インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 どうしたもんかと悩みに悩み抜いて遅くなりました。今話は本作の土台に関わってるのでね……!
(本作:一夏が成長して無双する過程の物語)

視点:茅場、和人

字数:約一万

 ではどうぞ。




再演 ~骨肉の闘争・前編~

 

 

 二〇二五年七月四日、土曜日。午後零時四十五分。

 東京都新宿区・日本IS競技場アリーナ、Aピット。

 

 

 ぽぽぽん、と軽やかな電子音が連続する。

 従来のキーボードから進化を遂げ、ホロウィンドウ上に触れるだけで打鍵出来るホロ・キーボードがデバイスを介して伝えてくる音だ。一説によれば仕事量に比例して積み重なる指の疲労、腱鞘炎を抑えるのに有効ではないかと見られ、注目を集めてきているらしい。理由はもちろん、VRに押されていたAR技術が徐々に台頭し始めたからである。

 AR技術が表舞台に登場したキッカケは、二週間近く前のIS学園学年別個人トーナメントの解説役を買って出た少年が開発中のARデバイス《オーグマー》を身に着けた状態で生中継に登場し、世間に広めた事だろう。

 AR技術そのものは十年以上前から研究されてきた。ただ持ち運べるようコンパクト化する事、また小型化すればするほど扱える情報量や出力可能な量の限界を迎えるのが速いなど、様々な観点の問題を解決出来ず、これまで研究はなかなか進まなかった。

 しかし、二〇一〇年頃から技術の進歩が目覚ましくなり、今では手帳サイズの端末でPCと同程度の情報を扱えるようになった。読み込み速度やバッテリー問題はあるが、それも別個に対処法を考案されている。

 

 その技術革新の発端は、間違いなく《インフィニット・ストラトス》――ISにあった。

 

 マルチフォームスーツであるそれは字面に反しかなり機械的で、駆動のほとんどをプログラムを用いて制御、統括しているほどだ。しかもその演算を担っているのはコアと呼ばれる拳大の球体ひとつ。未だブラックボックスが多く、製法も秘匿されているコアだが、研究する事で紐解けたものもあった。その産物こそが『小型端末の高性能化』を実現する鍵だ。

 しかしその技術を得た企業は決して多くない。

 製作者たる女性も()()()()()()()新たに作る気などサラサラ無いため、コアの総数は限られている。そして国際IS委員会に参加している各国家に分散、そこから更に企業に分散されるとなれば、コアを貸与された企業は両手の指で足りるほどだろう。そしてその企業の大半がISを研究、機体の製造をする技術研究所だ。IT方面の企業はまず手に入れられない。

 

 ――だが。

 

 それにも、例外はある。

 ”製作者たる天災《篠ノ之束》と親しい場合”という例外だ。極めて対人コミュニケーションに難がある彼女とは、まず彼女自身の興味・関心を引かなければ会話にならない。しかしそう仕向けようにも、彼女の内的な心の動きでキッカケの有無が決まるのではどうしようもない。

 その点で言えば、《天才》という肩書きで関心を引く事になったらしい私は、幸か不幸かは別にして、類稀なる機運を持っていると言えるのだろう。

 彼女と親しくなり、密かに知恵を借りた――というよりは、彼女の気儘な発言から着想を得た――事で、極めて大型だった《プロトタイプ・ナーヴギア》は民生品として知られるカタチへの小型化に成功。ハイパーセンサーに用いられるARプログラムを流用し、SAO内部では指を振る事でウィンドウやホロ・キーボードを呼び出すシステムを完成させたのだ。

 

 その技術の源流に、まさか自らがISに携わる形で触れる事になろうとは……と、感慨深いものを感じた。

 

 その間も、虚空に映し出されたホロ・ウィンドウには数多のデータが列挙し、次々とシークエンスが進んでいく。

 

 SE回路起動――確認。

 ハイパーセンサー作動――確認。

 皮膜装甲(スキンバリアー)展開――完了。

 慣性制御システム(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)起動――完了。

 推進機(スラスター)正常作動――確認。

 各部展開装甲正常作動――確認。

 第三世代兵装《エレメンタルマスター》正常作動――確認。

 拡張領域(パススロット)内兵装物質化、量子化シークエンス――確認。

 剣技再現補助システム(ソードスキル・アシスト・システム)起動――終了。

 オープン・チャンネル起動――終了。

 プライベート・チャンネル起動――終了。

 

       :

       :

       :

 

 ――【黒椿】、システム・オールグリーン。

 

「よし、完了だ」

 

 流れ行く情報の末尾に添えられた一文を見て、私は頷いた。

 シークエンスの時間を瞑想に費やしていた【黒椿】の搭乗者が、ゆっくりと瞼を開ける。眼帯で隠されていない右の金瞳が蛍光灯の光をキラリと反射する。

 

「ありがとう。あとはゆっくり休んでいてくれ」

「ああ、そうさせてもらうよ。とは言え応援はさせてもらうがね」

「……そう」

 

 笑みが滲む事を自覚しつつ言うと、【黒椿】の搭乗者――桐ヶ谷和人は言葉少なく応じ、アリーナへと向き直った。感情に乏しい反応だが、しかし私は知っている。少なからずの緊張の他に、多少の羞恥と喜色を抱き、こちらに背を向ける前に見えた彼の頬が朱に染まっている事を。

 とどのつまり、照れ隠しだ。

 浮遊城で肩を並べていた時に比べれば感情豊かになったと思う。SAOに居た頃は彼がどんな感情を抱いているのか、ある程度親しい自分でも分からない事が多々あった。

 それだけ信用されるようになったという事。それは純粋に嬉しく思える。

 

 その信用こそ、彼を”桐ヶ谷和人(かれ)”たらしめる楔なのだから。

 

「――勝算は、あるのかね」

 

 目元を覆う仮面(バイザー)型ハイパーセンサーを着けた剣士の隣に並び、視線はバトルフィールドの向こう――ちょうど対角線上に位置するピット――に向けたまま問いかける。

 ハイパーセンサーを通して彼には克明に見えている筈だ。

 反対側のピットに運び込まれた機体と、その搭乗者――織斑秋十の姿が。

 

 

 ――――日本標準時間、二〇二五年七月一日水曜日、世界は大きく動いた。

 

 

 桐ヶ谷和人に端を発した《男性IS操縦者》が存在する可能性。それは現在日本にしかない絶対的なアドバンテージだった。日本ほど極端でないにせよ女尊男卑の思想が一世を風靡し、今も尚様々な社会問題に発展し、頭を悩ませる国は数知れない。

 それを打開し得る存在が世界で日本にしか存在しない――となれば、世界各国も黙ってはいられない。

 ただでさえISとVRという二十一世紀を代表する発明が日本人の手で生み出され、各国もなんとか適応しつつあるというのに、また日本だけ先に進もうとする状況なのだ。国交の優位性を少しでも得て、少しでも有利な条件で貿易等の話を進めるべく動き出すのは自明の理。

 『動き出す』の内容も、具体的に語ろうにも一つだけだ。

 全男性のIS適正検査の実施である。

 

 ――施行から三日経つが、その努力はほぼ全てが無駄だったと言わざるを得ない。

 

 無論、都合が悪くてまだ検査を受けていない者も少なくないだろうが、しかし私には確信めいた予感があった。おそらく男性で動かせるのは、”あの二人”だけなのではないかという予感だ。

 その二人とはもちろん、桐ヶ谷和人と、彼の元実兄・織斑秋十である。

 【白騎士】の操縦者と思われるブリュンヒルデ・織斑千冬の血を引く彼らであれば、あるいはという予想はネットでも上がっていた。むしろ彼ら以外では出ないのではないか、という話すらある。実際、今のところ発見されているのはこの二人だけだ。

 各国も日に何万、何十万と《不適合》判定を報告され、半ば諦観を抱いていると噂が流れている。

 そして、いつ、どこから始まったのか。『本当はあの二人は動かせないのではないか』という憶測が飛び交い始めた。生身でISを撃墜させた事実はあるのだろう。だが、しかし――と。

 これまで世間の注目を集めた異例の事態はそのほぼすべてがSNSや動画配信サイトを中心とした情報だった。当然、彼が【無銘】を纏い、ISを扱える事が発覚した時も個人のSNS動画が元である。ソーシャル・ネットワーキング・サービス――つまり、テレビ局などと異なり完全匿名のため、一般市民からすれば『顔も名前も不明な誰か』であり、責任や詳細を追及する事が難しい。それを逆手に取った論法なのだ。

 人は、己が信じる()()を絶対と思い、それが揺らぐことを視界に入れようとしない。

 疲れるからだ。

 イヤだからだ。

 不快だからだ。

 だから、非現実的な――それまでの日常と常識を覆す――物事には疑念をぶつけ、あたかも事実が虚構であるかのように言いふらし、それに大多数の者が賛同し、そしてそれが”真実”の扱いを受けるよう仕向けていく。

 つまり、日本は嘘を吐いている、ただのブラフをかましているだけだ――と。

 各国が同調すれば多数決が基本の国際会議で日本を貶められるからだ。

 

 しかし、日本政府も黙ってみていたわけではない。

 

 一石を投じるように日本政府――正確には、鷹崎元帥を筆頭とする改革派が動いた。

 今年八月に開催される予定の第三回モンド・グロッソの会場《日本IS競技場》にて、男性操縦者の二人を招致し、ISを動かせるシーンを完全生中継で世界に発信するのである。先のSNS動画では信憑性、信頼性に劣るなら、国を跨いだ放送――衛星放送による生中継で、全ての疑念を叩き潰しに掛かったのである。

 衛星放送、且つあらゆる国のテレビ放送の枠を取るとなれば、日本の声一つで実現できるはずがないが、そこで台頭したのが国際IS委員会だ。

 

 

 

 ――――国際IS委員会の存在理由は、ISの更なる研究、開発、発展と、それに伴う危険性などの対処、管理の徹底である。男性操縦者は過去にない例であり、その存在が事実であるのなら、ISの更なる発展に貢献するだろう。真実かどうか確かめる場を整える事は今後の研究、発展のためには必要な事である。

 

 

 

 ……と、実は日本政府と裏で繋がっている現会長《篠ノ之束》が声明を発した事で、衛星放送による中継は実現の運びとなった。なにせIS委員会に加盟していなければISの所有権、研究権限その他全ての権利をはく奪されるため、それを絶対されたくない先進国からすれば、今回の話は受けざるを得ないものだったのである。

 無論、明るみになった束と和人の関係性から勘繰る者も少なくないだろう。

 だがまさか、政府とIS委員会、学園の生徒会長を当主とする《更識》、更にはIS学園の学園長と一部教師が結託しているとは思うまい。

 いま巷で流れている説は二分している。『桐ヶ谷和人の復讐説』と『モルモット行きを決める説』だ。

 

 そのどちらも正解である。

 

 彼が公の場でISを使うのは、彼自身の復讐心と、それを昇華した《幸福への執着(護るという意志)》――のため。

 それには彼自身の価値を知らしめる必要があり、この展開は彼にとって都合のいいものだった。憎き実兄との優劣関係を逆転させる瞬間を世界に知らしめ、復讐を果たせるからだ。

 後者の説だが、これはこの戦いですぐ決まる訳ではない。

 彼ら二人の間には多くの相違点が存在している。その中でも一番と言える事は、やはり”コアが埋め込まれているかいないか”という差異だ。その差の比較も必要である以上、二人が存在する価値はまだある。逆に言えば、その価値や優先順位が低くなれば、より劣っている方がモルモット行きになる。

 この生中継される試合は、レースで言うところの《スタートダッシュ》だろう。ここで勝った方が加点されるからだ。

 

 そして、残酷な事に、この試合は《出来レース》と言っても過言ではない。

 

 束謹製の【黒椿】は第四世代型。あらゆる状況に適応、対応する事を目指した機体であり、その出力は現行の機体全てを凌駕する。

 その操縦者たる少年も《戦う者》として最高峰。加えて、表向きでは【黒椿】は七月一日に受領した事になっているが、実際は二週間ほど前から毎日欠かさず学園地下アリーナで訓練を繰り返している。機体調整の習熟も兼ね、後学のために束や楯無、クロエとの模擬戦を見てきたが、現実だろうと【黒の剣士】としての剣腕は健在だ。生身の戦闘能力も学園襲撃事件から明らかになっており、機体の性能もかなり発揮出来るだろう。

 襲撃事件で負った腹の傷は【無銘】の原子操作により事件以前と原子レベルで同配列に修復され、低血糖症状もここ数日の食事で摂取した余剰なブドウ糖を分解、量子化して貯蓄しているため起き得ないという。それどころか骨・筋系の見本が身近にいたため事件当時より更に身体能力が向上している。

 今の彼は、”SAO終盤のレベルカンスト状態”に近いと言えよう。

 和人はアキトと刃を交えた時より成長している。人間的に、精神的に大きく前に進み、更にはあの直葉と互角の技量に至った。

 ――”世界”を識ったいま、更に前に進んでいる。

 経験を(そそ)ぐ器は更に深く、大きなものになった。足りない、まだ足りない、もっと――と、貪欲なまでの向上心がそうさせる。

 生への願望が器を大きくし。

 復讐心が器を強くし。

 恐怖心が器を磨き。

 そして、幸福感が、注がれた全てを甘露に浸す。

 

 翻って、織斑秋十の方はまったく違う。

 

 彼は件の誘拐事件とSAO乱入事件以外は至って平凡な《一般人》でしかなかった。和人と違い、彼は現実に生還後、真っ当に学生生活を謳歌していた。

 彼の経験はそこまでなのだ。

 それ故に、和人と秋十の間にはどうしようもないくらいの経験の差が生まれている。

 始めて使う装備とスキル、アバターで、初めて戦う格上ボスと戦い、勝利せよ――というクエストを強制的にさせられているも同然の状況だ。それを言われ、出来ると返せる者がどれほどいる事か。

 

 

 

 ――しかし私は、彼に『勝算はあるのか』と問うた。

 

 

 

 なぜか。

 一抹の不安を拭えないでいるからだ。

 なぜなら、その強制クエストの状況は、かつてSAOに巻き込まれたアキトが直面し、しかし乗り越えた状況と同じだからである。ALOのシステムからSAOのシステムに移り、装備はある程度弱体化、スキルも魔法無しで使った事のないソードスキルだけ、更に自身はレベル30で周囲はレベル100近いという《ホロウ・エリア》を、アキトは単独で生き抜いたのだ。

 逆境に強いと言われる者がいるように、追い詰められれば追い詰められるほど、アキトは眠っている潜在能力が呼び覚まされていくのではないか……と、そんな考えがどうしてもこびりついて離れない。一年半もの薄氷の上を歩く死闘経験を積んだ彼に、ALOの経験があったとはいえ、一ヵ月という期間でSAOのシステムに順応し、死闘を繰り広げた秋十の才能を舐めてはならないのではという危惧があった。

 それ故に、私は彼に問い掛けたのだ。

 

 

 

「――無論だ」

 

 

 

 彼は、私の不安や危惧を払いのけるように、口元に笑みを浮かべて頷いた。

 

「博士にクロエ、茅場に神代さん、菊岡と比嘉さん、七色と住良木、楯無や山田先生まで全力でサポートしてくれてるんだ。秋十に関しては不可解な事も多いけど……そんなの、フロアボスの単騎偵察戦で慣れっこだ」

「……うむ。まぁ、君ほど初見殺しが通用しないプレイヤーもおるまいよ……」

 

 情報があればメタを張り、無くても自力で突破する力を育て上げたのだ。生半可な初見殺しが通用する筈もない。現に彼はそうしてアキトを二度も打ち破った。

 ――これで、三度目。

 現実では初だろうが関係ない。戦い方にはクセが出る。それを二度も経験し、一度は全力の殺し合いまでしている以上、秋十に関して情報はある。

 ならばあとは、これまでの”彼”を信じるしかない。

 賽は、既に投げられた。

 

「……では行ってきたまえ。君の健闘を祈っている」

「――ん!」

 

 最後に、頭を一つ撫でる。

 総白髪になっても髪質は艶やかな長髪をなびかせて、白髪の【黒の剣士】はいま、世界の舞台へと飛び立った。

 

     ***

 

 空を飛ぶ。

 原子の床を蹴り、風を纏い、慣性を味方につけて空を翔ける。そうして身を晒した空間は広大な闘技場(バトルフィールド)だ。運び込まれた土の色、壁を作る鋼の色、天を覆う不可視の障壁が四方数十メートルに渡って広がっている。

 ――その中で、鈍色の鎧が異彩を放っていた。

 

『よぉ、久しぶりだな、一夏。こうして会うのは一年ぶりか?』

 

 鈍色の鎧を纏った男の声が聞こえた。

 周囲に見られている事で警戒したか、ご丁寧にも個人間秘匿(プライベート)チャンネルを介しての通信だ。バイザー型ハイパーセンサーが聴覚野を刺激してきた。

 軽口ではあるが、鮮明に映し出された表情には苛立ちが垣間見えている。およそ一年ほど前に刃を交え、真っ向から敗れた時の屈辱を思い出しているのだろう。

 だがその苛立ちよりも、今は昂揚の方が勝っているように見えた。ネット曰く『男のロマン』らしいISを扱える事に対してか。それとも因縁の相手を陥れる機会と考えての昂ぶりか。

 

 ――どうでもいい。

 

 応じる必要性を見出せなかったため、俺は無言のまま武器を構えた。両手で正眼に構えるのは学園襲撃事件の際に使っていた【黒椿】の黒刀――の、贋作だ。贋作なら《万象絶解》が発動する事もない。もちろん《覇導絶封》も《空白絶虚》も、それどころかそれぞれの武装の贋作すら出すつもりはなかった。

 この戦いは、贋作の武器一つで制そうと決めていたからだ。

 

 ――かつて、自分たちは第二十二層で刃を交えた。

 

 あのとき、俺は自ら数々の制限を課した。《二刀流》を始めとしたユニークスキルの封印、《ⅩⅢ》の封印、回復スキルの封印など、後にユウキが秋十を弾劾した内容だ。レベル差はあれど、それ以外を対等にすれば文句のつけようがないだろうと考慮しての――それには勿論、少なくない黒い感情も含んでいた――思考だった。

 そして俺は、衆人環視の中で刃を交える機会が訪れた時、再びあの時と同じ制約を自らに課す事を決めていた。

 故に、他の武器は一切使わない。諸々の事情抜きにしても、単一仕様能力(ユニークスキル)も使わない。茅場には悪いが、《展開装甲》を用いたソードスキル・アシスト・システムも使うつもりはない。

 機体の性能差は考慮しない。それはアバターとレベルの関係と同じ事。重要なのは、その機体性能をどれだけ活かし、扱えるかの技量面。そこは完全スキル制だった旧ALOに近いかもしれない。

 

 ――これを、あるいは慢心というのだろう。

 

 そう言われれば、否定はすまい。出せる全力を敢えて出さない事を慢心と言わずして何と言おう。これで敗北すれば道化もいいところ。

 ……だが、それでも。

 すべては、純粋な力を見せるために……

 

『返事もなしかよ。お前、アインクラッドで俺に勝てたからって、強くなったつもりか? 現実に還ってきた今、お前が俺に(まさ)るなんて不可能だ。()()()()()()()()()()()?』

『……相変わらずだな』

 

 反射的に、言葉が口からついて出た(怒りが理性を突き抜けた)

 

『『所詮ゲーム』、か……四百人あまりの人間が死んだと知った上でそう(のたま)うとは気が知れないな』

 

 柄を握る手に力が籠る。

 ――脳裏に、顔と名前が一致しないプレイヤーが次々と浮かんでは消えていく。

 デスゲーム宣言の時点で《ナーヴギア》を外されたプレイヤー達はホロウとしか会っていない。アバターが現実の姿に変わる前であれば、猶更知りようがない。

 ……だが、それでも等しく《犠牲者》である。

 その存在を知った上であの世界のすべてが『遊びだった』と表現される事は受け容れられない事だ。それは死者を軽んじ、冒瀆する行いである。

 

 

 

『――なぁ、猫被りはもうやめたらどうだ』

 

 

 

 すると、唐突にそんな事を言ってきた。どこか呆れを感じるその言葉の真意を測りかね、反応が遅れる。

 猫被り……

 

『……それは、どういう意味だ』

『お前は世界を憎み、怨んでるんだろ。なら人が死ぬのはむしろ嬉しいとか思ってるんじゃないのか』

 

 プライベート・チャンネルで、密かに交わされる会話。

 それは短いながら、秋十の人柄と思考の一端を知るには十分過ぎた。それだけ強烈という証拠だ。むろん、下種な意味で。

 

『そんな訳あるか』

 

 その下種な勘繰りはキッパリと答えを返す。

 

 ――ああ、そうだ、喜んだ事など一度もない。

 

 SAOで、あるいは現実(平行世界)で、他者を殺した時に歓喜した事など一度もない。ある筈がない。

 殺人は罪だ。

 どんな理由があっても殺人は忌避されるもの。いや、忌避して然るべき行いだ。

 生きるために必要だった。守るために必要だった。動機は数多く、状況によっては労わられる事こそあれ責められはしなかった。だが責められなかったのは、既に殺人行為に対し罪悪感を抱いていたからに他ならない。だから俺や詩乃は明日奈達に受け入れてもらえた。

 あの世界が無法地帯であっても。

 他の人間が殺しに手を染めていても。

 だからと言って、悦びを覚えられる筈がない。

 

 復讐に身を堕とした”俺”も同じだった。

 

 殺しても殺しても、満たされない。

 悦べない。

 ――満たされる訳がない。

 幸福(かぞく)そのものを喪って、幸福を満たす(ミライ)も壊されたのだ。そんな状態でなにをしても意味はない。復讐はなにも生まないと言うが……ほんとうに、そう思う。

 コペルを殺した時。

 モルテを殺した時。

 アキトを殺した時。

 キバオウを殺した時。

 いずれも俺は怒り、憎しみ、殺意に囚われ事を為したが、達成感はなかった。”やってしまった”――そんな、虚脱に近い後悔が襲ってきた事を、よく覚えている。

 避けられたのでは、と。

 かつて義姉に咎められた思考の根幹だ。粛清されてから後悔こそ抱かないよう自制し始めたが、それでも大本は変わっていない。

 

 いかなる理由があれ《殺人》は罪だ。

 

 現実だろうとゲームだろうと、そこで鍛えた技術は人を害するものとなる。武器を扱う術は(すべか)らく殺人術に該当する。どんな理想を口にしたって、戦いを介するなら事の本質は《暴力》だ。守護も復讐もその本質は変わらない。

 ――故に。

 その過程に、悦びを見出してはならない。

 倒し、踏み越えた者達の姿を、嗤ってはならない。

 彼らが本気であればあるほどに、悦びも嗤いも、等しく彼らを軽んじ、侮辱するものだから。

 必死に生きたからこそ、してはならないのだ。

 研究所で。

 浮遊城で。

 生きたくても死んだ人を知っているから――

 

『へぇ、そうかい。俺を嬉々として殺しておいてよく言うぜ』

『嬉々として第二レイドを殲滅し、俺やヒースクリフまで手に掛けようとしておいてよく言う』

 

 秋十の皮肉を、皮肉で返す不毛な応酬。しかしそれも慣れたものだ。浮遊城ではこれが日常茶飯事だった。むしろ――いまが、奇跡なのだ。

 そうこうしていると、開始予告のアナウンスが掛かった。電光掲示板に十秒のカウントが表示される。

 意識を前に戻す。正眼に構える黒刀を強く握り、柄に巻かれた鮫革の感触を再度確かめる。

 ――思考が戦闘モードに切り替わる。

 それを【黒椿】も認識したらしく、敵機の情報がバイザーに表示される。

 対戦相手――【織斑秋十】。

 敵機名称――第三世代型IS【白式】。

 建造施設――【倉持技研】。

 武装――日本刀型ブレード。

 能力――不明。

 状態――()()()()

 

「――あ?」

 

 ピキ、と額に青筋が立つ感覚。

 武装、能力に関してではない。製造元が【黒椿】の研究施設と同じだったからある程度情報は流れてきていた。【黒椿】も菊岡が言っていた”表向きの情報”は既に世間に公開されているため、そこは秋十も知っているだろう。

 問題はそこではない。

 

「お前、その機体……」

 

 俺が引っかかったのは、表示された情報の最後――『状態』の項目だ。

 最適化(フィッティング)中という表示。それは、初期状態の機体に乗り、自動で三十分、手動で縮めていき、操縦者のバイタルや体格などに合うよう調整している間の過程を指す専門用語。PCで言うところの『スタートアップ・シークエンス』だ。

 つまり秋十は、万全でない機体を以て、万全な俺を下そうとしている。

 それが癇に障った。

 どこまで……この男は、対等な場で戦おうとしないのだ……

 

 

 

「――()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 苛立ちに震えていると、何を勘違いしたのか、秋十が得心した風にそう言った。

 やっぱりお前も、とは……どういう意味なのか。

 ハイパーセンサーを介しているなら既に(ファ)(ース)(トシ)(フト)を済ませている事くらい分かるはずだ。つまり今のセリフは、最適化の事を指したわけではなく、別の何かの事を言っている。

 十中八九、あちらの早とちりの類だと思うが……

 

 ――ヴァベルの話が、ふと浮かぶ。

 

 織斑秋十という人間はこれまで渡ってきた”平行世界”には存在しなかった、という話だ。

 なぜ、いまそれが思い浮かんだのか。

 それはきっと、得も言えぬ《歪み》が彼我の《認識の差異》と繋がっているように思えたからだろう。

 

【――試合開始】

 

 ブザーが鳴り響く。

 鈍色の機体が迫りくる。

 俺は疑問と回想を思考の隅に追いやって、黒刀を手に迎え撃った。

 

 






 男性操縦者同士の戦いをわざわざクラス代表決定戦にしなくてもええじゃろ? 早くに見つかったならもっと早くに実施すればいいんだよ。
 なお、操縦経験の差は考慮しないものとする(無慈悲)
 一夏アンチの流れがそうだったからネ! なら秋十も同じ条件でやってかないとダメだよネ!(邪笑)

 そんな訳でバリバリマッチポンプ、出来レースな試合です。

 ――戦いは次話にお預けじゃ、スマヌ(´・ω・`)


・茅場晶彦
 和人ファン。
 ある意味クラスタ(技術者) ISにVRMMOの技術の源流があることと、和人のためにIS関係のプログラムに手を出し始めている。
 現在は【黒椿】専任の技術者。
 本作では第一層ボス戦から百層までの付き合い+VRMMOの同士なので信頼度が超高い。友好度にすれば『双璧を成す者』(最高)レベル。
 この試合に間に合うよう突貫でソードスキル・アシスト・システムを組んだのに使ってもらえない事に茅場は泣いていい。
 でも和人の判断なら……と笑って受け容れそうなのが本作茅場の人間味。
 義父を差し置いて徐々に父親枠に入り込みかけている叔父さんキャラ。


・桐ヶ谷和人
 世界最兇。
 官僚トップ、自衛隊トップ、企業トップ、学園トップ、暗部トップ、天災、天才らを味方に付けてる11歳のヤベーやつ。
 そのヤベーとこを理性一つで抑え込んでる。やっぱヤベー()
 サバイバーズ・ギルトがあるので死生観がかなり独特だが、実は粛清時の直葉が語った事だったりする。なので怨敵を(守護人格が)殺した時、守れた事以外で歓喜、悦楽を表出した事はない。
 復讐心を抱いていながら、復讐を為した時に感慨を抱かない《矛盾》を孕む。


・織斑秋十
 本作に於ける主人公のアンチテーゼ。
 およそ260話ぶりに発言した。
 SAOから解放されてから半年間は受験勉強と藍越学園での平穏な日々を送っていた。いちおうALOプレイヤーだが、巻き込まれた後に千冬がプレイを許容したかは定かではない。
 須郷に囚われてからクリアまで昏睡状態だった期間を含めると戦闘経験に最長一年のブランクがある可能性も。
 ――その割に余裕綽々。
 剣道の素振りでもしていたんですかね(すっとぼけ)
 イッタイナニヲハヤトチリシタンダローナー()


 個人的にIS委員会会長タバネネキが真っ当に社会人してて……こう、モニョった()


 では、次話にてお会いしましょう。


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