インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

255 / 446


視点:ユウキ、茅場、ヴァフス

字数:約一万六千

※茅場視点からは、ユウキ達がスリュムと戦ってる辺りに時系列が戻ります。

 ではどうぞ。




十一幕 ~対ヴァフス・前~

 

 

 二〇二五年五月十七日土曜日、午後十時四十五分。

 スリュム討伐組に配属された自分達は、変装を解いた雷神トールの力を借りながら霜の巨人の王を撃ち果たし、スリュムヘイムを陥落したばかりか、《巻き戻し》の前に挑んだキリトには出来なかった最強の伝説級武器【聖剣エクスキャリバー】の回収を成し遂げた。《女王の請願》クエストのクリア条件を満たしたのである。

 その際、猫妖精の弓使いの類稀な射の腕が披露され、さしもの自分達も驚愕と称賛を露わにした。

 それを祝福するように、極寒の地下世界の天蓋を張っていた世界樹の根は蠢き、それに抱かれていた氷の城スリュムヘイムは崩落していく。

 轟音を立てて崩れ、天から根を下ろす世界樹の根。

 それを見ていると、ふと、疑問が頭を擡げた。

 

「そういえば、勢いでボク達だけで逃げてきたけどさ。キリトは?」

 

 ――瞬間、あ、と異口同音に声が揃う。

 前回彼がどのようにして脱出したかは不明だが、《風》を操り飛んだにせよ、自分達のように邪神たちを使ったにせよ、いまの彼の容態を考慮すると方法としては後者しか取れない気もする。自力脱出不可能という事だ。

 何故か羽化した個体が増えている訳だが、自分達のパーティーと同数の個体を除き、スリュムヘイム崩落地点周辺に羽化個体は見られない。

 多分彼はまだ脱出出来ていないか、ともすればもう穴に落ちているのでは?

 そう思って視線だけ左上に向ける。

 ひとり第三層に残ったとは言え、彼はパーティー編成を解除した訳ではない。だからそこにはまだ彼のHPバーが存在していた。

 表示されているバーの緑ゲージ、青ゲージは幾分か減っているが、五割も下回っていない状態だ。こんな中途半端な数値となるとまだ落下中だろう。

 同じ事を考えたのか、リーファとユイが同じタイミングで遠見魔法を詠唱し、氷晶レンズを作り出した。それで崩落地点をズームで確認していく。それが出来ないボクや他の面々は手で傘を作りながら遠くを見る。しかし灰色の空や稜線を背景に落ちていく瓦礫のどこにも姿は見えない。

 

「――ねぇ、ダンジョンがあったトコ、いま光らなかった?」

 

 そう声を上げたのはシノンだった。猫妖精の視力補正と射手として遠視能力を上げるスキルを取っている彼女は、聖剣を抱えながら、うぞうぞと蠢く樹の根の辺りを凝視している。

 つられて自分も目を向ける。

 ――チカ、と光が舞った。

 光ったのは蠢き、織りなし、泉だった大穴へ下りようとする根ではなく、妖精郷の地殻である天蓋にしっかり張られた動いていない根だ。その一角がチカ、チカ、と不規則に瞬いている。

 そこに氷晶を向けた二人がすぐに反応を見せた。

 

「ほ、本当です、キーが戦ってます!」

「でも……なんか、ヴァフスの様子がおかしいよ。全体的に禍々しくなってる」

「……なんか、ヤな予感するんだけど」

 

 普段表情を崩さないリーファが若干顔を顰めてる上に、その彼女が禍々しいと形容してる辺りに、ボクの脳裏に警鐘が鳴り響いている。SAO時代ほどバリバリではないがちょっと危ない予兆だ。

 ボスが変身形態を持っている事はもう慣れっこだが、霜巨人の王であったスリュムが変身しなかったのに、その配下だろうヴァフスが変身するとかあり得るだろうか。無いとは言えないが、その辺の序列で能力の数が決まる傾向にある【カーディナル・システム】支配のALOではちょっと考えづらい。

 ふと、そこで脳裏に蘇る事があった。スリュムが今際の際に遺した言葉だ。

 

 ――儂の、儂らの野望は、まだ潰えておらん……!

 

 そう遺し、氷へと砕け散った――トール的には『地の底に還った』――スリュムの影響があるとは考えられないだろうか。すなわち王が死んだから、自動的に王にヴァフスがなり、能力が増えたと。

 でも――それでも、イヤな予感が拭えない。

 氷晶を作れる面々に集ろうとしたトコロで、アルゴから中継動画があると教えてもらったボク達は、個別にメニューからネットに繋ぎ、彼とヴァフスの戦闘を中継しているという動画を開いた。

 

 

   ***

 

 

 二〇二五年五月十七日金曜日、午後十時四十分。

 別の案件でALOに潜っていた私は、現実の肉体へと意識を復帰させた。

 被っていた《アミュスフィア》を傍らに置いて、身を起こす。

 そこで影が差した。

 

「お帰りなさい、晶彦さん」

 

 影の主は女性だった。通っていた大学の研究室の後輩にして、自身の恋人である女性――《神代凛子》。肩口で切り揃えた黒髪が湿っているのを見るに入浴していたのだろう。

 彼女は両手に白のマグカップを持っていて、その片方を差し出して来た。

 ありがとうと手短に礼を言って、口を付ける。ブラック特有の苦味が舌いっぱいに広がるのを感じ、それを飲み下してから、口を開く。

 

「いつログアウトするか、私は言っていなかった筈だが」

「女の勘よ。もうそろそろと思ってたの。晶彦さん、要領良いから」

「……そうか」

 

 おそらく、要領が良いからこそ時間に目安を付けやすい、という意味で言ったのだろう彼女は、ベッドに腰掛ける私の右隣に座った。数センチほどの隙間も無いその距離感は、まざまざと自分と彼女の関係性に実感を持たせて来る。

 正直――私は、彼女の事をよく分かっていない。

 人間性が善良であるコト。意外に気が強く、一度決めたら曲げない主義であるコト。理知的で聡明であるコト。それら『客観的データ』は数多く持っている。

 だが私は、彼女を構成する『主観的データ』、すなわち感情については、殆どわかっていない。

 なにを考えているかは分かる。しかしその結論に、彼女が何を感じるかまでは分からない。

 他人だからそれは当然と言えるだろうが――私が未だ分からないのは、一時期は世紀の大犯罪者とまで言われた自身を、彼女はどうして信じ続けられたのかという事だった。

 同時に、私で良いのかとも思う。

 あの城――浮遊城アインクラッドという子供の頃かの夢想にただ邁進し、時間も技術も金も注ぎ込み続けた私は、デスゲーム以前の時点で恋人関係にあった凛子を蔑ろにしていた自覚がある。それは主観的だけでなく、客観的な状況からも明らかだ。時間が空いた時を狙ってドライブや散歩などの息抜きに誘われる時に断った事は無いが、世間一般で言う『恋人』としてのやり取りとしてはかなり不十分だったと思う。

 ましてや私は人間としてどこか欠陥しているとも感じている。

 かつてあった、連日連夜不眠不休で働き続けても尚萎えない気概を、いまの私は喪っていた。

 

「――そういえば、キリト君はどうしているんだい」

 

 そんな私を動かしているのは、ALOをはじめ数多く存続している仮想世界と、そこで戦う大恩ある少年だった。《ユーミル》の代表取締役を務めているのも私の夢に付随した《人の死》を少しでも減らし救ってくれた少年への恩返しなのだ。

 ALOの進行状況を巻き戻した事で再発するヨツンヘイムでの巨人問題に対処すべく、彼は直接動いている。

 私は裏方としてALOに潜っていた。スリュムヘイムで一体の羽化邪神で往復している間に、彼がGMコールを介し、直接依頼してきた事――あと四体同じ邪神を羽化させる為に動いていた。

 本来であれば通常プレイの手助けをGMがする事はご法度だが、これが失敗すれば地上が崩壊しまた巻き戻さなければならなくなる。それはALO運営にもよくなく、また私の仮想世界に掛けた夢が早々に終わるからと訴えて来られては、ノーと突っぱねる事は不可能だった。

 それで一時間以上掛けて合計四体の動物型邪神を羽化させる事を了承しいままで動いていた。

 だから私は、いま彼らがどう動いているかは知らなかった。

 

「あまり良いとは言えないと思うわ」

 

 隣に座る凛子が、コーヒーを啜りながら言う。視線は反対側の壁際に設置されたデスクトップPCのディスプレイに向けられていた。

 立ち上がり、PCに近付く。

 大画面型ディスプレイは二つに分割され、《MMOストリーム》の中継動画を同時に移していた。

 左側は髪を一つに括った二刀の少年を中心としたレイドの戦闘模様。黄金のハンマーを持つ巨漢の男神が加勢に入り、それに便乗する形で三十人ほどのプレイヤーが《霜巨人の王》と戦い始めた光景が映っている。

 問題は右側だ。髪を下ろした黒尽くめのスプリガンが銀色の霜巨人を単独で相手取っている光景が映っている。

 ……思わずこめかみを指で揉んだ。

 

「私の記憶が確かなら、彼はかなり重症で倒れたと思うんだが……」

「そうね。多発性くも膜下出血って聞いたわ」

「…………」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 反応速度は勿論、《ⅩⅢ》の使用に際して脳に多大な負荷を掛ける以上、暫くは絶対安静と言われている筈。しかしそれを順守するつもりはないらしい。

 それよりも大事なコトがあると、彼が判断したからだ。

 少なからず私も関わっているだろう。彼にはもっと自分を大切にして欲しいのだが、道中まで彼女らが一緒に居た上で一人残ったのなら、それは彼が生きる最大の理由である彼女らの言葉でも覆せなかったという事だ。その場に私が居て、何を言ったところで変わらなかっただろう。彼は数ではなく質――(ヒエ)(ラル)(キー)で行動指針を決める人間だ。

 

「……そういえば、この霜巨人、前回と出現タイミングが違わないかい?」

 

 はて、と首を傾げる。

 巻き戻す以前の顛末は報告を受けている。その際、霜巨人ヴァフスルーズニルと決闘し、勝利した事で保険として運用する事も、特に問題無いか確認される過程で聞き知っていた。彼が戦ったタイミングがスリュムを倒した後、つまりスリュムヘイムが崩落した後である事も。

 まぁ、そもそもそれで言えば雷神トールの存在も同じなのだが。

 

「ああ……それが、どうも前回と若干展開が違うようなの」

「なに?」

 

 いまの状況との差異に首を傾げていると、隣で同じように画面を見ていた凛子から補足を受ける。

 フレイヤに化けていたという雷神トールに関しては、何らかのフラグ関連だろうとの事。

 恐らく前回と違い《ラグナロク・クエスト》の分岐ルートクエストを既にしているかしていないかの差だ。トールはアースガルズ、つまりオーディン側なので、前回ロキ側だったキリトとは必然的に敵対関係になる。まあ神話上でスリュムヘイムに忍び込むトールはロキの手助けを受けているのだが、その辺までは応用が利かなかったのかもしれない。

 そしてヴァフスは、原因は不明だが巻き戻す前のクエストの記録を有した状態で、キリトに執着しているらしい。《クラウド・ブレイン》が関係しているのではとユイは推測を口にして、彼はそれを否定したという。

 

「……ふむ」

 

 顎に手を当て、考え込む。

 ヨツンヘイムの状況と動物型邪神の全滅までの猶予を考えれば、正直リーファ達と残り、ヴァフスと戦っても十分猶予があった筈だ。現にスリュム側はほぼ趨勢を決している。容態により少なからず制限を受けているとは言え、それでクエストを失敗させるほどの大幅ロスになるとは、この面子を見る限り考え難い。

 となれば――彼が一人で戦わなければならない理由が、ヴァフスにあったと考えるべきか。

 既に命を懸ける状況でなく、彼自身も自分の体の事を理解している上での行動となれば、それが一番しっくりくる。 ユイやストレアのように義姉という訳でもないのに彼がヴァフスの為に命を懸けるとは考え難いから、多分ヴァフスを介して何かがあると見て、危惧し、動いているのだろう。

 聞けば彼自身、ヴァフスが現れた事は勿論、雷神トールが現れた事にも驚いていたらしい。そこで《事変》との因果関係を疑うのはむしろ当然だ。

 ――ともあれ既に賽は投げられた。

 人命を尽くした以上最早天命を待つばかりと、私は視聴に徹する事にする。椅子を持って来て、凛子と横並びにデスクの前に座る。

 

『――ジェネレート・サーマル・エレメント!』

 

 画面の右側半分に映る少年が叫ぶ。右手で黒剣を持つ彼は、空の左手を前に突き出す。その開かれた五指の先に深紅の光が灯った。

 

『バード・シェイプ、ディスチャージ!』

 

 立て続けに、続く式句が紡がれる。古ノルド語よりも分かりやすく、汎用性を持たせやすいようにと英単語だけで構成された彼の《オリジナル・スペルスキル》。炎属性のそれは、五羽の鳥となって凍てつく広間を飛んでいく。

 少年は、炎の鳥が飛び立ってすぐ、次の詠唱に取り掛かっている。

 日本語より短く、また覚えやすい英単語構成と言えど、早口に唱えても三秒前後はどうしても詠唱に要してしまう。その三秒は、ソロの状況で死に至るには十分過ぎる時間だ。

 相対する霜巨人ヴァフスルーズニルは、自身に迫る炎の鳥たちを見ても怯まない。銀の大刀を振るって爆発を誘っていた。余波でダメージを受けていたが、それも微量である。

 気にした素振りもなくヴァフスは距離を詰める。

 その速度たるや、眼を瞠るものがある。俯瞰視点で眺める中継動画ではおよそ一秒半で二十メートル前後の距離を詰めているのが丸わかり。ALOでは敏捷極振りでなければ出せない速度をパワータイプのボスが見せるその理不尽ぶりは、ヨツンヘイムに住まう巨人族らしさ以上に、幾度となく苦い思いをさせられた数多のフロアボスたちの影が垣間見えた。

 数秒で距離を詰めたヴァフスが、銀の大刀を振り下ろす。

 対する少年は、左掌に白と闇二色の球を保ったまま、黒剣を斜めに翳す。瞬間、彼の眼前に半透明の壁が生まれた。床に対し垂直のそれはパシ、パシンと白雷を弾けさせている。

 

『――っと』

 

 振り下ろされた銀の大刀は、しかしその壁に衝突する寸前で止められる。

 彼の話によれば、アレは物理障壁になる氷・地属性の薄い壁に、水と雷を加え、自動的に感電反撃を付与した攻防一体の魔術だという。現実基準だとあれほど薄い壁など軽く指で突いただけで砕けそうだが、ALOに於いて魔法属性の障壁は同じ魔法属性でなければ破壊不可能。氷だけなら炎属性単体で破壊可能だがアレには地属性も加えられており、それは『グラフィックを自由に設定出来る』という点でミスリードを誘発されているため気付けないという、プレイヤー心理を付いたイヤらしい属性構成になっている。

 しかも、アレは攻防一体の技ではあるがもっぱら防御時にしか使われず、つまり大半が物理属性を相手にするのだが、物理攻撃では基本的に破れないシステム的制約もある。

 障壁を突破するには最低でも炎・風属性攻撃を同時に叩き込まなければならない。しかし物理属性に属性を付与出来る魔法は、同一カテゴリ扱いのため一つしか適用されない。あの防御魔術を破るには《ホリゾンタル・スクエア》のように中位以上且つ炎・風属性を有するソードスキルでなければならない――のだが、ソードスキルは彼の反応速度で言えば遅く、構えと光を見た時点で対応されてしまう。仮に防御魔術を見てからスキルを選択しても、魔術は使用後の硬直が無いため、普通に距離を取られ、技後硬直の隙を突かれて終わりだ。

 そんな、魔法のバフカテゴリやシステムの制約、OSS制作時の利点をフル活用し、自身の反応速度までも利用した防御魔術だが、一点だけそれを無力化する方法があった。

 それこそ、ヴァフスがしたように『障壁に攻撃を当てない』だ。

 破る方法は無いが、避ける方法はあるのである。

 

 とはいえ――彼の間合いは、剣のそれではないのだが。

 

『ディスチャージ』

 

 ヴァフスが攻撃を無理矢理止めた瞬間、少年が詠唱を結ぶ。突き出されていた左掌から二色の閃光が放たれた。閃光は何に阻まれる事もなく霜巨人の体に直撃し、吹っ飛ばす。

 距離が開いた。

 キリトは詠唱で口を動かしながら、剣から弓へと武器を持ち替え、矢を番える。矢に赤い光が灯ると同時に指が離れた。炎そのもののように燃え盛る矢が、氷の床に倒れ込むヴァフスへと飛翔する。

 

『く――っ』

 

 直撃する寸前、ヴァフスが横に跳んだ。引き付けるためだったのだろう。炎の矢はヴァフスが直前まで居た床に着弾し、爆発。その余波だけが相手に与えたダメージだった。

 しかし、攻撃はそれで終わりでは無い。

 否――終わりなど、無い。

 間断なく矢と魔術の魔弾が迫る。直線、あるいは曲線を描き、霜巨人に迫る様はまるで弾幕だ。一つ一つは小さいが、数で補う事で躱せる隙間を潰している。そんな計算された弾幕を前にヴァフスは銀の大剣を盾にして凌ぐばかり。

 爆発、氷が砕ける音が響き、雷鳴と閃光が轟いた。

 銀の大刀に阻まれ床に落ちる鉄の矢と剣矢。それらはたちまち光に消えて、また霜巨人を襲う武器として装填される。

 

「……ねぇ、晶彦さん。これどっちがボスな訳?」

「キリト君は、昔から本気になったらメタを張るからな……」

 

 言外に、今更だよと返す。

 実際彼は本気――それも、一度戦った事がある相手には、ほぼ不敗の(メタ)を講じていた。それから逃れられたのはPoHとリーファの二人だけ。その二人ともが規格外の人間であると言えば、普通の存在には十分メタと言えよう。

 SAO時代のボス戦の光景を見ている筈だが、それでも中々受け入れがたいのか、彼女はまだ微妙な顔をしていた。

 そうだろうなと、内心で苦笑を浮かべる。

 SAOはレベル&スキル制を採用していた。これは従来のMMORPGの手法を流用した方が成功しやすいという見込みがあったからだ。

 旧ALOはそれに反しレベル制を排した完全スキル制を掲げていた。つまり種族によって役割がほぼ確定されるという状況だった訳だが、例えば猫妖精の姿で魔法を、水妖精で剣と魔法をバランス良くというように、個人の趣味嗜好で少なからずその制約と反する例も存在した。そのため運営を《ユーミル》に移行してからは、ソードスキルとレベル制――つまりSAO時代のシステムを導入し、諸々を刷新した事で、如何なる種族でもステータスの振り分け次第で独自のスタイルを確立出来るようになった。無論種族の特性はそのままなので、火妖精だと水魔法スキルは育てにくいといった得手不得手はあるが。

 しかし、レベル制とソードスキルなど多くのシステムが加わったとは言え、ボスは依然としてプレイヤーを遥かに凌駕する存在だ。それはあらゆるプレイヤーの共通見解、いや、それ以上の常識と言っても過言ではないだろう。

 だというのに彼は単独で対峙し、それも圧倒し続けている。ジリ貧になった時、プレイヤーはすぐ逃げるか、逃げるに逃げられず亀になって削り切られるかだが、その立場がヴァフスになっているのだ。

 この状況に至ったのには少なからず召喚武装(サーティーン)という反則級武器も関わっているが、現状それが最大限使われているのは武器の換装だけだ。換装は武器スキルの《クイックチェンジ》で対応出来るし、使っている魔術も威力よりはMP回復の回転効率重視なので連発出来ているという、その気になれば誰でも出来るスタイルを確立している。

 ある意味での効率重視。

 補給と攻撃の途絶えを生まないそれは、時に一方的に敵を追い立てる恐ろしい武器となる。

 それが余りにも一方的過ぎるせいで、プレイヤーとボスの関係が逆転しているように彼女には見えてしまったらしい。

 ――と、そう考えていると、ふと攻撃が止んだ。

 どうしたのかと思ったが、すぐに疑問は氷塊する。彼のMPが残り五割を切ろうとしていたのだ。

 彼が作った《魔術》は与ダメージの一パーセント分をHPないしMPに還元する付与効果を持っているが、ヴァフスの銀剣に阻まれ、攻撃範囲の狭い――つまり、コスパの良い魔法は悉くノーダメージで凌がれていた。爆発範囲の広いものだと回収分が使用分に満ちにくい。無論取り巻きが居れば別だが、今はヴァフス一体である。MPに余裕がある内に切り上げたという事だろう。

 弓矢だけでは難しいと考えたか彼は持つ武器を剣に変える。黒の峰と白の刃を持つ、出刃包丁の如き無骨な大刀。おおまかな形状で言えばヴァフスが持つ銀剣と似たそれを右手で握り、彼は大上段に構えた。ほぼ垂直に掲げながら右脚を引き、それでいてどっしりと腰を沈める。

 それを見て、内心で首を傾げる。

 構えとしては《片手剣》のバーチカル、《両手剣》のアバランシュに近いが、どちらでもない。片手持ちではあるが刃が真上に向けられている。アレでは発動させる前に、刃を後ろに倒して振る『振りかぶる動作』が必要となる。

 彼我の距離はおよそ二十メートル。

 ヴァフスの移動速度を考えれば、一秒半もあれば詰められる距離だ。それは彼が回避する事もそうだが、あの姿を見た限り斬り掛かる気満々である。しかし構えはヴァフスと相討ちになる事も危うい。

 いや、そもそも何故いまこの時に泰然の構えを取るのか。未だ銀剣を盾に動かないでいるヴァフスを、側面から武器召喚で貫く絶好の機会だというのに、何故。

 ――そこまで思考すると同時に、大刀に違和感を見出す。

 刃の周辺が陽炎のように揺らいでいた。

 

   ***

 

 ――強い。

 それが、それだけが、目の前に立つ剣士に対する評価だった。

 世界の時が戻る前も思った事だが、今回はより洗練されている事がよく分かる。とにかく隙が無い。刃を交えても攻めきれず、距離を取れば矢と魔法による絶え間ない連打に、僕は有効打を見出せずにいる。氷の盾で防ぐ事も考えたが、如何せん炎の魔弾には滅法弱い。盾として使ったところでむしろ隙を生むだけだと考慮の外に置いていた。

 体力はまだまだ残っている。体感的に七割弱。強引な手に出るなら今の内と言えるだろう。

 幸い(シロガネ)の大刀を盾にすれば殆ど防ぎ切れている。しかし隠れられるのもそう長くない、キリトなら間違いなく影からいぶり出す手を打つ。その確信がある。

 さてどうしたのもかと思考を回す。

 ――そこで、気付けば剣越しに伝わって来ていた衝撃が無くなっている事に気付く。

 恐る恐る様子を窺えば、武器を持ち替えていた。魔力が無くなったか、回復・温存の為に魔法の使用をやめたのだろうと判断する。

 それを好機と捉えるには十分だった。

 しかし――まだだ、と逸る衝動を抑え込む。

 前回、戦闘衝動のままに挑み破れてから、学んだ事がある。それはオーディンと競える智慧を捨ててはならないという事だ。論理を忘れてはあの剣士には勝てないという自分が見出した結論にして反省。

 彼と戦うには、いっそ慎重に慎重を重ねるくらいがいいだろう。

 不意打ちでも直撃を出せず、それから以降マトモに攻撃を通せなかった事実は、その結論を確たるものへと昇華させていた。

 だからこそ、狙うのは今では無い。

 キリト自身の身の丈を超える無骨な大刀を振るうには、それ相応のタメを要する筈だ。突くならそこ――“タメている瞬間”だ。

 (はら)を決め、ありったけの集中力をかき集め、少年の全身を注視する。並行してすぐに走り出せるよう姿勢を調節する事も忘れない。

 ――視線の先で、少年の腕が動く。

 その場に立ったまま、真上に立てられていた大刀がゆっくり振りかぶられ、後ろに引かれていく。

 

『――ォオオッ!!!』

 

 その瞬間、裂帛の声を上げ、突進を始めた。遠距離攻撃を受ける事を考慮しない攻めの姿勢。否――反撃すら許さぬ、霜巨人の猛撃。

 真っ直ぐ正面を見る。

 少年と視線が交わった。その黒い瞳に引き込まれそうになる引力を一瞬感じたが、すぐ現実へと意識を引き戻される声が放たれた。

 

『――ふんッ!』

 

 氷の広間全体を一瞬だけ震わせ、貫く大音声。

 ずしん、と重い音を轟かせ、少年の左足が氷の床石を踏みしめた。薄く漂っていた冷気の靄がそれだけで吹き散らされる。

 そして恐ろしく速く、それでいて泰然とした動きで、華奢な腰、胸、肩、そして腕が回転。まっすぐ掲げられていた剣はまず右に倒れ、次いで真横に振るわれる。

 凡俗の剣ではない。

 図体ばかりデカい邪神に取って食われる弱者とは違う、全てを斬り裂けると思えるほどの鋭い一閃だった。

 だが――それが振るわれたのは、まだ間合いの外に居る時だった。僕が間合いに入るタイミングをズラしたのではない。明らかに速過ぎるタイミングで、キリトが大刀を振るったのだ。

 すわ斬撃が飛んでくるかと身構え――しかし、僅かな振動すら感じなかった。

 では、何の為にキリトは剣を振った? 斬撃を飛ばすためではないのか? あるいは、その行動で何らかの魔法を発動する為ではないのか?

 何故、何故、と思考が回る。

 

 ――ザンッ! と、音が響いたのはその時だ。

 

「……ぇ?」

 

 予想外の振動と衝撃が体を襲った。

 発生源は胸元。しかしそれを確認する間もなく、僕は突風にあおられたボロ切れの如く吹っ飛び、何回転もして宙を舞った。氷の床に落ちて、放射状に罅が走る。

 その時には駆け出す前と同じ距離まで離されていた。

 ちらりと胸元を見下ろす。霜巨人伝統の衣装には、左肩から右腹に掛けて深い斬撃痕があり、そこから赤い光――体を構成する魔力が散っていくのが見て取れた。溜めた魔力を費やし傷を塞ぐが、そのせいで体力を使い、疲労感が増す。

 その疲労感を押し、ふらつきながら体を起こして、声を絞り出す。

 

「いまの技は、いったい……?」

「言っただろう、全力を出すと。俺はただ素振りで空気を斬った訳でもタイミングを間違って空振りした訳でもない。ヴァフスが突っ込んでくる軌道に沿うように、斬撃を置いたんだよ」

「ざ、斬撃を、置くだってぇ……?」

 

 そんな物を置いて来たみたいに軽く言われてもと、困惑が胸中に浮かぶ。斬撃なんてせいぜい飛ばすのが関の山。なのに速度を削り、特定の箇所に留めておくなんて芸当、出来る訳が無い。

 しかし、現象としては確かにそう言えた。

 自分が吹っ飛んだのは、間違いなくキリトが剣を振り抜き切った後の事だった。しかし斬撃の間合いに入った途端、まるでその瞬間剣が襲って来たとでもいうように、僕の体は深い傷を受けた。物理的にキリトの剣で無いなら、彼が言ったように剣によって発生した斬撃の威力そのものが空中に留まっていたと言うべきだ。

 そこで戦慄を抱く。さっきよりも、掠れた声が口から出た。

 

「君は……まさか、時間を操れるというのかい……?」

 

 剣による攻撃を命中させるには、《正しい場所》を《正しい瞬間》に斬らねばならない。場所と時間のどちらがずれても剣は敵に当たらず、従って何も斬れない。

 しかし彼は、場所はともかく、時間をズラして斬撃を届かせてみせた。

 あの空間に発生した斬撃を留めておくにはつまり時間を操る力を持っていなければならない。剣を振り終えた後も、その軌跡に威力が残留する。

 言い換えれば――未来にその場所に存在するであろう敵を、斬る。

 恐らく一度の剣戟で残せるのは一つだけだろう。外見的にはどの魔法にも劣る地味なものだが、しかしそれは恐るべき力だ。あの剣が通り過ぎた場所が全て致命的な空間へと変質してしまう。

 もしキリトが操れる力が《時空》――すなわち、空間も含んでいるとすれば、彼の斬撃は《広さ》をも拡張できるという事で、魔法を使わずとも面制圧力を有する事になってしまう。剣と剣の接近戦などとても挑めたものではない。

 しかし、彼は幸いにも――それが真実かは不明だが――首を横に振った。

 

「時を止めるとか速めるとか遅めるとか、完全に神の領分だろ。それに“斬撃を置く”というのも言葉の綾。実際は風の刃を留めておいただけだ」

「……それも、どうかと思うけどね……」

 

 風は空気を切り裂き進むからこそ無形にして“刃”を保つ。だというのに停滞しているものを風の刃と呼ぶのは適切でないと思う。

 その不満を見透かしたか、キリトが大刀を担ぎ、片頬を釣り上げた。

 

「ふふ、随分効いたらしいな。ヴァフス対策にと戻って来てから即行で作った甲斐があった」

「……それ、僕対策だったんだ」

「ああ。まぁ、他にも何人かの対策で作った面もあるが……」

 

 そこで、キリトの視線が斜め下に向けられ、すぐに戻る。

 

「……ヴァフスならこれを受けても遠距離で戦おうとはしないだろう? むしろコレを使わせて、俺の移動を制限しようと策を練る筈だ、接近戦でな」

 

 くすりと微笑んでのその言葉に、ふはっ、と苦笑が漏れた。

 ああ、まったく――本当に見透かされているらしい。

 

「まあね。多分それを見た連中は、大半が遠距離から攻めようと思うだろうけど……生憎僕の武器はこっちだから」

 

 そう言って、吹っ飛ばされる時も手放さなかった銀の大刀を誇示する。

 氷や闇の魔法も使えはするが、自分にとって最も強力な武器と言えば、それは剣を使った接近戦であると断言できる。ただし元の大きさに戻っての質量勝負を仕掛けるのは、仮令接近戦でも悪手だ。死角が多い上に良い的にされる。だからサイズを合わせて的を小さくする方がキリト相手にはまだ良い。

 とは言え、キリトが強い事には変わりない。

 しかも斬撃を置くという事までし始めた。当たる直前まで分からなかったという事は、無色透明の斬撃という事で、これはもう直前に剣が振られた場所くらいしか覚えておけない。

 そもそも斬撃が置かれる剣戟と置かれない剣戟の違いもハッキリとは分かっていないのだが……

 ――無論、それで勝負を諦める気なんて、さらさら無い。

 分からないなら、分かるまでやるだけの事。

 霜巨人は極寒の世界で生まれ、生き、戦ってきた一族だ。強さを求めるにあたって未知だからと避けて通る術は無い。

 命を懸けて戦うからこそ得られる強さがある。

 窮地に陥って初めて見出せる高みがある。

 そして、それはいまだ。たった一人の妖精に手も足も出ていない今こそが、僕にとっての窮地だ。いまこそそれを見出し、壁を踏み越えなければならない――――

 体を起こし、剣を構える。両手で握ったそれを大上段に翳す。

 橙色の光が広間を照らす。

 キリトの眼が、光を纏う銀剣に向き、眇められた。

 

「アバランシュ……前回通して技を使わなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」

「前回も今回も、単純に使う余裕が無かったんだよ。構えなんて悠長に取ってたらその瞬間に蜂の巣さ。けれど、いまなら……」

 

 そう、いまなら、きっと届く。

 極寒の世界を生き延び、霜巨人軍の将へと抜擢される強さを得た自分の剣を振るい、届く時だという予感があった。キリトが万全でない事は刃を交える間に分かったが関係無い。それも含めての死闘だ。

 全てを利用して、自らの優位を導き出して――

 そして、勝つ。

 勝って強さを証明する。

 それだけが、霜巨人に許された生き方だから。

 

 だから――どうか、応えて欲しい。

 

 これまでのキリトなら、いっそ無慈悲なまでに召喚した武器や数々の魔法で隙だらけな僕を打ちのめしただろう。そしてそれを非難する事は出来ない。それもまた戦いの一顛末に相応しい事だから。

 けれど、それでも彼に応えて欲しいと思う。

 霜巨人、あるいは丘巨人の眷属を、集団とは言え倒せるようになってきて、最近はオーディン達アース神族らも目を掛け始めた妖精族の台頭。おそらくは、その筆頭であろう少年の剣と強さを、全てを知った上で、僕は死にたい。それでなら本望なのだ。

 その為には剣で応えてもらわなければならない。

 往なすのではなく、捌くのでもなく、読み合いでの剣戟でもなく。

 ただ全霊を込めた技で以て、応えて欲しい。

 その強い願いが通じたのだろうか。

 あるいは剣士としての魂が呼応したか。彼は大刀を消しこそしたが、代わりに象徴的な黒色で染め抜かれた直剣を取り出した。

 直剣は一本。最初の《二刀流》でないという事は、力技や連撃よりも、一刀の取り回しと素早さを取ったのだろう。つまり彼が《アバランシュ》と称した僕の技《テンザンレッパ》が先に届くか、彼が選んだ一刀の技が先に届くかの勝負。

 ――鍔迫り合いは出来そうにないか。

 ちょっと残念と内心で思うが、真っ当に応じてもらうだけまだマシだと気を取り直す。

 視線の先で、キリトが持つ黒剣が後ろに引かれ、僅かに青い光が迸った。

 

「――ハァァッ!!!」

 

 その刹那、裂帛の気合を迸らせ、剣と体を動かす。

 地を蹴り距離を詰めながら、眩い橙色に輝く銀剣を上段から振り下ろす。

 その時には、キリトも動き出していた。最小限の構えから青い光芒を引く剣技が放たれる。強めの踏み込みで加速し、飛び込み気味で袈裟掛けが放たれた。

 その一撃が、銀剣と衝突し、ギャィン! と甲高い金属音と共に真下に叩き落とされる。

 ――どういう事だ?!

 先に斬り付ける速度勝負だと思っていただけに、こちらの剣に剣をぶつけてきたその所業に意表を突かれる。しかし発動した《テンザンレッパ》は止まらない。光を放つ剣技は、不思議な事に動き出したが最後止まらない特性があるのだ。

 だから銀剣は、剣を叩き落とされた隙だらけの少年に襲い掛かる――前に、二度目の衝撃と音。

 眼下からは青の光が迸り、斜め上に剣尖が走っている。それが二度目の衝撃と音の正体だ。《テンザンレッパ》の威力と速度が流石に鈍るが、まだ止まる程では無い。

 しかし、青の光に包まれたキリトの剣も、まだ止まらない。彼から見て剣は右上に跳ね上がったが、その勢いに逆らわず、くるりと回ったかと思えば、今度は逆袈裟に振るって来た。

 ガギィッ! と一際鈍い音が響き――果たして、銀と黒が()み合った。

 

「ぬ……ぁあッ!」

「う……おおッ!」

 

 自分とキリトの唸り声が同時に漏れて、互いに相手の剣を弾こうと力を振り絞り始める。

 種族的な関係で絶対的に自分の方が力は上。剣の重さ、恐らく技の重さも上だ。しかしその総合力をあちらは技の連撃数で埋めてきた。一撃目、二撃目の衝撃で《テンザンレッパ》の衝撃を軽くし、三撃目で互角になるよう狙っていたのだろう。

 だとすれば――これは、自分が当初望んでいた状況ではないか。

 一太刀の斬撃に対し、超精密度な斬撃を三度もぶつけるという技術は、霜巨人でも寡聞にして聞かない。そもそも力技で押し潰すスタイルが殆どのせいだろう。

 しかしその差異――自分には無いその技術こそが、キリトの、ひいては妖精達が持つ“力”ではないか。

 ならば、これを破り、生き、学び取ってこそ、更なる強さを得られるのではないか……

 

 ――であれば、尚の事負けられない。

 

 ――否……負けたくない!

 

「あ――ぁああああ……ッ!!!」

 

 体を動かす見えない力に、自分自身の力を足す。上背があるから上下の理はこちらにある。しかし、中々押し切れない。結ばれた剣の交差点が白熱し、細かいスパークが散る。

 巨大な圧力を受け留めている氷の床が放射状に罅割れ、みしみしと悲鳴を上げている。

 既に均衡状態は五秒を上回っている。正直ここまで技を使って拮抗した事はない。何時まで見えない力の補助があるかもわからず、仮にこちらが先に無くなれば逆に押し切られるのではという予感が頭を擡げ始める。

 その予感を押し殺し、両腕に込める力をさらに強める。ギリギリと青の柄が軋みを上げる程の強さだ。

 流石に仕切り直すべきか――と考えた、その時。

 僕は、予想だにしなかったものを見た。

 影妖精(スプリガン)の剣士キリトの左右や背後に、朧気に透き通った体の影が浮かび上がったのだ。心なし光を帯びているようにも見えるそれらの数は数え切れないほど多い。しかし、彼のすぐ近くにいる面々だけは見分けられた。

 スリュムの方へ行かせた、彼の仲間達。

 ――記録(きおく)が蘇る。

 確たる意識が無く、混濁としていた夢を、一撃で引き裂いた光の渦。それから伝わって来た幾つもの情景と、温かななにか。

 それは、眼前の剣士の背後に浮かぶ人影が、彼の背負う全てである確信となった。

 キリトという個が背負うものの真の姿。

 強さの、真の源泉――――

 

 ――俺は……安易に、負けられないんだよ!

 

 そんな咆哮が聞こえた気がした、次の瞬間、僕の両腕をこれまでに数倍する圧倒的な圧が襲って来た。あちらは片手で剣を握っているだけだというのに空恐ろしい膂力の発露だ。

 間違いなく、この鬩ぎ合いの勝利を渇望した事による覚醒だ。

 最早星光にも等しい青の輝きを纏った直剣が、こちらの銀剣をギリギリと軋ませながら僅かずつ押し込んでくる。懸命に踏み止まろうとするが踏み抜いた氷の床を後退しながらめくれさせていく。

 あと一歩分後退させられたら、姿勢を崩しかねない。その瞬間剣を弾き飛ばされ、深々と斬り裂かれるだろう。

 体感的な体力はまだ半分も減っていないが――その瞬間、決定的な敗北をする確信がある。

 それもまた本望ではあるが、諦める訳にはいかない。

 

「僕だって……簡単に、負けられないんだ……!」

 

 何年、何十年と過酷な世界を生き延びてきた霜巨人としての全てが“強さ”に凝集されている以上、敗北は死であり、それまでの生の否定だ。故にただの一度も敗北は許されない。

 それ故に全ての巨人族は強さを求める。

 スリュムのアルヴヘイム侵攻も、不老不死を手に入れて己の強さを確固たるものにする野心故だ。

 あの王は霜巨人族の為でなく、自分の為にのみ動く。いや、僕を含めあらゆる巨人族がその在り方を許容している。そうでなければ生きられなかったから。

 生きる為に強さを求めるのか。

 強さを得る為に生きるのか。

 霜巨人にある差異は、きっとそれくらい。

 ――そして、自分は後者だ。

 敗者にあるのは死だ。だからこそ、僕は勝者であらなければならない。勝ち続けなければ強さを探求出来なくなる。その敗北が無かった事になった今こそ、全力を以て挑むべきと判断していた。

 

「お……おおおおおおおッ!!!」

 

 あらん限りの筋力と意志力を振り絞り、右足を一歩――前へ。

 ずん、と踏み込んだ途端、二本の剣の交差点に凝縮されていた圧が、密度に耐えかねたかのように弾けた。まるでキリトの炎魔法の爆発に等しく、僕もキリトも揃って後方へ弾かれる。

 しかし、やはり倒れる事は拒否し、前傾姿勢を保ったまま踏ん張る。氷の上でも滑りにくいようにと加工した革靴の底が床の氷と擦れ、摩擦で痕を刻み、煙を上げた。それぞれ二本の削り痕を刻みつつおよそ十メートルの距離で後退が止まる。

 双方とも、剣は大きく跳ね上げられたままだ。

 僕の《テンザンレッパ》は単発技のため、役目は終わったとばかりに橙色の光が喪われていく。

 しかし――キリトの剣は、未だ青い光を保ったままだった。まだ終わっていないのだ。ここまで姿勢を崩す爆発を受け、後退していて、尚。

 僕は動けない。技を放った後特有の動かせない時間に縛られている。

 ――多分、動けたとしても動かなかっただろう。

 

「せいあああああッ!!!」

 

 短い気勢を迸らせ、キリトは氷の床を蹴った。後方に大きく振りかぶっての袈裟掛け。あの思い切りの良さからするに恐らく全部で四連撃だったのだろう。三撃で破ってからこれで仕留めようと企てていたのだとすれば、相当な策士だ。

 武威はオーディンを超え。

 知略は僕を超え。

 ――これほどの剣士に破れるなら、悔いはないかな……

 自然と、そんな思考が浮かんで、僕は彼の剣戟を待った。

 

 






・ヴァフスルーズニル
 ”強さ”を追い求めている霜巨人族の将軍。
 過酷な世界を生きてきた霜巨人族の中で、『強くなるために生きる』という目的と手段が逆になっている節がある。キリトに執着していたのは、妖精の中で一際強いキリトの強さの本質を知りたかったから。
 《クラウド・ブレイン》の影響を受けたALO版コピー・カーディナルのポンコツっぷりが露呈し、瞋恚現象がモロに発生している。

 ――《テンザンレッパ》とか霜巨人のストーリーとか、もろアンダーワールドですが。
 本作まだアンダーワールド作成されてないので、ALONPC達のバックボーンとしてカーディナルが自作して、それが反映されてると考えて下さい。
 技名に漢字振られてないのもその一つ。
 尚、名前そのものは作者がメンドくさがっただけの模様(下手に変えても分かり辛い上に混乱するし……読みやすさ、覚えやすさ第一!)


・キリト
 どこぞの騎士長(ベルクーリ・シンセシス・ワン)と同じコトをした主人公。
 無論《魔術》で斬撃トラップを仕掛けただけ。召喚武器で置きトラップする思考があるなら、こうやって斬撃トラップの《魔術》を作ってもおかしくない。主に接近戦大好き勢対策で作った模様。候補としてはリーファ、ユウキ辺りか。
 ちなみに《魔術》扱いなので魔法攻撃は防げるのだが、斬閃が狭いので、あまり盾にはならない。
 敵が同サイズの場合は近距離は反応速度を活かした物理攻撃と斬撃トラップ、遠距離は《魔術》と弓矢の弾幕制圧で敵を完封する。図体がデカい場合は《継続ダメージ戦法》適用。


・茅場晶彦
 若干《燃え尽き症候群》気味の苦労人。
 積極的に仮想世界には関わらず、行く末を見守る方針なのはやる気が無いからだった模様。
 神代凛子が、何故自分を愛し続けてくれているのか疑問を抱いている。
 同時にその辺りで疑問を抱く自分自身に欠陥があるなと感じている。
 その疑問と自覚が堂々巡りに陥っている模様()


・魔術
1)
名称:フォース・バリア
動作:剣を斜めに翳して防御姿勢
詠唱:――
消費:MP5%
効果:氷・地属性の物理・魔法障壁展開。
   攻撃受けると水二割・雷八割の魔法ダメージで反撃。
   与ダメージの1%HP・MP吸収


2)
名称:刃置き
動作:真上に剣を掲げ、両手持ちで剣を左薙ぎにフルスイング
詠唱:――
消費:MP10%
効果:風二割・光四割・闇四割属性の魔法ダメージ。
   与ダメージの1%HP・MP吸収
制限:両手剣限定


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。