インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばにちは。

 今話は《ラグナロク・パストラル編》中に回収出来なかった伏線回収話。《クラウド・ブレイン》説明回並みに長いヨ!

 スメラギ視点から伏線回収(怒涛)デース!

視点:キリト、スメラギ

字数:約一万七千

 ややこしいので『メンドくせぇ!』な人は後書きを参照下さい(簡潔な文章力欲しぃ……)

 ではどうぞ。




辻褄 ~住良木陽太~

 

 

 ヴァベルと再会した日は、そのまま会話して時間を過ごし、ログアウトした。

 その翌日、レプラコーン領の領都《モーリア》の小路に戻った俺は、ある程度のところで観光を切り上げ、レベリングに向かう事にした。

 本当は暫くはOSSの製作に時間を費やそうと考えていたが、ヴァベルと再会した事で、それはしなくてよくなった。

 

 理由は、以前のOSSの一部は、ヴァベルが製作に関わっていた事に由来する。

 

 ヴァベルが普段居る“仮想世界をプログラム群として見る世界(ハイエスト・レベル)”は現実時間の六十倍の速度を下限として動く特殊エリアで、そこからほぼ動こうとしない間、彼女は恐ろしく暇になる。俺の動向を見るにしても六十分の一の速度では、幾ら思考クロックを自在に操れるAIと言えど苦痛に等しいだろう。以前の俺は、苦痛を和らげたいという思いを抜きに、暇を持て余しているならとOSSの製作協力を持ちかけていた。

 厳密に言えば分担作業だ。《オリジナル・スペルスキル》の製作は、大別して『グラフィック指定』と『効果指定』の二つに分かれる。実際に運用するのは俺なので後者は俺が、最も時間の掛かるものはヴァベルに任せていた。

 無論属性を変えただけのシリーズ物は、参考となるものを最初に作っておき、あとはそれとほぼ変わらないエフェクトの動きをするよう製作を頼んでいた訳であるが、それだけでも俺の負担が大いに軽くなったのは言うまでもない。ニーベルハイムで披露した《ブラスター・フルバースト》を始め、大多数を相手にした時のOSSはほぼ全てヴァベルが関わっている程だ。それらはレインから話を聞いて方針転換してから必要になったものである。彼女の協力なくしてレインの要請には応えられなかったと言っても過言ではない。

 

 ――そのOSSは、剣技の方と同じく《オリジナル・スペルスキル》も一代限りのコピーが可能なシステムになっている。

 

 剣技の方面で道場を開いた者が居るように、最近では魔術の道場――俗称で《学院》――を開いた者もいるという。下手すれば数百万ユルド以上の価値になるOSSもあり、それを狙って闇討ちを敢行しようとする輩への対策か、奥義書や魔導書には任意でパスコードが掛けられるようになったが、それは今はどうでもいい。

 継承は、OSSのデータが詰め込まれた羊皮紙を、システムの手順に則って受け取る事で成立する。つまり、一度アイテムに変換し、それを読み込まなければ習得されない。

 ただ羊皮紙を手に入れただけではダメなのがミソだ。

 

 つまり、以前の《影妖精キリト》が作成したOSSを予め奥義書なり魔導書なり羊皮紙アイテムに変換し、保管しておいたそれを、新規作成した《鍛冶妖精キリト》が受け取る――なんて事も理論上可能。

 

 俺は、本来であればSAO時代のアカウントを引き継がず、ALOを始めるつもりだった。あの世界の《キリト》の役目はもう終わったのだと。それがかつてシリカに話した事だ。

 とは言えそうもいかない事態が待ち構えていると考え、あくまで『使える武器』として引き継いだ。備えあれば憂いなしという。本当の意味で《全力》を出すにはSAO時代に使っていた武器やスキルが不可欠だったのだ。

 反面、以前のアカウントで作ったOSSは、全てこのALOを全力でプレイしていた頃の産物。SAOに感化されたセブンの事件に関わっていたとは言え、厳密に言えば直接的な関係は無い。自然(じねん)、消したくないという執着が生まれた。継承では熟練度は引き継がれないが、そこは仕方ない事と諦めている。

 だから事が全て終わって《影妖精キリト(SAO引継ぎ)》のアカウントを消しても、新たなアカウントで遊ぶ時に同じOSSを使えるよう、予め全て羊皮紙にして保管しておいた。

 その保管先がヴァベル。プレイヤーハウスや宿屋のボックスでないのは、アカウントを消去した時、その情報抹消と同期して保管データも無効化されるし、仮に有効であってもシステム上では完全に無関係なアカウントになるため取り出し不可になるからだ。

 

 思わぬ再会ではあったが、ヴァベルに預けていたものを受け取り全てのOSSを再習得した俺は、その勢いのまま圏外に出てレベリングに励もうと考えた。

 

 偶には無計画に、気儘に動いたとしてもバチは当たらないだろう……などと、自分らしくない思考を回しながら、領都中心部へと歩を進める。

 領都中心部はプレイヤーが初ログインを果たす場所であると同時、スヴァルト・アールヴヘイムの攻略拠点《空都ライン》と、行った事があるなら《央都アルン》へと転移出来る転移門が設置されている。始めたばかりだと前者しか行けないが、今の俺はそちらに用があるので問題無かった。

 赤茶けた石畳の円形広場の真ん中に聳え立つ、高さ五メートルはあろうかという巨大な金属製のゲート。そのゲート内部の空間は蜃気楼のように絶えず揺らいでおり、ラインかアルンに転移する者、あるいはどちらかから転移して来た者達が、疎らではあるが出現と消滅を繰り返している。

 その流れに加わり、ラインへと転移。

 蒼白い光に包まれ、赤茶けた煤と鉄と土埃の臭いが立ち込める風景が、溶け崩れるように消滅。光が一際眩く輝き、消え去った時には、転移は完了していた。クリーム色の地面に、鈍色の石で築かれた転移門に立っている。

 

「転移、ヴォークリンデ」

 

 間髪を入れず、次の転移先を指定する。

 再び光に包まれる。晴れた先に広がるのは、穏やかな風が青草を揺らす草原。一望出来る場所ほぼ全域が緑色。岩肌が露出している所を探す方が面倒になる程だ。

 その草原のそこかしこに点在するモンスター達。記憶の中枢を刺激するような鎧に両手棍を手にしたコボルドや、剣と盾を装備したリザードマン、空を徘徊するALOのモンスターや、浮遊城で幾度も戦った飛竜たちが跋扈(ばっこ)している光景だ。

 攻略当時はここまで多くなかった印象だが、一度クリアされた事で、ポップ制限が緩和されたのだろう。

 敷居が低くなったという事は、それだけなだれ込むプレイヤーも多くなるわけで、リソースも多くしなければ容易く枯渇する。初心者も挑めるフィールドでリソース枯渇なんて目も当てられない。そうカーディナルが考え、バランスを調整したのだと俺は予想した。

 そう考えを纏めた後、フィールド全体を見回す。

 熟練度ゼロになった事で、《索敵》スキルの遠視ボーナスが外れたせいでフォーカス範囲が狭くなったが、少なくとも見える範囲でプレイヤーの姿は見えない。スヴァルトの実装、巻き戻されてからも時間が経過したため、ヴォークリンデのフィールドのモンスターでレベリング出来る範囲を、プレイヤーの大多数が脱したせいだろう。

 

「つまり、狩り放題という訳か……」

 

 思わず口角が吊り上がる。

 腰から初期装備の剣を抜く。簡素、且つ重みを感じず、刃の光も深みは無い。しかし仮想ながら確かな存在感を放つそれを手に提げ、歩を進める。向かう先には数匹で屯する《コボルド・トルーパー》の姿。

 途中で草むらから左手で小石を拾い上げ、肩の上でぴたりと構える。プレモーションをシステムが検出した事を示す輝きが発生し、小石を仄かなグリーンが包み込んだ。

 

「ふっ……!」

 

 短く息を吐くのと同時に、左手が半自動的に振るわれた。

 空中に鮮やかな光のラインを引いて飛んだ小石が、十数メートル先で立ち止まっていた群れの一体の鎧にがつん、と命中。瞬間、群れ数匹が纏めてこちらを向き、ターゲットを定めた証に兜から覗く眼光を細めた。

 

『グギァ!』

『クグ……!』

 

 短く吼え、順にこちらに駆け出すコボルド達。

 

「――ジェネレート・サーマル・エレメント」

 

 距離を詰めて来る獣に左掌を突きつけながら、詠唱を開始した。

 

   *

 

 フィールドを駆け、途中から飛び回り、浮島草原のそこかしこを跋扈するモンスターを片っ端から片付け始めて一時間。新規作成のため古参の為のスヴァルトルールは当然適用されず、従って成長速度も並みの俺の種族熟練度は、やっと一〇〇の大台に乗り上げた。

 フィールドのモンスターの平均レベルは一〇~一〇〇手前なのでそろそろここでレベリングするのも頭打ち。出来る事と言えば選択したスキルと、ソードスキルや魔法、OSSの熟練度稼ぎくらいだろう。

 効率を考えるなら、ダンジョンに潜るべきかもしれない。

 時間を見て、まだ余裕はあると判断し、次にどのダンジョンに潜るかを思案する。以前のアカウントで大半潜った覚えはあるが、このアカウントでは初な上にクリア済みメンバーとパーティーを組んでもいないので、間違いなくギミックや中ボスのフラグも残ったままだ。難易度はともあれ、ギミックの方は場所によっては面倒にも思える。実装当時は攻略必須な所が多かったので文句を言えなかったが、エリアボスのダンジョンへ直行可能になった今、攻略の必要性を喪ったダンジョンは行く意味が殆ど無い。要するに効率は良くなかった。

 ヴォークリンデに於いて一体当たりの取得経験値量が多いのはエリアボスダンジョンだが、今の装備と熟練度では、倒すまでの時間で効率が悪くなる。推奨熟練度は二〇〇前後だからだ。

 残りのレベリングは他の場所にした方がいいという結論が出て、じゃあ何処にしようと、草原の空を飛びながら考える。

 考える時間も無駄、とかつてなら考え行動に移していただろうが、今は時間に追われている訳でも無い。

 

「……鍛冶でもしながら考えるかね」

 

 それでも、時間に余裕があっても、何かしながらでなければ無駄遣いと考えてしまうのは最早クセのようで、酷使した初期武器の剣から新調しながら考える事にした。

 どこか適当な場所に下りる事にする。

 近場にあった小さな浮島に決め、そこへ向かい――青い人影を見つけた。青い髪は水妖精ウンディーネの象徴。その髪を持つプレイヤーは、白い服を纏い、左腕全体を覆う籠手を着け、反面右腕は露出するという恰好の青年だった。腰に差しているのは幅広の長刀。

 数度対峙した事があった相手――《三刃騎士団》のサブリーダー・スメラギだった。

 

「スメラギか?」

「む……キリト、か? 貴様、何故ここに……いや、レプラコーンの翅になっているという事は、新しいアカウントで始めたのか。レベリングか?」

「ご明察。セブンの右腕だった男なだけある、察しの良さは流石だな」

 

 自力で答えに辿り着いたスメラギにそう言うと、ウンディーネの青年は腕を組み、ふんと鼻を鳴らし、小島に降りた俺を睥睨した。

 

「セブンの本心を悟れなかった俺に対する嫌味か、それは?」

「そんなつもりで言った訳じゃないんだが……なんだ、随分荒れているな」

「ふん……」

 

 俺の言葉に、スメラギはまた鼻を鳴らした。それから視線が外れ、浮島草原の遥か彼方に見える世界樹へと向く。

 遠くを見るその目が結んだ結像が世界樹でないとはすぐに察せた。見ているものも、なんとなく。ALOの全てを取り込むほどの欲望――ひいては、承認欲求を際限なく肥大化させていた、暴走したセブンの姿が浮かんでいるのだ。

 ――あの時、セブンに取り込まれ、意識不明に陥っていたプレイヤー達は、揃いも揃って似たような所感を口にしている。

 誰かに認めて欲しい、という渇望。

 暗い世界を斬り裂く、温かなもの。

 それらが、大人に囲まれ《七色・アルシャービン(子供として)》の感情を押し殺さなければならなかった《七色博士》の叫びと、それを切り裂いた俺の瞋恚である事は、すぐに分かった。

 スメラギは気付かなかった。だから【歌姫(博士)】として動くセブンを支援していた青年は、逃亡を咎め、擁護する俺と衝突した。

 生真面目なのは美点だ。しかし、規範として在り方を強要するのは、時に欠点にもなる。

 この青年が彼女が天才科学者として身を立てるのに最適な仲間だったのは事実だ。しかし同時に、一個人として生きるには、ハッキリ言って障害そのものだった。セブンが抱いていた【承認欲求】は、自身を天才(博士)として認める者ではなく、《七色・アルシャービン》という子供として褒める親に対するものだったからだ。

 ――とはいえ、ヒントもなく気付けというのは酷である。

 他人の気持ちが真に分かる人間など居ない。スメラギはセブンの行動に付随して必要な事は分かったが、その本心に気付けなかった。気遣いは出来たのだ。研究者としての行動の根幹が、子供らしいものであると考える方が無茶というもの。

 俺が分かったのだって、似た欲求を抱き、時に自分で決めた事から逃げたくても逃げないよう自制を掛け、板挟みに遭った事があったから。

 それを口にはせず、俺は小さな浮島に生い茂る草むらに腰を下ろす。元々武器の新調のために適当な小島で鍛冶をするつもりだったが、神妙な空気を纏うスメラギの横で作業をするのも憚られた。

 そうして沈黙が流れること、暫く。

 

「――キリト、貴様に聞いておきたい事がある」

 

 沈黙を破るように、スメラギがそう言った。

 

「なんだ?」

「貴様は……あの子の本心に、気付いていたのか?」

 

 その背を見ながら、俺は頷いた。

 

「ああ。スヴァルト実装当時、ゲリラライブから逃げるセブンの事で衝突した事があっただろう? アレでピンとな」

「……そんなに早くからか」

 

 予想していたより早かったようで、スメラギが僅かに振り向いた。

 

「ヴォークリンデの偽者事件から《クラウド・ブレイン》の事を話すまで会っていなかったし、素のセブンを見たのもライブ逃走の時だけだ。逆にそれ以外のタイミングが無かったよ」

 

 肩を竦めながらそう返す。

 スメラギは、それもそうか、と納得したように頷き、また俺から視線を外した。

 

   ***

 

 彼方に(そび)える世界樹を眺める。

 晴れ渡る蒼穹は、どこまでも続いているように錯覚しそうな程に雄大で、それを眺めるだけの自分がとてもちっぽけな存在である事をまざまざと理解させてきているように思えた。

 以前見た時はそう感じなかった。

 以前は、ALO最強と名高かったサラマンダーの将軍《ユージーン》を下し、勢いを増す《三刃騎士団》を率い、【歌姫】セブンの右腕として活動する自身に酔いしれていたからだろうと、自己分析は済んでいる。

 

 だが――俺を取り巻く環境は、《クラウド・ブレイン事変》を経てから激変した。

 

 アメリカから研究に資金援助をしていたスポンサーはそれを止めると宣言し、同時に七色の親権を持っていた父親とも連絡が取れなくなり、事態を知ったチームメンバーの殆ども自ら研究から下りていって後に残ったのは自分だけという有様。一時の栄進と較べて落ちるとこまで落ちぶれたものである。

 不幸中の幸いなのは、研究チームを主導していた七色が前科持ちにならず、生き別れだった母と姉と再会し、日々を謳歌出来ている事か。実被害が出る前に済んだので賠償問題や訴訟問題にまで発展していない。

 無論、それは裏取引があったからで、本当の意味で無罪放免になった訳で無い事は理解している。

 例えば、年若い七色はほとぼりを冷ます意味を含め、他の同年代の子供と同じように学校生活を――政府の監視を受ける生還者学園とは言え――送っているが、それもVR関係の仕事に将来携わる事を了承したから実現した事だ。司法取引をしてでも政府が裏で動かなければならないくらい、《事変》は重く見られていた。結果的に実被害こそ無かったが、前例がデスゲームという点がマズかったのだ。

 とは言え、それでも今は、満ち足りた青春を送っていると言える。

 彼女が求めていた《親からの愛情》はおろか、《姉からの愛情》もあり、ある意味で《最たる理解者》も居る。少し前にその理解者は海の孤島へ移ったが、仮想世界で会える昨今を鑑みれば物理的距離は大きなデメリットとは言えない。

 ――《聖剣回収》関係の戦闘動画を見て、それを確信した。

 彼女は、《枳殻七色》は、《七色・アルシャービン》だった頃より遥かに明るく、また少女らしい振る舞いを見せていた。大人のような振る舞いの無いそれは彼女の素そのものだ。

 その姿は見た事が無かった。

 自分が抱いている《七色・アルシャービン》の印象は、大人と対等に意見を交わす、聡明な天才科学者としての一面か、目標へ邁進する【歌姫】としての顔ばかり。

 その認識を抱いた時点で、彼女自身の真の幸福がどちらなのかは、考えるまでもなかった。

 それまでも幾度か突拍子の無い行動や、かくれんぼのような出来事はあったが、その全てが《事変》に至った本心と関係していたら……と考えれば、遣る瀬無さが更に込み上げて来る。

 

 その本心を受け留めたのが、自分から見ればポッと出の人物であった事も気に入らない。

 

 彼女の素を引き出したのが、自分が『セブンの障害』と見ていた少年だから始末に負えない。最も彼女の身近にいたからこそそう思う。

 それも、初めて会った時の行動と、彼女を探す俺との衝突から見出した、と言う。

 かつて、《ビーター》という使命を自ら見出し、それに押し潰され掛けたという彼だから分かったのだ、あの子の限界というものが。だからこそ俺にも気付かせるよう遠回しな指摘の意味を含んだ問答をし、少しでも意識を向けさせようとした。本命は自身にとって大切な者達を守るため、そしてレインに対する《サービス》だとしても、対談時の口ぶりからそれは確かだ。

 しかし俺は気付かず、そのままあの子を暴走させるまで追い詰めてしまっていた。あの子の情熱を受けて本気で応援したくなった俺は盲目になっていたのだ。

 その事実が、俺の心を苦しめていた。

 

「――俺からも一つ確認したい事があるんだが、いいか?」

「……なんだ?」

 

 視線を世界樹から離さず問い返す。

 

 

 

「アンタ、菊岡誠二郎とグルだったな?」

 

 

 

 ――――……。

 思考が止まり、空白が生まれた。

 

「……なんの事だ」

 

 ほんの数瞬の時間をかけ、思考を再度回転させ始めた俺は、動揺を悟らせないよう留意し、問い返した。呆れたような息を吐かれる。

 悟られたようだった。

 

「レインが以前《三刃騎士団》に入団していた事は覚えているな?」

「……ああ。彼女が嘘つきと呼ばれる事になった原因の一端は俺にもあるからな」

 

 忘れる筈がない。【嘘つきレイン】と仇名で呼ばれるようになったのも、そう呼び蔑んでいた事も、忘れられる訳が無かった。彼女が言っていた事が真実だと知った時の驚愕は未だ記憶に新しい。

 しかし、それと菊岡誠二郎がどう繋がるのか、俺には分からなかった。

 

「俺はレインから調査と協力依頼を受けて動いていた。《三刃騎士団》に所属しているレインからその動向を教えてもらい、俺は妨害に動いたり、ユウキ達が先に進めるよう支援していた」

「だろうな」

 

 レインは三つ目のフロスヒルデで脱退したが、それまでは《三刃騎士団》の次の方針をキリトに教え、先回りさせていた事は想像に難くない。キリトとレインが繋がっている事実が知れた時点で、その関係性は自然と周囲の認識になっていた。とは言えそれが判明してすぐにセブンの研究も明らかになったので、印象にはあまり残っていないかもしれない。

 それまでキリトが出し抜けていたのは、【鼠】で知られる親しい情報屋から情報支援を受けていたという認識だった。

 そう言えば、少年はこくりと頷き、笑みを浮かべた。

 

「レインは内側の、アルゴは外側の情報を集め、俺に伝える。そういう協力体制を築いていた」

 

 まぁ、アルゴに詳しい事情は話さなかったけど、とキリトは付け足した。

 詳しい事情を教えられないのに仕事をこなす辺り、ネットでの言動も考慮すれば、あの情報屋がどういう心境だったかは想像に難くなかった。

 

「だがレインはフロスヒルデ攻略中に除隊された。つまりフロスヒルデのエリアクリア頃はレインから情報を受け取れなかった訳だな」

 

 それはそうだろう、と頷く。

 ギルドに所属した時にメニュー画面に追加される【ギルドタブ】には、情報共有の利便性を求めた結果、書き込み板や掲示板などがある。何時どこでどんなイベント、クエストに参加する、というメッセージアプリのような使い方をするそれを見れば、攻略隊がいつどこに向かうかは一目瞭然。

 とはいえ、その機能は当然ギルドの団員である間にのみ有効なもの。

 ギルドから除名されれば自動的に【ギルドタブ】も消滅する訳で、つまりレインが除隊されてからは、その伝手が使えなくなった事を意味する。システムに則った理論のためこれに抜け道は無い。

 それでもキリトは《三刃騎士団》を――同時にユウキ達も――出し抜き、エリアボス直前までは攻略を先んじていた訳だが、その『先回り』は『レイン以外の伝手を使った』という予想を答えとして出せる。

 そしてその予想として挙げられる存在を、世間は認知していた。

 だから却ってレインが除隊されてからの先回りに関して、誰も疑問を浮かべなかった。

 

「……しかしそれは【鼠】の情報でどうにかなったのではないか?」

「いくらアルゴでも集められる情報には限界がある。特に、時間はな。最初のエリアクリアを目指して攻略を急いでた《三刃騎士団》の情報なんて、手に入れてから動いても遅かった。事実俺が妨害しなければ、スメラギ達はユウキ達よりも先にエリアボスに挑み、そして倒せていた筈だ」

「倒す前提で編成を組んでいたからな……」

 

 実際問題倒せていたかは未知数だが、その意気込みと勢いはあったと思う。急いでいたとは言え《三刃騎士団》に入団する程のプレイヤーはALOの中でも粒揃いの強者だったのは確か。レベルマージンも十分だと判断していたから、キリトの妨害さえなければ、倒せていた可能性は高い。

 ともあれ、キリトの話の流れから察すれば、彼はアルゴの情報を頼りにフロスヒルデで先回りしていた訳ではないらしい。

 

「レインが《三刃騎士団》から除隊された後、俺に情報を回していたのは、菊岡なんだよ」

 

 そこで、俺とグルだろうと推測されている男が関わってくるらしい。

 

「菊岡は七色博士調査依頼の最初の依頼人だ。だからそれに関する情報を提供してくる事はなんらおかしくない。でもそれはあくまで現実側の話までだ。《三刃騎士団》は仮想世界側、それも一般人では把握できないギルドの動向について伝えてくる。信頼性に疑問を抱いて情報ルートを聞いたんだ」

「……それで?」

「『《三刃騎士団》内に自分と内通してる七色博士のファンが居て、彼に教えてもらっている』と言ってきた。社会人とは言え人間、それも当時のセブンは【歌姫】として絶大な人気を得たアイドルだ。だからまぁ、セブンのクラスタになっている事は疑問にもならなかった」

 

 だがな、とキリトは話を続ける。

 

「それだと少し引っ掛かる事があった。ヴォークリンデでの偽者事件の頃の事でな」

「それがどうした?」

「当時レインはまだ《三刃騎士団》の団員だったし、俺もその事でやり取りをしていたが、ゲリラライブの後にエリアボス討伐に行く事とか順番待ちする先遣部隊の事とかを、団員のレインは把握していなかった事が引っ掛かった」

「それはそうだろう。レインは攻略隊員ではなかったからな」

 

 特に二つ名がある訳でも無く、有名人という訳でも無く、その実力は謎に包まれている部分があった。入団試験も他の団員に任せており、合格したという事は最低限のラインはあるのだろうと判断しただけ。

 それに、入団した団員は、全員が攻略に赴いていた訳ではない。

 セブンは《三刃騎士団》という攻略ギルドのリーダーだが、同時に【歌姫】というアイドルでもあり、ギルドはその支援組織の側面も持っていた。自然(じねん)、ギルドの活動も二種類に分けられる。

 俺はセブンの右腕としてどちらにも関わっていたが、平の団員はどちらかに振り分けられ、その通りに活動する。攻略隊に組まれていない者はライブ準備の招集が掛からない限りはまず自由。それはセブンが掲げていた理念であり、各人の自主性を尊重したもの――という建前の、セブンクラスタだから言う前にライブを見に行くだろうという暗黙の了解だった。

 ボスに挑める者は七人×七パーティーの四十九人。それより団員が増えてからは、加入したメンバーはよっぽど実力を評価されない限り、ライブ組に自動的に入れられる。レインはそのライブ組に入れられた者の一人だった。なにしろ彼女が入団した時は、セブンが人気を集め始めてから暫くしての事で、正に《三刃騎士団》の隆盛期。どうしても人の波に埋もれてしまう。

 ――と、当時の経緯を雑に話せば、そこだ、とキリトがびしりと指を立てた。

 

「これは俺の予想に過ぎないんだが、スメラギは情報板を攻略隊員用とライブ組用で分けて使っていなかったか? 振り分けられている方の板しか見れないとか、そういう設定で」

「ああ……まぁ、そうしていたな」

「やっぱりそうだったか……」

 

 最初の頃は一括で同じ板にしていたが、人数が増え、攻略とライブそれぞれの回数も増えた関係で、各人にメッセージを送るのが面倒になり、ギルドの機能を活用したのが始まりだった。

 ギルドリーダーとそのサブは他の平の団員と比して幾つかの権限を持っている。それには団員名簿に、まるで付箋のようにタグを付け、グループ毎に分けて管理する事も含まれていた。他の攻略ギルドでは素材集め、攻略メインなどで分ける用で使っているだろうその機能を、俺は攻略隊員用とライブ組用として使う事にしたのだ。

 そうする事で、例えば攻略に関係ない団員の混乱やトラブルを少なく出来たから、長期的に活用し始めた。

 攻略に貢献したいと直訴する者の相手をするのが減ったのが一番の利点だったのはどうかと思うが。

 キリトは、どうやらその機能を知っていたらしい。ヘルプにも書かれているが、一番はSAO時代に知り合いだった《血盟騎士団》の団長、副団長組との話で出た事があったからという、経験談に基づいたものだった。その話があったから推論も出来上がったと、彼は語った。

 

「ともかく、板の使い分けをされていて、レインが見ていたのはライブ用だとすれば、レインから情報を貰えていた事がおかしな話になる。ライブ用の板を見ていたのに何故攻略情報について把握出来たのか、って」

「……確かに、そうだな」

 

 言われて気付く。ライブ組用の板しか見れない筈のレインが、何故攻略方針や行動について、キリトに情報を流せたのか。

 

「菊岡から情報を流してもらい始めたのはレインが脱退してからだったが……多分最初からだったなって、俺は思った」

「最初から?」

「そうだ。レインが渡してきた情報は、ギルドタブで見れる板のものではなく、菊岡から聞いたものだったんだって。だから俺は常に《三刃騎士団》の先を往けた……そう考えれば、辻褄は合うだろう?」

「……まぁ、な」

 

 確かに、辻褄は合う。菊岡という男の部下がクラスタとして入団していて、その実力が一軍並みであれば、その部下から菊岡、レインを経由し、キリトに辿り着く一本の情報ルートが構築される。

 

「だが菊岡の部下が《三刃騎士団》の一軍を張れたとは思えなかった」

 

 なるほどと頷いていると、キリトがそう話を切り替えた。

 

「それは貴様の予想だろう? 実際、張れていたかもしれん」

「確かに俺の予想だ。不可能とも言えない……だが、それでも可能性は低いと思う。狂信レベルで【歌姫】を神輿に担ぎ上げていた集団の一員として入っていくのは場の雰囲気に馴染めるかどうかのストレス面から仕事だと難しい筈だし、菊岡の協力者は率先してクラスタをしてた相手っぽいから、真っ向から敵対する俺に情報を流すような事をするとも思えない。となれば、その協力者は、俺に情報が流れていると知らないと考えるのが自然だ」

「その仮説であればそうだろうな」

 

 全てキリトの予想に過ぎないが、仮に菊岡の部下、ないし協力者が、率先してクラスタをしている者であれば、敵対行為ばかり取っていたキリトに情報が流れるのを厭い、黙秘を貫こうとするのは想像に難くない。仕事として流すのを強要されればどうか、という穴はある。しかしその穴は、その協力者がキリトに情報が流れている事を知らなければ、という仮定で意味を喪う。

 全てただの推察に過ぎない話ではあるが。

 

「だが、ALOを全力でプレイしてる面々にほぼ毎日仕事がある人が敵うとなれば、相当なセンスと効率を求められる。時間的な余裕が段違いだからだ」

「社会人だから難しい、と? ……確か貴様の仲間の中にも、社会人は居た筈だが」

「クラインとエギルの事か。あの二人はアカウント引継ぎ組の生還者だ、次元(レベル)が違う……逆に言えば、社会人がトッププレイヤーを張るには、それだけ時間を費やさないといけない。レインがあれだけ怒ったのは、費やした時間や熱意諸々を理解しているからだったんだ」

 

 MMORPGに手を出したのはALOが初めての自分には分からない。だから、そういう視点の意見は、キリトの方が上だ。その付き合いがある彼が言うとなれば確かにそうなのだろう。

 

「……その顔は、よくわかっていないな? 最近の社会問題にVRMMOは多く挙げられているのに知らないのか」

「いや、それは知っている。だがトップを張る云々のところが正直わからん。ずっと研究詰めで、ネットゲームもこのALOが初めての俺が、一時期ALOトップになれたからそこまで難しくないと考えていた」

「そりゃあ種族領に束縛されてる将軍と自由に中立域やダンジョンで狩りが出来る上に種族混成のギルドのサブリーダーではレベリングの環境や効率が違うからな。種族間抗争を度外視したレベリングとなれば、必然的に高難易度ダンジョンになるだろう。そのクエストにトッププレイヤーばかり集めたギルドで行っていたから、必然的にリソースも大量に集まってたんだ……一から鍛えた他のプレイヤーの力を借りて、な。トライアンドエラー無しの成功ばかりならそりゃあレベルアップも早いだろうさ」

 

 《三刃騎士団》のそのスタンスに忸怩たるものがあるのか、じとっとした目でこちらを見ながら、そう言って来る。

 

「研究をこのALOでするからって平日休日関係なくログイン頻度が高くて、高難易度クエストもひっきりなしに行っていれば、自然と強くなる。でもそれは、逆に言えばスメラギにそれをするだけの時間があったからだ。一日二、三時間だけの社会人のプレイ時間を、スメラギは四、五日分纏めて続けられると考えれば、強くなるのは当然だろう」

 

 前提が違うのに較べてどうする、と辛辣に言い切られ、俺は黙るしか無かった。

 

「話を戻そう。それだけしかない社会人が、トップの巣窟の《三刃騎士団》の、更に一軍メンバー入り出来るのか……確かに不可能ではない。リアルをある程度犠牲にすれば可能なレベルだろう」

 

 ――だが、と彼は頭を振った。

 

「菊岡は少々特殊な立場の役人だ。その部下が決してVR向きでない事を俺はこの目で見て知っている。リアルで体を動かしている人間ほど、仮想世界の戦闘に違和感を覚えやすいからだ」

「ほぅ……?」

 

 それは、初めて聞く話だった。興味を惹かれて顔ごとキリトの方を向く。

 

「俺はむしろ逆……運動をしている人間ほど、仮想世界では動きやすいものだと思っていたが?」

「勿論そういう部分もある。けど、ALOのトッププレイヤーほど、どうしても不慣れなものがある。リーファを例に挙げるならSAOに来た当時はソードスキルの構えや自動で動かされる体に違和感を訴えていたし、俺の知り合いには居ないけど、フルダイブ酔いっていうので苦しむのも運動を多くする人に多いらしい。リーファの場合はシステムのルールに不慣れ、フルダイブ酔いは重力関係の物理演算がリアルに追いついていないからだ……そして、このALOには現実では絶対再現出来ない二つの要素が存在する」

 

 それは、魔法と飛行だ、とキリトは言った。

 

「菊岡の部下は《三刃騎士団》一軍に入っていない、と考えたのは飛行の方さ。リアルで理論的に体を鍛え、動かしている技術を持つ人間ほど、この世界の飛行戦闘は馴染みにくい。()()()()()()()

 

 はっとする。

 世間の注目を浴びていたキリトは、スヴァルト実装から暫く経つまでは補助コントローラーを使って飛行していた。他者に較べてVR適正は高いだろうにも関わらずだ。

 しかしそれが、SAOでの地に足を付けた戦いに馴染んでいたから、と考えれば……

 

「……いや、だが貴様は、確かSAOで飛んで戦っていたような……」

「《ⅩⅢ》での飛行はALOのそれと別物だ。あっちはイメージ、こっちは肩甲骨を動かすフィジカル面での操作だぞ。剣を振る時にも別の動作を考えないといけない時点でそれまで構築していた動かし方が通用しなくなる」

 

 その点、補助コントローラーは躯を自在に動かせる、とキリトは静かに笑みを浮かべた。

 だから彼は随意飛行を使えるようになるまで時間が掛かったのか、と思う。他のSAO生還組は彼に較べて何か月も先に始め、それだけ体に馴染ませていた。

 ――VRに最も慣れているキリトですら、随意飛行という上級者の必須技能を会得するのに一ヵ月以上の時を掛けた。

 他の面々も、二、三ヵ月。それでも一般のALOプレイヤーと較べれば十分早い。

 だからこそ……

 

「だから『無い』って思った。随意飛行を会得するまでも、会得してからの戦闘も、上級者はこなさなければならない。それが《三刃騎士団》に入団出来る()()()()()。そこで更に鎬を削ってトップになる……なんて、リアルで体を動かす仕事を日々こなす社会人には流石に無茶があるだろう? 人間の脳はリアルとバーチャルで体の動かし方を変えるなんて器用に出来る造りじゃないからな」

 

 会得してからの空中戦闘に磨きを掛けるとなれば、更に時間を要する訳で、そうなれば本当に一握りのプレイヤーだけがトップに位置する。

 《三刃騎士団》はそのトップを寄せ集め、更に(ふるい)に掛けられ残った者だけが攻略隊員に選ばれていた。

 幾度となく直訴してきていたのは、そのギリギリのところまで行った者達だったのだ。

 

「しかし、リーファはどうなんだ? 彼女はリアルで全国レベルの剣道をしていると聞くが?」

「この世界でCQCで戦ってたり、リアルの護衛が真剣使ってるのを見た事あるか?」

「……いや」

「だろう? リー姉も多少難儀したようだけど、まだ折り合いが付く範疇なだけだ……まぁ、俺もリー姉の実力はかなりどうかと思っているけどさ」

 

 やや微妙な顔でキリトはそう呟いた。すぐ息を吐いて、表情が改まる。

 

「ここまで考えておいて何だが、これでもレインや俺に情報を流していたのが、菊岡の部下である可能性はゼロとは言えない。でも現実的にはかなり低い方だと言えた」

「……それで、何故俺が、その菊岡という人間とグルだと?」

 

 そう問うと、銀髪のレプラコーンはこくりと頷いた。

 

「住良木陽太。量子脳力学の研究者で、他にはアメリカ人研究者ばかりのチームに於いて七色の右腕らしいな。そして菊岡は総務省仮想課に務める元《SAO事件》対策チームのリーダーだった。VRMMOの今後についてかなり考えている。その男が天才科学者なんて人間を野放しにするとは思えない。SAO内にいた俺にコンタクトを取り、協力を取り付けた時のように、現実でも仮想世界でも七色の傍にいるアンタに協力を要請したんじゃないか?」

 

 そう締め括り、どうなんだ、とキリトは目で問うてきた。

 

「――――……ふぅ……」

 

 その目から、視線を外し。

 俺は深く息を吐いた。

 

 ――ここまで確信を持たれていては、誤魔化しようもないか。

 

 確かに余人に洩らすべきではないが、バラしてはならないと言われてはいないのだ。バレているならいっそ全て話してしまう方がいい。

 隠し立てする理由は、もう無いのだから。

 

「……確かに、菊岡さんはVR世界の把握と、今後どのように変化していくかを見定める事を目的にしていた。その変化の要因となり得るセブンの情報を提供して欲しいとある日俺に連絡を寄越して来た。疚しい事をしている訳でも無いと考え、俺は研究について伝えた。あわよくば、仮想課の支援を受けられるかもしれないと考えたからだ。その時には《クラウド・ブレイン》の構想も固まって動いていたからその事も伝えていた」

「いつ?」

「確か……三月末だったか」

「……俺に依頼を出す前じゃないか……菊岡め……」

 

 笑いながら、眉や頬をひくつかせ、拳を握りしめるキリト。自分が調査した事を既に知っていたという、ほぼ徒労に近かったという真相を知ればそうなるのも当然だろう。

 まぁ、それは俺には関係無い事だ。

 

「彼はセブンを通してVR世界の在り様を見定めようとしていた。だから、《三刃騎士団》の攻略情報も、ライブ情報も、逐一伝達していた」

「……面倒じゃなかったか? 少なくとも攻略方針については」

「文書データは攻略板のものをコピーして作っていたから、面倒ではなかったな。手間とは思ったが」

 

 ログアウトした後、携帯端末から送るという一手間が必要だったからだ。

 しかし、それがレイン、そしてキリトへと伝わっているとは知らなかった。キリトが動いていたから大事にならずに済んだと思えば結果的に良かったのかもしれないが、純粋に喜べない部分もある。

 だが……

 

「結果的にではあるが。その手間を惜しまなかったから、“今”があるのだろうな」

「……なんだいきなり」

「フン……計画は半永久凍結され、研究チームは解散。セブンも俺も今は政府との取引を受けた身だが……その“今”も悪くない、という事だ。あの子が楽しそうなら……それでいい……」

 

 それは、紛れもない本心だった。

 

 ――《SAO事件》が勃発した直後の頃。

 

 量子物理学者として名を馳せていた《茅場晶彦》が起こしたとされた大事件の煽りを受け、量子や物理と名の付く学者たちは一時期苦境に立たされた。ある程度実績を上げた学者ですら『苦境』と付くのだから、茅場晶彦を輩出した大学の研究室を目指し、最終的にアーガス就職も……と夢見ていた学生には、とんでもない荒波だったのは確かだ。

 VRの影響を受け量子脳力学を専攻して研究したい、と考えていた自分に、学校の教師はこぞって否定と批判の嵐を突きつけてきた。

 流石に自信を打ち砕かれ、夢も失ったと言って良い状態だった俺は、いっそ国外に行けば――と考え、高校の進学を留学に定めた。ISが世に放たれてから日本語が共通語に改定された事で、留学への敷居が低くなったから出来た決断である。それだけ俺も若かったのだ。

 一つの事に集中すれば、それを何が何でも成し遂げようとする、人からは『生真面目』だとか評される俺の気質は、どうやら功を奏したようで、成績を高く評価した留学担当官にMITの受験を薦められた。

 無事合格し、量子脳力学専攻の研究室に入る事が出来た。

 

 その研究室こそ、《クラウド・ブレイン》をテーマに活動していた研究チームである。

 

 俺が入った翌年に、七色・アルシャービンというMIT飛び級中の少女が研究室に入った。彼女の専攻はネットワーク社会学だから全く分野が異なるが、VR関係を取り上げていたのは俺が居た研究室だけだったから入って来たと、後に知った。

 俺が彼女の右腕になったのは、正直成り行きの部分が大きい。

 一番歳が近かったから、とか。

 日本人とロシア人のハーフの彼女にとって、日本人の俺は親近感が湧きやすかったから、とか。

 ――何より、VR関係に関する熱意が共通していたから、とか。

 会話は仮想世界やその技術の事ばかりだった。年齢の関係で七色はフルダイブをした事が無かったが、既に研究室でディスカッション出来るレベルで論理的な思考を確立させていた少女に、仮想世界がどういったものなのかを語り続けた。

 予想外だったのは、彼女の興味の持ちようだ。

 七色・アルシャービンという少女は俺の予想を遙かに超え、未知の世界への興味を膨らませ、果てには自らアメリカ側からALOへと突貫してしまう始末。そして帰ってきた後、興奮しながら仮想ネットワーク社会の構想、そして後に実験へと移すまでに掲げられた研究テーマ《クラウド・ブレイン》の骨子を創り上げ、それを語ったのである。

 ALOにログインしつつ勉強をこなす日々を俺も共に過ごし、何時の間にか七色と構想を語る時間を楽しみにし始めた俺が居た。夢へと直向きに向かい、道を模索し、論理を展開していく姿はかつての俺自身を想起させ、そして共に眩しく見えた。

 

「俺は何時の間にか、彼女を本気で応援していたんだ」

「……大切にしているんだな」

「ああ。あの子はアメリカに居る間、一人暮らしをしていたようでな」

 

 今は雲隠れした父親《セヴィック・アルシャービン》はあまり娘の七色に顔を見せず、彼女に必要な資金を提供する程度でしか無かった。俺が顔を合わせに行った時など、天才へと成長させてくれよ、と言ったのだ。あれだけであの男には嫌悪感を覚えた。

 同年代の友達もおらず、父親や周囲の大人達によって天才少女と言われる彼女には親身になる存在がおらず、故に俺は彼女を守らなければならないと思った。

 

「最初は菊岡さんに言われた通り、ただの観察対象だとしか思っていなかったのだがな……何時しか本気で応援するようになり、守ろうとすら思っていた。だから、だろうな……俺は彼女の悲鳴に気付かず、あるいは応援する形で、彼女から本来あるべき幸せを奪っていたのかもしれん……和人、俺が言うのも妙な話だが、あの子に幸せを戻してやってくれて、礼を言う。ありがとう」

「……俺はただ、皆にしてもらった事をしただけだ」

 

 真正面から礼を言われた事が照れ臭いのか、僅かに頬を朱く染めて視線を逸らしたのを見て、俺は少しだけ苦笑してしまった。どうやらこの男は礼を言われる事に慣れていないらしい。

 まったく難儀な奴だ。

 少しばかり顔が熱くなるのを自覚しながら、俺は笑った。

 その俺に、顔が赤いぞ、と。キリトは頬を朱くしながら指摘してくる。

 

「お互い様だ」

 

 そう言って俺は笑った。

 ――久方ぶりに、心が晴れ渡る笑いだった。

 

    *

 

 二人して顔を朱くしながら笑い合い、羞恥を誤魔化した後。ふと思い出した事があった。

 

「――ああ、そうだ。言い忘れていた事がある」

「うん?」

 

 一頻り笑って気が和らいだか、さっきまでの真剣さを薄れさせたキリトは、柔和な笑みを湛えながら首を傾げた。

 

「菊岡さんから観察を依頼されていたのは、セブンと……あともう一人いる。貴様だ、キリト。貴様がセブンと接触し、ぶつかり合う事でどうなるのかを見たいと言っていた」

「……へぇ」

 

 柔和な笑みが消え、微妙な面持ちで生返事。

 面白くない、というのが今の心境だろうか。それとも菊岡さんに対する恨み節でも内心で唱えているのか。俺としては、キリトの別側面であるホロウのような危険な感情を持っている人間を観察しようと考える事に、疑問も不満も抱かないが、やはり観察される側という事で思うところがあるのだろう。

 

「……リー姉達が関わらなかったら阻止するよう言うつもりだったな、菊岡め……」

「かもしれんな」

「まあいいが……それで、何て報告したんだ?」

 

 あまり良い予想をしていないのか、表情を変えずに問うてくる。

 ふっ、と俺は笑みを零し――――

 

 

 

「貴様は、どこまでもこの世界に染め上げられた廃人ゲーマーだよ!」

 

 

 

 笑って、そう言った。

 

「――ああ、知ってるよ!」

 

 レイドボスを凌ぐ程にシステムを利用し、組み合わせて使っていた英雄(プレイヤー)は、朗らかに笑って肯定した。

 

 草原に、再び二人分の笑声が上がっていた。

 

 

 

 






 今話は、原典版では、レインがキリト達と誘導し、そこで《三刃騎士団》の情報を横流ししていた――でも除隊されてからだと出来ないのでは? という本編中では宙ぶらりんな疑問解消になった、ゲームクリア後のスメラギとのイベント。
 要は『菊岡が裏でレインに情報を流してたんだよ! 情報源はスメラギ!』という事。

 それをややこしくしたのが今話。

 情報板をグループ毎に、というのは、Lineグループみたいな感じで。Lineは参加制だけど、ギルドのは上位権限者が振り分けるイメージ。

 それを踏まえ、ALO編十四章《二つの戦い》に於ける話で、ラン視点では《三刃騎士団》先遣隊が通せんぼしている事を、内通している筈のレインが把握していない、という矛盾点を解明した。

 内通してる筈のレインが、キリトから先遣隊について知らされ驚く、という『内通者の意味ェ……』という伏線に気付いていた人はいただろうか!(伏線ですらないというのは無しで(涙目))


・キリト
 原典キリトより思考回路がおかしい主人公。
 一番敵に回しちゃいけないヤベー(迫真)奴。
 システム的な不可侵ルールに則っているならルールに則って理解する、トップダウン式の思考を構築している十二歳。他人のやっている事を見て、部分部分を解明し、全容を把握する思考回路。
 システム外スキル構築の思考はボトムアップ式。ルール全てを理解し、その穴を見出した上で攻めるから。
 両方の思考を備えているキリトに死角なし。

 廃人ゲーマー扱いされて喜んでいるが、『()()世界』はキリトにとって特別、且つ茅場晶彦を尊敬しているからであり、廃人級の事で喜んでいる訳ではない。

 ヴァベルにOSS作成を協力してもらっていて、更に奥義書、魔導書を預けていたので、受け取ったキリトは以前と同じOSSを使えます。
 MP消費と回復のシナジーがあるので既に最強です。
 尚、封印されても普通に強い模様。


住良木陽太(スメラギ)
 御年18歳の社会人。
 専攻は量子脳力学(原典設定)
 茅場晶彦が作り出した仮想世界に影響され、志し、心無い教師たちに打ちのめされ藁にも縋る思いで留学。留学にあたって何気に飛び級し、MITに入学するとかいう規格外エリート(オリジナル設定)
 そこで七色に出会い、仮想世界への熱意で意気投合(オリジナル)
 父親の冷たさを知り(オリジナル)護ろうと保護者視点になった事で七色の夢を応援するようになった(原典設定)
 若くして父性に生まれた男。
 原典キリトに対するスメラギの対応は『娘はやらんぞ』な父親のノリ。性的に見てない以上、真面目な話ロリコンとは言えない。

 そんなエリートなので、MMOをやったのは実はALOが初。

 更に研究と題して時間を気にしないでフルダイブを繰り返し、自己強化に励めるという、半ばSAO時代のキリト達としている事が一緒なので、強さが段違いに速く上がった経緯がある(オリジナル)
 しかし二年の経験を持つ生還者組には密度的に劣る。

 ――正直この理由じゃないと『レインの方が強い』=『レインは将軍より強い』という関係図が納得出来なかった(爆)


 以上、終わり!

 では、次話にてお会いしましょう。

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