インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:七色、千冬、楯無

字数:約一万二千

 事後説明会。ダイジェスト進行ですが、ゆるして() リアルタイム進行はクッソつまんない上に話数喰って面白味ない(確信)なので。

 主人公高評価が苦手な人は注意(今更)

 ではどうぞ。




エピローグ ~大器晩成(A man of high caliber)

 

 

 二〇二五年六月一日、日曜日、午前十一時半。

 東京都都心、枳殻家。

 

 自宅一階リビングの自席にふんぞり返って、あたしはパックに入ったいちごヨーグルトドリンクをストローで力任せに吸い上げた。乙女が立てるには相応しくない騒音が盛大に発生し、対面に座る実の姉・枳殻虹架が顔をしかめた。

 

「ちょっと、七色、それやめなよ。行儀が悪いよ」

「むぅ……だってぇ……」

 

 ストローから口を離したあたしはむっと隣の姉に目を向ける。最初は咎める面持ちだった表情が次第に崩れ、最終的には彼女も同情的に苦笑を浮かべる。

 

「そりゃ、まぁ、七色のキモチも分からなくはないけどさ……でも仕方ないよ。和人君だって好きで居なくなった訳じゃないんだし」

「むぅ~!」

 

 改めて口にされるとまた苛立ちが込み上げて来て、ストローを咥えるや否や、両手でぎゅっと紙パックを握り潰す。底に残っていた液体がずずっと口の中に入った。

 空になったパックを握り潰し、数メートル離れた屑籠に放り込んだあたしは、テーブルに頬杖をついて盛大に溜息を吐く。

 

「あーあ……せっかく二人っきりって思ってたのに、一週間で離れ離れとか、普通そんなのある? イマドキ転校生だってもうちょっと居るわよ」

 

 がっくしと、あたしは両腕に頭を(うず)める。

 彼が登校を始めたの五月十九日月曜日。最後の登校日は二十四日金曜日だ。事件があった二十六日も登校はしていたが、結局学校に着かず事情聴取諸々でお流れになり、いまでは東京湾の人工島に移っている。

 その辺の調整をするお(かみ)や保護者である桐ヶ谷家のご家族も大変だろうとは思うが、一番大変なのは環境が激変している和人本人だろう。流石にISを生身で撃墜するというのは驚異的とは言え、それを危険視するくらいなら彼と敵対する行為をしなければ済む話なのに、身勝手な主張をする人間のために彼が配慮しなければならないとかどこかおかしいとしか思えない。

 当初こそ私の監視目的だったらしいのに、『もう無害だろう』で解任されるとか、最早私をダシに別の何かを企んでいたと言っているも同然だ。

 てっきり私は、彼が登校する為に、私の監視を利用しているものだと思っていた。しかし真実が逆で、私の監視を理由に、彼は登校する必要があったのだ。更識家に居たのではどうにも出来ない問題があったのだろう。そしてそれは『更識簪』という少女が誘拐された事と関係があると私は見ている。

 よくよく考えれば在籍中のセキュリティ管理も厳し過ぎた気がする。そのクセ、彼が登校しなくなると分かった途端、あたしの行動範囲の自由度も増した。

 まさかと思うが、登校中に襲撃されるよう狙っていたのではと勘繰ってしまう。

 

「まぁ、和人君もタイヘンだからねぇ……」

 

 そんな私の思考を、のほほんとした顔で言って済ませてしまう姉・虹架。

 

「甘い、甘いわよお姉ちゃん!」

 

 そんな姉に物申すべく、ずびしと指を突きつける。やめなさいと摘んでのけられるけど、それでもあたしは物申す。

 

「ただ『タイヘンだから』って済ませるのは思考停止よ! いい、恋は戦争なの! そんなのほほんってしてたらあっという間に行き遅れちゃうのよ!」

「いきなり話がぶっ飛んだね?! わたし今ちょっと付いていけなかったよ?!」

 

 ぎょっとした眼で見て来るが、あたしはふふん、と笑って跳ね除けた。ひく、と姉の頬が引き攣るのが見える。

 

「な、なんか七色ってば、わたしの事を舐めてない……?」

「そんな事ないわよ~?」

 

 好意とかにかなり奥手だなぁとは思ってる、というのはナイショ。

 

「し、白々し過ぎる……」

 

 頬をひくつかせる姉と、挑発的な笑みを向け合ってばちばちと火花を散らす。

 そんな不毛な争いは、数秒後、同時に溜息を吐いた事ですぐに終わった。なんだかんだで姉も自分と同じ心境なのだ。

 体調面からフルダイブも制限されているいま、今度会えるのは何時になるのやらと、あたしは海の彼方へ思いを馳せた。

 

   ***

 

 同時刻。

 東京湾人工島、IS学園。

 

 無機質の床を進む音が反響する。

 規則的なそれは二人分。一つは硬質で、もう一つはやや柔らかい。前者がヒールを履いた自分の足音で、後者が後を付いて来る者の足音。それを聞きながら無言で進めば、何も無い廊下から開けた空間へと出た。

 大きな楕円型ドームの競技場(アリーナ)

 斜め四方にピットがそれぞれあり、そこからは鈍色、あるいは緑色の機体を纏った少女達が疎らに飛び出て、アリーナを飛び回っている。中には武器を手に戦闘訓練を行っている者も見えた。

 それを振り仰ぎながら、私は後ろに付いて来た人物へと振り返る。

 

「――此処が第三アリーナだ、()()

 

 血の繋がった弟の片割れだった少年が、露出した左の金の瞳で、空を仰ぎ見た。

 

   *

 

 IS学園は、東京湾沖合に人工的に作られた島の上に立てられたISについて学ぶ専門機関である。ISは女性にしか扱えないので、実質女学園化していたが、六月頭からはそこに一人の未成年男子が加わる事になった。

 それが桐ヶ谷和人。元、織斑一夏。

 加わるとは言え、無論学生としての入学では無い。

 

 六月一日(きょう)から六日前の五月二十六日の朝、和人は展示会予定会場からISを強奪した女権団体に襲撃されたが、政府が開発したIS技術の護身用具を用いて撃退した。

 

 内容だけ(さら)えば特別珍しい訳ではない。

 しかし、顛末が異質である。なにしろ彼は実質対IS装備とは言え生身でISを退けたも同然。更にその最中、彼は家族を傷付けられたと知るや否や怒りを露わに暴れ狂いまでした。その様は悪鬼と思える鬼気迫りようで、殺気立っているとは正にあの様とすら言えるほど。

 事態の顛末を知った世間――この場合は日本国内――の意見は、凡そ二分化した。

 家族を傷付けられ怒りを露わにした点はほぼ理解されている。だがその後が問題で、道具ありとは言えISを下す能力を危険視して拘束するべきという意見と、侵害しなければ安全だから様子見という意見で割れたのだ。所謂過激派、穏健派というやつである。

 

 結論から言えば、現状は様子見。

 

 元はと言えば悪いのは女権団体だ。あの集団はこれ以上ないほど世間を炊き付けるよう動いていたが、そもそもテレビ中継も押し入りな上に強権発動という営業妨害、脅迫罪に問われかねないし、ISに関しても強盗罪、傷害罪、国家間の取り決めであるアラスカ条約にも抵触しているという、言い逃れ出来ない程の犯罪性。そこまでやっておいて捕縛された時は冤罪を主張――つまり和人が悪いという主張――をするのだから呆れ果てるばかり。

 ――これもまた自分の罪、とは少々認め難いところだった。

 彼女らの思想をISで塗り替えた原因は確実に自分にある。だが、あそこまで暴走したのは個人の判断であり、そこまで責任は持てない。そんな事を考える私はダメなのだろうが、防ぎようがない。

 いまの自分にできる事は、第二、第三の女権が生まれないよう力を尽くしつつ、最初の女権を徹底的に潰す事だろうと考え、私は動いた。

 捕縛した操縦者四人とテレビ局から連行された女権と繋がりのある者達を洗い出し、女権団体関係企業に所属している全員を検挙する。無論抵抗もされたが、こちらは“アラスカ条約に反した団体、人間を処罰する”という国家の指示で動く大義名分があり、実力行使に出られても問題無いので、特に滞りなく終わった。救援のない籠城、抗戦ほど虚しいものは中々無いだろう。

 そうすれば次々と出て来る汚職、冤罪の証拠物件の数々。

 冤罪で裁判沙汰になっている男性の多くが救われるキッカケになったと知って、多少救われた気分になった。

 無論数日で済む案件では無いのでいまも国は動いている訳だが、教職と国家代表という地位を除けば一般人な私はその辺をあまり知らない。《更識》として動いている楯無の方がよっぽど知っているだろう。

 

 とは言え、その《更識》もゴタゴタはあったようだ。

 

 事件当日、和人が襲われた件を含め、他に複数の事件が重なって起きていた。

 まず午前八時に桐ヶ谷家襲撃。一分程度でクロエ・クロニクルが到着し、襲撃者達を沈黙させた後、更識邸へと送ってから和人の救援に向かったので、二十分ほどここで要している。

 次に起きたのが更識簪、布仏本音誘拐。これは午前八時過ぎ。

 そのあと午前八時十分に和人がIS四機に襲撃される。

 午前八時十五分に更識楯無へ、和人が電話を掛け、楯無が国際IS委員会にISの使用許可を貰い出撃。に十分頃に簪、本音を救出し、その足で和人の救援に向かった。

 午前八時二十五分頃に、和人がISを二機撃墜。そのほぼすぐ後に更識楯無とクロエ・クロニクルが同時に到着。ほぼ同時刻にテレビ局の女権が連行される。

 そんな流れになっていた。

 私が出撃しなかったのは、楯無が出撃した事で、学園を襲撃されてIS数十機のコアが盗まれるなどしないための抑止力としての面がある。事態が長引けば招集が掛かる予定だったが、一時間足らずで終わったので出動要請は掛からなかった。

 

 これだけ聞けば、女権が関わっているのは和人襲撃と桐ヶ谷家襲撃、テレビ局押し掛けであり、更識の方には関わっていないように思える。

 

 無論、こんなタイミングで起きているのに、無関係な訳がない。

 実際は《更識》の先代当主の頃から仕えていた古株と女権が裏で内通しており、タイミングを合わせてを仕掛けたらしい。

 その古株だった《樫木》という男は、実は他の暗部組織所属のスパイだったという。現在そのスパイは学園地下で死なないよう生き永らえさせられながら尋問(ごうもん)を受けている。あまり進捗は無い、と残念そうに楯無が首を振っていた。

 それ故推測ではあるが、と彼女は私にも事情を話してくれた。

 樫木の狙いは、おそらく《更識》の内部崩壊。

 方法は二つ。

 

 一つ目は、《対暗部用暗部》としての信用失墜。

 

 これが和人を亡き者にしたい女権と繋がった要因らしい。

 和人が更識に身を寄せる理由に『ISを使える男性の保護』というものがあるが、これは本当にごく一部にしか伝えておらず、知っているのは更識姉妹、布仏姉妹、篠ノ之束、クロエ・クロニクルの六人だけに徹底していた。護衛にも伝えないのかと思ったが、その辺は暗部故の警戒心なのかと勝手に納得している。簪がIS関連の勉強を教えていたらしいが、今回の事件のように『襲撃を予測して事前知識を得る為』と考えるのが普通で、流石に使える事を前提にとは誰も考えないだろう。

 ともあれスパイは『和人がISを使える』事実を知らないので、必然それ以外でなにかを考える事になる。

 そこで浮かぶのは、楯無が和人の護衛をしている、という点だ。世間的な意見では、和人は黎明期にあるVRMMOのリサーチャーとしての役割を期待されており、リアルの警護の為に更識に身を寄せていると見られていた。専用機を持つ楯無が最大の護衛、となればその重要性は非常に大きく思えるだろう。更に《事変》に於ける日本政府の支援が表沙汰になった事で、和人の存在がかなり重要である事も周知の事実となった。

 『政府お抱えの更識が、政府が重要視する人間を護衛している』という関係が克明になったのである。

 それは正に《更識》としての仕事そのものと言えるわけで、他の組織からすればとても面白いとは言えない。ならばと逆手に取ったのが、和人を亡き者にする事で護衛任務を失敗し、信用を失墜させるという計画だ。

 かつて見下され、貶められていた少年をわざわざ重用する政府の期待を裏切る。たった一度でも、それは大打撃と言える。しかも当主直々となれば尚の事だと、楯無は重い顔で言っていた。

 

 二つ目は、更識姉妹の不仲である。

 

 簪を産んだ時に母親が亡くなり、数年前に父親が病没した事で、楯無は若くして現当主になったらしいが、当主を決める際に紆余曲折があったという。その『紆余曲折』こそがスパイによる攪乱だったのだろうと彼女は語った。私は部外者なので詳細を教えてもらえなかったが、『不仲を利用された』という話を聞けば、当主を推す二つの派閥を煽り、収拾がつかないよう誘導していたとは察せた。

 結局代表候補生になった事が決め手となり、楯無が当主になったのは、不幸中の幸いだったと言えるのかもしれない。

 ――ともあれ、その展開はスパイの組織にとって、面白くない展開だ。

 だから当てつけのように妹の簪を攫い、《当主》か《個人》かを選ぶよう仕向けた。それは和人が電話で発破を掛けた事で無駄になり、結果的にそれが最善となった訳だが、もしその発破が無ければ彼女は妹を喪っていた。更識は存続しても、他の部分で影響があっただろう。

 大別して『和人襲撃事件』と『誘拐事件』と言われているそれは、和人の電話の映像によりほぼ関連した事と思われている。ただ《裏》の側面を少しでも消すためか、樫木の犯行も女権がした事になっている以外はほぼ真実そのままだった。

 

 そして、その後。

 

 女権が捕縛、解体される間、和人の扱いは揉めに揉めた。

 《零落白夜》を再現した技術は日本のIS研究の成果であり、まだ試験段階のため公表されていないし、元が防犯目的のため処罰の対象にはならない。というより、今回の事で和人が処罰されるような事はない。

 冒頭で話したように、彼の精神性や行動を危険視する過激派と、心情を理解した穏健派の言い合いが激化したのだ。

 彼が定める“大切な存在”を傷付けた場合、彼は今回の事件のように怒り狂い、犯人を攻撃するだろう。その際に殺しが起きる可能性は否定出来ない、というのが過激派の意見。

 穏健派の反論では、エネルギー切れで撃墜した操縦者たちは攻撃しなかった、とある。

 殺すかもしれない、という危険性で意見が割れたのだ。

 和人自身は、あの時女権を殺すつもりは無かった、ただ直葉達を助けに行くにはまず無力化させなければならないと考えたから剣を振った、と弁解している。攻撃する意志はあったが殺意は否定したのだ。それを穏健派は支持し、過激派は疑っている。

 

 ハッキリ言って水掛け論だ。

 

 そのため様子見。

 とは言え、そのままでは意味が無いので、色々と環境が変わっている。

 道具ありとは言え、ISを生身で下したのは事実。その身体能力などは純粋に脅威と判断された和人は諸々の話し合いを経てIS学園に身を置く事が決まった。就学自体は元の通信教育に戻り、生活の場を更識邸から人工島に移したのだ。

 理由は明白。

 IS学園は全寮制。つまり、護衛や抑止力扱いになる楯無は、ほぼIS学園がある人工島に滞在している訳で、有事の際にすぐ対応出来ない。だから近くに居た方がいい、という安直な話だった。世界最強と言われる私が居るのもある筈だ。

 政府からすれば、入学していないだけで結局そこに行くのだからと、安全面の方で安心したい一心だろう。

 それに、元々和人は、帰還者学校の授業を通信教育で受講していた。それが《事変》後になっていきなり通学になり、今回の事件だ。通信教育に戻るのはある意味必然。そんな経緯で和人はIS学園に隔離された。

 傍から見ればかなりの不遇ぶり且つ理不尽な状況だが、地下アリーナもある此処に隔離されたという事は、秘密裏にISの訓練も可能という事である。

 裏の事情を知っていればいるほど、将来の為に地盤固めが出来る環境に近付いているように思える。

 

 ――もしここまで和人の思惑通りなら空恐ろしいな……

 

 そんな事を考えながら、空を舞うIS達を眺める少年の後ろ姿を見つめる。

 勿論私とて本気で考えてはいない。簪誘拐、自身への襲撃、直葉達への襲撃は危惧してはいたかもしれない。だが直葉達を危険に晒すような事を計画に入れるほど彼は悪辣では無い人格だと思う。もし計画通りだとすれば、あそこまで本気で怒れるとは思えなかった。

 だが、それ以外はどうだろう、とも思う。

 政府と話し合う機会を持ったのも、更識家に身を寄せたのも、仮想世界での役割を認めさせて総務省仮想課の一職員になったのも、それは全て彼自身の行動の結果だ。ある程度の偶然はあるだろうが、凡そ和人の思惑通りになっていたとは言えるだろう。

 つまり最初は通信教育で、《事変》の後に『なにか』を理由に通学に切り替え、今回のように襲撃があった場合に通信教育に戻す際、IS学園に隔離されようと考えていたとしても、私はおかしくないと考えているのだ。感情を誘導し、思考を制限し、ある程度予想通りに事を運ぶくらいは出来るのではないか、と。

 とんだ突飛な妄想だと、そう笑い飛ばしたい。

 だがこの少年は、あのデスゲームに囚われた人々の心理を操り、秩序を体現した聡明さがある。

 これは決して、贔屓目によるヘンな妄想では終わらないのでは……

 

「――せい、()()()()

 

 くい、と袖を引かれながら呼ばれ、はっと意識が思考の海から浮上した。視線を下に向ければ、金色の瞳が私をじっと見つめてきている。

 

「すまない、考え事をしていた……もういいのか?」

 

 そう問うと、少年はこくりと頷いた。

 

「そうか……もうすぐ正午になる。このまま食堂まで案内しよう。付いて来い」

「はい」

 

 短い返事と共に、私の後を付いて来る。

 血の繋がりがあるとは思えない、他人行儀な関係だ。在籍する生徒でない彼は、『年上の相手』という形で敬語を使って来る。

 その事実に、胸の奥が少しだけ疼くのを感じながら一路、食堂へと向かった。

 

   ***

 

 二〇二五年六月一日、日曜日、午前十一時四十五分。

 IS学園、食堂。

 サンドイッチをメインに据えた洋食セットを二つカウンターで受け取った後、(うつほ)が取ってくれていたテーブル席へとそそくさと移動する。このあとに来る二人の為に席の確保は必須事項だった。

 ひょっとすると今後固定になるかもしれないので、食堂の隅の方の席を取っている。

 人で溢れ返り、席に座れないせいで立ったまま食べる事になる哀れな人には申し訳ないが、そこは我慢して欲しいと思う。頑張って早く来て席を取れる事を願うばかりだ。

 その苦労を考えれば、『護衛兼監視』という任務があるとは言え、私は気が楽だと思う。

 請け負っている任務の対象である《桐ヶ谷和人》は、世間の過激派が危惧する危険人物では無いからだ。場合によっては危険になり得るが、基本的に温厚な性格である彼は、それこそ倫理的にもアウトなラインのタブーを犯さない限りこちらに害を齎さない。私は短い付き合いからそう理解していた。

 だからこの食事も、建前上護衛と監視になるにせよ、ほぼ普段の食事と変わらないという印象だ。

 

「お嬢さま、来たようですよ」

「あらホント。織斑先生、和人君! こっちですよ!」

「――む」

 

 食堂に入って来た黒スーツを着こなした教師と、その後ろを付いて歩く黒尽くめながら白髪金瞳の少年に、声を掛ける。気付いた二人がこっちに来た。

 その二人を見て、食堂に居た生徒たちがじっと視線を向ける。

 織斑先生が食堂に居るのも珍しい――生徒と食事時間がズレる事が多い為だ――のに、それに加えて男子が居るという異様な状況だからだろう。ましてや世間に知られるレベルで恨みつらみを抱いている少年と、その対象()()()女性だ。あらゆる意味で緊迫感が生まれそうな組み合わせである。

 今のところ、和人の眼の色が変化してないから大丈夫そうではあるが、内心どうなのかは誰にもわからない。

 周囲から視線を集める二人がこちらに来たところで、女性が和人を促し、私の隣に座らせた。しかし彼女が座る気配はない。

 

「先に座って待っていろ。それと、何を食べる」

「……此処で何が食べられるか分からない」

「……そうだったな……和食セットで構わないか?」

「それで」

「わかった」

 

 言葉少ない会話。お互い目を見て話しているが、やはりどこか固い。

 織斑先生は酷く後ろめたい筈だし、和人も内心忸怩たるものを抱えている筈で、それがこのぎこちない会話なのだろうと察するのは容易かった。

 ――何時もの私なら、二人が会話しやすいよう話題を振るところなのだが。

 この二人の問題は根が深いばかりか、二人の間で結論が出ているので、下手に口出しする方が野暮というもの。織斑先生を見送った後、私は当たり障りのない話を振る事に決めていた。

 

「それで和人君、どうかな、このIS学園。これから暮らしていけそう?」

 

 その言葉には、入学してから、という意味も含めていた。

 ほぼ建前と化しているが、監視されるレベルでは警戒されている彼は、生身に於いては上から数えた方が早いレベルで驚異的である。その抑止力として挙げられているのが私と織斑千冬で、どちらかが一緒に居なければ学園内を自由に歩く事も出来ないようになっている。

 そして、彼が普段生活する場所は、学生が住む寮ではなく、学園地下にある拘置所だ。重大な違反を犯した生徒を入れて反省を促す為にある牢屋のような場所である。

 と言っても、元が箱入り娘の入学が多いIS学園だ。拘置所一つで訴えられては敵わないと経営側も考えたのか、拘置所とは名ばかりの、ほぼ寮と変わらない部屋の方が多い。本格的な違反の場合は本当の牢屋に入れられるが、そこを使われる事は極稀だと聞く。そして彼が住まうのもほぼ寮と変わらない方の部屋だった。

 正に建前のオンパレード。表向き拘束が多いが、自由な面もほどほどにあるというのが実態。

 現状維持とはそういう事なのだ。

 それを不自由と取るかは人によるが……

 

「今後過ごす部屋は見たけど……アレは、その。査問官とかは何も言わないのか? 下手なホテルより豪華だと思うんだが」

「モーマンタイよ。IS学園の全体がそんな感じだし、慣れた方が精神衛生上良いわ」

「そ、そうか……そう……」

 

 微妙な顔で口をもごもごさせた後、彼は口を噤んだ。

 言いたい事は分かるが、ここに来る大体の女子が箱入りな時点でお察しである。本来の用途のものも用意しているのなら黙認というのが現状だった。

 税金の無駄遣いとはこの事だ。

 その無駄遣いの数割を何らかの形で日本に還元すればデフレで喘ぐ貧困層の多くを救えると思うのだが。

 

「ああ、そういえば、和人君に言わないといけない事があったのよ」

 

 ぽん、と両手を合わせて、話題を変える。

 少年が小首を傾げた。いきなり言われれば、まあそうなるか。

 ――そんな少年に、私は頭を下げた。

 どよっと、周囲がざわめくが、そんなのはどうでもいい。いや狙ってやってる部分はあるけど、真意はそこじゃない。

 

「あなたのお蔭で簪ちゃんを助け出せた。他にも、色々と……本当にありがとう」

 

 周囲からすれば、あの事件中の電話の事だと思うだろう。それは確かに含んでいる。

 しかしそれは半分。

 残り半分は、その後の『色々』にある。

 

 ――彼が現実に復帰し、政府との話す場を設ける事を頼み込んできた時の事だ。

 

 菊岡と私の二人でそれを引き受ける時、対価として、私達はそれぞれ別の事を求めた。

 菊岡は仮想世界での戦力や調査員としての働きを。

 私は、最愛の妹・簪の事を気に掛けるよう、お願いした。彼女が彼をフォローするなら、彼もまた出来る限り彼女をフォローして欲しいと願ったからだ。最終的に“簪の危険に晒す人物への対処に協力”という文言に収まった。それを、彼は承諾した。

 まだ会った事が無かった彼女を守る事を何故承諾したか、その真意は定かではないが、その承諾がどれだけ本気だったかは、事件中の電話の事を考えれば、推して知れる。

 

 だが――件の『色々』は、それだけではない。

 

 元々彼は生還者学校に在籍しているものの、通信教育制度を使っていた。身辺上の安全を理由にしていたが、《クラウド・ブレイン事変》以降は、七色・アルシャービン改め枳殻七色の監視として、物理的に登校するようになった。

 結果、彼は登校中を狙われ、襲撃を仕掛けられた。

 しかし、それは彼の術中である。

 彼はALOにログインする時は篠ノ之束博士に宛がわれた部屋か、あるいは菊岡が手配した場所のどちらかしか使わなかった。自室では決してダイブしなかったのである。それは、正しく事件中の通り、顔も見た事が無い人間を信用していなかったからだろう。あるいは見ていても、信用していなかったのか。

 その理由は、《事変》の後に知った。

 

『楯無。これは俺の考えだけど、《更識》内部にはスパイか何かが居ると思うぞ』

 

 病室で療養している時の事だ。

 見舞いに訪れた私を見て、唐突にそんな事を言って来たのが事の始まり。聞けば私と簪の当主決めの時に、私が代表候補になる代わりに簪が当主になる、あるいは逆など、自分でも考え付く案を経験豊富な面々が出さなかった時点で怪しいというのが彼の主張。《裏》の人間が目立つ仕事をするデメリットを誰よりも理解している筈なのに言わなかった事が怪しいのだと。

 実際、それが古株だった樫木の策だと後で判明した。

 まぁ、古株で信頼していたからこそ、樫木が裏切り者だと分からず、まんまと簪達を攫われた訳なのだが。

 防げなかった事は仕方がない。むしろ、オリンピックや《モンド・グロッソ》など、大仕事の前に対処出来たと前向きに考えれば、彼には感謝の念しか無かった。

 スパイとは言え、曲がりなりにも暗部の古株である樫木が、あんな杜撰な計画を実行したのも、間接的に彼が煽りに煽った結果。彼の価値が上がり、認められ始めた事で、彼の保護を任されている案件の意味が大きくなり、自然と《更識》の評価も高くなっているという認識で焦ったのだ。

 となれば、何かしら行動をしなければならない。

 その場合一番なにかしやすいのは簪な訳だが、丁度その焦りが出た頃から、彼が登校を始めた。

 つまり登下校を一緒にしている訳で、その実力を訓練で知っている樫木も下手に手を出せなかった。なまじ傭兵から訓練を受けていて、しかも実態がホロウのようにヤバいと知っていれば、むしろ避ける部類である。

 そこに来て女権の事情を知り、内通した樫木は、一気に手を打つ事にした。すぐバレるというのに送迎車を二つにするという杜撰な行動はその結果。スパイの樫木からすれば、《更識》を内部崩壊に導けばいいわけで、つまりは護衛失敗を引き起こすのが目的だ。《楯無》である私をどうにかすれば良く、溺愛する妹と和人のどちらかを選ばせる事で身の破滅を招こうとしたのだ。

 結果的にどちらも取った訳だが、それは和人が対応出来る条件を揃えていたという例外である。

 

 ――つまり、彼の《登校》は簪を守る為であり、同時に自分の価値を高める事で焦るスパイの者をあぶり出す作戦でもあったのだ。

 

 仮にこれで釣れなくても実際簪は守れるし、彼は学生生活をエンジョイ出来るし、何なら七色という天才から勉強を教えてもらい、一緒に何かを作り上げる事も出来るという、どっちに転んでも彼にとっては構わないという提案。

 送迎、護衛の手間は増えるが、内部の敵をあぶり出せる可能性があるならと採用した結果、コレである。

 ISを使える事は広めていないが、彼の登校やあぶり出し関係は更識の《裏》の幹部は多少察したようで、彼を見る目がここ数日で大きく変わったように感じた。ほぼ《更識》の一員と言っても良いだろう。

 それほど、彼の視点と気付きは、《更識》に大きな益を齎してくれていた。

 その感謝の礼に、彼はやや視線を泳がせた。白磁のような頬に朱が掛かる。

 

「助けになったのなら良かったけど……面と向かって言われると、照れくさいな」

「ふふ、可愛いわよ?」

「ふん……」

 

 揶揄うと、腕を組んでぷい、とそっぽを向かれた。

 

 その姿を見ながら、彼が大いに力を貸してくれた事に思考を回す。

 

 彼が必死に繋げてくれた簪との仲に関してだが、まだ話は出来ていない。

 話をしたい、と言いはしたが、彼女の方が待って欲しいと言われた。経験者の和人に相談すれば、下手に催促しない方がいいと言われた。逆に焦ったり意地を張ったりでヘンな方向に転ぶから、と。

 だから今はまだ返事待ち。

 ただ、まぁ……一言で拒否されてない以上、まだ望みはあると見ていいのだろうか。

 かつての馬鹿な行いを贖い、やり直す第一歩の為の望みは……

 

「……感謝するのは、俺もだ。直姉達を受け容れてくれた……ありがとう」

 

 ふと、朱い顔をそっぽに向けたまま、そう言って来た。

 ちょっと苦笑してしまう。

 

「それはこっちの台詞なんだけどね……」

 

 桐ヶ谷家に襲撃を仕掛けられ、《黒騎士》を纏ったクロエ・クロニクルが救援に向かうまでのおよそ一分間、直葉、木綿季、藍子の三人は各々が武器を持って抗った。直葉だけは真剣で、兇器やナイフを持った男達を相手に大立ち回りをしたが、木綿季は持ち前の反応速度で銃弾を防ぎ、藍子は近付いて来る男達への牽制に焼き串を投げるなど、ちょっと現実と仮想を間違えてるんじゃないかと思うレベルの応戦をしていたという。

 結果、三人は多少の擦過傷くらいで済んだのだが、問題はそこではない。

 桐ヶ谷家周辺には監視、護衛を任されていた更識の手の者が居たが、そこから連絡が来なかった。そして護衛や監視の配置は樫木が決めていた。つまり、樫木と同じ内通者だったのだ。三人は勿論、桐ヶ谷夫婦も不信感を訴え、表沙汰になってこそ居ないがそこはかとない問題になった。

 しかし、最終的に彼女達は《更識》に()()()()()()()

 受け容れた、ではない。和人が更識邸から出たのと入れ替わりで、彼女達の寝泊りする場所が更識邸になったのである。

 無論、それには彼女達の理解と納得が必要で、そこはもう彼が頑張ってくれた。

 ――そもそも、彼も《更識》に獅子身中の虫が居るのは安心できない訳で。

 それを取り除くのに協力したのも、今後《更識》に彼女らの身辺警護を任せる為であり、つまり受け容れてもらわなければならなかったのだ。やや変則的ではあるが、利害の一致というやつである。その辺を彼自身が説明したからどうにか納得してもらえたが、そうでなかったら決裂していた可能性もある。

 簪を助け、彼も助けたのに、そこで決裂したら和人の保護と政府との兼ね合いでまた面倒な事になって、結果的に樫木が居た組織の狙い通りになった可能性すらあるのだ。

 心底彼の理解があって良かったと思う。

 ホント、礼を言うのはこちらの台詞だった。

 

「――なんだ、随分仲が良いな、お前達」

 

 そこで、両手にお盆を持った織斑先生が戻って来た。片方を彼が受け取る。彼女は()()()()に座った。

 揃ったところで四人で合掌し、食事にありつく。

 ――これからこの日々が続くのだな。

 そう思うと、そこはかとなく楽しそうだと思えた。

 

 







結論:全部和人のおかげなんだよ!(月島さん並み感)



・桐ヶ谷和人
 契約の事になるとガチる小学六年生。
 元帥達と話をした夜、楯無との会話で抱いた《更識》への疑念から行動。楯無は簪の保護、和人は直葉達と自分の安全保護という利害一致の為に、《事変》解決後に七色監視という名目をキッカケに登校開始。
 結果、一週間で樫木というスパイが釣れる(ちょろい)
 IS四機を、道具ありとは言え生身で撃墜した事で世界は震撼。それを脅威とする過激派に配慮してIS学園に隔離される。
 尚、本人はむしろ訓練目的でノリノリの模様。
 元々更識邸で隔離されてた上にVRMMO(リアル距離関係無し)か鍛錬、勉強くらいしかしてなかったので、実質環境に変化が無いという。
 ダメージあるのは七色くらいでは?


・枳殻七色
 無情にも一週間で二人きりの時間は喪われた天才少女。
 学校に登校する為に自分を利用している、と思っていたら、登校の理由本命のカモフラージュに自分が利用された、と気付いた。手段と目的が逆転している事は結構重要。
 ボスを張ってる時から和人に執心し、暴走時点だと実質告白みたいな事をしてるので、バリバリ惚の字。割と手段は択ばないが常識は守る良い子。
 一緒に《エレクトロニクスコース》選んだのに~と恨み節中。


・枳殻虹架
 七色の実姉。
 挑発に乗ってバチバチしてる時点で内心はお察し。今後距離を詰める機会はあるのか……?
 優秀な年下の子(七色&和人)を見て感覚が色々マヒしている。


・更識楯無
 苦労人。
 先代楯無の時代から入り込んでたスパイとかどうしろと、という心境の現楯無。これは先代が割と悪い。
 和人の評価ストップ高中。
 以前《更識》に勧誘していたが、ジワジワと外堀(暗部幹部)から埋めていっている節がある。
 簪との仲は、簪の心の準備が出来てから。楯無は一歩踏み込んだので進展したと言える。数年分の軋轢で溜め込んでたらすぐには解消できませんゼ。


・織斑千冬
 世界最強の看板を以て、和人の抑止力になった教師。
 やや疎んじている《世界最強》の名前が弟を貶め、いまはその看板が弟と触れ合う機会の渡し守とは、とんだ皮肉である。
 言葉は少ないが、噛み締めるように時間を大切にしている模様。

 尚、秋十の事は頭から抜けている(そういうトコだぞ)



 ちなみに今話、サブタイトルの大器晩成(A man of high caliber)と章タイトルの《人の器(caliber)》とで掛けています。

 実際の『大器晩成』は『great talents mature late』なのですが、和人の場合は『晩成を経て既に大器になっている』というこじつけ解釈です。原作キャリバーもそんな感じだから気にするでない!(暴論)

 つまり〇〇幕の話はこれで終わり!

 では、次話にてお会いしましょう。


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