インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:リズベット

字数:約一万五千

 聖剣入手まで駆け足前進!

 ではどうぞ。




十幕 ~対スリュム・後~

 

 

「ヌウゥーン……卑劣な巨人めが、我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、いまこそ贖ってもらおうぞ!」

 

 美と勝利で謳われる女神フレイヤから一転、本来の筋骨隆々とした巨漢へと変貌を遂げた雷神トールは、右手に握った巨大な黄金のハンマーを振りかざし、分厚い床を踏み抜かんばかりの勢いで突進した。

 

「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな?!」

 

 対する霜巨人の王スリュムは、全身を怒らせながら両手にふうっと息を拭き付け、氷の戦斧(せんぷ)を生み出し、応じた。

 スリュムは他()の物を盗み女を要求した悪漢なので同情する余地はない。しかし、あくまでストーリーで定められた事とは言え、スリュムもあのフレイヤが本物の女神であると信じ、婚礼を待ちわびていたのだ。その点に関して、スリュムが怒る権利はある。

 まぁ、身から出た錆なのであるが。

 

「かくなる上は、そのヒゲ面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」

 

 そうスリュムが怒鳴ったのを皮切りに、広大に過ぎる玉座の間の中央で、雷神と霜巨人の王が黄金のハンマーと氷のバトルアクスを轟然と打ち合わせ始める。発したインパクトは城全体を揺るがす程で、まさか落ちないでしょうねと一抹の不安に駆られる。

 そこで、キリカが声を上げた。

 

「トールがタゲ取ってる間に押し切るぞ!」

 

 端的に告げられたその内容に、はっとさせられた。

 そう、まったくその通りだ。雷神トールはいまでこそ自分達側――恐らくクラインパーティー扱い――として戦ってくれているが、厳密に言えばトールは個人の報復で戦っているだけで、足元にいるこちらを斟酌(しんしゃく)していない、あるいはする余裕がない事は、全力で斬り付け殴りつけをしている様子を見れば一目瞭然だ。

 見た限り、トールとスリュムの戦況は五分五分。

 氷と雷の属性関係は等倍扱いなので、あとはもう純粋にステータスで勝負になるが、そうなると間違いなくスリュムに軍配が上がる。トールはレジェンダリィクラスのムービングオブジェクトなので、そこらのNPCや中ボスなど訳無いステータスを持っている筈だが、対峙するスリュムもほぼ同格、加えて敵対大ボスという補正が加わっている。古今東西、往々にしてお助けキャラ単騎で大ボスを倒すとなると、それはもう物凄いお膳立てを受けている状態である事が定石だ。燃える展開というものに付き物だが、ALOは曲がりなりにもMMORPGなので、どこかしらでプレイヤーが介入する余地がある。

 逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そもそもトールが最後まで一緒に戦ってくれるという保証もない。

 

「おっしゃあ! お前ぇら、全力でキリカに続けェ!」

 

 いち早く反応したのは、経歴的に男性陣で最長の付き合いのバンダナ侍だった。右手に握る古代級武器のカタナを担ぎ、トールと殴り合っている霜の巨人へと走り寄る。

 

「――私達も負けていられませんよ! 《スリーピング・ナイツ》、総攻撃です!」

「よーし、ボクも二刀を解禁しちゃおうかな!」

 

 後方で両手杖(スタッフ)を携えた水妖精族のランが号令を掛けるや否や、ストレージから白銀の長剣を取り出し、二刀持ちになったユウキが突撃を開始する。

 

「私達も行くよ! 《月夜の黒猫団》、突撃――!」

「……まさかサチに指揮られる時が来るなんてなぁ」

「――何か言った?」

「な、何でもないデス!」

 

 ユラ、と魔槍を構えながら微笑むサチに急かされるように、男四人が前進する。たしか彼らの指揮系統はクラインが一括していた筈だが、彼の言った『お前ぇら』にケイタ達が反応出来なかったのか、出足が遅い。サチはそれに発破を掛けたのだろう。

 ありゃいいおヨメさんになるわ、と走りながらメイス片手に思考する。

 

「あたし達も行きましょう」

 

 あたしの耳に、凛とした声が届いた。発信源はリーファだ。キリトが第三層で粘っている間、臨時のパーティーリーダーを務める事になった彼女の号令だった。

 聞くところによれば、彼女は一時期領主として活動し、軍部のトップにも就いてシルフプレイヤーを指導していた事があるという。キリトが修めている武の師でもあるという彼女の指揮はアスナとはまた違った特色のものだったと思うが、彼女自身があまり好ましく思っていないためか、続けて下された指示はかなり大雑把だ。と言ってもクライン、ラン、サチ達も似たり寄ったりだったが。

 

「よーし、わたしのオリジナル・ソードスキルをお披露目しちゃおう! 丁度距離取って戦えるしね!」

 

 前衛でわらわらと犇めく光景を見たからか、レインがそんな事を言って足を止めた。傍らで並走していた妹・セブンも足を止める。

 

「お姉ちゃん、なにするつもり?」

「ふっふっふ、百聞は一見に如かずだよ。いまから見せてあげる」

 

 不敵に笑ったレインは、右手の剣の切っ先を数十メートル先で雷神と殴り合う霜巨人に向けた。

 

「――エック・カッラ・マーグル・メキアー・レクン!」

 

 紡がれたのは既存魔法特有の古ノルド語の詠唱。広範囲、高威力になるにつれて唱えなければならない単語が膨大になっていく中、それに反する短い詠唱に、セブンは勿論前衛で一度距離を取る面々も怪訝な顔をする。

 単語五つとなれば、どの魔法系統であれ然したる効果は望めない。コスパは良いが与ダメージが少ない下位魔法が殆どの為だ。

 それをあそこまで前振りしておいて使うとなれば、なにか裏がある――と、思っていると。

 彼女の背後、頭上、左右の空間に、青い揺らぎが発生した。

 そこから出てきたのは青い光――ALOで言うところの()()――に包まれた武器の数々。種類は片手直剣、あるいは両手剣で統一されているようだ。そして青い光に包まれているせいで分かり辛いが、その全てが古代級武器レベルのレアリティを誇っている。

 

「いっけぇええええ!!!」

 

 レインがくるりと一回転し、再度右の剣をスリュムへ突きつけた。途端青い揺らぎから何十本という剣が射出される。光の帯を引いて飛翔した剣群は全てスリュムの腕、腹、首筋に着弾。

 一発一発のダメージ量は全体から見て微々たるものだが、『一つの技』として見ればその威力は遥かに高く、他のあらゆる剣技の追随を許さない程だった。

 ――そして、青い光に散り、消えた。

 

「まだまだいくよー!」

 

 それを見届けてから、レインがそう言い、再度同じ式句を唱える。そして再度同じ数の青い揺らぎ、青い武器が出現し、飛翔する。

 まるで魔法のようだが――恐ろしい事に、MPが一切減っていない。

 

「お、お姉ちゃん、何ソレ?! なんでMP減ってない上に《ⅩⅢ》と同じコト出来てるの?!」

 

 自他共に、とはいかないが知っている人は知っているレベルでキリトのファンなセブンが、驚愕を全面に押し出した。そりゃあ召喚武器を持たない人が憧れの人といきなり同じ事をしたら驚きもする。ロジックが分からない以上、その疑問は一際強いだろう。

 しかしあたしは、彼女が使った《OSS》のカラクリについてある程度の推測を立てていた。

 というのも彼女が詠唱した魔法は、鍛冶屋を営む身にはとても身近なものだったからだ。

 彼女が使った魔法は、《鍛冶》スキルを鍛える過程で習得するものである。効果は鍛冶用の炉に纏めて武器を放り込む事。一つ一つ炉に入れて、それを一つずつインゴットに変えていては時間の無駄という事で、SAOには無かった魔法という形で短縮機能代わりの魔法が搭載されていたのである。戦闘を一切考えられていないためか、他の《鑑定》、《調薬》などと同じように、魔法扱いながらMP消費も無く、従ってスパンを置かず連続使用も可能だ。

 とはいえこの魔法、直接炉に繋がっている訳ではない。《亜空間》に武器を入れておき、それを射出し、炉に放り込むという物理的手間を省く為に用いるのが最大の利用方法だ。

 以前読んだ古い漫画のネタで、砲弾代わりに石やらなにやらを纏めて砲口に突っ込み射出するイラストがあったが、おそらくそこから着想を得た魔法だ。

 つまりレインが《オリジナル・ソードスキル》と称しているそれは、厳密には魔法を運用しているだけなのだが――

 引っ掛かるのは、スリュムに着弾した後の武器が光に散り、再度再装填されていた点である。

 通常放てばそれで終わりで、亜空間に蔵されている武器は空になる。しかしそうはならなかったという事は、《OSS》システムで一つの技として設定し、『亜空間に剣を蔵している状態』へと戻せるようにしている。だから剣が自動で消えて、亜空間に戻っている。

 逆に言えば、彼女はその魔法を通常の鍛冶では使えなくなるという事だが、元の利用方法からして短縮目的である。それ用に使うつもりでなければ大した痛手にはならないだろう。

 ――その辺の事情を、《鍛冶》スキルを取っていたからこそ詠唱から察せたあたしはともかく、他の面々の驚愕は未だ冷めやらぬようで、疑問の眼が彼女にじっと向けられていた。

 それに居心地が悪くなったか、レインが焦ったように笑う。

 

「説明は後々! セブンも早く詠唱して貢献しないと!」

「も、もう! 約束だからね! 絶対よ!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて不満を露わにするあざとさを見せた後、セブンは流石の切り替えの早さで表情を真剣なものに改め、攻撃魔法の詠唱を開始した。中級なので十に上るか否か程度の単語数だが、その速度は眼を瞠るものがある。

 霜巨人の弱点であろう炎の魔法が飛び、追従するように青の剣群が飛翔。更に数々の火矢がスリュムの顔面目掛けて飛び、着弾と同時に爆発を撒き散らす。

 

「ぬゥン!」

「ぐ、ぬむゥ……!」

 

 視界を潰された隙を突いた雷神トールの拳が入り、スリュムがよろめいた。

 その隙にとあたしも駆け寄り、仲間達と共に五連撃前後のソードスキルを叩き込む。トゲ付きとはいえ片手棍カテゴリの武器【グリダヴォル】は打撃属性を多大に含んでおり、正直物理耐性を突破できない以上、対したダメージは見込めない。

 となれば、高いダメージ倍率を設定されている人体の急所――小指部分を攻めるより他は無い。

 

「うぉらっしゃぁああぃッ!!!」

 

 そんな、乙女らしからぬ気合の籠った声と共に、真紅の光をこれでもかと迸らせる棍を横薙ぎに振るう。物理五割、炎五割の単発重攻撃中位技《ブラスト・ストライク》。遠心力をタップリ上乗せした横殴りの一撃はスリュムの小指の先に真っ直ぐ入った。まるでボールの芯を撃ち抜いたバットと同じ手応え。会心の一撃が入ったと、にやりとほくそ笑む。

 その一撃に込めた全力が通じたか――おそらく打撃攻撃に付与されている確率が当たっただけだろうが――霜巨人がぐらりと体を揺らし、ついに左膝を床に着いた。

 見上げれば、スリュムが被る絢爛な王冠の周囲を、きらきらと黄色いライトエフェクトが回転している。

 スタン状態だ。

 

「「「「「全力攻撃――――!!!」」」」」

 

 直後、パーティーリーダーを務めるキリカ、リーファ、ラン、クライン、サチの五人が、まったく同時に声を張り上げた。スピード重視で中衛にいたフィリア、アルゴ、シリカらも距離を詰め、各々が持つ最大級の威力攻撃を放つ。

 レインとセブン二人の詠唱速度が上がり、攻撃音が途切れる事が無くなった。

 シウネーが口で古ノルド語の既存魔法を詠唱し、それでいながら杖や体は魔術を発動する為に動いており、弾幕も斯くやとばかりに次々と色取り取りの魔弾が放たれる。それに比例してMPも減っていくが、最早それを気にする素振りも無い。

 ふと、シウネーの両隣に居る筈の細剣使い二人が居ない事に気付くが、アスナとランは何時の間にかレイピアに武装を持ち替え、神速の突進、あるいは連続突きをスリュムのアキレス腱に叩き込んでいるのが見えた。何だかんだ前線で剣を振るっている方が“らしい”と思えてしまった。

 

「ぬゥン! 地の底に還るがよい、巨人の王ォ!!!」

 

 全員の最大攻撃を放つ中で、とどめとばかりにトールが右手のハンマー《ミョルニル》を、倒れ込んだままのスリュムの頭部に叩き付けた。城がまた鳴動する程のインパクト。王冠が砕けて飛んだのもむべなるかなと言えよう。

 力なく倒れ込んだスリュムの頭上からは、既にHPゲージが消滅している。巨体の四肢とヒゲの先がぴきぴきと軋みながら氷へ変わっていく。

 

「ぬ、ふ、ふっふ……」

 

 漆黒の眼下に瞬いていた青い燐光も薄れ、消える――と思ったその時、もつれた口ひげが動き、低い嗤いが流れてきた。

 すわ、まさか第二形態でなかろうな、と警戒で武器を構える。

 そんなあたし達にじろりと眼をやったスリュムが、口角を釣り上げた。

 

「今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ……だがな、これで終わりだと思わん事だ……儂は、儂ら霜の巨人族の野望は、まだ潰えておらん……」

 

 低くしゃがれた声でスリュムが言う。『潰えていない』と言えるのはヴァフスの存在があるからだろう。だからと言って、最後にそれを言い遺すというのは些かテンプレ過ぎると思わなくもない。

 

「そしてな、アース神族に気を許すと、痛い目を見るぞ……彼奴(きゃつ)らこそが(まこと)の、しん――」

 

 ――スリュムが言えたのは、そこまでだった。

 まるで、聞かれては都合が悪いとでも言うように、トールが強烈なストンプでスリュムの頭部を踏み抜いたからだ。凄まじい規模のエンドフレイムが怒り、巨体は無数の氷片となって爆散した。

 

「……やれやれ。礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も宝を奪われた恥辱を(そそ)ぐことが出来た」

 

 話に集中していたところで襲われた思わぬ圧力に手を翳し、数歩下がったあたし達を、雷神トールは遥かな高見から金色の両眼で睥睨する。

 すると、どれ、褒美をやらねばな、と雷神は右手に握る巨大かつ華麗なハンマーの柄に、左手で触れた。

 嵌っていた宝石の一つがころりと外れ、それは光を放ちながら小さな人間サイズのハンマーへと変形する。本体の縮小版である黄金ハンマーを、トールはひょいとクラインに投げ落とした。なんだかんだ同行に一番前向きだったからかもしれない。

 

「【雷鎚ミョルニル】、正しき戦のために使うが良い」

 

 『正しき戦』――おそらく、《ラグナロク・クエスト》に於けるアース神族側に付いて戦う事を指しているのだろうが、実際のところどうなのか。

 ひょっとすると前回キリトがフレイヤ/トールに出会わなかったのは、巨人の話をロキから聞いたという話から分かるように、ロキルートに入った後だったからなのかもしれない。ハードルートを初手で選んでいたという事だ。それでいま自分達の戦闘時間より遥かに短く攻略しているのだから、召喚武器の事もあるが矢鱈と規格外な少年である。

 

「では――さらばだ」

 

 そうして、規格外な少年にも知られていなかった雷神は、右手を翳し、蒼白い稲妻と共に消え去った。おそらくクラインのパーティー表示からもトールのHP・MPゲージは削除されている筈だ。

 それに合わせるように、スリュムの消滅した地点にドロップアイテム群が滝のように転がり落ちては、レイドの一時的ストレージに自動格納され、消えていく。

 それらが全て収まると同時、ボス部屋の光度が増し、闇が遠ざかる。壁際に山積していた黄金オブジェクト群も徐々に薄れ、消えてしまった。店舗を経営する身としては総額何万ユルドになるか興味があったので、出来れば手に入らないかなぁと思っていただけに、落胆は否めない。倒したら消える演出と思ってはいたのでショックは大きくないのが救いか。

 

「リーダー、伝説級武器ゲット、おめでとさん」

「……オレ、ハンマー系スキルびたイチ上げてねェんだけど」

 

 きらびやかなオーラ・エフェクトを纏う片手用戦鎚――カテゴリ上は片手棍――を握り、ギルメンの祝福に泣き笑いのような顔を作る刀使いに、あたしは素早く近付いた。丸盾を通した左手でばしんと背中を叩く。

 

「じゃああたしにくれない? メイサーとしても鍛冶師としても、中々お目に掛かれない伝説級武器は知的好奇心を擽られるのよね~」

 

 そう言うと、えぇ……とクラインが渋い顔をした。

 その反応にあたしは思わずむっとする。

 

「なによー、そんな反応しなくてもいいじゃない」

「いや、よぅ……お前ぇにやると、なんか躊躇なく熔かしてオリハルコン・インゴットに変えちまいそうでよぅ……」

「ああ、うん。否定はしないわ」

「しないんだね、リズ……」

 

 あはは、とアスナが苦笑を浮かべる。

 

「あ、あのなぁ! そもそもまだやるなんて一言も言ってねぇぞ、オリャア!」

 

 それを他所に、ハンマーをひしっとかき抱くクラインが(わめ)いた。周囲から和やかな笑いが起きる。

 少しして、一先ず伝説級武器ミョルニルの事は後回しにし、さっさと聖剣を抜いてクエストを終わらせ、ヴァフスを押し留めているキリトを解放させようと方針が固まった。戻って加勢する案もあったが、聖剣を抜いてスリュムヘイムを崩落させた方が解決が速いと結論が出たので、誰も戻っていない。下手に加勢すると、キリトが味方を認識する事すらも負荷になるかららしい。

 どこまで彼は弱っているのか、意識不明の重体とだけ聞いて詳しい病状については一切話してもらえていない身なので分からないあたしは、リーファの固い雰囲気に首を傾げた。

 ただ――かなり、良いと言えない容態なんだろうという事は察せた。

 

   *

 

 スリュムヘイムの最下端で黄金の煌めきを瞬かせる聖剣へは、スリュムの玉座裏に生成された、氷柱を取り巻くような螺旋階段を急いで降りていく事で辿り付けた。

 氷を正八面体、つまりピラミッドを上下に重ねたカタチにくり抜いた《玄室》と言うべき空間。壁はかなり薄く、下方の氷を透かしてヨツンヘイム・フィールド全体が一望できる。周囲を天蓋から剥がれたと思しき岩屋水晶の欠片が無数に落下していく。螺旋階段は玄室の中央を貫き、一番底まで続いている。

 その階段を下り切った先に、深く清らかな黄金の光が存在した。

 その剣には確かに見覚えがある。直接触れる事こそ無かったが、あの世界を終わらせた少年が振るっていた剣の輝きと同じものだ。この世界に於いて未だ誰の手にも渡っていない聖剣が、フロアの中央に突き立ち、鎮座している。

 剣を支える台座は、一辺五十センチほどの氷の立方体だ。内部には何か小さなものが閉じ込められており、凝視すると、細くやわらかな樹の根である事が分かる。無数の絹糸のような毛細管が寄り集まって太くなり、一本の根元に続いていた。

 しかし、その根元は黄金の刃により綺麗に断ち切られていた。

 刃に沿って、聖剣の全貌へと視線を移していく。黄金の輝きを纏ったその長剣は垂直に伸び、刀身の半ばで氷の台座から露出している。精緻な形状の鍔、原材料すらわからない青色の革を編み込んだ握り。

 ――見れば見る程、あの世界の聖剣そのものだった。

 聞いた話によれば、彼が使っていた聖剣は、GMアカウントで須郷伸之が呼び出したものだったらしい。その精巧かつ美麗な作りを自慢するような語りをしていたというが、もしそれが真実なのであれば、ALOの聖剣も同じ見た目であってもおかしくは無い。

 その剣を囲んだあたし達の中で、一番に前に出たのは紫紺の美姫――ストレアだった。曰く、引き抜くのに力が居るなら最適でしょ? との事。

 ALOに於けるステータスはポイントで如何様にも変化させられるが、それでも種族特性として高いものと低いものが存在する。()()()の彼女の場合、秀でているのは()()()()()()だ。加えて両手剣使いとして筋力値に多く振っている彼女は、恐らく同族のタンク・テッチよりも更に筋力優位だろう。

 火妖精(サラマンダー)もパワー寄りの種族だが、クラインは技のキレが身上の刀使いとしてスキルや装備の補正を敏捷力に振っているし、ジュンも筋力値と敏捷値に振っているらしく、若干筋力もアップする耐久値への振りが少ない以上、ストレアには劣るだろう。

 つまりこの場に居る面子で、ストレアに抜けないという事は、他の誰が頑張っても無駄という事になる。

 

「ストレア、気合入れなさいよ!」

「頑張ってください、ストレアさん!」

「きゅるー!」

「応援ありがとー!」

 

 台座に向かいながら、ストレアは口々の声援に応じていく。

 しかしそれも台座、そして聖剣の正面に立ったところで、真剣な面持ちに切り替わった。右手が持ち上げられ、最強の伝説級武器【聖剣エクスキャリバー】の柄を握る。

 

「ふ、ん――ぬりゃぁあああッ!!!」

 

 ありったけの力を籠め、剣を引き抜こうとする。

 しかし剣はまるで台座、いや城全体と一体化したオブジェクトででもあるかの如く、小さく軋むことはおろか、ズレすらしない。左手も柄に添えられ、両脚を踏ん張り、背筋を逸らしながら全力を振り絞り始めた。

 バフ等は全て掛かっている以上、もうあとはストレアの気合と根性に掛けるしかないあたし達は、口々に声援を送った。入力と時間の乗算でロックが解除される事を信じるばかりだ。

 引き抜こうとし始めてから五秒、十秒、十五秒が過ぎた――その時。

 ぴきっと、という鋭い音と、微かな振動が台座から発生した。

 直後、刃が深く穿つ足元の台座から強烈な光が迸り、あたし達の視界を金色に塗りつぶす。続けて、これまで聞いたサウンド・エフェクトの中でもトップランクに食い込む重厚且つ爽快な破砕音が聴覚を抜けた。四方に氷塊が飛び散る中、黄金の長剣とそれを持つストレアがすっ飛んでいく。

 大きくすっ飛んだストレアは、義理の姉二人と弟一人の三人が手を伸ばし、支えた。

 

「ぬ……抜けたぁ~……」

 

 両手でしっかりと握るそれに一度視線を落としたストレアの第一声は、へにゃっと気の抜ける声だった。緊張で身を固めていたあたし達も思わず脱力する。

 次いで、全員の口が綻び、笑顔に変わる。

 

 ――だが、盛大な快哉が放たれる事は勿論、上層へ戻る事も出来なかった。

 氷の台座から解放された小さな樹の根。空中に浮きあがったそれが、いきなり伸び、育ち始めたのだ。極細の毛細管がみるみる下方へ広がっていく。すぱりと断ち切られていた上部の切断面からも新たな組織が伸び、垂直に駆け上がる。

 しかし上からも凄まじい轟音が近付いて来る。見上げれば、あたし達が駆けおりてきた縦穴から、螺旋階段を粉砕しながら殺到する樹の根が見えた。

 スリュムヘイムを取り巻いていた世界樹の根。

 正八角形の空間を猛烈な勢いで貫く太い根と、台座から解放された細い根が触れ、絡まり、融合した。

 その瞬間、それまでの揺れが微震だったと思える程の衝撃波が、スリュムヘイム全体を襲った。

 堪らず膝を折り、姿勢を低くして振動に耐える。全員がひしと互いをホールドし合ったのと、周囲の壁に無数のひび割れが走ったのは、ほぼ同時だった。

 耳をつんざくような大音響が連続して轟く。

 分厚い氷の壁が、馬車一台分ほどの大きさで次々に分離し、遥か真下の大穴《グレートボイド》目掛けて崩落を始めた。

 

「――スリュムヘイム全体が、崩壊を始めました! 脱出を……!」

 

 焦ったように、ユイが叫んだ。

 

「とは言え、階段が壊されてますし……!」

 

 それにシウネーが返す。

 玄室に降りる為に使った螺旋階段は、上から殺到して来た世界樹本体の根っこにより、跡形もなく吹き飛ばされてしまった。それ以前に元来たルートを必死に戻ったところで空中に開けたテラスに出るだけである。

 

「ぜ、前回、キリトはどうやって脱出したって言ってたっけ?!」

 

 ふと思い立って声を上げる。前回のキリトは聖剣を回収こそ出来なかったが、穴に落ちたとは言っていなかった筈なので、なんらかの手段で以て生還したと考えていいだろう。それと同じ事をすればいいのではと思ったのだが――

 

「誰かその辺について聞いてない?!」

「ごめんなさい、聞いてないです」

「わ、私も……」

「アタシも聞いてないなー」

「……俺も」

「アウト――――!」

 

 一番話されてそうな四人が全員知らないと言って、思わずそう反応を返した。他はと目を向けるも、全員首を横に振る。

 

「つ、つーかよォ、多分聞いたトコで意味無かったと思うぜ」

「はぁ? なんでよ」

「アイツ風使って空飛んで脱出とかしてそうだもんよ」

「……あー……」

 

 ごごごごご、といまにも崩落しそうな玄室で蹲りながらも、クラインの予想に思わず真顔で納得を抱いてしまった。

 

「で、でも、それなら一言止めるくらいしてると思う! あくまで足止めするんだったら、私達が聖剣を抜く事も考えてた筈! 二手に分かれるかどうかはともかくとして!」

 

 そこで声を上げたのはサチだ。動きを止め固まった樹の根に掴まり、体を固定している音楽妖精の彼女は、崩落の轟音に掻き消されないようにと珍しく大声を張り上げた。

 言われて、それにも納得を抱いた。

 確かにこのままでは自分達は無駄死にする。だって聖剣を回収する手立てが無い。引っ掛かるのは彼にクエスト達成に執着する素振りが無く、ただALOを崩壊させる巨人を倒せればいいと思っている節がある事だが、それならもっとやりようがあった筈だ。全員でヴァフス、スリュムに掛かれば倒す事は難しくなかっただろう。そして聖剣を抜く時だけ彼が居て、自分達は先に脱出するという流れも不可能では無い。

 考え付かなかったという予想はしっくりこない。

 つまり、何らかの救済手段が用意されている。彼を信じてそう考える事にした。まぁ、落ちたところで本当に死ぬ訳では無く、ただクエストが失敗扱いになるだけだろうからそこまで気にはしないのだが。

 何か無いかとキョロキョロと辺りを見回す。

 しかし正八角形だった玄室は見るも無残に樹の根に侵食され崩壊の危機に面しており、端に寄れば《グレートボイド》へ真っ逆さまなのは容易に予想できる未来だ。

 であればと部屋の中心に目を向ける。第四層に繋がる天井と氷柱は、上から押し寄せてきた樹の根にまとわり付かれている。

 だが、それは、考え方を変えれば、のぼる為のでっぱりが多いという事だ。

 問題は振動が非常に大きくて容易に振り落とされかねないという点だが、召喚武器を持つ三人の武器や盾を支えにすれば――

 

「――ああっ、そうよそうじゃない!」

 

 脳裏に浮かんだ案に閃きを覚え、思わず声を上げる。

 

「ど、どうしたんですか、リズさん?!」

「この窮地を脱する方法が浮かんだの! キリカとユイちゃんとシノンの召喚武器にあたし達が掴まれば良いのよ!」

「あ――な、なるほどです!」

 

 ぱぁっと、シリカの顔が途端に明るくなる。彼女は昔から絶叫マシーンが泣くほどキラいだそうなので、今の状況からは早々に脱したい一心だろう。

 あたしの案は他の面々にも伝わったようで、すぐ軸となる三人に視線が向いた。三人とも同時に強く頷く。

 希望が見えた。

 ――しかし、勝利の女神は、どうやら意地が悪いらしかった。

 ピシピシピシビキキキィ! と、玄室の周囲の壁に一気に亀裂が走り、氷柱を取り巻く樹の根が徐々にブチブチと音を立てて千切れ始めたのである。

 それすなわち、落下開始の兆候。

 

「いやあああああああああああああッ?!」

 

 絶叫マシンが心底苦手なシリカの全力の悲鳴の尾を引きながら、三十二人を乗せた玄室の床だった円盤は、果てしなき自由落下に突入した。

 これがギャグ漫画であればコミカルなやり取りをしながら落ちていって、なんやかんやと助かるか、あるいは本当に最後まで落ちて死に、それを笑い話にして済ませるところだ。

 しかしVRMMOに於ける高高度からの落下というのは、これはもう正直超怖い。SAO時代の竜の巣の縦穴を落ちた時は、命が掛かっていた事も含め、全身が総毛立ち凍りつくような恐怖に襲われた事をよく憶えている。アルヴヘイムでは日頃雲の上をふよふよ飛んでいるが、それは頼もしい翅があればこそなのだ。

 だからあたし達は、氷の円盤に四つん這いになり、いっせいに悲鳴を上げていた。

 周囲では玄室と同時に崩れ落ちた巨大な氷塊が互いに激突し、より小さな塊へと分解していっている。上を見れば、巨大なスリュムヘイム城が、下部から次々に構造体を分離させ、その度に解放された世界樹の根がぶぅんと揺れ動いているのが見えた。

 最後に、視線を下に向ける。

 千メートルを切る距離まで近づいているヨツンヘイムの大地には、黒々と《グレートボイド》が口を開けている。当然ながらこの円盤はその中央目掛けて落下している。生半な手段では助かる事は不可能だ。

 

「……あの下って、どうなってるのかしらね」

 

 近くに居たシノンが呟いた。それに応じたのは、その隣で落ち着いた顔で樹の根に掴まっているリーファだった。

 

「ウルズさんの話の通りならニブルヘイムじゃないですかね」

「寒くないといいなぁ……」

「いやぁ、凄く寒いでしょう。霜巨人の故郷ですもん」

「あんたら呑気か!?」

 

 やや諦観気味のシノンはともかく、そのやり取りのあまりの緊張感の無さに思わずそう突っ込みを入れる。SAO時代のアスナを見ているようなそのやり取りは、ともすれば最前線攻略組だからこそ付いたクソ度胸の顕れなのかもしれない。

 

「――ん?」

 

 呆れつつ、そろそろシノンを促そうと顔を上げた時、リーファが耳をぴくつかせながら周囲を見渡した。猫妖精(ケットシー)が視力に優れ、鍛冶妖精(レプラコーン)が鍛冶技術に優れるように、()()()は飛翔速度と聴力が優れている。

 この崩落の音と風の中でも、彼女の耳は何かを捉えたのだろう。

 

「どうしたのよ」

「今のは……――――」

 

 こちらの問いが聞こえていないのか、リーファは樹の根から手を離し、落下中の円盤の上で器用に立ち上がった。そしてある方角へ顔を向け――

 瞬間、くおおぉぉ――――……ん、という遠い鳴き声が耳朶を打った。

 はっと視線を巡らせる。周囲を取り巻く氷塊群の彼方、南の空に、小さな白い光が見える。弧を描いて接近してくるそれは、魚のような流線型の体と、四対八枚の翼、そして長い鼻を持った動物型邪神だった。それが複数体。スリュムヘイムに突入する際は一体の乗員限界が一パーティーの七人だった事もあり往復したのだが、いつの間にか他の個体も羽化していたらしい。

 恐らく先頭を飛ぶ個体が、あたし達が助け出した動物型邪神なのだろう。

 ……しかし名前が無いというのは些か不便だな、と思わなくもなかった。

 

「こ、こっちです! 早く来てくださーい!」

 

 自分と同族の槍使いタルケンが大きく手を振る。それに合わせて仲間も手を振ると、なんと空飛ぶ邪神たちが触手を軽く持ち上げ、くおぉーんと応じた。こちらを助け出す為に接近しているという意思表示だ。

 邪神たちは滑るようなグライドでみるみる近付いて来た。ボイド突入まで一分あるかないかくらいまで地面に近付いているので、円盤の四方からパーティー別に乗っていく事になる。

 円盤の周囲に無数の氷塊が待っているせいで、邪神たちは巨体をぴったり横づけは出来ず、五メートルほどの間隙を開けてホバリングした。現実だとかなり辛い距離だが、ゲームアバターであればたとえ重量級プレイヤーでも跳べない事は無い。

 まずアスナが流麗なフォームを見せながらロングジャンプを決めた。くるりと向き直り、『シリカちゃん!』と叫ぶ。

 シリカはこくりと頷くと、両手で小竜ピナの両足を掴み、ややぎこちない助走ながらしっかりと踏み切った。シリカをぶら下げる恰好になったピナがぱたぱたと羽ばたき、滞空距離をブーストする。飛行型ペットを持つテイマーだけの特典だ。SAO時代に自分もその恩恵にあやかった事がある。シリカはそのまま無事にアスナの腕に抱き留められた。

 特に順番が決まっている訳ではないが、あたしが一番端に近かったので、次に飛んだ。トリャアア! と威勢のいい掛け声を上げたのが功を奏したか危なげなく邪神の平べったい胴体の上に着地する。

 次にフィリアが、鼻歌混じりとも思えるほど軽やかにジャンプし、こちらに乗り移って来た。トレジャーハンティングで鍛え上げたその身軽さはかなりのものだ。

 更にユイが滑らかな動きで跳躍し、邪神の尻尾近くに降りる。

 残るはキリカとストレアなのだが――

 

「ど、どうしよう……アタシ、コレ持ってると跳べないんだけど!」

 

 聖剣を抱えたストレアがそう言った。よく見れば、足元の氷が彼女の足跡を中心に割れ、砕けている。それだけあの聖剣は重いのだろう。レアリティが高くなれば自然、要求される筋力値と武器の重量は比例して高く、重くなっていくからだ。

 つまりストレアは、あの聖剣を抱えたままでは、とても五メートルも跳べないのである。

 恐らくレイド内で最高筋力値だろう彼女ですらそれであれば、いくらキリカと言えど――

 と、その思考を寸断するように、キリカが動いた。ストレアの傍らに残っている少年は奪うように聖剣の柄を握るや否や、全力で真横に放り投げたのだ。

 

「なっ……ちょ……」

 

 ぎょっと、思わずあたしは目を剥いた。

 最強の聖剣。鍛冶を営む者として、そしてかつて聖剣を振るっていた少年の友として、興味は非常にそそられていた。自分が持つ必要はないが捨てるには惜しいとは思っていた。

 それをキリカは、躊躇なく捨てたのである。

 状況を鑑みれば二者択一ではあった。聖剣を抱いたまま《グレートボイド》へ墜落しするか、それとも捨てて生き残るか。プレイヤーの欲と執着をあまりにも露骨に試す五メートルという最後の距離。それを前にして、彼は思い切りよく聖剣を放り捨てて見せた。

 他の邪神に乗っている面子が、ええええええっ、と声を上げるのが聞こえる。

 しかし彼はそれを無視し、ストレアの手を引いてこちらに飛び乗って来た。

 

「あ、あんた、良かったの? クエスト的にも回収しないとマズいんじゃ……」

 

 飛び乗って来たキリカに詰め寄る。

 そうなのだ。クエストの経緯的に、聖剣があの穴――かつて《ウルズの泉》であった大穴に落ちた場合、前回同様ヨツンヘイムが世界樹の恩寵を取り戻さない事は既に分かっている。

 しばらくはそれでも異常なく進むだろう。

 だが【カーディナル・システム】は、自動でクエストを作り出す機能を持っている。

 ニブルヘイム、そしてムスペルヘイムに繋がるというあの大穴に落ちたなら、その二つの世界を舞台にしたクエストで、またぞろALO崩壊の危機に陥る可能性があるのではないかという危惧があたしの脳裏に浮かんでいた。

 それを理解しているだろう少年は、仕方ないと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「どちらにせよ、今の状況で聖剣確保は無理だった。聖剣諸共に墜落死するか、捨てて生き残るかの結果だけだったよ」

「む、むぅ……」

 

 そう言われると、反論が出来ないので黙るしか無い。

 仕方なく、あたしは彼方に落ちていく聖剣に視線を映した。聖剣は、その重さの割には随分ゆっくりと、まるで不死鳥の翼から抜け落ちた羽のように、きらり、きらりと無限の大穴目掛けて落下していく。

 

 

 

「――二百メートル、ってトコかしら」

 

 

 

 最強の伝説級武器が落ちていく光景を眺めていると、別の邪神に乗っているシノンの声が耳に入って来た。崩落から逃れ穏やかな寒風に吹かれる上空で、彼女は左手で方から長大なロングボウを下ろし、右てで銀色の細い矢を番え、狙いを定めている。

 鏃の先には――黄金の煌めきを引いて落ちる、聖剣。

 

「――エック・スキート・アフトル・エイ」

 

 照準を定めた猫妖精が、素早く古ノルド語の詠唱を口ずさむ。矢を白い光が包んだ。

 唖然と見守るあたし達の眼前で、弓使いにして狙撃手の側面もあるとされるシノンが、無造作に弓を引き絞った。四十五度ほど下方、彼方を落下する聖剣の更に下方に向け、ひょうっと射る。

 矢は空中に不思議な銀のラインを引きながら飛翔していく。先程唱えた魔法の効果だ。弓使い専用の種族共通スペル《リトリーブ・アロー》。矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与し、発射する効果のそれは、通常使い捨てになってしまう矢を回収したり、手の届かないオブジェクトを引っ張り寄せられる便利な魔法だが、糸が矢の軌道を歪める上にホーミング性ゼロなので、普通は近距離でしか当たらないという。

 そこで、ようやくシノンの意図を悟りながらも、内心で幾らなんでもと呟かざるを得なかった。

 《弓》の射程は、長弓に関してはシステムアシストが働く範囲で百メートルである。その範囲内であろうと《リトリーブ・アロー》を使えば照準は大きくブレる。更に糸は物理的干渉をモロに受けるので当然風の影響も考慮しなければならない。

 その上で、二百メートルも離れた、現在進行形で落下しているモノ目掛け、風が吹く空から狙いをつけ、目標に当てるなど――

 ――しかし。

 彼方で落下する黄金の光と、その更に下へと飛翔する銀色の矢は、まるで互いに引き合うかのように近付き、近付いて……

 

 たぁん! と軽やかな音を発して、衝突した。

 

「よっ!」

 

 シノンが右手から伸びる魔法の糸を思い切り引っ張った。黄金の光の落下がぐっと減速し、停止、次いで上昇を開始した。ただの光点だったものが、みるみる細長く、そして剣の姿へと変わる。

 二秒後、誰もが別れを覚悟しただろう伝説武器が、すぽっとシノンの掌に収まった。

 

「うわ、重……」

 

 よろめきながらも、しっかりと両手を保持したシノンは、自身に目を向ける仲間に首を巡らせた。

 

「「「「「し……し、し――――シノンさん、マジかっけぇ――――ッ!!!」」」」」

 

 三十一人の声が、完全に同期して投げかけられた。

 全員の称賛に、彼女は三角耳をぴこぴこ動かし、そっぽを向いた。ハッカ草の茎を取り出して(くわ)え、すぱぁーっと一服を始める。凄腕スナイパーに似合いのクール過ぎる仕草だが――その耳が真っ赤になっている事は、誤魔化せていなかった。

 

 






・レイン
 OSSでキリト達のアドバンテージの一部を確立した鍛冶師兼二刀剣士。
 《サウザンド・レイン》は『鍛冶用魔法を極め、戦闘に転化した技』という概要なので、厳密には魔法扱いになる筈だが、原典ゲーム的には技扱いになっている。亜空間に古代級武器を忍ばせ、それを何度でも飛ばせる。MP消費が無いのは本作オリジナル。
 つまり無限に遠距離攻撃が出来る前衛剣士というスタンス。
 原典的にはスメラギより強く、キリトと伍するレベルの剣士らしい。


・リズベット
 キリト達のメイン鍛冶師として動いている片手棍使い。
 《鍛冶》スキルで同じ魔法を見て使っているので、レインが名前・詳細を明かしていないOSSについて察しが付いてしまった。同業なら詠唱で分かる。


・ストレア
 キリト一行の中でダントツでパワー重視な両手剣使い。
 タンクとしてVITに振らなければならないテッチ、エギルと同じ種族ながら、攻撃一辺倒のスタイルなので、筋力値極振りスタイル故のパワーファイター。
 その片鱗は原典ゲーム《千年の黄昏》に於いて、《両手剣》のぶっ壊れ攻撃力と合わさり、最強に思えるほど(実際一撃で数十万叩き出せる) しかも唯一素でHP二万突破する最大最強のアタッカー兼タンク。攻撃・防御アップバフもあるので尚硬い。
 原典ではキリトが筋力値最高だったが、本作ではストレアが居るので聖剣を抜く役割は彼女が担う事になった。


・キリカ
 物欲が無い剣士。
 剣士なら誰もが求めるだろう聖剣であっても、どう足掻いても回収できないとなれば、聖剣を捨てて生きる道を選ぶ。
 しかしアニメで思ったんですがブン投げる方向を仲間が居る方にすれば投げ渡しで回収できたんじゃないですかね――なんて疑問は、胸の内に仕舞っておきましょう。


・シノン
 シノンさんマジかっけぇ――――!
 原作と違ってライフル経験してない=弓のレンジ以上の照準能力に関しては、SAO編の『中ると分かってから射る』感覚による補正で補っている(として下さい)

本音:まじかっけぇー! をしたかったのです(正直)


・スリュム
 我が野望は潰えぬ……!"(-""-)"
 ――実は地味に原典からセリフが増えている。


・ヴァフス
 《コード・レジスタ》ではスリュムによって……


・キリト
 置いて行かれた(´・ω・`)
 気にはしないけどネ?(´・ω・`)
 ……忘れられてないよネ?(´・ω・`)


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