インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 久し振りの連日投稿、理由は書き方が変わらないためとモチベーションがある内に書こうと思ったから。

 正直、闘技場編でキリトが戦い続けてばかりいるので、これを終わらせたいが為に書いた部分もあります……今話で終わりませんけど。次回で漸く《個人戦》最終回です。申し訳ない。

 一応最初の頃に設定で練っていたものと較べれば短くなってるんですけどねー……一部没にした設定があったんですよ。

 まぁ、それはそれとして。今話はクライン、リーファ、ユウキ視点でお送りします。ぶっちゃけリーファ以外はあんまり意味無いですけどね。

 ではどうぞ。




第二十三章 ~虚構と闇~

 

 

 エリュシデータとダークリパルサーを左右に展開しながら腰を落として構えるキリト、悪魔の羽を思わせる曲刀を右手で持ち上げながら左半身を前に構える黒コートのボス。どちらも小柄で、華奢で、コートを身に纏っているというのは同じだ。違うのは顔を見せているか、それと一刀か二刀かだ。

 二人は待機時間がゼロになったと同時に駆け出し、刃を交えた。滑らかな動きでホロウが袈裟掛けに振るい、キリトが黒剣を袈裟掛けに振るって斬撃を阻んだ。しかし刃は止まらず、どちらも滑るように振り抜いて、直後に右薙ぎに振るいながら前進する。ギャリィッ、と音を立てて背中合わせに剣を振り抜いていた。

 直後、同時に振り向きながら軽く跳び上がり、背後に居る敵へと大上段から剣を振るった。真正面から唐竹割りに振るわれた一刀と二刀が衝突し、地面に叩き落とされず、そのまま鍔迫り合いへと移行した。

 

「何だよアリャ……何でキリトとボスが同じ攻撃をしてるんだ……?」

 

 俺は気になった事を口に出していた、それだけ疑問に思ったのだ。

 これでもキリトとは長い付き合いだから分かるが、キリトは基本的に一度喰らった技を二度は受けない、それ以前に初見でも殆ど見切るから当たらない事の方が多い。むしろさっきのボス戦みたいにポンポン当たる事の方が珍しいのだ。まぁ、ボスを二体も相手して、その片割れがとんでもない奴だったからなのだろうが、今そこは問題では無い。

 キリトは確かに、堕天使の超速突進をも初見で見切るだけの反応速度を有している、これは事実だ。しかし初見の技を見切れると言っても、初見の技を完全に同期したタイミングで完璧に模倣出来る訳では無い。仮に初見の技を模倣出来るとしても、必ず一瞬のラグがある、ワンテンポ遅れるのだ。模倣なのだから当然である。

 しかし今のキリトはボスと完全に同期した動きで攻撃を繰り出した、まるで分かっていたかのようにだ。

 

『はぁあッ!!!』

「ッ……!」

 

 その時、ホロウの方が裂帛の声を張り上げながら小さく跳び上がり、時計回りにくるりと回りながら曲刀を振るった、するとその切っ先から黒い雷が迸って放射状に放たれる。

 キリトはそれを予期していたかのように、腰だめに構えていた黒剣から紫色の光を迸らせながら右薙ぎ、左薙ぎからなる高速二連撃《スネークバイト》を放ち、雷を相殺し、ノーダメージでやり過ごした。

 

「ぉ……ぉおッ!」

 

 雷を放った後のホロウは隙だらけのまま地上へと降りて来ていて、その隙をキリトは逃さなかった。体の左に戻った黒剣に再び、次は翠の光を宿した後、前方へ突進しながら斬り掛かったのだ。《ソニックリープ》だ。その一撃はホロウに直撃し、軽く怯ませるに至った。

 初撃はキリトが決めた、その一撃でホロウのHPゲージの端がチリッと削れる。どうやらとんでもない防御力、あるいは途轍もないHP量の要素を持っているボスらしい。

 

「まだ、だ……!」

 

 そうとなればこのまま攻撃を続けていこうと思ったのか、硬直が課される前にキリトは左の剣に青い光を宿し、逆袈裟に振るった。

 

 

 

 その時、それまで眼前で怯んでいた黒コートのホロウの姿が、煙のように掻き消えた。

 

 

 

「な……?!」

 

 全く、一切の前兆も無く唐突に姿が掻き消えた事に疑問と驚愕が等分に混ぜられた声を発したキリトは、システムに動かされるまま左手で逆袈裟、左斬り上げ、右斬り上げ、袈裟掛けに剣を空振った。

 

『遅い』

「ッ……!」

 

 そして、ワンテンポ置いてキリトの頭上から声がした。そこにはさっきまでキリトの眼前で怯んでいた筈のホロウが居て、曲刀を両手持ちで振りかぶっていたのだ。

 しかし躱そうにもキリトは《ホリゾンタル・スクエア》を空打ちした後の技後硬直で動けず……結果、そのまま大上段からの斬撃を背中に受ける事となった。更には地面に曲刀が叩き落とされたと同時、紫色の煙のようなものが吹き上がり、更にキリトを追撃してダメージを加える。

 

「ぁ、ぐ……ッ!」

 

 軽く吹っ飛ばされたキリトは、何故か受け身を取らずにゴロゴロと地面を転がった。転がるのが止まった後は、SAOでは痛みを受けない筈なのに痛がっているかのように呻きを上げ、頻りに体を小刻みに痙攣させる。それでも震える手で剣を突き立て、震える足に鞭打って立ち上がった。

 

『温い』

「ぁ……ッ!」

 

 そのキリトへ一瞬で肉薄したホロウが大きく、黒く染められた悪魔のような刀身を持つ曲刀を右薙ぎに振るった。キリトもやられてはたまるかと二刀を交差し、眼前へと翳すして相手の剣劇を防いだが、なんと曲刀の剣身から禍々しい紫色の炎が噴き出て、断続的にキリトを更に襲った。見た目よりもかなりの威力を誇っているのか、最初は耐えていたキリトもすぐに防御を崩され、後方へと軽く後退されてしまう。

 

『跡形も無く消えろ』

 

 後退し、仰け反ったまま動けないキリトへ、ホロウは容赦なく追撃を行った。振り抜いた曲刀を構え直し、袈裟掛け、逆袈裟と斜め十字に振るったのだ。すると刃から血の様に赤い光線が幾本か射出され、キリトに襲い掛かる。

 

「ぁ、ぐ、ぅう……ッ?!」

 

 ズガガガガッ! と見た目に反した打撃音が響くと共に、必死に抑えようとしても抑えきれていない呻きが微かに聞こえて来て、思わず顔を顰めてしまった。

 見た感じ、さっきまでキリトが戦っていた堕天使や狂戦士に比べ、圧倒的に技の見栄えは地味だし、威力も脅威度もそこまで高くない。何せ堕天使のように移動や攻撃が見えない速さでは無いし、狂戦士のような理不尽さが目立つ超威力の攻撃や光線など出していないからだ。

 しかし、それでも看過出来ない事実が一つあった。

 それは、キリトが背中を斬られた、という事。

 プレイヤーのアバターだけで無くモンスターも共通で、頭部や喉元、背面などに攻撃を入れると、腹部に攻撃を入れた時よりもダメージが多く入るようになっている。これを俺達はクリティカルと呼んでおり、背面クリティカルなどと部位別で俗称があったりもする。ちなみに首を切断し、胴体から頭部を切り離すとプレイヤーだろうがモンスターだろうが絶対に即死するようになっている。まぁ、首の切断が成功するのは結構稀なので、狙うやつなんてほんの一握りなのだが。

 その一握りであるキリトは、謂わばこの世界で誰よりも命が呆気なく失われる事を理解しているプレイヤー、つまり絶対に弱点を攻撃させない。それだけ強く警戒しており、絶対に死角に敵を寄せ付けない。恐らくSAOプレイヤーの中でもトップクラスのハイディングをするアルゴすらもが、キリトに見破られてしまうのは、キリトが死角から奇襲を仕掛けられないよう常に警戒している為だ。

 《索敵》スキルがあるからある程度なら《隠蔽》しているモンスターやオレンジプレイヤー、レッドプレイヤーに俺達も対応出来るが、キリトの戦闘能力はレベルどころか次元が違う。

 まず俺達に出来なくてキリトに出来た事の最たる事実は、《笑う棺桶》の奇襲に気付けたか否かだ。

 《笑う棺桶》討伐戦の時、深夜に襲撃したのに対処された、と言うより待ち伏せされていた。何処からか討伐戦の情報が漏れていたのだ。アジトに行ってももぬけの殻でどういう事かと首を捻っていた俺達の背後から襲撃を仕掛けて来た《笑う棺桶》達に、唯一対処出来たのが、キリトだ。後に聞けば嫌な予感がした、予想の範疇だったと言っていた、あらかじめ警戒はしておいたらしい。

 《笑う棺桶》を奇襲するどころか逆に奇襲されてしまい、混乱に陥った討伐レイドを立て直したのは、皮肉にもキリトのPoH及び《笑う棺桶》幹部メンバーの斬殺がきっかけだった。更に降伏の意思を見せないオレンジ達を次々とHP全損へと追い込んでいき、漸く俺達も動いた。

 ここで色々とショッキングな事態が重なって気付いた者は殆ど居なかったのだが、後になって数人を相手した程度である俺達でもダメージを受けていたにも関わらず、キリトだけは唯の一撃も受けていなかったのだ。PoH、ジョニー・ブラック、ザザを始め、多くの攻略組に匹敵する実力者達を纏めて相手していながらだ。

 《笑う棺桶》の戦闘方法は状態異常で動けなくしたり、毒でじわじわと時間稼ぎしながら追い詰めたりと嫌な戦法の他、PoHのような小細工抜きの実力勝負を好んだりと 様々だったが、その中に《隠蔽》スキルを併用した戦闘方法を取る奴がいた。コイツはまた厄介で、かなりスキルを鍛えていたからか発動直後は完全に見失ってしまう程だったのだ。そのせいで多くの攻略組は背後からダメージを受け、HPを黄色まで減らしていた。

 最終的にその《隠蔽》使いはキリトによって殺された。それを契機に生き残りの十一人は全員降伏した、どうやらそいつで幹部は最後のようだったから。

 何が言いたいかと言うと、どんな状況でもキリトは背中を取られた事も、ましてや背中から斬られた事も無かった。しかしこの闘技場最終戦で出て来たホロウに、開幕からほぼすぐに背中を斬られてしまった。

 それはホロウがそれだけヤバい奴という事でもあり、同時にキリトの集中力がいよいよ限界を迎えて来たという事でもある。HPを見れば、さっきの赤い光線のような攻撃もあってか、既にHPが四割まで落ち込んで黄色に染まっていた。

 

『貫け』

「ぉおッ!」

 

 肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しながらもどうにか立ち上がったキリトに、ホロウは曲刀に紫色のオーラを込めた刺突を放ち、その切っ先からオーを射出する。流石に血を思わせる光線のような複雑な軌道では無く直線的なものだったからかキリトは右半身を前にするように左半身を後ろへ動かし、そのオーラの刺突を躱した。

 直後、キリトは左側に持って来ていた二刀に青い光を宿し、駒の様に時計回りに回転しながらホロウへと突っ込んだ。刺突の姿勢で固まっていたホロウにその突進二連撃は阻まれる事無く叩き込まれる。右へ二刀を振り抜いたキリトは、そのまま黒剣に赤い光を宿し、高速で刺突五連、袈裟、逆風、唐竹の八連撃《ハウリング・オクターブ》を叩き込み、翡翠の剣で《ホリゾンタル・スクエア》へと繋げ、黒剣で左薙ぎと右薙ぎからなる《ホリゾンタル・アーク》、そして右へ振り抜いた黒剣を肩へ担ぐように動かして轟音を響かせながら《ヴォーパル・ストライク》を放った。

 《片手剣》スキルによってのみ構成された怒涛の連撃。実の所、どうしてキリトが技後硬直を無視して連携出来ているのか、そのロジックについて俺達はまだ詳しく知らない。誰も知らない。もしかするとキリトはソードスキルの硬直を無くすスキルでも習得しているのかとも思ったが、さっき背中を斬られた時は動けていなかったから、そういう類のスキルは無いらしいと分かっている。

 そんな、色々と疑問が浮かぶ怒涛の連撃のトドメでホロウは思い切り後ろへ吹っ飛ばされた。途中で地面に両足を付き、土に二筋の跡を作りながら制動を掛けて、そして止まる。

 

『……』

 

 制動を掛けて止まったホロウは、ゆっくりと立ち姿勢を整えた後、曲刀を逆手に持ち直して地面に突き立てた。態々武器を手放して一体何をするつもりなのだと緊張に表情を硬くしながらキリトや俺達が見詰める先で、ホロウは黒い手袋に包まれた左手を眼前に突き出した。

 直後、曲刀を出した時のように、今度は金色の稲妻を放ちながらホロウの左手に一本の日本刀が出現する。それは俺が使っている刀より短め、長さ的には小太刀くらい――凡そ全長八十センチ程度――だった。柄に巻かれた鮫革は白く、鍔は鍍金色で菱形、刀身の反りは浅めで鞘の色は純白のそれを、ホロウは柄を右手で持った後に一息に抜いた。刀身の色は鏡のように光を反射する白銀だった。

 その刀身からバチッ、と白雷が走った。それを見てか、キリトは息を整えた後、また二刀を左右に広げて構える。

 

『……』

「……」

「……動きませんね」

 

 見合ってから数秒、そして十秒ほどが経過した時、耐えかねたかのようにランがポツリと言葉を漏らした。

 

「HPの回復を待ってるんでしょうか……」

「ふむ、しかしそれだけとは思えないが……」

「……間合い」

「「「「「え?」」」」」

 

 アスナ、ヒースクリフが話し合おうとしたその時、確信を得ているかのような口調でリーファが一言口にした。それに俺達が視線を向けると、金髪緑衣の妖精は義妹を抱き締めながら、しっかりとキリトへ視線を向けたまま口を開いた。

 

 ***

 

「剣の間合いです。多分、キリトの間合いもボスの間合いも、あそこがそれぞれギリギリ一歩外なんですよ。どちらかが動いた瞬間、それは両方の間合いの中に入るという事。だからキリトは動けないし、動かない。動けば後の先を取られて不利に、待っていれば先の先を取れて有利になるから。見た限りでは剣の速さはおろか、剣筋も、身のこなしも同等ですから、先に動くか後に動くかだけが有利不利を決める」

「間合い……攻撃範囲の事か」

「ゲームではそう表現しますね」

 

 ユイちゃんを抱き締め、未だ戦況が硬直状態にあるキリトとボスを見ながら、あたしはクラインさんの疑問に答えていた。いやに饒舌に語れるのは、あたしが剣道をしている傍ら、色々と本を読み漁っていたお蔭だ。

 間合い。これはゲームでは攻撃範囲と表現される。まぁ、意味は殆ど同じなので別に構わないのだけど、あたしとしては間合いと言う方がしっくり来るのであまりゲーム的な表現は使わない。

 とは言え、この世界やALOでは見た目通りの間合いとはいかない場合がある、現にさっきの雷や炎の攻撃などがそれに当たる。なのでこの場では攻撃範囲と言った方が良いのかも知れない。

 しかしホロウが今手にしているあの雷を奔らせている刀には、どうしてか間合いと言う方がしっくり来ていた。何故かは分からない。

 何となく胸中でその事を疑問に思いながら、あたしはキリトを見ながら、少しだけ眉根を寄せた。

 

 

 

 ――――でも、和人……待ってるだけじゃ、余計に不利になるだけよ……!

 

 

 

 焦らずに相手を待つ、その姿勢は剣道でも大切だから良いとは思う。しかし時には思い切って一歩踏み出して先手を取る事も必要なのだ。相手が待ち構えているのは百も承知なのだから、それを上回る速度で肉薄し、一本取るという気概が大切だ。最初から諦めていては出来るものも出来ないのである。

 まぁ、根性論でどうにかなる訳では無い事は理解している。しかしやはり人間、気の持ちようだと思う、少なくともそういう部分があるのは事実だ。

 

「ッ……ぉぉぉおおおおおおおおッ!!!」

 

 あたしのその考えが届いたのか、はたまた偶然か、キリトは恐れを振り切るように裂帛の声を張り上げながらホロウへと突貫した。ソードスキルの光が灯っていない事から、どうやら相手の攻撃を捌いてから放つつもりらしい。ソードスキルは放ち始めたが最後システムによる動きが強制されて身動きがある意味で封じられてしまうらしいから、その選択で正解なのだと思う。

 ホロウはそれに対し、バチバチと白雷を放つ小太刀を右薙ぎに振るった。それに対してキリトが黒剣を真上から振り下ろし、刃を交錯させ……

 

「ぐっ、ぁあ……ッ?!」

 

 バチバチィッ! と黒い剣、そしてそれを持つ右手から全身に掛けて、まるで舐め回るかのように白雷が走り回った。それは相手の刃からキリトが持つ黒剣へと雷が電導し、彼を襲ったようにしか見えなかった。体中を白い雷が走り回ったのと同時に苦しげな声を上げ、キリトは一歩、二歩とよろけながら後ろへ下がる。HPは今ので三割を下回っていた。

 

「何アレ、刃を交えただけで、ダメージ喰らったよ?!」

「電気伝導なんだろうけど、あんなの反則もいいとこじゃない?! どうしろってのよ?!」

「くっ……!」

 

 アスナさん、リズベットさんが驚きと焦りの言葉を上げる。あたしも内心では同じだが、同時に何となく予想付いていた事なので声を上げるには至らなかった。むしろ今は、キリトがどのように対処するか、あのボスがどのような動きをするかを見る事に集中していた。

 キリトは体の所々から白煙を上げながら連続でバク転をし、ホロウの追撃を躱しながら後退、距離を取った。

 

「はああああああああああああああッ!!!」

「「「「「ええッ?!」」」」」

 

 距離を取ったかと思えば、何と地面に着地してすぐにまた突っ込んだ。回復するかと思っていた所で突っ込んだ事に誰もが驚愕し、声を上げた。

 ただ、あたしは何となく、キリトの考えている事が何となく読めたので、声は上げなかった。恐らくキリトは、刃を交えるのでは無く紙一重で躱し、生まれた隙に攻撃を叩き込む事を選んだのだ。限りなく至難の業だが、しかし今の彼の実力を考えれば決して不可能では無い。

 そんなあたしの予想は、半分当たり、半分外れていた。

 突貫してくるキリトに対してホロウは幾度か雷刀を振るった、それをキリトは紙一重でギリギリ躱していたが、最も肉薄した瞬間ホロウは狙っていたかのように雷刀を大上段に構えていた。突貫していたキリトには横へ跳ぼうがどうしようが、それを躱す事など不可能で、受けるしか無かった。

 そこで彼は思わぬ行動に打って出た。何と彼は翡翠色の剣を突き出しながら手を離し、慣性の力で剣をホロウへと飛ばした。そして頭上から振り下ろされる雷刀の柄先に、手隙となった左手の平を当て、刃が振り下ろされるのを止めたのだ。柄では電導しないので有効な一手だった。更には翡翠色の剣がホロウの腹部に突き刺さっているため、キリトはノーダメージだがホロウにはキッチリとダメージが――それでも極僅かにだが――入っていた。

 あたしはそれを見て絶句した

 柄先を押さえるというアレは、確かに剣術の中では有効な一手ではある。剣を振るう時、刃よりもまず柄の方が先に振られるので、柄を押さえてしまえば刃は絶対に振れないからだ。しかしそれは困難を極める。まずタイミングの見極めが非常に難しい、次に柄先を一発で固定するには力学的な理解を深めなければならないからだ。あたしでも未だに理論上は知っていても成功させられた事は無いのだ。

 別にあたしが年上だからという訳では無いが、それでも姉として見栄を張りたい部分がある、故に努力している事はそれなりに多岐に渡っている。だから分かるのだ、キリトがしている事がどれだけ至難を極めるのかを。生半な度胸と経験では決して為し得ない事なのだと理解しているから尚更だった。

 

「ああああああッ!!!」

 

 そうして攻撃手段を封じられて固まるホロウに、キリトは咆哮を上げながら橙色の光と共に黒剣を袈裟掛けに振るった。その一撃で翡翠の剣が弾かれ、ホロウの体から抜け、地面に落ちる。しかしキリトはそれには頓着せず、腰だめに剣を構え直して青い光と共に右へ振り抜いた。

 チリッとホロウのHPが削れるが、まだ一割も削れていなかった。どれだけHPが多い、あるいは防御力が高いのだと、胸中で悪態を吐く。

 その間にキリトは左拳を握り、蒼い光と共にホロウの鳩尾へと突き出した。その瞬間、ホロウの姿がまるで陽炎のように揺らぎ、そして消えた。

 

『遅い』

 

 キリトの拳は空を切り、再び空中へ瞬間移動したホロウが大上段に雷刀を構えていた。しかしキリトも同じ攻撃を喰らうつもりは無いようで、今度はさっきと違って反応して見せた。即座に黒剣を逆手に持ち替えたかと思えば、左足で地面を踏み抜き、バチバチと蒼雷を走らせる刃を跳び上がりながら思い切り振り上げたのである。

 白雷を纏った雷刀と蒼雷を纏った黒剣が正面衝突した。

 

「ガッ……ァアアアッ!!!」

 

 バチバチィッと刃から伝わって来た雷に身を灼かれるキリトは苦しそうな呻きを上げるが、しかし今回はソードスキルでの攻撃だったためか、システムの後押しもあってホロウの斬り落としに打ち勝った。ギャァンッ! とけたたましい音と共に、ホロウは思い切り上に剣を弾かれ、空中で仰け反った。

 大ダメージを受けずに済んだ、それは良かった。しかしキリトはソードスキルを放ったのだからホロウと同じように地面へ下りるまでは硬直で動けない……つまり仕切り直しになるのではと、そう思っている時だった。キリトの頭上から、何かが落ちて来たのは。

 それは翡翠色の剣……さっき地面に落としたままだった筈の、キリトが左手に握っていたあの剣だった。さっき跳び上がる際、わざわざ左足を持ち上げて踏み下ろしたのは、どうやらアレを空中へ放る為だったらしい、あまりにも早業だったのとキリトに集中していたから見えなかったのだ。

 キリトは空中でそれを逆手で手に取った。すると蒼い光が二刀を包み込み、直後その場で左回りに回りながらホロウへ斬撃を何度か叩き込んだ。

 

「スターバースト・ストリーム……ッ!!!」

 

 絞り出すかのような声と共に、蒼光を迸らせる二刀を空中で縦横無尽に振るい、ホロウへと痛烈な斬撃を叩き込んでいく。ソードスキル中は落下しないようでキリトは空中に留まり続け、仰け反りは三次元的な位置座標固定なのかホロウもまた空中に留まったままだった。

 十数連撃を叩き込み、そして一際強く左の剣を引き絞った。

 

「ジ……イクリプス……ッ!!!」

 

 その時、二刀を包んでいた蒼光は消え去り、瞬時に黄金色の光へと切り替わった、それは堕天使や狂戦士に対して凄まじい乱舞を放った時の光と相違無かった。直後、最後の左刺突をキャンセルしたキリトは、黄金の剣閃を次々と叩き込んでいき始めた。三次元的な機動を描くアレだ。

 ホロウのHPは一撃ではほんの僅かにしか削れていなかったが、それでもソードスキルの連撃数が半端では無いからか、その残量は着実な速度で削れていっていた。

 

「ナイトメア・レインッ!!!」

 

 最後の空中で体を捻りながらの唐竹割りで地面に叩き落とされたホロウに対し、キリトはもう一切余裕を与えてなるかとばかりに、怒涛の連撃を止めようとはしなかった。技名らしきものを叫んでいるのは、恐らく恐怖を払い除ける為なのだろう。

 赤紫色の光を二刀に宿した彼は、まるで剣舞を思わせる滑らかさで流れるように刺突と斬撃を見まい、最後に斜め十字と横一文字が交差した巨大な斬閃を描くように二刀を薙ぎ払って締めた。

 

「デプス・インパクトッ!!!」

 

 更に彼はソードスキルを繋げた。黒剣で袈裟掛け、翡翠の剣で逆袈裟、左薙ぎを放ち、右の剣で刺突、最後に左で強烈な刺突を見舞う五連撃だった。今までに較べてインパクトに欠けたものの、ホロウのHPゲージの下に防御力低下を示すキリトと同じアイコンが追加されたのを見て、あのソードスキルはデバフ効果を優先したものなのだと把握した。それなら連撃数が少ないのも頷ける話だった。

 

「シャイン・サーキュラーッ!!!」

 

 刺突の後、キリトは少しだけ体幹を左に捻った。すると二刀に今度は蒼黒い光が宿り、右に左にと回りながら斬り付け、元の位置に戻った後は滅多斬りにし、最後に二刀同時に刺突を繰り出した。それでホロウは仰け反りながら軽く後方へと吹っ飛ぶ。

 

「逃がすか……ッ!」

 

 距離が離れてはまた拙い状況になると判断したらしいキリトは、どこか切羽詰まった様子で、二刀に青い光を纏わせて独楽の様に回りながら突進した。吹っ飛ぶホロウよりも、キリトの突進の方が遥かに速かった。

 しかし、キリトの二刀は届かなかった。ホロウに届くほんの僅か手前で阻むものが出現したからだった。

 彼の二刀を阻んでいたのは、炎だった。ただしただの炎では無い、まるで円盤のような形状をして何も無い空中で燃え盛る炎だったのだ。それは次第に炎が収まる事で姿を現す。一言で言えば、それは手裏剣だった。ただし中心は十字様の持ち手があり、四方に巨大な刃、その間に四つほど小さな刃が取り付けられているもので、フライングディスクを実戦用にしたようなものだった。それが二枚あり、それぞれがキリトの二刀を受け止めていた。

 

「な……あ、あれは一体……?」

「……アレは、チャクラムだヨ」

 

 あんな武器を見た事が無かったあたしの疑問には、それを聞いたらしいアルゴさんが答えてくれた。

 彼女曰く、このSAOでの投擲武器は矢や銃弾と同じように弾数があるのだが、あのチャクラムは投げた後も自動で使用者の手元に戻って来る事から実質的に弾数無限の武器らしく、《投擲》スキルとエクストラスキルの《体術》スキルが無ければ使用できない代物らしい。第二層から暫くのボス戦では使用者がいたので大活躍だったとか。

 

「しかし、まさかあんなモノをボスが使うなんてネ……今度は遠距離戦に洒落込もうってのカ?」

『燃え尽きろッ』

 

 アルゴさんの独白の後、ホロウは雷刀を曲刀の近くの地面に突き立ててチャクラムを手に取って、そして左右に腕を広げた。するとチャクラムが独りでに浮いて回転し、回転する刃から黒に混じって炎が噴出。そしてアリーナの地面が全て炎に焼かれているかのような焦土へと変貌し、アリーナの壁より数メートル内側に激しく燃え盛る炎が壁となって焦土を囲んだ。

 すると、キリトのHPがじわじわと削れ始めた。見れば彼の体にチリチリと小さな炎が纏わり付いているのが見えた。

 

「ッ! キー坊、さっさとボスを倒セッ! HPが燃焼ダメージで削れていってるゾッ!!!」

「ッ……!」

 

 流石に継続的な燃焼ダメージには気付いていなかったらしいキリトは、アルゴさんの指摘でギョッとしたような顔になった後、チャクラムを手に構えを取ったホロウから距離を取りながら腰のポーチを黒剣を持ったまま漁り、翡翠色の淡い光を放つ小瓶を取り出した。それの栓を外し、口に含む。すると残り二割強と赤色にまで落ち込んでいた彼のHPが一気に七割強まで回復し、更にはゲージの下にリジェネを示すアイコンが現れた。それを見て、一つ安堵する。

 キリトは飲み干して空になった小瓶を地面に放った後、二刀を構え直して朱く縁取られた白銀色のチャクラムを装備したホロウと相対した。

 

「ふ……ッ!」

 

 最初に仕掛けたのはキリトだった。恐らく燃焼ダメージで様子見をする訳にもいかなくなったからだった。

 先に動いたキリトは、右足を半歩後ろへずらした直後、一瞬で黒剣を突き出しながら突貫した。ホロウはそれをチャクラムで体の右に逸らすが、キリトは左へ逸らされた勢いに逆らわず、むしろ利用するかのように反時計回りに回り、二刀を重ねて叩き付けた。ザンッ! と鈍い音と共に直撃し、ホロウが軽く怯んだ。

 キリトはそこから更に左右に二刀を振るいながら追撃し、最後にその場で回転しながら連続で斬り付けた後、軽く後退し、突進斬りでホロウを斬り飛ばした。

 思い切り後方へ吹っ飛ばされたホロウは、その勢いに逆らわず、地面に足を着けたと思えば制動を掛けるのではなくむしろ地面を蹴り、更に後方へと跳躍した。そして炎の壁へと姿を消す。

 

『はぁあああッ』

 

 直後、ホロウが姿を消した方とは正反対、キリトの背後の炎の壁から姿を現した。ホロウは声を上げながら炎を纏ってキリトへ突進し、彼はそれを紙一重で横に跳んで躱した。

 

「せりゃッ!!!」

『ぐ……ッ』

 

 突進後で隙だらけになったホロウの背面から、キリトは腕を交叉して腰を落とした後、右の剣に蒼、左の剣に朱を宿して突進斬りを放った。それを諸に受けたホロウは僅かに呻く声を上げる。

 

「……やっぱり、あの声……」

 

 何度か声を発するのを聞いていたが、やはりとあたしは誰にも聞こえない程度に小さな声で呟いた。それは半ばあたしの中の疑念を確固たるものとする為でもある。

 《The Hollow Seized with Nightmare of past》という名前、全く同期した動きに同等の剣捌きと身のこなし、背丈、そして声……あまりにも色々と合致し過ぎていた。あたしの勘違いでなければ、今はチャクラムを使っているボスは……

 

 

 

 ――――かつてのあの子自身なの……?

 

 

 

 誰にも聞かれてはならない故に、あたしは胸中で続く疑念の声を呟いた。

 荒唐無稽ではあるが、しかしそうとしか考えられなかった。背丈や声は設定で何とか出来る、しかしボスと全く同期した動作というのはプレイヤー側の方に起因する。あの子がボスと全く同じ動きをしている為に、逆説的にあのボスはキリト自身ではないかという予想が立つのだ。

 かつて、つまり《桐ヶ谷和人》でも《Kirito》でも無く、何故昔のあの子だと予想したのかも理由がある。あのボスの名前が最大の理由なのだ。アレは直訳すれば《過去の悪夢に囚われし虚構》という意味になる。過去の悪夢とは、つまりは《織斑一夏》だった頃に受けていた感情や仕打ちであり、天才の姉や神童の兄に較べられていた頃である。虚構というのは、恐らくは同じ人間がもう一人いるというのを意味するのだろうと予想している。

 

『吹き飛べッ』

「ぐ……ッ、はぁあああッ!!!」

『ぐ……ッ』

 

 チャクラムを回転させ、凄まじい炎を噴き出しながら眼前に放り、それを二刀で防いで空中へ浮いたキリトが縦回転しながら二刀を振り抜いてホロウへと襲い掛かる。チャクラムを手元に戻している最中だったホロウは、その一撃を受けてまた怯んだ。

 幾らか予想外の出来事に翻弄されているキリトだが、基本的にはホロウに対して有利に動けていた。確かに窮地に陥る場面はあるものの、それも的確に対処するようになって、殆ど流れを掴んだままだ。

 あたしの確信めいた予想が当たっているなら、キリトは《The Hollow Seized with Nightmare of past》の攻撃手段をほぼ全て知っているに違いない、だからこそあそこまで的確な対処が出来るのだ。普通なら眼前の炎の壁から姿を消した敵が唐突に背後から襲い掛かって来て、それに反応して回避出来るとは思えない。

 だがそれだと疑問が残る。そもそも、前提からしておかしいのだ。

 《ソードアート・オンライン》というゲームは、正式サービス=デスゲーム開始から一切アップデートなどが為されていない。つまりこの第七十五層闘技場のボスも、製作して実装された段階から一切変更されていないという事になる。ならこのボスが仮に過去のあの子だとすると、製作スタッフの中にあの子の過去のデータを入れた者、つまりは彼の事を知っている者がいたという事になる。

 だが、何の為に? あの子がこのSAOをプレイし、このボスと戦ったとして、一体何のメリットがある?

 いや、それ以前にこのゲームが製作され始めた段階では、あの子はまだ《織斑一夏》だった、まだ桐ヶ谷家に拾われてすらいなかった。仮にあの子がSAOに入る可能性があったとしても、前の家の環境では神童の兄や周囲の人間達によって皆無にされていただろうし、あの子本人も関心を持たなかった筈だ。そもそも仮にプレイしていたとしても最前線で戦い続けたかも怪しい、不確定過ぎる。

 であるなら、あの子がSAOに入らない事を前提とされていたのか? しかし、それではこのボスの能力に説明が付かない。今のあの子の強さを支えているのは、十中八九人道に悖る人体実験とISコアを埋め込まれた際の爆発的な能力の増強だ、つまり《織斑一夏》として過酷な日々を送っていた頃のデータでは無い。これは攫われた先で取られたデータとしか考えられないのだ、このボスがかつての和人であり、そしてこの武器が全て彼のISに積まれている武装であるならの話だが。

 あのボスが恐らくはかつてのあの子なのだろうというのは予想が付いた。しかし、それなら一体何のために、一体誰がプログラミングしたのか。それ以前にあたしですら見た事も、具体的にはどんなものかも聞いた事が無いあの子の戦闘能力とそれに関するデータを、一体どこで入手したのか。

 

『その身に刻めッ』

「喰らうか……ッ!」

 

 あたしがグルグルと思考を回している間も、キリトとホロウは互いに鎬を削っていた。炎をその身に纏い、炎を噴出させるチャクラムを幾度も投擲し、突進し、最後に地面を叩いて火柱を上げるホロウの猛攻撃を、キリトは本当に分かっているかのように俊敏な動きで全て的確に回避する。

 回避後、炎を消して隙を晒したホロウに、彼はまた二刀に光を灯しながら怒涛の猛攻撃を仕掛けていた。蒼光、黄金、赤紫や片方にだけ光を宿した剣劇を叩き込んでいき、一発では微量ながらも積み重ねる事でかなりの量のHPを減らしていった。

 それが幾度も繰り返され、その度にホロウは使用する武器を変えてはキリトに襲い掛かった。時にはクレイモア――斬るよりも叩き潰すことを目的とした大剣――、時には大鎌、時には風を纏った六槍、時には紫色の光の矢を連続で放つ二丁ボウガン、時には大地を操る極太のアックスブレード、時には氷を操る大盾、時には水を操る細剣……他にも種々様々な武具が取り出されていった。本当にあの子がIS武装として全て使っていたのだとすれば、あのブリュンヒルデでも敵わないのではないかと思う程の錬度でホロウ――かつてのあの子――は全てを使いこなしていて、そのホロウをも二刀のみで退けるキリトに、あたしは少しばかり戦慄を抱いた。

 あたしは少し前に、かつての家族であった最強を追い求めているのではと思っていた、まだ届いていないが故に追い求めているのだと。それは半分正しかったが、半分間違っていた、キリトは恐らくSAO入りする前からブリュンヒルデを超えているのだ。ホロウの戦いぶりがかつての和人そのものであるならば、恐らく。

 そして今の彼は、剣一本で最強に上り詰めたブリュンヒルデとほぼ同格の位置に立っている。彼の場合は剣二本だが……少し前まで一本で戦っていながら最強と一部から認められていたのだから、ほぼ似たようなものだろう。

 そして長い時間を掛けてHPを残り三割ほどまで削られたホロウは、とうとうその武器を出してきた。左手には真っ白な片刃で幅広な刀身を持つ片手剣、右手には真っ黒で幅広な刀身を持つ片手剣……どこか反りの浅い日本刀にも見えるその二刀は、趣こそ異なれど、今のキリトを彷彿とさせる二刀だった。

 

「うっそぉ……キリト君と同じ、二刀流……?」

「見た感じ、アレで顔まで同じだったら双子って勘違いしてもおかしくないレベルだけど……構えまで同じだし」

 

 レインさんが驚きながら、フィリアさんが眉根を寄せながら言う。特にフィリアさんの言葉に、あたしは内心でドキリとしていた。恐らくだがあのフードを取った顔は、キリトと同じなのだと思う。

 あのフードが取られたが最後、キリトがどんな扱いを受ける事になるかはまったく分からない。出来る事なら最後まで取れないでと、あたしは強く願いながら、ユイちゃんを抱き締めた。

 

 ***

 

『「ふ……ハァッ!」』

 

 左右に闇色と光色の片刃片手剣、漆黒と翡翠の両刃片手剣を構えた黒尽くめの剣士達。二人は全く同じ動きで腕を交差し、腰を低くして構えた後、二刀を一気に振り抜いた。黒と白、黒と緑の斬閃が二人の周囲をそれぞれ旋風の様に旋回し、衝突し、爆発で地面が抉れた。剣閃が衝突した事で、二人は僅かに同程度後方へとずり下がる。

 聞いた話から間違っていなければ、キリトが放ったのは全方位を攻撃する二連撃ソードスキル《エンド・リボルバー》と言った筈だ。

 硬直が解けた後、キリトは再び二刀を腰だめに交叉して構えて突進斬りを放った。対するホロウは光を纏ったかのような輝きと共に地面を滑り、キリトの突進斬りをアッサリと躱して距離を取る。キリトの背後を取るように高速で回り込んだホロウは、右足を一歩後ろに引いた後、黒い片刃剣を突進と共に突き出した。

 

「喰らうかッ!」

『く……ッ?!』

 

 キリトはそれが読めていたのか、突進斬りの硬直が解けて動けるようになってすぐ、後ろへ左回りに振り返りながら翡翠剣を振るい、ホロウの黒い片刃剣の刺突を弾いた。かなり強く振るっていたのか、ホロウは大きく後ろへ仰け反り、倒れるのを防ぐために二刀を逆手に持ち直して地面に突き立てる。

 

「そこだッ!!!」

 

 そんな大きすぎる隙を逃す筈も無く、キリトは青い光を宿したエリュシデータで袈裟、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟からなる《ホリゾンタル・スクエア》四連撃を叩き込み、HPを僅かに削った。黒剣を右に振り抜いた後、彼はダークリパルサーに赤い光を宿して右斬り上げ、左薙ぎ、逆袈裟に振るって爪痕のような斬閃を刻む《シャープネイル》三連撃を放つ。

 体の右側に二刀が来たその時、次は左右同時に蒼黒い光に包まれ、その場で右に左に回りながら剣劇を叩き込む十五連撃《シャイン・サーキュラー》が炸裂した。最後の二刀同時の刺突でホロウは思い切り吹っ飛び、キリトもそこでソードスキルを終えて仕切り直しをする。

 

『光よ……ッ』

 

 距離が開き、互いに剣を構え直した後、先に動いたのはホロウの方だった。

 ホロウは二本の片刃片手剣を前に突き出し、言葉を発する。すると足元の地面から白と黒色の霧のようなものが吹き上がり、黒コートに包まれた小さな体が宙に浮いた。堕天使、狂戦士を始め、色々とSAOの常識から外れた攻撃は見て来たから、それくらいでは驚かなかった。

 むしろ、驚くのはここからだった。

 

『俺に……ッ』

 

 そう口にしたホロウは、眼前に突き出した二刀を、バク転した後に今度は天を突くように頭上に掲げた。すると二刀の先から極太の閃光が一本迸った。それは闘技場の屋根の高さまで達すると、十六方位に分かれるように分裂し、観客席を含む闘技場全体を包み込む程の巨大なドームを築き上げた。

 そのドームの中は、光が闇の中で瞬く黄昏の世界が広がっていた。まるで世界の終わりのような空模様は闘技場の外の世界を断絶していて、ただ先の無い闇、崩壊する光を見せるかのような黄昏のみが広がっていたのだ。

 

『力をッ』

「く……ッ?!」

 

 黄昏の世界にボク達を誘ったホロウは、それを終えてから両腕を左右に広げた。二刀から手を離されていたが、剣の色と同様に闇と光に包まれている二本の片刃片手剣はクルクルと高速で回転し、その側面から光色の弾を連続でキリト目掛けて射出していた。

 それはバスケットボール程度の大きさ、速度は人が走る程度だったけど、驚くべきはそれが地面に着弾したと同時、光色の爆発を起こした事だった。見た目よりも攻撃範囲が広かったのだ。キリトも全力でそれに当たらないよう駆け回っていたが、流石に爆発を完全に回避する事は適わず、爆風に足を取られてしまった。

 そこに光弾が殺到した。

 

「キリトッ?!」

 

 ボクは思わず名前を叫んでいた。堕天使の隕石群と狂戦士の火焔弾の猛襲の時とは違い、完全に直撃コースだった上に爆発の範囲が恐ろしく広かったから、あの数が殺到してはHPを削り切られてしまうと思ったのだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

「な……?!」

 

 しかし、その心配は杞憂に終わった。光弾が殺到したのは確かだったが、キリトは足を取られても着弾するよりも早く足を付き、上へと高く跳躍していたのだ。それで彼を狙って殺到していた光弾は、その殆どが地面に着弾し、不発に終わる。

 新たに射出された光弾は追尾性能でもあるのかしっかり狙っていたが、そこは隕石群と火焔弾のコンボを凌いだキリト、一発が着弾してから次当たるまでの間隔に技後硬直を合わせるように、右に左にと振るう剣を変えてソードスキルを放ち、光弾を斬り裂いていた。自分に向かって来るのは分かり切っているのだから、極論キリトはただ剣を振っていれば相殺出来るのである。まぁ、それには神掛かり的な攻撃の精密さが無ければ、実現不可能だろうが。

 そんな、他のプレイヤーには決して不可能な手段で危機を凌いだキリトは、ホロウとの距離をほぼ詰めたと同時、黒剣に血を思わせる深紅の光を宿した。

 

『やらせるかッ』

「ぬあ……?!」

 

 しかし、ホロウの方がまだ一枚上手だった。耳を劈くような轟音と共に迫り来る強烈な刺突を、ホロウは回転していた二刀を手にしたと同時に軽く周囲を払うように振るう動作だけで弾き、キリトを地面へと吹き飛ばした。ダメージは受けていないようだったが、あのタイミングで《ヴォーパル・ストライク》を弾かれると思っていなかったキリトは、何とか地面へ背中を叩き付ける前に空中で受け身を取り、地面に足から着地した。

 

『降り注げッ』

 

 キリトを吹き飛ばしたホロウは、闘技場を黄昏の世界に閉じ込めた時の様に天へと二刀を合わせて掲げた。すると、その時と同じように一条の閃光が天へと上り……光の柱となって、アリーナ中に降り注ぎ始めた。

 人間一人なら軽く飲み込める程の太さの柱が次々と降り注ぐ後傾は、まるで本当に世界の終焉のようだと、どこか空恐ろしく感じてぞっとした。

 

「う、ぉわッ?! おおぉッ!」

 

 その光の柱はバラバラ、完全にランダムで降り注いでいるようだが、逆にそれがどこに動けばいいのか分からずに当たってしまいそうになる。キリトもこればかりはどうにも出来ない様で、完全に回避重視で空を注視しながら走り回り、頭上が白に染まった瞬間、流石の反応速度で横に跳び退いて柱に呑み込まれないよう回避していた。

 光の柱は凄まじい速度で降り注いでいたが、それも十秒ほどが経過すればホロウの二刀から発せられていた二色の光が消え失せ、同様に柱も落ちて来なくなった。

 

「これで、終わりだッ!!!」

『ッ……!』

 

 ゆっくりと地面に下りたホロウを見て、漸く攻撃が終わったのだと判断したキリトは裂帛の声と共に、二刀を体の右側に寄せて振りかぶりながら駆け寄った。それに対し、ホロウもまた同じように二刀を振りかぶりながら走り寄った。

 瞬間、途中までは姿が見えていた二人は煙り、一瞬後に姿を視認した。キリトは二刀を振り抜いた前のめりの姿勢で固まっていて、空中にホロウが吹っ飛ばされていた。更にはホロウの両手から片刃片手剣が離れ、地面に突き立つ。

 少しして、ホロウは力なく背中から地面に落ちた。どさっ、と人が倒れた音が、静まり返った闘技場に響き渡る。

 同時、アリーナの地面に広がっていた焦土、アリーナの最大周径に沿うようにして燃え盛っていた炎の壁、闘技場を包み込んでいた黄昏の世界が消え去った。気付けば堕天使と狂戦士の戦いからずっと空で渦巻いていた暗雲も消え去り、真昼の明るさと第七十六層の天蓋が顔を見せる。終わったのだと、何とは無しにそう思った。

 

『……ァ……イ…………ァ……ッ』

 

 ほっと安堵の溜息を吐いたその時、微かに耳朶を打った掠れ声に身を固めた。

 

 

 

『ァ……ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 

 

 その発信源はすぐに分かった。キリトの背後、ボク達がさっきまで目を向けていたホロウからだった。

 地面に背中を付けて、仰向けに倒れていたホロウは、さっきまでと違って音程が狂ったかのような叫び声を響かせ、その身から輝く光色だけで無く底無しを思わせる闇色、澄んだ蒼白のオーラ、それと対を為すかのような赤黒のオーラが噴き出していた。光と闇を思わせるオーラを二つずつ放ち、叫びを上げるホロウを、ボク達は勿論キリトも茫然として見るしか無かった。

 

 

 

『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 

 

 猛獣の如き咆哮を轟かせながら、一際強くオーラが噴出した後にホロウはその身を起こした。その起こし方は普通では無く、まるで浮いているかのように一度体が真上に浮き上がり、それから足を地面に着けるという順番だった。

 次に目に付いたのは、その姿だった。背丈や華奢さに変化はないが、その容姿は見る影も無かった。真っ黒な部分は腰から下肢に掛けてで、上半身は半裸だったのだ。切り傷、火傷、裂傷、何かが穿たれたかのような痕、縫われたような痕……そして胸の中央には真っ黒な球体が埋め込まれていた。

 肌色は全部真っ白で、無機物を思わせるかのような白色はどこか寒気を覚えさせる、更には鱗のように腕の所々はささくれ立っていた。後ろ腰まで伸びていた髪は漆黒色だったが、どこかくすんでいるようにも見えた。顔は残念ながら鬼を思わせる白い仮面で見えなかった……金色の瞳、白目の部分が黒いという恐ろしい特徴はしっかり見えたが。

 

「……何、アレ……」

 

 SAOでもあそこまで禍々しいモンスターなんて見た事が無い、悪魔や気持ち悪い生物よりもアレはよっぽどモンスターに近いと思った。生態とかでは無く、その存在や威圧感が化け物並みだと。本能的な恐怖を覚えさせられる存在だった。

 

『グルル……』

「ッ……」

 

 最早変貌とさえ言える変化を終えたホロウは、唸りを上げながらキリトに視線を投げた。その途端、茫然自失して固まっていたキリトがびくりと震え、右足を半歩だけ下げた。彼もボクと同じ、いやそれ以上の恐怖と覚えているのだ。真っ向から視線を投げられたのだから、ただそこにいるだけなのに恐れを抱いているボクより遥かにその恐怖は大きい筈だった。

 ホロウは怯えを見せたキリトに視線を投げ、しかしすぐに興味を無くしたかのように外した。そして右手を横に突き出す。

 すると右手には、一本の大刀が握られていた。黒い鮫革が巻かれたしっかりとした拵えの柄、柄先からは途中で途切れている黒い鎖が幾らか伸びていた。刀身は峰の方が分かりやすい黒で切っ先の辺りで一度返しが付いていて、刃は白銀色、波紋は滑らかで穏やかな波を思わせるもの。パッと見た第一印象では、出刃包丁を大刀としてしっかり整えた、そんな感じだ。ホロウの身の丈よりも大きい――全長およそ130センチ程だった――ので、分類するなら大剣だろうと思えた。

 次にホロウは、左手を振り払った。その瞬間、アリーナ中に落ちていた、ホロウが使っては放置していた曲刀、雷刀、クレイモア、大鎌、チャクラム、細剣、六槍など、全ての武器達が一斉に意思を持っているかのように浮き上がる。そして全て、ホロウの背後、あるいは周囲に展開される。

 

 

 

『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 

 

 そして、これまでが前座で、漸く全ての準備が整ったとでも言うように、ホロウは一際強い咆哮を轟かせ、キリトへと視線を向けた。

 《The Hollow Seized with Nightmare of past》のHPはあと一割、恐らく《ジ・イクリプス》を全撃当てれば削り切れる程度。その程度のHPが果てしなく遠く感じる程、今のホロウは凶暴な気配を放っていた。対するキリトのHPは九割強まで回復していたが、一気に削られる事を考えると決して安心出来ない量だ。

 堕天使と狂戦士を同時に相手するのも生温いと感じる、今までに無い絶望的なたった一人のボス戦の火蓋が、切って落とされた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 堕天使と狂戦士をも超えるボスの正体はお察しですが、ネタを色々とぶっこみ混ぜ合わせております。究極系は《BLEACH》の完全虚化でした、ウルキオラを予想されていた方は凄く惜しかった。ホロウが持ってた大刀は、二年後の一護が銀城と戦う際に持ってた斬月をイメージしております。

 そして漸く色々と散りばめていた伏線の一部を回収です……SAOベータ時点で二刀流だったり、様々な武器スキルを完全習得していた理由、そして研究所を壊滅させられた理由がコレです。ぶっちゃけかなりグレーなネタだと思っているので、警告受けたら哀しいですが修正するつもりではいます。無ければそのまま直行ですが。

 完全虚化の登場については、キチンと原因と理由があります、何時語られるかは未定ですのですぐかも知れないし物凄く後かも知れません。多分割と早くだとは思います。

 ちなみに一番最初の剣は《ソウルイーター》と《テイルズ・オブ・デスティニーリメイク版》の《ベルセリオス》という剣を混ぜ合わせております、似ていたので。技もそれらしいものが幾つかありますしね。一部は某ゲームの思念体のものもありますが。

 警告が来た時の為に備えておくので、数日は様子見で投稿は一時中断です。ハーメルン様を運営されている方から警告が来なかったら、このまま行きます。

 警告、されなかったら良いなぁ……(; ・`д・´)

 では、次話にてお会いしましょう。


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