インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
何のために
そんなお話。
――なんだ、これは。
――なんだ、アレは。
――――ヤツは、いったいなんだ?
驚愕と困惑が思考を占拠する。絶え間なく疑問が浮かんでは、解消されることなく蓄積していく。
だからこそ、困惑する。
ISは、女にしか扱えない欠陥品だ。
《兵器》という側面で運用する以上、誰にでも扱える汎用力は必須事項であり、その点で欠陥を抱えるISは決して優れたものとは言えない。だがその力が絶大なものである事は確かである。
故にこそ、その発祥の地と言える日本では特に女尊男卑風潮が流行したという。それに虐げられた男達、女も少なくなく、その風潮を疎んじた事で下火になったとも聞いていた。その裏でISや女に復讐するべく聞くも悍ましい非人道的な実験が行われているだろう事も、私は自身の出自からなんとはなしに予想していた。
だが、それらの実験が確かな意味で実を結んでいるとは、考えていなかった。
男性もISを扱えるようにと、非道な実験を行っていた研究所も表沙汰にならないよう秘密裏に処理された事は幾度かあった。その内容を見た事もある。
ISのコアを直接人体に埋め込む。
それはまるで《
――その”狂気”がいま、目の前にいる。
あの胸に埋め込まれている黒い球体。
間違いなく、アレはISの機体に積まれるコアそのもの。『コア本体を埋め込まれた者は例外なく死亡した』と聞いていたから正直信じ難いが、生身の人間が空を飛び、一瞬で移動し、黒色の光線を放つなど出来る筈がない。それ用の道具と言うのも無理がある。
だからいま、あの少年の胸にある黒い球がコアで、纏っているのがISだと結論付けた。
――理由は他にもある。
それは目だ。元の色は黒だったというのに、オリムライチカは赤に、金にと瞳の色を度々、それもリアルタイムで変えている。挙句の果てに白目の部分を黒く染めてまでいた。
黒目はともかく、赤目と金目の変化に関しては、正しく《越界の瞳》の特徴そのもの。
そして疑似ハイパーセンサーと言える《越界の瞳》の移植目的は、ISとの適合性向上である。つまりISを扱う者でなければそもそも移植する理由が無い。世間一般では視力矯正だとか、医療方面の研究として捉えられているが、それはあくまで隠れ蓑でしかない。本命を知られれば『非人道的だ』と避難され、禁止されるからだ。結局尤もらしい理由で禁止されたので意味はなくなったが。
女子であればともかく、男子がそれをする理由はほぼ限られる。
そしてオリムライチカの場合、『何時』それをされたのかも――
――なんなんだ、ヤツは。
――――本当に《出来損ない》なのか……ッ?!
少なくとも《越界の瞳》を移植され、コアを埋め込まれたのは、《第二回モンド・グロッソ》で誘拐されてから桐ヶ谷家に拾われるまでの間しか考えられない。つまりSAO以前という事になるが――あのデスゲーム放映では黒目黒髪だった事を考えれば、ヤツはあの目には適合していたという答えが出る。それどころか、被験者の
オリムライチカは、ほとんどの人間が耐えられず、あるいは適合しなかったコトを最低二つは乗り越えている。いや、デスゲームと後の《事変》の事を考えればもっと多いだろう。
――ヤツが、私より下
戦いの為だけに生み出され、鍛えられ、十四年を生きた私よりも、一般の生まれながらたった三年で自分を追い越した? 自分が適合出来なかった《越界の瞳》にも、本来人体に適合する筈がないコアにも適合して?
そんなヤツが――そんなヤツですら、《出来損ない》?
戦う事を求められず、安穏と生きる一般人が、同等の価値を求められていたというのか?
――それでは、
生まれながらに、戦う事だけを求められた。
生きている限り、良好な戦果だけを必要とされた。
――死なない限り、優秀でなければならなかった。
そのためには、『力』が不可欠だった。必須だった。それを得るためならあらゆる手段を講じ、己を高めなければ、生きる事すら出来ない苦境に
それを不幸と思ったことはない。
他者を見て、ズルいと羨んだ事も――少なくとも私は――ない。
だが、辛くなかったと言えば、嘘になる。
そんなときに私は出会ったのだ。
幸福とも、希望とも、救いとも言える、鮮烈な輝きに。
『最近の成績は振るわないようだが、なに、心配するな』
たった一ヵ月、殊更特別な訓練をした訳でもないのに、私は最底辺から頂点へと返り咲けた。それは紛れもなく教官の功績であり、私にとっての大恩だ。
そうして最強たる彼女に惹かれた。
故に――私は、教官に憬れた。
国籍も、立場も違えど、IS操縦者という点は同じである。一操縦者として最強たる彼女を尊敬し、憬れるのは不思議ではなかった。
その中でも、私は直接彼女に救われた。
ならば私は彼女に
だが――――いまは、どうだ。
私は、生徒を見捨てた。もう間に合わないと見限った。私に打てる手はなかった。
しかし、オリムライチカは見捨てなかった。諦めなかった。『男がISを使える』という事実でどうなるか分からないというのに、それを理解しているというのに――ヤツはただ、関係ない人間を助けるためだけに禁じ手だっただろうISを使ってまで、襲撃者を撃退し始めた。
なぜ、動けなかった?
人質を取られていたからか。それも間違ってはいない、私の専用機【シュヴァルツェア・レーゲン】には非物質の炎を防ぐ術が無い。
意思決定がオリムライチカにあったからか。それも間違ってはいない。教官が止まっていたから、それに合わせた方がいいという思考もあった。
でも、実際はどれも違う。
『力』が無かったからだ。
現状を打破する『力』があれば、違ったはずだ。炎を遮断する兵装が、一瞬で距離を詰めるスピード、一撃で敵を墜とすパワーがあれば、自分一人が動いてもどうにかなった筈だ。
オリムライチカは、それらを持っている。
だから動けた。
――重なる。
どうしようもなく、憬れの人と重なる。
彼女には、力があった。最強の操縦者としての力があった。だから私を救えた。
それと同じだ。
同じなのだ。
それはつまり、彼女に
――認められない。
強く、強く思考する。
私と彼女の間に血縁関係はない。肉親であるヤツの方が、よっぽど彼女に近い位置にいる。だがヤツはその関係を自ら疎んじ、名を戻そうとしていない。
ならば直接薫陶を賜った私の方が、同じ《出来損ない》だとしてもより近く、より上に立っているに決まっている。
上でなければならないのだ。
――力が欲しい。
胸の裡の奥底で、ドクンと深くざわめく激情。
『――願うか……?』
直後、意識のどこかで、なにかがざわめいた。判然としない思念が声なき声を脳裏に響かせてくる。
『汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』
ざわりと、心臓を掴まれるかのような感覚が襲ってくる。不可視の存在が私を視ているのだと直感した。
――無論だ。
それに、私もまた、声なき声で応じた。
――私は証明しなければならない。
――強さを得て、教官の威光を汚してはならないのだ。
――『力』を得られるのならそれを拒む理由はない。
――よこせ。
――私が唯一無二の、比類なき最強へ至るための『力』を――――よこせッ!!!
Damage Level:A.
Mind Condiction:Uplift.
Certification:Clear.
Incarnaition:Brunhild
【Valkyrie Trace System】:boot.