閉しました。王はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に巨城《スリュムヘイム》を築き、この地を支配したのです。私と二人の妹は凍り付いたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力はりません」

 

 ウルズが半ば瞼を伏せ、恐らく終わりに近づきつつある物語の口述を再開した。

 

「霜の巨人たちは、それに飽き足らずこの地に今も生き延びる我らが眷属の獣たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせる事が出来るからです」

「……ここでそう繋がってくるのね……」

 

 噛み締めるように、アスナが厳しい面持ちで言った。言葉こそ無いが面々似たような表情だ。

 ――その呟きを拾ったとしか思えないタイミングで、女王ウルズが頷いた。

 その対応力の高さは、通常のNPCに積まれたAIとは異なる事を表すものだ。固定応答ルーチンではなく、コアプログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続し、これまで積み重ねてきた学習と築き上げた応答ルーチンを適用、つまり《AI化》している。

 

「スリュムの目的は、そなたらのアルヴヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め上る事。そこに実るという神々の不老性の象徴《黄金の林檎》を手に入れる為に」

 

 北欧神話に於ける《黄金林檎》は、ウルズが語ったように不老の為にある。北欧神話の神々は、ラグナロクで戦死しているように不死ではなく、また不老でもない。故に老いを止める為に定期的に女神イズンが管理していた黄金の林檎を食し、生を保たなければならなかったという。

 つまりスリュムは、時の皇帝と同じように不老不死を求め、世界を侵略しようとしている。

 ラグナロクが起きれば当然女神イズンも死に、黄金の林檎が生る樹が植えられている場所も戦火に呑まれる筈だが、そうならない可能性もある訳で、それに賭けてロキの煽動に乗った――というのが裏のあらましだろう。

 ちなみにALOに於いても世界樹の天辺近くにはあり得ないくらい強い大鷲型ネームドMobに守られ、近づけないエリアが存在する。

 神話上に於いてはスィアチと呼ばれる霜の巨人が不老不死を得るべく女神イズンを攫った事がある。その際はアース神族に脅され、イズンを取り戻しに奔走したロキとの逃走劇が繰り広げられ、その際にロキは女神フレイヤから借り受けた鷹の羽衣を用いて鷹に、スィアチは鷲に変化したという。

 なので間違いなくあの大鷲型ネームドMobはスィアチだし、守られているものは《黄金林檎》そのものか、それにまつわる品だろう。

 それがある辺り――すなわち、天蓋を這い回る世界樹の根へと視線を向けたウルズは、哀しげに眉を顰め、続けた。

 

「我が眷属達をなかなか滅ぼせない事に苛立ったスリュムと霜巨人の将軍たちは、ロキの誘いを受けた事を契機にオーディンとロキの間に起きている戦乱に乗じる事にしました。ロキ陣営に付く事で味方に付けられるフェンリル、ヨルムンガルドなどの強力な魔獣の力を利用し、ヨツンヘイム、アルヴヘイム、スヴァルト・アールヴヘイムの三世界を征服しようと企てたのです」

「……まさか、ロキを裏切るつもりで誘いを受けたのでしょうか」

「騙し討ちか~、王様なのにズルいねぇ!」

 

 私の推察にストレアが乗った。ウルズは頷き、深く息を吐く。

 

「その狡さこそがスリュムのもっとも強力な武器なのです。このままではあの巨人の思い通りなってしまい、九世界が新生した後の支配者になってしまいます」

 

 ――そこで、話の間ずっと沈黙を保っていた象水母邪神が、高らかな啼き声を上げた。

 冷たい空気を強烈に振るわせ、彼方の雪山に木霊となって響くその声は非常に力強い。

 ウルズが視線を下げる。憂いがあったその顔は、いまは慈愛の色に満ちていた。

 

「そなたたちのお蔭です。我らが眷属が羽化を迎えるのは、本当に久方ぶりですから」

 

 そう言った直後、楕円形の胴体に幾つもの深い日々が入り――眩い純白の光が迸った。

 亀裂を白い輝きで満たした象水母の胴体が音もなく四散した。吹き飛んだのは固く分厚い殻だけだ。いまだ留まり続ける光の塊からは、螺旋状の尖塔のようなものが伸びあがっていく。

 見上げるほど高く、高く屹立した光の螺旋が、ふわりと回転し……(ほど)けた。

 放射状に広げられたのは、真っ白い輝きを帯びた四対八枚の翼。

 

「――――綺麗……」

 

 輝くそれを見て――やや意外な事に――リーファが、心ここにあらずという声で、そう呟いた。

 その呟きが聞こえたか、それだけは以前と変わらない象っぽい顔が持ち上げられた。長い鼻を高々と掲げ、ひらひらした耳を大きく広げ――

 

『くぉぉぉ――――ん!』

 

 ――と、再度高らかな声を放ってから、もう水母でなくなった邪神は八翼を大きく羽ばたかせ、垂直に舞い上がった。

 そしてウルズの方にゆっくりと向き直る。長い口吻を持ち上げ、ひゅるるるぅ、とまた啼いた。

 

「おめでとう。愛しい我らが眷属よ……心優しい妖精達に、感謝なさい。彼らが居なければ命を落としていたのだから」

『くぉぉぉ――ん!』

 

 三度高らかに啼いて、羽化した邪神がこちらを向いた。

 片側三個ずつの黒い眼と長く伸びる鼻など、顔の造形こそ変わらないが、正面からゆっくり見ると胴体部の変化の激しさが際立って見えた。平べったい魚のような、あるいはシャモジのような胴体の側面から四対八枚の白い翼が伸び、体の下には植物のツタ状の触手が無数に垂れ下がっている。

 奇怪ではあるが、純白色も相俟って美しくもある姿になっていて、とても邪神とは思えない。

 その、生まれ変わった象水母はゆっくりと長い鼻を動かし、最前に立つ少年の頭に乗せた。それから滑らかな動きで体を巻き取り、自身の頭上に乗せた。

 

「妖精達よ。我ら《丘の巨人族》の眷属を救って頂いた恩、本当に感謝しています。しかしどうか我らの請願を聞き届けて欲しい。あのスリュムヘイムに侵入し、聖剣を《要の台座》より引き抜いて下さい」

 

 無機質な眼に、誠実な光を湛えたウルズが、その大きな腕をまっすぐ上空の《スリュムヘイム》に差し伸べ、そう懇願した。

 

 






・ウルズ
 北欧神話に登場する運命の女神、ノルンたち(ノルニル)の一人。
 世界樹の根元に住み、泉の水を掛けて世界樹を育てていた一人でもある。
 英語ではウルド (Urd) 。その名前は「編む者」「織姫」を意味するが、のちに「運命」「宿命」「死」を意味するようになった。3人の中では最年長。
 長女:ウルズ(運命、宿命、死、過去)
 次女:ヴェルザンディ(生成する者、現在)
 三女:スクルド(税、債務、義務または未来)
 『古エッダ』の『巫女の予言』によれば、三姉妹はユグドラシルの根元の海から現れたという。ウルズはヴェルザンディと共に木片にルーン文字を刻み、運命を決定する。一般に、過去を司る女神と解釈される。
 ちなみにスクルドはワルキューレの一人。

 ――ノルンとは。
 北欧神話に登場する運命の女神たちの事。その数は非常に多数とされ、アールヴ族、ドヴェルグ族など多様だが、通常はウルズ、ヴェルザンディ、スクルドの巨人族三姉妹を指す。
 ヨツンヘイムから来たりし三姉妹の登場により、アースガルズに住まう神々による黄金時代は終わりを告げた。


・聖剣
 言わずと知れた『アーサー王伝説』に登場する聖剣。諸説あり、王を選定するものと区別されている場合がある。その場合は《選定の剣カリバーン》、《聖剣エクスカリバー》となる。
 他の呼び方では――
 《カレドヴルフ》
 《カリヴルヌス》
 《カリボール》
 《コルブランド》
 《エスカリボール》
 ――などがある。
 SAO原作では章タイトルと同じく《エクスキャリバー》。《全ての鉄と木を断つ剣》とされている。原典ゲームだとポコじゃか出て来るありがたみの無い黄金剣。
 本作SAO編に出てきた聖剣は《エクスカリバー》、堕ちた聖剣は《フォールブランド》にしていた。 


・象水母
 原作和人に『キモかわいい』と思われ、原作直葉に『キモくないもん可愛いもん』と言わしめた存在。
 原作に於けるトンキー。
 本作ではまだ名付けられてないので一貫して『邪神』だとか『象水母』だとか呼ばれているが、これで中々愛嬌がある。羽化してからはリーファを見惚れさせた。
 アニメか、《メモリー・デフラグ》の一部ストーリー、《アリゼーション・ブレイディング》ストーリークエストでその姿を見られる。
 啼き声かわいい。


・邪神キャンプ狩りレイド
 ヴォークリンデでキリトに敗れ、以降スヴァルト攻略からドロップアウトしていた各種族連合軍。
 キリト一人に理由解らず潰されたせいで怨み骨髄だった。
 種族の資金を稼ぐ為にヨツンヘイムでえんやこらしていたところで遭遇。トレインすまいと人型邪神と律儀に戦い始めたキリトの背中から襲い掛かり、挟撃を仕掛けた卑劣な集団。人間は時にどこまでも残酷になれるからね、仕方ないネ(尚返り討ち)
 実はキリト、リーファの義姉弟どちらにもしてやられてる。



 現在既出の《魔術》一覧
・サーマル・エレメント(炎属性魔術)
・アクウィアス・エレメント(水属性魔術)
・エアリアル・エレメント(風属性魔術)
・ガイア・エレメント(地属性魔術)
・ライトニング・エレメント(雷属性魔術)
・クライオゼニック・エレメント(氷属性魔術)
・ルミナス・エレメント(光属性・回復魔術)
・アンブラ・エレメント(闇属性魔術)
・ビフレスト・エレメント(指定パーティーフル強化/自身極大デバフ魔術)
・破壊の(クロ)(ステアップバフ魔術/MP100%消費)
・再生の(シロ)(自動回復バフ魔術/HP99%消費)
・ジェノサイドブレイバー(前方直線状範囲魔術)
・ブラスター・フルバースト(前方広範囲殲滅魔術)
・ポイント・ファイア(炎属性極点爆破魔術)
・フレアボム(突き出した掌に炎球を形成、爆発させる)
・ウィンド/カッター(前半、後半それぞれで剣先から風の刃を飛ばす)
・ロックトライ(剣を地に突き立て、三角形を描く形で敵を串刺しにする土槍発生)
・アースノッカー(剣叩き付けで地属性衝撃波を立ち昇らせる)





 ●REC.



▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。