インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はサブタイトルの通りです、何と原作のイベント二つを同時進行させますよ。実はそのために闘技場でサーシャやレイン、ユイ達を出していたり。

 おかしいなぁ……休暇の筈なのにキリト、全然休めてない(笑)

 ではどうぞ。前半はヒースクリフ視点による《圏内事件》考察、後半はキリトとレインによる《徴税部隊》関連のお話です。




第二十六章 ~《圏内事件》と《徴税部隊》~

 

 

 耳を劈く女性の悲鳴、それが聞こえた瞬間からキリト君が取った行動は凄まじいものだった。すぐ隣に座っていた筈の彼は一瞬で座席から跳び上がり、レストランへの通路へと飛び移っていたのだから。慌てて追い掛けるが、かなりの速度だったため幾らか差が生まれてしまった。

 そうして私達が追い付いた先には、教会の二階の窓からロープで首を絞められつつ、胸を短槍で貫かれた重甲冑姿の男性プレイヤーが居た。

 

「何をやってんだ?! 早く槍を抜いて降りろよ!」

 

 私と共に駆け付けたクライン君が怒鳴り、吊るされている青年がチラリと視線を向けて来た後に槍を抜く素振りを見せたが、抜けないでいるようだった。見れば突き立てられている短槍には幾つもの返しが付いていて、自力で抜けないようになっていた。継続ダメージが発生しているからか、一定のリズムでダメージ発生を示す赤い光が瞬く。

 

「チィッ!」

 

 激しい舌打ちが聞こえたのはその時だった。顔をそちらに向ければ、両手を左右に広げて火焔を纏いながら回転するチャクラムを出現させるキリト君が居て、彼はそれらを手に取るや否や二枚とも投擲した。一枚は青年を吊るすロープに、もう一枚は二階の窓の内部へと飛ぶ。

 

「ぁ、あ……!」

 

 しかし、一瞬、本当に間一髪の所で間に合わず、吊るされている青年は蒼い光に包まれて姿を消した。首を絞める為の輪が作られたロープ、そして青年の体を貫いていた返しの付いた短槍のみが残り、黒光りする短槍は自重に従って煉瓦造りの地面へと落ちた。がらん、と音が響き、一瞬後に壁面へとチャクラムがザシュッと空を切って突き立つ。

 

「消えた……死、んだ、の……?」

「嘘……ここ、街中……圏内なのに……?」

「いや、デュエルの可能性があるぜ! 皆! とにかくデュエルのウィナー表示を探してくれ!」

 

 ユウキ君、サチ君の唖然とした呟きを掻き消すようにクライン君が叫び、その場にいた全員が探し始める。私やアスナ君、シリカ君はチャクラムを回収したキリト君と共に教会の中を探したが、やはり依然としてどこにもウィナー表示は無い。今日一回見ているので見逃しなど無いし、そもそもアレの設計をしたのは私なのだから、距離によっては何処に出るかも分かっている以上見逃す筈も無かった。

 しかし……ウィナー表示が消えるまでの三十秒が、経過してしまった。

 

「三十秒、経った……」

「見つからなかったぞ……」

「オイオイ……圏内でもPK出来るようになったのか、デュエル無しで……?」

 

 教会から出て来た私は、外に出てすぐの所で集まっている人だかりから聞こえるざわめきを聞き、少しだけ眉根を寄せた。こんな事はシステム的に起こり得ない筈なのに、何故か起こっててしまっているというこの事実が、私の表情を歪ませた。私はそれを、地面に落ちている短槍を拾い上げ、それを見詰める事で周囲に知られないようにしていた。聞き込みはアスナ君達の方が良いと判断したからでもある。

 あらゆる情報は全て0と1の二進数に変換され、コードとして置き換えられ、この仮想世界内を動いている。つまり全てデータとして変換可能であり、【カーディナル・システム】の制御及び監視下にあるという事になる。まぁ、一部例外が既に存在しているのだが……もしもその既に出現している例外の中に、圏内でのHP減少も含まれているとすれば由々しき事態となる。というか、最早SAOでの秩序崩壊と言っても過言では無いだろう。

 しかしながらそれでは疑問が残る、今朝のキリト君とリンド君達反キリト一派のデュエルの事だ。あの時、キリト君とリンド君だけがデュエルをして圏外コードが適用されていたのに対し、リンド君の味方だった者達は全員が圏内コードを適用されていた、それでキリト君が攻撃してもHPは減っていなかったのは既に他の者達から聞いている。つまり今日の午前中の時点ではこの例外は発生していなかったことになる、仮にあったとすれば。

 逆にこの例外が発生していない……つまり圏内でHPが削れない仕様がそのままだとすれば、そこには必ず何かしらのロジックが存在している事になる。それは私が知る範囲内で起こり得る事象であるという事だ。

 ただ問題なのは、ゲーム運営者や開発者にも想定出来ないバグを利用されている場合だ。まさかとは思いたいものの既にシノン君やリーファ君のように明らかに異常なバグを発生させてしまっている事を確認している以上、一切バグが無いとも言い切れない事態にある事は確か。万が一を考えて、あらゆる事を検証しなければならないだろう。

 

「団長、よろしいですか」

「アスナ君か……どうだった?」

 

 短槍を観察しながら脳内では別の事を考えていた私は、アスナ君に話し掛けられて我に返った。気付けば彼女の後ろにはキリト君を始めさっきまで食事を摂っていたメンバーが揃っていて、どうやら話を聞いていなかったのは自分だけなのだなと予測した。

 アスナ君から報告を聞けば、どうやら件の殺された男性は《カインズ》と言うらしく、スペルは《Kains》、一緒に食事へ来ていたのに何時の間にかはぐれ、気付けば……という事らしかった。ちなみに一緒に居た人物は女性、名前は《ヨルコ》という。また、カインズが吊るされているのを見つけた時、二階の窓から背の高い人影を見た気がする、と言っていたという。

 

「如何しましょうか……」

「ふむ……一先ず場所を移そうか。まずは情報のすり合わせだな、一緒に居たとは言え我々の間で認識に差異があっては話も進まない」

 

 調査をするかどうかに関しては当然するの一言だ。私はこのSAOを愛している上にそもそもシステム的に造詣が深い製作者の一人、しかもその中でも主要人物なのだから、今の事態が明らかな異常事態である事は他のプレイヤーよりもよく理解している。本来のシステムから考えれば在り得べからざる事態である為に、私としては原因究明をしたいのだ。

 無論、アスナ君達も同様だろう、何せ安全と謳われている圏内で殺人が起きてしまったのだから。今まであり得なかった事が起こってしまったが故に、それが本当に真実なのかを知ろうと調査するに違いなかった。微妙に見据えている目的が異なるものの大まかには同じであるため、私としてはアスナ君達と共に調査するつもりでいた。

 とは言え……

 

「その前に……キリト君とユイ君は帰った方が良いと思うが。特にキリト君、君は午前中の疲労があるだろうから尚更だ」

「……いや、一プレイヤーとしては見過ごせない。実際の調査はともかく、せめて話し合いの場には出たいんだけど」

「ふむ……」

 

 ユイ君は精神的に幼いから最初から除外するとして、キリト君の協力はあった方が正直有難くはある。彼の視点や論点は私達には想像が付かない事もあるし、これで結構な経験を積んでいるから意外な切り口から入ってくるかもしれない。更に開発関連者でも無いのに恐らくそれに匹敵する知識量を有しているのだから、彼が居るのといないとでは予想する範囲に大きな差が生まれて来る。

 体力的に彼を調査に加えるのは反対ではあるが……確かに意見交換の場くらいなら構わないかも知れない。

 

「ならば実際の調査には出ないが、話し合いには参加でどうだろうか?」

「それでも良い……調査はあまり手伝えないと思うし」

 

 彼は微妙な表情でそう言った。黒尽くめ姿になっている彼は《ビーター》という悪印象の方が強いから、自然と人への聞き込みが出来なくなる。こういった事件性の強い事は聞き込みが力を発揮すると言えるから、彼は立場的に不適合なのだ。ただし集まった情報から推理するというのは、既にリーファ君から伝え聞いた現実の現状や過去の自身が出て来た理由に関して予想していたように彼にとってはむしろ得意分野に入るだろう、故にそういう意味では適合していると言える。

 なので立場的に苦しいものの、ある意味で彼には合っている状態ではある。

 最終的に私の判断と皆の意見を加味し、話し合いの場への参加は許された。早速情報のすり合わせを行う為に、まず幾つかのグループに分ける事にした。まず私、アスナ君、ラン君、ユウキ君、キリト君の五人が先の事態の擦り合わせ、および予測を話し合う。リーファ君、ユイ君は第一層の東七区にあるサーシャという女性やレイン君達が経営する孤児院に滞在、残りのメンバーは聞き込みで情報を探す。

 短槍はリズベット君の《鑑定》スキルによって《Glimrock》というプレイヤーによるものだと判明した、また武器の名前は《ギルティーソーン》という名称だった。罪の茨とは、また状況的に嫌な名称である。あの首吊りに胸を貫く槍の構造……どう見ても処刑や見せしめという意図を思わせるものだったのだから。あの男性が何か恨みでも買っていたのなら別なのだが、ヨルコ氏曰く、そんな事をする人物では無いらしい、かなり長い付き合いだからその辺りは熟知しているのだそうな。

 

「さて……状況を整理しようか」

 

 役割を決めて解散した後、私を含めた五人はさっきまで居たレストランへと戻っていた。ただし今は軽く摘まめる程度の料理しか運ばれていない、話し合いを中心としているからだ。まさかキリト君の祝勝会をしている最中にこんな事になるとは予想だにしていなかったが、嘆いていても仕方が無いので、私は水を口に含んだ後にコップをゆっくりテーブルに起き、気持ちを切り替えた。

 

「我々はまずヨルコ氏の悲鳴を聞き付け、この第五十七層主街区転移門付近の教会へと駆け付けた。そこで教会の二階から胸をこの短槍で貫かれ、またロープで首を絞められながら宙吊りになっていた《カインズ》氏の死亡現場を目撃した……ヨルコ氏はこの時に『二階の窓に誰かが居たような気がする』という発言をしたが、すぐに内部へ突撃したキリト君や我々は誰も見つけはしなかった。《カインズ》氏の死亡後、残されたのは市販の耐久値が減耗しているロープ一本、そしてこの《Glimrock》氏が作成した短槍ギルティーソーン一つ。デュエルのウィナー表示は外、教会の一階及び二階内部には一切見られなかった……」

「考えれば考えるほど不可解な事件だよね、これ……」

 

 私の状況の整理を聞いて、ユウキ君が腕を組みながら何とも言えない表情になった。実際その感想は私も抱いており、彼女の発言に首肯した。

 

「うむ……そもそもシステム的に可能なのかという話なのだがな」

「うーん……ですが圏内コードは相変わらず適用されてますし、あの時だけ解除されてたっていうのも考え難いんですよね……明らかに計画性のある犯行でしたから、そんな偶然に頼る筈がありませんし」

「となると、犯行に及んだプレイヤーは圏内コードを意図的に解除出来る権限を持っているのか、あるいは私たちの知らない何かによるものか……ちなみにキリト君、君の見解は如何なものかな?」

 

 ラン君の言葉を聞き、私自身も怪訝に思っている事を口にした後、割と私としては本命のキリト君にどう考えているかを問うてみた。さっきからずっと黙り込んでいたので、何を志向していたのか興味が湧いたというのもあるし、八方塞がりな現状を打破する何かを見出してくれるかという期待も籠めている。

 キリト君は私の呼び掛けに、下げていた視線を向けて来る事で応えた。

 

「……一つ目は正規のデュエル、二つ目は既知のシステム外スキルや未だ知られていないシステム外スキルの組み合わせによる犯行、三つ目は俺達が知らない圏内コードを無効化するスキルないしアイテム、四つ目はシステムのバグを意図的に引き起したもの……だけど、三つ目は除外かな」

「ほぅ……何故そう思うのかね?」

 

 確かに、私はこの世界に圏内コードを無効化するという効果を持つスキルやアイテムを導入していない。ここ最近私の預り知らない所で起きている事が発覚してきているのであまり確信を持って言えないのが辛い所であるが、少なくとも私はそうはしていない。

 故にキリト君の予想は恐らく正しいのだが、何の根拠も無くそう言う筈も無いと思って、私はその理由を尋ねてみた。

 

「フェアじゃないから」

「……ほぅ」

 

 そして、キッパリと断言してきて、再び感嘆の溜息を吐いてしまった。

 フェアネス。それは確かに私がこの世界に掲げている信念、あるいはそれに近しい題名のようなものだ。プレイヤーがソードスキルを使うならモンスターも使う、HP回復もプレイヤーとモンスターの両方ありというように、私はこの世界の全ての存在を等しくなるように設定している。勿論ボスモンスターなどのある程度特別な存在では差が生まれてしまうが、その辺はMMORPGの設定なのだから仕方が無い。

 故にこの世界でのフェアネスというものは、私の影響を強く受けていると言っても良い。それはスキルやプレイヤーに出来る範囲の事、そしてあらゆるシステムに於いてそう言える。最近はバグが多くなってきているため自慢出来なくなってきているが。そもそもデスゲーム化を許してしまっている時点で自慢も何も無い。

 

「この世界は基本的にフェアネスが貫かれてる、茅場晶彦の監修がある限り圏内コード無効化効果を持つものなんて許さない筈。それはスタッフだって同じな筈……だから違うと思った。茅場晶彦以外の人物がしたのなら、もっと目が届きにくいところとかにすると思うし。ユニークスキルに関しては如何ともし難いけど」

「なるほどな……」

 

 まぁ、理に適っていると言えはするだろう。そもそもそんなものをむざむざ見過ごす筈が無いし、アイテムやスキルに関しては特に細かく見ていった項目の一つだ。その代わりに先の闘技場のように、明らかにおかしいボスが紛れ込んでいた事に気付けなかったのだが……

 そういえば、三戦目の敵のデータはキリト君自身だと分かったが、堕天使と狂戦士のデータは一体どこから持ってきたのか見当も付かない。矢鱈完成度が高かったが、一体何を参考にしたのか少々気になる所だ。

 

「では一つずつ話していきましょうか……まず一つ目のデュエルについてですが、ウィナー表示はどこにも出なかったんですよね……私は屋根に上ったりもして探しましたが見つけられませんでしたし」

「姉ちゃんって何気に凄い事を偶にするよね……ボク達も教会の中では見つけられなかったよ」

「外も中も見つける事は出来なかった、つまりデュエルでは無かったっていう事……? でも、そういえばデュエルのウィナー表示って普通何処に出るのかな」

「あまり気にした事は無かったけど……俺の経験則で言えば十メートルの距離より近付いていれば中間位地に、離れていれば両者にそれぞれウィンドウが表示された筈だ」

「キリト君、よくそんなルールを知ってたね……普通そんな事は気付かないよ」

 

 どうやらキリト君はこのSAOのデュエルシステムについてよく知っているらしかった、まさかウィナー表示の出現位置を距離からして当てるとは思っていなかったため、思わずアスナ君の呆れるような言葉に首肯してしまう程だった。

 キリト君の推察は当たっている。確かにデュエルを行っていた両者が十メートル以内の距離にあれば両者の中間地点、つまり最長でも五メートルの位置に出現する。十メートル以上離れていればそれぞれの場所に表示が出現する、これは《完全決着》によるHP全損での消滅時も同じなので、仮にデュエルだったなら《カインズ》氏が消えたあの場所に表示が出なければおかしい。しかしラン君達はそういった類のものは見ていないと言うので、本当に無かったのだろう。

 

「ともかく……あの時、オープンスペースで表示は見えなかったし、内部のどこにも表示は一切見えなかった。そもそも教会の内部側に表示されるならデュエルした相手もいる筈、だけど俺達は誰とも会っていない」

「つまりデュエルではなかった、という訳か……では二つ目の未知あるいは既知のシステム外スキルによる殺害だが、何か意見はあるかね?」

 

 一つ目のデュエルという線は恐らく無いという結論を出し、次にキリト君が口にした二つ目の予想について話す事にした。意見があるか求めると、アスナ君が小さく手を上げたので、視線を向けて先を促す。

 

「失礼します……えっと、私ずっとあの槍の事が気になってたんです。首吊りは恐らく公開処刑だと思いますし、昔の方法では更に槍で貫いていたのでこれも同じ意味なのかも知れないんですけど……圏内PKを成立させるために、もしかすると貫通属性による継続的ダメージを必要としたんじゃないかと、そう思いまして」

「貫通属性の継続ダメージか……」

 

 このSAOには大雑把に纏めると物理的手段の攻撃には四つの属性が存在している。すなわち斬撃、刺突、打撃、貫通属性の四つだ。

 斬撃は《片手剣》や《両手斧》、刺突は《短剣》や《細剣》、打撃は《片手棍》や《両手棍》などですぐに分かる。では貫通属性とは何かとなれば、これは《長槍》、《短槍》、投擲用のピックなどが分類される。システム的な分類で、敵を貫いている間は継続的に微量のダメージを与えられるというのが貫通属性のみが有する継続ダメージだ、更には幾らか相手の防御力を無視してダメージを与えられる装甲貫通力にアドバンテージがあるという利点がある、その代わりその武器そのものの攻撃力は少し低めなのだが。

 

「そういえば槍の使い手ってかなり少ないから気にした事も無かったけど……仮に貫通属性武器を体に突き刺したまま圏内に入った場合って、継続ダメージはどうなるんだろう?」

「勿論ダメージは止まる。でも突き刺さっている武器を抜かない限りは継続ダメージ発生のタイミングで出血痕が光るし、違和感はずっと残るよ」

「へぇ……なら転移した場合は? あの小部屋をポイントした回廊結晶での転移とか」

「回廊結晶で試した事は無いけど、転移結晶でならあるよ、その場合も圏内に入れば止まる」

「…………えっと、キリト、何でそんな事にまで詳しいの?」

「……ピックとか槍とか突き刺さったまま空に放り出されて、そのまま転移した経験があるからだよ」

「「「「ああ……」」」」

 

 ユウキ君が浮かべた疑問に次々とキリト君は答えていったが、それは過去命を狙われた時に経験しているかららしかった。まぁ、実際に彼が経験した事は正しく、圏内に入れば継続ダメージも全て止まるし、一切ダメージが発生しないようになっている。

 圏内でダメージは発生しないという話で収まろうとしていたその時、ふとユウキ君の姉であるラン君が頤に手を当て、首を傾げた。

 

「あの、今ちょっと思ったんですけど……その圏内コードって、空中はどうなんでしょうか。あの男性はロープで吊るされていた訳ですし……」

「「……」」

 

 ラン君のこの疑問に、私も、それまで最早設計者側かと思える程の博覧強記振りを見せていたキリト君も揃って黙ってしまった。答えられはするが、そこまで深く考えた事は無かったし、自分が持っている答えが本当に合っているかと知識と照らし合わせたからでもある。

 それに答えたのは、私では無くキリト君だった。

 

「……いや、圏内は確か三次元的に次の層の地面、つまり空の天蓋まで続くものだった筈だ。だから転移だろうと物理的なものだろうと、三次元的な中でも横軸の座標位置が《アンチクリミナルコード》の有効範囲内に入れば、そのプレイヤーはコードが適用され、保護された筈。だからその原理に従えば、圏内の中なら例え限界高度百メートルの位置から落下したとしてもHP減少のダメージは一切発生しない筈、物凄く嫌な衝撃は受ける事になるだろうけど」

「「「へぇッ!」」」

「ほぉ……」

 

 私よりも先にキリト君が口を開いたが、その内容は正しく私が口にしようとした事と全く同様だった。《アンチクリミナルコード》は確かに圏内と判定されている街の外周を沿うようにして三次元的に展開されている円柱状の範囲を有しており、その中に入れば、例え地上だろうが高度百メートルだろうがコードで保護されている事には変わりない。

 ちなみに何故そんな事にまで詳しいのかと問えば、ベータテスト時代が関わっていたらしい。ベータテストで偶々足を滑らせて外周部から落ちてしまい、死にたくなかった為に今よりも希少性が高かった転移結晶を使用して転移した所、何と指定した街には移動したものの高さは落下中と依然変わらず、街の空から地面へと落ちて激突した過去があるらしい。そういえばそんな事が稀にあって意見を受けたから、転移門に底辺だけでなく高さまで設けたのだったかと思い出した。どうやら彼はそんな稀有な経験をしたプレイヤーの一人だったようだ、逆にそんな経験をしているなんて珍しいのではないだろうか。

 

「まぁ、そういう訳だから、このデスゲームではどうなってるか試してないから分からないけど、転移先の事はともかく圏内の有効範囲は変わってないと思う」

「となると、落下ダメージは除外ですか……となればあとはギルティーソーンによるダメージですかね」

 

 まぁ、HPの減少は敵からダメージを受ける、落下ダメージ、毒や貫通属性などの継続的ダメージの三種類くらいしか無い。そして後の二つは先に話し合ってないだろうと決まったので、残るは敵の武器によるダメージという事しか考えられない。ここで厄介なのがダメージの算出式、そして《カインズ》氏の重甲冑装備だった。短槍は貫通属性の継続ダメージを加味してそこまで攻撃力は高くない、残ったギルティーソーンも例に漏れずで一度も強化されていない事からデフォルトのままなのだ、それでフルアーマー装備だった彼のHPを削り切るとはとんでもないダメージを叩き出さなければならない。

 ダメージの変動は主に攻撃側の攻撃速度、受ける側の被ダメージ部位、武器そのものの攻撃力、受ける側の防御力の計四つが複雑に絡み合う。特に攻撃速度と被ダメージ部位によって細かく数値が変動する、更にはソードスキルに設定されている倍率ダメージによっても変わるので予測も少し面倒になって来るのだ。

 ちなみに、《Kains》氏が《貫通継続ダメージ》によって死亡している事は、事が起きてからアルゴ君に事情をメールで話して依頼し、《黒鉄宮》で確認してもらっている。なのでやはり鍵はこの短槍にあると言えるだろう。

 

「うーん……圏外で物凄いクリティカルヒットダメージを受けて、急いで圏内に戻った場合も、受けたダメージ分はしっかり減るけど……その減り方ってHPバーの右から左へ一定のスピードだから、仮に圏外でこのショートスピアを使って物凄いクリティカルダメージを叩き出して、その後に回廊結晶で教会内部二階に転移、首をロープで締めた後に窓から叩き出したら見かけ上は圏内PKが成立する…………けどなぁ……」

「けど……どうしたの?」

「俺は皆より少し早く……具体的には数秒ほど早くに駆け付けた訳だけど、悲鳴が聞こえてからだと軽く二十秒は経過していた筈なんだ、ヨルコさんが気付く前も含めれば三十秒足らずはあった筈。それだけあったらHPがたとえフルだったとしても三回くらいはHP全損が起きてる筈なんだ、《戦闘時自動回復》スキルが完全習得だったとしても二回は死んでいてもおかしくない。大体短槍でボリュームゾーンの重甲冑戦士を一撃死させるなら、レベルが一〇〇を超えてる筋力値極振りのプレイヤーくらいでないと不可能だろうし」

「「「ひゃ、ひゃく……ッ!」」」

 

 レベル一〇〇。それはキリト君のみが到達……と言うより、遥か以前から超えていて、私達の誰一人として到達していない領域のレベルだ。私でもレベルは九五なのだからそのレベルの上がりにくさたるや推して知るべしである。

 

「それに短槍や長槍、ピックといった貫通属性武器の利点は一にリーチ、二に装甲貫通力だ。大型の長槍やランスならともかくギルティーソーンみたいなショートスピアじゃ明らかに威力が足りない、継続ダメージを込みで考えられてるせいか片手剣や細剣にも数値的には劣るんだ。多分俺が全力でソードスキルを放ったとしてもあの《カインズ》氏のHPは削り切る事は難しい、頭部ならともかく胸を貫くなら尚更に」

 

 私もそれは思っていた。たとえキリト君のように超高レベルのプレイヤーが別に居たとして、筋力値極振りのステータスだとしても、胸を貫くのでは短槍ではどうしても攻撃力不足で一撃死に追いやる事は出来ないだろうと。

 

「確かにな……となると、残るはそれを可能にするスキルの存在くらいだが……」

「俺の《薄明剣》ならあり得ただろうけど、多分これはユニークスキルだろうから他に所持者は居ないと思うし……」

 

 確かに彼が新たに有した《薄明剣》ならまだあり得た、アレは使用者のHPを消費する代わりに相手の防御力を無視するだけで無くシステム的にダメージ倍率が半端無く高い一撃を見舞うソードスキルが存在する、特別なユニークスキルだからだ。諸刃の剣とはよく言ったものである。

 ちなみに既に気付いている者もいるが、このスキルの参考は織斑千冬が《モンド・グロッソ》で覇者となる最大の要因だった《零落白夜》である……それを捨てられた弟が持つというのは、因縁めいたものを感じてしまう。彼の心情を考慮して何も言ってはいないし、予測という形で話してもいないが、どうか気に病まないで欲しいと切に願っている私である。

 

「圏内PKが可能になるスキルの存在はさっき否定したからなぁ……残るはバグ、かぁ……」

 

 憂鬱そうにキリト君が息を吐き、そう言った。残るバグを意図的に起こした可能性は無くは無いのだが……これの検証が難しい。というか、仮にやって成功して、それで誰かが死んだりしたら目も当てられない。

 

「正直それが一番可能性としてあり得そうだよね……現実として亡くなった訳だし……」

「何でそういうバグ探しをするのかなぁ……大迷惑だよ」

「本当ね……」

「……」

 

 アスナ君、ユウキ君、ラン君が憂鬱そうに溜息を吐きながら言う中、キリト君だけは口元に指を当てながら考え込んでいた。

 

「キリト君、何か気になる事でも?」

「……ん? ああ、今の会話を振り返ってただけだよ。どんな結論になったかは把握しておかないといけないから」

「そうかね……」

 

 少々引っ掛かる事はあったものの、キリト君の返答にそこまで疑問を浮かべなかった私はそれ以上の追及はしなかった。その後、注文した摘みを完食し、キリト君はリーファ君とユイ君が居る第一層の教会へ、私達は再び情報集めに向かったのだった。

 

 ***

 

「ふぅ……疲れた……」

 

 第五十七層主街区のレストランでの話し合いを終えた俺は、調査に参加出来ない為にリー姉とユイ姉が居る第一層へと降りていた。正直この階層にはキバオウや俺にヘイトを向けるプレイヤーが多く所属する――勿論ディアベルのように理解あるプレイヤーも少なからず居るが――《アインクラッド解放軍》の拠点があるので、あまり訪れたくないというのが本音だ。実際リー姉とシノンを案内している時、何時《アインクラッド解放軍》の部隊に出くわすかと冷や冷やしていた。

 《アインクラッド解放軍》で最近印象に残っているのは、やはり目の前で死亡したコーバッツである。彼が率いていた十一人の部隊員は生き残ったものの、やはり欲を言えばコーバッツも生き残らせたかったという思いはある、たとえ俺を嫌悪していたとしてもだ。

 そのコーバッツの事を思い出すし、俺自身がキバオウを苦手としている事もあってあまり第一層を訪れないようにしていたのだけど、俺が有するホームの在り処を知られない為と出来るだけ人の多い場所に滞在した方がリー姉達も安全という結論に至ったので、内心では渋りながらも一応第一層に滞在する事は快諾していた。俺の事よりもまずはリー姉達の安全が最優先である。

 

「さてと……リー姉には連絡しておいたし、早く教会に行こうかな……」

 

 リー姉とシノンの鍛錬を終えた後に迎えに行ったので道は分かっている、疲労もあるし早く寝たいなと思いながら、俺は転移門から東七区へと歩き出した。

 

 

 

 ――――くっそっ、早く二人を帰せよ! お前らしつこいんだよ!

 

 

 

 ――――礼儀がなってねぇガキだなぁ!

 

 

 

「……!」

 

 大通りを歩いている途中で、横道の方からそんな声がいんいんと反響しながら響いて来た。しかも響いて来た声は俺と同年代くらいの男子の声と大人の男の声で、特に男子の声には聞き覚えがあった。今日の午前中に会話した、ギンの声だった。

 何か嫌な予感がし、俺は茜色の夕焼けと建物の陰で暗くなっている小道へと入った。途中でメニューを操作し、何時もの黒コートを纏い、両手に黒と白の片刃片手剣を握りながら走って少しして、俺はギンの声がした場所へと辿り着いた。

 

「この……リンとミィナを離せよ!」

「へっ、大人の社会のルールを教えてやってるんだよ。市民には納税の義務があるからなぁ」

 

 その場所では、十人近く居る《アインクラッド解放軍》の特徴的な濃緑色の甲冑を纏った男達に赤髪の男子ギンが、たった一人で反抗する光景が広がっていた。小道の先に誰も通さないとでも言うかのように塞いでいるのから見るに、どうやら圏内だと他プレイヤーに干渉出来ないというシステム的保護を悪用した《ブロック》というマナーレス行為をしているらしい。ギンの口ぶりから察するに、リンとミィナという二人があちら側に閉じ込められているのだろう。

 リー姉達を案内している時に疑問に思ってアルゴから情報を仕入れていたが、まさか納税……《徴税部隊》というものが本当に存在するとは思わなかった。何でもキバオウによる急先鋒らしいのだが、何を目的としているのかイマイチ把握しかねる。ディアベルがこんな事を許す筈も無いから十中八九暴走なのだろうけど、一体何を目的にこんな事をしているのか、下手しなくてもこれは除隊対象になる規模だと思うのだが。

 

「ンな事言って、やってる事はチンピラとかと変わらないじゃねぇか!」

「何だとごらぁっ!!!」

「うわっ?!」

 

 そんな事を考えている間に、ギンの言葉が頭に来たのか軍のメンバーの一人がギンを殴り飛ばした。それは圏内コードで妨げられるも、ステータスによる衝撃とエフェクトは受けるので、ギンは驚きと共に後ろへ……つまり俺の方へと吹っ飛んできた。

 俺は吹っ飛んできたギンを両手で抱き留めた。後ろに人が居ると思わなかった為に驚いていたギンだが、俺の顔を見ると誰か分かり、別の意味で目を見開いた。

 

「キリト?! 何でここに居るんだよ?!」

「キリト……まさか、あの《ビーター》か?」

「何で奴がここに……」

「いや、どうせ偽物だろ。攻略プレイヤーでもある《ビーター》がこんな第一層にいる筈が無ぇよ、偶然名前が同じになったスペル違いのガキだろ」

 

 まぁ、確かに同じスペルのプレイヤーは居ないが、読みが同じプレイヤーと言うのは偶に居るのでその可能性を考えるのもおかしくはないのだが……俺が両手に二刀を握っている時点で察せないというのもどうかと思った。この世界で《二刀流》が出来るのは俺だけなのだから、考え付かない方がおかしいだろう、体格の事もあるし。

 まぁ、二刀というだけならレインも同じなのだけど……彼女の場合は少し違うらしいし、別枠で考えて良い。そもそも体格はおろか性別も年齢も明らかに違うし。

 

「……ギン、これってどういう状況?」

「あ、えっと……リンとミィナっていう教会で一緒に住んでる女子が二人、あっちに閉じ込められてて……コルを払わないと返さないって。連中、《徴税部隊》って言って、ここ最近第一層を我が物顔で歩いてるんだ」

「オイオイ、我が物顔って言葉には気を付けろよ、俺達攻略プレイヤーが居るから生還出来る可能性があるんだろ? 口の減らないが気にはお仕置きが必要だなぁ」

 

 そう言ってこの面子の中でもリーダー格らしい男は腰に佩いていた片手剣を抜いた、ありふれた形状と長さの片手剣はそこそこのものではあったが明らかに最前線では通用しないものだった。更には一度も強化はおろか研磨も経験していない、購入したばかりというか新品特有の薄っぺらい輝きが目に付く。戦闘を経た剣というのは、どこか深みと凄みを帯びた輝きを放つものなのだ。

 装備の鎧もどこか輝きが鈍い、剣も最前線では通用しない、恐らく攻略メンバーでは無いのでレベルは良いとこ六〇かそこらだろう、低くとも四〇程度。それくらいは俺からすれば何という事は無いが、ギンや一緒に暮らしている仲間らしいリンとミィナという女子からすれば脅威には変わりない。

 見過ごすというのも出来ないし、ここは一つ動いた方が良いと判断し、すぐにどう動くかを思案した。

 

「……ギン、俺にしっかり掴まって」

「え?」

「いいから!」

「わ、分かった!」

 

 少し急かし、俺の背中に凭れ掛かるようにギンが捕まった後、俺は両手の剣を逆手に持ち直して腕でギンの足を担いだ。そして彼の体を背中に背負いきると、すぐに近付いて来ようとした軍のメンバーへと駆け出し……最前で剣を抜いていた男の間合いに入る直前で斜め前、家屋の壁へと跳び上がる。

 

「なぁ?!」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 ギンと軍のメンバーの驚きに息を呑む音を耳にしながら、俺は石製の家屋の壁を蹴り、三角跳びの要領で軍の頭上を飛び越し、《ブロック》で塞がれている道の先へと着地した。そこには小さな開けた場所で涙交じりに蹲る女子二人の姿があった。

 

「え……ギン君?」

「と、キリト君?」

「無事みたいだな……ギンは二人の近くから離れないで」

「お、おう……分かった……」

 

 どうやら午前中に会った為に俺の顔を覚えてくれていたようで、女子二人は一先ず俺への警戒も無く受け入れてくれた。それと特に何かされているという風でも無い事に安堵し、ギンに離れないよう指示してから、俺は後ろで驚きに固まる《アインクラッド解放軍》へと振り返った。

 

「お仕置きが必要だって言ってたよな、確か……だったらあんた達には俺からくれてやる。最前線に出て来ないくせに攻略組の一員を騙るあんた達に、攻略組の俺が、圏内戦闘でな」

 

 そう言いながら俺は二刀を左右に展開した。続けて、それと、と言葉を繋げる。

 

「圏内戦闘だからと言って甘く見てるようなら、その認識は捨てた方が良い。HPは確かに減らないけど……その代わり、永遠に続くんだ。圏内戦闘は、プレイヤーに恐怖を刻み込む」

 

 直後、右足を僅かに引いてすぐに右の黒い片刃片手剣で強烈な刺突を放ち、元の最後尾、今の俺から見て最前列にいる男に叩き込む。凄まじいライトエフェクトと共に轟音が響き渡り、同時に甲冑を纏った男が後ろにいたメンバーを巻き込みながら数メートル後ろに倒れ込んだ。

 

「今のはただの軽い一撃……何時まで意識が保つか、あんた達で試させてもらおう」

 

 俺のその言葉に応じるように、両手の黒白の二刀は闇と光を纏って輝き、更に俺の周囲には旋風から風を纏った六本の槍、旋回する炎のチャクラム出現する。チラリとそれらを一瞥し、疲労している今の俺ではこれが限界かと内心で苦く思った。

 この《ⅩⅢ》の武器は全て俺の意思……すなわち思考によって発生する脳波によって出現、格納され、また浮いている武器は振るわれる事がリー姉達を鍛えている間に判明した。すなわち俺が強固なイメージを持ってさえいれば、文字通りこの武器達は意のままに振るわれるという事である、やろうと思えばホロウがしていたような攻撃方法だって可能だし、アレ以上の猛攻撃も可能ではある。

 ただしそれも俺の思考が速ければの話だ。恐らくこの武器とシステムをSAOに入れた人物はISの開発にも一枚噛んでいる人物なのだろう、そうでなければイメージだけで武器を操るなどという発想は出て来ない筈だから。

 何故ISの開発に噛んでいる者が携わっていたと考えたか、それにはISの世代というものが関与している。

 ISの世代にも当然ながら世代分けする為の意味がある。俺がSAOに囚われる前は第二世代が運用の主流であったものの、研究自体は第三世代が主となっている。

定義として、第一世代は基本武装による現代兵器圧倒が出来ること、第二世代は後付装備が出来る事と大雑把に言えば定義されている。

 第一世代は機体の性能や武装の扱い方によって大きく勝敗が左右されるもので、その中でも一際《織斑千冬》は目立っていたと言える、何故なら単一仕様能力を唯一発現させて機体を駆っていたからだ。搭乗時間が開発者の親友という事もあって他より長大だったからだろう。《零落白夜》は当時例外的な力だったのだ。

 第二世代は拡張領域やハイパーセンサーなど機体の性能をフルに活用し、どれだけ戦う幅を利かせられるかが分かれ目となった、第二世代ISで有名なのは日本の防御よりの《打鉄》とフランスのオールマイティーなバランスを重視した《ラファール・リヴァイブ》である。特に後者は拡張領域の容量が大きいので、選択した武装によって距離を選ぶ、つまり機体性能そのものでは距離を選ばないという万能機であると言えたため、世界でもかなりのシェアを誇っていた。

 では第三世代は何かと言うと、搭乗者の強い想像によって機構を動かす《イメージ・インターフェース》というシステムを搭載している事、それが新たな定義付けだった。イメージと一口に言うが、実際には搭乗者の脳波パターンから脳内想像図を構築し、その通りに機構を動かすというもので、こちらはこちらで単一仕様能力の発現と同様に長大な搭乗時間を要求される代物だ。更には搭乗者の思考回転速度によっては十全に機能を発揮出来る場合と出来ない場合とが出て来るので、これこそ使用者が限られてくると言える。まぁ、まだ研究に取り掛かり始めたばかりだった筈なので、詳しくは知らないし、もしかすると《SAO事件》から一年半が経過している今はもう完成しているかも知れないけれど。

 これらを知った上でこの武器を考察すれば、明らかにIS研究に携わっていた人物も制作に関わっていたのだなと思えてしまう。今正に、疲労で振るえる武器に限りが出てきているのだから。まだ限界を知らないものの、恐らく他に盾やアックスブレード、エネルギーボウガンも出せる筈だが今は出せていないので、やはり午前中の戦いが響いているのだろう。

 とは言え……目の前にいる十数人の《アインクラッド解放軍》のメンバーを蹴散らすなんて、これくらいでも訳無いのであるが。

 

「今日新しく手に入れたこの力、慎む事無く存分に振るわせてもらおうか!」

「「「「「ぃ……ッ!」」」」」

 

 俺の言葉を契機に、槍とチャクラムが高速で軍のメンバー目掛けて飛来する。それに合わせ、俺もまた二刀を携えて襲い掛かった。

 

 ***

 

「こっちだよ! こっちに三人が軍に!」

「分かった、ケインは下がってて!」

 

 サーシャさんと一緒に切り盛りしている《始まりの街》東七区の教会で暮らす子供の中で、ケインという少年の道案内を受けていた私は、その言葉を聞いてすぐに腰の二刀を抜きながら路地へ突っ込んだ。

 こうなっている理由は、数分前に遡る。

 教会で子供達を集めて暮らしていると言えど、ここは一応ゲームの中だからその気になれば子供でも戦う力を持てる、現にそれは明らかにSAOプレイヤーでも最年少のキリト君が攻略組にいるという事実で立証されている。なのでわたしやフィリアちゃん、サーシャさんの他、ディアベルさんやリーファちゃんを初めとした他所の良心的なプレイヤーの付き添いありなら、圏外で狩りをするのも認可されていた。

 今日の午前中は攻略組の一人の戦いを観戦出来ると知り、噂の【黒の剣士】の凄まじい激戦とそれの勝ち抜きを見た事で、最後のあの豹変には怯えていたものの基本的には興奮する程に満足のいくものを見れたらしい子供達は、午後になってからは多くが圏外へ飛び出て剣を振っていた。その気になれば出来るのだと色々と刺激されたらしかった。

 流石に数が多いので知り合いに付き添いを頼み込み、夕方になってきたから帰ってくるようメールを一斉送信してから暫くして、ギン、リン、ミィナと一緒に組んでいた筈のケインが教会に駆け込んできた。その時は帰りが遅いその四人を探しに行こうかと、サーシャさんとフィリアちゃん、リーファちゃんと相談している所だった。

 

 

 

 ――――ギン達が大変なんだ! 軍に絡まれた!

 

 

 

 それを聞いたわたし達の間に、一気に緊張が走った。まぁ、リーファちゃんは事情を知らないし、ディアベルさんの方の印象が強かったようだからよく分かっていなかったのだが。

 本来、わたし達が孤児院として利用している教会は公共施設であり、システム的に認められているものではない。使用に際しては少額のコルを支払わなければならず、また食べ盛りの子供達を養うとなれば一ヵ月でもそれなりの額が必要になる。そのためわたしは他の理由もあるにはあるが《鍛冶》や《裁縫》に手を出し、フィリアちゃんも好きだからというのもあるがトレジャーハンターとして収入を求めた、キリト君もサーシャさんから事情を聞いてからは寄付をしてくれている。そのためこれまで生活はそれなりの水準で維持出来ていた。

 だがそれは、この第一層《始まりの街》の中ではかなり異質と言えた。軍とあたし達を除けば、この街に滞在しているプレイヤーは殆どが圏外へ出た際の死のリスクを恐れ、引き籠っている……つまり収入が無くて路頭に迷っているプレイヤーが殆どだからだ。

 無論そういったプレイヤーの為に、ディアベルさんやサブリーダーであるシンカーさんも様々な活動をしており、たとえば戦わなくても良いから情報を纏めたり、新聞として書き出す作業に従事してもらって、見返りとして給金という形でコルを支給したりなどを実施している。それでも人数が人数なので、どうしても網から出てしまう者も出てしまう、仕事というのは能率と出来の良さで高い評価を得る者が得られるものだからだ。

 そうやって振り落とされた者達、あるいはバイトのような形で日銭を稼いでいる者達に較べれば、攻略組に匹敵するレベルを誇るわたしやソロで活動可能なサバイバリティを有するフィリアちゃんがお金を稼ぎ、生活を維持している孤児院は、恰好の的だったのだ。

 そんな私達を狙ってきたのが《アインクラッド解放軍》の《徴税部隊》だった。市民には納税の義務がある、一般プレイヤーは自分たちに感謝の証としてコルを払うべきなのだと、ただでさえ貧困で喘いでいる者達から搾取しようとする者達である。この部隊結成は半月程前、結成の中心人物はキバオウというアンチ織斑一夏筆頭として知られる人物である。

 最初はまだ活動は小さかったのだが、ここ数日はかなり激化してきた感じがする。その矢先にギン達が絡まれたと聞いて、わたしは教会に三人を残し、単独で救出に打って出た。勿論他の三人や子供達も来ると言ってくれたのだけど、わたしのレベルと実力を知っているのもあって引き下がってくれた、下手に来て人質に取られては元も子もないし。

 

「あ! レイン先生!」

「えっ……ギン? リンにミィナも……って、キリト君まで?!」

 

 しかし、意気勇んで来てみれば何というか、わたしの出番は最早無かったらしかった。ケインに案内された路地の先には確かに《アインクラッド解放軍》のメンバーは居たのだけど、誰もが呻きを上げながら倒れ伏しているし、ギン達は無事だし、更にはキリト君まで居たから既に解決したのだと理解したのだ。この状況をどうにか出来る人物は、この場にいた四人の中ではキリト君しか居ないし。

 とは言え、キリト君は午前中の疲労がまだ残っているらしく、頭を軽く押さえながら近くの壁に凭れ掛かっていたけれど。

 

「えっと……キリト君、大丈夫……?」

「……ん……疲れが出ただけだから、少し休めば……ッ、つぅ……ッ!」

 

 わたしが話し掛けると、心配掛けないように軽く頭を上げて微笑み……しかしすぐに頭痛がしたのか顔を顰めた。あれだけの激戦を経て、更にはここでもギン達を助ける為に戦ったのだから、脳を酷使し過ぎた弊害だろう。

 

「キリト、俺達を護りながら軍を伸したんだ……ボスみたいに槍とか二刀とか同時に使って」

「全員が気絶するまで延々と繰り返してたから……凄く、疲れたんだと思う……」

「そっか……」

 

 ギンとミィナの話を聞いて、やはり脳の酷使が原因だと分かった。誰かを護りながら戦うというのは相当神経を使って気疲れするから、既に疲弊していたキリト君からすればかなりの重労働だったに違いない。

 

「ありがとう、キリト君……おぶってあげるから、寝てていいよ?」

「いや、それは悪い……ぅ……」

 

 わたしが申し出るが、それをキリト君は立ち上がりながら断ろうと言葉を発した。しかしその途中で再び頭痛に襲われたのか、また顔を顰め、額に手を当ててふらりと体をグラつかせる。

 

「ああ、もう、まともに立つのも出来ないんじゃ歩けもしないよ。遠慮なんてしなくていいから」

「……じゃあ……お願い……」

「はい。ほら、しっかり掴まって」

 

 漸く頷いたので、わたしは中腰で背中を見せて乗るように言った。覚束ない足取りでキリト君はわたしの背中に乗り、頸の前に腕を回して乗って来た。それを確認して、わたしは両腕を彼の両脚に回して持ち上げ、背中に彼の重みが掛かっている事を確認してから立ち上がった。

 

「大丈夫? 落ちなさそう?」

「……」

「……あれ? キリト君?」

「……すぅ……」

「……レイン先生、キリト、もう寝てるぜ」

 

 その時にはもう、キリト君は寝息を立てていた。返事が無い事におかしいなと思っていれば、ギンがもう眠っていると教えてくれた。まさか警戒心を忘れないキリト君が人の背中で速攻眠るとは……それだけ疲れていたという事なのか、あるいはそれだけわたしが信用されているという事なのか、あるいはその両方か、それ以外か。

 一体どれだろうかと思考しながら、わたしはキリト君を起こさないよう静かにギン、リン、ミィナ、ケイン達と一緒に教会への帰途に就いたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 キリト、マジで休んでないですね……先の展開的にまだ休めないし。原作キリトはおろか多分原作【攻略の鬼】も真っ青な働きっぷり、そもそも昼寝が出来ないという立場ですしね。

 最後はレインの背中で寝てるし……もうキリト、ユイと一緒に孤児院に入ったら休めるんじゃないかなと書いてて思いました。

 そんなこんなで《圏内事件》と《心の少女》の原作イベントが同時進行となりました。一応作中でも言っておりますが、キリトは《圏内事件》の調査に関わりはしますが、そこまで、という感じですね。主に事件はヒースクリフ達がメインで動きます、製作者として不可解過ぎる事件に興味津々且つ解明しなければという責任感に追われています。

 感想で何人か書かれていますが、あんまり《圏内事件》が好きでない方っていますよね……どっかで原作者も黒歴史だって言ってた気がしますし。私もそこまで書きたいという感じでは無いので、割と飛び飛びになると思います、一応本作の主人公はキリトなんで《心の少女》がメインかな?(他キャラ視点が多いのに凄い今更ですが)

 まぁ、同時進行だし、出来るだけ手抜きはしたくないですが……そもそも未定ですし(笑)

 さて、そろそろこの辺で。色々とチート化したキリトですが、しっかり代償があるのでご容赦頂ければ幸いです。

 では、次話にてお会いしましょう。


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