インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:ユウキ

字数:約九千


 八幕を未読の方は一話バックしましょう。八幕はヴァフス・スリュム戦の導入なので、読んでなくても今話の支障はあんまり無いですが、今後は関係してます。

 キリト対ヴァフス戦は、スリュムを終えてからする予定。だって《コード・レジスタ》のヴァフスって『スリュムを倒してから登場するキャラ』なので、設定がスリュム倒れてる前提なんですもの。

 ではどうぞ。




九幕 ~対スリュム・前~

 

 

 スリュムヘイム最奥にて開かれた戦闘は、それまでのVRMMOの常識に照らせば異例に近い大規模な戦闘になったと言えよう。

 女性の代表としてノリが啖呵を切ったのを皮切りに各々が手に取った武器は、伝説級装備こそ含まれないものの、全てが固有名付きの古代級武器(エンシェント・ウェポン)か、マスタースミスであるリズベットが鍛えた会心の逸品である。しかし、名立たる名剣らも巨人の王スリュムからすればちょっと長めの爪楊枝でしかないのだろう、巨漢が蓄えた長い口髭の下の不敵な笑みは消えなかった。

 それは当然だ。なにしろSAO、ALOに於ける常識的な大きさではない。

 SAOの舞台であった《アインクラッド》は、一階層の高さが百メートルまでという絶対制限があったので、迷宮区のボス部屋もあまり天井を高く出来ず、どんなボスモンスターも必然的に縦方向のサイズは控えめにならざるを得なかった。せいぜい七メートルが最高と言ったところで、あとはドラゴン型など横長になっていくのが主流である。

 SAOに於ける例外と言えば《一階層の高さ制限》がほぼ無に等しかった第百層真ボスの女巨人だろう。アレの大きさは、ともすれば――記憶補正があると言えど――スリュム以上だった可能性すらある。

 正直、全貌をつまびらかにする前に一撃でやられたので、アーカイブに残った動画しか見ていない身としては正確な対比は出来ない。そういう意味では多分ここに居る全員がそうだろう。新《スリーピング・ナイツ》のシウネー達はそもそもいなかったし、SAOに居た面々も開戦一分以内にやられている。全貌を見渡す前に、ボスの猛攻を凌ぐので手一杯だった筈だ。

 しかし――皮肉な事に、その時の絶望感があったからか、対スリュム戦に於ける戦況は決して悪くなかった。

 王スリュムの序盤攻撃パターンは、左右の拳に霜の嵐を纏わせた単発打ち下ろし、右足による三連続()()()()、直線軌道の氷ブレス、そして床から氷のドワーフ兵を十二体生み出すというものだった。

 近接特化ばかりの構成なので、最も厄介になったのは氷ドワーフ生成だったが、それはキリカ、ユイ、シノンを筆頭に炎の戦輪(チャクラム)を操り、炎属性ダメージを的確に与えていく事で瞬く間に片付けられた。あとの直接攻撃もタイミングさえ見切れば完全回避は可能で、AI三人組の反則カウントに助けられて、レイドの前衛組はギリギリながらも直撃を避けていく。

 AI三人のお蔭で防御の形が出来たところで、いよいよ攻撃に転じたのだが、どちらかと言えばこちらが難物だった。

 絶対的なサイズ差から予想はしていたが、こちらの近接武器はスリュムの踝より上に中々届かず、分厚い毛皮のレギンスに守られたそこは金ミノ並みでないにせよかなり高い物理耐性を示した。つまり同じように毛皮に覆われている部分や板金鎧部分は、貫通属性による《継続ダメージ戦法》が通用しにくいと言えた。剥き出しの胸筋や腕などにも短剣や槍は刺さるのだが、貫通ダメージが発生するのは刺さってから五秒後なので、五秒経たずに抜けると割合ダメージも発生しない。そして巨人の動きはダイナミック、且つ筋肉繊維がぎっしり詰まっていて固いのか、抜けやすい上に刺さりにくい。

 《継続ダメージ戦法》の片割れである焦土も、使えるのは人間であるシノンくらいだが、彼女は焦土を維持した上で戦うほど熟練していない。つまり《継続ダメージ戦法》がほぼ成り立たない相手だった。

 焦土はともかく、貫通属性武器もほぼ通用しないというのは些か予想外ではあった。

 しかし――よくよく思い出せば、金ミノ、黒ミノタッグを相手にした時のキリトも、メインは焦土に据えた戦法のような返答をクラインにしていた。

 貫通属性武器がボスに通用しやすい訳ではなく、彼だけの例外だったのかもしれない。

 従って一瞬のタイミングを逃さず三、四連撃までの魔法属性を持つ中位ソードスキルを撃ち込み、懸命にHPを削るものの、技後硬直の短い技は総じて属性ダメージも低い。

 まるで破壊不能オブジェクトを無駄に叩いているような、嫌な手応えだった。

 

「思ったより、長期戦かも……!」

 

 物理七割、炎三割の三連撃技《シャープネイル》を小指部分に叩き込んだ時の固い手応えと、振動する黒曜の剣に、そう呻きを洩らす。

 しかし、それはむしろ当然なのだ。

 これくらい苦戦するのが普通のボス戦である。SAO後半期の矢鱈密度の濃い日々が記憶に強く残っているから忘れがちだったが、ゴーレムなどのカチコチ系が階層ボスだった時は、硬くてイヤな手応えと剣の耐久値を気にしながらチマチマとHPを削る作業を繰り返していた。それをいましているだけで、これが真っ当なのである。

 そう考えると、召喚武器の反則ぶりをまざまざと実感させられる思いだ。

 ――そんな、物理メインにはツラい戦況にあって大いに心強かったのが、フレイヤ(?)の操る雷撃系攻撃魔法だった。

 そもそもこのレイドの弱点は魔法攻撃・回復手段の乏しさ、ひいては深刻なメイジ不足である。アスナ、ラン、シウネーが仲間内で積極的に上げているが、回復・支援と一緒に上げているから熟練度は低くはないが、高くもない。そんな中で異彩を放つのが風妖精でありながら闇魔法を完全習得しているレコンだが、彼一人で火力を補えるとなれば苦労しない。

 スヴァルトの第二エリア(ヴェルグンデ)のエリアボスだった顔と両手だけの岩男《ヒルディスヴィーニ》を相手にした時も、キリトの魔術が盛大に炸裂したところで怯ませこそすれ決定打にはなり得なかったくらいだ。無論それは前衛寄りのビルド故の魔法攻撃力の低さもあるだろうが、敏捷値寄りなだけの似たり寄ったりなステータスなレコンも魔法攻撃力値は同程度の筈なので、彼が闇魔法を全力で使ったところで戦況がひっくり返る事はあり得ない。自爆魔法なぞ戦力が減るのと蘇生の手間が増えて二重の意味で火力が削られるので論外である。

 その点、NPCとして途中参加組であるフレイヤ(?)は、元々のレイドに欠如していた攻撃特化型メイジなので、大変強かった。

 AI化されているとは言え、ユイ達と質が異なり、キリトの話によれば前回いなかったそうなので記憶を引き継いでいるらしいヴァフスとも違う彼女は、氷の檻から玉座の間まで一直線で戦闘経験を積まなかったせいでNPCらしい連携の拙さこそあったが、それが問題にならない程の超火力を見せ付けた。時折後方から紫の稲妻が降り注ぐたび、スリュムの体力が目に見えて削られていく。

 いったいあの雷撃一回でどれほどのダメージ値が出ているのか、怖いもの見たさで知りたいなと思う。

 少なくとも《シャープネイル》十発では足りない程である事は確かだ。

 そう思考しながら、単発パンチを猛ダッシュで掻い潜り、その加速力を乗せて深紅の突進突き(ヴォーパル・ストライク)を放つ。ズバシャァ! と鮮烈なサウンドと共に剣が深々とスリュムの足趾を穿った。

 

『――ヌォォオオオオオッ!!!』

 

 その瞬間、巨人の王がひときわ強烈な咆哮を轟かせた。

 

「二本目突入! パターン変化に注意!」

 

 技後硬直を課された自分の背を、ユイの慄然とした警告が叩いた。

 視界右端に表示される時刻を見る。現在時刻は、開戦から十分ほど経っていた。あのHP量とレイド級ボスである事を鑑みればまあまあの速度と言える。

 

「メダリオン、もうそろそろ半分黒くなるぞ!」

 

 そこで、キリトからメダリオンを受け取っていたキリカが声を上げた。さっき確認した時は六割ちょっとあったが、十分で一割前後削れたとなると――

 

「ホント、イヤになるね……!」

 

 悪態を吐く。

 真偽の程は不明だが、おそらく中継を見たALOプレイヤーの誰かが愉快犯的に獣型邪神を狩り始めたのだ。仮令ALO本土が崩壊するとしても、巻き戻されるとでも思っているのか。

 いや――きっと、そんなものじゃない。

 彼を“英雄”と讃える人がいるように、逆に“人殺し”と詰り、貶める人もいる。

 彼が現実で人を殺めた事は事実であり、否定出来ない事だ。必要だったからとは言え罪が消える事は無い。だが――彼を詰る中のいったいどれだけの人が、純粋に罪を理由に責めているのか。

 幼い天才達は言っていた。人は、理性と感情を容易に割り切れない生き物だと。

 だからこそ――心底から、嫌気が差す。

 脳裏に蘇る記憶がある。不治の病だからという理由で排他する人達の影。その中で、純粋に病を恐れていた人が居なかった過去。

 

「は――ぁ……!」

 

 思考を掠める忌まわしい――けれど、否定する気はない過去を、深い呼吸と共に押しのける。

 同時に上位剣技による長い硬直から解放された。急いで後退すると、一秒前に居たところを巨漢の右脚が踏み抜いた。危ない危ないと呟いて前衛組と合流する。

 

「突っ込み過ぎよ、ユウキ」

「えへへ、ごめん姉ちゃん」

 

 メイジとして後方に控えている姉からお小言を頂戴してしまった。舌を出して軽く流し、前に向き直る。

 スリュムは、突然両胸をふいごのように膨らませ、大量の空気を吸い込み始めた。強烈な風が巻き起こり、前衛・中衛の二十数人を引き寄せようとする。

 まずい、と顔を顰める。

 全方位攻撃を警戒し、AI三人組の攻撃予測があるから回避出来ると高を括っていたのが仇となった。このいかにも大技を繰り出そうとするモーションは、間違いなく広範囲の全体攻撃が来る前触れである。回避するにはまず風魔法で吸引力を中和しなければならない――が、こういうのは得てして、敵のモーションを見た瞬間からでなければ間に合わない。

 

「――みんな、防御姿勢を取って!」

 

 そう指示したのは、後方で弓を番えていたシノンだった。

 そうするしか手はないので、言われた通り剣を翳しながら背後を見遣れば、彼女は右手を正面――スリュムに翳していた。ヤマネコを思わせる双眸は巨人の王を睨め付けている。

 直後、二つの事象が同時に起きた。

 スリュムの口から、これまで幾度となく繰り出された直線ブレスとは異なる、扇状に膨らむダイヤモンドダストが放たれた。青白く光る風が迫る。

 それを遮るように、赤々と燃ゆる炎の壁が薄く、広く、前衛組を守るように展開された。

 ――シノンは、確かに焦土を展開し続ける事は出来ない。

 しかしそれはあくまで『戦闘行動と並行して』という条件に限る。フレンドリィファイアもあるため出来ない事情もあるが、《ⅩⅢ》の想起による属性操作全てが使えないという訳ではない。

 元々キリトが属性操作を可能としたのもキッカケはシノンが氷の壁を作り出したからという。それを見てすぐキリトも出来るようになった訳だが、元々の素地としてはシノンの方が上なのだ。おそらくそれは数多くの本を読んで鍛えられたイメージ力の為す技なのだろう。

 ごうごうと荒ぶ吹雪と、静かに燃える炎の壁が衝突し――じゅわっと絶大な気温差により生じた靄が辺りを取り巻いた。それは霧となり、辺りを包む。

 

「あっ――――」

 

 霧がボク達を包み込んだ途端、シノンのか細い声がすると共に炎の壁が消えた。継続的に展開し続けるには視覚情報が必須なのに、蒸気により見えなくなったからだろう。

 途端、押し寄せる蒼白い烈風。

 シウネー達のバフすらも貫通する肌を斬り裂くような冷気。きん、きん、と鋭い音が響く中、前衛・中衛にいた二十人ほどのアバターがたちまち凍結していく。逃れようとするも分厚く纏わりつく氷の膜が動きを阻害する。ものの数秒で青い氷の彫像と化した。

 この段階ではまだHPは減っていない。ブレスは、《氷結》の状態異常を付与するためだけだ。

 しかし安心する余地はない。この手の大技が、時間を掛ければ掛けるほど被ダメの大きなものである事は、経験則から理解している。

 理解していても動きようがないので、視ていることしか出来ないのが歯がゆく思えた。

 前方で体を起こしたスリュムが、おもむろに巨大な右脚を持ち上げ、ぬぅぅーん! と太い雄叫びとともに猛然と床を踏み抜いた。生まれた衝撃波が凍り付く自分達を飲み込み、激しく振動させ――

 ガシャーン! と全身を鳴動させる破砕音を響かせ、氷が砕け散った。

 その衝撃は並大抵のものではなく、《ペイン・アブソーバ》が働いているというのに幻痛を覚えかねないほどだった。目も眩むようなショックが走り、ダメージエフェクトの光を引きながら、受け身もままならず床に叩き付けられた。

 視界の端に並ぶパーティーのHPバーの上四つが、一気に残り一割まで減り、真っ赤に染まる。

 視界を巡らせれば、他パーティーの前衛・中衛組も似たり寄ったりの体力だった。それでもアスナ、シウネー、ランなどの優秀な回復役が先んじて全体回復魔法を詠唱していたらしい。八、九割近く体力を持っていかれた直後、柔らかな水色の光が降り注ぎ、体中に付けられた傷を癒していく。既存魔法に於いては水妖精族、あるいは風妖精族が回復魔法スキルの熟練度を高めなければ使えない、高位の全体回復スペル。

 ALOの範囲回復魔法は、その大部分が《時間継続回復》という『何秒で何ポイント回復する』タイプである。即時回復も無くはないが、その場合は全体回復量は多くなく、継続回復も無いので別に詠唱する必要がある。三人はその辺を調整してくれたらしく、ぐぐっとHPは全回復し、更には継続回復バフも付与されていた。至れり尽くせりとはこの事だ。

 ただ――惜しむらくは、HPを半分以上持っていかれた事で《スタン》が付与されている事か。

 最低五秒は身動きが取れないボク達に追い打ちをかけるべく、スリュムが前進する。

 ――その巨漢の喉元に、煌々と燃え盛る火矢が立て続けに突き刺さり、盛大に爆発した。

 

「守れなかったわ、ごめん!」

 

 そう言いながら再度火矢を放つのはシノンだ。彼女が習得している両手長弓系ソードスキル《エクスプロード・アロー》の物理一割、炎九割の属性ダメージが、霜巨人族の弱点を突き、HPゲージをガリガリと奪い去っていく。それはスリュムに怒りの声を上げさせ、前進方向を変えさせるに至った。

 撃たれ弱い後衛火力特化職が派手な攻撃で過剰にヘイトを稼ぎ、前衛からタゲを奪ってしまうのは初歩的なミスだが、今回は当然違う。

 先程炎の盾を維持し続けられず、前衛・中衛の半壊を防げなかった事への贖罪なのか、決死の囮役を買って出たのだ。

 

「気にしなくていいわよシノン!」

 

 スタンから解放されたリズベットがメイスを持ち上げながら応じた。同じように起き上がった仲間が口々に声を掛け、横を通り過ぎるスリュムに突貫を仕掛けていく。

 スキル硬直と連携の事を考え、後詰(ごづめ)として自分は少し待つ事にした。

 

「――剣士様」

 

 不意に傍らから声がして、ぎょっと目を剥ける。立っていたのは後衛――スリュムが踏み込もうとしていた辺り――に居るとばかり思っていた、トール疑惑のあるNPCフレイヤだった。

 不思議な金褐色の瞳で見詰めてきながら、AI化されたNPCは口を開いた。

 

「このままではスリュムを倒す事は叶いません。望みはただ一つ、この部屋のどこかに埋もれている筈の、我が一族の秘宝だけです。あれを取り戻せば私の真の力もまた蘇り、スリュムであろうと容易く退けられましょう」

「し、真の力、かぁ……」

 

 ひく、と頬を引き攣らせる。

 真の力とはつまり、おそらく、ほぼ間違いなく、化けの皮が剥がれる瞬間を拝む事になる。目の前に立つ、女性として羨む豊満な肢体を持つ女神が、筋骨隆々の暑苦しい男神になる瞬間は見たくないなぁとやや遠い眼になった。

 その間で、眼前の暫定女神から向けられる視線の圧力が強くなった気がして、堪らず頷く。

 正味の話、このまま戦っていても普通に倒せるとは思うが、若干メダリオンの黒化速度が気になっているのも事実。迅速且つ手軽に倒せる手段が転がっているなら使わない手はない。

 そもそも、第三層ではキリトがヴァフス相手に一人大立ち回りを演じている。病み上がりの彼にこれ以上負担を掛けるのは本意ではない。少しでも早く聖剣を抜き、クエストを終わらせ、戦いを終わらせる事があらゆる意味で最善と言えよう。

 その為なら女神が男神に変わる瞬間を見る事も、コラテラルダメージとして許容すべきだ――という思考の下に判断を下す。

 相談する暇はない。戦況はいまも刻一刻と移り変わっている。

 

「解ったよ。それで、宝物ってどういうの?」

 

 大方予想は付いているが、自分が知らないマイナー武器に変更されている可能性も無きにしも非ずなので、特徴を聞き出す。NPCが認識できるぎりぎりの早口で放った問いに、フレイヤは両手を三十センチ程の幅に広げて見せた。

 

「このくらいの大きさの、黄金のカナヅチです」

「……ああ、そう」

 

 これは確定だな、と左手で目元を覆った。

 

   *

 

 理科の授業で、電気伝導率の話を科目担当の先生が余談でした事がある。

 絶縁体とそれ以外の定義や、水でも電気を電導させるものとそうでないもので分かれる話が主だったが、その中で、黄金の電導について話が出た事があった。曰く、金は熱伝導、電気伝導の触媒として非常に有用であり、それはハロゲンヒーターにも使われる程であると。

 フレイヤが語った『黄金のカナヅチ』も、恐らくトールの武器である《雷鎚ミョルニル》の電気伝導率を考慮した上でのものなのだろうとは、すぐに察せた。

 それからの行動は速かった。

 そも、部屋の中にあるとは言え、青い氷の壁際にうずたかく積み上げられた黄金に輝くオブジェクト群の中から、たった一つのカナヅチを探すなど、難易度が高すぎると言えよう。しかもボスとの戦闘中である。ひょっとするとスリュムのヘイトが、前衛組を無視して宝探しに動いているプレイヤーに向くようプログラムされていてもおかしくない――いや、絶対されていると言える自信がある。SAOではボス攻略に必要なギミック解除に動くプレイヤーが優先的に狙われていたから、同じシステムを流用しているALOも同じ事になる未来がありありと思い浮かぶ程だ。

 だが――探し出すのは、カナヅチの形状こそしているが、金である。

 しかも雷を扱う神が持つ代物だ。より一層雷に反応するに違いないと、そんな根拠の薄いヘンな自信がボクにはあった。

 これでもしダメだったら反則AI三人組にお願いするか、もう人海戦術で虱潰しである。

 右手に持つ黒曜の剣を逆手に持ち直し、壁際の黄金へ駆け寄る。ある程度近付いたところで軽く飛び上がり、逆手持ちの剣を大きく振りかぶる。

 使う技はただ一つ。物理三割、雷七割の対地専用重範囲中位ソードスキル《ライトニング・フォール》だ。

 刀身が紫の光を宿し――地面を深々と穿つと共に、乾いた雷鳴と共に放射状に雷撃が放たれた。硬直を課される中でも動かせる頭で壁際をぐるりと見渡す。視線で周囲のオブジェクト群を横薙ぎに見て――

 

 黄金の山の奥深くで、ごく短く瞬いた紫の光を認めた。

 

 硬直が解けてから、全力でそちらに猛ダッシュ。スリュムの玉座であろう巨大な椅子を右に見ながら、宝の山に滑り込み、両手で単価何万ユルドとするだろう黄金の品々をちぎっては投げちぎっては投げぽいぽい捨てて山をかき分けていく。

 

「……これ、かな?」

 

 数秒後、目の前に転がり出てきた、どちらかと言えばささやかなアイテムに首を傾げる。細い黄金の柄と宝石をちりばめた(プラ)(チナ)の頭を持つ小型の鎚は、想像していた絢爛豪華なハンマーと隔絶した素朴な見た目だ。

 しかし、柄を握り、持ち上げようとした途端、恐ろしい程の重さがずしりとアバターを沈ませた。

 

「フ……フレイヤさん、これを!」

 

 おりゃあ! と気合いで、振り向きながらオーバースローで遠投する。この行為でNPCアタックフラグが成立すると目も当てられないなぁと今更ながらの軽い焦りを抱いたが、幸い見た目なよなかな金髪美女NPCは、すらりと細い右手を翳すと、遠投した黄金カナヅチを軽々と受け止めた。

 ――直後、その受領に耐えかねるように体を丸めた。

 長いウェーブヘアが流れ、露わになった白い背中が小刻みに震える。

 

「……おっと? 間違ったモノを渡しちゃったかなー?」

 

 軽くおどけつつも、内心で徐々に焦りを抱き始める。

 なにしろカナヅチとはいえ、黄金そのものは部屋のそこかしこに存在する。ひょっとすると渡したモノは違うもので、本当のカナヅチは反対側の壁にある可能性もある訳で……

 

「――――ぎる……」

 

 そう焦りを抱くボクの耳が、フレイヤの()()囁きが捉えた。

 ぱりっと空中に細いスパークが瞬く。それは勢いを増していき、紫電から白雷の域まで瞬時に達した。前のめり姿勢のNPCから暴風と雷が放たれる。

 

「……なぎる……みなぎるぞ……みなぎるうぅぅぅおおオオオオオオオ――――!!!」

 

 その絶叫は、いままでの艶やかなハスキーボイスと異なり、低く罅割れ、しゃがれたものだった。そして完全に美女のものではない。

 やっぱりなぁ、見たくなかったなぁと、夢をぶち壊された子供の気分に浸りながら、美女NPCが変貌を遂げるシーンを目に焼き付けてしまう。

 美女の真っ白い四肢と背中の筋肉が縄のように盛り上がり、同時に白いドレスが粉々に引きちぎれ、消滅した。

 そして徐々に巨大化していく。腕や足は最早大木のようにたくましく、胸板はスリュムをも上回るほど隆々と盛り上がっていた。右手に握られたカナヅチもまた、持ち主に合わせてどこまでも大型化する。あっという間にテッチやエギルたちですら装備不可能なほどのサイズに達し、四方に激しい雷光を振り撒く。

 俯けられた顔のごつごつと逞しい頬からは、ばさりと金褐色の長い、長ーいおヒゲが出現した。

 圧倒的迫力でその偉躯を持ち上げた大巨人は、どこからどう見ても四十台を下回らないであろうナイスミドルだった。

 

「「「「「オッサンじゃん!」」」」」

 

 それを見た部屋のそこかしこに居た男どもから絶叫が上がる。予め神話を教えられて分かっていた事だろうに、真の美の女神である夢を捨て切れなかった者の末路だ。

 特に何も感じなかった。

 

 






・ユウキ
 一番割を食った主人公気質ヒロイン。
 リーダーではないが、原作に於けるキリトポジで戦っている。尚剣技を叩き込むタイミングの関係で一刀のままの模様。
 アニメ見たらわかるけど、変身シーンは視覚的に結構エグいゾ。最後の方はそのエグさを目の当たりにしたせいでハイライトオフだゾ。
 好きでもない男の裸なんぞ見ても嬉しくないネ。


・シノン
 頑張ったけど結実出来なかったヒロイン。
 それでも維持、空間防御を限定的ながら出来るようになっている辺り、地味に強くなってきている。
 ただし原作シノンは《キャリバー》時点でGGO経験済みなので、積んでる経験値的には原作より少なめ。接近戦経験は積んでいるが、原作と較べて防御・回避面の経験は少ないので、スリュムにタゲを取られ続けてたら早々に脱落していた。継戦能力重視なのでボスのような一発系には原作より対応出来ない。
 その点、原作と違い回復役が複数いる今話では、前衛が即復帰したので難を逃れている。
 なんだかんだ運が向いて来ている気がしなくもない(尚アサダサンの影)


・レコン
 影薄いけど一応同行してるゾ。
 風・闇魔法攻撃、プラス中衛行動をしてるけど、ユウキの思考に上らないレベルの活躍だゾ。
 自爆魔法を使えないレコンなぞ所詮そんなものよ……
 原作でも自種族の領地幹部近くに取り立てられたのは、土壇場でのクソ度胸をサクヤに評価されてなので、数値、戦果には現れない部分なのです。


・リーファ
 ある意味レコンより影薄いゾ。
 彼女が輝くのは対人戦であって、システム・数値が重要視されやすいMob、ボス戦ではないのでネ。その点に於いてはユウキの方が圧倒的優位である。

・男ども
 ユウキから『男ども』と投げやりに纏められた男性陣。
 分かっていても、夢を捨て切れなかった哀れな人達。主に女日照りな《風林火山》と、紅一点は居るけど諸々の理由で距離が開いてる黒猫団が中心。
 当然キリカは該当していない。


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