インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:楯無

字数:約五千

 短いけど導入+バトルなのでゆるして()

 ではどうぞ。




対決 ~水対氷~

 

 

「こうして対面するのは初めてッスかね? お手柔らかにお願いするッス」

 

 軽妙なノリで、対戦相手であるギリシャ代表候補生《フォルテ・サファイア》がそう言ってきた。

 やや煤けた感のある黒髪を大振りの三つ編みに結わえ、肩から前に垂れさせたその様は、そのノリと相俟ってどこか気の抜ける空気を漂わせている。半目のそれも、ともすれば眠いからかと勘違いしそうだ。

 しかし――その印象は、誤りだ。

 彼女はこれで素である。取り繕ってるわけでも演技でもなく、あるがままの姿でこの場に立っている。傍から見れば不真面目な姿だろうが、彼女にとっては至極真面目だとしてもおかしくない。恐ろしいのは相手の油断を誘う計算を抜きにしている気がするところか。

 計算して相手の警戒を解き内側に入り込むことを信条(しごと)とする私とは、まるで真逆の在り様だ。

 そんな相手に、私は肩を竦めた。決して大きな動作ではなかったが、四肢を覆う装甲が動いたため、その動作は大衆にも見えた事だろう。

 ましてや、眼前に立つ彼女であれば猶更だ。

 

「生憎だけど、私も立場があるからね。日本代表候補生としても、そしてIS学園の生徒最強――生徒会長の地位にある者としても、万が一にも負けられないのよ」

「あ、そっか、会長さんに勝ったらジブンが会長しなきゃいけなくなる訳で……わー、メンドくさそうな匂いがぷんぷんするッス。会長さん、もしジブンが勝っても生徒会長続けてもらえるッスか?」

「いいえダメよ」

 

 なにを言いだすのかこの子はと、ジト目でフォルテを見る。やや猫背姿勢の少女はどこか眠たげな目で抗議の意思を返してきた。

 その視線に、皮肉の笑みを浮かべる。

 

「ま、私が勝ったら無問題(モーマンタイ)な訳だけどね」

「……自信満々ッスねぇ。その鼻っ柱、思いっきりへし折ってやりたくなったッス。容赦なくいくんで覚悟するッス」

 

 皮肉を込めた一言が彼女の癇に障ったのだろう。眉間に皺を寄せ、頬をひくつかせている。

 

 ――挑発は上手くいったと言えるだろう。

 

 苛立ったような言動が演技でなければ、の話だが。なにぶん眠たげな眼つき自体は変化がないから実際どうなのかわからない。感情の振れ幅が小さいというのか、これが《マイペース》という例なのだろう。

 幼馴染の少女もかなりのマイペースぶりだが、あのノリに通ずるものを感じる。

 

『これより一年次トーナメント二日目、準決勝第二試合を開始致します』

 

 ――少年の声で、アナウンスが流れた。

 一年生と教師、来賓で賑わっていた観客席も、僅かに静かになった。アリーナ内を一陣の風が()ぎる。互いの氏名、機体名、SE残量が表示された電光掲示板がカウントダウンのブザーを高らかに響かせていく。

 ブザーが五度鳴った。五度目のそれは、ひと際強く、また尾を引く長さ。

 

 

 

「ばーん!」

 

 

 

 試合が始まって、すぐに私は槍を持たない左手の指をパチンと鳴らした。

 

「は、ちょ――――?!」

 

 ()()()()()散布されたアクア・ナノマシンが空気中の原子、分子を際限なく振動させ、一瞬にして熱量を産生。この時点で【コールド・ブラッド】から警告を受けたのだろう、フォルテが焦燥の表情を浮かべたが、彼女が動くよりも爆発の方が早かった。

 ハイパーセンサーを介し、レイディから提示される敵機のSE残量は今の爆発で七割を下回っている。瞬時に機体周囲の原子、分子の振動を抑え、凍結させようとして威力を()がれたようだ。

 

「くっ――――ムチャクチャッスねぇ?!」

 

 爆炎から飛び出したフォルテがそう罵ってくる。まさか開幕いきなり爆発を喰らわせられる事になろうとは、代表候補生の彼女をしても予想外だったようだ。

 

 まぁ、それもそうかと、私は納得を抱いていた。

 

 国際IS委員会が定めた規定には、試合が始まる前の武装展開は許可されているが、それが攻撃行動の準備になると違反対象という内容が存在する。具体例を挙げると、銃を構える事、トリガーに指を掛けるのは良いが、セーフティロックを解除すると違反になる。

 【海神の淑女】の強みは胸部装甲に埋め込まれた二個のアクア・クリスタルから産生されるアクア・ナノマシンで、これがあるからこそ機体性能を十全に活かせられる。しかし規定に照らすと、それを産生する事はセーフだが、ナノマシンを敵機の周囲に散布しておくのはアウトになる。

 ISは現状スポーツ扱いを受けているため、スポーツマンシップという選手自身の良識に任せる部分はあるが、勿論違反の有無を判断する審判も存在する。むしろ打突判定を審判に任せる剣道などと違ってISはSE全損で勝敗が決する上に離れた位置から機器を介して観戦するため、審判は機械が違反を認識した事を告げる役割だけになっているのが現状だ。

 つまり機材を弄られていない限り、違反通告がない以上はルールに則った行為と判断される。

 彼女が『ムチャクチャ』と言ったのは、事前にナノマシンを散布していなかった――つまり開戦直後の一瞬で散布した――事を理解したが故の批評だ。

 《清き情熱(クリア・パッション)》という攻撃手段を、彼女はもちろん、国外の人間は初めて見る筈だ。

 一次形態の時は散布量、速度が発動まで時間を要し、目まぐるしく戦況が変化する実戦で使う事が厳しかった事情もある。しかしそれ以上に、不可視且つ残弾無限の爆弾というエグい攻撃を必要とするほど追い詰められる事が殆ど無かったから――という理由が一番大きい。国内での訓練――それも、織斑千冬と桐ヶ谷和人の二人しかそれを使わせるほど私を追い詰めた事が無かったのだ。

 他の候補生も自前の槍術と武装でどうにか出来る以上使う必要性は薄く、必然的に情報は制限される。

 彼女からすれば、一瞬で数十メートルの距離を詰めて起爆される爆弾を見せられたも同然。決して心中穏やかではあるまい。

 しかも、《清き情熱(クリア・パッション)》は分子結合を維持したまま振動させ、熱量を発生させる性質上、空気が存在する地球上に於いては『残弾無限の爆弾』と言える。どれだけ撃ち込まれても弾切れを起こさない事も彼女を動揺させる要因の一つ。

 

 ――無論、それは私も同じ。

 

 【コールド・ブラッド】は待機中の水分を凝結、凍結させ、自機の装甲強化、敵機の動作阻害を誘発する凍結兵装を積んでいる。つまり水分子や水素が多い空間であるほど強みを増すのだ。

 対するこちらの強みは、初手の攻撃こそ窒素なども含めた原子振動の爆発だったが、本来の強みはアクア・ナノマシンによる流水である。原子レベルで操作しようと結果的に”水”を扱う以上【コールド・ブラッド】との相性は致命的に悪い。最悪自分で纏った水を氷漬けにされて自滅なんて事すらあり得る。

 とは言えあちらの氷――振動を止められた原子――に干渉し、彼女の防御力を殺ぐ事も可能だから、彼女からしても私とは相性が悪いと思っているだろう。

 

 

 だが――負けるわけにはいかない理由が出来れば、それは別の話。

 

 どちらの理由も自分本位のものでしかない。

 でもそうしてられるのも、敗北の可能性が殆どないか、しても許される立場だったからに他ならない。

 今の私はそれを許されていない。《(代表)(候補)》としても、《()()()()》としても、その地位が無ければならない役目を負っている。来年入学するだろう少年のサポートをするならどちらも喪ってはならない。彼が私を下す分には、学園内でのサポートを目的とする以上まだ良い――そうなった場合は私が副会長をすればいいだけだ――が、政府と彼の息が掛かっていない人間に負ける展開はマズい。それこそ国外の人間に負けるとあっては厳罰で済めばいい方だ。

 たった一度の(しっ)(ぱい)で全て喪うと分かっている。

 ――そう、予め分かっているのだ。

 だから私は、日本と彼の未来を背負っている間は生徒最強で在らなければならないと、自分に科している。

 それが、刀奈(わたし)が《楯無》を張り続ける理由でもあるから。

 

「私は、負ける訳にはいかないの!」

 

 勝利を確実なものにするなら、速攻に限る。

 無慈悲だとか、ギリギリの戦いを求める観衆から卑怯と心無い言葉を言われるかもしれないが、それらも今となっては些末事。

 

 何よりも優先すべきは”最強を示し続ける事”なのだ――――

 

 開幕から五秒。既にアリーナの端まで散布し終えたアクア・ナノマシンを介して原子・分子を励起し、纏めて起爆。

 視界すべてを真紅が塗りつぶし、耳朶を止め処ない轟音が叩く。

 

「《清き情熱(クリア・パッション)》改め、《()()()()()》……と言ったところかしら?」

 

 宇宙創成の爆発があったからこそ今の宇宙、地球が存在すると考えれば、原子・分子から起こした爆発をそう名付けてもいい筈だ。

 そこで試合終了のブザーが鳴り、俄かに喧騒が戻ってくるも、やはり困惑の色が強い。それも予想出来ていた事だからすぐに視線を切る。

 

「――ハッ、威力も規模も頭おかしいけど、ネーミングセンスも激ヤバッスねぇ……」

 

 荒地と化したアリーナの大地を見下ろしてそう言えば、眼下から対戦相手の憎まれ口が聞こえた。

 SEを全損して機体は粒子化し、スーツ姿で大の字に倒れている彼女が呆れたような目を向けてきている。ヤバいって名前の付け方がダサいという事だろうかと若干不安を覚えるも、それを心の内に留め、私は彼女の近くに降り立ち、笑みを返した。

 

「今の、フツーに使用制限指示が下ると思うッスよ?」

「ええ、下るでしょうね。《清き情熱》もひょっとするとなっちゃうかも」

 

 四方四里を焼き尽くす(核爆発レベル)までは難しいだろうが、それ以下の範囲であれば爆破出来て、海に近ければ水素爆発力が増す《超新星爆発》を危険視する意見は当然出るだろう。

 《清き情熱》は対《ブリュンヒルデ》用の技でもあったので、それもモンド・グロッソなどで使えなくなるのは確かに痛くはある。

 だが――

 

「……なーにニッコニコ笑ってるんスか」

「別に、アレが主力って訳じゃないもの。使えなくなったらなったでまた別の方法を磨くだけよ」

 

 原子励起で爆発を起こせるのだ。振動静止による凍結、摩擦による電気発生など、他にも出来る事はたくさんある。加えてあまり威力の高すぎる技より汎用性の高い小技を多く持つ方が私好み。

 それに私が必ずしも《ブリュンヒルデ》に勝たなければならない訳ではない。元帥達が期待しているのは和人が勝利した事による男女平等の世界であり、彼も生きるためにそれを目標にしている。そう考えれば、不謹慎ではあるが、気は楽だ。

 そもそも私の任務は彼のサポート。そのために生徒会長になったし、そのために日々鍛錬を続けている。そして彼を守り鍛える事が具体的な任務内容。

 彼が持つ【無銘】も【黒椿】も原子に干渉する機能を持つ。なら私が出来る事は、原則彼も出来る。

 ――”イメージ・インターフェイス”は操縦者の想像力で、その汎用性、強みを大きく左右される。

 その兵装の機能が同じであれば、それは”特性”ではなく、”技術”と言えよう。想像力がそのまま”技術”に直結するのだ。

 私が強くなり、汎用力を高くするほど、彼もまた汎用性を受けて戦術の幅が広がっていく。

 

 それこそが《更識楯無》に求められた、()()を育てるという、誇れある仕事。

 

 そして――《更識刀奈》が”したい”と自ら思った事の一つ。

 

 結局のところ、私が()()()いるのはそれが理由だ。

 

「……ジブン、会長さんは敵に回したくないッスね……」

 

 フォルテ・サファイアは、苦笑を滲ませ、そう言った。

 

「ふふっ、賢明ね。私を敵に回すと怖いわよ?」

 

 私はにこやかにそう告げて、装甲を解いた左手を差し出した。彼女は一瞬呆気に取られたが、すぐにまた苦笑を浮かべ、手を取って立ち上がる。

 それが観衆からは、スポーツマンシップのやり取りに見えたのだろう。徐々にだが歓声が上がり始めた。

 

「こういう時、オーディエンスってゲンキンッスよねぇ」

「こーら、そう言わないの」

「否定はしないんスね」

「まぁね」

 

 二人並んで、観客席を順に見ながら手を振る。最後に首脳陣や企業上位陣が陣取る賓客席に揃って向き、礼をした。歓声と拍手がひと際強くなる。

 

『これで一年次トーナメント二日目、準決勝第二試合を終了致します。決勝戦は午後一時三十分を予定しています』

 

 観客からの歓声、拍手に紛れ、少年のアナウンスが流れる。

 

『各選手はそれまでに準備を……――――』

 

 それが、半端なところで途切れ――――

 

 

 

『――楯無、上だァッ!!!』

 

 

 

 切羽詰まった怒号がアナウンスを介して響き渡った。

 名指しされ驚きながらも、顔は反射的に上を向く。

 

 直後、暴力的な輝きが、アリーナ天井の障壁を食い千切った。

 

 






・『楯無、上だァッ!!!』
 初代ゴッドイーターより
ソーマ『エリック、上だァッ!』


・超新星爆発
 ビッグバン。
 水素原子を励起させ、熱量を作り、それを爆発させる《清き情熱》の超強化版。《清き情熱》が装甲の一部、あるいは機体を覆う爆発が限度なのはアクア・ナノマシンの散布量、速度による制限があったから(本作独自解釈)
 二次移行を果たした【海神の淑女】は、アクア・ナノマシンを使った機能の大幅バーションアップを果たしており、その欠点を克服。結果開幕一秒で数十メートル範囲の散布、五秒あれば数百メートルの散布を可能とした。イコールその範囲が爆発範囲。水素爆弾四個分の威力を強化しているのでかなりエグい。

 その範囲は視認範囲全体に至り、威力はSE700以上を一撃で全損に追い込む。

 イメージとしてはテイルズシリーズの秘奥義『ビッグバン』。
 本作では五秒もあれば数百メートル四方を纏めて爆破できる()()。危険なので封印されたが、楯無の実践により、学習した和人も使えるようになった。


・フォルテ・サファイア
 楯無と同学年のギリシャ代表候補生。
 原作ではビジュアル描写が無く、アニメでは未搭乗。
 小説では七巻、一夏が簪とタッグを組んだトーナメントでのゴーレム乱入にて。
 レズビアンな一学年上の先輩と付き合っており、先輩とタッグを組んでの連携戦法『イージス』は、束謹製ゴーレムⅡの攻撃を捌き、同時に反撃して叩きのめす程の練度を持つ。
 後にこの先輩が原因で祖国を離反し、一夏達と敵対する関係になる。

 ボサボサの黒髪を雑に三つ編みに結わせ、肩から垂れさせている少女。眠たげな目をしているがその実力は確か。やや猫背、小柄。
 専用機は【コールド・ブラッド】。氷を扱う機能を持ち、機体の各部位に氷を思わせる結晶型装甲を付けている。
 その性質上アクア・ナノマシンを強みとする楯無に対し優位だったが、【海神の淑女】に二次移行して大幅強化されていた事で逆転されていた。氷、つまり原子の振動を止める性質上、実際は楯無と五分五分の機能だが、今回は爆発の速度と範囲に圧倒された形。

 つーか開幕いきなり全体範囲の即死級秘奥義をぶっぱされたも同然なのでフォルテが弱いのではなく楯無がずっこいだけである。


・更識楯無
 愛機が二次移行して超強化された人物。
 原子・分子に干渉する機能により、自身ができる事は和人もできるようになると把握しており、仕事のため――そして刀奈として、自己を鍛える事を喜びと感じ始めている。
 心境としては直葉と限りなく近いが、違いは『切磋琢磨する関係』である事。
 仕事により守り、鍛えているが、その関係は決して上下でなく、あくまで対等。言外に『自分に無いものを和人が持っている』と認め、それを学ぼうとする姿勢が思考に影響を及ぼしている。

 原作の一夏と楯無と違い、対等な関係になっているため、精神的に乙女乙女し始めた。
 恋愛結婚に夢を持ち続けて、希望を見出したからネ。是非もないネ。


・桐ヶ谷和人
 司会・解説の仕事をこなしている十一歳。
 なんなら山田先生より真っ当に仕事をしてるまであるが、最後の最後で素が出たあたり、まだまだ詰めが甘い。
 しかし観衆の目をものともせず名指し呼び捨てで警告する辺り割と楯無の事を認めている。

 ところでレーザーより先に気づけたのってなんでなんですかね?(すっとぼけ)



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