インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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視点:オーさん、楯無

字数:約九千

 ではどうぞ。




快進 ~快刀乱麻を断つ~

 

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 闇と光、相反する二色の奔流をその身に収束させ、全身を覆うフード付きの黒コートを纏った和人は、たった一度まばたきする間に数十メートルの距離を詰めていた。

 そして、黒刀が振るわれる。

 大気を震わせる壮絶な轟音が肌と耳朶を打つ。漆黒の刀身を覆っていた黒い靄が鋭利に、放射状に放出された。青空が闇で引き裂かれ、真昼の明るさが黒く浸食される。

 

 ――闇の極光。

 

 表現するとすれば、それが最も適格と言える光景だった。

 

「スコール――――ッ!!!」

 

 青いカンバスを鋭利に引き裂く闇から、()()()女――《モノクローム・アバター》のリーダーであるスコール・ミューゼルが落下するのが見え、咄嗟に名前を叫ぶ。落下地点を予測し、PICで辛うじて動作制御が可能なアラクネを懸命に動かす。

 ――だが。

 

「余所見とは余裕だな」

 

 一歩目を踏み出したところで、眼前に『虚無』が現れた。

 黒の外套。

 白の仮面に白の肌。

 左右の手に握られた黒と白一対の長刀。

 どこか虚ろとも思える色合いを纏うガキが、ほんの一瞬で距離を詰めてきていた。ついさっきまで数十メートル離れた空にいたというのにだ。

 

「な、ん――――ッ?!」

 

 理屈で考えれば、ヤツの行動は理に適ったものである。襲撃者の頭目と思しき相手を一撃で落とし、次に厄介と判断したこちらを狙った。機動力を考えればエムを狙うだろうが、そちらはブリュンヒルデが対峙している以上、危険度でこちらを優先したのだと察せられる。

 だからこれは、確かに自分の油断が招いた展開なのだろう。

 だが、だが――――!

 

「――聞いてねぇぞこんなのぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!」

 

 喉を震わせた直後、全てが闇に染まった。

 

      ***

 

 炎を操るISを駆っていた襲撃者が墜ちて間を置かず、二度目の闇が世界を照らした。アラクネを駆っていた襲撃者が咆哮しながらそれに呑まれる。

 闇が晴れ、世界に光が戻った時、大地には二人の女性が横たわっていた。

 スコールとの戦いでは拮抗が続いて押し切れなかった事と比べると、あまりにあっけない決着に得も言われぬものを覚える。

 しかし、それ以上に思考を占拠する事柄がある。

 

 ――【無銘】を使わせてしまった事だ。

 

 敵側がアリーナの指令系統を奪ってきた事、警備に就いていたISが無力化されている事など、想定外を挙げればキリがない。だがその『想定外』にすらも対応して任務をこなすのがその道のプロである。それに照らせば、今回は私も、学園にいるその手の人間のほとんどがプロ失格と言える。

 彼の行動は、そのツケだ。

 私達が如何に無力で、無能なのかを端的に表しているも同然の事態。本来彼は庇護されるべき一般人。だというのに、一般人を守る側として動かせてしまっていた。

 彼はそういう人だから――などと、そんな言葉で片づけていい話ではない。

 

 ――もちろん、彼も色々と考えての決断だった筈だ。

 

 元帥達との対談に於いて、彼がISを扱える事が発覚した時期は意図的に第三回モンド・グロッソの前後くらい――つまり、ここ最近の事である――と世界に伝え、あたかも『日本は知りませんでした』と言わんばかりの対応をする予定だった。《倉持技研》から専用機を貸与される話も、昨日の会食で顔繫ぎをした縁という建前を使って、彼の事を公表した後に表向きに発表する予定だったのだ。

 しかし彼の今の行動は、その前提を大幅に崩すもの。言わば契約違反に近い。

 

 だが、それを責める事は間違っている。

 

 スコールによって生徒達を人質に取られながら、彼は選択を迫られた。

 世界に仇成す組織に下るか否か。

 下れば、彼は世界の敵になる。彼が言ったように望む未来は叶わなくなる事は目に見えた事だ。更に言う事を聞いたとしても彼女が生徒を素直に解放するかも分からない。

 下らなければ、生徒達は殺されていた。彼が見殺しにした――と、そう周囲に認識させる形でだ。

 選択肢はあってないようなものだった。どちらを選んでも、彼が望む未来は無かっただろう。犠牲も出ていたはずだ。

 だから彼は、新たな選択を造り、道を切り開いた。

 ――後々の事も考えての決断の筈だ。

 刹那的に見れば、彼は自分の望む未来のために契約に違反したと取れる。生徒達が助かったのも襲撃者達を下したのも結果的な戦果と取れるだろう。いまの世界は、彼の価値をその程度にしか見ていない。

 だが、鷹崎元帥をはじめ、日本政府の見方は違う。

 鷹崎元帥達との契約、将来の動きには、桐ヶ谷和人という少年が世界的に受け入れられる存在である事が大前提だ。そうでなければ男性代表として女尊男卑を覆す事も、第四回モンド・グロッソで日本優勝の恩恵を受ける事も、夢のまた夢になる。

 そのためには彼の行動は英雄的である事が都合がいい。

 後々ISを動かせる事が分かって。あるいは、拾われるより前からISを動かせる事が分かって、自分の都合で隠している事がバレた時。彼の手が届く範囲で、彼がISを使っていれば助けられた命があったとして。それを知った万人の過半数が彼を責めないと、果たして言えるだろうか? あらぬ風評、中傷だけで虐げられるモラルハザードの犠牲者たる彼が。

 まずありえない。

 彼は自らを省みない人間と世間で見られている。死に瀕してでも、他者を助ける者だと。それが大切な者達に限局されているかは関係ない。重要なのは、そうすることが出来る人間として、いま彼は世間に受け入れられているという”事実”だ。

 その”事実”に反し、彼が自己保身に走り、救えた命が零れ落ちたと世界が知れば、彼の名声も立場も瞬く間に失墜するだろう。

 

 ――だから彼は、【無銘】を使う事をよしとした。

 

 人を助けるための手段として【無銘】を使う選択肢があった。そして実行に移すのに後押ししたのは事情だ。『助けたい』という優しい人間性と、『助けなければならない』という合理の理性が利害一致し、予定調和から外れた行動を取るに至った。

 まるでそれは、かつて分裂していた人格の守護と本能の協力のよう。

 しかし、その決断を後押ししているのは空恐ろしい獣性そのものだ。憎悪と怨念で形作られた姿だ。

 ”昇華”とは良い得て妙。人を憎み殺すことを望む獣性で得た力で、彼は本能に従って己を守りつつ、可能な範囲で守護の意志に沿い人を守っている。

 

「なら、私は私のやるべき事をしなくちゃ……」

 

 本来なら彼を守らなければならない。だがいまは、彼よりも無力な一般生徒を庇護するべきだと判断し、私は未だアリーナの出入り口付近で硬直し、事態を唖然と見ている同級生の下に近付いた。

 

「今の内よ。彼が何とかしてる間に、あなたたちは避難しなさい」

「え、あ……」

「ね、ねぇ更識さん、なんで桐ヶ谷君、ISを使えて……?」

 

 避難を促すが、反応は芳しくなかった。

 思わず舌を打ちそうになった。なんのために、誰のために彼があんな禁じ手まで使ったのか、まだ察せられていないのかと、その鈍感さが癇に障る。

 

「知らないわ。でもそれより、いまあなた達が気にするべきなのは、自分達の安全じゃないかしら?」

 

 言いながら、全領域を把握するハイパーセンサーで彼と襲撃者に意識を移す。

 機体が粒子化され無防備になったスコールとオーを一纏めに拘束した彼は、織斑先生に瓜二つな最後の襲撃者の少女に、振り向きざまに黒刀を振るった。闇が()(たび)、世界を照らす。

 

 ――その闇を、白金(プラチナ)の輝きが引き裂いた。

 

 襲撃者の少女・マドカが纏う黒い【打鉄】のような機体から、そして両手に握られた日本刀型のブレードから、その光は放たれていた。

 真っ向からまっすぐに、その光は闇と衝突する。

 

「危ない……ッ!」

 

 反射的に、私は水素原子と水分子を操って水の障壁を薄く、広く展開し、後ろの生徒達を庇護した。直後大気を伝って激震が襲う。衝撃波と突風が吹き荒び、障壁を叩いた。

 あと数瞬遅れていれば、この余波だけで生徒は吹き飛ばされ、なにかしらの怪我を負っていただろう。

 

「ぬ……ッ!」

「――――ッ!」

 

 余波に踏ん張る少年の声と、少女の声ならぬ気迫を捉える。

 

 

 

「――――あああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 そこに、新たに加わった声があった。

 それは避難シェルターがある方からやってきたドイツの代表候補生のものだった。己を奮起するかのように声を張り上げながら、彼女は左目を覆う無骨な眼帯を投げ捨てるように外し、右の赤眼と左の金眼で上空を睨み付ける。両肩の装甲に備えられたレールカノンの砲口が同じ方向を向いた。

 間を置かず、砲口から火が噴いた。

 

「ちっ……」

 

 超音速の砲弾を、少女は舌を打つも余裕を見せながら回避した。闇との鬩ぎ合いも同時に終わる。

 そこでラウラが突撃する。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一息に距離を詰め、プラズマで構成されたエネルギー手刀を伸長し、更に左右からエネルギーで繋がったワイヤーブレードが射出される。近距離兵装と中距離兵装のコンビネーションだ。

 

「間抜け」

 

 そう短く罵倒したマドカは、まずワイヤーブレードを長刀で弾いた。

 続けて距離を詰め、プラズマ手刀と刃を合わせる――事はなかった。未だ白金の輝きを帯びた刃は非実体の刃を投下するように切り裂き、そのままラウラ本体をも斬り裂いたのである。

 

「が、は……?!」

 

 愕然と、ラウラが目を見開き、呻きを上げる。見れば露出している胴の左胸から右腰に掛けて血が流れていた。ISなら例外なく備わっているエネルギーシールドと絶対防御を両方無効化されている。

 原因があるとすれば、おそらく、あの白金の輝き。

 

「まさか、それは……《零落白夜》か?!」

 

 ラウラが、どこか『違うと言ってくれ』と縋るような声音で問い質す。

 だがそれは、頭のどこかでその可能性が真実だと理解している事の裏返しである。そして私もそうだと考えていた。織斑先生が《零落白夜》を発動した時、正しくあの白金の輝きが放たれるからである。まぁ、彼女のようにエネルギーを飛ばすところは見たことないし、そもそも出来るかも不明だが。

 ともあれあの黒い【打鉄】は、ともすれば【暮桜】のコピーか、あるいはどこかから強奪した【打鉄】が二次移行した形態なのだろう。だとすれば単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)として《零落白夜》を発現してもおかしくないのだ。その前例は、【黒椿】という彼のISが別名とは言え造っている。

 ――あるいは、やはりスパイが潜んでいるのか。

 《零落白夜》は既に現在の技術で再現され、彼の護身用攻撃兵装に転用されている。危険性を考慮して現状彼が持つ一本にしか採用されていないが――既に”技術”として確立されたのだ。それを為したメンバーの中に敵組織のスパイが居れば、その技術は流れることになり、道具さえあれば誰でも対エネルギー兵装として《零落白夜》を扱えるようになる。

 とは言え、マドカの場合はその可能性はないだろう。仮に技術再現のものだとすれば白金の輝きは放出されないからだ。

 だが――ラウラからすれば、それは問題ではないのだろう。

 彼女は今でこそ《シュヴァルツェア・ハーゼ》部隊の隊長の地位にあるが、ISが世に出てから第二回モンド・グロッソまでは成績が低迷し、《出来損ない》の烙印を押されていたらしい。しかし弟の捜索で協力してもらった見返りに教官として一年間滞在したブリュンヒルデの教えを受け、メキメキと頭角を現し、再び最優秀の地位に返り咲いた。一操縦者として尊敬し、憬れる者も少なくない中、直接救われたも同然の彼女からすれば、正しくブリュンヒルデは救い主そのものだったと言える。なまじ一度は最優秀から最底辺に落ちたのだから、その挫折感と、そこから返り咲いた時の幸福感は(ひと)(しお)だったに違いない。

 だからこそ、彼女も熱狂的なブリュンヒルデファンだと、裏の情報で知っている。

 ならば当然、彼女にとって他人が《零落白夜》を使う事は我慢ならない筈だ。その力は救い主の象徴であり、ある意味でIS最強の力とも言えるものなのだから。

 そう予想されたから、彼の警護を担う者として警戒対象にしていたが――その危惧が思いもよらぬ方向で実現したのが彼女の暴走だろう。

 もしも彼が件の護身兵装を使っていたらと考えると、ぞっとしない。

 ――そんな彼女の問いに応えず、マドカは長刀を振りかぶった。

 ラウラは驚愕で思考が止まっているのか、硬直したままで、躱す素振りも見せない。

 

「どけ!」

「ぐあ?!」

 

 そこで和人がラウラを蹴飛ばしつつ割って入った。

 そのまま白金に煌めく長刀を、赤黒い闇を放つ長刀で受け止める。光と闇が周囲に拡散しながら激しく鬩ぎ合う。余波がまた水の障壁を叩いた。

 和人とマドカが空で斬り結ぶのをよそに、私は地に蹴り落されたラウラに意識を移す。

 受け身も取れぬまま落ちたようで彼女は地面に蹲っていた。マドカに斬られた傷跡からだくだくと血が流れている。

 

 ――そして、バシン、と稲妻が走った。

 

「ぐ、ぁ、ぁああああああッ!!!」

 

 びくん、とラウラの全身が痙攣する。身を裂かんばかりの絶叫が上がった。

 バリバリと放電兵装もかくやとばかりに電撃が周囲に飛び散る。アリーナの外壁を灼き、地面の芝生を焦がす。こちらまで飛んできて、水の障壁に阻まれたものもあった。

 駆けつけた賓客の護衛操縦者達も、(エム)(も含)(めて)ここにいた者も、背後の生徒達も、息を呑んで彼女に目を向ける。

 ――その隙を突いてマドカに斬りかかる彼は、どこまでも彼らしかった。

 闇が、一拍遅れて光が世界を染める中、変容が起きる。

 ラウラが纏っていた黒く無骨な機体【シュヴァルツェア・レーゲン】、その装甲がぐにゃりとへしゃげたのだ。いや、硬質さを喪い、まるで粘性の液体の如く融けていっている。そのままドロドロに融けたそれらがラウラの全身を覆い始めた。

 闇の如く黒く、深く濁った(でい)(ねい)が、()()の少女を包み込んでいく。

 

「なに、アレ……」

「ISの装甲が、融けて……?」

 

 恐れを滲ませながら、訝しげに生徒達が疑問を口にする。

 その疑問は尤もだ。ISが変形する機会は《操縦者初期適応(スタートアップ・フィッティング)》と《(フォ)(ーム)(・シ)(フト)》の原則二つだけ。換装装備(パッケージ)などで外観が変化する事はあれど、基礎フレームなどの構造が大きく変容する事に例外はあり得ない。

 だからこそ、他を模倣する事で結果的に何にでもなれるが故に名無したる【無銘】は異質なのだ。

 だがその【無銘】ですら、個体が液体へ変化するような形状変化は見せなかった。何故なら効率が悪いからだ。原子レベルで一から設計通りに配置し直す物質化に比べれば、流動変化に等しい今の変化は、時間が掛かる事も含めて燃費も悪い。その効率を底上げし、非実体の防御装甲と攻撃装甲を実現したのが【海神の淑女】のアクア・ナノマシンだった。

 【シュヴァルツェア・レーゲン】にそのような兵装があるとは聞いていない。ドイツの第三世代兵装は《アクティブ・イナーシャル・キャンセラー》という慣性停止結界。流動的なあの変化とは、正に真逆の機能である。

 故に、あの変化は《異常》だ。

 和人とマドカを除いたこの場にいる人間が警戒する中で、レーゲンはその姿を完全に崩し、操縦者たるラウラを飲み込み、黒い球体となった。心臓の拍動のようにドクドクと脈動を繰り返し、ゆっくり地面へと降りる。

 それが大地に着いた途端、倍速再生を見ているかのように急速に全身の変化、形成を始めた。

 

 そして形作られたのは、黒い全身装甲のISに似た機体。

 

 その形状は、離れたところで両断され、残骸として転がっているものとは全く違う。

 ボディラインはラウラのそれをそのまま表面化した少女のそれだ。最小限のアーマーが腕と脚に再現されている。頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 そして、その手に握られているのは一本の機械的な長刀。

 

「――雪片だと?!」

 

 【暮桜】の操縦者が、驚愕の声を上げた。周囲から動揺が漏れる。

 雪片。

 それは世界最強のIS操縦者・織斑千冬が振るう、【暮桜】唯一の武器。そして《零落白夜》を発動するにあたって不可欠とされていた最強の象徴。

 純白から漆黒に染め上げられた雪片が、完璧に(トレ)(ース)されていた。

 

 ――まさか、VTシステム?!

 

 再現された武器を見て、その黒い肢体がブリュンヒルデを幼くした印象――丁度自分と同じくらい――と見立てた時、その《異常》の正体に当たりを付けた。

 正式名称【Valkyrie Trace System】。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステム。織斑千冬は第一、二回共に総合優勝しているため《ブリュンヒルデ》と呼ばれているが、大会の記載に於いては《ヴァルキリー》が正しい。

 しかしその存在は闇に葬られ、表沙汰にはならなかった。

 VTシステムは現在、(アラ)(スカ)条約でどの国家・組織・企業においても、いかなる研究・開発・使用全てが禁止された代物なのだ。

 アレはヴァルキリーの劣化コピーでしかない。しかし一兵力としては非常に強力。ISと、VTシステムのプログラム、そして操縦者が揃っていれば簡単にヴァルキリー相当の戦力がひとり出来上がる。

 だが、それでも禁止された。

 それはヴァルキリー相当の戦力を発揮する際、操縦者の身体能力以上の動きであっても強制的に実行してしまい、人間の体を壊してしまうからだ。なまじヴァルキリー筆頭があの体力お化けなブリュンヒルデである。アレに耐えられるのは、それこそ同格の天災くらいしかいないだろう。

 彼女以外のヴァルキリー――山田麻耶など――も参考にされたが、生中な訓練を受けた人間では無茶な軌道に耐えられないという結論が出た。高速軌道を自分で行うか、他人にされるかでも体感としてはかなり違ってくる。体の方が準備出来ないまま振り回されるも同然故に、レベルを下げても結果は同じ。多少戦闘時間が伸びた程度で、被験者は死に至る。

 だからVTシステムは封印された。

 それがIS条約で禁じられた兵器目的の研究であり、人の死を招く人権を無視した非道なものだったから、表沙汰にもならなかった。

 

 ――それが何故、ラウラ・ボーデヴィッヒの機体に……?

 

 巧妙に隠されていたのだろう。おそらくドイツの上層部も多くは知らなかった筈だ。もし知っていれば、彼女の立場は外交カードにされる代表候補ではなく、秘密の実験場などに送られ、VTシステムの研究に使われていた。

 ラウラ本人が用意したかは分からないが……

 

 ――その思索がいけなかった。

 

 ブリュンヒルデ・コピーの外殻を完全に作り上げたVTシステムが上を見た。直後、飛び出すように飛翔する。行く先は――

 少年だ。

 

『――和人君、危ない!』

『く――っ!』

 

 咄嗟にプライベート・チャンネルで注意を喚起する。具体性の欠けたものだったが、彼もラウラに起きた異変には注意を払っていたらしく、黒雪片の刀身をギリギリ躱した。

 返す刃が唐竹に振るわれる。

 彼は両手の黒と白の長刀を交差し、頭上に翳した。二刀に黒雪片が叩き付けられ、落されるが、大地に墜落する直前で彼は体勢を立て直して怪我無く着地した。

 ――VTシステムが、彼の眼前に急降下した。

 黒雪片は、既に右に振りかぶられている。

 

「狙いは俺か?! なら――二剛力斬(にごりざけ)ッ!!!」

 

 忌々しげにそう漏らしながら、瞬時に両腕の筋肉を膨張させ、二刀を左に薙ぐ。黒雪片と衝突し、轟音と衝撃波が発生――は、しなかった。

 キィン、と甲高い音と共に、彼の斬撃は往なされていた。

 剛の剣の弱点が、晒された。

 VTシステムが長刀を振り上げる。

 

「龍――巻きィッ!!!」

 

 その時、彼が時計回りに回転、二刀を振るった。速く、それでいて力強い回転に、闇と光が絡み合って縦に伸びる。

 竜巻だ。

 二色で色づけられた竜巻が黒雪片の斬撃とぶつかり、押さえ――弾く。

 次はVTシステムが隙を晒した。

 

「二刀流・弐斬り――(とう)(ろう)!」

 

 一転、和人が怒涛の連撃を放っていく。

 一撃目。右の黒刀を逆手に、左の白刀を順手にして飛び上がりながら斬り上げる。偽千冬が後退し、空振った。

 

(おう)(とう)(ろう)!!」

 

 二撃目。両方とも順手で振り下ろし、大地を穿つ斬撃が飛んだ。横に動かれて躱された。

 

(ひらめき)!!!」

 

 三劇目。横に躱した偽千冬を追うように、横薙ぎの斬閃が走る。黒雪片で防がれた。弾かれる。

 

()(もん)!!!!」

 

 四撃目。弾かれた反動でくるりと反時計に体を回し、袈裟掛けの軌道に二刀を振るい、不可視の斬撃が飛ぶ。これも黒雪片で往なされる。

 

(すず)()ッ!!!!!」

 

 五撃目。二刀を引き絞り、まっすぐ突き出した。

 

 ――ガギャァンッ! と、音が連続した。

 

 偽千冬の腕部装甲――その中でも、黒雪片を握る手部が穿たれ、壊された音。そしてもう一本の飛ぶ斬撃で黒雪片が弾き飛ばされた音だった。

 そのまま、彼は二刀を大上段に構えた。天を衝くように黒と白の刀身がまっすぐ翳される。

 

 

 

(あい)()ォッ!!!!!!」

 

 

 

 ――一拍置いて、偽千冬を形作る黒い外殻が両断された。

 

 






Q:なんで和人のセリフはボロボロで強調されてるの?
 BLEACHの(ホロウ)仮面を出してる時の声をイメージしてます。
 あとちょっと負の感情が漏れてる(対楯無模擬戦時にクリアな声になれていた)



Q:前話でVTシステム起動したんじゃないの?
A:原作だとVTシステム発動は『操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、操縦者の意志・願望が揃うと発動する』となっている。前話のラウラは精神状態、意志を満たしていたが、ノーダメージだったので二つ目を満たしていなかった。
 しかしマドカの《零落白夜》で一撃で戦闘不能に持ち込まれたため、発動条件を満たした。
 なので最初の突撃は純粋なラウラの錯乱でしかない(傍迷惑)



・二刀流・弐斬り
 ロロノア・ゾロの《二刀流》での戦闘方法。
 本作では和人も使う。龍巻きと違いこちらはISパワーを使っていないので飛ぶ斬撃は真空波で不可視状態。
 弐斬り連撃の内(すず)()(あい)()はオリジナル。ちなみにどれも寿司関係。

 紗軌:スズキのこと。二刀を強く突き出し、斬撃を飛ばす。

 愛憎:お愛想の事。勘定をするの意味。板前が客に勘定を求める時の、寿司業界用語。板前が客に対して「お勘定のことなどお伺いしまして、さぞかし愛想の悪いこととは思いますが」と使う言葉を由来としている。よって客が板前に対して使うのは間違いであり、客が申し出る場合は「お勘定」とするのが正しい
 当て字に関しては気にしない()
 攻撃のイメージは、BLEACH主人公一護の父・黒崎一心の《月牙天衝》(至近距離でぶった斬る)



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