インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:ユウキ

字数:約五千

 本編と本編の間のストーリーなので、五千文字前後を目標にしています。

※いい加減くどいと思われる描写がありますが、必要な事です。低評価、お気に入り解除覚悟です。




状況 ~キミとボク~

 

 

 スプリガン領の森林奥。天使が降臨した泉から更に奥へ進んだ先に、(くだん)の天使から提示された(討伐)(対象)である魔獣は居た。

 岩肌を削り、内部を空洞にした形のフロア。

 その入り口には三階建て建築並みの高さを誇る門扉(もんぴ)があったが、ボク達が到着した時には、そこは既に開いていた。

 定期的にリポップし、徘徊するフィールドボスはともかく、クエストやイベント、エリア、フロアボスなど特定地点に固定されるタイプのボスは、基本的に関係のあるプレイヤーが訪れた時にポップするシステムだ。そうでなければ扉を開けた時、部屋に入った瞬間に攻撃され、殆どの人がボスの顔を拝む事すら出来ずに死んでしまいかねない。リアリティを追及しているとは言え、ゲームである以上『お約束』は守るべきという不文律がVRMMOには存在していた。

 ――逆に言えば。

 ボク達が到着した時点でボスがポップしている以上、他の誰かが同じクエストを受け、同じ場所を訪れ、キーボスと戦っていると言える。

 

「……どうする?」

 

 ある程度距離を置いて立ち止まったボクは、手を引く少年に顔を向け、問い掛ける。

 巨大な門扉は人ひとり分くらいの隙間が開いている。森側が明るく、門扉の向こう側は暗いせいか、ライトエフェクトの調節の影響で内部の状況は視認不可能。情報と言えるのは凶暴な咆哮と幾度とない地響きくらいなもの。

 剣音、鎧の擦れる音や足音、指揮する声など、およそ人が立てる類の音は一切聞こえてこない。

 ボスの轟音に掻き消されているだけではない。

 ボスの行動パターンには一定のパターンが存在しており、複数のルーチンを適宜組み替えて動かされている。プレイヤーが指す『隙』というのはそのルーチン変更時のラグだ。運営が攻略出来るように敢えて残した隙である。超高難易度や複数のパーティーでタゲ取りをしている間に側面から突く戦法を基本とするレイド級ボス(ソロ攻略不可級)でもない限りこの“隙”は原則存在する。

 先にボスと戦っているであろう者達が受けているクエストはおそらく自分達のそれと同一の筈。であれば一パーティーで討伐可能な水準で設定されている筈であり、如何に激しい猛攻であろうと、数秒単位のクールタイムは挟まれるのが道理。

 

 扉の向こうから聞こえる咆哮や地響きにはやはり数秒の間があるが、やはり人が立てる音は聞こえない。

 

 正直判断に困った。

 ボスが戦っている以上、プレイヤーが生きている事は確実だ。SAO時代なら一も二もなく加勢に飛び込んだが、ALOは娯楽に重きを置いているので、同意無しの参戦はリソースの横取りというマナーレス行為になりかねない。なまじリアル割れしているだけあって粘着行為に発展する恐れがある行動は細心の注意が必要なのだ。

 本来であれば、クエストを勧めた自分が――年上という意味も含めて――率先するべき事だとは思う。

 しかしリアル割れによる影響(リスク)で言えば、彼の方が段違いに高い。

 

 自分と彼、どちらがより危険に晒されやすいかで考えれば、悩む必要は無い。

 

 だからボクはどう動くかの判断を彼に委ねた。彼の方がより的確な判断をするだろう、という信頼の下に。

 ――小学生の彼に年上のボクが判断を委ねるのもどうかとは思う。

 でも、ボクが知らない事情がある可能性を考慮すれば、知っているだろう彼が判断する方が確実だった。

 

 それを凄いと、称賛を浮かべるよりも――()()()、と。

 彼我の差を見て歯痒くなった。

 

「一先ず中の様子を見よう。壊滅し掛けてるにせよ、善戦してるにせよ、見るだけで情報が手に入るからな」

 

 こちらの内心を知る由もない少年は、冷静にそう言って歩を進めた。手を引かれる形で自分も足を動かす。

 僅かに開かれた隙間から、中には踏み入らない程度に覗き見る。明暗の差で視界が優れないが、程なく暗さに馴れて徐々に中で蠢く存在が鮮明に浮かび上がる。

 一つの巨大なオオカミのシルエットが大きな広間で吼えていた。どす黒いオーラを纏って四方八方を前脚で叩き付け、時に咆哮と共に口元から放たれる魔法弾が空を駆ける。なるほど、確かに“魔獣”の名に相応しい偉躯と言えよう。

 問題は、それに攻撃されているプレイヤー側だが……

 

 ――キラッ、と光が瞬いたのはその時だった。

 

 それは空を裂くように走る光。薄暗い洞穴に流れる一筋の流れ星にも見えたその光が、剣光であると気付いたのは、魔獣の鼻頭に流星が着弾した時だった。ギャオン、と野太い悲鳴が上がった時、鼻頭を斜めに斬り裂く赤い光(ダメージエフェクト)が闇の中にクッキリと浮かび上がったのである。

 そのエフェクトはすぐに見えなくなってしまったが、傷が癒えた訳ではない。魔獣の頭上に表示されているHPバーは今の一撃で削れた分をしっかりと目減りさせたままだ。

 どうやら自己修復能力は無いらしい――と、クエストボスの特殊能力を一つずつ確認していく。

 その過程で、ボスの能力をある程度推し量るために、挑んでいるプレイヤー側の装備を見ようと視線を巡らせた。

 そして、瞠目する。

 

「……一人?」

 

 魔獣から距離を取り、魔法弾を躱し続ける飛翔し続ける妖精は、一人だけだった。ボス部屋のどこを見ても仲間らしき姿は無いし、リメインライトもひとつも無い。

 という事は、おそらくはソロ。

 確かに十分なマージンを取り、装備とスキルをしっかり鍛え、自信の技量も高めたプレイヤーなら、ソロで討伐する事は理論上可能である。キリトはその筆頭だし、自分とてそれを成し遂げるポテンシャルがある。

 

 ――けれど、まさか、敢えてソロで挑む人が居ようとは……

 

 その驚きは、ソロプレイに対するものではない。

 

 自分が驚いたのは、単純にいま自分達が受けているクエスト――《天使の指輪》の報酬が、ソロ向きでないからだった。

 

 報酬として手に入る《リング・オブ・エンジェルズウィスパー》は、それを手に入れたプレイヤーが、誰かと()()()()()()()()()事で真価を発揮する。指輪を交換した者同士が、受け取った指輪にメッセージを吹き込み、それを相手に渡した指輪を介して伝えられる。

 つまり報酬で確定入手出来る指輪は、交換する事を前提にした一方通行なメッセージ専用アイテムなのだ。

 クエスト受注欄では、『二人以上推奨』などの注意書きは無かった。

 しかし、それは当然だ。ALOのクエストは、生産職のものを除き、ほぼ全てがパーティープレイ前提の難易度なのである。

 そもそも、ソロプレイというのは古今東西あらゆるMMOゲームに存在するプレイスタイルと、エギルから聞いた事がある。

 パーティープレイをはじめ他人との交流、協調性を面倒くさがったり、あるいは『ソロの自分』に酔っている人間が取りがちなプレイング。プレイングスキルを鍛えるのはかなりのものだが、レイドを前提にしたイベントではほぼ確実に上位になれないし、強力なボスとの戦闘は一撃即死のオワタ式に近いなど、キャラ強化の面からすれば旨みはかなり少ないという。

 キリトがSAOで最強になれたのは、SAOがデスゲームになり、半ばスタンドアローンに近い運営になっていたからだと、クラインは言っていた。

 所謂集団戦を前提にしたイベントがほぼ無かったからギルドなどの価値、優先順位が下がり、相対的にソロプレイの価値が上がった。もちろん、彼自身の技量や狩場、危険な区域を探し出す勘なども彼のソロプレイに大きく関与している。

 央都に行くにしても、ALOのプレイヤーは装備で強くなるのにも限度があり、戦闘の趨勢はプレイヤー本人の技量に大きく左右されやすいため、アルン高原を取り囲む山脈を抜ける三つの洞窟にしてもパーティーやレイドを前提にしている。アタッカー、タンク、バファー、デバファー、ヒーラー、クラウドコントローラー、スカウトの役割を的確に振り分け、如何に戦闘を効率よく進め、あるいは接敵を避けるかが肝要。出会う敵全てを相手にしていたら気力も装備の耐久値もアイテムも保たないからだ。

 ともあれ、どうプレイするかも、それを確立し継続させる力も、その人次第という事。感嘆こそすれ驚く要素は殆ど無い。

 キリトがOSSでHP、MPを回復出来るシナジーを確立させたのも、ソロ故の持久戦の課題を解消する為だろう。《魔術》で武器を使えるようにしたのも耐久値を無視できる《ⅩⅢ》の代わりという側面がある筈だ。

 

 ――閑話休題。

 

 ボス部屋内部の状況は把握した。

 ボス一体とプレイヤー一人。HPはボスが残り三本で、三本目は七割残っている。プレイヤーの方は残り四割の注意域。戦況はプレイヤー側が攻めあぐねていると見ていいだろう。

 

「助ける?」

「訊いてみてからだ」

 

 返答は簡潔だった。

 そう、とだけ返して、彼の手を離しながら腰の剣に右手を掛ける。彼の指示一つですぐに飛び出せるよう翅も出した。

 右の腰にも、すぐ二刀になれるよう銀剣を佩いているが、そちらは抜かない。初見のボス相手に自分の二刀は相性が悪過ぎる。

 

「あんた、一人か?! そちらが良ければ加勢するが!」

 

 その声に、洞窟内を飛んでいたプレイヤーが反応した。咆哮と共に飛来する魔法弾をくるんとターンで躱し、顔をこちらに向けた。

 ――美少年、と言っていいのだろう。

 短い黒髪、黒尽くめのロングコート。肌の色は普通だからスプリガンだろうか。右手に白剣、左手に黒剣を握る少年。どことなく――どころではない。恣意的であると確信出来るほどに【黒の剣士】そっくりの出で立ちだ。

 彼が成長し、髪を短く切って、眼光が和らげばあんな顔立ちになるだろうと思える姿。

 その、柔和で、けれど今は鋭く眇められた眼が見開かれた。凝視しているのはキリトの貌だ。

 

「――キリト()()?!」

 

 そして、敬称としてそんな呼び方で、驚きを露わにして。

 ――その一言で、そのスプリガンが誰かを悟った。

 先生、だなんて。

 年下の彼を呼ぶ人を、ボクは一人しか知り得ない。

 

「まさかキミ、ルクス?!」

「あ、ああ、今は《クロ》って名乗ってるけど……」

 

 困惑に眉を下げて答える黒尽くめの美少年――否、美少女スプリガン。

 胸部は遠目から見ても平坦。かつて嫉妬を抱いた小柄さに反する豊満な胸部は見る影もない。だが、あの表情は、確かに覚えがあった。《ホロウ・エリア》に囚われている間、よく見せていた顔だった。

 《ホロウ・エリア》に飛ばされ、“自身のホロウを攻撃する”というあり得ぬ事態でのオレンジでエラーを受けていた彼女は、その呪縛から解放されて以降、攻略組として忙しかった自分達とは疎遠になっていた。あのあと彼女がどこでどうしていたかは定かではない。

 もう少しで一年になる久方ぶりの再会。それは思わぬ形で実現し、ボクも彼女も、困惑で動きが止まった。

 

『オオオォォン――――ッ!!!』

 

 ――それは、明確な隙だ。

 モンスターを前にしていながら他方に意識を逸らす。それがどれほど危険で、命取りで、愚かな事か、ボク達は知っていた筈だった。

 環境は人を変える。

 デスゲーム(死ねば終わり)の世界に居た時も、驚愕はあった筈だ。

 けれど今ほど明確に、何秒も、(なん)(こと)も言葉を交わすなんて事はしなかった。まずは目の前の脅威を退ける事を最優先――と、冷静に判断を下し、私情を冷徹に押し殺していたという確信がある。

 だからこそ――自分に、落胆が浮かんで――――

 

「――ああ」

 

 魔獣が吼え、暗黒の魔法弾が発射されるその寸前、隣から飛び出した“()”を見て、苦笑が浮かぶ。

 遠いな、と。

 感嘆と、諦観と、悲嘆と、憧憬とが、ごちゃまぜになった。

 何時でも斬り掛かれるように備えていたのに、出られなかった。

 それまで後衛に徹していたのに、瞬時に前に出る判断を下した。

 

 ――たかが、ゲームだ。

 

 そんな事――――ボクは、口が裂けても言えない。

 それは言い訳だ。

 彼に追い付けない事を正当化する、卑怯な思考だ。

 

 ――“死ぬ瞬間”をこの目で見ていないからだ。

 

 彼とボクの、意識の差を作る根幹すらも――ボクは、言い訳にしか思えなかった。

 

 






・《リング・オブ・エンジェルズウィスパー》
 互いに指輪を交換し合わなければメッセージを送れないという、二人以上でクエストに挑まないと真価を発揮しない指輪アイテム。
 《ガールズ・オプス》に於いてはクロ(ルクス)、リーファ、シリカ、リズベットがそれぞれ指輪を交換し合った。


紺野木綿季(ユウキ)
 日常を謳歌する少女。
 【絶剣】と謳われたのも過去の事。命を賭す技を持っていてもそれを振るう為の舞台が無く、現実では見守るばかりな以上、想いを寄せる者の為に振るえない。現実で同じ師に師事し始めたが、それもほぼ護身のため。
 享受できる平穏は幸せなものである。

 しかし――想い人に、平穏は無く。

 彼我の境遇をまざまざと感じ、鬱屈した思いを積もらせる。
 剣で全てを解決できる時は過ぎ、ままならぬ現実を、彼女は生きる。待つだけは苦痛だと泣きながら。


桐ヶ谷和人=織斑一夏(キリト)
 非日常を続ける少年。
 少年にとって、現実もデスゲームも等しく”地獄”。故に生還したとしても非日常には変わりない。
 未来を掴み、生きる為、現実でも仮想でも剣を取る。
 ――覚悟は変わらず、決意は胸に。
 その在り方は時に人を魅入らせるが――時に、人を苦しませもする。
 誰もがその強さを持つわけではない。
 現実も仮想も命懸け――だなんて、そんな非日常が蔓延する筈が無いのだから。

 ――幸いにも、少年には自身を理解する人が居る。

 理解出来ない、共感出来ないと全てからは排他されない未来が約束されている。
 それは何とも比べられない程に幸せで。
 だからこそ喪いたくなくて――少年の歩みは、止まらなくなる。非日常の深みに沈んでいく。
 生きる覚悟、死にたくない願望がそうさせる。
 ――生きて、と願われている以上、この歩みは止まらない。
 歩みを止める時は、望みが絶たれた時だけ故に。

 桐ヶ谷和人(織斑一夏)が抱えていた矛盾は、周囲の人間に伝播した。

 この矛盾を解決するには二つに一つ。
 潔く諦めるか。
 同じ土俵に上がるか。

 ――想いを寄せる者達は、既にその答えを出している。


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