インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
視点:ユウキ
字数:約七千
ではどうぞ。
鍛冶妖精の象徴と言える構造物的な翅が
薄暗い洞穴の主たるオオカミの魔獣と対峙する影妖精の二刀剣士。影妖精の少女は、驚愕と困惑の隙を突かれ、今にも魔獣の魔弾に穿たれそうだ。
――その間隙を、《
二秒。
それが、数十メートルの距離を彼が詰めるのに要した時間。翅を出し、振るわせ、飛び出し、割り込む――これら一連の工程を同時進行しての割り込みは、経験に裏付けされたものを感じさせるに余りある。
「先生――ッ?!」
魔弾が狙う影妖精。その少女を庇うように割り込み、剣を翳す鍛冶妖精の少年。
店売りの簡素な直剣を、彼は両手で握り、斜めに翳す。途端――彼の眼前に、半透明の障壁が構築された。バチバチと白雷を弾かせるそれに魔弾は命中。暗い炎の爆発は、しかしその影響を微塵も通せていなかった。術者たる少年、標的たる少女、両者ともにまったくの無傷。
OSS《フォース・バリア》。氷・地属性が持つ物理干渉の障壁により、物理攻撃と魔法攻撃の両方を遮断する《魔術》。破るには炎と風の二属性を同時にぶつけなければならず、出来なければ水二割・雷八割の属性ダメージによる反撃が見舞われる。
魔法弾を防ぎ、反撃である白雷が迸る。
間近まで接近していた魔獣は小さく呻いて、仰け反った。
翅を震わせ、蹴り上げるような軌道で舞い上がり、青い光に包まれ――後退した魔獣の頭上に出現した。
「潰す――ッ!」
一言、強く少年が言った。
容赦ない逆落としが仕掛けられる。ズドンッ、と地を揺るがす程の衝撃。地面まで直下した彼は剣を突き立てており、そこを基点として環状の衝撃波が発生していた。《ライトニング・フォール》にも見えたが雷が発生してないからそれに近い《オリジナル・ソードスキル》だろう。
しかし、それよりも疑問に思う事がある。
彼が瞬間転移したように見えた。転移によく似ている光に包まれ、直後に魔獣の頭上に出現したあれは、いったいどういう原理なのか。
「はぁッ!」
そう疑問を浮かべるボクを他所に、キリトの猛攻は続く。
剣を抜きながら、彼は
MPが僅かに削れたのが見えた。それも、魔獣に炎がヒットしてからすぐに回復する。
『グゥ、グギャゥ……!』
扇状に走る五つの火柱は、どうやら多段ヒットする《魔術》であるらしく、巨体故にかなりの回数被弾する魔獣は呻き声を何度も上げる。その度に魔獣のHPバーが僅かずつではあるがガリガリと確実に目減りしていく。
まだゲージは三本残っているが、このままのペースなら倒し切れる――という考えは甘過ぎる。
延々とシステム的ノックバックを課す《剣技連携》ならまだしも、魔法・魔術によるノックバックは
これは一般にあまり知られていない特徴であるが、ボス攻略に挑んだ事があるプレイヤーなら、感覚か経験的に理解出来るだろう。
そして今のキリトが放っている攻撃は《魔術》。
魔獣は怯みこそしているが、程なく無理矢理攻撃を仕掛ける筈だ。
――その推測通り、魔獣が動いた。
グギャァッ! と怒りを滲ませた咆哮を上げ、魔獣が大きく跳び上がる。クルクルと空中で回転し、狙いを定めて、前脚の鋭い爪を振り下ろす。
そこで、割り込む。
ズゴンッ、と重い響きが手を介して伝わって来る。
確かな手応え。ぶるりと全身が震えた。
会心の笑みを浮かべる。
――
《
――――
「や……ぁぁあああああああッ!!!」
翅を震わせ、前脚を貫く軌道から
ちょうど頸動脈を穿つその軌道。
魔獣の絶叫が木霊した。
あまりの激痛か、専用のモーションでもあるのか、矢鱈滅多に前脚を振り回し始める。堪らず距離を取る――が、右前脚の薙ぎ払いが迫る。
躱せない――――
「やらせないっ!」
自分の体を覆う程に巨大な前脚が迫る中、中性的な声が聞こえた。そうして割り込んできたのは全き黒の妖精――右手に白、左手に黒の二刀を構える影妖精の《クロ》。
かつては《ルクス》と名乗っていた彼女は、記憶にない凛々しさを纏って、振るわれる前脚を見据えていた。
何をするつもりだ――と、そう思考したのも束の間。
クロの左手に握られた黒剣が振るわれ、かぁん、と甲高い音がした。直後、ぶぉんっと空気を薙ぎ払う轟音が頭上から聞こえ、魔獣の巨大な前脚が通り過ぎる。
肉体的、ステータス的に圧倒的に勝るボスの攻撃を、狙いが出鱈目とは言え、片手剣一本で完璧に弾いてみせたというのか。
「――な」
「……うっそぉ」
あのキリトですら信じがたいものを見たかのような反応。
それはそうだ。あんなパリィ、SAO時代ですら彼がやってのけた事は無い。パリィというのは削りダメージ覚悟で直撃を逸らす苦肉の策のようなもの。勿論通常Mobであれば無傷で弾く事も可能だが、相手がボスなどの強敵になるほど無傷は難しくなる。あのキリトですらボスの直撃コースの攻撃をパリィを使って、無傷だった事なんてない。
パリィは途轍もない精密性を求められる。コツを掴めば、あとは経験と感覚による馴れで出来るようになるが、相手の攻撃が強くなるほど精密性は肝要だ。
ヒースクリフの鉄壁性も、彼がゲーム製作者としてモンスターの攻撃パターンとタイミングを記憶し、それをなぞるように剣と盾を動かし、無効化していたからこそ成り立っていた部分が大きい。それは《神聖剣》のパッシブスキル《セントラル・ブロック》により、盾の中央で防げばノーダメージという効果があった事が拍車が掛かっていたが、中央で受け止めるよう誘導する事もある意味至難の業である。
知識のヒースクリフ、経験のキリトでも不可能であったノーダメージ・パリィ。
それは、粛正時のリーファがやってのけたレベルの超技術。
驚く筈だ。彼女を慕い、師事している彼だからこそ――余計に、驚愕する筈だ。
師事しておらず、それどころか《攻略組》ですらなかったルクスが、義姉と同じ超技術をやってのけた事実を知って、驚かない筈が無かった。
――淡く、胸の奥が疼いた。
それを振り払うように、ボクは無心に二刀を振るい続けた。
*
「えっ、このクエストってSAOにもあったものなの?」
「そうだよ」
クロに加勢し、魔獣を討伐してから改めて自己紹介し、天使に討伐した事を告げに行く道中の事。諸々積もる話はあったが、いきなりSAO時代の事から突っ込むのは気が引けたため、無難にクエストを受けた理由から聞く事にした。
結局それもSAO関係だった訳だが。
聞けば《天使の指輪》クエストは、実はSAO時代に存在していたもので、ALOに【スヴァルト・アールヴヘイム】が実装された頃と同時にクエストも実装されたという。クロことルクスは、このクエストに思い入れがあって受けに来たらしい。
曰く、大切な友人がくれた指輪が【天使の指輪】だったのだ、と。
「ユウキやキリト先生たちと出会う前、私はパーティーメンバーを目の前で喪っていてね。それで無気力になっていた頃に良くしてくれた友人だったんだ……このクエの報酬アイテムは、その時にくれた指輪だったんだよ」
「……そっか。思い出の品って事だね」
「うん。だから是が非でも手に入れたいと思って挑んだんだ」
グッと拳を握りしめ、笑みを浮かべるクロ。
「……まぁ、流石に無謀だったみたいだけどね。キリト先生みたいにボスのソロ討伐が出来ればと思ってたんだけど、上手くいかないや」
その笑みは、すぐに見覚えのある苦笑気味のものに変わった。
そんな彼女を、キリトは微妙な面持ちで見詰めていた。
「あの……キリト先生、どうかしたかい?」
「いや、その……まだ先生呼びなのか、とか。あのパリィの精度ならソロ討伐も不可能ではないんじゃないか、とか思って」
「本当は“キリト様”って呼びたいところなんだけど――」
「――様付けはやめてくれ。偶像視されるのは嫌いだ」
クロの発言に被せるように、珍しく顔を顰めたキリトがハッキリと『嫌い』と口にした。
自分自身を見られなくなる偶像視、過大評価というものを嫌っているからこその拒否反応。それを察していたか、クロの苦笑は微笑に変わった。
「――そう言うと思って、ね。キリト先生には多大な恩がある……敬称を付けてないと、私自身が辛いんだ。先生呼びはどうか勘弁してほしい」
「……そうか」
申し訳なさそうにしながら、それでも一歩も引くつもりが無いのが見て取れるクロの発言に、キリトは神妙に頷いた。
――何かを察したような、そんな表情だ。
何を察したかは分からないが。
「あとパリィは、頑張って練習したとしか言えないかな。一応リーファとキリトが喧嘩してた時のを真似てみたんだけど……どうかな?」
はにかみながら、こてんと小首を傾げ、聞いて来るクロ。
そんな可愛らしい仕草で騙されそうになるが、やっている事や聞いてきている内容は超級技術の熟練度である。しかもリーファ以外ほぼ出来ていなかったレベルのもの。
思わずキリトと顔を見合わせてしまった。
「どうかなって……ねぇ?」
「妬ましい程に完璧だったな」
「まったく同意」
思う事は同じだったらしい。
今はその喜びよりも、《攻略組》じゃなかったルクスに抜かれた――! という悔しさの方が上だ。彼女を下に見ている訳でなく、彼女より経験豊富という点で抜かれた自身への怒り、呆れ、同時に自身を超えた才能を見せた彼女への羨望というものが混ざり合った“悔しさ”。
思わぬ伏兵とは正にこの事。
確かに彼女は、キリトの根幹を崩そうと打って出たリーファの粛正を見ていたが、当時はほぼ傍観者に等しい関係性だった。彼女がキリトの事を“先生”と仰ぐようになったのも粛正の後である。
後になって強さを渇望したとしても、パリィ限定とは言え一年足らずでリーファレベルの技術をものにしてみせるなど、とんでもない才の塊だ。
キリトの眼が若干どんよりと曇っているのは……多分、気のせいではない。金の瞳がくすんでいる。
きっとボクの眼も似たような状態だろう。
――置いていかれてるなぁ、ボク……
ルクスは別の目的――ある意味SAOから地続きの事情――があるし、キリトもALOで研鑽を積む事に真剣だった。
ボクは普通に遊びで来ている。
それが“普通”の事で、キリトが望んでいる未来だと分かってはいるけれど……
――嗚呼、もどかしい。
ズキリと、喉笛が、胸の奥が――脳髄が、疼く。苦しくなる。
それを見せないよう表情を取り繕う。
「ところで……クロの黒尽くめって、間違いなくキリトを意識してるよね?」
「うん、そうだよ。キリト先生は私の憧れなんだ」
「……だってさ、キリト」
「真っ向から言われると恥ずかしいな……」
頬を掻きながら、キリトが視線を泳がせる。
――これでボクの内心に気付く余裕は少なくなっただろう。
「それで、キリトを意識してるなら、なんで剣が左右逆なの?」
「え?」
「え?」
「……逆、ですか?」
「だってキリト、右手がエリュシデータ、左手がダークリパルサーだったし……」
「……………………………………か」
「か?」
「鏡でしっかり確認したのに……恥ずかしい……」
ぷしゅぅ、と湯気が出そうなくらい顔と耳を真っ赤にして、両手で顔を覆ったクロがそう呻く。
「鏡で見たからだねー」
カラカラと
*
――紆余曲折あった。
天使の泉に戻ってみれば、巨人に荒らされていて。
天使が遺したクリスタルから冷たく突き放す――その実、こちらを心配した――言葉を伝えられて。
一人で入手したいと言ったクロは言っていたが、ソロでは辛いという現状を見てそれを飲みこみ、三人でクエストを攻略。胸に埋め込む形で天使を捉えたゴーレム型の巨人を、キリトが後衛支援担当、ボクとクロが前衛で戦い、撃破。
そうして天使を助け出し、その勇姿を讃えられると共にクエスト達成となり、魔法の指輪【天使の指輪】が報酬としてコルや他のアイテムやらと共に入手出来た。
「やったよ、ロッサ……」
クロは、泣いていた。
指輪を握り、祈るように手を組みながら、涙を流して――微笑んでいた。救われた、という顔。願いが叶ったという表情。
喜びの感情そのものだった。
――ロッサ、というのが彼女の言っていた“友達”なのだろう。
パーティーが全滅し、無気力状態だった彼女に指輪を譲ったという少女。彼女を庇って死んでしまった友達。彼女から指輪を譲られ、今度は自分が入手して返すという約束を交わしていた
……SAO時代に何故しなかったのか、とは指摘しなかった。
彼女の中で踏ん切りがついていなかったのだと、想像に難くない。割り切れていない間に亡くした人を思い出すような事をしていれば気が狂ってしまいかねない。現実逃避は時に必要な事。一種の防衛本能なのだ。
結果、SAOがクリアされるまでの間、出来なかったのだろう。
でもクリア後、全損者も生還したという事実が彼女から罪悪感を払いのけた。まだ残っているが、それは最早残滓。現在進行形で背負っているものではない。
「キリト先生、ユウキ。最初は一人でやるって言ったけど……手伝ってくれて、ありがとう。これで私は、一歩前に、踏み出せる……」
はらはらと、大粒の涙を流しながら、クロは深く礼をした。
「特にキリト先生は、本当に……私も、ロッサも、死んだ仲間達も救ってくれて……本当に、ありがとうございます!」
「――――」
強く、純粋な、お礼の言葉。
キリトの表情は――なんとも、複雑そうだった。
それなりに長い付き合いだから、何を考えているかは分かる。俺は俺の目的の為にした、とか。ルクスの為にした訳じゃない、とか。あるいはもっと偽悪的な事を考えている。
でも彼は、それを口にしない。
――何時だったか、リーファが言っていた事だ。
彼は鏡なのだ、と。好意には好意を、悪意には悪意を、殺意には殺意を返す鏡そのものだと、彼女は言っていた。
だから彼は偽悪的な事を口にしない。ルクスの感謝を、否定しない。
彼の視点からすれば、あるいは独善的な選択のように思えたかもしれないが――その選択で、何千人もの人命が救われた事もまた事実。いや、人命を救わなければ彼の未来も閉ざされていたと考えれば、ボク達の命はそっくりそのままキリトの命脈そのものだったとも言える。
偽悪的なこれまでで後ろめたさを覚えて、けれど彼女の真摯な感謝を否定しない彼は胸中の蟠りを数瞬の逡巡で飲み下したようで、仄かに笑みを滲ませた。
「ああ……それは、よかった」
優しく――どこか、儚げな笑みだった。
・
公式スピンオフ《ガールズ・オプス》メインキャラ。
今話登場の《クロ》は
なんだかんだ努力だけでボス級Mobの攻撃をノーダメパリィしてのける技量がある。これで《攻略組》ではなかった事実が恐ろしい。原典ではSAO時代は失意のまま過ごしていたので、ALOプレイ中(《ガールズ・オプス》時系列的にキャリバー前)の一年足らずでここまで至っていた。本作ではALOは精々半年くらいしか出来ないが、SAO時代後半期でキリト達と出会い感化されているので、合算して一年くらいになっている。
一応成長期間の帳尻は合っていた。なんなら原作の新生ALOからと考えた場合、原典ルクスより成長期間は長い。
ちなみに本作ルクスを経歴を時系列で辿ると
『パーティー全滅』
『PoHに脅され《笑う棺桶》加入』
『《笑う棺桶》壊滅(2024/3/30)』
『無気力時期に《天使の指輪》をくれた少女と出会う』
『友人の少女、ルクスを庇って死亡』
『再び無気力に』
→原作ではここから一~二年間ひとり、原典ルート
『《ホロウ・エリア》に飛ばされ、ユウキ達と邂逅(2024/6月半ば)』
→本作ルート
・ユウキ(大人ver.)
《攻略組》でもなかった少女に技術面で抜かれていよいよ危機感がマックスになってきたSAO女性最強剣士(対Mob限定)。
自分の強さがアイデンティティの大部分を占めている――少なくともキリトとの繋がりに於いてはかなり比重を占めている――ので、恋心的な側面から”強さ”を渇望し始めた。
フォースの暗黒面に堕ちない事を祈るばかりである(意味違う)
・キリト
尊敬する
シスコンな上に求道者気質なのでね、是非もないネ。
・新登場OSS(登場順)
分類:魔術
名称:ワープ
詠唱:――
動作:サマーソルト気味に跳び上がる
効果:跳び上がる直前に焦点を合わせた空間へ瞬間移動
距離に応じて消費MP変動
※KH3:ダーク・リク(リミカ)が頭上転移してくるモーション
分類:剣技
名称:兜割り
動作:空中から大上段逆落とし
効果:物理2割・光4割・闇4割の斬撃・衝撃波を一回見舞う
※KH3:ダーク・リク(リミカ)の技
分類:魔術
名称:シャドウウォール
詠唱:――
動作:鈎爪のように五指を折り曲げ、掬い上げるように振り上げる
効果:五指の直線上に闇10割の蒼黒い火柱が吹き上がる(多段ダメージ)
与ダメージ1%分MP吸収
ダメージ毒レベル1
※KH3:ダーク・リク(リミカ)の技
――忘れているかもだが、キリトの
例:指ぱっちん爆発は楯無の《
そしてヴァベルは時空を超えてやってきた存在であり、”平行世界和人”の【無銘】のAIとして動いていた経歴がある。
時空を超えるデータがあるという事は、ヴァベルに教えを乞えば和人も同じ事が可能である(OSSワープを見ながら)
――キリトが見据えているものが分からないユウキの眼が曇る曇る()