インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは。

視点:クロエ、シノン、ラウラ

字数:約一万

 本作の国家代表は少佐、専用機持ち代表候補は中尉相当の地位ですが、現在ラウラは大尉(原作は少佐)です。ラウラに限っては正式な軍属としての階級を与えられている事になります(特殊部隊《シュヴァルツェア・ハーゼ》は正式なドイツ軍部隊の一つ)

 色々ゴチャゴチャしてきたんで簡単に戦国無双風の戦況報告をば。


・戦況
【学園北・モノレール乗り場周辺】各国警備 対 ???
【学園西・貨物港周辺】束 対 IS被害者男性陣(束勝利・IS起動可能に)
【学園東・部活棟周辺】無し
【学園南・避難シェルター周辺】クロエ、各国操縦者、来賓客《護衛対象》(避難中)
【学園中央部螺旋塔・校舎周辺】
【第一アリーナ内部】楯無 対 炎使い(拮抗)
【第一アリーナ外部】和人《護衛対象》対 アラクネ(和人瀕死・優勢)
【第二アリーナ】無し
【第三アリーナ】千冬 対 千冬似の少女(未戦闘)

 脱落者:無人機ゴーレム(ヴァサゴ)、男性陣

 生身でISをほぼ無傷で下し、瀕死ながらも戦闘続行中の和人の生命力と戦績が頭一つ飛び抜けてるぅ……()


 ではどうぞ。




覚悟 ~想いを力に変えて~

 

 

 二〇二五年六月二十二日、日曜日。午後十二時二十分。

 IS学園南、地下避難シェルター。

 

 

 周囲を警戒しながら人工島を南下し始めて十分近くが経過して、ようやく知らされていた地下シェルターの入り口を発見し、誘導していた来賓客やその護衛達を収容した後、私は(あるじ)にして、母代わりの人物・篠ノ之束から一報を受けた。

 曰く、『ISのジャミング発生器を破壊した』と。

 要はISを起動出来るようになったとの連絡。あの女性の事だから動いているとは思っていたが、適格な対応で流石だと思った。

 その後、ISが使えるようになった事を賓客の護衛――各国の代表、代表候補――に伝達し、やっと護衛として機能するようになったと判断した私は、《国際IS委員会》の長たる束の指示の下、事態解決に当たる事になった。この場合の《事態解決》は和人救出の事であり、謂わば方便に近い。無論裏の事情など知らない他国の者達がそうと気付く事は無かった。

 

 ――違和感を覚えたのは、その時だ。

 

 各国の護衛達に伝達した時に、覚えのある顔が数人居なかった。

 《完成形たる少女(ラウラ・ボーデヴィッヒ)》と結城兄妹が居ない。結城彰三・京子夫妻は二、三年の見学に向かっていたから居ないのは知っていた。しかしあの三人は避難誘導時には居たと記憶している。なのになぜ居ないのか。

 どこかに取り残されたか。

 あるいは、ISを使える敵方にステルス迷彩を使った伏兵が居て、誘拐されたか。

 ラウラもデザインベビーにして生まれつきの軍人とは言え、生身でISを相手に出来る訳ではない。そんなデタラメが出来るのは天災たる主、その親友たる世界最強、そして後天的に人体改造を施されている和人くらいなもの。遺伝子操作をされたとは言え、自然成長に大部分を任せている”私達(アドヴァンズト)”では分が悪い。だからこそ先天的な主たち二人は”異常”の枠に入るのだが……

 ともあれ、来た道を戻ろう。

 どのみち和人を救出しに向かうのだ。取り残されたのであれば道中で遭遇するし、他の操縦者も事態の解決に当たる指示を下されたようなので、結果的に誰かは敵機の破壊に動くはず。

 逸りそうになる気持ちを抑え、いの一番にシェルターから出撃。外に出てすぐ主に用意された【黒騎士】を展開してスラスターを吹かせる。

 ――だが、その進軍も数秒。

 道中で避難中の集団を見つけたからだった。その先頭を《完成形たる少女(ラウラ・ボーデヴィッヒ)》、後ろを一年生が二十人ほど、そして最後尾に結城兄妹が走っている。

 

「――――」

「ん?」

 

 空を飛んでいるこちらを、先頭を走る少女が仰ぎ見た。

 眼帯をしていない右の紅瞳が私を認めると、ISを使えるようになったと分かったのか、その体を漆黒の機体――――ドイツ第三世代試験機【シュヴァルツェア・レーゲン】が覆った。

 

『こちら、ドイツ特殊部隊《シュヴァルツェア・ハーゼ》所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉。応答願う』

 

 直後、オープン・チャンネルで通信が入る。無視する訳にもいかず――ここで無視すると敵機扱いされかねないため――制動を掛けて滞空を維持する。

 

『国際IS委員会所属、クロエ・クロニクルです。なんでしょう』

『後方で民間人がひとり、襲撃者を足止めしている、私はその援護に向かう。民間人の護衛を引き継いでもらいたい』

「えっ、ちょ……」

 

 言うが早いや、こちらの返事を聞かずにレーゲンは飛び立ち、反転して飛び去った。第一アリーナの方に向かっているため言葉通り援護に向かったのだろう。

 ――私、引き受けるとも言ってないんですが。

 何かに焦っているのだろう。あまりに性急なその行動は、とても褒められたものではない。ISの通信であるオープン・チャンネルや個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)は思考で生じた脳波を元に音声を合成し、相手に伝える過程を踏んでいるため、肉声ではないのだ。つまり彼女が誘導していた避難中の民間人はいきなりの事で状況を掴めないのである。

 自分たちを守る存在だった代表候補操縦者がいきなり飛び立って、不安と困惑を露わに足を止めた避難者達がその証拠。

 自然(じねん)、避難者達の眼はこちらを向く。センサー越しに見える顔に安堵が見えるのは、私が避難誘導係として山田教諭から伝えられているからか、ただ無条件に味方と信じ込んだからか。

 どちらにせよ、放っておく訳にもいかない。あの中には和人にとって大切な存在足り得る人物もいるのだ。

 

「どうか、無事でいてください……!」

 

 不安は残るが、援護をしに行ったのなら彼はきっと無事だろうと自分を納得させて、私は避難者の下へと降り立った。

 

      ***

 

「リーファ、気持ちは分からなくもないが少し落ち着け。焦ったところで私達に出来る事は無いんだぞ」

「言われなくても分かってるわよ」

 

 深緑色の長髪を垂れさせ、若草色の袴を纏うサクヤの窘める声に、薄くグリーンがかった金色のポニーテールを背中で揺らしながらリーファが応じた。表情は憮然としていて、揺れる金髪も不満、不機嫌を表すかのように小刻みに揺れている。

 そんな彼女に対し、余裕げな面持ちのウンディーネ・スメラギが腕を組みながら口を開いた。

 

「キリトの対応力はかなりのものだ。身の危険が迫っても、ヤツなら適切に対応するだろう。それは貴様がよく知っている筈だが?」

 

 彼の先見の明をイヤというほど知っている青年の言葉に、リーファの表情が猶更不機嫌なものになった。

 

「……あの子が自分だけ先に逃げるビジョンが浮かばないんですよ」

 

 低い声でぼそりと呟かれたそれに、あー……と何人も声を上げる。デスゲーム時代はもちろん、直近だと女権団襲撃事件の時も彼は更識簪の身柄確保を優先させ、自身を後回しにしていた。それを知っている身からすれば、彼女が言うビジョンは鮮明に浮かんでしまう。

 そしてそれは、おそらく彼と親しいほどに克明に浮かぶ幻。

 サクヤやスメラギは彼との付き合いが浅い。冷静な判断を下す傑物――という認識だけなら、自分の身の安全を優先するよう動くと考えるのも無理はなかった。

 

 だが、それは違うのだと、ここ一年の付き合いで私は理解している。

 

 彼が自己犠牲精神の塊である事はよく思い知っている。外周部で身代わりに落ちた事実は私を打ちのめすに十分だったし、《桐ヶ谷和人》という少年に対するイメージはそれで固まってしまっている。義姉たる直葉に粛清されこそすれ、その根幹はあまり変わってないのだ。

 たとえ自身が生きる事を優先しているとしても、彼は他者を見捨てない。

 否、見捨てられない。自身に殺意を持つ相手すらも時に救う事をよしとするのが彼だ。全体の事情を鑑みて見限る――つまり、殺す事こそあれ、自発的に個人の感情一つで見捨てる事を彼はまずしない。出来ることがあるなら全力で打ち込んで、その上でダメなら反省し、背負い込んだ上で受け止める。

 『自身の生』を念頭に置いた事で多少の線引きは出来たと言える。でもそれは、イコール『自分かわいさに他人を見限る』になった訳ではない。

 ――何事にも全力で打ち込むのが、彼なのだ。

 死ななければ安いと、彼ならきっとそう言う。そうでなければ《クラウド・ブレイン事変》の時も四日四晩ダイブし続ける無茶はしなかった。

 大けがをして死に瀕するとしても、死なない可能性があるのなら。

 他者が少しでも生きる可能性を見出したなら。

 彼はそれに全力で打ち込むだろう。

 

 ――彼は、痛みを、苦しみを知っている人だ。

 

 ――《敵》でない人間を前に、人を助けない選択はない。

 

 見て見ぬふりなんて出来るとは思えない。嘗て、彼自身がそうやって見て見ぬふりをされ、助けてもらえず、見捨てられたのだから。

 

「――皆さん、報告です! 手掛かりが見つかりました!」

 

 ふと、宙に光を伴って出現しながら、小妖精・ユイが声を上げた。

 襲撃があってから、ただ祈るばかりしていたわけではない。

 中継テレビをALO央都アルンのリーファ邸宅で見ていた私達は、襲撃により中継が切断されてからすぐに情報収集に奔走していた。もちろん現在進行形の事態だからどこも混乱している。それでもなにか手掛かりがあればと躍起になっていた。

 とはいえ――皆さんでは冷静に動けないでしょう、とやんわりとAI三姉弟に窘められて、動いていたのは実質その三人だけなのだが。

 その報告待ちをしていて、ソワソワしていたという事だ。

 しかし今、事態は進展したらしい。ここに集まっている面子――リーファ、ユウキ、ラン、サチ、シリカ、リズベット、アルゴ、フィリア、レイン、レコン、スメラギ、サクヤ、アリシャ・ルー、ケイタ、テツオ、ダッカー、ササマル、そして私――の視線が、ユイと追って現れたストレア、キリカ達に集中する。

 三人は言葉の代わりにそれぞれがメニューを操作し、合計四枚のホログラムを壁に映し出した。

 そのいずれもが動画。うち三枚は、IS学園の一年、二年、三年の試合風景を移すべく動画投稿サイトの公式ニュースアカウントがライブ配信中のものだった。二年のアリーナは静かなものだが、一年アリーナは楯無と炎使いの襲撃者が拮抗した戦いを繰り広げており、反面三年アリーナではブリュンヒルデと、ブリュンヒルデによく似た姿の少女が対話する光景が映されている。

 残る一枚の動画は、SNSの動画配信を利用したもののようだった。これもリアルタイムのようで、携帯端末だからか手ブレなどの振動、雑音が激しい。

 

「アリーナ三つの方は動画サイトから拾ってきたニュースアカウントのものです。最後の一つは、IS学園の生徒と思われるSNSライブ配信動画です」

「リアルタイムで把握できるものとしてはいいかなーって。ちなみにアタシが見つけたんだよ!」

「他は事件中で混乱してるからか有力な情報は見当たらなかった。情報規制もまだだと思うから、これで全部のはず」

 

 三姉弟が続けてそう言った。

 ちなみにセブンのチャンネルも候補に挙がっていたそうだが、事態を中継している訳ではないため除外したとのことだった。

 ――実質三つの動画を見た各々の反応は、正に十人十色と言えた。

 第三アリーナで睨み合いつつ対話を続けているブリュンヒルデを鋭く見る者もいれば、第一アリーナの激闘をハラハラと見守る者、いま一番変化がありそうなSNSライブ配信に期待を寄せる者もいる。

 私はSNS動画に集中していた。

 程なく、事態が動く。動画を撮っているのだろう学生が、緑髪の教諭・山田麻耶に救出され、その足で避難経路を走っていくのだ。ともすれば和人が避難しているところも映るかもしれないという期待があった。

 揺れる画面が廊下を、続けて出入り口を映した。

 

 ――そこで、人々の足が止まる。

 

 理由は、疑問に思うこともないほどに歴然としていた。

 アリーナを出て少し離れたところに黒い甲冑のような物体が、左右に両断される形で残骸になっていたからだ。それがISだと見てすぐに察せた。

 

 だが、それだけではない。

 

『がああああああああっ! いい加減落ちやがれクソガキがァッ!!!』

 

 やや反響した女の怒声。

 

 それに応じる、小さな影が在った。血染めの白髪をなびかせて、黒と白一対の日本刀を握った少年だ。黒と黄色の禍々しい色合いのISを前に一歩も引くことなく立ちはだかっている。

 ――思った通りだった。

 彼は。桐ヶ谷和人は、やっぱり先に逃げていなかったのだ。

 私達と、映像を撮っている避難者たる生徒達が見守る中で、両者が距離を詰めた。

 襲撃者である全身鎧染みたISが鋭い鋼鉄の爪を振り下ろす。対する少年は二刀を平行に並べ、左斜め上に大振りに振るった。爪と二刀が真っ向から衝突し――二刀が、振りぬかれる。

 その延長線上にあった木の枝を含めて、一直線に線が走り、切断された。

 枝だけではない。衝突した筈の鋼鉄の爪すらも斬り飛ばされていた。

 

「な――」

 

 愕然と、誰かが声を漏らした。

 

「……斬鉄に、飛ぶ斬撃……」

 

 信じられない、と言いたげな声音でリーファが言う。

 

『チィッ……デタラメ過ぎんだろォが! 特殊合金製だぞISの装甲はァ! それをさっきからトーフを斬るみてェにスパスパとよォ!』

 

 右手の爪を破壊された事に動揺した襲撃者が距離を取り、悪罵を吐く。左腹から血を流す少年は気にした風もなく白刀を肩に担いだ。

 映される背は泰然としている。

 その肩が、愉快気に揺れた――――気がした。

 

『生憎と、俺はISと生身で対峙する事を前提に生きている。なら金属を斬れないと話にならないだろう?』

『出来てたまるかンな事!』

『――それは、出来なかったら今日死んでただろう俺のセリフだよ』

 

 取り乱した風もなく、気負った風でもなく、ただあるがままを告げるように少年の言葉は軽かった。

 ――軽いからこそ、却って重みを感じる。

 それを感じたわけではないだろうが、生徒達も足を止め、一様に両者の欧州に目を奪われているようだった。しかし少年が肩越しにこちらを見咎める。

 

『ともあれ、俺もこの傷だ。限界まで体を酷使してもそう保たせそうにない。早めに避難してもらえると有難いな』

 

 少し皮肉げに笑いながら、少年の視線が下がる。左腹から流れる血の原因を見たのだろう。

 そこからは今もだくだくと赤い液体が流れている。半裸の白い肌を、黒いズボンを流れ、緑の芝生の至るところに血飛沫(しぶき)を散らしていた。拳大近い穴が開いている状態であれだけ動けば大量出血も当然である。いつ失血死してもおかしくない。

 

『余所見たァ余裕だなオイ?!』

 

 後ろを向いた隙を突くように、ISが距離を詰めた。左手の爪を振りかぶる。

 少年が正面を向く。同時に彼の両腕――特に上腕――の筋肉が異常なほどに膨張し、直後二刀を振るった。真っ向からまた衝突する。

 今度は二刀を振りぬかれていない。だがそれは、爪を斬り裂いていないという意味であり、競り合いに負けた訳ではなかった。勝負はおかしい事に拮抗している。全力で踏ん張っているのは分かるが、そもそも重機以上のパワーを誇るISと勝負が成り立っている時点で人間業ではない。

 ――左腹の穴から、血が噴き出た。

 ひっ、と生徒達の間から怯える声が上がる。無理もない。私達の年頃で血を見るといっても、あそこまで大量というのは極めて稀な筈だ。

 

『おらァッ!』

 

 その出血が仇となったか。ほぼ間を置かず、ISの腕が降り抜かれた。二刀は弾かれ、少年が吹っ飛ぶ。生徒達の短い悲鳴が上がった。

 カメラがブレて、壁の方を映し出す。

 和人は壁に叩き付けられていた。白のカンバスに赤い絵の具をぶっ掛けたように血が広がっていて、それを見た生徒達がまた小さく悲鳴を漏らす。

 

『……儘ならないな、まったく』

 

 当の本人は未だ戦意の衰えない顔で眼前の敵を見据えていた。

 とは言え既に体は限界を迎えているようで、壁に力なく凭れ掛かって立っているのがやっとに見えた。意地なのか二刀はまだ握ったままだがもう満足に振れるとも思えない。

 

 その少年の顔が、僅かに逸れた。

 

 方向は、彼から見て左側の空。カメラがそれに追従する。

 ――空には、ISが二つ滞空していた。

 金色のカラーリングがされたISと、黒を基調とした【打鉄】のようなISだ。それぞれ第一アリーナで楯無と、第三アリーナでブリュンヒルデと対峙していた襲撃者である。

 アリーナの動画は、いつの間にかもぬけの殻になっていた。

 

『随分手古摺ってるようね、オー』

『エス!』

 

 和人と戦っていた襲撃者”オー”がやや喜色を表して金色ISの事を”エス”と呼称する。本名のイニシャルか、あるいはコードネームのイニシャルか。

 

『すまねぇ、まさか装甲をぶった斬れるとは思わなくてよ。コイツ冗談抜きでやべェぞ』

『……オーがそこまでしてやられるって事は、そのようね』

 

 オーの言い分に、どこか同情的な色を滲ませながらエスが応じた。

 気持ちは分からなくもなかった。仮想世界でならいざ知らず、まさか現実世界で『砕く』を通り越して『斬る』を金属相手にやってのけるなど、事前に想定しておくレベルではない。ブリュンヒルデがした事があれば”あるいは”と考慮に上るかもだが、現時点で彼に対して抱く危機感としては扱われなかっただろう。

 

『逃がさないわよ、『()()()()』!』

『待て、マドカ!』

 

 そこで空から新たにISが二機現れる。【海神の淑女】と【暮桜】――楯無と千冬だった。それぞれが対峙していた相手が飛び去ったから、それを追いかけてきたようだ。彼女らの発言から推察するにどうやらエスがスコール、残る少女がマドカという名前らしい。

 

桐ヶ谷和人(オリムライチカ)!』

 

 さらに、無骨な黒い機体を纏った銀髪の眼帯少女が駆けつけた。クロエという少女に似ているが、眼帯や瞳の色、更には以前見た機体と形状が違うから別人だろう。

 彼女らが現れたところで、マドカという黒い【打鉄】を纏う少女が二人の前に立ちはだかるよう移動した。

 

『止まりなさい、生徒の命が惜しいならね』

 

 そしてスコールは、(サソリ)を思わせる尾の先を生徒達に向けた。

 狙いを定められたのが庇護するべき者達と知って、楯無達が揃って顔を歪め、その場に滞空する。千冬は遠距離兵装を持っておらず、楯無はアクア・ナノマシンによる爆発を使えるがスコールに対しほぼ効果が出ず、拮抗した勝負になっていたから動けないのだろう。眼帯少女は大砲のような砲門が見えるが、アレから砲弾が発射されるよりもスコールが行動する方が速そうだ。

 その二人の様子を見て満足げに頷いたスコールが、続いて和人に目を向ける。

 

『まさかヴィーをこんな短時間で、しかもあなたが倒すとは全くの想定外だったわ、桐ヶ谷和人』

『そいつはどうも……で、アンタも《交渉》という名の脅迫か?』

『ええ。その方が、分かりやすいでしょう?』

 

 バイザーで隠されていない口元が、緩い弧を描く。

 

『あなたが私達の下に来れば私達は速やかに身を引くわ。けれど断れば、頷くまで学園にいるあらゆる人を殺していく。その子達の命を生かすも殺すもあなたの決断次第という事よ』

『――()せないな。ヤツも、そこのオーとやらも、そしてアンタも、この状況ですら俺を何故引き抜こうとする? 何に対してそこまで価値を見出している?』

『あら、素質ある若者のスカウトは世の常よ? 生身で、しかもあの対IS前提の武器もなしに圧倒なんて、他にない価値じゃない』

『それはいまこの場で知った価値だろう。ヤツが最初に言ってきた時点で、それ以外の何かを見てる筈だ。それはいったい――』

『ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと決めやがれ!』

 

 和人の情報収集と時間稼ぎが、オーによって切り上げられる。これ以上は危険と判断したらしい彼の表情が僅かに歪んだ。

 ――ゆっくりと、和人の背が壁から離れる。

 重体を押して二本の足で立った少年が、生徒達を見た。撮影している携帯端末のマイクが彼女らの不安げな音を拾う。

 

『い、いや、死にたくない……』

 

『おねがい……』

 

 

 

『たすけて』

 

 

 

『――儘ならないな、まったく』

 

 少年が、苦笑を滲ませ、瞑目した。さっきも口にしていた言葉は――けれど、さっきよりも耳に残る韻律だった。

 少年が上空のスコールを見上げる。

 

「……違うよね、和人……?」

 

 か細い()()を発したのが自分だと気付くのに数瞬の時を要した。

 彼なら他者の命を救うために自分を犠牲にする事も厭わない筈だ。SAOの三つの試練を受けた理由は、彼が守ると誓った人たちを救うためだった。いまあの場にはいないが――でも、昨日今日と明日奈が学園に行っている。

 『自身が断れば明日奈を危険に晒す』と考えたなら、あるいは……

 

『答えは、ノーだ』

 

 ――その危惧は、すぐに否定された。

 ほっと分かりやすいくらい安堵の息がそこかしこから漏れる。現場にいる生徒達は希望を、私達は安心の息。未だ事態は変わらずで、既に致命傷でもあるが――――

 

 決定打でない(巻き返せる)なら、希望を持てる。

 

『テメッ……状況分かってんのかァ?!』

『ああ、分かっているよ。俺が応じても生徒達が安全とは限らない事。加えて、明確に世界全体に仇成すという事。そして……頷けば最後、俺が望む未来が叶わなくなる事も』

『――――』

 

 僅かに、マドカと呼ばれた少女が振り返った。

 

『知らないようならいま一度、ここに宣言しよう』

 

 それに頓着した風もなく、彼は堂々と胸を張った。華奢ながらしっかり鍛えられていると分かる肉体が晒される。血に濡れた肌も、また。

 

『俺はただ、”みんな”と幸せに生きたい。そのために、剣を()って、人を守っている。それがひいては”みんな”を、俺を生かす術になるからだ――――それだけが、俺の生きる意味なんだ』

 

 屹然と、彼は天を振り仰ぐ。それは天に叛逆するが如き佇まい。

 もう戦えるほどの力はない筈なのに。

 敵の戦力を前に、持ち堪える事も出来ない筈なのに。

 

 彼の言葉は、とても重かった。

 

『――俺自身が幸福にならなくてもいい。土台、それが俺の()()と両立しない事は理解している』

 

 ――それは、ホロウとの戦いで彼が口にした言葉。

 彼なりの覚悟の顕れ。それほど重く捉えているという、認識の証左。あの少年がどんな人間性かを端的に表した発言。

 

『それでも俺は剣を執る。大恩ある人達が享受すべき幸福に、一片の翳りも見せたくないからだ。俺が死ぬ事も、俺が生きるために、”みんな”を守るために誰かを犠牲にする()()も、俺は許容出来ない。しちゃいけない』

『そう……子供ね』

 

 彼の覚悟の声を、スコールは哀れみで応えた。

 ――間髪入れず、尾の先から炎の弾が発射される。

 無慈悲に、現実を教えるかのような前兆の無い攻撃。殺戮の炎がカメラに、生徒達に迫る。水の壁が形成されるも全て一瞬で蒸発するほどの熱量が迫っていた。

 少女達の悲鳴が木霊する。

 

 画面(しかい)が真っ赤に――――

 

      ***

 

 ――もう間に合わない。

 

 そう判断するしかないタイミングの攻撃だった。金色のIS【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)】から放たれた炎の着弾までに、間に割り込める味方はいなかった。桐ヶ谷和人(オリムライチカ)の言葉に意識を取られた隙を突く完璧な不意打ちだった。

 そうと理解した直後、私は怯え竦む生徒を()()()()

 どれだけ急ごうと助ける事は出来ない。全身大やけどで生き残っていれば御の字で、ほぼ確実にあの一撃で少年もろとも絶命する事は容易に想像できた。

 なら、()()()()()()()を出さないよう、速やかに敵を倒す方に集中した方が合理的。

 犠牲が出た事は反省すべき点だが、人質に取られていた上に、あの少年がそう決断した以上仕方のない事だ――と、そう結論を出した私は、肩を覆うレールカノンの砲門をスコールへ向けた。

 

 

 

 ――――音が消えた。

 

 

 

「……なに……?」

 

 それは、誰の声だったか。困惑に染まり切った密やかなそれがよく通る程に辺りは静かだった。

 空気を灼く音も、燃え広がる劫火の音も、人を焦がす音も――悶え苦しむ絶叫すらも、聞こえない。耳朶を打つ音はただ風のそよぐ音と何十人もの息遣いだけだ。

 

 そして、聞こえた。

 

 

 

「本当は、墓の下まで持って行くつもりだった」

 

 

 

 少年の声だ。

 瀕死に震えているが、しかし芯の通った強い声が大気を震わせ、この場に集う数十人へと届けている。腹に力を込めている訳ではないのに届いてしまっている。

 いや、ハイパーセンサーがあるから、届くのは当然だ。

 だが――耳に、意識に残る”それ”は、いったいなんだ。

 

 

 

「疎ましいものだ。コレのせいで全てが狂った。コレだけのせいで、ずっと苦しめられてきた」

 

 

 

 誰もが、彼に目を向ける。

 ――白髪の少年は、瞑目していた。

 微かな苦笑を湛えている。腹から、口の端から血を流していながら、その佇まいは強者のそれだ。

 

 

 

「そしてまたコレのせいで全てが狂う。何を言われるか、これから俺がどうなるかも分からない。俺のせいで近しい人間がどんな被害を被るか考えただけで頭に血が上る」

 

 

 

 そして。

 その目が、開かれた。

 黒の目玉に、金の瞳。湛える笑みが邪悪なものに見えるその眼は、ただまっすぐに、天と地に在る敵を見据える。

 

 

 

「だけど、まぁ……助けを求める声を無視するよりは、遥かにマシだろうな」

 

 

 

 ふっ、と。

 少年が笑みを深くした。

 

 ――教官(憧れの人)と、重なって見える。

 

 風が起きた。

 黒と赤、白と青の光が発生する。発生源はあの少年。彼の晒された胸のあたりから噴き出る四色の奔流が強くなると、少年の胸に黒い球体が現れる。

 それは、《クラウド・ブレイン事変》の後で公開された、少年とホロウとが兄を前に決別した時の戦いで見たものだった。あの時も半裸になった少年の胸には確かにあの黒い球体があった。今まではなかったが――おそらく、見えないよう肌色のテープか何かで隠していたのだろう。

 そしてあの球体を、私たちは見た事がある。

 IS関係者であれば無い方がおかしい。アレは……

 

 

 

「貴様ら全員、覚悟しろ。加減なしの――――」

 

 

 

 ――光と闇が収束する。

 学生服らしきズボンから黒のロングコートに切り替わる。

 首筋などから見える肌は雪の如き白さを得る。同色の仮面が顔を覆う中、見える黒目金瞳は冷徹さを感じさせる。仮面の口元は獣を思わせる暴力的な歯がズラリと並ぶ。

 禍々しい姿だ、と思った。

 ――そう思考を終えた瞬間、少年は金のISの眼前に立っていた。

 黒い刀を大きく振りかぶっている。刀身からは、黒一色の靄が立ち上っていた。

 

 

 

全力だ

 

 

 

 闇が、()を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――願うか……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識のどこかで、なにかがざわめいた。

 

 







・桐ヶ谷和人
 主人公。
 『たすけて』の声を、どうあっても無視出来ない難儀なトラウマ持ち。打てる手があるなら自分が死なない程度までの犠牲を払ってでも助けようと全力を出す。
 ひいてはそれが名声や評価に繋がるから――と、助けなかった場合の事も考えて行動しているが。
 打算よりも前に、心情が決断を下しているのが丸わかり。

 和人は必ずしも善を為すわけではない、必要であれば悪も為す偽善者である。それで救われる人が居るのならどれだけ傷付こうとも満足する。
 死ななければ安いのだ。
 座右の銘は『やらない偽善よりやる偽善』

 ちなみに撮影されている事には気付いてない(爆)



・ラウラ・ボーデヴィッヒ
 かつて《出来損ない》の烙印を押された者。
 かつて《世界最強》に救われた者。
 自身を救った強者に、その強さに惹かれ、強く憬れた者。

 ――”ラウラ”が憬れているのは、《織斑千冬》ではない。

 『憬れた強さを持つ者』が、たまたま《織斑千冬》だっただけの事。その憬れを否定されたくないがために強く力を肯定する。
 力を肯定するために、無力を否定する。

 ――自分が、無力な人間を見捨て、ひいては自身の強さを否定する矛盾に気付かない。

 それでも憬れはそこにある。
 憬れたがために、ラウラは《織斑千冬》を目指している。強さを得れば至れると信じている。

 ――”ラウラ”は知らない。

 同等の力を得ても、心までは同じにならない事を。
 ”ラウラ”には、致命的なまでに”過去(人間関係)”が欠如している事を……

 座右の銘は『力は正義、無力は罪』



・謎の声
『汝、自らの変革を、より強い力を欲するか……?』
 憬れエネルギー(想いを力に)、OverCharge!!
 |д゚)<ステンバーイ、ステンバーイ……



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