インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。
視点:シノン
字数:約七千
今話は急展開なので後書きにQ&A形式で要点を纏めておりますゾ。
ではどうぞ。
言語化できない咆哮が轟いた。
私達はそれを契機に動き出す。緑衣の剣姫と片翼の天使は距離を詰める。
私は
だが、それは当たらない。
馬鹿正直にまっすぐ飛んだからだ。小首を傾げるような小さな動作で躱される。空を裂いた光の矢が彼方へと飛んでいく。
「チィッ!」
激しく舌を打ちつつ、私は再び弦を引き、第二射に備えた。駆動音が多重に唸りを上げ、弦が青白い光を帯び始める。
――弦を引いた時、私の脳裏に懐かしい日々が蘇った。
命懸けでありながら、浮遊城での日々。
命の危機があるというのにどうしてかこれまでの半生で最も充実していた。およそ半年だけだったのにとても長く感じ、巻き込まれたのがたった一年前とは思えないほど遠い過去のように思えてしまう。
無論、生還してからが充実していなかったわけではない。
かつては考えられなかった友を持ち、恋と愛を知り、この目で見る世界は見違えた。通学と他者との語らいを楽しみに思えたのも皆のおかげだ。
そこに、”彼”が居ない事が一番の不満だった。
それは”彼”の願いだっただろう。危険な戦場に居ない事を何よりも”彼”は願っていた。同時に、私達の下に居ようと足掻いている事を、私達も知っていた。
……それでも、歯痒かったのだ。
自分達だけが安穏と暮らしている。
ただ庇護され続けている。
それは、かつてと同じだ。
攫われ、犯され、その果てに身代わりに彼が落ちたあの時の、無力な自分と。
あれから私の心には恐怖が蟠っている。
それはあの日に抱いた恐怖の残滓。彼への尊敬と友愛、そして愛情が裏返っての恐怖を、私の心はまだ覚えている。《クラウド・ブレイン事変》、女権団襲撃事件、IS学園襲撃事件、”並行世界”の事、そして今回のバイオハザードを知った時、その恐怖はいつも蘇っている。
ほんの少し運命が変わっていれば、どこかで彼は死んでいた。
――それを認めるわけにはいかない。
だからこそ【森羅の守護者】に志願した私は、かつてのように自身の力を磨き始めた。命懸けでない戦いで鈍った勘を徐々に研ぎ澄ましていった。
今の感覚は、あの頃のそれと同等。
――軽く引いた弦から手を放す。
びしゅっ、と射出音を立てて光が飛翔する。
男が躱すが、なまじ光速だ、熱源から気付いても躱すまでのラグがかなり短い。結果隙が生まれ、リーファに斬り込まれていた。それでも全て捌き切る強さには空恐ろしさを覚える。
しかし、あの頃のような絶望感は感じられない。
なぜなら私は、どうしようもない絶望を既に知っているからだ――――
和人に対する抑止力兼護衛役として世間に報じられている【
これまで有人を前提とした機体では到底不可能な動作、兵装の運用の他、災害地での救助活動で肉体的疲労を伴わないなどの優位点が目立った形だ。それを扱う事に特殊な適正は必要ない事も、ISとの相違点として取り上げられる事が少なくない。
そんな扱いを受けている【森羅の守護者】は、その役割故に武装をしている。一般人の私達にも扱えるのも、仮想世界でのアバターを再現されているためだ。
しかし『
アバターの名称はユウキの【絶剣】、アスナの【閃光】のように二つ名から付けられており、自身が操るものも同様に【
だが、それでは説明のつかない事がある。
それは武器だ。
細剣使いのランも、かつて使っていなかった長槍扱いの旗【フラッグ・オブ・ヴァラー】を持っているが、アレはSAO第五層フロアボスのLAボーナスとして元となったものが存在している。他にもSAO、ALOの武器があるが、それらは全て元のデータを参考に博士が再現した武器に過ぎない。
しかし私のアバターに備わった長弓【アニヒニート・レイ】はSAOはおろかALOにも存在していない。『光から矢を作り出す』という点に於いてはALOの伝説級武器【光弓シェキナー】が最も近似しているが、形状などはまったく違う。仲間達も青銀に煌めく弓を見たことは無いと言っていた。
今や世界唯一となった
おそらく博士か、あるいは菊岡誠二郎などの政府側の思惑で作成されたのだと思うが、その出所について現状知ろうとは思わない。
確かなことは、この弓の扱い方を最も知っているのは世界で私だけという事だ。
青銀に煌めく長弓は、通常の弓と違い散弾と同じ範囲攻撃を可能とする機構が備わっている。更に矢の性質は全て《零落白夜》と同質のもの。ゲーム的に言うなら『防御無効攻撃』といったところか。
セフィロトの言葉を信じるなら、この弓が吸収する空間リソースは星を廻る命。
《零落白夜》は空間リソースをほぼロス無く扱うからこそのものだと私は睨んでいる。その点についてはセフィロトの方が詳しいだろうが、流石にこの弓についてはそうではない筈。
喩えSAOでの記録、【無銘】を通じてデータを知っていても、データには現れないものがある。
――それは経験であり、技術である。
心に蟠る恐怖と無力な己を厭って研ぎ澄ました力の過程をヤツは知らない。
喩え《キリト》の全てを知り、星の全て、物語の
なぜならそれは、”彼”の生きた証だからだ。
想いは決意となり、覚悟へと昇華する。
覚悟は力を磨き、技術と経験を積み重ねていく。
数値では推し量れない力――すなわち、瞋恚。
仮想世界のように現象として現れ、上書きするような事はなくとも、それらは決して無駄ではない。
何度も何度も、幾度となく死に目に遭いながらも他者のために戦い抜いた軌跡の結果、アバターを扱っていない間すらも含めた私達の想いの全てが【森羅の守護者】。
そしていま、和人は戦えない。活性化したウィルスを抑えるべく二つ目のコアを宿そうとし、一時的に無力化されている。
それすらも命懸けだ。
彼が生きるか死ぬか、ただそれだけでも世界の命運は左右する。
仮想の唾を呑みながら、三度弦を引き絞った。
時間にして五分。
その間に私は何度も光の矢を放った。この場所はどうも過去例を見ないほど高濃度のエネルギーが集まっているらしく、通常数分を要するフルチャージが数秒で完了する程だった。連射できない攻撃を連射出来てしまえるとなれば、状況はかなり切迫している証左である。
シールドエネルギーが星の血だとすれば、星を壊そうとするメテオは星からすれば外敵で、排除する対象になり得る。メテオを抑え込む超広域バリアのために星そのものがそれを集めているのだろう。
だが――それは、諸刃の剣に等しい。
なぜならセフィロトは、星のエネルギーそのものを吸収、進化する事も目的にしているからだ。
「軽いな」
「ぐっ……!」
がぃんっ、と
再現された表情には薄くない疲労が滲んでいる。
剣腕に於いて、おそらく世界最強と比肩し得る彼女ですら精神的疲労感が絶大なのだと知り、私は顔を顰めた。
改めて状況が良くない事を思い知らされる。
時間を掛けるほどセフィロトは優位になっていく。エネルギーを喰らい、他者の知識、経験、技術を学んでいるからだ。
――速く片を付けないと本格的に倒せなくなるわよ、和人……?!
歯噛みしながら、隣で呻く少年を見やる。
「な……」
そして、瞠目する事になった。
私が目を向けたその瞬間、和人の胸や口、目から波打つ流動体が噴き出したからだ。
白と黒が混ざった明らかに人体に備わっているものではない色の流動体は渦を巻くように再度彼の体に入っていく。それに苦しむ和人が体を痙攣させ、横に倒れた。
その体を流動体が取り巻き、繭を形成し始める。
「――始まったか」
そこで、セフィロトが不穏な事を告げた。
明らかに何か知っている素振りを見せる男に、私とリーファは揃って厳しい視線を送る。悠然と天に浮く男は酷薄な笑みを浮かべていた。
「それは進化の過程だ。脆弱な体を捨て、新生するために迎える」
「そんな……!」
和人の身に起きている事を理解した私は、思わず呻きを上げた。
いま起きているのは、所謂暴走だ。VTシステムにより暴走した【白式】のように、いま和人の身は、【無銘】か【黒椿】のどちらかがVTシステムに侵されている。その結果セフィロトへの変貌が進んでいる。
だからだったのだ、和人に誘いを拒絶されても悠然としていたのは。どう足掻こうとセフィロトへの進化をすると知っていたからああも余裕を見せていた。正しく時間が味方していた。
だが――
「だけど、【無銘】には対策がされていて、【黒椿】も篠ノ之博士謹製のISよ?! VTシステムなんて何時インストールされて……!」
「――コア・ネットワーク」
「「ッ!」」
端的に、セフィロトが答えた。
「コア・ネットワークは既存のIS全てと直結した代物。それを介し、現存する世界中のISを暴走させる事も計画されていた。発動するための条件さえ満たせば、誰であろうと暴走させられる。そして全ては”私”となる」
「……冗談でしょう……」
愕然と、リーファが言葉を漏らした。
私も心境はまったく同じだ。つまりVTシステムは、誰かがインストールさせる必要すらない。新品のPCに最初からインストールされているプログラムや、セットアップアプリケーションのようなものと同じなのだ。
そして、その存在を意識する必要もない。
『織斑千冬になりたい』という願望さえあれば誰でもVTシステムを起動させられる。そしてセフィロトシリーズに変貌した操縦者達が数百人単位で《亡国機業》の手先に回ってしまう可能性すらある訳だ。
ラウラが専用機を暴走させたのは尊敬する教官への強い憧れを和人を見て刺激された事で条件を満たしたからとされている。そのためのVTシステムは誰かがインストールさせたのではない。最初からコア・ネットワークを介して存在していて、彼女の意思に呼応したに過ぎなかった。
――この場にブリュンヒルデがいなくて良かったと、本気でそう思った。
もし居れば、この場に駆けつけている操縦者達は最強の存在、すなわち彼女を思い浮かべる筈だ。その中でどれだけの人が暴走するか分かったものではない。
セフィロト・マルクト一人ですら手こずっているのに、これ以上敵が増えては敵わない。
ましてや和人が敵に回ってしまえば――――
そこまで考えた時、極光が瞬いた。
発生源は和人だった。繭に突如入った亀裂から光が漏れ出たのだ。
圧力すら伴った輝きに、私達は揃って反射的に顔を庇い、距離を開けてしまう。宙に飛んだ私達は隙だらけだったが、セフィロトはこちらに見向きもしない。
私も和人が居た方に目を向ける。
光の中から現れたのは大人の男だった。かつてメタモル・ポーションを使った時のように成長したように――おそらくセフィロトと同等の――体格だが、長い白髪は黒髪へ変わっており、顔には髑髏を象った仮面が装着されているなど少なくない変化が見受けられる。黒いシャツ、長い黒ズボンはサイズが変わったくらいか。肌の色はそのままだ。
セフィロトプログラムは【無銘】にもあったという。同時にVTシステムは【黒椿】にもコア・ネットワークを介してインストールされていた。両方が【
あの仮面は、【黒椿】がセフィロトの外骨格を作ろうとし、中断した名残か。
――でも、そんな事はどうでもいい。
私達が気になるのは、和人の意識があるのか、無いのかだ。
「かず――――」
声を掛けた、その瞬間。
獣が吼えた。
同時に赤黒色と青白色のエネルギーの奔流も発生し、私達は揃って吹っ飛ばされる。
態勢を立て直した時、暴走和人の姿は既になかった。
直後、金属音を耳にした。
発生源は背後。振り返れば、セフィロトに襲い掛かっていた。リーファの刀を手に暴走和人が斬りかかり、大きく後退させている。
「あれは、いったい……まさか敵と味方の認識ができて……?」
セフィロト化したなら私達の敵になるし、暴走して理性を失ったならより近くにいた私かリーファに襲い掛かってきただろうが、そうならなかった事に私は呆けてしまった。
「分かりません。私達よりもヘイトを稼いでいたからか、本能的に危険性を理解しているのか……」
近くに来たリーファも困惑の面持ちで言った。
その間も暴走和人は咆哮を上げながら攻め続けている。リーファの刀【都牟刈之大刀】にエネルギー無効化性能は無いため、私達も攻める必要はあるのだが、如何せん入り込む隙が無い。私の矢は誤射しかねないし、リーファも味方と認識されているか分からないから入り込むべきか悩んでいる様子だ。
――いや、それは言い訳に過ぎない。
動こうと思えば動ける。
動ける筈なのに、仮想の体が動いてくれない。
「っ……は……!」
苦しく、息を吐く。
その乱れた呼吸で、私は自身が恐怖している事を自覚した。
もう、彼は喪われたのではないかという恐怖。
ウィルスに冒され、VTシステムに操られ、彼の意思が潰されてしまったのではないかという恐れが、私の体を縛り付けている。
まだ結論は出ていない。だが、あの戦いに参じた時、”彼”に攻撃されれば答えが明確になる。
私はそれを恐れているのだ。
おそらくは、リーファも……
「Aaaaaaaaaaaaaa!!!」
獣がまた吼えた。
ガパリと開かれた髑髏の口。そこから咆哮と共に、真っ黒の閃光が迸った。おそらく虚月閃と同質の攻撃。【無銘】、【黒椿】をその身に宿し、それらによって形成されたあの仮面は、私の弓のようにエネルギーそのものを貯蓄し、放出する性質を持っているのだろう。
それを超至近距離で放たれ、セフィロトが大きく仰け反った。直撃を無理に躱した事で隙が生じる。
――瞬間、黒い三日月が飛んだ。
それはセフィロトの右肩に当たり、腕を斬り飛ばす。血が噴き出した。
戦いが始まってから初めてセフィロトが手傷を負った。
「ちっ……!」
男が舌を打った後、右肩から黒翼がばさりと生えた。同時に右肩から腕が生え、元に戻る。表情からは余裕の笑みが消えていた。
それに頓着せず、暴走和人が再び突っ込む。
「――図に乗るな」
一層低い声で言った後、長刀が逆手に持ち直される。その刀身からは薄紫の靄が立ち上っていた。間を置かず、振るわれた。
――その刀身が、がしりと掴まれる。
「素手で……?!」
ハッキリとしたセフィロトの驚愕。
その直後、バキリと刀身が握り砕かれ。
男の体に、深い斬閃が刻まれた。
「がはっ……!」
生体ベースであるためか、セフィロトが血を吐き、よろめいた。
その腹部に刀が突き立つ。彼が刀を投げたのだ。
その勢いのままセフィロトが後方へ吹っ飛んでいく。暴走和人は瞬時に追いつき、蹴り落として大地に叩き付けた。セフィロトが背中から激突し、大の字に倒れ込んだ。
その頭元に降り立った彼が、セフィロトの頭部を足蹴にした。
見下ろす髑髏の口がガパリと開き、その口腔に漆黒の輝きが収束し始める。
「なるほど、容赦なしか。獣らしい事だ」
それに、男は微笑みを浮かべた。
それでこそだと言わんばかりの笑み。
「いいだろう」
そして、その攻撃を認めた。
抵抗できるはずなのに、そうしようとする素振りがない。敢えてあの攻撃を受けるつもりだ。そう理解した私は愕然とした。
「
やれ。
笑みを湛えたセフィロトが目を瞑る。攻撃を受けるため、無防備にその身を晒す。
「和人ッ!」
「待ちなさい!」
私とリーファは、事ここに至って漸く再起動を始めた。
――――瞬間、世界が悲鳴を上げた。
絶大な衝撃が駆け抜ける。放射状に広がるそれに煽られ、前進を止められた。
眼前には闇が屹立している。深紅に縁どられた闇の柱が立ち上り、天を衝いているその様は、まるで地獄の一端が顕現したかのような威容を誇っていた。
私達は遅きに失したのだ。
――絶望が心を占めていく。
秋十を殺した事が重要なのではない。ただでさえ世界に警戒されている彼の意識がそこに無いまま人を手に掛けた事実が、あまりに致命的だった。それを危険視して秋十の処分が認可されたのだ。同じ状況に陥れば彼もまた同じように切り捨てられかねない。
いや……もしかしたら、和人は、もう……
「せっかく、せっかくこれまで頑張ってたのに……!」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
滲む視界の彼方には空に立つ黒の人影がある。右手に長刀を、左手には腹から下を喪った男の残骸を提げ、天を衝かんばかりの闇の柱を見上げる獣だ。肉体をウィルスに冒され、心と体の両方を
二度上がった咆哮からは、逃れられない運命と、足掻く私達を嘲笑う意志が感じられた。
勝った方が我々の敵になるだけです(絶望)
一応Chapter3は『怨嗟の魔獣』が本編なので(今更感)
Q:いずれにせよ秋十は殺す事になるのに、なんでシノンは絶望してるの?
A:自我があって殺すのか、暴走して殺すかの違いが致命的だからです。特に今回秋十が暴走で処分された前例があるので
Q:結局セフィロトって何だったんだってばよ?
A:VTシステムの容姿を織斑千冬からセフィロスに変更したもの、更に【無銘】移植時の和人の負を浴びて狂った人格プログラム
Q:これでセフィロトや秋十は死んだの?
A:セフィロトはコア・ネットワーク上に流れたプログラムの集合意識であり、秋十を乗っ取ったのはその一部なので、根本的な解決には至ってません(もう一戦遊べるドン!)
秋十に関しては腕を斬る時の虚月閃で【白式】のSEは全損し、腹部に刀を突き刺した時にネオ・コアが破壊されているので、どう足掻いても人として生き残る事はあり得ません
存命に関しては、バイオシリーズのウィルスのしぶとさを信じよ(迫真)
Q:今の和人の状態は?
A:ウィルス侵食+
ぶっちゃけ『完全虚化一護』そのもの
Q:これ、和人は元に戻るの?
A:(前話最後の)天災を『待て、しかして希望せよ!』クハハハ!!