インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:キリト

字数:約一万四千

 ではどうぞ。




十四幕 ~戦いの幕引き~

 

「……終わったか」

 

 静かに目を閉じ、動かなくなった銀の霜巨人ヴァフスルーズニルを見て、呟きを洩らす。大樹の根の壁に背中を預け眠るヴァフスを見ながら、俺も腰を下ろした。

 胸中に安堵が広がる。

 

「ぁ、づ……ぅ……」

 

 すると、思い出したように頭に鈍重な痛みが走り、重石を乗せられたように全身が重くなる。ぱたりと背中から力なく倒れ込む。

 瞼を閉じる。視界に映る映像を認識するだけでも脳髄を揺らす拍動が強まるからだ。

 

「流石に……無理、し過ぎたか……」

 

 大の字に寝転がりながら自分の状態を批評する。SAO時代なら連日徹夜してのボス戦もザラだったが、流石にもうそうもいかないらしい。これまで無理を押し通して来た弊害だ。

 今回は重体から復帰したての無茶だったから、余計辛い思いをしているだけだと思うが……

 そこまで考え、内心で(かぶり)を振る。こうだったから、ああだったからと理由を付けて正当化しようとするのは、自分の悪い癖だ。どちらにせよ無理をした事は変わらない。ずっと前から仲間達に(たしな)められていたコトは認めてはならないのだ。

 みんなを、信用していない訳じゃない。

 これは……俺の、独り善がりなのだ。

 ヴァフスに関しては完全に想定外だった。結果論ではあるが、あそこで俺が一人残った事は、決して間違いではなかったと思う。心底からヴァフスを負かすには、前回と同じ俺との一騎打ちが前提だったからだ。

 だから変えるべきはそれより前の事。今日の夕方、《ダイシー・カフェ》に集まった時に予め話を通しておけば、俺がここまで無理を通す事も無かった。央都アルンの四方に点在するヨツンヘイムへのダンジョン突破だってみんなと協力していればここまで消耗はしなかった。

 出来る事、取れた戦法は同じだ。

 でも体力は温存出来ていた。それだけで、俺の苦しみはずっと(やわ)らいでいた。比例して、みんなの苦しみも、また。

 

「……こわい、なぁ……」

 

 怒り心頭だろう仲間達の顔を思い浮かべて、ちょっとだけ体が震える。

 でも、しあわせな気分だった。

 叱られる事がどうしようもなく嬉しく思える。織斑()一夏()時代()を、一人残った日々を思えば、叱ってくれる人が居るだけでなんと恵まれた事か。

 生きているんだ、と喜びが浮かぶ。

 護れているんだ、と達成感に(むせ)ぶ。

 叱られる事への恐怖心はその二つが上回ってしまうのだ。こわくはあるけど、それ以上に嬉しい気持ちでいっぱいになる。体は震えているのに、口角が吊り上がるのが分かる。

 我ながらどうしようもなく歪んでいると思う。

 本当に、どうしようもなくだ。浮遊城第百層の紅玉宮で仲間を喪った光景を記憶していて、彼ら彼女らの事を大切に思っている限り、この歪みは絶対に矯正出来ないという確信がある。義姉ですらだ。みんなを大切に思うほど、俺のこの歪みもまた強固なものになるのだから。

 願わくば、この歪みを許さないで欲しい。

 けれど同時に、認めては欲しい。

 だから――俺は、みんなから何と言われるかが、こわかった。

 

   *

 

 大樹の根とヨツンヘイム全体が震える間も大の字に寝転がっていた俺は、ふと振動が止まったのを契機に体を起こした。ぐらりと揺れるが、樹皮に手を突いて、また倒れるのを拒む。未だ全身に鈍い重みは掛かっているが、まだやるべき事が残っている。これ以上横になっていては寝落ちしてしまいかねない危惧が俺を衝き動かした。

 瞼を開ける。

 ズキリと眼球と後頭部が疼くが、それを無視して視界に映ったものを認識していく。

 その過程で霜巨人の姿を認め、首を傾げる。とっくにHPを消し飛ばし、スリュムの怨念――ひいては、前回と異なる異変の原因である《クラウド・ブレイン》の残滓を収集した以上、ヴァフスのアバターが残り続けるのは考え難い事だ。

 しかし残り続けている事が事実。

 何故だと鈍い思考を回しながら、世界樹の根に(もた)れる霜巨人の全身を眺めていく。

 スリュムの怨念を取り込んでから黒と青を基調とした禍々しい装いに変化していたヴァフスの姿は、今は元の銀と青色に戻っている。この分なら白目部分が黒かったのも戻っているだろう。

 華奢な体躯に関しては、これもまた元に戻っていた。俺が倒れる前は開いていた腹部の大穴も今は閉じている。何故か服は元に戻っていないので、滑らかな肌色が服の穴から覗いている。

 視線を上に戻す。ムービングオブジェクトには概して表示されるカーソルはNPCである事を示すイエロー表示。HPゲージも存在するが、バーの方は全損したままだ。

 

「ふ、む……」

 

 緩く思考を回して、可能性を幾つか浮かべた。

 まずはただのバグ。残滓と言えど《クラウド・ブレイン》というバグそのもののようなシステムの核になっていたのだ、ヴァフスはALOサーバーの初期化に耐えた存在だからこういう不具合があってもおかしくはない。俺が回収したから少し考え難くはあるのだが。

 二つ目は運営側がストップを掛けている。これに関しては、更に理由を複数考えられる。昨今AIの研究が盛んだというし、レアケースとして回収する為に消滅シークエンスを止めているのが、一番考えられるパターンだ。

 三つ目はクエスト《女王の請願》のルート展開の一巻である事。クエストの展開次第では、HPを全損させるイコール倒したとしても死体が残ったままの場合が少なからず存在する。遺留品を手に入れるとか、所属を知る為に顔を隠している物を剥ぎ取るワンシーンが挿入される場合は、HPを全損させても即座に消滅する事は無い。

 他にも大なり小なりの可能性を考えたが、一番あり得るのは三つ目の『クエスト展開によるもの』だろうと、個人的に考えていた。

 なにしろヴァフスは、巻き戻す前で戦いHPを全損させても、そのまま消滅せず、俺と再戦の約束を交わしてからロキ戦力の一人として参加したNPCだ。スヴァルトで《ラグナロク・クエスト》が展開されている以上、ヴァフスが何かしらの形で参戦、ないし中立を保つ展開を経なければ完全消滅しない設定にされていてもおかしくない。というか十中八九そうだと俺は思っている。

 ただ、今の自分は《ラグナロク・クエスト》のルート選択をしていない。つまりヴァフスがオーディンとロキのどちらに付くかも定まらない状態になる訳で、そんな状態で《ラグナロク・クエスト》を前提にした展開になるのかという疑問も無くは無い。

 まぁ、【カーディナル・システム】の翻案・アレンジはかなり幅が利くので、そのへんはどうにか整合性を取るだろう。酷ければとんでもないつじつまの合わない話になるかもしれないが、システムに則ったものであれば俺とて否やはない。

 

「……まぁ、これ以上俺が考えても時間の無駄かな」

 

 気にはなるが、直近でどうにかしなければならない問題にヴァフスはほぼ関わりが無くなっている。【カーディナル・システム】と運営に丸投げしてももう問題無いだろうと、俺は思考を打ち切った。後は野となれ山となれだ。

 いちおう霜巨人の姿を視界端に収めながら、俺は左腕の欠損状態を回復させる為に、古ノルド語の回復魔法を唱えた。

 優しい光が左肩に集まり、細い線で大まかな形を作った後、実体のある腕が作り上げられた。

 再生した左手を軽く振り聴き慣れた鈴の音と共に出現したメニューを繰る。幾つかのタブを遷移し、GMコールをするボタンがあるトコまで移った。

 そしてGMコールタブをクリックしようと、指を動かしたところで、覚えのある声が聴覚野を刺激してきた。

 

「キリトー……!」

「おーい、大丈夫なのかー……?!」

 

 彼方から小さな反響と共に聞こえて来る声。指を止め、視線を周囲に巡らせる。すると自分から見て左側の低空に、五つの象水母邪神の姿と、その上に乗る仲間達の姿を見つけた。

 そこから大きく手を振り、声を張り上げ、こちらの無事を確かめてきている。

 右手を剣から離し、手を振り返す。それで無事が分かったのだろう。手の振りと声はたちまち無くなった。

 くおおぉーーん、という啼き声を数度聞いたところで、象水母邪神はヨツンヘイムの天蓋に根を張った此処まで辿り着いた。邪神の背に乗っていた仲間達が続々とこちらに降り立ち、駆け寄って来る。

 その中で、シノンが黄金に煌めく聖剣を抱え込んでいるのを見て、思わず二度見してしまった。

 

「シノン、それ……回収、出来たんだな……」

 

 仲間達が何かを言うよりも先にこちらの言葉が突いて出た。それが開口一番の言葉か、と微妙な表情を浮かべたシノンは、その顔のままこくりと頷く。

 

「キリカが放り捨てたけど、《リトリーブ・アロー》の魔法でこう、ひょいとね」

「へぇ……」

 

 途中までは前回の俺と同じだったらしいが、シノンが粘着性のあるネバネバ糸を矢に付与する弓系スキルに付属した魔法を使い、釣りのように聖剣を拾い上げた事で回収できたのだと、その短い言葉から察する事が出来た。

 

「シノンさんは簡単げに言ってるけど、全然そんな事なかったよ! 二百メートル先で落下してる聖剣に魔法の矢を当てたんだから!」

 

 と、シリカがやや興奮気味に(まく)し立てる。

 俺はと言えば、てっきり放り捨てた直後に使ったものだと思っていたので、まさかそんな離れた距離から当てて見せたとは(つゆ)とも思わず、頬を引き攣らせるばかりだった。

 二百メートルという距離は、とてもではないが狙って射抜けるものではない。

 ALOに於ける弓は、槍以上《魔法》以下の距離で使う武器という位置付けだ。適正距離であれば誘導性魔法と同じようにシステムアシストによる命中補正が掛かるが、それを超えた途端、風や重力の影響で矢は狙ったところに飛ばない。ロングボウは射程優先だから有効射程は五十メートルから百メートル。その二倍を狙って当てたというのは、ALO史上初の長距離射撃に違いない。

 それは、あらゆる要素が奇跡的に噛み合った結果でもあるのだろう。

 弓使いと言えば、機動力のある風妖精族(シルフ)でショートボウを使うか、腕力と耐久力に秀でる土妖精族(ノーム)でヘビーバリスタ装備の砲台になるかが定番だ。しかしシノンはそのセオリーをあっさり無視し、射程に特化したロングボウを、九種族中最高の視力を持つケットシーで使うというビルドを選択した。《ⅩⅢ》の武器召喚、双剣による近接戦もこなしているから、あまり表沙汰にはならなかったが、その命中精度はかなりのもの。SAOでも誇っていた《攻略組》のほぼ全員が舌を巻くレベルの命中精度の経験が活きているのだ。

 更に言えば、おそらく《ⅩⅢ》に登録し、シノンのイメージ通りに矢が飛ぶようになっているからでもある。

 だからと言ってそう易々と数百メートル先の的に当てられる訳ではない。同じ条件でやれと言われても、俺もちょっと自信は無い。

 多分シノンには弓矢の才能があるのだろう。将来はアーチェリーの選手とかになるかもしれない。

 弓矢に関してはシノンに遠からず抜かれる事になりそうだ。

 

「もうシノンさんマジかっけーでした!」

「ちょ……シリカ、やめてよ」

「はは。それは、直接見てみたかったな」

「キリトまで……もう……」

 

 冷めやらぬ、と言うよりはぶり返した興奮を露わにするシリカに、シノンが顔を朱くして耳をへにゃりと垂れさせる。俺の言葉でより頬を朱くしていた。

 

 ――その和気藹々とした空気は、世界の変容で破られた。

 

 止まっていた振動が再び襲い来る。それだけでなく、瀑布の如き水音が地下世界全体に木霊した。おそらく《グレートボイド》に着水した樹の根に変化が起きたのだ。

 

「ねぇ、みんな見て。根から、芽が……」

 

 そう悟った時、アスナが囁くように言った。

 視線を下――大樹の根に向ければ、天蓋に根強く張り付いた根の至るところから新芽が顔を出し始めているのが見えた。それはすぐに俺達から見て大木サイズへと成長し、黄緑色の葉を次々に広げていく。

 そこで、風が吹いた。

 これまで常にヨツンヘイムに吹き荒れていた身も凍る木枯らしでは無い。温かな、春のそよ風。同時に、世界全体の光量が数倍に増す。天蓋から顔を出し、ずっとおぼろに灯っていただけの水晶群が、それぞれ小さな太陽になってしまったかの如き強い(はっ)(こう)を振り撒いているのだ。

 ふと、樹の根や天蓋に向けていた視線を、彼方に向ける。

 寒々とした稜線の白が、薄く溶けていくのが見えた。風と陽光に一撫でされた大地の根雪や小川を分厚く覆う氷がみるみる溶けていく。その下から現れた、黒々と濡れた地面に次々と新芽が芽吹く。

 各所に建築されていた人型邪神の砦や城――その中にはヴァフスの城もある――は、たちまち緑に覆われ、廃墟へと朽ちていく……

 

『『『『『くおおぉぉぉ―――――ん……!』』』』』

 

 突然、五体の象水母型邪神が八枚の翼と広い耳、更に鼻までもいっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えの唱和を響かせた。

 程なく、世界の各所からおぉーん、くおおぉーん、という返事が木霊のように戻って来る。

 ここからではあまりに高過ぎて体長数十メートル級でも点すら見えないが、おそらく《丘の巨人族》の眷属である多種多様な動物型邪神たちが地面や水面から顔を出し、フィールドを闊歩し始めているのだ。いまの遠吠えはそれを喜ぶ喝采だったに違いない。

 はらりと、雫が頬を伝った。

 自分でも気づかない内に、涙を流していたらしい。それを拭う気にはとてもなれず、遠吠えを唱和し続ける邪神――いや、穏やかな世界に住まう動物(じゅうにん)の声と、春の再来に輝く世界とを、俺は心に焼き付けていく。

 

「……綺麗だな」

 

 ぽつりと。また気付かない内に、俺はそう洩らしていた。それが自分のものだと気付くのに何秒も要するほど、俺の意識は目の前で新生していく世界に向けられていた。

 その感慨は、初めて仮想世界に飛び込み、浮遊城の草原に臨んだ時と同じものだ。

 尊敬する人の夢を潰えさせたくない。

 義姉達の生きる世界を護りたい。

 自分の価値を示したい。

 そして、自分も好きなこの世界に、俺は生き続けたい。

 命を賭したデスゲームに巻き込まれていながら、ずっとずっと抱き続けた想いの一つ。何が何でも嫌いになれなかった仮想世界の美しい部分。

 ――これだから、俺はこの世界が好きなんだ。

 強く、強く、その想いを噛み締める。

 

 

 

「――見事に、成し遂げてくれましたね」

 

 

 

 その時、声が聞こえた。

 涙で滲んだ視界を、上に向ける。五体の動物型邪神たちの向こうに、金色の光に包まれた人影が浮いていた。せいぜい二時間ほどしか経っていない筈だが、懐かしいとすら思えるその姿は、間違いなく今回のクエストを出して来た身の丈三メートル強の金髪美女《湖の女王ウルズ》だった。

 その姿はおぼろに透き通っていた前回と違い、明らかに実体だ。スリュムの手から逃げ延びる為に隠れていたという泉から脱出できたのだろう。真珠色の鱗が見える手足、先端が触手状に揺れる金色の髪、体を包むライトグリーンの衣全てが陽光を受けてきらきらと輝いている。

 ウルズは、不思議な青緑色の瞳を穏やかに細め、再び唇を開いた。

 

「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーが取り除かれた事により、イグドラシルから断たれた《霊根》は母の元に還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお蔭です」

 

 ゆるりと俺達全員を見たウルズは、しかし、とやや眉根を寄せた。

 

「私が感じた力……雷神トールのものでしたが、妖精達よ、気を付けなさい。彼らアース神族は霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではありません」

 

 その言葉を聞いて、だろうな、と俺は胸中でひとりごちた。

 《ラグナロク・クエスト》の分岐で分かった事の一つとして、《エインヘリヤル》という兵団がオーディン側には存在する。人界の勇士が命を落とした時、その魂を戦乙女達が《ヴァルハラ》へと導き、不死の兵団の一員に加え、いつか来る《ラグナロク》に備えさせているという。ALOでは人間が居ないので、代わりに妖精達が勇士の役回りになっていたが、それから分かるように神々は決して人々、妖精達の味方ではない。場合によっては敵にもなる。

 絶対の敵ではないが、絶対の味方でもない。

 それがアース神族、ヴァン神族たちのスタンスと言える。

 そもそも絶対の味方であれば、神々が一つの都市に守護神として降り立ち、霜巨人の侵攻の予防に動いている。神話でも神々が動いた話は、何かしらの形で神々に危害が加わった場合のみである。神々にとって人や妖精というのはわざわざ護るべきものではないのだ。気が向いたら護ってやろう、という程度の認識。

 その辺はかの天災に似た部分があるかもしれない。

 ――そんな事を考えていると、ウルズは僅かに高度を上げた。

 

「私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」

 

 そんな言葉と共に、まずウルズの右側が水面のように揺れ、人影がひとつ現れた。

 身長はウルズよりやや小さい。無論、俺達からすればまだまだ見上げるものだ。髪は同じく金髪だが、こちらも少し短め。衣の色は深い青。顔立ちは、優美という表現が適しているか。

 

「私の名は《ベルザンディ》。ありがとう、妖精の剣士たち。もう一度緑溢るるヨツンヘイムを見られるなんて……ああ、夢のよう……」

 

 そう、蕩けた声で囁いたベルザンディは、ふわりとしなやかな右手を振った。途端、俺達の目の前に数々のアイテムやユルド貨――恐ろしい事に全て十万ユルドミスリル貨――がざらざらと落下し、テンポラリ・ストレージに流れ込んで消える。三十三人からなるレイドなので容量にはかなり余裕はある。

 更に、ウルズの左側につむじ風が巻き起こり、三つ目のシルエットが出現した。

 打って変わって鎧兜姿だ。ヘルメットの左右とブーツの側面からは、純白の長い翼が伸びている。アレは戦乙女ワルキューレのみが装備を許されているという代物だ。ウルズ、ベルザンディと同じく髪は金色で、細く束ねられ、美しくも勇ましい顔の左右で揺れている。

 なによりの違いは、この三人目のサイズは俺達と同じものである点だ。戦乙女の活動的にサイズを合わせた方が都合がいいのかもしれないな、となんとはなしに思考が回る。

 

「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、妖精の戦士たちよ!」

 

 凛と張った声で短く叫び、スクルドもまた大きく手を翳した。再度報酬アイテムの滝がざららららーっと流れる。新規獲得アイテムのログが目まぐるしくスクロールされていき、後の分配が大変そうだなと思った。

 そうして滝が流れ終えた後、少し妙な事が起きた。末妹スクルドが一度背後――大樹の根の壁に凭れ掛かる霜巨人へと目を向け、今度は俺に目を向け、そしてふわりと近寄って来たのだ。

 重い体をどうにか持ち上げ、立ち上がった俺の前に、長身の戦乙女スクルドが滞空した。

 微妙な緊張感が場に満ちる中、末妹の戦乙女が徐に手を差し出して来た。上に向けられた掌にはきらきらと揺らめく仄かな闇と光がある。

 

「それと、お前には、これを」

「……これは、いったい……?」

「ヴァフスルーズニルの魂だ」

 

 明らかに言葉足らずな問い掛け。それの意味するところを正確に読み取り、答えを返して来た辺り、カーディナルの自動応答化モジュールに接続しているらしい。つまりこのスクルドの行動は、カーディナルが正式に動かしているが故のものという事だ。

 これでヴァフスのHPが全損しているのに体が残り続けている理由がハッキリした。

 スクルドが差し出している魂を使って、ヴァフスを復活させるか否かを選べという事だろう。

 しかし……何故スクルドは、この魂を俺に差し出そうとするのか。

 

「本来勇士としての魂に種族の別は無い。人族からも、妖精族からも、勇士であれば《ヴァルハラ》へと魂を導くのが我ら戦乙女の役目だ。だが《霜の巨人族》は、神々と明確に敵対している存在。仮令勇士と言えど《ヴァルハラ》には導けない」

「だから、その魂を俺に渡すと?」

「ヴァフスルーズニルの魂はお前を求めている。お前ほどの力があればオーディン様も認めて下さるだろう。悪神ロキとの戦いの際、霜巨人を味方に付けていれば我々としても心強い。《ヴァルハラ》へは導けないが《ラグナロク》への備えに出来ない訳ではないからな」

「……そう来たか……」

 

 なんともまぁ、狡猾というか、随分な屁理屈だと思った。これが純AI(カーディナル)の独自アレンジだというのだから恐ろしい。ともすれば《クラウド・ブレイン》を持っていた時のヴァフスが展開を上書きした可能性もある気がしてきた。

 蘇らせるか否かは任せる、とスクルドが俺に半ば無理矢理ヴァフスの魂を渡してきた。仕方なく受け取ると、妹二人は左右に退き、もう一度ウルズが進み出た。

 

「私からはそのつるぎを授けましょう。しかし、ゆめゆめ《ウルズの泉》には投げ込まぬように」

 

 そう、聖剣エクスキャリバーを抱えるシノンを見てウルズが言った。

 もしも聖剣が、いまは泉となった大穴へと落ちた場合、ヨツンヘイムはまた極寒世界になると知っているシノンがこくこくと頷く。すると、それまで彼女がしっかりとホールドし続けていた黄金の長剣は、すっとその姿を消した。おそらくシノン、あるいはレイドのストレージに格納されたのだ。

 つまりこれで、本当の意味で聖剣を手に入れたという事。

 聖剣そっちのけでクエストに挑んでいた身としては、実感はおろか、喜びも正直薄かった。ユウキを筆頭に物欲が無いとよく言われていたが、ほとほと無いらしい。

 

「「「――ありがとう、妖精達。またいつか会いましょう」」」

 

 喜びを露わに微笑む者、ぐっと拳を握る者、十人十色のリアクションを見せる中、三人の丘の巨人達はふわりと距離を取り、声を揃えて言った。

 同時に視界中央に、凝ったフォントによるシステムメッセージが表示される。

 クエストクリアを告げるその一文が薄れると、三人の丘の巨人族は身を翻し、飛び去って行った。

 

   *

 

 三巨人が飛び去り、その姿が見えなくなった時。

 俺の掌で揺蕩(たゆた)っていた黒と白の魂が(おの)ずと亡骸へ飛び始めた。ふわふわと揺らめきながら体の中に入っていき――

 カッ! と、眩い閃光が発生した。

 反射的に目を閉じる。数秒して瞼を開くと、霜巨人がその瞼をしっかり開けて、俺を見つめていた。

 

 ただ、俺を見る眼が二対四個だったが。

 

 あたまいたい。

 

「なんで自動で蘇ったのかとか、言いたい事はいろいろあるけど、まず……何で増えてるんだ」

 

 どうにか、それだけ絞り出すと、向かって左の銀の霜巨人ヴァフスルーズニルが、恐らくだけど、としたり顔で口を開いた。

 

「《使い魔》に格を落とす時に、元の“僕”の力があり過ぎたせいだと思う。半分に分けて漸く《使い魔》として蘇れたって事だね」

 

 その予想を、だろうね、と向かって右の黒の霜巨人ヴァフスルーズニル(ヴァフス〔オルタ〕)が、同じ顔で頷いた。

 

「つ……使い魔ぁ?! 霜巨人、それもボス級のを?!」

 

 そこで、待ったをかけるように驚愕の声が上がる。声を上げたのはシリカだった。

 レイド内で唯一、SAO時代からモンスターテイマーを続けている猫妖精族(ケットシー)の短剣使いは、信じられないと言いたげな愕然の表情をヴァフス達に向け、続けてこちらを見る。その目は、本当なのかと問いたげに見開かれている。

 自分もシステム的な扱いがどうなっているのか確認していないので、左手を振ってメニューを呼び出す。

 最初に表示される自分のステータス。種族熟練度や取っているスキルとその熟練度、筋力値などの各種パラメータのポイント振りなどがズラリと並ぶウィンドウは、ごく見慣れたものだ。

 その最下端に、SAOと変わらないスキンで《使い魔》扱いのMobの名前が追加されていた。

 タップして詳細を開けば、ほぼ同等のパラメータ数値を並べた《ヴァフスルーズニル》二人分のステータスが表示される。黒い方には名前に〔オルタ〕と追加されていた。

 

「……ホントに使い魔になってるな」

「嘘……じゃ、邪神級モンスターのテイム成功率は、最大スキル値に専用装備のフルブーストでも零パーセントなのに、そのボスの一角を使い魔に出来るなんて……こ、これはテイマー業界に激震が走るよ! 条件は何だろう?!」

「一定の知能を持つ相手に、単独で、力を示す事かな……?」

 

 霜巨人は得てして個々の力を重視するきらいがある印象を受けていた。事実、ヴァフスとは一対一でしか戦っていないが、それで俺に執着していたと考えれば、あの状態にも得心がいく。戦士気質のヴァフスが決着を望むのは、ユウキと剣を交えた事がある身として非常に理解出来る感情だった。

 呟きながら、使い魔になった自覚、つまり何らかの理由で受け容れたらしい霜巨人二人に視線を向ける。二人はこくりと頷いた。

 

「霜巨人は極寒の世界を生き抜く為に、力を示さなければならない宿命にあったんだ。だから敗者には本来、死だけが与えられる」

「でもキミは、敗者である僕達を蘇らせた。なら僕達はキミに従うだけだよ。使い魔だろうと何だろうと、キミが僕達を従える王だ」

 

 一対一の決闘で勝利した事は要因の一つとして含まれているらしい。主認定にも、蘇らせた相手という要素より重きを置かれていそうだ。

 流石に条件厳し過ぎやしないか。

 

「……無理スジだよ!」

「……だよなぁ」

 

 システム的に考えれば、シリカの言うようにかなりの無理スジだ。邪神級Mobは一定の知能を持っているいない以前にこちらを見ればすぐ戦闘モードに入る。仮令体力が危険域に入ったとしても彼らは戦闘行為をやめる事はない。ヴァフスとて、前回も今回もHPが全損するまで戦っているのだ。そもそも、MMORPGの側面を持つALOは、基本的にネームドモンスターやボスモンスターを一人で相手する設計になっていない。

 その無理を通してこそのテイムなのかもしれないが、だとしても条件が非現実的である。

 事実として俺は勝てているが、それも《ⅩⅢ》という他にはない召喚武器、悪く言えばインチキ武器を使っていたに他ならない。《魔術》で代用も可能ではあるが対物理属性の事を考慮するとMP切れで成り立たなくなる。あの状況でヴァフスに勝てるのは自分以外だとキリカ、ユイ姉くらいなもの。

 狙い澄ましたかのようなヴァフスの状態、こちらに選択権などない自動的な蘇生、且つ使い魔契約と言い、カーディナルの干渉を勘繰ってしまっていた。

 ――それとは別の事で、俺は頭を悩ませる。

 カーディナルが何を企み、二人を使い魔として蘇らせたかは定かではない。二人を使い魔にした事で総合的な戦力はアップしただろう。

 しかし俺は、諸々の事情のせいでヴァフス達との契約を続けらせそうには無かった。

 

「……二人との使い魔契約、他の誰かに譲る事は出来ないかな」

 

 そう言うと、突拍子もなかったからだろう、ヴァフス達は一瞬呆けてから互いに顔を見合わせた。

 SAOにもモンスターのテイミングはあったが、ALOは猫妖精族(ケットシー)という種族として、本格的にビルドの一つとしてテイミングを主体とするスタイルがシステム的に確立されている。種族全体での戦力となる性質のためか、ALOに於ける《使い魔》はマスターが同意さえすれば他者に譲渡が可能になっている。

 ただ、それは意思疎通を図れない通常のモンスターの場合。

 ヴァフス達には明確な意志があり、魂の状態でも俺を求めていたという。それほど強固な意志を前に、果たして一度他者に譲渡し、新アカウントでの再契約を認めるかどうか……

 

「僕達二人に勝てるなら、それは構わないけど……」

「でも、どうしてだい? 僕達が使い魔になってキミに何か不都合があるのかい?」

「えっと、不都合というよりは……うぅん、何て言ったらいいのか……」

 

 説明しようとして、そもそもALOの住人、すなわち《ALOがゲーム世界という認識が無いAI》に現実世界とか、別のアカウントとかの話をして通じるか疑わしいところがあり、言葉に詰まった。

 

「えっとな……俺、いま影妖精族(スプリガン)だろう? こうしてスリュムを倒して、聖剣も回収した訳だし、暫く休もうと思って。でも俺が居ない間は使い魔の二人もずっと動けない訳だから……」

「あ、そっか。使い魔って、マスターが居ないと動けないもんね」

 

 得心した、とシリカが頷く。

 

「……んー? でもそれ、キリトが問題視する事?」

 

 そこで首を傾げたのはリズベットだった。腕を組み、訝しむように俺を見下ろしながら、金属光沢を持つ桃色の髪の鍛冶師が口を開く。

 

「暫くログイン……来なくなるだけなら、別に問題無くない?」

「今のはログインとかアカウントの概念が無い二人に対する言葉だから……」

「へー……じゃあ、キリト、あんた何に悩んでる訳? あたしの経験則からするにあんたが悩んでる場合って大抵ロクでもない事な気がするんだけど」

「……反論し難くはあるけど、ちょっと酷くないか……?」

「トラブルの渦中に居過ぎなあんたが悪いのよ」

 

 ビシビシと額を指で(つつ)かれる。まったくもって反論できないので素直に聞いておくしかなかった。

 

「俺、このアカウント消すつもりだったから、使い魔を持ってもなーって」

『……はぁ?!』

 

 指突きが終わってから悩みについて明かすと、一拍の間を置いて全員が声を揃えて仰天した。キリカ、レコンですらなっているあたり、驚愕の度合いが凄まじい事がよく分かる。

 まあそれも当然だろう。

 ヨツンヘイムに単独で潜り、最強格のボスと単独で渡り合えるステータスと装備を持っているアカウントを、何の前触れもなく消すと言ったのだ。俺が言われる側でも似たような反応を返すに違いない。

 

「ちょ、何でさ?!」

 

 近くに居たユウキが、ぐわしと肩を掴んで問い詰めてきた。

 

「俺のこのアカウントは《クラウド・ブレイン》を作りやすい。なにせSAOから引き継いでるモノだからな」

「……え? キリトって、新規勢じゃなかったっけ……?」

「それはウソだ」

『ウソォ?!』

 

 まるっきり信じていたらしくほぼ全員がまた声を揃えて仰天した。リーファも、声は上げていないが瞠目している辺り、本当に気付かれていなかったらしい。

 

「あのな、考えてみてくれ。ALOを始めて一月足らずの完全新規のアカウントで央都まで突破出来ると思うか?」

「……キリトならおかしくないなーって……」

「ユウキに同じ」

「わたしも……」

 

 ユウキの言葉に、リズとシリカが同意した。他の皆もウンウンと強く頷く。

 

「……まぁ、ともあれ俺は、皆には新規作成とウソを()いて、最初から引き継ぎアカウントを使ってたんだ」

 

 ALOにログインを果たしたのは三月末だった。菊岡から七色博士の依頼を受けたのは四月初頭なので、その時点ではまだ仕事をしていなかった事になる。

 しかし、だ。

 そもそも俺は、“無かった事になった会談”をセッティングする事を楯無、菊岡に求め、その代価として俺の労働力や情報を差し出した。その労働力は現実でのISの男性操縦者であり、仮想世界でのプレイヤーとしての能力だ。SAOのデータをほぼ移植できるALOに、SAOのアカウントを移さない手は無かった。目的の為なら何だってするのが俺だ。

 更に、三月末や四月初頭と言えば、七色がALOで活動していた事が公になっていた頃だ。仮想世界の未来や、今後仕事の場である実情を調べていた俺も、『天才』と呼ばれていた七色の事は警戒していた。

 新規作成だとウソを吐いたのは、遠からず菊岡から依頼が来るであろう事を見通し、その《契約》にみんなを関わらせない為である。《ⅩⅢ》を持ち出したのが、分岐クエストでみんなをPKした時が初めてであるように、俺がただ遊びやみんなに会うためだけにALOにログインしている訳ではないと悟られる訳にはいかなかった。

 七色や《三刃騎士団》への警戒心を掻き立たせつつ、俺が命を掛けている事を悟らせないようにする塩梅は非常に難しい。それでも新規アカウントを使っているというだけで、ALOにて『命のやり取り』が発生するという可能性を確信づけるのは難しくなると考え、俺は嘘を吐いていた。

 

 しかし、いまはもう仕事を終えている。

 

 加えて言えば、システム的に言えば『バグを引き起こすモノ』である《クラウド・ブレイン》を、俺のアカウントはどうも生み出しやすい。元を正せばSAO時代で既に引き起こしているのだ。強い感情が地形やデータ、時にはアカウントごと記録していたのだとすれば、俺のアバターやアカウントに感情データが紐付けられていてもおかしくはない。それは暴走した七色に最後の一撃を叩き込む直前の光景が全てを表している。

 《クラウド・ブレイン》は、確かに情緒性と可能性という人が持つ特性を有した変動的なシステムだ。それに感化された事でユイやカーディナル、ヴァフスといった純AI達は、人間と思えるほどの情緒性を獲得している。

 AIを専攻とする研究者達としては一歩前進という快挙なのかもしれない。

 だがそれは必ずしも良い事ばかりではない。

 今回のクエストのようにゲームの舞台そのものを崩壊させるクエストが勝手に作られたのは、まだ【カーディナル・システム】に元から備わった機能として、情状酌量の余地がある。

 しかしヴァフスとスリュムの変異は明らかにその枠を超えていた。《クラウド・ブレイン》の影響さえ無ければ、ヴァフスは前回の記憶を持たず、前回通りの展開でスリュムヘイムに登場しなかった筈だ。

 今回はどうにか事を収められたが、今後同じ事が起きて、また同じように事態を終息できる保証はない。俺のホロウのように、下手をすればネットワーク社会とも言われる現代社会そのものを根底から崩しかねない危険性がある以上、その芽は速やかに摘み取っておくべきなのだ。

 

 目下のところ出来るのは、《負のクラウド・ブレイン》と紐づけられ、それを生み出しやすくなっている俺のアカウントを完全消去する事だった。

 

 完全消去については、特に問題無いと俺は睨んでいる。

 《クラウド・ブレイン》がある限り、つまり何らかの未練を強く残しているなどの場合、システムの決定すらも抗ってしまう性質を持つが、それは核となる存在が消去を拒んでいる場合に限る。ヴァフスとスリュムが核となっていたそれらを纏めて取り込み核となった俺が消去を望んでいる以上、理論上システムの消去は絶対に成立する。消去に抗う事が無いから当然だ。

 元々《女王の請願》を終えた後に消そうと考えていたので、アカウントの事も個人的に惜しくは無い。

 

 問題は、ヴァフスルーズニル二人。

 

 二人はAIだ。それも、多分元のスペックとしてはMHCPの義姉二人、自分からの完全コピーのAIキリカにも及ばない、一定ルーチンで動くタイプの乱造タイプ。それが如何なる過程を経てか、自意識を確立するまでに至っている。

 クエストの流れで好意的な態度を取るNPCは、これまで山ほど見てきた。しかしヴァフス達が向けて来るものは種類が異なる。

 ――生きている、と。

 AIを義理の家族として見ている俺には最早ヴァフス達が単なるプログラムには思えなかった。

 無論、そこには俺なりの下心も存在している。

 出来る事なら、今度は万全の状態で刃を交えたい。欲を言えばリーファやヴァフスとの鍛錬のように定期的に出来るようになりたい。何のしがらみもなく出来る相手として、ヴァフスはある意味優良物件と言える。戦う事を至上命題とするその純粋さは、腹の探り合いをしなくて良い分、非常に気が楽な相手でもある。

 それは迷いだ。

 この問題を俺自身が納得する形で決着させなければ俺のアカウントが完全消滅する事はあり得ない。

 だからこそ、使い魔契約の譲渡がシステム的に可能だと知った上で、本人たちに確認を取った。強ければ主として認めるらしい。

 

「俺と同等以上だとこの面子でも限られるが……対ヴァフス単騎で絞った場合、候補はキリカ、ユイ、リーファ、ユウキの四人くらいかな……」

 

 対ボスとなるとリーファは若干怪しいが、ヴァフスは剣での近接戦闘を好む傾向にあるため、彼女の剣腕は如何なく発揮されると思う。問題は氷の魔法への対処だが、その辺は属性付与した通常攻撃である程度相殺出来るし、魔法ダメージを軽減させる障壁魔法、回復魔法も使えるからかなり保つ筈だ。

 ユウキはリーファより対ボス戦に近い戦闘スタイルだから候補に挙げた。リーファより回復・支援魔法を使わないとは言え、咄嗟の機転やボス戦の経験で言えば絶対的に上だ。そこは俺も保証する。

 キリカ、ユイは言うに及ばず。ユイは爆発力こそキリカに劣るが、代わりに安定した戦いが出来る。キリカはその逆だ。

 ラン、アスナ、サチやクライン達もかなりのやり手だが、何れも単独戦闘には長けていない。仲間との連携や指揮を重視したスタイルを築いているから当然だ。

 ――とは言え、名前を挙げなかったのもまた事実。

 微妙に不満げな眼を向けられるが、評価に感情を挟まないよう心に自制を掛け、前言は翻さなかった。

 二人の霜巨人は、名前が挙がった四人を順繰りに見ていく。そしてキリカに視線が定まった。

 

「キリカだっけ? キミはキリトと瓜二つだけど、双子なのかい?」

 

 白いヴァフスが問う。

 キリカは物凄い渋面を作った。内心、俺に複雑な感情を抱き、みんなに対してもやりきれなさを覚えているだろうキリカからすれば、その問いは自身の傷を抉るに等しいものだ。

 しかしキリカは強固な自制心を発揮した。

 

「……異母兄弟的なアレだ」

「なるほど、そういう関係なのか……」

 

 そう、(黒い)(ヴァ)(フス)が納得する。

 言い得て妙だなと思ったのは内緒だ。

 そう思っていると、オルタが俺を見てきた。

 

「スリュムの記憶を覗いた限り、たしかに一番強かったのはキリカだ。彼なら契約してもいいと思う」

「そうか……ちなみに、他の三人は?」

「スリュムの記憶でもそこまで印象が強くないから、ダメだ」

「……そうか」

 

 一先ず、契約譲渡の目途は立ったので、早速キリカに譲渡のメッセージを送る。物凄く微妙な表情をされたが、なにかを言う事もなくアッサリトそれは受理された。ステータスウィンドウの下部にあった使い魔の欄が空白になり、消去される。

 ――後で聞いた話だが。

 《謁見の間》に突入し、登場したスリュムは、キリカを見て、前回の事を覚えている素振りを見せたらしい。

 それを聞いた俺は、オルタはそのスリュムの影響を(もろ)に受けた存在だからキリカだけを認めたのかもしれないと考え、だからキリカはあの表情をしたのかと察した。

 認められた理由が、自分ではない自分にあると知っていたなら、あの表情をするのも納得だった。

 

 






・キリト
 ボス級使い魔を二体確保したプレイヤー。
 『強い相手と戦えるから』という夢もへったくれもない理由で好意的に思っているが、当然異性としてのそれではない。というかそもそもキリトはヴァフス達が女性である事を知らない。今後が愉しみですネ。
 諸々の理由によりSAOアカウントの引継ぎであった事が判明。
 以下、証明。

1)《ⅩⅢ》を持っているのは、最初からSAOアカを引き継いでいたか、別アカで引き継いで装備だけ取り出したか。

2)スヴァルト攻略中、フレンド登録は初ログイン後~《脱獄幇助》まで続いている。フレンドを切ってニーベルハイム中央塔で不眠不休で籠り始めた後、ALOサーバー全てを取り込んだセブンがキリトの《魔術》を取り込んでいない事から、アカ替えしなかった事は確実。

3)《クラウド・ブレイン》を構築しやすい=感情データとの紐付けが多大。当然濃度も量もSAOアカウントの方が多い。

4)巻き戻したヴァフスは、キリトに執着し、《クラウド・ブレイン》の核になっていた。作中時間軸のAIは自発的に瞋恚/《クラウド・ブレイン》を作り出せないので、なにかに感化されている。ヴァフスの場合はキリトに紐付けられている。

 1~4より、巻き戻す以前(セブン・スメラギ対談前)の時点で《クラウド・ブレイン》を構築する下地があったのは、SAOアカウントである。
 ALOアカウントの場合、集めていた負の感情が密度も量も足りない。キリト自身の感情もSAO七十五層直後に較べれば薄い。更に明確に《三刃騎士団》、セブンと敵対する前である。これらのため条件を満たし得ない。
 よってキリトが使っていたアカウントはSAOアカウント。

 これを危惧したため、キリトはアカウントを《クラウド・ブレイン》の残滓諸共消し去る事を決断した。
 全ては、大好きな仮想世界の存続の為に。


・ヴァフス&ヴァフス〔オルタ〕
 マスター:キリト
 立場:使い魔
 真名:ヴァフスルーズニル
 出典:北欧神話『ヴァフスルーズニルの言葉』
 性別:女性
 身長:175㎝(非巨大化)
     35m(巨大化)
 体重:49㎏(非巨大化)
    ????kg(巨大化)
 属性:中立・中庸
 好きなもの:キリト、死闘、強者
 苦手なもの:諦観、仲間、弱者
 天敵:キリト、オーディン
 
 使い魔にするには力が大き過ぎたので、二人に分裂した霜巨人の使い魔。
 能力は半減しているが、元がボスである。半減しても当然並みのプレイヤーより強い。更にボスしか使えない魔法、剣技は健在。HP量は流石に使い魔として激減しているが、キリトの回復魔術を考えると問題になり得ない。回復・支援魔法こそ使えないが、全ての距離に対応出来る。キリトと組めば文字通り敵は無い。正に鬼に金棒状態。
 イメージとしては某騎士王&騎士王オルタを、より戦士気質にしたイメージ。
 ある意味純粋。認めた相手であるキリトの後をひな鳥の如く追い掛ける。道中立ちはだかる敵は全て斬り裂く。
 全ては更なる強さを求める為に。
 無論巨大化も可能である。20倍サイズが本来のヴァフスサイズ。
 スリュムの影響、記憶を継承していてキリカに対する印象が鮮烈だったので、キリトから契約譲渡する対象として認めた。


・スクルド
 ヴァフスルーズニルの魂を回収していた戦乙女。
 北欧神話に於ける勇士の魂を《ヴァルハラ》へ導く戦乙女として神話に語られる《丘の巨人》の一人。
 原作SAOでは女日照りなクラインの熱烈なアプローチになんやかやと付き合っているらしいが、本作のクラインはナンパな態度をしなかったので、無くなった。
 戦乙女としての設定・役割を流用し、ヴァフス蘇生の一役を買った。特にキリトからアプローチを掛けていないので、当然システム側の介入による行動である。
 カーディナルの執着ぶりが垣間見える屁理屈である。


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