インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、お久しぶりです、黒ヶ谷です。

 どれからどう描いたもんかなぁと首を捻りながら執筆。なので時間がかかりました……

視点:ラウラ

字数:約一万六千

 ではどうぞ。




黒兎 ~強さの根源~

 

 

 ――ふと、意識が浮上した。

 

 目を覚ました私の周囲は闇に包まれていた。(もや)のような闇に覆い尽されていて、夜目が利くよう訓練されている私でも先が見通せなかった。

 

「何処だ、ここは……? いや、そもそも私は……」

 

 いったい何をしていたかを考え、そしてすぐに思い出した。

 力が欲しいか、と囁いてきた謎の声に誘惑され、意識を明け渡してしまった。そこから今まで意識が無かった訳だが、ISを介していたためか記憶にはしっかり意識を失っている間の事が残っていた。黒い【暮桜】を纏い、雪片を振るい、そして――敗れた事を。

 何故自身の専用機たるドイツの第三世代機【シュヴァルツェア・レーゲン】に、【暮桜】のコピーを形成するプログラム――VTシステム――が搭載されていたかは不明だ。少なくとも私はそんなものを用意した覚えなどない。軍人であり、一部隊の長とは言え、軍部全体からすれば駒の一つに過ぎない私が出来る事などたかが知れている。むしろ軍に管理されている身だからこそ法に触れるものには物理的に触れ難かった。

 だとすれば祖国を、あるいは私に敵意を持つ者の仕業だろう。

 

「……いや、モルモット……だったのかもしれんな……」

 

 そこで思考を改める。

 元より私はとある研究で作り出された産物の一つ。金をかけ、遺伝子レベルから弄り、至高にして最強の兵士を作り出す非道な実験から私は生まれた。研究者たちからすれば私はラットも同然のモルモットでしかないだろう。

 それが軍部とグルかどうかは不明だが、それは関係ない。

 あれだけ大勢の、しかも他国の代表や代表候補達に現場を見られ、ISにもログとして残されたはず。他国に借りを作ってまで私を擁護するとも思えない以上、十中八九トカゲのしっぽ切りをされるに違いない。

 尋問の後、無期懲役か、最悪死刑か。

 いずれにせよスケープゴートにされる未来は容易く想像できた。

 ――それは、憬れから離れる未来。

 けれど、なぜだろうか。思ったよりショックは小さかった。

 

「……桐ヶ谷和人(オリムライチカ)は……何故、ああまで強いのだろうな……」

 

 ふと、そんな疑問がよぎった。

 意識を失う前。あの少年は、人質に取られた生徒達を守るためだけに、今まで秘匿していただろうISを使った。それは人から讃えられる英雄的決断だ。直前の発言から使えばどういう扱いを受けるか分かっていて、その上で決断を下していた事がわかる。

 ――何故そこまでして人のために動ける。

 ――何故そうも人を守ろうと考えられる。

 あの時、私は生徒を助ける事を諦めた。スコールの炎を止める術を私が持たなかった。タイミング的に飛んでも間に合わなかった。そして、生徒に『守ろう』と思考するほどの価値を見出していなかった。だが彼はその逆――なんらかの価値を見出していたのだ。それが彼の主観的なものか、あるいは客観的価値かは別として、なにかを見出したから守るために思考を回し、秘匿していたISの使用を選択肢に挙げ、決断できた。

 その根幹こそ、彼を英雄たらしめる根源なのだろうとは私でも理解できる。

 だが、それでも分からない。どれだけ考えても答えは出なかった。

 自身を虐げ、理解しない者達のために、どうしてああまで体を張れるのか。《レクト》CEOの令嬢ならいざ知らず、赤の他人も同然の人間のためにどうして……

 

「……む?」

 

 思考を回していると、ふと、周囲の闇が薄らぎ始めた事に気付く。

 暫くして形成されたのはどこかの街の風景。それは現代の日本や外国ではなく、時代的に中世的な風情があった。石畳の通りやレンガ造りの建造物がその印象を加速させる。

 

「どこだ、ここは……? ロンドンか……?」

 

 おもむろに英国の首都を思考に挙げるも、多分違うなと内心で否定した。それにしては交通量が無さすぎるし、そもそも街路灯の一本も無いというのはおかしいだろうと思った。肌色のレンガ通りや黒いドームはともかく、天は黒い天蓋に覆われて空が見えず、通りは車が通れるほどはあってもどう見ても車道とは言えない道ばかり。

 そこで、視界の端に露店が映り込んだ。

 何かあるかと純粋な興味が湧いて見てみると、《Col》と値札が付けられた武器や澄んだ若草色の液体が詰まった小瓶が売られていた。

 

「剣、だと……? 真剣か? それにレイピアやカトラス……槍に斧…………? こんな物騒な物を売っている街があるのか……?」

 

 ラウラが首を捻って見ていると、黒髪の九歳程の少年と大人と分かるバンダナを巻いた若武者のような男の二人組が現れた。

 ――チリ、と脳裏が何かを掠める。

 そんな違和感を覚えている間に、男は少年の助言を聞きつつ買い物をし、通りから街を出ようとする。私もそれに付いて行った。

 二人の後を追っても、こちらに気付く素振りは無かったため途中からほぼ真後ろを陣取り始める間に、両者の名前を把握する。青年の方はクライン、そして少年の方はキリト――後の、解放の英雄と同じ名前だった。

 

「まさか……ここは、桐ヶ谷和人(オリムライチカ)の、過去の記憶か……?」

 

 ネットに公開されている記録映像と異なる容姿の二人を見て、私はそう予測を立てた。

 どうやって公開されていない部分の光景を見れているのか、そもそも何故私がそれを見る事になっているかはいくら考えても分からない。私は早々に思考を諦め、事の成り行きを見守る事にした。

 街の外に出た二人は青いイノシシ相手に剣を振っていた。クラインの方はヘッピリ腰でしばらく最弱らしいイノシシにどつかれ回され、キリトと私の笑いを誘ったが、悪戦苦闘の後に光を放つ剣技《ソードスキル》の発動に成功し、以降は快進撃を続けた。

 そして、体感的に数分が経ったところで、世界は茜色に染まると共に荘厳な鐘の音が遠くから響いてきた。二人が光に包まれると、私が立つ場所も草原から石畳の広場に移っていた。

 背後には黒ドーム。鐘楼の広場の天空には、天を埋め尽くす市松模様の隙間から流れ出た血だまりで形成された伽藍洞の赤ローブが佇んでいる。それが殷々とした響きを以てSAOのデスゲーム化宣言をした。場は騒然となり、阿鼻叫喚に包まれ始める。

 しかし織斑一夏――キリトはまだ冷静だった。赤ローブが消えてすぐにクラインを路地へと引き込んだ。それを追うと、二人の会話が聞こえた。

 

『俺さ、進もうって思ってたんだ……出来れば、クラインもって……けど、クラインには仲間がいるんだよね』

『ああ……悪ぃな、キリト…………ン、待てキリト。お前ぇ、仲間はいんのか……? 友人は……』

『俺に友人なんて一人もいないよ……男伊達らにこんな容姿だからね、女尊男卑の世界じゃ誹りが凄いんだ』

 

 ――それは、世に発信されていた会話の一幕。

 クラインの誘いを断ってフレンド登録というものをした二人。クラインが再び顔を歪めながら誘うも、キリトは自分へと向けられた手を両手で優しく包み、ゆっくりと下ろさせながらクラインの顔を見て口を開く。

 

『その言葉は、俺以外の人に掛けてあげて。一人で進んでリソースを独占しようとする、卑怯者のベータテスターには、勿体無い言葉だから…………友達を置いていく人間には、勿体無いから……』

 

 そういって別れの言葉を二度交わし、キリトは路地を去った。クラインは暫く涙を浮かべてその後ろ姿を見ていたが、すぐに彼も阿鼻叫喚の地獄と化していた広場へと友人を探しに戻った。

 この後、あの少年は世界に絶望する。

 記録を思い出し、そう考えると、私はなにも言えそうになかった。

 

 また場所が変わった。

 

 蛇のレリーフが二つ交差する不気味な大扉。その前で、大勢の人間――――剣や斧、槍を持った十代~二十代の若者達の集合光景だった。その中で黒のフーデッドローブに身を包む一際小柄な子供を見つけ、あれがキリトなのだろうと判断する。

 蒼髪の騎士のような衣装をしている男が声をかけ、大扉に手を付いてゆっくりと開いた。自動的に重い音を立てながら開く扉の中は、凄まじく広い大部屋があった。その更に奥の玉座に、鎧とメイスを構えている取り巻きの王が鎮座していた。白い斧と楯を持ち、凄まじい咆哮と共に集団へと突っ込む。

 大の男達も、そして戦う訳でもないのにあまりにリアルな威容に私も動けない中、ただ一人、一際小さな子供の剣士だけが飛び出した。取り巻きを数秒も掛けずに青い結晶片へと散らし、あまりにも体格差がある化け物相手に真っ向から剣を交わし、あり得ない事に斧を弾き返す。

 私も、ある程度経験を積んでいるだろう他の者達も怯む相手に、キリトだけが臆すことなく戦っていた。少年に合わせるように他の者も続くが、やはりキリトの獅子奮迅振りは際立っている。単独で動いて集団のフォローに徹するという実力が無ければ不可能な役割をもきっちりとこなしていた。

 化け物の頭の近くにあったバーが残り一本になってカタナを抜いてから、集団に一旦距離を取るようキリトは蒼髪の指揮官に提案して剣士も指示したが、しかし数人がその指示を無視して突貫し、真っ向から血色の剣技を喰らった。大上段からの振り下ろし、返す振り上げ、最後の突き。その三撃目をキリトは自分の剣を犠牲にしてまで防ぎ、続けてくる追撃を新たに出した剣で捌き、一対一へともつれ込む。

 誰も入ることが出来ない死闘。私は目を奪われ、部屋の隅近くで心を奮わせた。居合抜きを本当のギリギリで避けて二連撃を加えてトドメを刺した時は思わず小さく喝采する。

 ――一度、見ている光景なのだ。

 だが、かつてと違い、私の感情は揺れ動いていた。

 

    *

 

 時が進む。

 場が変わる。

 人が増える。

 

 そして――誰も、居なくなった。

 

『――――』

 

 第百層、紅玉宮。

 デスゲームを攻略していた屈強な剣士達が瞬く間に(ほふ)られ、たった一人になりながらも義姉の蘇生によって生き永らえた少年が終止符を打ち、SAOは終わった。

 最高権限者を名乗る者と契約を交わし、彼は死んだ者達をも生還させるべく試練に挑み始めた。

 第一層ボスと酷似した大刀を持つ獣と斬り合う姿。

 樹木の具現と言える樹木型ボスを斬り裂く姿。

 火山そのものと言える巨大さと、それに斬り掛かる矮小ながら勇敢な姿。

 氷山を飛び、音の球を飛ばす禍々しい蝶の如きボスに弓を引く姿。

 厳かな宮殿内で、甲冑を纏った戦乙女ボス《ザ・ブリュンヒルデ》と斬り合う姿。

 炎とマグマを背負った山の如き()獣。

 禍々しい蝶の姿で空を舞い音波を飛ばす()獣。

 巨大な剣を尾に持つ刃竜型の()獣。

 炎の化身の如きワニ型の()獣。

 闇の具現のように黒い四つの鎌を持つ骨の大百足(ムカデ)型の()獣。

 従僕たる子を生み出し軍勢で戦う昆虫型の()獣。

 炎の毛皮と力を有する狼王(コボルドロード)型の()獣。

 黄金の鱗を有する刃竜型の()獣。

 最初から白銀の甲冑を纏った二度目の剣の女帝(ブリュンヒルデ)

 剣を震わせ、体を震わせ、ギリギリのラインで踏み止まって立ちはだかる八体の武神と頂点たる女帝を斬り、《九武神の試練》を突破する姿。

 ――目まぐるしく、戦いの場だけを見せられた。

 圧倒的な物量を、あるいは絶対的な質量を前に、一人で挑む姿を幾度となく見せつけられる。同時、私はその姿に魅入られていく。

 黒衣をはためかせるその背に、《彼女》に見出した憬れと同じものを感じたからだった。

 

 

 

『第二の試練。解放されたければ、千層からなる迷宮を突破せよ』

 

 

 

 ――()(しょ)が変わる。

 

 絢爛豪華な伽藍の宮殿が崩れ落ちた。宮殿の外に広がっていた青い空(テクスチャ)が、パラパラと破片になって剥がれ落ち、世界は闇に包まれていく。

 ばらばら、がらがらと大地は崩壊する。

 少年も落ちた。

 小さな体は、闇に落ち――――

 

 ――()(かん)が変わる。

 

 暗闇の中に星が光る。無数の星が煌めいて、昏い道を仄かに照らす。

 広がるのは電子の回廊。網目模様に青い線が走る床を踏み、柱を過ぎて、()()が広がる光景を透かす障壁を後にし、剣士は迷宮を進んでいた。

 そして、薄暗い回廊の奥で青白く光る転移門が出現した。

 カーディナルが言った一千層。次が、その最後の階層。

 残影の少年は装備その他諸々を確認した後、休憩せずにそのまま転移した。

 転移の光から現れた少年を瓜二つの【黒の剣士】が出迎える。《インカーネイト・ヒーロー》――《想像の英雄》。少年を模したデータが迷宮最後のボスとして立ちはだかっていた。

 それを彼は苦労した風もなく破ってしまう。

 

 

 

()()()()()現世(うつしよ)へ還りたければ、全ての虚像を打ち砕け』

 

 

 

 そして告げられる最後の試練。

 おそらく誰も知らない『三つ目』。ホロウ・キリトとの戦いに移ったために映し出されなかったそれが今、私の目の前で再現される。

 獣の王が座していた大広間。そこに、所狭しと敷き詰められる人垣。そのすべての目には光が無く、ただ無機質に、無感情に少年に武器を振るい、命を刈り取らんとしていた。その数、ちょうど百人。その数だけ、彼はヒトガタのデータを欠片へ還していった。

 そして少年以外居なくなると、青い光で場所が移される。

 次は第二層のボス部屋だった。そこにまた、ちょうど百人のヒトガタがいた。顔ぶれはすべて違う。しかし少年に(たか)り始めるところは同じ。それを迎え撃ち、カケラへ還す展開もまた。

 

 ――百の惨殺は、ちょうど百繰り返された。

 

 紅玉の城では、少年と共に肩を並べていた少女達のデータも立ちはだかったが、彼はそれを一息に殲滅していった。手に握る黒剣で直接還す時もあれば虚空に呼び出した武器の雨で纏めて欠片にする時もある。対一、対多どちらにも対応できる少年には決して困難な戦いではなかったのだろう。

 むしろ、問題は心理面にあった。

 

『う、ぁあ……!』

『きゃう……!』

 

 ヒトガタ達は、データである以上各々の反応を忠実に再現する。搭載されているAIはある程度高性能なのか、人が中にいるかのようなセリフを吐く事もあり、少年も少なからず動揺する事があった。

 それでも、彼は剣を止めなかった。

 少年が無理をしている事など一目瞭然だった。目はどこか虚ろで、足取りも当初ほどしっかりしていない。表情は抜け落ちている。だというのに、目から流れる雫は止まっていない。顔はおろか、心ですら涙していた。

 

 

 

“もう行きなさい、和人。いっしょに生きたい人達が居るのでしょう?”

 

 

 

 百人を百回殲滅し、計一万人の虚像を打ち砕いた末に待っていたのは、最初はデスゲームにいなかった妖精だった。少年の義姉は本当に虚像かと思うほど感情豊かに言葉を()った。

 ――月夜だけが光源の和風の家で、二人の義姉弟が言葉を交わす。

 少年は、それまでの無感情が嘘のように生き生きとしていた。

 妖精は、虚像であることが嘘のように、穏やかに応じていた。

 その果てに、妖精が先の言葉を口にした。ホロウにも言っていた少年の”戦う理由”。無関係の人間ではない者達を守る意味。

 

“あなたは、あなたの(しあ)(わせ)を求めなさい”

 

 虚像の妖精は、それを肯定した。自らを切り捨てるべき存在に振り分け、戦う事なく、ただ消える事を是とし、少年の剣を無抵抗に受け入れた。

 豊かな胸に、光すら呑む闇の剣が突き立てられた。

 

『――ッ!!! ――――ッ!!!!!!』

 

 声なき絶叫が上がる。

 それを抑えるように、妖精が優しく、小さな子供をかき抱く。涙はない。顔に浮かんでいるのは、柔らかな笑み。恨めしさも悲しさもない、ただ幸福だけを感じさせる表情だった。

 

“――さぁ、()()()()()――――”

 

 言祝ぐように囁いて、妖精は欠片へと還った。

 

 

 

 ――()(くう)が変わる。

 

 

 

 彼方に沈みゆく茜色に照らされた一つの情景。

 (うずたか)く積まれた(かばね)の山が見える。山の上で、誰かが剣を握り、佇んでいる。小山のそこかしこから流れる液体は、人影が握る剣から滴るものと同じだ。見慣れた命の源。

 山の周りには、数えるのも億劫なほどの頭蓋骨。

 ()(ざん)(けつ)()には、錆びた武器の数々が墓標の如く突き立っている。

 まさにこの世の地獄。絵に描いたような地獄絵図。しかし真に恐るべきは――この風景を記憶として持っている、その事実。

 だが決しておかしな事ではない。第三の試練で、虚像とは言え一万もの人を斬ったのであれば、精神的外傷を負ってもおかしくないのだ。だからこそ、余計戦えている事の謎が深まっていく。

 

 

 

 ――“体は(つるぎ)で出来ている。”――

 

 

 

 戦慄を抱いていると、不意に殷々と響く声が聞こえてきた。

 

 

 

 ――“血肉は犠牲、精神(こころ)は救済。”――

 

 ――“(あまね)く全てを選び捨てる矛盾。”――

 

 

 

 ボロボロで、怨嗟に満ちた声だった。

 固い決意を感じさせる反面、風にさらされ、打ち付けられ、朽ち果て始めた鋼を思わせる。

 

 

 

 ――“ただ一度の成就はなく。”――

 

 ――“ただ一度の失敗もなし。”――

 

 

 

 闇が濃くなった。茜色が群青色に変わり、夜の帳が訪れる。

 天に昇った月は――血のように、紅い。

 大地は、まるで月の光を吸ったかのように、液体が赤く光を発していた。そこかしこの髑髏の隙間から見える赤は、次第に量を増していく。止め処なく流れる涙のように、墓標の如き剣達からそれは滲み出ていた。

 

 

 

 

 ――“生贄(担い手)は此処に一人。”――

 

 ――“(かばね)の丘で(けん)を執る。”――

 

 

 

 赤が流れているのは、墓標ばかりではなかった。

 山に立つ人影も、その身を赤く染めている。提げられた剣から滴っているそれはその人物の赤も混じっていたのだ。上体に、下半身に幾本もの筋を作って流れるそれは、明らかな致死量だった。

 だが、その人影に揺るぎはない。

 

 

 

 ――“故に、この生涯に意味は要らず。”――

 

 

 

 理解する。

 コレは彼の記憶、彼の精神が織り為す心象風景。記憶と心に深く刻み込まれたそれは、逆説的に、あの少年が英雄に至った全てを内包している。

 客観的な事象(他人が決めた価値)では足りない。

 必要なのは、主観的な捉え方と心情なのだ。

 

 

 

 ――”この(からだ)は、無限の(つるぎ)で出来ていた。”――

 

 

 

 ――――瞬間、全てを灼かれた。

 

 

 

 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚のすべてがあらゆる情報に上書きされる。

 ――無数の戦場を視た。

 刃と炎が見えた。

 銃砲と悲鳴が聞こえた。

 鉄の味が広がった。

 焼けた肉の臭いを嗅いだ。

 ひりつく痛みを感じた。

 一瞬のうちに全てを灼かれる。焼き(ゴテ)をあてられたかのように、鈍い痛みと共に情報が流れ込んでくる。見知った顔。知らない顔。覚えのある機体。覚えのない機体。

 時に世界を救う姿を視た。

 時に、世界を滅ぼす姿を視た。

 

 ――どうしようもなく、胸を衝かれる。

 

 なんの変哲の無い剣士(こども)の始まりを見た。それから英雄へと至る過程を、その行く末を見た。決断を見た。そして、同じ数だけの結末(まつろ)を視た。

 それでも、分からない。

 余計に分からない。

 

「なぜ、だ……?」

 

 ――そうまでして、なぜ守ろうとする。

 お前は馬鹿ではない。故に、分かっていたはずだ。カーディナルが持ち掛けた契約が決して容易いものではないと、敗者が負うべき労をも背負う事になると理解していたはずだ。

 なのになぜそれを良しとしたのだ……

 

『生きる意味だからだ』

 

 屍の山に立つ影は、首だけ僅かに振り向いた後、また向こうを向いた。

 そしてその答えを返してきた。

 

「だが、なら生徒達を守るとき、何故ISを使おうと思えたのだ?! あの者達の中にお前が大切だと思う者は居なかった筈だ!」

 

 納得できなかった私は、ずっと疑問に思い続けていた事で(ただ)した。

 

『――それが、俺を”俺”たらしめる根源だからだ』

「……な、に……?」

 

 そして、再度返された答えに、私は困惑で勢いを失ってしまった。

 

『かつて肉親に見捨てられ、絶望した事をキッカケに”織斑一夏”は三つの人格に別たれた。要するに、トラウマだ。俺はどうしても『助けて』という声を無視できない。俺がそれをされて、絶望したからだ。そうした肉親を憎み袂を別ったかこそ”俺”は憎んだ行動を取れない。敵であれば話は別だが、庇護されるべき相手には猶更だ……もちろん、後々になってISを使える事が分かった時、責められないようにという保身もあるがな』

 

 困惑する間に、言葉は続く。

 心情的に、優しさの発露で助けたのではなく、彼が彼であるためには助けなければならなかった、ある意味で自身のアイデンティティを守る行動。極めて特殊な自己愛の形。

 ――つまり、あの行動は必然だったのだ。

 彼は数多の試練を、苦難を乗り越えた。だがそれもある意味で必然だったのだ。諦めて仲間を死なせていれば、その時点で彼は負に呑まれ、自身が抑え込んだ獣に立ち返りかねなかった。かつて憎んだ行動を自身が取る事による自己矛盾が己を苛み崩壊させるから。

 

「……お前は、強いな」

 

 そこまで理解した時、ごくごく自然に私はそう漏らしていた。

 驚く気配。屍山に立つ影が、こちらを見てきていた。紅い月下の中でも見える金の瞳が私を射抜く。私の左目と同じ色と交錯する。

 その目が、なぜ、と問うている事を察した。

 

「己の事をよく理解している。それは、何にも勝る強さだろう」

『……そう、見えるか』

「ああ」

『そうか……ならそれは、”みんな”がいるお陰だ。俺にとって生き、戦う理由の人達がいるから、俺は廃棄孔(自分自身)に負けないでいられる。そしてそう在りたいと願い、目指しているから強く見えるんだろう。誰もいなくなったらすぐこうだ』

 

 そう言って、金の瞳が眼下の屍山血河に向けられる。

 言外に世界を滅ぼしていた無数の光景の事を指している事を指している。そうなりたくないと願い、今も抗っているのだと。

 ――生徒を救った事も、同じだ。

 さっきはトラウマだから、周りから責められないためにと、自己保身を理由にしていた。確かにそれはあるのだろう。

 しかし、それは一番ではない。

 彼は言っていた。”みんな”という大切な人達は、自身にとって生き、戦う理由なのだと。それを最優先にしているのなら、あの行動の真意もまた別の見方が出来てくる。周りから責められないようため――それは、長い目で見れば”みんな”を世間から守るための行動なのだと。

 そのために動くと決めているからISの秘匿をやめた。今後も他者を守り、風評を覆し、結果的に”みんな”を守っていこうとしているのだ。

 

「ああ……やはりお前は、強い」

 

 深く、深く息を吐いて、所感を漏らす。

 出会って、そして過去を視て、わかった。強さとなんなのか。答えは無数にあるだろうが――その中でも強烈な一つに、私は出会った。

 

「――桐ヶ谷和人(きりがやかずと)。私は……お前のように、強くなれるだろうか?」

 

 強さに焦がれ、彼女に憬れを持った私は、そう問わずにはいられなかった。

 

『さぁ……強さなんて、人それぞれだ。心の在処、自分の拠り所とか、諸々あって戦う理由が出来る。何のために力を、強さを求めるかが重要だろう。自分がどう在りたいか、どんな風になりたいかを思い描いてないと迷走する』

「……お前は、それを見つけられたのか?」

『ああ。すごく時間が掛かったけど……”みんな”が、教えてくれたから』

 

 金の目が再度こちらを向く。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ。あんたは、どうだ? 大切なもの、あるんじゃないか?』

「私は……」

 

 言われ、思考する。

 

「……わからない」

 

 だが、結論はそれだった。

 軍人として生き、出来損ないの烙印を押され、死に物狂いで返り咲いた私は、強さこそを絶対視してきた。食事は栄養補給の作業、睡眠は作業能率向上の過程でしかなく、いずれも必要不可欠だから行うというだけ。暇があれば訓練漬けの日々を送っていた私は世俗の事をよく知らない。だからこそ、私の世界の一部であるISをファッション紛いし、兵器を軽んじている事には反感があった。

 そういう意味では大切なのはISだとか、力になるんだろうが――多分そうじゃないという事は、私でもわかった。

 でも、なら何が該当するのかまでは、分からなかった。

 力を求めていた理由も、彼女の強さに憬れ、追い求めていたからに過ぎない。それも確かに大切だが、それでは今までの私と同じだ。

 ――私は、自らの変革を求めているのだ。

 だからこそ、あの時私は”声”に唆されてしまった。今のままではダメだと。変わらなければと。変わりたい、と。でもどうすれば変わるか分からない。

 分からない。

 分からない。

 考えても、考えても――答えは、出ない。

 

「私は、どうすれば……」

『――分からないなら自分の事を知ればいい。弱さを補う事も強さを伸ばす事も、そして欠点を改める事も、自分の事が分かってないと出来ない事だ。『己の事を理解しているのは何にも勝る強さだ』と、さっき俺にそう言っていただろう?』

「ぁ……」

 

 私は何も知らなかった。どうして成績が悪くなったのか、キッカケは《越界の瞳》だと分かっていたが、どう影響しているかまでは分からなかった。

 けれど教官は、そんな私を一ヵ月で最強へと返り咲かせた。彼女は私よりも私の事を理解していたのだ。

 だからこそ世界最強と呼ばれているのだと思い至る。

 私は何も分かっていなかった。知ってすらいなかった。

 

『あんたは……昔の俺と、ひどく似ているな。織斑千冬に憬れている事も、強さを渇望している事も、自分の事が分かっていない事も』

 

 ふと、懐かしむような声で影が言った。

 

 

 

『だからこそ、一つ言っておこう。”憬れは理解から最も遠い感情だ”

 

 

 

「――――あぁ……そうだな……」

 

 その忠告は、今は共感できるものだった。

 私は教官の強さに憬れた。彼女の力に、世界最強という姿を夢見ていた。そのせいでただただ同じ力だけを求めるようになってしまった。精神は未熟なままだったのだ。

 もし精神も成長していたなら、あの”声”に抗えていた。

 ――逆説的に。

 桐ヶ谷和人が同じ状況に陥ったとしても、彼はあの”声”に抗えていたと言える。彼は織斑千冬に憬れていない。目標にしていても、その強さを、彼女の在り方を知っているのだ。故に同じ者にはなり得ないと理解している。

 私は分かっていなかったから負けた。

 その差が、その差こそが……

 

「ああ――――本当に、強いな、お前は」

 

 他者を拠り所に立つ様を、人によっては軟弱と言うだろう。

 だが違うのだ。人は一人では生きていけない、心が成長しない。私がそうだった。憬れだけを抱き、他者と交流を持たなかった事で致命的な弱さを露見させたのがその証拠。

 ――なんとなく、分かった気がする。

 《レクト》の令嬢の態度。桐ヶ谷和人に対する言動と表情が、他に対するそれと異なっていた理由。

 それ以上に、桐ヶ谷和人の周囲に人が集まり、複数の女性に焦がれられているワケが。

 心臓が早鐘を打っている。伝えてきている。

 憧れはある。けれど明確な目標になった。どうして強いのか、戦うのかを知って、彼女のような遠い存在とは思っていない。等身大の人物像を持ったのだ。

 とても強い剣士。

 けれど、本当は人恋しい、弱い子供。

 こいつの前では、未熟な私はただの十四歳、ただの『女』に過ぎないのだと、早鐘を打つ心臓が伝えてきている。

 

「――きりがや、かずと」

 

 ああ、これは、たしかに。

 知ってしまったら(憬れなかったら)、耐えられない――――

 

     *

 

 血の河は水と異なり、人体の脂を乗せた液体が月光を照り返していた。されど私や彼の影は映さない。底は見えず、先も同じ。

 光を跳ね返していながら、その実体は夜の闇に沈んでいた。

 その泥濘に倒れ込むが――不快感は、無かった。

 

     *

 

「う、ぁ……?」

 

 ギシ、と鈍い痛みを感じながら目を開いた。

 視界は茜色を遮ってオレンジ色に光る遮光カーテンと天井があり、ここが医務室なのだと察する。

 

「起きたか、ボーデヴィッヒ。」

「教官?! っつ、たた……」

 

 反射的に半身を起こそうとしたが、寝台に横たえていた全身が軋み、痛みに顔を顰めた。ベッド横の椅子に座っていた女性・織斑千冬が苦笑を浮かべる。

 

「そのままで良い、良いな?」

「はい……教官、あれからどうなって……?」

「ここはIS学園の医務室だ。学園に襲撃を仕掛けた連中は、一夏(かずと)が埋め込まれていたISを使用し、返り討ちにしたため、学園在籍者に死者はいない。負傷者も、腹に穴が空いていた一夏(かずと)がいちばん重傷だった」

「そうですか……」

 

 あれほど大規模な襲撃だったのにその程度、しかも死者無しとはと、驚きが大きすぎて生返事しか返せなかった。重傷者に関してはまあそうだろうという印象だ。

 あれで死にそうな気がしないのは何故か分からなかった。

 

「試合などはどうなったのでしょうか……?」

「無観客で決勝戦だけ行われた。ちなみに、今日はあの襲撃から三日経過している」

「三日?!」

 

 よく眠りこけたものだ、と皮肉げに言われ、私は額に手を当てた。その動作だけでも全身がズキズキと痛むが気にしない事にする。

 

「お前の不詳の原因についてだが……VTシステムは知っているな?」

「はい。正式名称、【ヴァルキリー・トレース・システム】。過去のモンド・グロッソ受賞者の動きをトレースするシステムですが、確かあれは……」

「そう、IS条約で一切の研究・開発・使用がどの国家・企業・組織でも禁じられているものだ。それがお前の専用機に積まれていた。巧妙に隠されていたがな。ボーデヴィッヒ、お前にはアレの発動条件は分かっているか?」

「……強い願望、でしょうか」

「……ほう? よく分かったな。どうやって知った?」

「私自身が強い変革を望んでいて、教官を強く思い浮かべたので……あなたになりたい、と」

「そうか……ラウラ、すまなかったな」

 

 すると教官は、表情を暗いものにして、頭を下げてきた。

 

「きょ、教官?! なぜ頭を下げるのですか?!」

「お前が私に憬れている事は分かっていた。だが、それを訓練のモチベーションに繋がると、ずっと放置していた。それが今回の事態に繋がったとも言える。だから、すまなかった」

 

 そういって頭を下げる千冬に、私は慌てて身を起こした。痛みに顔を顰めつつも口を開く。

 

「い、いえ、あなたはそれ以上の事をしてくださったのですから、頭を上げてください。それに悪いコトばかりでもありません」

「……どういう意味だ?」

 

 教官にしては珍しく、ぽかんと呆けた顔をした。それを見ながら、脳裏ではさっきの対話を思い出す。

 

桐ヶ谷和人(きりがやかずと)です。夢かもしれませんが……自分を知る事を、そしてどうなりたいかが重要なのだと、ただ憬れていたからVTシステムの”声”に抗えなかったのだと気付かせてくれました」

「……そう、か……」

 

 くしゃりと、教官は表情を歪めた。どこか悲しそうで、けれど嬉しそうな、複雑な表情だった。

 

「本来は私が教えねばならないのだが……お前は、本当の意味で和人に救われたのだな」

「かも、しれません……」

 

 しばらく、沈黙が続いた。少しだけ居心地が悪く、けれど空気が悪い訳ではない不思議な時間だ。

 ただ、それでも居心地が悪いのに変わりはないので、沈黙を破るべく私は口を開いた。

 

「あの、教官。一つお伺いしたいのですが……私の処分は、どうなったのでしょうか? IS条約に抵触するVTシステムが積まれていた事に関して国際問題になっていると思うのですが……」

「――ああ、それもあったな」

 

 一瞬、イヤな事を思い出したとでも言いたげに顔を顰めたのを見た。なんとなく予想が当たっている予感を抱きつつ耳を傾ける。

 

「お前も予想しているだろうが、事が収まった後、各国やIS委員会からドイツ本国に問い合わせが殺到した。その表明では『ラウラ・ボーデヴィッヒ個人が勝手に行った事であり、政府、軍部は一切関与していない』とのことだ」

「……そう、ですか……」

 

 予想が的中した事に感慨は浮かばなかった。やはりかと、思うだけ。

 ただ、強いて言うなら――ほんの少しの落胆はあった。

 生まれながらの軍人。それ故に、生まれながら祖国に準じてきた身だ。滅私奉公とまではいかないがその生き方を強制されていただけに、国から見捨てられてからどうなるかなど見通しが立たなかった。

 とはいえどういう処分が下るかはある程度予想がつく。

 

「となると、専用機の返還、機体の賠償、そのほか他国への賠償が請求されているのでしょうか」

「ああ。最初は、そうだった」

 

 最初は、と強調して言う教官に、少しの違和感。不機嫌顔で少し怖かった表情が微苦笑に変わったのを見てそれは確信に変わった。

 

「お前、覚えているか? 一夏(かずと)の傍にいたお前によく似た少女を」

「ええ……よく、覚えています。クロエ・クロニクルでしたか」

「そうだ。アイツは今でこそ一夏(和人)の監視兼護衛をしているが、本来は国際IS委員会直属の操縦者だ。そして元を正せば、お前と血と分けた姉妹らしい」

「……そうですか」

 

 なんとなく無関係ではないだろうと思っていた。あそこまで容姿が近ければ、むしろ納得だ。

 疑問が残るとすれば、どうやってドイツから日本に来ているか。それに戸籍や住民票などもどうしているのか。年齢もそう変わらない筈なので、身元保証人なども必要なはずだが。

 

「アイツの親代わりは束だ」

「……束? まさか、篠ノ之束ですか?」

「ああ、そのまさかだ。どういう経緯で親代わりになったかまでは聞いていないがな。そして束は、お前を引き取る事を宣言した。それにあたってお前に掛けられていた賠償金諸々も肩代わりし、機体も完全に復元した上でドイツへ返却済みだ」

「え……えぇ?!」

 

 ギョッと、目を剥いて驚く。ともすれば《白騎士事件》でISの猛威を目の当たりにした時以上――人生最大――の驚愕かもしれなかった。それほどに驚いた。

 世界中の国々が血眼になって探しているというISの生みの親に引き取られ、しかも巨額の賠償金も肩代わりされたと聞いて驚かない筈がない。

 

 

 

「もすもすひねもす――――ッ!!!」

 

 

 

「きゃあああああああああああああ?!」

 

 そこで、頭上から大声を掛けられ、悲鳴を上げてしまった。絶叫で全身がビキビキと痛んですぐ蹲る事になったが、辛うじて顔を上げると、すたんと床に飛び降りた白衣の女性の姿を視認する。

 その女性に、教官がはぁ、とため息を吐いた。

 

「束、ボーデヴィッヒは怪我人なんだ。加減してやれ」

「えへへー、善処しまーす!」

「加減する気がまったくない事は分かった……」

「だってコイツの身柄はもう束さんのものだもーん! クーちゃんの手前、人としては扱うけど、和君に敵意向けてたのは許されない事だしー? お仕置きも兼ねてこれくらいはしないとねー!」

 

 にこにことにこやかに告げた白衣の女性・篠ノ之束が、ぐるんとこちらを向いた。

 表情は笑みを湛えている。だが――その目が、決して笑っていないものだと理解し、体が固まった。蛇に睨まれた蛙も同然のように硬直してしまう。

 

「やぁやぁ、黒兎なんてちょっと和君と束さんと若干キャラ被り気味なドイツ人、お加減はいかがかな? まー束さん特製の治療用ナノマシン使ってるから筋肉も粗方くっついてると思うけどね! さっきも大声で叫べてたし!」

「し、篠ノ之博士……え、ええ、まだ痛みはありますが」

「そかそか、やっぱ束さんの発明品はグレートだネ!」

 

 ビシッと擬音を口にしながら親指を立てる博士。聞いていた通り、やはりかなりテンションが高い。

 

「それでー、多分だけど束さんがどうしてお前を引き取ったかって疑問に思ってるっしょ? まあぶっちゃけクーちゃんが気に掛けてるぽかったからさ。ドイツが手放したから『じゃあ私がもらってもいいよね』って。賠償金諸々はしっかり払ったから、その分は働いてもらうぜ? ちなみに拒否権無いから」

「は、はぁ……」

 

 怒涛の勢いで事情を説明される。クロエ・クロニクルの肉親だから引き取られた――という部分には、まだ違和感はあったが、下手に口出ししない方が身のためだろうと結論付ける事にした。

 

「まーあとは束さんも私兵が欲しかったからかなー。もっと言うと束さんのっていうよりは和君の護衛的な意味での私兵。クーちゃんって一応IS委員会所属だから場合によっては動けない時も出てくるからねー。そーゆー時に和君を守る盾になる手駒が欲しかったんだよ」

「……IS操縦者はいずれかの国家に帰属する義務がある筈では……」

「束さんを誰だと思ってるのさ? まあ束さん、一応日本国籍持ち続けてるからお前もそうなる予定だけど、あくまでお前が従うべきなのは束さんと和君である事を肝に銘じておくように。監視用ナノマシンですぐ分かるから変な気を起こさないようにね」

 

 そこまで言い切った後、またね、と言い捨てて医務室を立ち去って行った。

 まるで嵐のような人だなと思うと共に、話に聞いていたほどコミュニケーションが成り立たない事もなかったなとも思った。おそらく度々話に出ていたクロエ・クロニクルと桐ヶ谷和人の存在があったからだろう。

 教官と二人きりになって顔を見合わせる。

 

「……まぁ、あいつは色々とアレだが、根は悪い奴じゃない」

「そう、ですか……」

 

 胸中にあった落胆、博士への驚きと困惑は、次第にあたたかなものへと変わっていく。桐ヶ谷和人の近くにいれると分かって少し感情が高ぶっていた。

 

「ともあれ、お前はもうこれまでの《ドイツの冷氷(ラウラ・ボーデヴィッヒ)》ではない。だからお前も色々と知っていくといい。なにしろ一夏(かずと)の近くにいるんだ、色々と巻き込まれて知る機会、新たな発見は多いだろう。私のように、な」

「きょ、教官も、桐ヶ谷和人からなにかを知ったんですか」

「ああ。むしろ発見ばかりだよ。いつもいつも、私の知らない事を思い知らされてばかりだ」

 

 そう、少し淋しげに言った教官は、頭を振った。

 

「さて、私も暇ではないからな。そろそろ行く。気が向けばまた見舞いに来よう」

「は、はい……ありがとう、ございます」

「ふ……ではな」

 

 最後に一つ、柔らかな笑みを私に向けて、彼女は立ち去った。

 

    *

 

 ピシャリと扉が閉まると、部屋の中はしんと静まり返った。

 私はゆっくりと体をベッドに横たえ、真白い天井を見る。

 ――これから、どうなっていくかは分からない。

 先行きは不鮮明。未来は不確定。

 でも、それが当たり前だ。そして不鮮明なそれに形を与えるのは人だ。理想が、目標が、未来を創る。大きな創造は、より強い力が必要になる。

 桐ヶ谷和人は、望むと望まざるとにかかわらず世界を左右し、時に牽引するだろう人間だ。故に彼は強く在ろうとする。世界の荒波、理不尽の数々から、大切な人々を守るために戦う。

 

「傍にいれば……私は、少しは成長できるだろうか……?」

 

 どうして強くなりたいのか。

 なにをどうしたいのか。

 私に欠如しているそれらを、彼と共に居る事で得られるか――私は、期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと訪れた安寧に意識を手放した。

 

 







Q:なんでラウラは映像で過去を知ってる筈なのに最初は認めてなかったの?
A:映像で見るか、立体的なリアルさと臨場感で見るかの違いやで(無理矢理感)
 あと和人の行動を見て疑問、関心を持ち、揺らいでいたからもある。


Q:なんで和人の記憶をラウラが見れてるの?(原作ではコアを介した一夏とラウラの会話だけ)
A:原作と違って天災が介入しとるやろ?(私兵欲しい発言)


Q:ラウラは、和人が視てる”平行世界”を知ったの?
A:世界を救う部分も見たので、認識はしました。
 しかしラウラの理解が追い付いていません。ラウラは『過去:実際にあった事』、『未来:和人の想像で作られた可能性の一つ』という通常の認識のままで、ヴァベルの事情を知らないため、和人とは差異があります。
 なのであくまで『そうなり得る』という状態。実際ホロウ、廃棄孔、【無銘】の一端や生身でISを撃破する場面を見てるので、世界破壊くらい出来そうとは思ってます。
 ――逆に言えば、世界を救う部分について突き詰め始めると、気付ける状態です。



・ラウラ・ボーデヴィッヒ
 原作乖離になった人物。
 今話付けでドイツから放逐されたため、束に拾われた。クロエと同じく和人の身辺警護の任務に付くが、クロエと違い捨て駒も視野に入った私兵として雇われる事に(まぁ和人とクロエの手前率先して捨て駒はしませんが)
 和人と対話した事で在り方を、『強い』と思える状態までの過程を事細かに知ったので、憬れを理解が追い越した。
 そして惹かれた。
 和人の事を理解すればするほどドツボに嵌っていったのだ。ユウキとランは一目惚れだったが、そこからキリトを知っていって余計ドツボに嵌ったタイプで、一目惚れ以外がほぼ同じ。
 実はクロエと理由が一緒だったりする(爆)



・篠ノ之束
『束さんを誰だと思ってるのさ?』(強気)
 原作乖離の最大要因。だいたいこの人を理由にしとけばいい感はある。ラウラに医療用ナノマシンをぶち込み、ついでに監視用ナノマシンもぶち込み、私兵運用目的に賠償金などを肩代わりした。
 発言だけ聞くと傍若無人だけど、やってる事と待遇考えると『程よい善人』というネ。監視用ナノマシンで『すぐ分かる』というまでで留めてる辺りかなりマイルド仕様。
 やっぱ母になると落ち着くんやなって……(尚独身である)
 まあ和人に関してはネガティブになるんですがね(無慈悲) 今話のテンションは外行きの顔なのさ……



・織斑千冬
 憬れを持たれていた人。
 いちおう家族を養い、守るために力を求め、世界最強になったので和人に通ずる部分はある。ただ他者を拠り所にしていたかいなかったかで別れた。
 近くにいた頼れる相手は破綻者たる束だけ。

 もしまともな人間がいたなら、千冬は一夏(かずと)を喪わなかったかもしれない……
 つまり秋十が悪いんだよ!(尚秋十が居ない平行世界)



・桐ヶ谷和人
 かつて《世界最強》に憬れていた人間。
 その在り方を、義姉には『呪われている』と称されていた。後の粛清で解放された事で吹っ切れ、今では周囲を見て、拠り所にしている。
 憬れだけを拠り所にしていたあの頃とラウラを重ね、助言をしている。
 ――果たして、似ている発言はどこまで指しているのか……



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