インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
ヴァフス戦決着!
視点:菊岡、ユウキ、ヴァフス
字数:約一万三千
一部
ではどうぞ。
二〇二五年五月十七日土曜日、午後十時四十三分。
【黒の騎士】キリカが率いる集団が聖剣を台座から抜こうとしている時、第三層の広間では【解放の英雄】と霜巨人ヴァフスルーズニルが死闘を繰り広げていた。
途中でスリュムの影らしき存在が横槍を入れ、白銀の巨人が黒銀に変化したが、戦いはそのまま続いている。
《王》としてのヴァフスだという黒銀の巨人の猛攻は苛烈を極めた。純粋な身体能力は変化を経てより高まり、一瞬にして詰める距離は長く、また一太刀の威力も増している。中継は俯瞰視点で映っているので画面から見切れる事はまず無かったが、一視聴者としては
しかし【解放の英雄】――二刀の剣士キリトも、負けていない。
両手に握る黒と緑の剣に闇と光を灯し、縦横無尽に駆けるヴァフスと対等の速度で渡り合う。移動速度でこそ劣りはすれど反応速度は未だ翳りなし。二刀を巧みに操り、前に後ろにと振るわれる黒銀の大刀を阻み、時に反撃を入れていた。
『氷よ! 我が意に従え!』
剣が弾かれ、両者の距離が開いたその時、ヴァフスが新たな手を打った。黒剣を床に突き立てて、部屋のそこかしこに氷柱を作り上げる。それに留まらず、せり出た氷柱は人型へと整形される。出来上がったのはスリュムが作り出していた氷のドワーフ像だった。
形はスリュムが出したものと同じ。違いがあるとすれば、それは作り上げられた数。スリュムの時は
たちまちキリトは敵に囲まれた。
――だが。
氷のドワーフ像がその力を振るう事は無かった。動き出すよりも速く頭部を穿たれ、粉砕されていく。少年が虚空に呼び出し、放った数々の武器による攻撃だ。
自在に武器を出し入れする召喚武装を持つ彼に、およそ物量作戦は意味を為さない。
恐ろしいのは背後を見てもいないのに、そちら側のドワーフ像を正確に破壊した事か。恐らく音でおおよその位置を把握したのだろうが、それはそれで空間把握能力の凄まじさの表れだ。
しかし当の少年は王ヴァフスを警戒したまま不動の姿勢を貫いている。
『――ハハッ!』
それに霜巨人が歓喜の
黒銀の大刀が、大きく横薙ぎに振るわれる。
彼は自身の身の丈を超える大刀を
『魔剣、解放』
衝突の余韻が消える前。ヴァフスが新たに手を打つよりも速く、キリトの方が手札を切った。
口ずさまれたのは、恐らくは《魔術》発動の為の式句。たった二言のそれをトリガーとして、彼が両手で握る黒の直剣から闇が噴き出した。同時に頭上のHPゲージが目減りを始める。自身の
一見して、それは闇のオーラでリーチを伸ばすだけのように見える。
だが、発動直後は違ったようだった。『剣から噴き出した闇』が黒銀の大刀を跳ねのけ、更にヴァフスの体をよろめかせた。
その一瞬の隙に、キリトが踏み込む。
『フォールブランド――――ッ!!!』
横一閃。振り抜かれた剣の軌道に沿って、闇のオーラが放出される。波濤の如き膨大な闇は、容易く霜巨人を飲み込んだ。そのまま闇の波濤は氷の広間の壁に衝突。数秒の衝突の末、轟音と共に壁には大穴が開く。
少しして闇が晴れ、扇状に床の氷が削られ壁に大穴が開いた広間に――果たして、霜巨人は未だ健在だった。
黒銀の大刀を杖替わりにする霜巨人の体からは、しゅうしゅうと紫煙が
全体としては、やはりポテンシャルでヴァフスに軍配が上がる。剣のみの尋常な勝負に於いてはキリトも緒戦のように防戦一方だろう。元々復帰して直後の彼の容態は決して良いとは言えず、戦いが長引くほどジリ貧になる事は想像に難くない。
だからこそ、《魔術》を絡めた戦い方には個人的に安堵を抱いたのだが、どうやら戦いはまだ続きそうだ。
キリトのHP、MPは、いまの《フォールブランド》により全回復している。
ヴァフスは五本ある内の実に二本を一気に消し飛ばされ、ゲージは黄色へと変わっていた。
割合で言えば十割と五割。このままいけばキリトの勝ちになるが、しかし忘れてはならない。感情豊かのため非常に忘れやすい事だが、ゲージを五本持つヴァフスの扱いは《ボス》である。体力が半分を割った以上、これまで以上の苛烈な攻撃手段が加わる筈だ。
それを自覚しているのかいないのか、黒の霜巨人は獰猛な笑みを浮かべ、立ち上がる。黒銀の大刀を片手に突進の姿勢を取った。キリトも警戒するように片手直剣を両手で青眼に構える。
――ALOの装備条件は、SAOのそれより幾らか緩和している事は周知の事実だ。
最たる例は、《二刀流》スキル無しに片手武器を両手に持っても、それぞれの手でソードスキルを撃てる例だという。しかし根本的な条件は変わっていない。両手武器は両手で、片手武器は片手で持っていなければ、システムにスキル発動条件を満たしたと認められず、結果ソードスキルを撃てなくなるからだ。それを回避しようと、大柄なプレイヤーは装備タブを介さないで直接盾に腕を通し、両手武器を持つ事で、盾持ちの耐久性と両手武器持ちの攻撃力を両立した人もいるというが、それは極めて異例な話。
当然片手直剣を両手で持てばスキルは発動しない。通常攻撃と言えど、彼の剣速はソードスキルのそれを遥かに上回っているので、速度倍率はとんでもない高値を示している。しかしボスに有効打を入れるには非効率的と言わざるを得ない。召喚武装に登録していると耐久値はHPと連動するので、途中で武器破損に至る心配が無いとは言え、それでも長期戦を覚悟しなければならない。
無論、いまの彼の容態的に、長期戦など愚の骨頂。
しかし――おそらく、それを踏まえた上で、彼はソードスキルを使う選択肢を除外したのだろう。
純粋な剣での勝負に執着しているのではない。もしそうだとすれば、彼は《魔術》すら使わなかった筈だ。あれは彼なりの本気の姿勢なのだ。
彼からすれば、仮令《片手剣》と言えどサイズで言えば、大人にとっての
ぴりぴりと出方を窺うにらみ合いが一秒、二秒と続き、三秒に至った時、状況に変化が訪れた。
スリュムヘイム最下層の聖剣を《要の台座》から抜いた事で、世界樹が成長を再開し、氷の城全体を揺らし始めたのだ。速さを強みとする彼らにとって足場が揺れるのは機動力を削がれるに等しく、
ビシリ、と壁に開いた大穴から、亀裂が広がった。
直後、斜めに二分する形で部屋の半分が崩落した。崩落していく部分は黒銀の巨人が立っていた場所。先の大穴を開ける衝撃で脆くなっていたのだろう。徐々にヴァフスと氷の部屋の半分が落ちていく。
しかし、霜巨人ヴァフスは、自分の意志一つで世界の初期化に抗い記録を保持した特異なAIだ。更にスリュムの影響も受けている。
部屋が落ちるからと言って決着が付く筈もなかった。
崩落する最中の床を蹴り、キリトが立つ部屋の半分へとヴァフスは飛び移る。その際、ヴァフスから見てせり上がる壁の三層床の端を斬り崩し、ショートカットをしていた。刻まれた床の氷は
それは彼が難を逃れようと外に飛び出すまでのわずかな間の出来事だった。
迫る飛礫を斬り払い、直後襲い掛かるヴァフスの大刀を黒剣で止める。火花と剣音が散り、拡散した衝撃が氷の床を陥没させた。
少年が後退する。ヴァフスがそれを追って大刀を振るう。すると銀剣の直線状に鋭い斬閃が走り、崩落して半分になった広間を細切れにし始めた。おそらくそれが《ボスとしてのヴァフス》の体力が半減した時に発揮されるパターン変化。見た目以上のリーチで攻撃する能力。ショートカットで床を斬り裂く時に見せた斬撃も、一度剣を振っただけで氷を飛礫に変えていた事から、斬撃は複数出せるのだろう。
切っ先の延長線上の全てを斬り裂く斬撃を、彼は躱し、あるいは黒剣で相殺しながら捌き続ける。
しかし後退しながらだ。樹の根に抱えられている部屋も残りわずかとなる中、後退を続けていた彼はとうとう壁際まで追いやられた。
『……チィッ!』
背中に氷の壁が当たって激しく舌を打った彼は、間際まで迫っていた大刀の横腹を直接叩いた。軌道が逸れたその隙を突き、彼はヴァフスの横を走り、剥き出しになった外に飛び出た。
彼が氷の城を囲っていた樹の根を伝った時、ヴァフスもまた同じように崩落する部屋の床を蹴り、蠢く樹の根に飛び移る。
戦場は、氷の城の一室から、瞬く間に移り変わった。
『キリトォ!!!』
『……!』
常に変化し続ける樹の根を足場にヴァフスが駆けあがる。霜巨人としての膂力を存分に発揮し、一息に何十メートルと駆けのぼるヴァフスは、すぐに先行していたキリトに追い付いた。名前を叫び、斬り掛かる。攻撃を知らせるような叫びを聞いて、キリトが身を翻し、不安定な足場で黒銀の一閃を受け留めた。
地響きと轟音の中で、甲高い剣音が響く。
次いで、キリトが立つ場所を中心に樹の根が僅かに陥没し――一瞬後には、元に戻った。生命力の源と設定されている世界樹の根は仮令傷付けられようとも、要の台座に突き立てられていた聖剣のように元に戻る部位同士を分断され続けない限り、すぐ再生するのだろう。
キリトとヴァフスの眼が、すぐ戻った足場の根へと向けられ、互いへと戻された。
そして激しく斬り結び始める。
その間も、当然ヨツンヘイムの大穴――かつて《ウルズの泉》だったのだろう場所に根を下ろそうと、世界樹は動いている。一際強く根が波打ち、その上で戦っていた二人が宙に放られた。
踏み締める足場の無い空中で向かい合う二人は、しかし戦う手を止めない。
『氷よ!』
『舐めんな!』
黒銀の巨人が大刀でぐるりと周囲の空気をかき混ぜ氷の
その青を食い破るように鈍色の
『――アッハハッ!』
ヴァフスは、自身の一手を完全に潰されたにも関わらず、哂っていた。楽しそうに声を上げる。
その獰猛な笑みを浮かべたまま、空中で剣を大上段に構えた。橙色の光と共に斬り掛かる。
ソードスキルは空中で発動した場合、慣性や重力といった物理現象の
彼は、霜巨人の突進斬りを受け留めた。すると彼の背後にあった樹の根に大きな一文字の斬閃が刻まれる。彼が止めた部分だけを残した形だ。仮に直接戦闘していた場合、前衛タンクが防いでも後衛に攻撃が届いた訳だ。後衛職プレイヤーとして舌を巻く。
それを他所に、彼は蠢く樹の根へと吹っ飛んでいた。敢えてそうしたのだろう。防御だけした彼は、樹の根に着地するや否や上に向かって跳躍を繰り返す。
ヴァフスも、彼を追って樹の根を伝い、跳び上がり、昇っていく。
――その姿に、僕は眼を眇める。
ボスとは言え、それを理解した上で発動したのであれば、ヴァフスのAIはやはり特異なものと言えよう。元は他のAIと同じだった筈だ。だからそこから変わったと考える。
原因は、考えるまでもない。
キリトという少年が関わったから、ヴァフスは彼に執着し、記録を保持した。あのスリュムすらもキリトの記憶を持っている素振りを見せる程の強烈さ。彼の存在が、ただ消費されるだけだったAIに自我を持たせ、独自に動く思考を与えた。然して高性能でないだろうAIが独自に動くようになった現象は、最早進化と言っても良いだろう。
人でないのに《クラウド・ブレイン》という総体意志の核となったホロウと言い、SAO時代に崩壊しかねない自我を保ってみせたキリカと言い、彼は本当に興味深い対象だ。
頭と胃の痛みを遠ざけながら、本格的に不可欠な存在だと改めて認識した。
視線の先では、アルヴヘイムの地殻にしてヨツンヘイムの天蓋にしっかり根を張る部位に戦場を移した二人が、三度対峙したところだった。
***
アルゴから教えられ、中継動画を見始めたのは、天蓋にしっかり根を張って動かないところで対峙した時だった。
崩落と蠢く根の轟音、振動が響く中、相対する二人は静かに向き合っている。
その立ち合いに、言葉は無い。
キリトは左手にまた剣を取り出し、二刀を構えた。対するヴァフスは左半身を前にして、右腕と水平になるよう黒銀の大刀を持ち上げて構える。チャキ……と三剣が音を鳴らしたのが、何故かよく聞こえた。
『ッ……!』
先に動いたのは、黒の霜巨人ヴァフス。ヴァフスは構えていた黒銀の大刀を振りかぶり、左斜め上に振り上げた。キリトはそれに対し高く跳躍し、上下を反転させながら黒剣を振るう。紙一重でヴァフスは避けるも、前髪がちりっ……と斬れた。
すたんっ、と床に足を付けたキリトは、直後ヴァフスと刃を交え始めた。
一刀一刀を大切にするかのように、緩慢ではなく鋭く速く、しかし見えない程までの神速では無い速さで二刀を振るい、ヴァフスの一刀を真っ向から捌く。
十、十一、十二と刃を交え、十三度目で鍔迫り合いとなった。
ギャリィ! と激しく火花と燐光を散らしながら鍔迫り合う。数秒の後に一旦離し、大上段から二人は剣をまたぶつけた。そしてその衝撃によって後ろに弾かれる。
『は……ぁぁぁぁああああああああ!!!』
後ろに弾かれたキリトは体勢を立て直しつつ、右肩に担ぐようにして黒剣を構えた。直後にあの深紅の輝きを持つ上位剣技が発動し、凄まじい速度と共にヴァフスへ向けて超速突進を仕掛ける。
しかし、その突進突きは刃を掲げて捌かれたことによって不発に終わる。
キリトは丁度背後で背中を向けるという致命的な隙を晒した。
『貰った……!』
スリュムを思わせる、酷薄な笑みを浮かべたヴァフス。背後に向き直り、大上段に黒銀の大刀を構えた。
刀身には黄色の光が宿る。放とうとしているのは、《両手剣》初期単発技《ブラスト》だろう。上位剣技《アバランシュ》に比べれば威力も突進距離も劣るが、その分、発動も硬直も短時間で済む。
『――なッ?!』
しかし、それが当たる事は無かった。大上段から黄色を纏った黒銀の大刀を振り下ろすより一瞬早く、キリトは左の剣に蒼い光を宿らせ、振り向きざまヴァフスの左脇腹を抜けるようにして斬っていたのだ。つまりキリトは、右の剣による深紅の突進突きが終了した途端、今度は左の剣に蒼白い光を纏うソードスキルを発動させたという訳である。
キリトの二連続目の技はそこでは止まらず、今度は跳び上がりながら背中を斬り上げ、続けて振り返ったヴァフスの左肩から背中に掛けてを手首を返して翡翠の剣を振り下ろすことで斬り裂く。また振り返りざまに黒銀の大刀を振り下ろすも、ろくに力を溜めてもいない剣閃はキリトが先読みしてしゃがんだことで当然当たらず空を切り、その隙に左斬り上げに翡翠の剣を振り上げた。
直後に蒼い光が四方にパッ……と浮かぶ。
《片手剣》四連撃技《バーチカル・スクエア》だ。
――大丈夫なのか、と心底心配になった。
使えるようになったから分かるが、《
今にも意識不明になるのではと、ハラハラと嫌な冷や汗を流しながらボクは動画を見続ける。
見続けるしか、無い。
――四連撃目を決めた彼は、続けて右手の剣に蒼い光を宿らせ、ヴァフスの右、背後、左、そして前方の四方を回転しながら斬り裂いた。
直後、今度は床と並行に四角形がパッ……と散る。
《
《片手剣》四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》。
『は……ぁぁぁあああああああ!!!』
また左の剣に、今度は吹き出すかのように血色の光が灯った。光を纏った翡翠の剣は勢いよく右に流れ、霜巨人の肉体を斬り裂く。鳩尾のところで一度止まり、ぐるんと刃が回され、真上に切り上げられた。そして返す刃で振り下ろされる。
《剣技連携》四回目。
《片手剣》重攻撃三連撃技《サベージ・フルクラム》。
『く……っ!』
ヴァフスは仰け反りながらも体を動かし、剣を翳した。
キリトの
『まだだ……!』
漆黒の剣に、紫色の光が宿り――――次の瞬間、その光は黄金を中心に赤黒、蒼白、藍色、翠、深蒼、青、白、銀、薄紫の合計十色が渦巻く光輝となった。
その光輝を宿した、もはや漆黒には見えない剣をキリトは連続で突きだした。右斜め上から左斜め下へ五つ、交叉するように左斜め上から右斜め下へ五つ、続けて左から右、真上から真下へ五つずつの穴が瞬く間に穿たれる。
そこまでで二十連撃。当然《片手剣》の既存スキルには存在しないそれは、彼が作ったオリジナル・ソードスキルに違いなかった。そして自分のを参考に彼自身が作り出した絶技だ。二秒の間に叩き込まれた二十の刺突は、彼の限界速度がかつての
そして最後。十字と斜め十字からなる四閃の交叉する一点目掛けて、キリトは強烈な突きを放った。
その突きは十色の輝きを纏った巨大な閃光を発生させ、ヴァフスの体を深々と穿ち、爆発。色取り取りの閃光が視界に踊る。
ヨツンヘイムの天でも眩い光が瞬いた――
『――まだ、だァッ!!!』
――しかし、ヴァフスはまだ斃れなかった。
五本あったゲージは残り一本となり、色も赤色になっていたが――それでも、あと
黒銀の大刀を両手で持っていたヴァフスは、右腕を斬り落とされようと、左手で握り続けている。それを振りかぶった。
そこでキリトも硬直から回復した。
霜巨人の体を深々と穿つ黒剣を抜き、後退する。その時に、彼は右半身を強く引いていた。代わりに左半身を前に出していて――長大な大刀は、左肩を斬り裂いた。
キリトの体力がぐぐっと減り、フル状態から残り半分を下回った。
痛み分けと言えよう。どちらも技一つで死ぬ。強いて言えばキリトが不利か、彼はヴァフスのただの攻撃だけで即死しかねない紙装甲だ。
更にヴァフスの右腕を奪ったが、彼は左腕を奪われた。部位欠損の回復には五分要する。それだけの時間があれば、大抵の勝負は決着が付く。ボス相手であればなおさらだ。
「キリト……!」
ぎゅっと両手を握って、祈るように呟く。
――その不安は、彼の敗北を幻視してのものだ。
しかし、容態への不安はともかく、勝敗への不安は不要だったかもしれない。
何故なら、キリトがまだ持つ右手の黒剣に、これまで見てきた蒼白い輝きの中で最も強烈な光輝が宿ったからだ。僅かに燐光すら見て取れるそれは、明らかにキリトの衰えることの無い戦意によって起こされた瞋恚の輝き。
キリトは、その光輝を宿した黒剣を振り下ろした。型で言えば《バーチカル》が最も近いだろう。しかし自分も使うバーチカルとは全く次元の異なる破壊力を秘めていた。剣を振り抜いたその後ろの鋼より尚硬い世界樹の根が、縦一閃に穿たれていた。
それによって残っていたヴァフスの左腕も付け根から飛んだ。
明らかにシステムを超越した攻撃。《クラウド・ブレイン》によるものなのか、あるいは《ⅩⅢ》の光の波濤を鋭くしたものなのか、判断に迷った。
しかし――これで、勝っただろう。
キリトは防御力
後は、それを確実に当てるだけ。
――その方法を、彼は既に確立している。
仮令脚が無事だとしても、世界の法則を押し付ける手段が彼にはある。
『――らァ!』
キリトは剣を振り下ろした直後、腕を失っている左肩に紅い光を宿し、ヴァフスにぶち当てた。《片手剣》と《体術》の複合ソードスキル《メテオブレイク》だ。強攻撃を連続させる隙をタックルで埋めるそれで、《バーチカル》の技後硬直を上書きし、別のスキルへ繋がるようにした。
《
《メテオブレイク》で繋げられるのは原則四連撃技までに限る。彼がシステム外スキルで連撃数の多い上位剣技を選ぶ事が多いのは、連撃数が少ないものであれば《メテオブレイク》など代用の利く技があるからなのだ。
もっとも、キリトが《メテオブレイク》を使う場面を見るのはこれが初めての事。そもそもSAO時代も殆ど一緒に戦っていなかったからボス戦で顔を合わせるくらいだった。
当て身でヴァフスの体勢を崩したキリトは、左肩を前にしたことで右手に持つ剣を後ろ手に持ち、その剣を担ぐようにして構えた。
――《メテオブレイク》で繋げられるのは、原則四連撃技
上位剣技になるほど連撃数が多くなる傾向にある既存スキルだが、それに真っ向から抗う技が存在している。
それを証明するように、この猛攻の最初に放った技の残酷なまでの光が宿り――――
『これで終わりだぁああ―――――――ッ!!!』
――――裂帛の気迫が籠もった大音声と共に、空気を引き裂くかのような甲高い音を伴った突進突きが繰り出された。
それは間違い無くヴァフスの、穴が空いている下腹部の更に上、胸骨があり心臓も引っ掛かっているだろう正中線を精確に
壁にドンッ! と音を立てて突進が終わったと同時、剣を抜いて離れるキリト。
ヴァフスは両腕を失い腹と胸を貫かれ、体力を全て喪っていた。
だが、未だ実体を保ち続けていた。
***
体を、刃が斬り裂く。
幾度となく見てきた技ばかりだ。しかし、眼前でそれを放ち続ける
強い。
――やはり、強い。
同時に負けられない、負けたくない――そんな思いが、斬られる度に湧き上がり、募り、積み重なって体を満たす。それは昏い怨念であり、純粋な闘志でもあった。
命果つるまで戦う。
それは霜巨人にとって当然の事であり、ニブルヘイムの摂理であった。戦わなければ死ぬ。故に、生きるならば戦うしかない。
自分は戦うために生きている。だから――死んでいない以上、剣を振るう事をやめる気は無かった。
この身を切り裂き、穿つ刃を前に、銀剣を翳す。死んでいないとは言え幾度も斬り裂かれ、碌に力は入っていない。当然一太刀で叩き落とされる。
瞬間、視界を
――“体は
灼かれたのが視界ではなく、意識そのものであった事に気付いたのは、その声が脳裏に響いた時だ。目の前で剣を握る剣士の声。
妙な事に、聞いた事もないくらいボロボロで、怨嗟に満ちたものだった。
不意を突かれたように、思考が止まった。目の前に
だが、その全ての痛みを集約しても――僕の意識は、剣から伝わるモノに向けられていた。
“血肉は犠牲、
“
“ただ一度の成就はなく。”
“ただ一度の失敗もなし。”
ジリジリと、脳髄を焼き、意識を燻らせるそれ。遂には幻視までし始めた。
脳裏に映るのは、一つの光景。
“
“
“故に、この生涯に意味は要らず。”
小山のそこかしこから流れる液体は、人影が握る剣から滴るものと同じだ。見慣れた命の源。
小山から見える顔は、彼の……
――この
――
全身を貫く痛みが意識を現実へと引き戻す。
「……かふっ……」
空気を求めて呼吸した途端、腹と胸に激痛が走って、喉を焼いた。口の中を血の味が占拠する。少しでも生き永らえようと潤沢な魔力を蓄えたそれを吸収して、吐き出さないようにする。血の味がするのに空気だけが口から吐き出される。
気付けば、いっそまだ死んでいない事が不思議なくらい満身創痍だった。
両腕は斬り落とされている。両脚は無事ではあるが、体力も魔力も奪われているから力なんて入らず、ずるずると大樹の根に座り込んでしまう。
一番酷いのは鳩尾に出来た大穴だった。あまりに大きくて、然して俯かなくても滑らかな樹皮が見えてしまっている。技ありきとは言え刺突だけでここまでの大穴。全ての威力と衝撃を集束させればどれほどの威力を誇るかは見当もつかない。
眼前で剣を手に、警戒は続ける少年に目を向ける。
こうして自分が座った状態で誰かを見上げたのは初めての経験だ。戦場で膝を屈するのはおろか、敵の眼前で座り込んだ事も。無論、そんな事をすれば殺されていたからである。
前回はマトモに取り合われず、速攻で吹っ飛ばされた。そのせいか余力もあって立てていたが……
――流石に、無理そうかな……
体力は底を尽いた。魔力も、血として流れそうなものを吸収に回しているから、減りこそしていないが増えてもいない。大気中に溶け込んだ魔力の回収を含めても、生命維持がやっとだった。
まさに、万事休す。
思わず笑う。痛みで顔が強張っているから、表情に現れているかは分からなかったが、愉快な気分だった。
ここまで完敗を喫したとあっては、敗北を認めない訳にもいかない。
――ならん、ならんぞヴァフス! 敗北を認めるな! 霜巨人の誇りを捨てるな!
その瞬間、
それを無理矢理押し殺す。文字通り無理にだ。体力も魔力も尽きた身で押し留めるなんて無理をしなければ出来はしない。
それでも、無理をしてでも、スリュムを表に出す訳にはいかなかった。
――全力で戦って、負けたんだ。誇りを捨てないなら負けを認めるべきなんだよ。スリュム。
スリュムにそう返す。戦士としても、そして王としての自分が彼を強者であると認め、敗北をも認めたのだ。前王にあたる者の我欲でこの戦いを穢されたくなかった。
それは《王》としての在り方の差異。
スリュムは君臨する者としての王を自負していた。故にこその支配であり、権力欲が高じて不老不死を求めた。
だが僕は、戦士としての王だ。勝利し続け、最強を示したが故の王者。敗北すれば即座に王位を返還しなければならない弱肉強食の象徴。それこそニブルヘイム、ヨツンヘイムを闊歩した霜巨人の在り方の極致。
霜巨人の王として目指すものが違う故の反目。
スリュムがまた騒ぐ。脳裏で、ガンガンと男のしゃわがれた声が響くが、それを無視して、意識を少年へと戻した。
聞きたい事が、あった。
「キリ、ト……あれは、何だい……?」
「……あれとは?」
「剣を叩き落とされた時に……体を、斬られてる時に、見えたんだ……死体の山に立つ、君の姿が……」
「……!」
視えた光景をありのまま伝えると、キリトの表情が険しくなった。戦いのそれではなく、まるで――見られたくないものを見られたと、そう悟った時の険しさ。個人の怒り。あるいは、焦り。
《キリト》という個人を作り上げる根幹だと確信が深まった。
あの
「……見たのか」
「ああ……あれは、いったい……?」
掠れた声で問う。
彼は黙ったまま近付いて来て、僕の前で膝を折り、胸に手を当ててきた。
「な、にを……?」
「――ヴァフスが見たのは、俺の心象風景だろう」
何故胸に手を当てるのか、という問いには答えず、一つ目の問いに彼は答えた。
心象風景。言葉の意味としては知っている。個人が心の中に描いている想像、あるいは夢、あるいは未来に抱く願望だ。
それを知って、しかし疑問は未だ晴れない。
あの風景がキリトの求めている未来だとは、とても思えなかった。でなければ脳裏に響いていたあの詠は何なのか。あの詠は、究極的には平和を求めたものだった。数多の犠牲の上の少しの救済を求めて戦っているようにしか聞こえなかったのだ。
平和を求めている詠なのに、全てを殺す情景が心象とは、いったいどういう事なのか。
惑乱がオーディンと勝負し得る智慧の回転を鈍らせる。
その間に、彼は僕の胸に当てていた手を離した。すぅっと体内から異物が取り除かれ、すっきりした気分になった。何をしたんだと彼を見れば、彼の掌に
アレは、スリュムの怨念だ。
さっき胸に手を当ててきたのはその為だったのかと理解する。それは握り潰され、霧散した。呆気ない終わりだ。
疑問が一つ解決して、残った疑問の答えも知りたいと、知識欲が疼いた。
「あれが、君の求めているもの、なのかい……?」
「ある意味では求めているし、同時に最も忌み嫌う未来でもある。俺がこうして剣を取っていたのもその光景を現実のものにしないためだからな」
「……そう……」
求めているが、忌み嫌っていて、それを回避するために剣を取っている。
部外者の自分にはまったくわからない話だ。キリトの過去を知らないから、矛盾しているようにしか聞こえない話が分からない。きっと彼と共にいた仲間達なら分かる話なのだろう。
だが、分かる事もあった。
恐れているのは、相応に大切なものがあるという事。
その恐れを抱くほどに仲間の彼女達の事が大切で喪いたくないと思っているのだ。この世の地獄とも言える凄惨な情景は、そんな彼の恐怖を形にしたものだったのだ。
恐怖する故に強いのではない。
その恐怖に屈しない心の強さだけではない。
恐怖しても、立ち向かおうと奮起できる心を支える拠り所が、それほど彼にとって重要だという事実――彼と絆を結んだ者達との関係こそが、彼を強くする。《恐怖》の強さは、その裏返し。
それは、僕には無い強さだ。
霜巨人は群れようとしない。騙されれば殺される弱肉強食の世界に於いて信じられるのは自分のみ。だからこそ、自身の強さを追い求める。頭打ちを感じたものは強者の傘下に入り従うが、それを良しとせず研鑽を積み続ける者も少なからずいる。僕は後者の中でも『戦うために生きる』事を選択した圧倒的少数派。元から少ない側という事もあり、
霜巨人として生きてきたから、他者と共に居て戦う事を軽んじていた自覚はあったが……
――みんなとのつながりが、俺の力だ。
ふと、脳裏でキリトの声が蘇る。
混濁した意識の中で聞こえた声。温かな一撃で切り裂かれ、世界の鬨が戻っても、消えなかった記憶の一つ。その言葉こそが彼の強さの根源なのだと理解する。
彼一人の力も技も、確かに強いだろう。
だけど、誰かの命運を背負った時、その《誰か》とのつながりが彼に力を与える。喪いたくないという
「キミは……キミたちは、強いね……」
キリトのように戦う時は一人だとしても他者といる事が無意味ではないという事を、そして彼の強さの源泉を理解した僕は、満足感に浸りながら意識を沈めた。
・戦闘参考
――菊岡視点から
FF7AC クラウド対セフィロス
FF7
Fate/stay night UBW 衛宮士郎対アーチャー
――ユウキ視点から
SAO
SAO十五巻&《アニメアリシゼーション編24話》 二刀キリト対アドミニストレータ
・菊岡誠二郎
原作で
クエストNPCの通常AIに変異を来している原因がキリトにあると考え、やはり《計画》には不可欠な存在だと認識を強くする。それはシステムを利用した戦略から来た考えだが、そもそも戦場を転々としてまでプレイヤーを追い掛けるボスというイレギュラー性を許容しているカーディナルも大概な事を忘れてはならない。
――そして【カーディナル・システム】は、原作時空だろうとゲーム時空だろうと、あらゆる仮想世界の根幹を為すシステムとされる。
つまり、そういう事だ(フラグ)
・ユウキ
神速の十一連撃を作成した剣豪。
今回キリトが殺意マシマシ+反応速度フル活用した絶技を使ったのを見て、内心ウキウキしている。
それはそれとして容態的に大丈夫なのかと凄い心配。
武器召喚、属性使用、《剣技連携》、三次元把握+立体機動、ヴァフスに伝わるほどの
・ヴァフスルーズニル
霜巨人の王にして戦士。
〔オルタ〕になっても戦士気質が健在なのは《王》に対する考えがスリュムと違ったため。『強い者こそ王』という価値観は元のヴァフスと何ら変わっていなかった。
なのでキリトによってスリュムが抜き出されてからも変化がほぼ見られない。
――知りたかった事が知れて、なにやら満足して眠りに就いたようだ(by麻婆神父)
・キリト
”みんな”のために戦える剣士。
現在、少し速めの厨二病罹患中。感受性豊か過ぎて成長樹形が『誰にでも近付くけど誰とも似てない』と言われる程だからね、仕方ないネ。
・いまの心象風景
一夏が求める未来にして和人が拒む可能性。憎しみだけで走った場合も、『助けるため』とかつてのように剣を振るい続けても、和人はそこに至るだろうと考えているが故の心象風景。
第三の試練にて、義姉を殺したが故の深層世界。
――
――
それを理解した上で剣を振る矛盾に満ちた
これを裡に秘め、恐れているからこそのトラウマであり、和人は剣を執っている。
・新登場ソードスキル
《メテオブレイク》
原作一巻にて既出。
《片手剣》と《体術》の熟練度をそこそこ高めていないと使えないソードスキル。
アニメでは《光と闇の剣舞》にて、キリトが空中で剣をオレンジに光らせながら骸骨剣士に回転斬りを仕掛けた時の技。
《インフィニティ・モーメント》などでは『右肩当て身、斬り払い、全力の左肩タックル』の打撃・斬撃の三連撃技。《片手剣》に於ける唯一の打撃技として地味に重宝した。
《ファイティング・クライマックス》に於いては《ホリゾンタル・スクエア》発動中に敵側ダッシュコマンドで、攻撃を切り上げてタックル。追加コマンドで斬り落としを仕掛ける。ホントにシステムに則ったスキル連携技。
今話に出た『連撃数が四つ以下であれば繋がる』という条件は、本作オリジナル設定。
・オリジナル・ソードスキル
技名:グランド・ロザリオ
軌道:右上から左下、左上から右下、左から右、真上から下へ、全て交差するように五発ずつ突き、四つの交差点を強烈に突く。
属性:物理二割、炎水風地氷雷闇聖一割ずつ
ユウキのOSS《マザーズ・ロザリオ》をキリトが真似て、編み出した技。秒間九つの斬閃を、秒間十の刺突に変え、防御回避不可能な速度の殺意マシマシな攻撃へと変化させた。見た目が光り輝いているのは、『キリトの殺意=喪う事への恐怖=敵を倒す意志=みんなを護る意志』という等式が成り立っているため。つまり瞋恚の影響をバリバリ受けている。
参考:それぞれ斜め交叉、正十文字だった《ロスト・ソング》に於けるユウキ、アスナの《マザーズ・ロザリオ》を組み合わせた。
戦闘描写にいちばん求めていると思える要素は? ※参考までに
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単独蹂躙(メタ張りノーダメ勝利)
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逆転劇(機転による一発逆転)
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心理的要因による勝敗(答えは得た的な)
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友情・努力・勝利(仲間の援護で勝利)