インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 前回使っていたネタで特に警告されなかったので、これくらいならまだ大丈夫だと判断して投稿しました。一週間ほども空けてしまったのはそういう事情ですので、ご容赦頂ければと思います。

 さて、今話で漸く長かったソロキリトによる闘技場編が終わります、最後の文で《個人戦》が漸く終わります。ここで五話も使った……まぁ、本当はもっと長くなる予定だったんですが。

 さて、今話ではキリトによるホロウの情報解説、次にリズベット視点で戦闘が展開されます。何気に今回、色々とぶっこむだけでなく今後で重要な情報がチラホラあります。戦闘描写が単調になってますが……あんまり深いとアレなのだと察して下さい。

 ではどうぞ!




第二十四章 ~狂乱~

 

 

『グルル……』

 

 白い仮面、黒目に金の瞳、鱗があるようなささくれだった白い肌、そして周囲を取り巻く種々様々な武器……《The Hollow Seized with Nightmare of past》は恐らくこの闘技場最後の敵なのだろうけど、最後の最後にとんでもないのが出て来たなと、俺は二刀を構えながら胸中で苦々しく思っていた。

 最初、まさかあの悪魔を思わせるような曲剣が出て来るとは思っていなかったので動揺はしたものの、それ以降、予想していたものが次々と出て来た為にある程度は対処出来ていた。あの曲剣は勿論、チャクラムやクレイモア、二丁ボウガン、雷刀、槍、細剣、アックスブレード、大盾、大鎌、二刀などは全て俺がリアルで使用していた武器だった。

 アレは全て、俺の体に埋め込まれているISコアの機体――と言うよりは戦闘衣装――で戦う際に用いていた武器で、研究所にて渡されたものでもある。生身でISを纏った者と戦う為にはあらゆる武器に精通していなければならないという考えがあったらしく、俺は研究所でこれらの扱いを叩き込まれたのだ。名前、声、体格、何よりも身のこなしと剣筋がまるっきり自分と同じなのだから、攻撃の手が分かっていたのも当然である。武器を出す順番までは分からなかったが、出されればどういう攻撃をしてくるかは自ずと分かった。

 しかし、目の前に佇む姿まで出て来るとは思っていなかった、完全に想定外だった。

 この姿を知るのは俺と、俺がデータとして見せて教えた束博士を除けば、後は俺があの世に送った研究所の者達や追手の者達しか居ない筈なのだ。このSAOに俺の研究所のデータが組み込まれているのもそうだが、どうして現状俺と束博士しか知らない筈のこの姿すらも入っているのか。

 この白い化け物としての姿は、過去に一度だけなった事があった。研究所でISコアを埋め込む手術を受けた直後に俺はその場にいた者達を皆殺しにして脱走した訳だが、その時にこの姿になっていたのである。まぁ、このボスみたいに武器を自在に操るとか、そんな事はしていなかったのだが。

 束博士に聞いてみれば、謂わば暴走状態にあったらしく、俺も記憶が途切れ途切れになっていたから納得出来た。暴走の原因は俺とISコアの同調率が高すぎて、俺の負の感情がISコアの意識にまで浸透し、コアの意思まで負の感情に囚われたからだとか。

 ISというのは使い手が長い時間を掛けてコアの意思と同調していくことで、形態の二次移行を迎える。初期設定で操縦者の動きを最低限サポートするようにし、一次移行で操縦者に適した機体性能へと変化し、二次移行からは操縦者と機体が長い時間を掛けて研鑽を積んだ末に迎えられる独自の成長ルートなのだという。なのでコアに記録されるデータも、まるで同じものは一切存在せず、それぞれがユニークな成長樹形を描くらしい。接近戦が多い場合は装甲が厚くなり、距離を取った射撃戦を得意とするならスピードや武器の射撃精密度が上がったりなどがあるという。

 普通なら何百、下手すれば何千時間という膨大な時間を費やす事で初めて操縦者に合った二次移行へと移る。

 しかし俺はISコアとの親和性、同調率が途轍もなく高かった為と、体に直接埋め込まれた事もあって一気に適合。初期設定は体に埋め込んだ時とそれまでのデータがあった為に即座に終わり――これに関しては元々そうなるようにされていた――、一次移行という下地部分を抜かした状態で、二次移行に相当する独自の成長を負の感情によって促された為に、本来踏む筈のルートを踏まない成長をして暴走した。

 SAOに例えるなら、スキルや武具に見合った平均よりも遥かに高いステータスを得てしまっているという、あべこべな状態。それがあの化け物のような姿らしい。通常の成長を正の成長とするなら、俺の場合は負の成長という事だった。

 ISコアの成長も人間が深く関わっているからこそ、操縦者が負の感情を抱いていればコアの意思も負の感情を抱き、囚われ、蓄積していき、最終的には暴走する。俺はそれを一発で起こしてしまったという訳だ。まぁ、その原因を考えればむべなるかなという話なのだが。

 ともかく、このボスの姿はおよそ二年半前の俺自身、記憶こそ朧気ながらどんな能力を有しているかは分かっているので対応は考えられる。

 しかしそれは同時に、俺の行動もまたあちらに対応されてしまうという事実を示している。むしろ一度に使える武器の種類はSAOのシステムによって制限されている俺の方が手数が少ないので、仮にボスが過去の俺自身で無くとも不利な状況なのは当然であった。

 《The Hollow Seized with Nightmare of past》の背後には黒と白の片刃片手剣、雷刀、曲刀、水を操る水色の細剣――ランベントライトに酷似したもの――、星を象った結晶が柄に嵌め込まれたクレイモアが交差して浮かんでいた。周囲には風を纏った六槍が浮遊、左右には炎を纏ったチャクラム二枚と二丁のエネルギーボウガン、右側にはアックスブレード、左側には大鎌、正面には淡い青に縁取られた氷を思わせる深い蒼色の盾が浮かんでおり、右手には出刃包丁を思わせる片刃の大刀が握られている。

 前後左右全てに武器が配置されているため、俺はどこから攻撃を仕掛ければ一番ダメージを受けないか分からず、攻めあぐねた。

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

「ッ……?!」

 

 そうしている事に苛立ったのか、数秒はアクションを見せなかったホロウが苛立ちにも戦闘を開始を告げているようにも聞こえる咆哮を、天を仰ぎながら大口を開けて唐突に響かせた。集中し、警戒していた俺はびくりと肩を震わせ、身を強張らせる。

 

『グアッ!!!』

「な……ッ」

 

 それがいけなかったのか。それとも、心のどこかであり得ないと高を括っていたのか。目の前に居た筈のホロウは、次の瞬間には俺の背後に一瞬で回っていた。狂ったような声が聞こえたからこそ即座に気付けたものの、眼前に集中していた俺は反応が遅れ、俺から見て左斜め上から振るわれた大刀の直撃をどうにか持ち上げたエリュシデータで避けるので精一杯だった。ガンッ! と思い衝撃を右手に受けたと同時、思い切り仰け反らされる。

 振り返り気味のところで体勢を崩されたため、その一撃で軽く足がよろけ、前のめりに倒れかける。ダメージは受けなかったので動けた俺はダークリパルサーを持った左手を地面に突き、片手で逆立ちをするように受け身を取り、受けた衝撃を利用して地面を脚に付けた。

 場所こそ多少ホロウから離れるように動いたもののまた背中を向けてしまっていた俺は、即座に肩越しに背後を確認した。

が、ホロウは後ろにはいなかった。

 

『グルアッ!!!』

「上……!」

 

 ホロウは俺の頭上に居た、曲剣を使っていた時にも見せたあの頭上へと一瞬で移動する攻撃をするべく、俺をよろけさせてから動いていたのだろう。

 そんな予想を広げながら、俺は頭上から大刀を振りかぶって落ちて来るホロウの攻撃を防ぐべく、二刀を交叉して掲げた。二刀の交叉点に大刀が思い切り振るわれ、大気を鳴動させる程の衝撃と共に衝突点が揺らぐ。大地を踏みしめている俺の両脚が地面を抉るかのように沈んだ。

 

『グルル……ッ!』

「ぐ、おおおぉぉ……ッ!!!」

 

 大刀を振り抜こうと前のめりになって来るホロウ、それを跳ね除けようと両腕に力を籠める俺の鍔迫り合いは、最早気合いの勝負になっていると言っても良かった。

 

 

 

 ――――ビキッ、ビシィ……ッ

 

 

 

 一進一退で押し切れない状態が数秒も続いた時、その音が手元から響いた。見れば二刀の刀身に亀裂が走り、刃毀れを起こし始めていたのだ。戦闘をしていたらどうしても避けては通れない現象……耐久値減少による影響だ。堕天使の長刀やさっきのホロウと相当数打ち合ったし、狂戦士の《ぺネトレイト》を削る時にはかなり硬い手応えを感じたから、それがかなり響いたようだ。

 

「く、そ……どうすれば……ッ!」

 

 このまま鍔迫り合いを続けていては耐久値全損によって二刀が喪われる。それは戦えなくなるという事よりも、この二刀を鍛えてくれたレインとリズに申し訳が無いという感情の方が先に立っていた。

 それに、エリュシデータには第一層のボス戦の途中から使い出したアニールブレードの魂が宿っているのだ、砕けてしまったアニールブレードの魂も――実際に鍛え直した訳では無いが――受け継ぎ、ずっと俺を支えてくれた剣の魂が。耐久値全損でそれを喪うのは、《Kirito》としての俺の支えを一つ喪うという事を意味していた、クラインを初めとする皆の他に、皆が居ない時に支えてくれた存在を喪うという事を。

 

『グルル……ッ!!!』

 

 俺が困惑と焦りで思考を回転させている間も続いている鍔迫り合い、それを制そうとしてか、あるいは俺の二刀を砕こうとしてか、ホロウは大刀を両手に持ったと思えば更に力を込めて押し出してきた。それに合わせ、不吉な音と共に二刀の刀身に更なる亀裂が走る。

 

「この……ッ!」

『グル……?!』

 

 押し出すとなると、二刀に掛かっている負荷が更に大きなものとなるために取れない手段だった、そのため俺は一歩後ろに引きながら二刀も押すのではなく引いた。こちらに全体重を掛けていたホロウはそれで前のめりによろけ、隙を生む。

 そこで俺は大刀を二刀で押さえ込みながら、地面を滑るようにホロウの左横を滑って背後に回った。唐突な事に対応出来ていないホロウをしっかり視界に収めながら二刀を背中の鞘に納め、右手を振ってメニューを呼び出し、即座に押し慣れたボタンを一回タップした。すると背中にあった重量が全て無くなり、代わりに左腰にさっきまで背中にあったものよりも遥かに軽量の物質が具現化する。

 それの柄を右手で握り、引き抜きながら、左手はホロウの背中に伸ばしていた。その左手は、ホロウの背中の右側から顔を覗かせるように浮いている水色の細剣の柄を掴み、一気に引き戻す事でホロウの支配権から外す。正式に俺のものになった訳では無いが一応使えはする、こういう事はモンスター達もしてくるから出来るとは確信していた。

 プレイヤーはこれを、《武器強奪》、通称でスナッチと呼ぶ。

 右手には黒い細剣、左手には青い細剣、それが今の俺の装備だ。服装に関しては変わっていないのでステータスの値は攻撃力が大幅に、あとは武器の付与効果で多少増減している程度なので、手数と攻撃力が変わっているという認識で良い。

 俺が二刀流をした時は片手剣二本ばっかりだし、殆ど《二刀流》スキルの披露はその組み合わせしか行っていないから気付いているプレイヤーは少ないかもだろうが、このユニークスキルと思われる《二刀流》は、片手武器ならどんな組み合わせだろうとスキルを放てる特殊なものだ。勿論武器によっては使用できないソードスキルが出て来る、その代わりに使えるスキルも出るので一長一短だ。

 オーソドックスなのは両手に持つ武器の種類が同じ場合、つまりこれまでのように片手剣を両手に持ったり今のように細剣を持ったり等だ。変わり種としては片手剣と曲刀、片手剣と短剣、細剣と片手棍などだろう。幾らでも組み合わせが可能なので工夫次第では無限の攻撃手段を持てはする、武器の持ち替えを即座に行えないという部分が少々ネックなので、ソロの身にはキツイのだけど。

 《二刀流》を片手剣二本でしか行わなかった理由……それは現実でも片手剣の組み合わせでしかした事が無かったからと、余り周囲に手の内を晒したくなかったからだ。アスナ達には良いけど、《誅殺隊》に知られると更に面倒な事になりそうだったから。

一応片手武器の組み合わせと情報を流しているので、弁解すれば新たなスキルなのではという誤解も解けるとは思う。

 しかしここで問題なのは、片手剣二本の時と違った武器の《二刀流》は、当然ながら武器が違うのだから勝手も違って来るという事。俺は研究所や束博士の訓練で片手剣の《二刀流》は慣れていたけど、他のはそこまで熟練している訳では無かったのだ。片手だけならまだしも、両手ともに片手剣以外の武器を持った状態となると、上手く戦う事が出来なくなる。どこかぎこちなさを残してしまうのだ。

 勿論、そうならない組み合わせもあるにはあったが、それは極少数。そしてそれを選ばず、一対の細剣を選んだ最大の理由は……

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええッ!!!!!!」

 

 怒号と共に、二刀を突き出すべく矢を引き絞るように後ろに引く。すると黒い細剣は白銀の光を、蒼い細剣は黄金の光を刀身から迸らせ、直後怒涛の勢いで交互に突き出す。極限の集中力を発揮して世界がゆっくりになる中でも、見える剣尖は全体の半分にも満たない、左右併せて秒間十発以上も突き込んでいるからだ。

 その攻撃は途中で反応したホロウが動かした盾によって阻まれ、結果的に数発しか当たらなかったものの、ホロウのHPは確かに僅かなりとも減少した。見た感じHPの減り方は全ての攻撃で一定だったので、攻撃力よりも手数を求めた、それ故の細剣の組み合わせである。細剣は全ての武器の中で最速の攻撃速度を誇る武器だからだ。ちなみに短剣は最高のクリティカル率を誇る武器で、速度は細剣の次にあり、逆に細剣はスピード性からクリティカル率は高めなもののシステム的な補正で短剣の次の高さとなっている。

 今放ったのは《ネージュ・ド・リザレクション》という名前のソードスキル。連撃数は三十六連撃で、実に《スターバースト・ストリーム》の二倍の連撃数を誇っており、更には《ジ・イクリプス》以上の手数と瞬間的な面制圧力を誇る剣技だ。一瞬十撃以上の速度で敵を突くなど、堕天使を相手にした時に放った俺の一撃九閃よりも上なので半端では無い。

 

「ハァッ!!!」

 

 続けて、俺はノータイムで黒の細剣を翡翠色の光と共に正面へと突き出した、《細剣》初級ソードスキル《リニアー》だ。初級なので威力はそこまででは無いものの、敏捷性というステータスが高くなれば自ずと剣速も爆発的に高まって結果的に高威力を有すると共に、元々短い技後硬直も極端に短くなるというメリットの多い技だ。アスナやランも、ソードスキルの中ではとても使いやすいので、今でも使用している。

余談だがアスナの二つ名の元はこれだったりする。

 その俺が放った翡翠色の刺突は蒼の盾に真っ向から当たった、切っ先がしっかりと蒼の盾に対して垂直に当たったため、それを用いたホロウは後ろへ軽く仰け反った。その威力が高かったからか倒れそうになり、瞬間的にホロウは地面を蹴って距離を取った。

 

「……ふぅ……」

 

 俺は距離を取ったホロウを見据え、息を整えた後、黒蒼一対の細剣を構えた。

 

 ***

 

 ホロウが白い化け物になってほぼすぐにキリトのエリュシデータとダークリパルサーの耐久値が限界に近付いた事を示す亀裂が入ったのを見た時、あたしは長らく彼の二刀の面倒を見て来た者として、やはりこうなったかと苦々しい思いを浮かべた。あれだけ堕天使と黒コートの戦いで打ち合っていたのだ、むしろここまでよく持ったものである。

 そしてキリトの対処の仕方に度肝を抜かれた。まさかストレージからあたしがインゴットから鍛え直している黒い細剣を取り出しただけでなく、ホロウの背中に浮いているランベントライトに酷似した水を操る細剣を奪い、自分の武器として使うとは予想外だった。

 SAOのシステム的に、メニューから装備した訳では無いので本当の持ち主という判定は受けていないものの、一応プレイヤーのステータス数値と武器の数値が合算された上でダメージ算出されるらしいので、キリトの対応は間違っているという訳では無い。むしろボスが使う武器なのだから耐久値は下手な武器よりも上である。まぁ、あたしが鍛え直している武器よりも弱いという訳では無いのだけど。

 

 

 

「お、おい、《二刀流》って片手剣じゃなくても使えるスキルなのか?! 今明らかに細剣二本でスキル放ってただろ!」

「片手武器って言ってたのはこういう事か……ビーターの奴は片手剣使いだったから、今まで使わなかっただけなんだろ」

「でもその二刀も罅入ってたし……これ、負けるんじゃないか?」

「元々ビーターは当て馬だったんだろ? アイツに出来て【絶剣】とか【紅の騎士】とかに出来ない訳無いし」

「ああ、やっぱりそうなんだな。ボスの情報が所々違ってたのは【鼠】が負けさせようとしてたからか」

「まぁ、じゃないとあの情報屋が間違った情報を伝えないだろ」

 

 

 

 細剣を二本持って再びホロウと刃を交え始めたキリトを見て、これまで驚きの連続で静かだった観客達がひそひそと話し始めた。その殆どがキリトを貶めるような内容で、聞こえて来る内容にあたしは苛立ちを募らせる。

 

「……何も、知らないクセニ……」

 

 当然ながらそれが聞こえていたアルゴは、情報の間違いはあの子を負けさせる為だったと言った男のプレイヤーを横目で睨んで、そして僅かに顔を俯けていた。戦いが進む内に集めた情報の幾つかが誤りであったと気付いて、キリトに対して申し訳なさを感じていた所でその言葉だ、苛立ちと悔しさが襲っているのは想像に難くない。

 本当に人の思い込みは恐ろしいと思う。どうやら攻略組最強の盾と揶揄されているヒースクリフや片手剣使い最強と――キリトは格下と見られている為に――目されているユウキが本命だと思っているようだが、とんでもない、むしろい今のキリトの方が大本命である。《レイド戦》がクリアされていたら、むしろユウキ達の方が当て馬として戦って少しでも情報を引き出し、キリトの助けとなろうとした筈だ。

 逆に言えば、いきなり大本命のキリトが戦い始めたのはそれだけ勝てる見込みが低かったから。堕天使の攻撃を、ユウキですらも見切る事が出来なかったのだ。勿論その場に居なかった為に戦闘の緊張感が無く、戦闘中の集中力とは幾らか下がったものだからという見方も出来るが、本人も仮に戦ったとしても勝てないと言外に認めているので、キリトより先に戦ったとしてもキバオウの二の舞になってしまうのは容易に想像がついた話だ。

 キリトもそれを理解しているからこそ、意地でも諦めていない部分がある。

 

『グルアッ!!!』

「ッ……こ、のぉッ!!!」

 

 細剣を奪われただけでなく背後から攻撃を受けて距離を取っていたホロウは、浮遊して近付きながら左手を差し向けた。するとホロウの周囲に展開していた風を纏っている六本の槍が動き、切っ先をキリトに向けたと同時に貫かんと飛び出した。その後を炎の残滓を残しながら二枚のチャクラムが回転しつつ追い、更にホロウの左右に出現したエネルギーボウガンが紫色の矢を何発も射出する。

 先に放たれた六本の槍、二枚のチャクラムよりも先にエネルギー矢の方が遥かに速く、着弾は最も遅く放たれた矢が最初だった。放たれた順番通りでは無く、それを狂わせた攻撃順に、あたし達は固唾を飲んでキリトを見守った。

 彼は最初、飛んでくる槍とチャクラムの動きを気にしていたようだったが、ボウガンが出現したのを見るとそちらに目を向けた。そして高速で射出される矢を……

 

「……うっそぉ……」

 

 キリトは小さな紫色のエネルギー矢を真っ向から、黒い細剣を小刻みに振るい、全て弾き落としていった。エネルギー矢は小さくて速いので防ぐのは難しい、だから小刻みに動いて避けると予想していただけに、その予想を裏切る形で凌いだキリトに、あたしは数ヵ月前にも口にした覚えのある言葉を思わず漏らしていた。

 バッ、バシッ! と乾いた音と共に紫色のエネルギー矢は同色の火花となって散った。しかし息を吐く暇も無く、槍とチャクラムが迫った。正面からは体のそれぞれ別の場所を貫かんと風の帯を引きながら槍が迫り、横からは炎を纏ったチャクラムが迫る。

 キリトはエネルギー矢を弾いた後、すぐさま軽く跳び上がった。一本目の槍はその真下を通り抜けようとするが、軽くだったためにすぐに落下を始めたキリトの足が槍の持ち手を踏み、キリトはまた跳んだ。槍を踏み台として使ったのだ。

 続く二本目、三本目は左右の細剣で上に弾いて勢いを殺し、四本目は真下に蹴り下ろして地面に突き立てた。蹴り下ろしの際に黒の細剣は鞘に納め、蒼の細剣は剣帯の余った部分に抜き身のまま差した。そして両手を開けた後、五本目と六本目の槍を半身逸らして躱しながら、それぞれ左と右の手で柄を掴んで自分のものとした。

 その時に横から炎のチャクラムが左右から迫った。

 

「ハァッ!!!」

 

 キリトは気合が籠められた声の後、気合一閃とばかりに左手に持った長槍を左に薙ぎ払った。左右から迫るチャクラムはその一薙ぎで弾かれ、炎が噴き出されるのが収まりながら空へと上がり、そして落ちて地面にザシュッと乾いた音と共に二枚とも突き立った。

 

『グルル……ルアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 全ての攻撃を防がれたホロウは、右手の大刀を手放して奪われた細剣を埋めるように浮かせた後、右手に大鎌を握って姿を消した。一瞬後、ホロウはキリトの背後に出現する。

 

「ふ……ッ!」

『グルアッ!』

 

 しかし、キリトは背後から来ると予想出来ていたのか、ホロウが声を発するよりも前に振り返りながら右の長槍を振るった。右薙ぎに振るわれた長槍を受け、今にも大鎌を振るおうとテイクバックしていたホロウは軽く怯む。しかしそれに頓着しないかのようにまた姿を消し、またキリトの背後に現れ、また槍を振るわれて攻撃を受けた。

 

『ルアァッ!!!』

 

 背後を取ってもすぐに反撃されるというのをそれから何度か繰り返したホロウは、業を煮やしたように、今度は氷を思わせる盾を突っ込ませた。面攻撃で、しかも本体では無いのだから攻撃しても意味が無いそれを、キリトは真下に構えた二本の槍をかち上げる事で真上に軌道を逸らした。ガァンッ! と少しだけ空洞で響くかのような音と共に、氷の盾は空へと舞い上がる。

 

「喰らえッ!」

 

 二本の長槍を振り上げたキリトは、腕を振り下ろすと共に握る二槍に回転を付けて投擲した。それは凄まじい速度で回転しながらホロウに迫る。迫る二槍に対し、ホロウは新たに持ち直していたアックスブレードを翳し、防ぐ。防がれた二槍は甲高い音と共に弾かれ、離れた場所に別々で突き立った。

 巨大で肉厚な大剣を見た目の華奢さによらず軽々と片手で持ち上げたホロウは、それを地面に叩き付けた。するとキリトの足元が少し輝き、直後トゲトゲの岩塊が隆起した。

 

「く……ッ!」

 

 その真上にいたキリトは、アックスブレード単体を使われていた時に見ていた攻撃だったので前兆を察知し、後方へと跳び退いた。

 しかしキリトに対する攻撃は勿論それでは終わらなかった。後方へと跳び退いていたキリトを狙うように、射手が居ないにも関わらず浮いているエネルギーボウガンがキリトの眼前に出現したのだ、まるで歪んでるかのように空間が撓んだ場所から、先端に大きく輝く紫色の光を灯して。

 直後、ピシュシュンッ! と空気を切り裂くような鋭い音と共に二本の大きな矢が放たれた。跳び退いた直後のキリトも流石にそれには反応出来ず、右肩、そして左脇腹に一発ずつ突き刺さる。普通の矢よりも大きかったのはチャージショットだったからなのか、キリトのHPはほぼフルに近かったにも関わらず、この二発で三割強まで落ち込んだ。

 がぁ……! と呻きを上げるキリトを、ホロウはクレイモアを右の逆手で握って襲い掛かった。それをギリギリで横に跳んで躱したキリトは、すぐ近くにチャクラムが落ちているのに気付いて拾い上げ、更に斬り掛かって来たホロウのクレイモアの振り下ろしを防ぐ。ギャリィッ! と音が響き渡った。

 

『グルル……!』

「く、ぐ、ぉお……ッ!」

 

 クレイモアとチャクラム越しに向かい合いながら互いを押し切ろうとするキリトとホロウ、その戦いはホロウの行動によって終わりを迎えた。

 

『グル!』

 

 短く吠えたホロウは、左手に大鎌を握って振るったのである。キリトが持っているチャクラムは一枚だったためにそれを防ぐ手立てが無く、あたし達は少しばかり内心で焦った。

 

「なんの……!」

 

 しかしキリトは、チャクラムを持つ手を左手だけにした後、右手で左腰に抜き身で差したままの蒼い細剣を抜き払い、右に振るって大鎌の刃に刀身を滑らせ、上に弾く。大鎌の刃はキリトの頭のギリギリ上を通り過ぎた。

 

「は……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 そしてキリトはチャクラムを足元の地面に落として突き立て、左の逆手で黒い細剣を抜き、順手に持ち直し、右手に握る細剣と共に再び黄金色の刺突を放った。面制圧攻撃のように凄まじい数の刺突が放たれ、ホロウはクレイモアを翳して身を隠して凌ごうとするが、それでは隠し切れない腕や足先などに剣尖が突き刺さっていく。ガリガリと目に見える量でホロウのHPは削れていった。

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

「く……!」

 

 しかし、キリトの猛反撃のスキルを、ホロウは耐え切った。数値で考えると恐らく全撃入っていればホロウのHPは削り切れていた筈なので、破れかぶれでクレイモアを翳して凌ごうとしたのが功を奏したらしい。キリトやあたし達からしてみれば悪夢にも等しいのだが。

 耐え切ったホロウが凄まじい咆哮を轟かせ、白と黒の蒼と紅からなる四色のオーラを解き放ち、キリトを吹っ飛ばした。距離を取る為だけだったのかキリトのHPが黄色から赤色に変わった様子は無く、HPが減った様子も無かった。

 

「あ……武器が飛んだ!」

 

 孤児院の子供達の男の子、その誰かが口にした言葉にあたし達はキリトとホロウから視線を外し、キリトが弾き落とした槍やチャクラムに目を向けた。視線の先では、氷や炎、風などを纏ってホロウの元へと飛んでいく武器達の姿があり、キリトの左手に握られている細剣もまた水を噴き出しながら飛んで行った。そして全ての武器が空へと浮かんでいくホロウの周囲に展開される。

 曲剣、雷刀、細剣、長槍、チャクラム、大鎌、アックスブレード、大楯、エネルギーボウガンが光と闇に包まれながらホロウの周囲を展開していた。合計で十六個の光と闇の柱がホロウの周囲に立ち上り、それらは黒と白の片刃片手剣に収束、そしてホロウの両手に収まった。他の武器達は柱が消えた後、影も形も無くなっていた。

 光と闇の奔流、それが二刀から弾けて消え去った後、ホロウの両手には闇を纏った片手剣と光を纏った片手剣が収まっていた。

 

「マズいわね……」

 

 只ならぬオーラを纏った二刀を持ったホロウは、十中八九先の戦いの時以上の二刀技を放つ筈だ。残りHPが数ドットだからこそ攻撃もより苛烈になっているに違いない。さっきはキリトも二刀だったからこそほぼ同じ攻撃で凌いでいたし、大鎌などの別の武器にも優位に立てていた、ユニークスキルの凄まじさを余り目立たない部分で目にしたのである。

 そのユニークスキルもキリトの二刀が無ければ成立しない。片手武器でもスキルを使えるのなら片手剣に拘らなくても良いのだろうが、キリトの全力は、恐らく片手剣と片手剣の組み合わせなのだと思う。そうでなければ細剣や曲刀などを一本ずつしか持っていない筈が無いのだ。レインという別の鍛冶師が居るので、もしかするとあたしの知らない所で調達しているという可能性もあるにはあるが、何となく同じ武器を持っているのは片手剣だけな気がしていた。

 内心で戦々恐々としながら戦いの推移を見守るべく視線を向けることおよそ十秒ほど、その間、ずっとホロウは浮いたまま動かないし、キリトも動けないでいた。

 

「……何か、聞こえませんか……?」

 

 一体どうしたのかと闘技場中が――キリトが負けると言っていた者達含めて――静まり返る中、シリカがぽつりと小さな声で囁いて来た。どうやらシリカ自身、確信を持って言えるほど何かを耳にした訳ではないらしい。隣のシリカに目をやれば、少しだけ自信無さげな表情を浮かべていた。

 この状況下で何かを聞いたというのが引っ掛かったあたしは、シリカからアリーナへ視線を戻し、耳を澄ませた。

 

 

 

『……ク……レ…………』

 

 

 

 そして、聞こえた。掠れていて、小さくてよく聞こえなかったものの、確かに何かの声を耳にした。それは、二重に狂ったような、小さな少年の声。

 ホロウの、声だった。

 

 

 

『イナクナレッ!!!』

 

 

 

 ホロウの、片言ではあるものの唐突に発せられた日本語、それが闘技場中に響き渡った。それと同時、ホロウの左右の手に握られる闇と光を纏った二刀に同色の雷光が走り、腕が交互に振るわれると共に闇色と光色の球が放たれる。

 

「ッ?!」

 

 声に驚きながら、キリトは自身へ迫って来る二つの闇色と光色の球から離れるようにバックステップし……左手を左に薙ぎ払った。すると小さな二つの球は、その場で大きく膨張し、数瞬後に爆発する。

 

「今のは……」

「多分今のは、ピックを投げたんだと思います。あたしを助けてくれる時にも使ってました」

 

 あたしは今の動作で何をしたのか分からなかったが、シリカには過去に見た事があったから分かったらしい、ピックくらい小さくて細ければ離れている観客席からでは見えないのも無理は無かった。

 

『ツラヌケッ!!!』

 

 あたしが納得している間にも戦いは動き始めていた。ホロウは左の白い片刃片手剣を突き出し、そこから光色のエネルギー弾を何発も飛ばしていたのだ。キリトは左手に水色の結晶体、《全快結晶》を掲げようとしていたが、それを中断して横に移動しながら細剣を振るい、バチバチと白雷を爆ぜさせながら自身に迫るエネルギー弾を弾き落とした。

 飛んできたエネルギー弾を落とした後、満を持してキリトは《全快結晶》を掲げた。

 

「ヒール!」

 

 

 

『ヒール!』

 

 

 

 結晶を掲げ、キリトが文言を口にしたその瞬間、ホロウもまた同じ文言を口にした。あたし達が怪訝な視線を送った先では光色の片刃片手剣を掲げるホロウが居た、その剣から光を浴びているホロウが。

 キリトの手で砕け散った結晶の光が彼の体に吸い込まれると同時、ホロウの体を覆っていた光もまた吸い込まれ、同時にHPがフル回復した。

 

「嘘……ボスが、回復……?」

 

 あたしは愕然と呟いていた。攻略組の面々なんて最早開いた口が塞がらない状態で愕然としていた、それはそうだろう、苦労して削ったHPを全回復されてはそれまでの苦労が全て水の泡になってしまったも同然なのだから。

 そもそもこの世界には魔法的要素が殆ど排されていて、その代わりに原始的な剣の世界というのが売りなのに、何故《魔法》を使っているようにしか見えない回復なのかも気になった。この世界で魔法的要素と言えば転移門やキリトが使った《全快結晶》を初めとした結晶系アイテム、あとは稀にドロップされる炎や氷といった力を宿した武具くらいだ。属性耐性なんてものも無いので、同じ攻撃力の武器よりも遥かにダメージを叩き出せる、ものによっては状態異常も付与出来るので武具に関しては超が付く程のレアアイテムである。

 生憎とあたしはそういった類の武器を鍛えた事も見た事も無い、つまりキリトも恐らく手にした事は無い、それくらい魔法的要素は貴重であるという事だ。結晶系アイテムも即時効果を持つ為にかなり高価で取引される対象、更にはその使用も制限される場所すらある。

 そもそも《アインクラッド》にはとあるバックグラウンドが存在している。かつてこの世界にも大地が存在していたものの、二人の巫女が祈りを捧げた事で幾つもの種族――人間や第三層から登場するエルフにダークエルフ、他にもドワーフなど――が争い続けていた大地は分断され、浮き上がり、崩され、そうしてこの浮遊城《アインクラッド》が創世されたのだという。第三層から第九層の長大なキャンペーンクエストで知る事の出来る世界設定だ。これを《大地切断》と言うらしい。

 キャンペーンクエストではエルフかダークエルフのどちらかの陣営でクエストを進めるのだが、その最中に彼らは《魔法》にもにた《まじない》というものを幾つか使う。その《まじない》も僅かしか無く、《大地切断》以降はエルフ達もかつて使えていた《魔法》を喪ってしまったという。

 ちなみにエルフ達には、あたし達プレイヤーが出すメニューウィンドウは今も使える数少ない《魔法》的なものと認識されているらしい。他にも転移門の使用や結晶アイテムなどもそういう認識、つまりこの世界のシステムがその存在を認めた《魔法》であるという事だ。

 そんな世界設定がある以上、基本的にNPC側にも《魔法》は使えないという制約が存在している、エルフ達も状態異常を解くには使用にあたって待ち時間を設けなければならない特殊な指輪を使用したりと色々と制限があったらしいから、これは確実なのだ。

 それにも関わらず、ホロウはその制約を明らかに無視して《魔法》としか見れない手段でHPを回復した。これがリジェネならボスとして扱われているのでまだ分からなくも無い、しかし今のは明らかにおかしかった。

 

『ノガサナイ……ッ!』

「く……ッ!」

 

 あたしがおかしいと考えていると、ホロウが狂った声でそう言いながら闇色の片刃片手剣を高速回転させ、浮いたまま突進した。かなりの速度が出ていたもののほぼ直進であったため、キリトは横に軽く跳んでそれを躱す。しかし横を通り過ぎたホロウは反転し、再びキリト目掛けて突進。それも躱すが、また突進され、また躱す。

 

『ヤミニオチロッ!』

 

 突進を躱され、再びキリトに向き直ったホロウは地面擦れ擦れまで降下した後、二刀を眼前へ突き出した。反射的に横へ軽く跳んだキリトには何も攻撃が行かず、代わりにホロウの周囲に闇の靄が漂い、そして包み込むように黒い球体を形成した。

 その黒い球体から一本の何かがキリト目掛けて伸びた。キリトもそれを警戒し、アスナのように右半身を前に、胸の前へ右手に持つ蒼い細剣を持ち上げて構えていると、眼前まで迫った闇のロープのようなものが突如、ホロウの形を取った。輪郭すら分からないくらい黒かったが、髪のようなもの、ボロボロのズボン、そして両手に持つ黒く染められている二刀と言い、完全にホロウのそれだった。まるで影のようなものはキリトの頭上から二刀を思い切り振り下ろし、キリトがそれをバックステップで躱したので地面を叩いて終わった。

 キリトへ伸びる影はそれでは終わらず、二つ、三つと一つずつ伸びては斬り上げ、旋回、斬り落とし、乱舞と攻撃方法を次々と変えていく。攻撃を終えた影はそのまま空中で、攻撃を終えたモーションで停止し、残っていた。

 

『ツラヌクッ!!!』

 

 そしてそれが幾度も繰り返された後、全ての残っていた影が消えた瞬間に黒い球体が消え去り、その中から途轍もない速度でホロウが疾駆した。

 

「ごぇあ……?!」

 

 気付いた時には、ホロウは二刀でキリトの体を貫いていた。いやに生々しい呻きを上げたキリトは、一瞬後に物凄い速度で後ろへ吹っ飛び、そしてアリーナの壁にズドンッと重い音を立てて激突した。

激突で粉塵が巻き上がり、数秒後に晴れた先では、クレータ状になっている壁に凭れ掛かってぐったりとしているキリトの姿があった。HPは数ドットまで減少していた。

 

「キリト君……ッ、しっかり!」

「キリトッ! 起きろ、動くんだ、そのままだとやられちまうぞッ!!!」

「キリト、しっかりしなさい!」

 

 アスナ、クラインに続いてあたしも名前を呼んで声を掛けた。ユウキ達も同様に名前を必死に呼んで目を覚まさせようとするが、キリトはぐったりとしたまま一向に目を覚まそうとしない。

 

『ウゥ……アワサレッ!』

 

 キリトが回復するまでNPCが待つ筈も無く、ホロウはトドメを刺すべくアクションを起こした。二刀の柄、その峰側がパカンと乾いた音を立てて取れ、そして二本の片手剣を合体し、一本の剣に変えたのである。闇と光のオーラが混ざり合い、螺旋を描くようなオーラを刀身に纏わせたホロウは、その剣を右手一本で持った。

 

『ゼツボウシロッ!!!』

 

 その言葉の後、一本になった剣から紅と蒼のオーラも螺旋を描きながら迸り始めた。すると、完全回復していたホロウのHPが端から少しずつ削れ始めた、その速度はおよそ一分もすれば全損する程の速度だった。

 

『シネェッ!!!』

 

 そしてホロウは凄まじい速度で、未だに起き上がる兆候すら無いキリトに斬り掛かった。大きく両刃になった長剣を振りかぶり、大上段から振り下ろし……

 

 

 

 その刃をがしっと、キリトが左手で掴み、止めた。

 

 

 

「「「「「……ッ?!」」」」」

『ナ……ッ?!』

 

 ぐったりと、それこそ一切身動き取っていなかったキリトが目も向けずに刃を片手で止めた事に、あたし達は目を剥いた。ホロウもまた止められるとは思っていなかったようで、NPCなのにまるで生きているかのように驚いた声を上げる。

 キリトは無言で刃を止めたまま、蒼い細剣を持つ右手を壁に突きながらユラリと立ち上がった。

 

「……あまり調子に乗ンなよ、マガイモノォッ!!!!!!」

 

 直後、今まで聞いた事が無いくらい荒々しい怒号と共に、細剣を握る右手を振り抜き、固まっていたホロウの仮面に拳を叩き込んだ。その一撃で予想以上にホロウは後方へ吹っ飛んだ。

 その間にキリトは移動を開始していた。その方向は吹っ飛ぶホロウでは無く、キリト自身が出て来た出入り口付近まで落ちていた大刀だった。どうやらホロウが他の武器を光と闇に変えて二刀に纏わせる際、そこまで吹っ飛んでいたらしい、恐らく二刀に纏わせる武器にカテゴリされていなかったからだろう。

 その大刀をキリトが拾ったと同時、ホロウも漸く空中で体勢を整えた。

 ホロウと向き直った時、キリトの横顔が見えた。その途端あたしはぞくりと身震いした。

 

「……キリト……?」

 

 その顔には今まで見た事無いくらい凄惨な笑みが浮かべられていた、毒々しく、狂気的な笑みが。まるで戦いを……いや、命の奪い合いを愉しんでいると考えてしまうくらいキリトには似つかわしくない笑みだった。口元が三日月のように酷薄に裂けていて、犬歯を剥き出しに笑むその顔は、明らかに普段のキリトらしくなかった。

 いや、この苦しい戦いの中でも、あの鉱石を取りに行った時にも見た事が無い表情を見て、あたしはあの黒装束の子供を、一瞬だけだがキリトでは無いと思った。雰囲気も、ほんの僅かしか聞いていない声の調子も、言葉端も、何もかもが違っていた。

 さっきまでのキリトが温かく、穏やかな太陽だとすれば、今のアレは荒々しく危険で……それでいてどこか惹き付けられるようなものがある存在だった。暴風、あるいはブラックホールとでも言おうか、危険なのに見たくなってしまう、惹き付けられてしまう何かがあった。それがキリトだからなのか、それともその危険な何かにあるのかは分からないが。

 

『ウゥ……ゼツボウシロッ!!!』

 

 仕切り直しとばかりに、ホロウはまたHPを削る紅と蒼のオーラを纏って突貫した。今度は袈裟掛けに剣を振るい、斬り落とし、また袈裟掛けに振るい、斬り落としを仕掛けた。しかしキリト?は軽々と、滑るようにホロウの攻撃を躱していく。さっきまでとは大違いの動きだった。

 

「ハッ……それはな、こうすンだよッ!!! 絶望しろッ!!!!!!」

 

 軽く距離を取ったキリト?が凄惨で見下したような嘲笑を浮かべて言った後、ホロウと同じように大刀を天へ掲げた。ホロウと違ってエフェクトは出なかったものの……その後からの動きは凄まじいの一言に尽きた。袈裟掛けと斬り落としを合計で三セット行い、怯んだホロウへ更に袈裟と逆袈裟からなる斜め十字の斬撃を放って吹っ飛ばした。

 

「衝撃波の類はやっぱ出なかったか……ま、この世界じゃこんなモンか」

『グゥゥ……ッ!』

「さて……いい加減こっちも飽きて来たんで……とっとと終わらせてもらうぜェ?!」

『ウゥッ!!!』

 

 大刀を肩に担ぎながら言っていたキリトは、大声を張り上げてからホロウに斬り掛かった。ホロウも合体した剣を振るって応戦するが、しかしキリトの動きが単調な筈なのに勢いが凄まじ過ぎて付いて行けておらず、次々と斬撃をその身に受け、HPを削っていった。

 どうやら受けるダメージが常に最低だったらしく、たとえ掠っただけでも直撃した時と同量が削れていて、それが今は仇となってどんどんホロウは追い込まれていった。

 

「オラオラどうしたァッ?! 動きが鈍ってきてンじゃねェかァッ?!」

『グゥ……?!』

「キリトの野郎、一体どうしちまいやがったんだ? 何であんな荒々しい言葉使いを……」

「リーファちゃんは何か知らないの?」

「あ、あたしもあんなのは初めてで……もしかしてキリトって、二重人格だったの……?」

 

 アスナの疑問にキリトの義姉リーファは困惑の表情で首を横に振った。しかしそれらしい言葉は出て来た、二重人格だ。

 二重人格。それは幼い頃から酷い家庭環境などで発症する精神的な病気……いや、一種の精神防衛反応であると聞いた事がある。心に掛かるストレスが一定以上に達した時になるとされていて、一つの体に二つの人格が生まれる事をそう言う。複数の場合は多重人格だ。

 もしも今のキリトが一種のハイ状態というのでなければ、あたし達が目にしているのは普段の《キリト》とは別の《アナザーキリト》という事になる。

 疑問ではあったのだ。ずっと虐げられてきて、傷付けられてきたにも関わらず、あの子は復讐心だとか他人を傷付けようとしたり憎く思ったりする事が見られないと。あたしが垣間見た記憶、あんな過去があるなら相当荒れていたり、自身を虐げる者がいれば相当な敵意を見せるのは当然な筈。それなのに今もキリトは、自ら汚れ役を買って出ている、自分自身で過去の再現をしているのだ。

 ビーターの件はアスナ達からビギナーとベータテスターの確執を防ぐためという説明を受けているが、その方法はともかく、キリト自身の意思はどうだったのだろうと常々疑問を浮かべていた。辛い筈なのに、それをおくびにも出さないし、しっかり見ていなければ泣きそうなどと分からないくらい隠すのが上手い。

 耐えていたのだと、限界を迎えてきているのだと理解はしていた。だが既に影響を出ていた事にまでは頭が回らなかった。考えてみれば当然なのだ、遥かに幼い頃からずっと虐げられてきて、この世界でもずっと一人ぼっちで――アスナ達との交流があるとは言え――家族と離れ離れのまま一年半を危険な最前線で、ずっと悪く言われて過ごしたのだ。二重人格なんていうのがあっても、別におかしな話では無かった。

 

「クヒャハッ!!!」

『ゥウウッ!!!』

 

 嗤い声と呻きを上げて、キリト?とホロウが刃を交錯させ、鍔迫り合いに入った。しかしその均衡も一瞬で、すぐにキリト?が両手持ちの大刀を押し切ってホロウの長剣を弾き飛ばしてしまった。

 それを跳び上がって左手で掴み取ったキリト?は、地面に降り立った後、左右に二刀を展開する。右手には出刃包丁を想起させる大刀を、左手には二刀が合体して一本となった長剣を握って。

 

「これでテメェは丸腰だ……終わらせてやるよ、マガイモノ。とっとと消えなァッ!!!」

 

 目を眇め、凄惨な笑みを深めたキリト?はそう言った後、大刀と長剣に黄金色の光を纏わせ、乱舞した。大刀はキリト?に取られており、他の武器の力を吸収した――と思われる――二刀も合体した長剣として奪われているため、本当に何も出来ないままホロウはされるがままに滅多斬りにされた。

 既にHPを削る技で消耗していたホロウは、《ジ・イクリプス》によってHPを全損した。同時、パキンッと何かが割れる音がして、ホロウの仮面の端が欠けて……

 

「とっとと消えろって言ってンだろ」

 

 全てが欠ける前に、キリト?が右手に持つ大刀を振り下ろし、ホロウの顔面を地面にめり込ませた。同時に一気に仮面が割れるも、顔が地面に当たっているのでその素顔は誰に見られる事も無く、蒼い結晶となって散って逝った。

 そして闘技場のアリーナに、巨大な《Congraturations!!》と黄金に輝く文字が出現し、デュエルのウィナー表示もまた《Kirito》の方に出現した。

 

「ふん」

 

 それを見上げ、自身の横に出現したリザルトを一瞥してから確認ボタンを押したキリトは、両手に大刀と長剣を持ったままアリーナに入って来る際に使った出入り口へと歩いていった。

 闘技場アリーナには、呆気ない幕切れとキリトの豹変に何も言えずに固まるあたし達が取り残されていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 HPゲージが一本のネタを知っている方なら絶対知っている絶望パターン、回復魔法を使うと回復されるアレ、本作でも出ました。一応解説しておくと、ポーション系はセーフです、ダメなのは魔法的要素の結晶アイテムなんです。キリトは回復する前にコテンパンにされてしまい、アレが出て結局ポーション使う場面が無かったので、一応。

 次に二刀が合体した長剣。これも同じネタのあのキャラが持つ武器が基ネタです、ただし形は一切似てない。ドラクエの《スーパーキラーマシーン》の合体剣みたいな感じです、クロスしてません。台詞とか攻撃方法はまんまですけど(笑)

 そして最後に出た《アナザーキリト》……存在的に《アンチキリト》でも呼び方いいんじゃねとも思いましたが、色々とややこしいのでアナザーに。

 アレの存在は今回、特に書かれておりませんが、大刀を知ってる人なら絶対知ってるあの設定が基ネタです。もう今話で色々と察した方も居るかと思います。そもそも冒頭で説明されてますし、アナザーの台詞にそれらしいの出てますし。

 本作でのアナザーの立ち位置は、今後明らかにされます。次話でも一応多少触れるかな?

 まぁ、分からなければアレです、原作キリトのぷっつん時のアレが人格を持ったものだと思って頂ければ。多分分かるとは思いますけどね。

 《最も強い者の前にのみ姿を現す》というのも、後に判明するのでお待ち下さい。多分ここまでの心理描写で分かったとは思いますが……

 では、何時になるか分かりませんが、次話にてお会いしましょう。


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