インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
視点:明日奈
字数:約一万一千
ご都合主義だけど、暫く和人活躍&他有力キャラ無能描写……伏線、伏線のためだから……!(言い訳)
他の作者のように、カッコいいラウラを書きたいぜ……
ではどうぞ。
二〇二五年六月二十二日、日曜日、午後十二時十八分。
第一アリーナ外壁・東、出口付近。
PoH――ヴァサゴ・カザルスが操っていた全身装甲の機体が両断により爆発し、機能停止に陥った事で、辺りは一時の静寂を取り戻した。とは言え未だアリーナ内部からは爆音と振動が、北西の港などからは銃声が聞こえるように、事態は未だ収束しておらず、気を抜くには早いといえる。
それでも、ひとまず窮地を脱したのも事実。
眼前に迫った死が排除された事、それから救ってくれた少年が無事であると分かって、ふらふらとへたり込んでしまった。
「「明日奈!」」
途端、二人分の声が掛けられる。少年のものと、兄・浩一郎のものだった。
心配げに覗き込んでくる少年にジェスチャーで大丈夫である事を伝えていると、駆け寄ってきた兄に強く抱き締められる。
「馬鹿ヤロウ……! 死んでたらどうするんだ!」
兄にしては珍しく、口汚い罵倒だった。でもそれは私を想っての怒り。罵倒の筈なのに、どこか温かくて、心地良く感じた。
ふにゃ、と強張った顔が相好に崩れる。
「えへへ……和人君のクセ、移っちゃったかも」
「えっ」
抱き締められながら少年を見れば、『そこで俺に振るの?』と言いたげなあどけない顔で見返された。彼からすればいきなり責任転嫁されたも同然だから驚くのは仕方ない。
「そうか、桐ヶ谷君が原因か……桐ヶ谷君、今度僕とお話しようか」
「……えっ」
ぐるんと首を回し、少年を見ながら兄が言った。少年が『結局俺が悪いの?』と言いたげな困惑顔になる。
彼は暫く納得いってなさげな顔を――当然ながら――していたが、諦めたように息を吐き、苦笑を浮かべた。仕方ないなぁとアテレコ出来そうな顔はまるで風に煽られる柳のようだ。
白髪と、爆発でシャツが破けて晒された肌をところどころ赤く染めつつ、二刀を手に佇む姿と相まって、強者の威風を感じた。
「……もう俺が悪くていいから、早く避難してくれないかな。さっきから気が気じゃないんだけど」
その笑みが、形はそのままに質が変わって、威圧を発する。さっきの意趣返しだろうか。危険を感じるものではないが、どこか圧迫感がある。
これを意図的にしているとすれば彼は政財界の腹の探り合いでも上手に渡っていけるだろう。
――……や、や、待って。
そこまで考えたところで、思考を止める。
一足飛びに行き過ぎだ。たったいま自覚したばかりなのに、そんな先の事まで想像して何になる。まだ何も行動出来ていないのだ。これでは『捕らぬ狸の皮算用』そのものではないか。まだ基盤もしっかりしてないのに気ばかり急いては仕損じかねない。
兄から離れた私は、頭をぶんぶんと振る。
「明日奈?」
「どうした、明日奈」
兄と少年、男二人が首を傾げて聞いてくる。何でもないと笑って誤魔化しておいた。
「――って、ちょっと待って? 和人君は避難しないの?」
そして、ふと気付く。
さっきの言い方だとまるで彼は事態の解決に当たるかのように聞こえた。フロアボス戦で幾度となく聞いたセリフだから、その意味するところはほぼ間違っていない筈。
彼に避難する気は無いのだろうか?
「俺はクロエと合流して、避難者の誘導と護衛をしようと思う。ISが使えない現状だと俺くらいでも戦力になるからな」
「……」
じっと、無言で彼の後ろに見える黒焦げのISの残骸を見る。ひそかに【無銘】を使ったのだろうけど、最期の一撃までは素で戦っていたことを考えれば、特記戦力並みの評価を受けてもおかしくないのではないだろうか。
正直、どの口が言うのかと思った。
「そもそも別行動を取ったのだって避難者を守るための囮だったからな」
言いながら、彼は左手に持つ白刀の切っ先を、私が視線を向けていた残骸に向けた。
「それが終わったなら下手に動かず合流した方がいい。そろそろ戻ってくる筈だから、脱出口になるこの東出口に陣取ろうと思う」
「ふぅん……じゃあ私達も一緒にいていい? 少人数だとちょっと不安だから」
それは本心だ。
今から避難するとなれば、私と兄、そしてドイツ人の少女の三人で行動しなければならなくなる。本来なら代表候補生だという少女はとても頼もしい存在なのだが、ISを起動できない今、白兵戦を除けば一般人と変わらない。それなら武器を持ち、生身でISを退けられる彼の近くにいた方がまだ安全と言える。
あとクロエの案内が無いからシェルターまでの道が分からない。地理が分からず、状況も把握しきれていないのに無暗に動く気にはなれなかった。
もちろんそれだけではない。
彼はISを退けられる。それは、現然たる事実だ。他者に分からないよう【無銘】を使ったからとは言え、それまでの拮抗は彼自身の能力によるものだ。
だからこそ――却って、心配になる。
邪魔になる事は分かっている。ただそれでも、労り、労ってあげたかった。
――最悪、【無銘】を使うための理由として使われても構わなかった。
彼が各方面に動き、名を売る行動をしているのも、全ては世間に広まる風評の払拭だ。『死ぬには惜しい』と思われるようにと。『死ぬべきだ』と言われないようにと。
彼の平穏を阻む要因は、人々の集合無意識――常識――によるものだと理解しているからこその行動。
今の彼が認められているのは、SAOクリアの功績や《事変》解決の功労、廃棄孔や獣との死闘が英雄的だったからこそ。余人に真似できない善なる行為と見られたからこそだった。ありていに言えば、唯一無二の価値を彼は得ていた。
それを、もう一度得るのだ。
【無銘】という”力”を振るうのは、人を傷つけるためでも、感情に任せてでもなく――
――それを知れば、君は凄く怒るんだろうね……
彼は優しい人間だ。背負う必要のない事まで罪として背負おうとする。あの世界で斬った人の数を、顔を、名前を憶えていたのがその証拠。私が傷つけば、彼はずっとそれを気に掛けるだろう。ともすれば深い心の傷――トラウマになってもおかしくない。
でも――でも、それでいいと思う私が居る。
今までたくさん苦しんで、頑張ってきたのだ。それに報いる一助となるなら嬉しい限り。
「ん、む……」
そんな思いがあっての申し出に、彼は腕を組み、悩まし気に唸っていた。
私達にはすぐにでも逃げて欲しいと思っている事は確か。しかし悩んでいるという事は、同伴を許す事情があると言える。もちろん彼と共に居れば死なない保証がある訳でもない。それは彼自身よく知っているから、さっきは避難を促してきた。それでも悩んでいるのは『手の届くところにいた方が守りやすい』とか、そう考えてもいるからに違いない。
どちらも不確実だからこそ、選べないでいる。
喪う苦しみと恐れを知っているから、安易に選べないでいるのだ……
そうして彼がうんうんと悩んでいる間に、事態は進んだ。
アリーナの出入り口の方から複数の声と足音が聞こえ始めたのである。避難者、第二波だ。こうなってはもう一緒に行動するしか道はない。彼もそれは分かったらしく、不承不承という表情になった。
「時間切れか……」
諦観気味に和人が呟いた。そのすぐ後、白を基調としたIS学園の制服を着た少女達が出口から雪崩のように飛び出してくる。とは言えその数は一レイド分の半分程度。一学年の定員120人がピットで六つに区切られた観客席に分かれて座っていたのだから、20人程度が第二波というのは妥当な数と言える。
「あー! やっと外に出られたぁ!」
「怖かったよぉ……」
「――って、うわ?! なんか外もヤバイ事になってない?!」
閉塞された空間から脱出して安堵を見せた少女達は、煙を上げた黒焦げの残骸と、近くにいた血塗れの少年を見てギョッと目を剥いて驚きを露わにする。一部の生徒には、ヴァサゴの機体が空けた穴に今更気付いた者もいる。かなり気が動転していたらしい。
……そういえば今ふと思ったが。
あの穴からヴァサゴの機体は悠々と出てきた訳だが、和人は吹っ飛ばされる形で外に放り出されていた。もしかするとあの穴、ISの攻撃で空いたのは確かだろうが、そのとき和人は壁にたたきつけられていたのではないだろうか。
そう思って和人の背中を見る。
【無銘】の仮面を出して私を守ってくれた彼の背は、諸に爆風を受けたためか、衣服は既にその役割を果たせないくらいボロボロになっている。その背中には大小の真新しい擦り傷と、赤くなった軽い火傷の痕があった。打撲痕と思しき怪我は現状見当たらない。まだアザとして見える形になってないだけか。
「……明日奈、じっと見てきてどうした」
「え?! な、なんでもないよ!」
じぃっと見過ぎたようで、訝しげな視線を向けられた。
今更ながら異性の人の裸体を見ていた事が恥ずかしくなって、顔を反らす。頬や耳が羞恥で熱くなっていくのがよく分かった。
「ねぇ、アレ、IS……だよね……?」
「まぁ、そうとしか……」
「【打鉄】……じゃ、ないよね……教科書でもあの形状は見た事ないし」
「てゆーかアレ、真っ二つになってない……?」
「え……じゃあ、もしかして――」
ふと、少女達の目が少年に向いた。訝しむものが、恐れを内包し、嫌気を露わにしていく。
――人を殺したと、そう判断したのだ。
そこでラウラがしたと思わないのは、男性を見下しているからか、それとも見るからに戦った傷跡を残しているのが少年だからか。生身でISは下せないと、代表候補生が言うほどの認識をスルーしているのはなぜなのかが気になった。
「あんた――」
先頭に立つ少女が、何事かを叫ぼうと口を開いた。
「言っておくが、アレの中に人はいないぞ」
しかし、機先を制するように少年がそう言った事で、困惑が広がる。
私も同じだった。女子にだけ施されるISについての講義に於いて、ISは原則人が搭乗しなければ起動せず、従って無人機はあり得ない――と、それが常識であると学んだ。
「貴様……デタラメを言うにも程があるぞ。ISは人が乗らなければ絶対に動かないのだ」
そこで、それまで無言を保っていたドイツ人の少女・ラウラが話に入ってきた。呆れた素振りを一切隠していない態度だったが、和人はそれに気分を害した風もなく、彼女に視線を返す。
「ならその残骸から血は流れているか? 肉が、タンパク質が焼ける臭いはあるか?」
「……む」
彼の言葉を聞いたラウラは、眉根を寄せ、残骸に近寄った。
「……いや。流れている液体は、これはオイルだな……人が乗っていた痕跡はない……」
そして、彼の言を肯定した。残骸から上がる煙の臭いも――人が焼ける臭いなど当然嗅いだ事はないが――肉を焼いた時のものではない事くらいは分かった。
つまりアレは、本当に無人機だったのだ。
「そっか……だから、PoHが動かせてたのね……」
納得、と私は頷いた。
和人や織斑秋十であれば、発明者の篠ノ之束博士、最初の操縦者であろう織斑千冬の関係者だからまだ納得出来る。しかしヴァサゴは無関係の人間だ。血縁者以外の適正があると考えづらい現状、PoHが生身でISを動かす事には違和感しか無い。
しかし――無人機として、遠隔操作するとなれば話は別だ。
昨今の情勢で電波が届かない地域はかなり限局される。IS学園は通信機器の使用に少なからず制限が掛かるが、電波そのものは届くから、遠隔操作も問題なく行える理屈になる。
そしてそれらを同時に満たすツールは既にある。私達”SAO生還者”にとって因縁深いフルダイブ技術だ。おそらくヴァサゴはアミュスフィアで電脳空間にフルダイブし、あの機体からリアルタイムに送られてくる360°全体の空間内でアバターを動かす要領で、無人機を操作していたに違いない。戦闘に限局するなら必要な五感は視覚と聴覚の二つだけで、それらはハイパーセンサーで満たしている。
SAO時代に於いて、《ⅩⅢ》の存在からIS技術とフルダイブ技術の互換性について和人と団長は熱く議論を交わしていたが、これがその典型例となるのだろう。
どうやって起動したのかだけは未だ未知数だが……
――少年がぱん、と手を叩く。
無人ISという非常識的な存在をすぐには受け入れられず、困惑する面々が意識を引き戻された。
「
「
苛立たしげに眉根を寄せ、銀髪のドイツ人・ラウラを睨み付ける。
――珍しい事もあるものだ。
感情的になる事は決して多くない彼が、自分を怒鳴ったさっきに続き、また露わにした。演技ではなく本心からと分かったのは、【ビーター】時代の演技を見続けてきた賜物だ。
それほど、今の発言は彼の癇に障ったらしい。
無理もない。”守ると誓った人”をあわや喪いかけて、禁じ手を含めた全力を出す程に彼は本気で打ち込んでいたのに、それをマッチポンプと言われたようなもの。本気だったからこそ、その苛立ちはとても強いものになり得る。
その苛立ちを見て、予想が違うのではと避難者達も考えを改める様子が見え始める。それでも完全否定し切れないのは、対処した人物の少年があまりにイレギュラーで、型通りの思考が通用しないからだろう。
その光景に、和人が重く息を吐いた。
視線が集まる。
「どうあれ、そういう事は上の偉い人間がやる。今は避難して身の安全を確保する方が先決じゃないか?」
それは正論だった。
「だ、だけど、あんたが敵側じゃないとも限らないし……」
――正論であるが故に、人の反感も買いやすい。
「そ、それに、クロニクルさんはどこに行ったの? 監視員の人と別行動してる時点で、怪しいよ」
「その武器だって……日本刀なんて、この短時間の間にどこから持ってきたの」
「ホントは復讐のために動いてるんじゃ……」
疑心暗鬼が生まれていた。自分の安全を守りたい、敵がだれかハッキリさせたい――そういった不安の連鎖から生まれた疑心が、少年に向けられる。
――これが、和人君の障害。
彼が生きるにあたって超えなければならない不可視の障害。悪意ある風評、悪意なき疑心の光景。平穏な生を得るために戦っている彼が直面している理不尽な現実。
生きるために他者を助けているのに、助けた人から疑心と敵意を向けられる報われない実態。
現実の縮図たるSAOでもあった事。
彼は、その根幹すらも
いったいどうして、そんなにも彼を悪者にしたいのか、分からなかった。
まだこんなにも幼くて、だれよりも傷付いているというのに――――まだ彼を、傷付け足りないのか……
「――わかった、もういい」
固い声が耳朶を打った。
「俺の事が信用出来ないなら、そこのドイツ代表候補たるラウラ・ボーデヴィッヒの後を付いていけばいい。れっきとした国家に帰属している人間だ。それなら信用出来るだろう」
「それは、まぁ……」
それなら、と頷く者多数。
「……和人君だって、後ろ盾、あるのに……」
まだ表立って公表はされていないが、彼の身の上は世界中に広まっており、身柄も更識家、IS学園で預けられ、プライベートも含めてほぼ把握されているのが現状だ。その監視の目を掻い潜ってどう裏組織と連絡を取るというのか。
少し細かく調べれば、それくらいはすぐわかる事でしかない。
それもしないで数に頼って一方的に相手を責めるのは卑怯だと思った。彼は誠実に、正直に対応していたのに……
不満は大きかったが、ラウラが少女達を率いてシェルターまで動き出して、私も動かざるを得なくなった。流石にこれにまで遅れると、和人に掛ける迷惑が多くなり過ぎる。
しかし、離れる前に言っておきたいことがあった。
動き始めた集団から視線を外し、少年を見下ろす。視線に気付いて彼も見返してきた。
どうしたんだろう、と疑問が浮かんだ。
「和人く――きゃ?!」
名前を呼ぶ最中、横に引き倒された。尻もちをつく。
――一拍遅れて、木霊する号砲。
ばしゃっ、と湿っぽい音がした。
ぱたた、と頬に液体が掛かる。
「な、なに……が…………」
瞼を開けて、顔を上げる。そこにはさっきの焼き直しのように少年が立っていた。こちらを見下ろして、ほんの微かに口角を吊り上げている。
――イヤな予感がした。
その口の端から赤い筋が垂れている。顎下から落ちる雫も、やはり赤い。
そうして落ちる雫を目で追って、気付く。気付いてしまった。
彼の左腹部からボタボタと血が流れている。流れているそこは穴が開いていて、向こう側の空が見えてしまっている。
慣れない臭いが、鼻を突く――――
「あ……ぁ、ぁ……か、かず……かずと、くん……!」
外行きの服に、私の顔に掛かった液体は、彼の血だった。さっきまで私が居た場所を狙って撃ち込まれた弾丸から私を庇ったのだ。
歯の根が合わない。
動悸が激しくなる。耳のすぐ横で鳴っていると思うくらい、脈動が聞こえている。
素人の私が見てもわかるくらい、その傷は致命的だった。ショック死、失血死が普通にあり得るくらいの重傷だと直感で分かってしまった。
――確かに、自分が危険に晒される事が、彼が全力を出す口実になればと思った。
でも、でも……それはあくまで、私の考えに過ぎない。彼を死なせないためという思考が前提にあった。彼は違う。彼は、”みんな”が死ぬくらいなら、自分の身を犠牲にする事もよしとする人だった。
これはその齟齬が生み出した惨劇だ。
私が、私が早く逃げていれば、こんな事には……
「狙撃……しかも明日奈を狙うとは、腕もいい」
安堵の笑みで私の無事を認めた彼は、視線を上にあげた。私の背後の空。力なく、私も振り返って天を振り仰ぐ。
最初は何もないように見えたが、滲むように一つの物体が姿を見せた。
――そこには異形が居た。
やや細身な全身装甲のISだ。異形なのは背部から見えるもの。八本あるそれは先端に鋭い刃を備えた腕のようなもので、黒と黄色のまがまがしい配色はクモを思わせた。腕というよりは脚という表現が正しいかもしれない。
八本ある装甲脚の内、一本がこちらに突き付けられている。先端の刃が先割れて、内部から銃口が見えていた。アレで狙撃してきたらしい。
それも――私、を。
『チッ、外したか。カンが良いってーのも考えモンだなぁオイ。アイツをぶっ倒せる訳だ』
彼が全力で跳んでも届かないだろう程度の高度を保ったまま、敵機はスピーカーを通して声を発した。やや機械的ではあるが変声機の類は付いていないらしく、女性のものだと分かる。アレが有人か無人かまではまだ不明だが、敵である事は明白だった。
「アレは――アメリカの第二世代機【アラクネ】?! 貴様、援軍ではないのか!」
そう驚愕の声を発したのはラウラだった。彼女はあの機体がどんなものか知っているらしく、だから却って驚いているらしい。
アメリカと言えば、確か和人にいちばんに売り込みをしていた《グロージェン・ディフェンス・システムズ》をはじめ、IS学園に多数招待されていた企業の国籍である。そのアメリカ軍機が襲撃しているとなれば、アメリカによる侵害行為と取られてもおかしくないが……
『ああ? 状況見りゃ分かんだろーがよ、ガキが』
ラウラの疑問を口汚く扱き下ろした敵が、装甲脚を動かし、砲門をそこかしこに向けた。その先にはいずれも避難しようとする少女達がいる。動けば撃たれると思ったか、誰もかれもが足を止め、人によってはへたり込んでしまった。
『オイ、桐ヶ谷和人。交渉といこうぜ』
ハイパーセンサーでそれを確認したのか、顔を固定したままの敵機が唐突に交渉を持ち出してきた。
「なんだ」
『テメェにはウチに来てもらう。頷かなければここにいる連中全員を殺す。お前だけは生け捕りだ。選択は早い方がいいぜ、そのままだと失血死しちまうだろーからな』
「……そういうのは交渉じゃなくて脅しって言うんだよ……」
やや呆れたように苦笑を浮かべた彼は、ゆっくり目を閉じた。
次に目を開けた時、彼は離れた場所で怯え竦んでいる生徒達を見た。次に私を見る。それから天を仰ぎ見て――
「ふぅ――――……!」
深く長い息を吐いた。それはまるで、何か強い決心をしたかのような風情。
「和人君、まさか……」
まさか、私達を助けるためにその実を差し出すつもりか。
――それは、それはダメだ。
それではこれまでの努力が水の泡ではないか。そんなのは、ダメだ。イヤだ。
まるで駄々っ子のような思考。彼がしただろう決断を否定する事に忸怩たるものがあったが、それでも――認めてはならないと思った。
だが。
「
敵に了承を返すと思われた少年が口にしたのは、よく分からない単語の羅列だった。敵も首を傾げている。
『オイ、何を言ってやがる?』
「またおのおのに
『オイ、聞いてんのか?!』
敵の女性はえらく短気なのか、もう声を荒げ始めた。
いつ砲口が火を噴いてもおかしくない剣幕に、人質にされている少女達からの視線が彼に突き刺さる。
その視線を無視して、彼が動いた。右の黒刀を地面に突き立てる。左の白刀は、左に薙ぐ構えで額の前に構えた。その前腕を右手でがっしりと掴み、腰を落とす。
「――俺はいま、大砲を構えた」
『……ハァ?』
「数には劣る。距離も劣る。だが――威力だけは、こっちが上だ」
どう見ても、明らかに間合いの外の位置関係。たとえ彼がすさまじい跳躍力を発揮しても、高度二十メートルには届かない。それで勝負など土台無理な話。
だからISは強力であり、絶対的と言われている。
彼は今、それに真っ向から喧嘩を売っているのだ。火器が台頭してから後退せざるを得なかった刀剣を以て、現代兵器すら敵わないISに、勝負を仕掛けている。
人の命が懸かっている事だ。伊達や酔狂ではないと、私はよく知っている。
つまり、彼は。
『つまり、テメェは……俺の話には乗らないって事でいいんだな?』
「
覇気を伴った、強い否定。
私は、それが堪らなく嬉しかった。
『そうかよ……お前は、もっと賢いヤツかと思ってたがな。威勢だけじゃ現実はどうにもならねぇぜ。ここはゲームじゃないんだ。なのにどうやってこの距離でオレをぶっ飛ばすってんだ?』
呆れたように敵の女性が言う。
それは当然の疑問。当然の対応。
だけど――人の命を懸けてハッタリなんてしない彼なら、もしかすれば……
――――飛ぶ斬撃を見たことあるか?
横顔で、彼が不敵に笑った事が分かった。
「一刀流――」
『……オイ、テメェ、まさか――――?!』
事ここに至り、”まさか”と敵も思ったらしい。声音から焦り、不安を滲ませ、砲口をすべてこちらに向けた。直後マズルフラッシュが発生が起きる。
「
直後、幾つかの出来事が立て続けに起こった。
私と彼を避けるように周囲の地面が小さく爆発した。砲丸が埋まっていたことから、敵機が発射した砲弾だと察する。
続けて滞空したままだった敵機が、装甲の一部を空中で分離させ、背部のスラスターから煙を上げながら、錐揉み回転でぶっ飛んでいった。アレは一撃撃墜、ないし致命的損傷を受けたぶっ飛び方だ。シールドエネルギーは残っているだろうが、スラスターなど装備の方がダメになっている気がする。
「――聞こえてるかどうか知らないが。忠告、痛み入るよ。確かに現実は威勢だけじゃどうにもならない」
敵機が落ちた方を見ながら、彼が静かに言う。
「だが、それはあの世界も同じだった。同じ地獄だったんだ。他人のいいようにされ続けるほど、俺はもう、弱くない……!」
『――テメェェェエエエエエエエエエエッ!!!』
強い気迫を込めた言葉で締め括られた直後、敵が怒号を上げて復帰した。
『殺す、殺す殺す殺す殺す殺すッ! 舐めくさりやがってこのクソガキがァッ!!!』
背部から八本の装甲脚を展開し、残ったスラスターを吹かして突進してきた。それに応じるように彼も黒刀を抜き、二刀となって距離を詰める。
互いの距離が近づいた時、装甲脚が縦横無尽に振るわれた。先端の刃がフクザツな軌道を描く。
彼は二刀を以て捌き――――金属の装甲脚を、次から次へと輪切りにしていった。
『なっ……ンだよ、これはぁ?!』
「――火器は壊した! 全員、全力で逃げろ!」
全ての装甲脚をある程度破壊したところで、彼が叫んだ。
「【アラクネ】の強みは背部の装甲脚、それにリソースを割く分、
『てめ……まさか、最初からコレを狙ってやがったなぁ?!』
「今更気付いたところで、遅い――!」
驚愕と動揺で、敵の動きが鈍ったところを突き、背後を素早く取った彼はスラスターを斬り、破壊した。
「ハッハッハ! クロエが戻ってくるまでの間、存分に俺の時間稼ぎに付き合ってもらうぞ!!!」
『クッソがぁぁぁああああああああああああッ!!!』
背後から、少年の誇らしげな声と、女性の怒りの怒号が聞こえてくる。ガシャンガシャンとISの脚部装甲の足音に紛れ、アラクネの爪と彼の二刀が衝突したのだろう金属音も響いていた。
それを背に受けながら、私はひたすら他の面々と走り、シェルターに向かった。
今はとにかくあの場を離れ、そして助けを呼ぶ事が最善だと信じて。
――そう信じるしかなかった。
・【アラクネ】
第二世代機。
アメリカ製。背部から八本の装甲脚を展開し、多重攻撃で仕掛ける手数勝負の機体。黒と黄色のカラーリング。他に爪装備があり、装甲脚の先端は実弾射撃可能な砲口を備えている。
原作に於いては経緯不明で《亡国機業》に強奪されていた代物。
なお、登場してすぐ自爆離脱に使われ、以降はお蔵入りになった。
・桐ヶ谷和人
血反吐吐きながらも高笑いしている主人公。
疲労と失血でテンションがおかしくなっているが、頭は冴え渡っており、手負いながらISと真っ向から互角にやり合っている。
ちなみに最後の描写で爪と衝突している事から、手にしている二刀は模造であり、【黒椿】のものでない(【黒椿】のだと音も鳴らさず物質を分解する)事が判明している。
つまり装甲脚の斬鉄は素である。
二剛力斬を使える筋力で、力技で斬撃を飛ばした。いずれは斬鉄剣の使い手や元ソルジャーみたくビル斬りも出来るようになるかもしれない。
対空:煩悩鳳
対地:??
・結城明日奈
無力ヒロイン。
大企業社長の令嬢なのでステータスはかなり高いのだが、ヒロイン勢が求めてるのが殺伐な戦力なので意味がない。
でも和人は平穏な生活を求めている。
その平穏な未来を得ようと戦っている和人の手助けをできなくて苦しんでいる。
盛大なジレンマである(愉悦)
そろそろ心が病みそう()
・ラウラ・ボーデヴィッヒ
ドイツ代表候補生。
代表候補生という肩書だけで、実績持ちの和人より信頼を得た。後ろ盾とか身分がはっきりしているから――というよりは、先入観や不安での正常な判断能力の欠乏が正しい。
話に割り込んでくるまで、いったい何を思って和人を見ていたのか……()