インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:ラウラ(IS眼帯ドイツ軍人)、和人、明日奈

字数:約一万二千

 今度こそラウラさんの登場やで!

 あと明日奈さんで残った問題も頑張って展開するで!(解決するとは言ってない)

 ではどうぞ。




思惑 ~三者三様、十人十色、多種多様~

 

 

 二〇二五年六月二十一日、土曜日、午前九時三十分。

 IS学園第一アリーナVIP席。

 

 IS学園は、正式名称《インフィニット・ストラトス》というマルチフォームスーツの扱いを学ぶための教育施設。その門戸は世界に向けて開かれており、IS操縦者の栄光を夢見て受験する若者は数知れず、受験倍率は毎年一千倍を下らないとすら言われている。

 そんな狭き門を潜り抜けて見事入学を果たした生徒は、国籍の別こそあれ、全員がエリートと呼ばれる秀才ばかり。高等学校の教育課程とISの基本的な座学、自衛隊訓練を基にした実技訓練のほか、整備課と操縦課それぞれに分かれての専門知識を蓄え、成長するための場である。入学資格をもぎ取るまでに努力する事はもちろんのこと、入学後もたゆまぬ努力と飽くなき精進が必要不可欠。

 

 ――故に。

 

 私はいま――非常に不愉快な気分だった。

 理由は単純明快。IS学園の運営目的、そしてISが国防力に直結している事から、運用はどう取り繕っても『兵器』であるというのに――――いま目の前で行われようとしている事は、その真逆の事象だからだ。

 

【IS学園夏季個人トーナメント、一年の部】

 

 眼下に見渡せるアリーナの電光掲示板にはそう表示されていた。

 選手たる生徒がISを纏って入ってくれば、コアネットワークを介して管制塔にデータが送られ、それがアレに反映されるという仕組みらしい。これはIS世界競技大会たる《モンド・グロッソ》に於いても採用されている技術だという。

 そう、やっていることは世界大会と変わらない。

 トーナメントは土日の二日間を掛けて行われる大イベントだという。一年生、二年生は企業や国への売り込みを、三年生は進路や採用のための最終試験扱いされているらしく、学校行事だとしても決して気が抜けるものではないらしい。それはまぁ、各国要人が招致され、自分のように専用機持ちの代表候補性が護衛として付き、生徒の批評を任せられている時点でわかる話だ。

 問題は、生徒の意識の方だ。

 試合はまだ始まっていない。だが――試合以前の問題だった。

 気が緩み過ぎている。ISとは『兵器』であり、それを扱うにあたって決して気を緩めてはならないというのに、それを理解できているようには見えなかった。

 軍人として生きてきた自分には、ただのごっこ遊びそのものにしか見えない。

 

 ――くだらない。

 

 小さく鼻を鳴らす。

 じろ、と政府高官に視線を向けられるが、何食わぬ顔で平時の様子を保つ。あちらもいつもの事と判断したか、視線はすぐに外れた。

 高官の視線の先には、各国主要人物が集うVIP席の一面を占領してあまりある巨大ホログラム。

 そこに映し出されている人物が、彼らの――――おそらく、いま世界が注目しているだろう一人。

 

『えー、二〇二五年、夏季個人トーナメント一年の部の司会と解説を担当します、元日本代表候補筆頭生、現一年一組副担任の山田麻耶です。よろしくお願いします』

 

 ホログラムに移っている人影は三つ。

 そのうち、中継カメラに向いているのは二人。向かって右側に移る緑髪の女性がそう言って頭を下げた。だが、周囲の視線はそちらには向いていない。向いているのは――もう一人の方だ。

 

『同じく、個人トーナメント一年の部の進行、解説を担当します、桐ヶ谷和人です』

 

 そう自己紹介する、白髪金瞳で左目に眼帯を巻いた少年こそが、いま世界が注目しているだろう人物。各国要人も思惑、評価の差はあれど、少なからず興味の対象としては同じな筈だ。

 

 なぜ、ISの素人であるはずの少年が解説席にいるのか――()()()()

 

 あの少年――桐ヶ谷和人の異常性は、既に周知の事実。危険性はもちろんだが、ISを生身で下すその実力は、ただ身体能力が高いだけのゴリ押しなどではなく、軍人と同じように知識に基づいた極めて論理的なものである事が共通認識だ。

 彼は男性故にISは動かせない。

 だが、だからと言って軽視できるものではない。彼はISに抗し得る道具一つと知識、そして己の体という絶対的不利を覆した実績を持つ。

 そして――世界を震撼させたあの大事件(デスゲーム)を終焉へと導いた人間だ。

 裏で情報を操り、人の思考、感情の矛先を操り、デスゲームクリアへと邁進する姿は世界に知れ渡っている。何十、何百という死線を潜り、対人戦もこなし続けた。

 ゲームではあっただろう。

 しかし、命懸けだった。

 その時点でもはや遊戯(ゲーム)ではない。事実かの大事件によって243名もの人命が失われたと聞く。『一つの事件』として捉えるならかなりの大人数。いや、あの少年の『選択』がなければ、五桁に届く人命が失われた可能性すらある。

 

 ――だから我が国はもちろん、他国も目を付けている。

 

 ギラリと光る双眸は肉食獣のそれだ。他に出し抜かれてたまるか、という強い意志を感じる。

 IS業界という点に於いて、あの少年は決して役に立つわけではない。だが天才と呼ばれていたらしいデスゲームの黒幕、先月起きたという《事変》の発端とも言える計画に先んじて手を打ち、対処していたという報告は受けていた。正直半信半疑だったが――おそらく事実だったのだろうと、なんとなく感じている。

 そうでなければ国の主要人物たちがこぞって興味を露わに目を向けない。

 諜報部員としてか、軍人としてか、あるいはそれ以外の()()かは不明だが、何十通りの利用方法が画策されているに違いない。

 それ故に、彼には関心を寄せている。

 

 ――それは、私も同じか。

 

 他人事のように考える自身に、内心で自嘲する。

 あの少年には自分とて並々ならぬ関心がある。

 いや、むしろ持たない者はいるのだろうか。データとは言え《ブリュンヒルデ》を真っ向から破ったあの衝撃映像を見て、驚かない者はいるだろうか。

 

 居るわけがない。

 

世界最強(ブリュンヒルデ)》は世界の覇者。ISを扱う者達の頂点であり、犯すべきでない神聖な存在なのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――あってはならないのだ。

 

 視線はホログラムに移る少年に。

 しかし私――――《ラウラ・ボーデヴィッヒ》の意識は、追憶の彼方へと飛翔した。

 

    *

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 それが私の名前。一番最初につけられた記号――『()()()()()()()C-〇〇三七』――の次につけられた、個人としての識別記号。

 私は人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生み出された存在。

 原初の記憶は、暗い暗い、闇の底だ。

 ただ戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。知っているのはいかにして人体を攻撃するかという知識。わかっているのは、どうすれば敵軍に打撃を与えられるかという戦略。それらはいわば『本能』とも言えるもので、ある程度であれば直感的に理解し、再現出来るほど。格闘を覚え、銃を習い、各種兵器の操縦方法を体得した。

 私は――優秀、だった。

 およそ同期、同輩たる者達に比べ、性能面においては群を抜いて最高値を出し続けた。

 

 

 

 しかし、それは世界最強の新兵器《インフィニット・ストラトス》が出るまでの事。

 

 

 

 ISの適合性には個体差があり、これはほぼ変わらない。

 しかしそれまで金を注ぎ込んで育て上げた兵士を無駄にするのは惜しいと判断した上層部は、適合性向上のために《越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)》という処置を施された。疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、超高速戦闘状況下における動態反射の強化を目的とした肉眼へのナノマシン移植処理のこと。その処置を施された瞳の事もさしている。

 危険性はまったくない、理論上では不適合も起きない。

 ――しかし私は、不適合だった。

 その処置によって左目は金色へと変質し、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。その『事故』があったことで、それまで部隊の中でトップに君臨していた私はIS訓練において後れを取り、転落した。

 待っていたのは、それまで自分が一顧だにしなかった部隊員からの侮蔑、嘲笑、そして《出来損ない》という烙印だった。

 世界は一変した。

 ――私は、闇からより深い闇へと、止まることなく転げ落ちていった。

 そんな私が恥じんて目にした光。それが――かの《世界最強(ブリュンヒルデ)》織斑千冬との出会いだった。

 

『ここ最近の成績は振るわないようだが、なに、心配するな。一ヵ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな』

 

 その言葉に偽りはなかった。特別な訓練を課されたわけでもなく、ただ彼女の教えを忠実に実行するだけで、私はIS専門へと変わった部隊の中で再び最強の座に君臨した。

 しかし、安堵はなかった。

 自分を疎んでいた部隊員の事が気になっていたからではない。むしろ、最早眼中になかった。

 

 それよりもずっと、強烈に、深く、あの人に――――憬れた。

 

 その強さに。その凛々しさに。その堂々とした様に。自らを信じる姿に、焦がれた。

 ――ああ、こうなりたい、この人のようになりたい。

 そう思ってからは彼女――教官が帰国するまでの間、時間を見つけては話に行った。

 

『――どうして、教官はそこまで強いのですか? 私は……どうすれば、あなたのように強くなれますか?』

 

 いつだったか。傍にいて、その姿を見つめていて、ふつふつと体の深い場所から湧いてくる感情(ちから)の後押しを受けて、思い切って問いかけたことがあった。

 ――その時だ。

 ああ、その時だ。彼女は、鬼のような厳しさを見せる険しい表情を薄れさせたのだ。浮かんだのは苦い笑みだった。

 その表情に、なぜだか心がちくりとしたことを覚えている。

 

『私にはな、弟が二人いる』

『弟……ですか』

『ああ。私が生きる理由であり、強くなろうと決意した理由でもある……』

 

 ふぅ、と訓練時には見せない憂いの表情で、彼女はそう言った。(らく)(たん)を隠しきれないというような様子だった。

 

『間抜けな話だ。守るために、生きるために私は日本代表の地位を保っていた。それがだ、そのせいで弟達は誘拐されて、私は肝心な時に気付けなかった。そのうえ下の弟は今は行方不明ときている。捜索はされたが生存は絶望的と言われた……秋十がいなければ、私はとっくに引退していただろうな』

 

 見たこともない、話しかければ消えてしまいそうな程に弱り切った表情。

 それは、私が《光》と見た様とはかけ離れていた。自信に満ち溢れ、人を惹きつけるカリスマに溢れる最強の姿ではなかった。

 

 ――そうさせたのは、あなたの弟たちなのですか。

 

 その時、怒りの念が浮かんだ。

 泰然とした姿の女傑をああまで弱らせてしまう存在――それも、彼女の汚点となる事をした存在を、とてもではないが許容出来そうになかった。

 認められない。

 認めるわけにはいかない。

 

 

 

 ――――だが。

 

 

 

 再会した彼女は女傑としての威風を取り戻していた。

 夏季トーナメントの要人護衛任務で学園を訪れた身なので、直接会話したわけではない。しかし遠目に見ても記憶にある弱り切った姿とは打って変わったものだと理解した。完璧に払拭できた訳ではないだろうが、それでもかつてよりは遥かに《世界最強》の覇気を取り戻している。ともすれば、第一回、第二回優勝時以上だろうか。

 そこまでの変化を見せた要因など、既にわかっている。

 

 ――あの少年だ。

 

 ――《桐ヶ谷和人(オリムライチカ)》が、教官を変えたのだ。

 

 《神童》と呼ばれる『上の弟』は関係ない筈だから、必然的に『下の弟』の存在が関与しているとしか考えられない。

 当時八歳だったという『下の弟』。《出来損ない》と呼ばれ、立場としては多少の共感と同情を覚えなくもない少年だが、デスゲームから生還し、後に生還者全員を救っていた事実まで発覚した人物。その覚悟のほどは、政府の指示や部隊員の勧めもあって見た映像でイヤというほど知っている。

 

 ――だから、余計わからない。

 

 私に血縁上の兄弟姉妹は多くいるが、一般的な『家族』と呼べる存在はいない。だから感覚的なものはイマイチ理解できていないところはある。

 だが、名字が違えば『家族ではない』という認識に、大きな違いはないと思っている。

 それに照らせば教官と少年の関係は『非家族』という事になる。彼女の様子から元の生活に戻りたい事は明白だというのに、なぜ少年の方はよりを戻そうとしないのかが理解不能。

 もしや、あの世界で既に倒した存在だから、教官に存在を抱いていないのか――

 

 ――――ふざけるな!

 

 それは、そんな事はあってはならない。

 確かにデスゲームは、ただの遊戯ではなかっただろう。そこでの戦いがすべて現実の戦場と同じ命懸けのものであった事は理解する。

 しかし、だ。

 たとえ再現データだからと言って、それに勝ったとしても、真実《世界最強(ブリュンヒルデ)》を超えた訳ではない。であればそれで興味を失うなど言語道断だ。

 ISで戦えはしなくとも、生身ではどうなのか。教官は生身での戦闘能力も他の追随を許さぬほどの高みにあった。それを超えずして、興味を抱かないなどあってはならない。

 

 それは、教官を弱らせる行いだ。

 

 それを許してはならない。

 そんな事は、あってはならない。

 

 だから――――

 

    *

 

 意識を、現実へと引き戻す。視覚野に入力される白髪金瞳の少年の顔に焦点を合わせる。

 

 ――私の任務は、自国要人の護衛……と……

 

 ――《ブリュンヒルデ》と【黒の剣士】、双方の引き抜き。

 

 言い渡された任務を胸の内で復唱する。

 正直、【黒の剣士】に対して内心忸怩たるものはある。あの少年の、二人の弟の存在が彼女を弱くする事はわかっている。だが――いない方が、もっと弱くなるというのなら、近くにいた方がよっぽどマシだ。上はともかく、下は英雄と揶揄されるほどだから教官に対して見劣りはあまりしない。

 

 ――二人ともまとめて引き抜ければいいのだがな……

 

 どちらが欠けても支障がある。女傑を抜けなければ意味がなく、かといって少年を抜けなければ女傑が女傑足りえない。

 しかし、そんな都合のいい展開はないか、と自分の考えを一笑に付した。

 

桐ヶ谷(オリムラ)和人(イチカ)……」

 

 内心、忸怩たるものを覚えながら、名前を呟く。

 それは朗々とトーナメントの内容とルールを語る少年の声でかき消され、誰の意識にも留まらなかった。

 

    ***

 

 ――その話を受けたのは、六月十八日(四日前)の夕食後の時だった。

 

 IS学園に各国主要人物や企業幹部らを招待し、生徒の試合を見物させ、代表候補性や企業所属の操縦者の評価をしたり、スカウトしたりなどがある傍ら、生徒にとっては自分を売り込む千載一遇の機会とも言える大行事・夏季個人トーナメントを四日後に控えたその日、俺は楯無を通して、鷹崎元帥を含んだ自身に(くみ)する政財界上層部の意思を知った。

 夏季個人トーナメントの解説役――それも、主に戦闘面――を担ってほしい、という(めい)(れい)だった。

 

 ――正直な話、顰蹙しか買わないと思った。

 

 ただでさえここ最近は表に出過ぎている。有名人と言えば聞こえはいいが、悪く言えば目立ち過ぎ。そこにさらに燃料を投下して、どうなるかわからない老練の政治家達ではない筈だ。

 まして――将来的に、日本に帰属したIS操縦者になるのだ。

 巻き込まれたとかならいざ知らず、今から能動的にIS業界で活動していては、後々各国から吊るし上げられるのではないか?

 その心配もしたが結局は押し切られた。

 理由は三つ。

 一つ目は評判を盤石なものにするため。男ながらに解説役に抜擢された点は、女権に襲撃された際、ISについて熟知している事実を理由として利用するらしい。

 とはいえ、元帥達も顰蹙を買うリスクは理解しているらしい。その上で押し切ってきたのは、二つ目の目的に理由があった。

 二つ目も地盤固めだが、こちらは社交的な意味を持っている。”無かった事になった会談”を通じて俺は日本の政治家、企業のトップ組と顔繋ぎをした訳だが、当然ながらそんな事実は秘密なので世間に知られていない。つまり俺は元帥とも、企業トップや《倉持技研》の人とも、一切接触を持った事がない事になっている。それでいきなり《倉持技研》所属になり、かつて自身を不当に扱った日本に帰属するというのは、不自然に過ぎる。そこで上層部の人間が集まるこのトーナメントの食事時間や空き時間で対面し、顔繫ぎをしておくことで、後々日本所属になる繋ぎの理由として使えるようにする――という目的があった。むしろ今回俺を表に出しているのはそれが一番の理由だという。

 本来なら織斑千冬、更識楯無が近くにいなければ出歩けず、首の爆弾と発信機付きチョーカーが爆発する仕組みになっているが――元々それは、束博士が牛耳る国際IS委員会が手配したものである。つまり裏では束博士が手を引いているわけで、そこに所属しているクロエ・クロニクルは俺側の人間という事になる。織斑千冬は警備に就き、楯無が生徒として出場している今、俺の近くで監視兼護衛を担当しているのは束博士ともどもこちらに拠点を移したクロエだった。

 クロエは普段はALOを運営する企業《ユーミル》の給仕として働いているが、正式な社員という訳ではないので、出勤などの拘束力は存在しない。むしろ《国際IS委員会》所属だから今の方が自然と言える。

 女権団襲撃の時に止めに入り、逃げた一人を一瞬で叩き伏せた一幕も実力の高さを感じさせる要因と言える。

 少なくとも学内で織斑千冬、更識楯無に次ぐ第三の監視者として抜擢された話が広まったとき、あまり反感や疑念は浮かんでいるように見えなかった。きっとその理由はあの一幕にある。

 

 そんなこんなで表に出てきている訳だが、三つ目の目的は『身の安全の確保』だったりする。

 

 もちろん暗殺や誘拐、そのほか諸々のリスクが孕む以上、むしろ拘置所の外に出ているいまの方が危険だろう。

 しかし、あの拘置所は学園の地下にある場所だ。学園には地下シェルターがあり、世間一般の認識ではそのどこかと思われているらしいが、実態は『秘密地下施設』なので余人に知られない位置である。

 そこなら見張りも必要ないが――逆に言えば、潜り込まれれば最後とも言える。

 かつて俺と元兄・秋十を攫った組織――《亡国機業(ファントム・タスク)》は、各国代表と代表候補、各国要人の護衛や警備巡回、雇われの傭兵会社の警備を潜り抜けて、犯行を成功させた。内通者がいた事は間違いないとされる。

 問題はそこ、内通者がいる可能性だ。

 いま、IS学園には日本政府にとって二つの『(ばく)(だん)』がある。

 一つは俺。VRMMOという分野の抑止力であり、ISの面でも抑止力になり得る存在。女尊男卑風潮を打ち破り、且つ織斑千冬引退後の世界大会モンド・グロッソで優勝する事で、日本の未来を支える柱として見られている。

 もう一つは菊岡主導の計画の肝である《ソウル・トランスレーター》の存在だ。間違いなく陸上自衛隊も絡んでいるその計画は、菊岡の興味・関心が度々キリカ、ユイ、ヴァフスらに向けられている事から察しているので、その内容が他国に流れるのは日本の国防面からあまりにマズいと言える。ISを『限られた将軍ユニット』と例えれば、機械さえ組めば量産可能なAIは『無際限の兵士ユニット』と言えるだろう。現実の人命を喪わない点で言えば非常に合理的とすら言える。

 仮に内通者がいた場合、俺を重視する理由と、《STL》を運び込んだ記録ないし俺に付随する総務省仮想化の動きから何かを推察し、探りを入れる可能性は十分ある。大胆にも突撃する可能性も否めない。

 万が一地下に潜り込んだとしても束博士謹製の()()()ISの警備があるからある程度安全な気はする。

 

 ――だが、油断は禁物だ。

 

 万が一。

 それは、人が思うよりも圧倒的に、実際に起こり得る現実的な数字だ。

 ……幾度も”追体験”を繰り返す内に、自然とそう思うようになった。

 だから、元帥達からの依頼を受けたのだ。『万が一』を回避するために、元帥達からのバックアップと束博士の支援、俺とクロエで立てられる対策と手段を考案し、やれるだけの事をやった上で、リスクを下げた。

 そもそも目に見える脅威など恐るに足らない。

 本当に怖いのは、目に見えない水面下の脅威なのだ――

 

    ***

 

 

 

 ――今、君はなにを考えているのかな。

 

 

 

 外行きの礼服で着飾って、賓客席でホログラムに映る少年を見ながら、疑問を浮かべる。

 

『では次に、一般生徒が使用する機体についての解説に移りましょうか。桐ヶ谷君、お願いします』

『また自分……? ――――えー、トーナメント出場予定の生徒が選べる機体はいずれも第二世代型汎用機です。日本製の【(うち)(がね)】、フランス製の【ラファール・リヴァイブ】、イタリア製の【テンペスタ】、イギリス製の【メイルシュトローム】の計四つです』

 

 緑髪の女性・元日本代表候補筆頭性の山田麻耶の促しに僅かに困惑を見せたが、すぐ立ち直った白髪金瞳の少年・桐ヶ谷和人の朗々とした声がスピーカーから聞こえる。中継中の解説席では、それぞれの汎用機の姿が四枚の小さなホログラムとして浮かんでいた。

 そこで少年は左手を上にあげ、二枚のホログラムを縦に並べる。

 一枚は野武士顔な青年を想起させる武士甲冑染みた鈍色の機体。もう一枚は、濃紺色(ネイビーカラー)を基調とした翼を生やしたような機体。

 

『例年の映像を見返した限りだと、多くの生徒が【打鉄】か【ラファール・リヴァイブ】を選択しているみたいですね。残り二つが選ばれている事は少ない印象です』

『そうですねぇ。【ラファール・リヴァイブ】が選ばれやすいのは、他と比べて操縦の簡易性が特徴だからと言われています。操縦者を選ばないためある程度の性能を発揮出来るからですね。また機体スペックの面でも第二世代(さい)(こう)(はつ)ながら現在盛んに研究が進められ、試験機が出始めている第三世代にも劣らないため、安定した性能と高い汎用性がわかりやすい強みと言えます。そこに惹かれるんでしょう』

『個人的には後付装備(イコライザ)の種類が極めて豊富である事が利点の一つだと思います。近・中・遠距離いずれの武器にも持ち替えられ、更に防御装甲もあるため、格闘・射撃・防御のいずれの役割も担いやすい。他の三種類より遥かに多様性に富んでいるという評価は、七ヵ国のライセンス生産、十二ヵ国の正式採用という情勢からも伺えるものでしょう。その特徴を伸ばすように拡張領域(パススロット)の容量は平均より大きく、業界では《飛翔する武器庫》の異名を付けられるほど。まあコレを選べば外れじゃない、という感じなんでしょうね』

『……そ、そうですね』

 

 自身が出した強みを補強するようで微妙にズレている――そして恐らくは核心を突いている――批評に、山田先生は若干頬を引きつらせていた。苛立ちではなく、言っちゃっていいのかなそれ、という危惧だ。

 

『ち、ちなみに、桐ヶ谷君は【打鉄】に関して、どう見ているんですか?』

 

 話の流れを変えようと思ったか、彼女はそう話を切り出した。

 少年はそれを受け、ん、と小首を傾げ、眉根を寄せた。

 

『あくまでスペック上の話ですけど……まぁ、『堅実』っていう単語を表してますよね。近接ブレードと中距離アサルトライフルを一つずつ、通常の装甲に宙を浮く非固定型装甲、機体性能も押しなべて平均的。先のラファールと較べて攻撃性にはやや劣ってる印象です』

『あー……』

 

 その言葉に、彼女は納得の声を上げた。代表候補性としてISを駆っていた当時を思い出しているのだろう。言われてみれば、という納得の表情を浮かべている。

 

『装甲が多いのでラファールより加速度、最大加速度面でも多少劣ってるようです。その反面防御面に秀でていて、エネルギー効率……いわゆる燃費というものもいいようですから、クセは少なめかと。近~中距離を得意としてたり、あとは剣道や剣術、武術など距離を詰める習い事をしてる人には向いてると思います。標準装備のブレード《葵》は日本刀の形状をしてますから』

『ブリュンヒルデの専用機【暮桜】の機体を参考に【打鉄】が作られたらしいですし、似てるのはその辺も関係してるんでしょうねぇ』

『――そうですね』

 

 山田先生の言葉に、少年――和人が一瞬、真顔になった。わずかな瞑目。

 

『では残る二つは、桐ヶ谷君はどう考えます?』

『【テンペスタ】は徒手空拳を前提にした機体なので、銃火器による中・遠距離戦での牽制も必要とされる試合には不向きでしょう。瞬時加速(イグニッション・ブースト)なら一気に距離を詰められますが、シールドエネルギーを削る諸刃の剣なので使いどころに注意しなければならず、二の足を踏みやすい。【メイルシュトローム】は逆に近距離武器をあまり積まれていなかったり、ライフルといった遠距離で真価を発揮する系統の武器ばかりなので、戦闘空間を制限される試合では本領を発揮出来ない。どちらもせめてタッグ形式なら違ったんでしょうけど、一対一では相当な技巧を求められるわけで、それを予約制の限られた時間しか実技訓練を行えない一般生徒に成せるか……と考えれば、とても現実的とは言えない。ここまで考えた上での敬遠か、それとも純粋に扱いやすさ、堅実さを求めて先の二つを求めたかは分かりませんが、【テンペスタ】と【メイルシュトローム】が公式試合でも日の目を浴びにくいのはその辺が関係してると思いますよ。こっちは直接攻撃しか出来ないのに相手はバンバン遠距離攻撃が出来る状況に好きに突っ込む人はまず少ないでしょうから』

 

 怒涛とも言える理由の羅列に、緑髪の教師は面食らっていた。知識面だけでそこまで考察したのかという驚きと、VRMMOとは言え積み重なった戦闘経験による思考回路に対する驚きからくるものだと、なんとなく察した。

 

「いやぁ、和人君だったかな、彼は凄いなぁ」

 

 ――そこで、耳朶を打つ男性の声。

 落ち着きのあるそれは、私の父・結城彰三のものだった。深い紺色のスーツを着こなした壮年の父は、娘の自分ですら若返っていると思う時があるほど活力に満ち溢れており、少し前の憔悴ぶりが嘘だったかのようだ。

 

 そんな彼は、まるで初めて見たような反応を見せているが――それは、演技だ。

 

 《事変》が起きる前の事。七色・アルシャービンの計画と桐ヶ谷和人の暗躍が人知れぬ水面下で鬩ぎ合っている頃、私は母親から、生還者学校から進学校三年への転入試験の話を持ち掛けられた。あの日は兄・総一郎の口出しで事無きを得て、最終的には《事変》後に転入しなくていい結論で落ち着いた。

 その『結論』に絡んでいるのが父・彰三なのだ。

 彰三は転入試験を母が持ち掛けてきたあの日、唐突な会合で家を空けていた。それがなんと、新国立競技場の地下の会議場にて、更識家に身柄を預けていた少年・桐ヶ谷和人と会い、以前《ダイシー・カフェ》で彼が話してくれた政府との取引について対談をしていたのだ。その事実は《事変》解決後、『彼の近くにいた方が京子の意図にも乗る』という話を父がして、母・京子は転入試験の話を白紙に戻したという経緯がある。

 娘により幸福な先行きを。

 娘により良いキャリアを。

 父母はそう願っている事は分かる。自身の子を、肉親を、大切にしようとする気持ちは、理解できる。

 

 ただ、思うのだ。

 

 ――私は、彼を利用してまで、自分を幸せにしたくない。

 

 ずっと、ずっと彼の背を見続けてきた。

 一人で戦っていた頃。

 人と距離を詰めようとした頃。

 繋がりの喪失を、恐れた頃。

 自身の生を見出した頃。

 自身の憎しみより、大切なものを見出し、超克した瞬間。

 彼は、ずっと誰かのために、自分以外の人のために戦ってきた。彼はきっと『自分の目的のため』と偽悪的に言うだろうが、彼が剣を握る理由は始終それに帰結している。

 その在り方を、彼の義姉は諦観と、それをはるかに超える慈愛を以て受け容れた。

 ならば、それに口を挟むのは野暮というもの。

 

 ――だからこそ、利用なんて出来ない。

 

 彼が自発的に、限られた人を助けようとするのは構わない。ただそう誘導し、利用する事を前提とするのは――イヤ、だった。

 父が、彼とどんな話をしたかは定かではない。

 でも父も母も言外に伝えてきている。『彼に嫁げ』と。彼の実力であれば明るい未来は訪れると確実視していて、それに乗っかる形で、将来を掴め――と、そう伝えてきているのだ。

 彰三の右隣には、彼の妻・結城京子が外行き用のピシッとしたスーツを着て、行儀よく座っている。口元は新一文字に引き結ばれていて、視線はホログラムに映る少年にじっと合わされていた。

 品定めしている。

 普段の言動、礼儀、振る舞いでも品評を付けて、”娘の友人”として相応しいか否かの(ふるい)に掛けていた頃と同じ目だった。

 

 ――やめて、やめてよ母さん。

 

 ――私、そんなの、望んでないよ。

 

 ――そんな目で、彼を見ないで。

 

 喉まで声が出掛かった。

 でも出なくて、えづくように喉が引き攣る。

 声が出なかったのは――きっと、結城明日奈(剣士でない私)が持ち続ける弱さのせいだった。

 

 






・夏季個人トーナメント
 ISで潰れる行事の一つ。
 原作では一夏&シャルルVSラウラ&箒というカード、からの《ヴァルキリー・トレース・システム》の事件が起きたもの。原作ではタッグだったが、これはクラス対抗戦(一夏VS鈴)で束謹製無人機ゴーレムⅠが襲撃を仕掛けてきて、警戒態勢になったため。
 原作でも各国首脳人、企業トップ組は来ているが、護衛は学園側に一任か、SPを雇っているのか。明確な表記はない。
 ――が、まさか他国の操縦者に護衛を任せるはずがない。
 代表、代表候補を護衛として連れてきていた。地味に操縦者目線で逸材を引き抜くためとしても使えるのではないだろうかと思ったり思わなかったり(経営者、技術者じゃ分からん方が多いと思うの)
 ラウラは来年入学予定なので、護衛ついでの下見。

 ――つまり、他も……?


・【打鉄】
 日本製第二世代汎用機。
 和風甲冑に近い形状。
 柔軟なOSでかなり多彩な武器を後付け出来るのが強み。しかしラファールと比べると、拡張領域の容量でも劣っている。
 他より勝っているのは防御力と燃費の良さ。
 和人には堅実と言い表されているように、基礎をしっかりしている人に向いている。近接ブレード、中距離アサルトライフルが標準装備なので近・中距離向き。
 原作では【紅椿】入手前の箒が使用していた。


・【ラファール・リヴァイブ】
 フランス製第二世代汎用機。
 第二世代の中では最後発ながらスペックが高く、拡張領域も大きいため、《飛翔する武器庫》の名を冠したオールラウンダーな機体。これを選んでおけば外れはないが、真価を発揮するにはかなりの器用さと実力を求められるので、割と対応幅が広い。
 機体の色はネイビーカラー・濃紺色。
 アニメではグリーン色。山田麻耶が駆る機体として描かれており、本作でも和人との試合ではこれを使っていた。
 また、これのフルカスタム機をフランス代表候補生、更に別バージョンを山田麻耶が扱っている。


・【テンペスタ】
 イタリア製IS。
 厳密には世代不明で、更に汎用機ではないかもしれないが、詳細不明のため、本作では【ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ】の例に倣い第二世代汎用機扱い。
 原作では第二回モンド・グロッソ不戦勝優勝者・イタリア代表《アリーシャ・ジョセスターフ》の搭乗機。イギリス代表候補生が例として挙げた機体で、『近接格闘を主体とする』としか判明していない。発展機も存在する。
 ちなみにアリーシャは千冬に《零落白夜》を発動させた数少ない実力者。


・【メイルシュトローム】
 イギリス製第二世代汎用機。
 原作では名前だけの登場。【テンペスタ】と同じく、世代、汎用機か専用機かも不明。モンド・グロッソに出ていた事は確実だがカスタムⅡの例があるため、これも第二世代汎用機扱いとした。
 一夏が悪友・五反田(だん)とのISのゲーム)《|IS/VS《インフィニット・ストラトス/ヴァーサス・スカイ》》をプレイ中、弾のセリフから出てきた。弾曰く『非常に使い辛い機体』とのこと。
 情報としてはそれだけなので、『遠距離武器ばかり』などの設定は本作オリジナル。


・ラウラ・ボーデヴィッヒ
 遺伝子強化素体の一人。
 ドイツ代表候補生。専用気持ちとして護衛についているので、筆頭格。《シュヴァルツェア・ハーゼ部隊》の隊長。階級は少佐。
 右目赤瞳、左目眼帯金瞳、長い銀髪で148㎝のロリ……ロリ? (和人を見ながら)この世界ではお姉ちゃんムーヴ出来ますね、な人。
 内面は原作と大差なし。《越界の瞳》を埋め込まれ、不適合により暴走、ギャップに苦しんでいたが千冬の教えにより部隊内最強に復活する。そのため千冬の『ブリュンヒルデとしての姿』に強い憧憬を抱いている。

 二人の弟、特に悲哀の表情を見せる要因(一夏は行方不明になってたので)になった一夏/和人に対し、強い怒りの感情を抱く。ちなみに原作だと、一夏の惚気を語った姿を見たため強い嫉妬と、憧れの姿を危ぶめる存在への敵愾心を抱き、『優勝二連覇逃した誘拐事件』を知ってこれ幸いと攻撃的になった経緯があった。要は『テメェ絶対認めない』。
 本作においては、デスゲームクリアの真実、憎しみの超克の経緯を政府の命令と部隊員の勧めで(渋々)把握し、《出来損ない》と呼ばれた経歴への同情諸々を持っているため、原作の態度よりややマイルド。
 むしろ秋十に対するスタンスが、原作一夏になるか(経歴的な意味で)
 ただ千冬崇敬を拗らせているので、『憧れの姿』に戻る要素として一夏/和人が必要だから、傍にいろや――! と内心鬱憤を溜めている。

『なんでお前織斑姓に戻ってないんだよ! 戻らないと教官が強く在れないだろ!』という割と身勝手というか、それ『弟がいないとしっかりしないダメ人間として見てね?』と突っ込める矛盾満載な思考になっている。
 勿論指摘したらビンタかナイフが飛んできます(リフジン)

 クロエ・クロニクルとは血筋的に姉妹関係に当たるため、二人の容姿はかなり近い。
 ちなみに『くだらない』という思考は、トーナメントという行事ではなく、それに臨む生徒たちの心構え――人を傷つけ、殺める道具を扱う事に対する意識の低さに対する侮蔑である。


・桐ヶ谷和人
 弱冠11歳の解説役。
 様々な思惑により解説役をする羽目になった。主に『表向きの顔繫ぎづくり』で、次点に『評判の土台作り(顰蹙のリスク込み)』、『STLと離すことで襲撃者の人員分割』が並ぶ。リスクを考慮した上で打てるだけの手を打った後なので割とえげつない仕上がりの模様。
 知識面でもえげつなく、操縦者の代表候補生・山田麻耶を圧倒する見識を展開した。

 読者があの説明を理解出来たとすれば、つまり視聴者も理解できたといっても過言でないのでは?(慢心)


・結城明日奈
 両親との関係性に悩む青春少女16歳。
 実は両親との問題は解決していない。転校することはなくなって一安心かと思いきや、今度は和人との関係性に響く問題で頭を悩ませている。
 ここで図々しくなってもいいが、心情的に出来ない辺りがまだ素直。
 ――実際利用されてると分かった時点で敬遠されるので、交友を保つなら明日奈の判断が正しい。


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